【競馬学校】Boys Be Ambitious!日本ハムファイターズルーキーとの交流会
28日、競馬学校第25期生5名とプロ野球・北海道日本ハムファイターズの高卒ルーキーとの交流会を、鎌ヶ谷ファイターズスタジアムで行いました。
この交流会は昨年に続き2回目で、前回はファイターズのルーキー中田翔選手ら6名と三浦皇成騎手ら第24期生3名が参加。この模様と1年後の彼らの位置づけは、22日のスポーツ報知に書かれています。
ちょうど1年前の1月21日。千葉・鎌ケ谷のファイターズタウンに2人の怪物がいた。中田翔と三浦皇成。その日は日本ハムの新人とJRA(日本中央競馬会)競馬学校騎手課程の生徒による交流会が行われた。
体つきは完全に大人と子供。同い年ながら、三浦を含めた騎手の卵たちは中田に圧倒され、終始敬語を使っていたほど。ジャンル横断的な「平成元年会」の発足に意欲的だった中田は、「頑張ろうな」とお互いの活躍を誓って握手。三浦からはムチをプレゼントされた(学校注.実際には大江原圭が、自分のムチを手渡したものです)。しかし、08年の2人は明暗が分かれた。
三浦は91勝を挙げ、武豊の新人最多勝記録(69勝)を更新。一方で“清原超え”の期待もあった中田は1軍出場ゼロに終わった。三浦の大活躍を中田は「あいつ、ホンマすごいッスね。ムチ? マジ、宝物やわ」と素直に絶賛したが、大きな発奮材料にもなった。
現在は大阪桐蔭の先輩、ロッテ・西岡らとの合同自主トレで1日1000スイング近くを連日振り込んでいる。「やらなあかんでしょ」という2年目の目標には、30本塁打を掲げた。1年がたち、怪物2人の立場は逆転。「世代の顔」を奪い返そうと、中田が意地を見せるか。
まずはじめに、騎手課程の生徒たちは、自主トレーニングの模様を見学。まず、ファイターズの和製大砲候補の呼び声高い、金子洋平外野手と高口隆行内野手(いずれも3年目)のティーバッティングに圧倒され、室内練習場では内野陣ノックの華麗なフィールディングに魅了されました。
(左:金子洋平内野手からはプレゼントをいただきました。ありがとうございます。)
そして交流会。ファイターズの高卒ルーキーは3名、そのうち
土屋健二投手(ドラフト4位・横浜高〔昨夏甲子園ベスト4〕)
杉谷拳士内野手(ドラフト6位・帝京高〔春夏甲子園3度出場〕)
の2名が参加しました。(中島卓也内野手は卒業試験のため欠席)
(左:土屋投手 右:杉谷内野手)
交流会はまず、訓練用木馬を選手に経験してもらうことで、両者の距離を縮めることから始めます。
土屋投手は「体幹強化になる。体の使い方が参考になりました」。1999年頃には「ダビスタ」にはまった経験がある(「クローバー賞」とかレース名が彼の口から出ていました)という杉谷内野手も「オフには競馬学校におじゃまして、実際の馬で乗馬体験させてほしい」。と体内の競馬の虫が再燃したようです。
そして「後は若いふたりだけで…ふふふ」ではありませんが、生徒・騎手だけで別室へ。お互いの甲子園とプロのジョッキーになることを目指した3年間や将来の夢について終始笑い声の絶えない交歓風景です。

最後にプレゼントとして、お互いにファイターズの選手の背番号・名前入り特製ゼッケンとスタッフジャンバーを交換し「すすきので会おう!」を合言葉にお開きとなりました。
今後の鎌ヶ谷ファイターズとの交流は、夏にイースタンリーグ(ファーム公式戦)の開催日に、「JRA競馬学校デー」と題したイベントを実施する予定です。詳細が決まりましたらブログでもお知らせいたします。
土屋・杉谷両選手、ルーキーシーズンの活躍を祈念しております。
オフにはぜひ競馬学校にも遊びに来てくださいね!




















































































まずは、25期生がよろしくお願いしますと一礼し、自己紹介。生徒たちは、「まだまだ未熟ですががんばります。」「誰にも負けないので一所懸命やります。」とそれぞれが抱負を述べ、引き続き、生徒を預かっていただく各調教師から一言。
その後昼食をとりながら調教師・生徒・保護者で懇談していただき、後半は走路で騎乗(1周1400m:単走で20秒程度のキャンターから徐々に加速し、最後の1ハロンを11秒台後半のギャロップ)の模様を供覧しました。
また、各調教師にお話を伺ったところ、
騎手課程25・26期生は、授業の一環で、8月1日(水)のイースタンリーグ公式戦 対グッドウィル戦を見学させていただきましたが、お礼の意味を込め、競馬学校がこの日の試合に協賛し、「JRA競馬学校デー」として各種イベントを行いました。

