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日高育成牧場での分娩前後の対応(生産)

5月に入り、北海道にも遅い春がやって来ました。浦河町にあるここ日高育成牧場でもゴールデンウィーク翌週になってようやく桜が咲きました(写真1)。日高育成牧場では、4月29日までに全部で8頭の子馬が無事誕生しています。

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写真1.今年日高育成牧場で生まれた親子(ラストローレンの11、牡、父アルデバラン)。頭絡に付いているのは放牧地での運動量を測定するGPS装置です。

 さて、繁殖シーズンも終盤を迎えておりますが、今回は日高育成牧場における分娩前後の対応について紹介いたします。

 日高育成牧場では、分娩1ヵ月前から繁殖牝馬をウォーキングマシンにいれ、運動させています。この目的は、繁殖牝馬の肥満を防止するとともに子宮動脈の血流を増加させ分娩時の胎児の低酸素脳症のリスクを低下させ、分娩時に必要な体力を維持することです。時速5kmの速度で2030分間常歩させています。

 分娩前の兆候には乳房の腫脹、乳頭先端の乳ヤニの付着、臀部の平坦化(産道落ち)、外陰部の弛緩、体温の低下などが挙げられます。しかし、個体差が大きく、これらの兆候を用いた分娩までの日数推定には経験が必要です。

 昨年、「第52回競走馬に関する調査研究発表会」において我々は乳汁のpH値およびBrix値を測定し、分娩日を推定する方法を発表しました。この方法を簡単に紹介いたしますと、市販のpH試験紙および糖度計(写真2)を用いて繁殖牝馬の乳汁のpH値およびBrix値を測定することで、下記のように分娩確率を推定することができることが明らかになりました。

 

  ・pH6.4以上であれば24時間以内の分娩確率は1%未満である

  ・Brix値が20%未満であれば24時間以内の分娩確率は4%未満である

すなわち、上記の値になった場合、その日の分娩監視は不要であると言えます。この方法を用いると、とにかく忙しい繁殖シーズンに、分娩監視の労力を軽減することができます。詳細は「管理指針」に記載しておりますので、皆様も試してみてはいかがでしょうか?

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写真2.pH試験紙(左2つ)と糖度計(左がデジタル式、右がアナログ式)

 

日高育成牧場では、分娩時異常が認められなければ可能な限り人為的な介助は実施しない「自然分娩」を推奨しています。自然分娩では、寝起きしながらも、母馬のホルモン分泌が上昇し、ある程度の時間を経て産道を最大に開口させると考えられるため、メリットとして下記の4点が考えられます。

     子宮機能の早期回復

人為的に胎児を牽引すると、胎盤を子宮から剥ぎ取ることになり、子宮壁に損傷をもたらす危険性があります。

     子馬の損傷リスクの軽減

人為的な介助によって強く前肢を牽引した場合、子馬の肘関節、肩関節、肋骨を損傷する可能性があります。

     新生子馬の早期起立

狭い骨盤を通過するストレスが子馬への刺激となり、生後短期間で起立することが可能となると考えられています。

     新生子馬の循環血液量の維持

分娩介助を行うと娩出後に子馬の周囲に人の気配を感じることから、しばしば母馬は分娩直後に起立を試みます。この起立に伴って臍帯が切れるため、胎盤血液の子馬への完全移行が困難となります。

 この自然分娩には上記のように母子ともに様々なメリットがありますが、早期胎盤剥離(レッドバック)を起こしている場合などの緊急時や分娩が通常より長引き母馬の消耗が著しい場合など、介助が必要な場合や介助した方が良い場合ももちろんあります。「自然分娩」という言葉だけを聞くと何でもかんでも自然に任せて良いという印象を持たれるかもしれませんが、「どのような場合が異常であり介助が必要であるかをしっかりと認識した上で」行うことが重要となります。

 また、分娩時のチェックポイントとして、「分娩時のワン・ツー・スリー」という言葉があります。

①1時間までに、新生子は起立する。

②2時間までに、新生子は哺乳する。

③3時間までに、後産が排出される。

 

上記の3点に当てはまらない場合は、何らかの異常が疑われます。特に初乳の哺乳は新生子にとって母馬から免疫物質を獲得するために重要です。

 胎盤の構造が異なるため、馬はヒトと異なり、初乳を摂取しないと母馬の抗体(免疫グロブリン)を得ることができないことは広く知られていますが、では初乳さえ飲めば問題ないかと言えば、実はそうではありません。母馬の出す初乳の質が常に良いとは限らないからです。分娩前に漏乳していたりすると、初乳中の免疫グロブリンの量が十分でないことがあります。初乳に含まれる免疫グロブリンの量を推測するのに、分娩日の予測にも使用した糖度計を用いたBrix値を指標とすることができます。初乳のBrix値が20%以上であれば免疫グロブリンの豊富な良質の初乳と推測することができます。

 このBrix値は、子馬が十分初乳を摂取したかどうかを推測することにも利用できます。「子馬が摂取前の初乳のBrix値」から「分娩1012時間後の乳汁のBrix値」を引いた差が10以上であれば十分量の抗体が移行したと推測できます。もし、その値が10未満であれば子馬は「移行免疫不全」の状態にあると判断され、冷凍初乳の投与や、血漿輸血が必要となります。

 JRA日高育成牧場で生産した馬が、今年初めてブリーズアップセールに上場されました。JRAでは、生産から後期育成までの一貫した育成研究を実施することにより、その過程で得られた成果を今まで以上に皆様関係者に披露していきたいと考えております。今後ともご理解とご協力をよろしくお願い致します。

JRA育成牧場管理指針」―生産編―(写真3)を読んでいただき、ご意見をお聞かせ願いたいと思います。生産編の入手やお問い合わせは下記までお願いいたします。

  ●お問い合わせ → jra-ikusei@jra.go.jp

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写真3.JRA育成牧場管理指針(右が最新刊の「生産編」です。左の「第3版」も引き続きご愛読よろしくお願い致します。※内容は重複しておりません)。