【競馬学校】卒業生(=新人騎手)紹介⑨「宮崎北斗」
宮崎北斗(みやざき ほくと)
1989(平成元)年3月12日生 血液型 O
美浦 高市圭二きゅう舎所属 埼玉県東松山市出身
座右の銘:「天才とは一の才能と九の努力」
目標とする騎手:武豊 安藤勝巳
将来の目標:高額納税者第1位
【本人より】とにかくここまでの人生でこんなに頑張ったのは初めてでした。小学校の頃はいじめられっ子、それを引きずり中学校でも人間不信で友達ができませんでした。競馬学校に入ってからは今までのことを忘れようと、ひたすら打ち込んで友達なんか求めていませんでしたが、23期生のみんなは温かく、親身になって接してくれた。それがあったから頑張ってこられたんでしょうね。本当に感謝しています。教官にはいつも考えていることを見透かされてしまい、口惜しい気がしましたが、逆に自分のことをこれだけわかってくれている人がいるのかと思うと、本当はうれしかったのかも知れません。
乗馬経験がほとんどなく、実技試験の成績は下の方が続いていたのですが、その分人より努力した結果、2年生の期末試験の走路騎乗で1位が取れたのが一番の思い出です。それから診療所でもらった馬用のシャンプーや薬をこっそり自分のために使ってみたことも楽しかったです。まだまだ未熟でファンの方に迷惑をかける騎乗があるかも知れませんが、これから少しでも信頼を得られるように更に頑張っていきます。中央競馬では、草野君とともに平成生まれ第1号騎手となりますが、草野君よりなんとか先に勝って平成生まれジョッキーのJRA初勝利、そして、あまり人がやっていない(できない)17歳のうちでの初勝利が達成できたらと思っています。応援よろしくお願いします。
【担当教官Aより】とにかく、真面目で人一倍の努力家です。さらにそれ以上の正義感も持っています。今後はさらに実戦での経験を重ねて冷静さも持ち合わせた騎手となり、関係する人々の期待に応えてくれる騎手になって欲しいと思っています。
【担当教官Bより】贈る言葉…「真実一路」近年にない努力家、騎乗技術も努力で開花、もうひと頑張りで天才になれるかも?競馬は騙しのテクニックも必要だよ。

【本人より】競馬学校での生活は長くて長くてイヤでした。卒業した今ではもっと教わりたかったと思っていますが。22期生時代から成績は下の方でしたから、負け犬根性が染み付きそうだった時もありましたし、実技でうまくいかないときに教官から、雰囲気が似ている?せいか、「コラ!ラーメン屋!」と怒られたときにはブチ切れそうになったこともありました。でもぐっと呑み込んで、くさらずにやってきてよかったです。
【本人より】入学前から栗東トレセンの乗馬センターで5年間乗っていましたので、少しは自信があったのですが、入学してすぐに先生から「お前はギリギリで合格したんだぞ」と言われショックを受けました。確かに背中が丸いとか、ひざで締め過ぎているとか欠点を指摘され、馬になるのが段々つらくなる時期がありました。毎日毎日頑張ってきてそのうちに「姿勢よりも技術でうまくなってやろう」と欲が出てきました。走路騎乗の実習は楽しくて仕方がなかったのですが、ある日、3周も馬を御せずに持って行かれたうえ、強風で無線機からの教官の指示が良く聞き取れずこっぴどく叱られたのは忘れられません。
こうして卒業できて思うのは、色んな方に会えて幸せ者だなということです。栗東トレセンでも、阪神タイガースの濱中治選手と名前が似ているので、すぐに名前を覚えてもらいました。ちなみに私の誕生日は、ちょうどオグリキャップが最初に有馬記念を勝った日なんです。競馬が好きな両親がテレビで有馬記念を見ていると、母親が急に陣痛を起こして、それでもレースは最後まで見るんだと頑張って、レースが終わってから病院に駆け込んで生まれた子なのだそうです。その時から競馬との縁があったんですね。騎手になって、テレビで見られる身になるわけですが、「濱中乗れないなぁ…」と皆さんにボヤかれないように頑張りますので、応援よろしくお願いします。