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(写真:血統名「ハローヘレンの05」(牡2歳 父:ヘクタープロテクター、今年の3歳重賞戦線を賑わしたハロースピード号〔JRA育成馬〕の半弟)
アドマイヤムーン(牡4
一緒に帰国された松田博資きゅう舎の馬場政信きゅう務員(写真右)の話によると、「長期間の遠征でしたが、疲れやストレスも見られず、元気に帰ってくることができて良かったです。私も元気いっぱいです。今後は宝塚記念(GⅠ)(6月24日
3日から5日の馬事公苑「ホースショー」に「競馬学校ブース」を出展しましたところ、好天も手伝ってか、多数の皆さんにお立ち寄りいただきました。スタッフ一同、心より御礼申し上げます。

今日は、騎手課程25・26期生が校外実習で、学校から歩いて5分のところにある梨農家の後藤さんのところにお世話になりました。白井市は日本有数の梨(「幸水」「豊水」「新高」など)の産地です(
今は受粉作業の時期で、後藤さんのところでは、主にミツバチを使って受粉を行っているそうですが、今日は生徒たちが黄色い花粉のついた花を摘んで、他の花のめしべに手でつける作業を実習しました。なかなか花粉がしっかりついた花が見つからず、少々苦戦していました。
作業の後は、ミツバチがとった蜂蜜がふるまわれ、生徒全員でごちそうになりました。26期生にとっては、入学前研修から約20日間、学校から外に出たのは住民登録のため市役所へ行っただけで、実質初めての外出。この間は全く間食を食べていませんので、彼らにとっては待望の「おやつ」。体重に気をつけながらも、パンに蜂蜜を塗って平らげていました。

