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科学の目 -心拍数や乳酸値の測定から得られるもの-(日高)

本年も12日の騎馬参拝で年が明けました。年明け早々は暖気が入り、年末に降り積もった雪もかなり緩みましたが、ここに来てマイナス10度を下回る日が続いています。特に5日午後から6日にかけて、地元の人でもあまり経験がないほどの大雪に見舞われ、例年になく厳しい冬となりました。一方、このしばれと雪にはよい側面もあります。調教後や調教オフ日の育成馬には、リフレッシュのために極力パドック放牧をしますが、地面がアイスバーンにならないため安全に放牧ができます。しかしながら、転倒による大怪我をさせてしまった過去の教訓もあり、春まで気がぬけない日々が続きます。

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毎年恒例の騎馬参拝で新年の行事が始まりました。参拝するポニー達。本年は諸般の事情から浦河神社の石段を登る参拝ができなくなったため、育成牧場の近くの西舎神社で実施されました。人馬の安全と育成馬の活躍を祈願しました。

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16日の大雪。800m屋内トラック馬場に吹き込んだ雪を、人海戦術で取り除きます。この日はとりあえずの除雪に10時過ぎまでかかりましたが、調教は無事実施できました。

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うず高く積まれた厩舎周りの雪。夜から降り続いた雪は60cm近く積もり、歩くのも一苦労。車も埋まってしまうため、早朝から厩舎地区へのアクセス路の確保が最優先で行われました。

さて、寒さの厳しい中、育成馬の調教は徐々に本格化し、800m屋内トラック馬場での2,400m(1+2周、ハロン23秒まで)の駆歩調教をベースに、週2回の1,000m屋内坂路調教(2本、ハロン20秒まで)を実施しています。坂路では1列縦隊シングルファイルの調教を行っていますが、求めるスピードをあげることに伴い、併走に移行します。

今回は「科学の目」についてです。馬を管理・育成・調教する際、担当者は自身の五感をフルに使ってその時々の馬の状態の把握に努めます。息遣いや息の入り方、発汗の程度、運動時に見せる様々な仕草、騎乗時の反応、四肢の触診、エサの食べ方など、挙げればきりがありません。これらの情報を元にそれぞれの馬に合わせた管理を行っていきます。そういった感覚にプラスされるのが「科学の目」です。例えば、毎日の検温や体重測定で得られたデータもその一つといえるでしょう。

現在日高育成牧場では、馬の状態把握に加えて日々の調教メニュー作成の一助とするために、数頭の馬を群全体のパイロットとして、定期的に調教中の心拍数測定ハートレートモニター使用と調教後の血中乳酸値測定(※)を実施しています。

例としてプリンセスレールの08父:チーフベアハートの、114日(図115日(図2の心拍数変化のグラフを示します。両日とも同じ騎乗者が騎乗し、14日は800m屋内トラック馬場、15日が屋内坂路馬場で調教しました。いずれも駆歩を2本行ったため、心拍数には2つの大きなピークがみられます。調教内容の変化や馬の精神状態に心拍数が敏感に反応することがよくわかります。

駆歩の心拍数を両日で比較してみましょう。

14日:トラック馬場 駆歩2本目(F2321秒)

平均心拍数:181最大209回/分 

15日:坂路馬場   駆歩2本目(F2321秒)

平均心拍数:188最大227回/分

両日とも走行速度はほぼ同様ですが、当然、心拍数は坂路調教のほうが高くなっています。特に最大心拍数は坂路では227回/分にもなり、この時期でのほぼ最大心拍数と思われる値を示しています。また、2本目の駆歩のあと心拍数が100回/分に戻るまでに要した時間は、トラック馬場の70秒に対し、坂路馬場では120秒かかりました。この心拍数だけをみれば馬にとってこの日の調教はかなりきつかったと考えられますが、騎乗者の感想は「まだ余裕がある」というものでした。

2本目の駆歩調教直後の血中乳酸値は、トラック馬場では殆ど上昇しませんでした。しかし、坂路では6.6ミリモルリットル(血漿で測定)にまで上昇し、無酸素運動が行われたことを示していました。

800m屋内トラック馬場は有酸素運動のトレーニング、坂路馬場は無酸素運動のトレーニングに有利な馬場ですが、総合的に見てこれら2種類の馬場を使っての現時点での調教により、十分効果が上がっているものと考えられました。

視点をかえて飼食いについてみると、例年調教が進むと少しずつエサを残す馬が増える傾向が見られます。2歳になった育成馬には、現在計7kgの飼料を一日4回に分けて与えています。今年も調教が続くことで週末になるとエサを残す馬が数頭いるものの、週末の軽運動日を挟んだ週明けには飼食いが回復しており、このことからも適度な調教負荷になっているものと考えられます。

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図1:800mトラック馬場で調教した際の心拍数変化。調教の流れは、角馬場での速歩歩様検査)常歩で移動駆歩1F2625常歩で手前変換駆歩2周(F2321秒)常歩での鎮静運動(約20分)。

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21,000m坂路馬場で調教した際の心拍数変化。調教の流れは、角馬場での速歩歩様検査)→常歩で移動駆歩1本目F2826常歩で坂路を下りスタート地点に戻る駆歩2本目(F2321秒)常歩での鎮静運動(約20分)。駆歩の2つの大きなピークの前に心拍数の上昇がみられますが、これは坂路を下る途中で横を馬が駆け上がり、馬がそれに驚いたことが原因でした。

いうまでもなく馬の状態をよく観察することは必須事項ですが、それに加えて心拍数や乳酸値の測定をはじめとした「科学の目」をオーバーラップさせることで、それぞれの管理者が五感に磨きをかけることができるとともに、より多面的に馬の状態や調教の適否を把握することができるようになると考えています。日高育成牧場でも得られた情報を元にして、若馬に対する調教メニューをよりよいものにしていきたいと考えています。

※運動後の血中乳酸値はトレーニング進度や調教強度の判定に使用できる指標のひとつといわれています。トレーニングにおいて無酸素エネルギーが利用されると、筋肉中に産生された乳酸は血液中に流れこみます。この血液中の乳酸値を測定し、4ミリモル/リットルを超えているか否かが無酸素運動か、有酸素運動かを判断するひとつの目安となります。