【本人より】訳あって4年間の学校生活となりました。22期生として入学した当初は、成績も下の方でつらかったです。その上に追い打ちをかけるように、不注意で怪我をしてしまい留年となってしまったのです。
【本人より】生きてきた18年の中で、この3年間は楽しく、つらく、そして充実していました。支えてもらった皆さんには感謝しています。大下くんも言ってましたが、思えば、入学しただけで満足していたのが恥ずかしいです。デビューしてからは、終わりを見ずに最後まで走り続けたいです。同期には、いろいろ迷惑をかけましたが、ここまで来ることができたのはやはりみんなのお陰と思っています。1年生の時に、3年生は卒業の時になぜ泣くのだろう?と思っていましたが、今となってはその気持ちがよくわかりますね。馬の気持ちを感じ取れる騎手になりたいです。
【本人から】3年間を振り返るとあっと言う間でした。最初は慣れない生活に戸惑い、実技でもうまくいきませんでした。2年生になると馬に乗ることが楽しく感じられるようになってきたのですが、トレセンの実習から帰校してから自信過剰を指摘され、落ち込んでしまいました。幸い模擬レースや実技試験をうまく乗り切り、卒業、そして騎手免許試験に合格することができました。補習にも付き合ってもらった先生や夜遅くまでビデオを一緒に見てくれた先生、本当にありがとうございました。
星野きゅう舎の調教助手、星野薫さんです。馬に乗るときは常に半袖シャツで騎乗します。理由は「馬に乗って運動してると暑いから!」だそうです。この時期になると、調教中にウインドブレーカーを来ている人がほとんどの中で、この格好は非常に目立ちます。この時期の美浦トレセン名物と言っても過言ではありません。
本日はGI週恒例のイベントでもあるフェブラリーSの調教公開が行われました。寒い中ではありますが、白い息を吐きながら走る競走馬の姿を楽しんでいただけたと思います。
競馬学校では、精神修養と社会人として恥ずかしくない礼儀作法や日本の伝統文化を身につけるために「茶道」の授業を導入しています。この日は23期生の卒業を目前に控え、騎手課程23~25期の生徒全員による「合同茶会」を実施しました。
生徒の指導をお願いしている原千代江先生によりますと、「1年生が要領良く入れたお茶を、上級生は礼儀正しくいただいていました。大変結構。」と授業の集大成にお褒めの言葉をいただきましたが、生徒・教官総勢40名が順番にいただく関係で、長い時間正座を続けなければならず、20分も経過すると、足がムズムズ~ジリジリ~何だか落ち着かなくなってきました。
お茶の味は格別でしたが、会が終了してから、その場でうまく歩けない生徒(教官も)が続出。ほろ苦い思い出になったかも…。競馬学校は13日の卒業式まで、束の間のまったりとした時間が流れます。
「4月の入学式に来たのかと勘違いするくらいの陽気」と、ベテランの試験官が呟いたとおり、この時期に行う試験日としては異常な暖かさのこの日、騎手課程23期生の卒業試験を行いました。各生徒とも日頃の鍛錬の成果を出し切ってくれたものと信じています。
た。今から40年以上前の、1964(昭和39)年、馬事公苑が東京オリンピックの馬術会場となった関係で、岡部さんら騎手候補生は、当時中山競馬場の白井分場だった競馬学校に移動し、数ヶ月教育を受けたという経験をお持ちで「当時はまだきゅう舎があった関係で、競走馬の調教の合間の授業だったので、場合によっては馬に乗らない日や、週に数時間しか授業がないこともあり、割とのんびりさせてもらったせいか、競馬学校には良い印象があるんですよ。」と語る岡部さん。
「はじめて卒業試験を見せてもらいましたが、私の頃と比べて本当にレベルが高くなったな。と思いました。とはいえ、馬に乗ることについて言えば、ここまでは形通りのことをやるということで、誰でも努力すればできること。そこから自分で考えて伸ばしていくことがないと、一流と呼ばれる存在にはなれないはず。卒業して騎手の免許をもらったらそこが終点という生徒はいないでしょうが、さらなる努力で上を目指してほしいと思いますね。」とエールを送っていただきました。