そういうわけで我々教官も力が入りまして、大会の前日から会場入りをし、生徒が使用する馬の調整、競技馴致を行った結果、大変良いコンディションで競技の時を迎えることができました。
競馬学校テキスト「生徒の心構え」から、加藤和宏調教師が騎手時代の「人間的にも大事なことというのはまずはやはり礼儀、あいさつだ。僕らは一言あいさつしても聞こえないときは、何回でも相手が聞き返すまであいさつした。今の子供は小さく、もぞもぞと言って聞こえても聞こえなくてもいいや、そういうのがあるから、はっきりした態度でした方がいい。そうしないと相手も返ってこないから。そして今度自分が聞きたくとも相手が悪いとか何とかになると、やはり先輩たちも本当に教えてやろうということも教えなくなってしまう。」というお話を取り上げ、生徒たちへの教訓としました。
いさつとは人間関係のはじまり。馬に乗る技術を磨く以前に、基本的な礼儀作法から習得してもらうことは人として最も大事なことだと思います
おかげさまで昨年中山グランドジャンプを勝たせてもらい、8月には05~06年の豪州ベスト障害馬に選ばれました。本国に帰国してからは休養させ、グランドジャンプの3連覇を視野に入れて調整してきました。その方法としては、ジャンプレースには使わず、平地の競走ばかりを使ってきました。最初短い競走から徐々に距離を延ばしていくやり方で、1月10日の復帰戦は1600m、以降1800m→2100m→2400m→3000m→2400mと平地戦ばかり使ってきました。これは、特に日本のスピード競馬を意識しているというわけではないのですが、結果的に効果が出ているのかも知れませんね。最高成績は3000m戦の4着でしたが、もちろん結果は気にしていません。
うちのきゅう舎では、カラジや一緒に連れてきたパーソナルドラム(10歳)のような10歳以上の高齢馬が10頭ぐらいいるのですが、若い馬と区別して取り扱っているわけではありません。ただ、歳をとるとステップレースをむやみに走らせることはしませんね。あえて言えば、体調面や精神状態を常に把握してあげることが大事なのではないでしょうか。大事に取り扱ってさえいれば、競走馬の寿命というものは、ある程度長くすることはできると思います。
我々もプロですし(笑)、3年続けて来日してますので、検疫期間中の生活も慣れていますのでご心配なく。NZ勢も2頭おり、食堂では毎日賑やかにやってますよ。日本の食べものも大変おいしい(日本食では刺身、特にツナ(マグロ)とサーモンが好物だとのことです)。注文をつけるとすれば放牧場がもう少し広ければ…というくらいでしょうか。
他にマスグローヴきゅう舎のパーソナルドラム(せん10歳)。また、ニュージーランド勢のリアルトニック(せん11歳)とノーヒーロー(せん11歳)が来日。4頭ともいわゆる前哨戦のペガサスジャンプステークス(中山・3月24日)に出走予定で、20日までの検疫期間中は競馬学校で調教をしていくことになります。
乗馬経験がほとんどなく、実技試験の成績は下の方が続いていたのですが、その分人より努力した結果、2年生の期末試験の走路騎乗で1位が取れたのが一番の思い出です。それから
【本人より】競馬学校での生活は長くて長くてイヤでした。卒業した今ではもっと教わりたかったと思っていますが。22期生時代から成績は下の方でしたから、負け犬根性が染み付きそうだった時もありましたし、実技でうまくいかないときに教官から、雰囲気が似ている?せいか、「コラ!ラーメン屋!」と怒られたときにはブチ切れそうになったこともありました。でもぐっと呑み込んで、くさらずにやってきてよかったです。
【本人より】入学前から栗東トレセンの乗馬センターで5年間乗っていましたので、少しは自信があったのですが、入学してすぐに先生から「お前はギリギリで合格したんだぞ」と言われショックを受けました。確かに背中が丸いとか、ひざで締め過ぎているとか欠点を指摘され、馬になるのが段々つらくなる時期がありました。毎日毎日頑張ってきてそのうちに「姿勢よりも技術でうまくなってやろう」と欲が出てきました。走路騎乗の実習は楽しくて仕方がなかったのですが、ある日、3周も馬を御せずに持って行かれたうえ、強風で無線機からの教官の指示が良く聞き取れずこっぴどく叱られたのは忘れられません。
こうして卒業できて思うのは、色んな方に会えて幸せ者だなということです。栗東トレセンでも、阪神タイガースの濱中治選手と名前が似ているので、すぐに名前を覚えてもらいました。ちなみに私の誕生日は、ちょうどオグリキャップが最初に有馬記念を勝った日なんです。競馬が好きな両親がテレビで有馬記念を見ていると、母親が急に陣痛を起こして、それでもレースは最後まで見るんだと頑張って、レースが終わってから病院に駆け込んで生まれた子なのだそうです。その時から競馬との縁があったんですね。騎手になって、テレビで見られる身になるわけですが、「濱中乗れないなぁ…」と皆さんにボヤかれないように頑張りますので、応援よろしくお願いします。
【本人より】訳あって4年間の学校生活となりました。22期生として入学した当初は、成績も下の方でつらかったです。その上に追い打ちをかけるように、不注意で怪我をしてしまい留年となってしまったのです。
【本人より】生きてきた18年の中で、この3年間は楽しく、つらく、そして充実していました。支えてもらった皆さんには感謝しています。大下くんも言ってましたが、思えば、入学しただけで満足していたのが恥ずかしいです。デビューしてからは、終わりを見ずに最後まで走り続けたいです。同期には、いろいろ迷惑をかけましたが、ここまで来ることができたのはやはりみんなのお陰と思っています。1年生の時に、3年生は卒業の時になぜ泣くのだろう?と思っていましたが、今となってはその気持ちがよくわかりますね。馬の気持ちを感じ取れる騎手になりたいです。
【本人から】3年間を振り返るとあっと言う間でした。最初は慣れない生活に戸惑い、実技でもうまくいきませんでした。2年生になると馬に乗ることが楽しく感じられるようになってきたのですが、トレセンの実習から帰校してから自信過剰を指摘され、落ち込んでしまいました。幸い模擬レースや実技試験をうまく乗り切り、卒業、そして騎手免許試験に合格することができました。補習にも付き合ってもらった先生や夜遅くまでビデオを一緒に見てくれた先生、本当にありがとうございました。
競馬学校では、精神修養と社会人として恥ずかしくない礼儀作法や日本の伝統文化を身につけるために「茶道」の授業を導入しています。この日は23期生の卒業を目前に控え、騎手課程23~25期の生徒全員による「合同茶会」を実施しました。
生徒の指導をお願いしている原千代江先生によりますと、「1年生が要領良く入れたお茶を、上級生は礼儀正しくいただいていました。大変結構。」と授業の集大成にお褒めの言葉をいただきましたが、生徒・教官総勢40名が順番にいただく関係で、長い時間正座を続けなければならず、20分も経過すると、足がムズムズ~ジリジリ~何だか落ち着かなくなってきました。
お茶の味は格別でしたが、会が終了してから、その場でうまく歩けない生徒(教官も)が続出。ほろ苦い思い出になったかも…。競馬学校は13日の卒業式まで、束の間のまったりとした時間が流れます。
「4月の入学式に来たのかと勘違いするくらいの陽気」と、ベテランの試験官が呟いたとおり、この時期に行う試験日としては異常な暖かさのこの日、騎手課程23期生の卒業試験を行いました。各生徒とも日頃の鍛錬の成果を出し切ってくれたものと信じています。
た。今から40年以上前の、1964(昭和39)年、馬事公苑が東京オリンピックの馬術会場となった関係で、岡部さんら騎手候補生は、当時中山競馬場の白井分場だった競馬学校に移動し、数ヶ月教育を受けたという経験をお持ちで「当時はまだきゅう舎があった関係で、競走馬の調教の合間の授業だったので、場合によっては馬に乗らない日や、週に数時間しか授業がないこともあり、割とのんびりさせてもらったせいか、競馬学校には良い印象があるんですよ。」と語る岡部さん。
「はじめて卒業試験を見せてもらいましたが、私の頃と比べて本当にレベルが高くなったな。と思いました。とはいえ、馬に乗ることについて言えば、ここまでは形通りのことをやるということで、誰でも努力すればできること。そこから自分で考えて伸ばしていくことがないと、一流と呼ばれる存在にはなれないはず。卒業して騎手の免許をもらったらそこが終点という生徒はいないでしょうが、さらなる努力で上を目指してほしいと思いますね。」とエールを送っていただきました。
過去には都内の神社に出向いていたこともあったのですが、地元の方の紹介もあり、天神社で祈願を受けることになりました。たしかに近くの方が、ご利益が逃げないような気がしますね。
原さんには、4期生から講師をつとめていただき、今年が20年目の授業。23期生には「あと1ヶ月半でプロの騎手になるわけですが、騎手免許をもらったら、もう一回学校に入ったつもりで何年か人一倍努力してがんばってほしいですね。デビュー2~3年で大きく伸びる人が多いが、それは本人の努力次第だと思います。」
4日には、全校生徒・スタッフが冬晴れの馬 場内に集合し、1年間の無事故を願い、「馬場浄め」を執り行いました(全国の競馬場やトレセンでも必ず行う行事です)。
騎手課程生徒を代表して、玉串奉奠(たまぐしほうてん)の儀式を行った23期生の藤岡康太は、当初「初めてで、どうやったらいいんですか?」と戸惑っていましたが、先に行った神主さんや教官の様子を見様見真似で、なんとか格好がついたようです。また、10~11日には、きゅう務員課程(本年度4月・7月生)の入学試験(2次)として、騎乗適正検査や面接などを行いました。★
11日には、生徒が主催の「新年会」。この時ばかりは『無礼講』(もちろんアルコールなしですが)。昨年入学した25期生(1年生)が幹事となって手作り感いっぱいのパーティーに、場内は生徒・スタッフとも終始爆笑の渦でした。
キグルミに扮して「た~らこ~た~らこ~♪」を踊る25期生。この時点ではまだ恥じらいがありますね。
25期生の「ざ・たっち」こと、ツインズ國分兄弟の『幽体離脱』。ちょっと、ちょっとちょっとぉ~
「DJ OZMA」がまたまたやらかした?25期生が先輩たちを次々に「拉致」し、ステージに…そして狂乱の宴へ!?(注・決して教官がやらせているわけではありません。あくまで生徒たちが考えて演じているのです。)
最後に 「二人羽織」を演じたきゅう務員課程10月生がバリカンを持ち出し、自ら断髪してしまうという、ブログではお見せできない?ようなアブナイシーンもありましたが、一同、束の間でしたが楽しい時間を過ごすことができました。若いパワーは尽きることがありません。一流のホースマンになれるように、このパワーが日々の鍛錬につながっていくはずです。幹事諸君、 どうもお疲れさまでした。
「マラソン大会」(12/22実施)は、騎手課程・きゅう務員課程生徒(10・1月生)全員が参加し、競馬学校の外周(1周約2km)を2周する約4kmのコースで健脚を争うものです。実は、きゅう務員課程の1月生は、前日に入学式を済ませたばかり。予期せぬ?洗礼に「次の日にいきなりコレかよ…」の声も聞こえてきそうでしたが、全員無事完走を果たしました。
程23期生の池崎祐介(写真右)
は、「トレセン(実習時)で毎日走りこんでおり、脚力には自信がありました。走る前は、このメンバーなら負けられないという気持ちでしたが、実際走ってみると相手があっての勝負事。少しきつかったですね。去年の優勝タイムよりも遅かったそうですし、これからも切磋琢磨です。」と喜びの声を語ってくれました。以下、2位丸田恭介(写真左・中央)、3位宮崎北斗(写真左・右)と上位は卒業を控えた騎手課程23期生が独占しました。

