乳酸値を指標とした調教負荷(宮崎)

 年が明け、宮崎も冬本番を迎えています。とはいえ日高育成牧場(マイナス20℃!)とは異なり、夜間でも氷点下まで冷え込む日はほとんどなく、日中は気温が15℃以上に上昇する日もあります。夜間に気温が下がって馬場が凍結しても、南国の強い日差しを受けて9時過ぎには自然融解するため、調教にはほとんど支障ありません。放牧地に年中ある青々とした牧草と、冬でも降雪や馬場凍結などの影響をほとんど受けない環境こそ、宮崎で育成業務を行う最大のメリットであり南九州が育成に適した地域であると考える最大の理由です。

 昨年末、調教が進むにつれて徐々にテンションが高くなってきていた育成馬たち。年末年始の1週間を牡馬10頭は日中一杯のパドック放牧に加えランジングを隔日で実施しました。牝馬12頭は年末年始のみ昼放牧から夜間放牧に戻してランジングは行わずに管理しました。短期休養あけの年始の調教を事故なく実施することができ、リフレッシュした育成馬たちは元気に調教を再開しています。

 現在、全22頭の調教の足並みが揃いました。500m内馬場において約1000mのスローキャンターを行った後、1600m馬場で2000mの連続したキャンター(スピードはハロン19-18秒程度)をメインメニューとして基礎体力の向上に努め、週に2回程度1200mのキャンターを2本(スピードはハロン20~18秒程度)行うインターバルトレーニングを実施しています。調教時の隊列については前後間隔を詰めた2頭併走を基本としています。一般に、併走調教はお互いに走りたい気持ちを高めて走るスピード調教で用います。しかし、現在行っている併走調教は競って速く走るというよりも、左右に馬がいることに慣らすことが目的です。競馬は集団の中で走るので、縦列や併走でトレーニングすることは重要であると考えます。

 

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併走調教を行う牝馬。向かって左がプラントオジジアンの12(父:エンパイアメーカー)、右がシルクヴィーナスの12(父:アドマイヤムーン)。2頭とも兄が京成杯の勝ち馬であるという共通点があります(プラントオジジアンの12の兄はサンツェッペリン号、シルクヴィーナスの12の兄はプレイアンドリアル号)。ともに宮崎育成牧場の期待馬です。

 今後の運動メニューを考える際、現在の調教でどれだけの負荷がかけられているのか、馬の運動能力を伸ばすトレーニングができているのか、という不安・疑問は常に付きまといます。負荷が強すぎれば若馬の肉体に無理がかかり、歩様の乱れや骨や腱の疾患につながります。といって軽すぎる負荷では心肺機能の鍛錬になりません。日々の調教を通して、馬が持って生まれた「走る能力」を最大限まで引き出せる体質づくりには、過剰ではないぎりぎりの運動負荷をかけ続ける必要があります。通常、調教後の馬の息遣いや疲労の残り方、騎乗時の手応えなどを参考に判断していますが、これらは感覚的なものなので確たる指標として扱うのは難しい部分があります。日高・宮崎の両育成牧場で毎年実施しているV200値の測定も、有酸素運動能力の科学的指標としてヒトでは確立していますが、馬の場合は速度の規定が難しいことや馬の情動や騎乗者の体重・技術などの影響を受けやすいため必ずしも精度の高い検査とはいえません。

 そこで、昨シーズンから運動時の乳酸値測定を行い、数字として得られた「科学的な指標」と馬の息遣いや疲労具合などの「感覚的な評価」とを一体化する作業を行い、その後の調教内容を決定する際の参考にしています。乳酸値は簡易キッドを用いることで簡単に測定でき、どれだけの運動負荷をかけられたかが調教直後にわかるという利点があります。乳酸値測定を開始してからは、調教⇒採血⇒測定⇒分析⇒翌日の調教という手順で、その日の調教結果を翌日以降に素早くフィードバックできるようになりました。

 乳酸値は運動強度(タイムや距離、運動持続時間など)に依存して上昇しますが、最初から直線的に上昇するのではなく、ある運動強度を超えた時点から上昇していきます。これは「運動時の酸素需要量と供給量のバランスが維持されていれば血中乳酸は蓄積せず、需要供給のバランスが崩れると上昇していく」という性質によるものです。調教で育成馬が無酸素運動をしたのか、有酸素運動のみであったのかを見極める際、運動後の血中乳酸値が4mmol/Lを超えているか否かを判断の目安にしています。というのは、馬は最大酸素摂取能力の80~85%程度の負荷をかけられると有酸素運動の継続ができなくなり無酸素運動を開始しますが、この時点の乳酸濃度が4mmol/L程度だからです。

 以下の写真はある馬が2000mキャンターをハロン19秒程度で走行した直後に採血を行い測定した乳酸値です。普段から同程度のスピード・距離で調教を繰り返し行っているため息の入りも早く、発汗もわずかでした。感覚的には「そろそろペースを上げていこうか」と考えている段階において、乳酸値が2.9mmol/Lという科学的指標を確認できたため、翌日以降の運動強化を決定しました。とはいえ同じ強度の運動を負荷しても運動耐性や筋肉量などの個体差により乳酸値の測定結果はバラバラです。限られた時間内に多頭数の調教を行う必要があるため、群の中でも前方と後方のスピード指示を変えるなどして馬別にトレーニング強度を変更して、より効果的で無理のない調教を負荷していきたいと考えています。

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現在宮崎育成牧場で乳酸値測定に使用している簡易キッド(アークレイ社製 ラクテート・プロ2)。本体価格が約6万円、測定するたびにかかる経費は1頭あたり約220円です。

 さて、「魅せる育成」に取り組んでいる宮崎育成牧場では、これまで地元の皆様に育成馬をご覧いただく「育成馬見学会」や朝の調教を自由に見学できる「公開調教」などを行ってきました。今後も来場者の皆様に「質の高い育成業務」をみていただくため、また現在育成馬が抱えている課題を明確にするために必須の恒例行事である「育成馬検査」を実施しました。この検査はJRA馬事部生産育成対策室から専門的な知識をもった職員が来場し、客観的な視点から育成馬の検査を行うものです。検査者をお客様に見立ててすべての馬を「きれいに魅せる」ことができるか、育成馬と毎日接しているうちに見落としている問題がないか、を確認することが目的です。

 例年ブリーズアップセールが近付くにつれて、ご来場いただけるお客さまも増えていきます。育成馬たちを最大限気持ちよくご覧いただけるよう、気を引き締めて準備を進めていきます。是非当場まで足を運んでいただき、大きく成長した育成馬たちをご覧いただきたいと思っています。

 

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育成馬検査では疾病の有無の確認に加えて1頭ずつ大人しく展示できるかも検査されます。検査馬はシンコウイマージンの12(牡、父:アジュディミツオー)。本馬の姉には札幌記念を制したフミノイマージン号がいます。

 

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調教時の動きとは別に、歩様の確認も行います。闊達に元気良く歩けるかどうかが検査されます。検査馬はルックミーウェルの12(牝、父:オンファイア)。この世代のJRA育成馬で唯一となる九州産馬です。