した。
初めての競馬場での模擬レースということで、生徒たちも緊張感いっぱい。また、非開催日に、競馬場を競馬学校が「借り切って」行うということで、手前味噌ながら、われわれ学校職員・きゅう務員課程の生徒が総出でレースの準備・運営にあたり、無事に施行できるようつとめました。
レース後は、全員が後検量を行い、確定後はVTRを見ながら、裁決委員 から進路のとり方などについて細かい注意があり、また、レースを観戦した横山典弘騎手(3期生)からはステッキの使い方についてのアドバイスを受けた後「相談したいことがあれば、どんどん先輩に聞くように」と暖かい言葉をかけられました。
【教官から】今日は癖のある馬が多かったが、何とか乗りこなせていた。直線も見ごたえあり、何とか競馬らしくなってきたと思う。来週お客さま(ファンの皆さま)の前で最後の模擬レースを行うにあたっても、みっともないレースはしないと思います。ぜひ一度見に来てやってください。あえて注文をつければ、プロ騎手としての体力が足りないということ。最後の最後で馬の力を出させるのはジョッキーの力だということです。それから、後検量をスピーディにすること。最初に検量室に帰ってきたのはやはり現役ジョッキーだった。他の人の手を借りることはできないので、しっかり要領を覚えてほしい。
きを見ながらレースを進めたが、 自分の進路しか見えていなかったような気がしますね。緊張もあったでしょうが、周りをよく見てレースが進められるようにしてほしい。(その後、トウショウナイトで挑む有馬記念について尋ねると『日本中を敵に回してもいいからアッと言わせたい。』と並々ならぬ意欲を見せていました。)
る立場にはありませんが、実況 しながら感じたのは、ハートの面、生徒諸君から戦う姿勢が良く伝わってきたことを評価したいですね。みんな最後まで一生懸命やっており、それぞれが持っている課題を克服しようとしているんだな。という様子が良く伝わってきました。
12月6日、栃木県那須塩原市にある『地方競馬教養センター』(NAR:地方競馬全国協会)から、地方競馬の騎手を目指している生徒(86期生)9名が来校し、今年4月に入学した騎手過程25期生(1年生・7名)と「対抗馬術競技会」を行いました。
25期生にとって初めての対外競技でしたが、味わった敗北のほろ苦さ。これを糧になお一層精進してもらいたいものです

騎手課程23期生が第2回模擬レースを行いました。左の写真は、生徒が自分たちでお互いの騎乗馬を評価し合って作った自家製の「競馬専門紙」。 結果はその通りになったかというと…丸田恭介騎乗の『人気薄』(5)オーセシボンが、早め先頭から押し切り、いったん先頭に立った藤岡康太騎乗『人気』の(4)メイショウタカナミを差し返し、クビ差退けて1着となりました。


朝食後のひととき、本国のEd.ダンロップきゅう舎サイトを見て情報収集するお二人は、いずれも初来日というスティーヴン・ニコルソンきゅう務員(左)とグレーム・ホールグリーンパウリ調教助手(右)。「日本はレベルが高そう。テレビの競馬中継を見て勉強します。」とのことでした。
さて、この写真は同馬のグレーム・ホールグリーンパウリ調教助手からいただいた、管理するE.ダンロップ調教師
裏面にはコートマスターピースが[G12勝馬]として写真入りで紹介されており、きゅう舎の看板馬として、
体験乗馬では、10月に入学したばかりのきゅう務員課程生徒がお手伝いをして、子供たちを教育用馬に乗せたり、曳いてあげたりしました。

馬事公苑所属の木曽馬(在来馬)「岳富」号が牽引した馬車は子供たちの人気の的!










降りしきる中、生徒・職員一同、真剣に訓練に取り組みました。

