No.5 (2010年3月15日号)
馬の分娩対応をするにあたって念頭に置くべきことは、分娩が子馬を娩出させるためだけの作業ではなく、子馬を丈夫な馬として成長させるとともに、母馬が分娩後に順調に種付け準備ができるよう、安全な出産を目指すことが重要と考えられます。不必要な分娩介助はときとして難産の原因となることもあります。今回は、日高育成牧場で実践している分娩管理の方法を紹介します。
分娩前からの難産対策
分娩前の適度な運動は難産を予防すると言われています。分娩前1ヶ月というと、2月あるいは3月分娩予定の馬では厳冬期にあたり、放牧地での運動量が低下します。これを補うのが引き運動やウォーキングマシンによる運動で、繁殖馬の負担とならない程度(だいたい時速4㎞で20分)で実施します。この際、高齢馬や蹄の異常を含む運動器疾患をもつ馬に対しては時間や速度を調整してください。
必要に応じた助産を心がける
破水を認めたらまず、包帯などで母馬の尾を巻き束ねて介助の邪魔にならないように、可能な限り衛生的な分娩となるようにします。
破水後、産道から半透明の膜に包まれた子馬の肢が見えてきます。このとき膜の色を確認してください。もし、膜内の羊水が濁っていたり血液が混じっているようであれば、助産による早目の娩出が必要となります。次に手や腕を消毒液で十分に洗浄し(あれば直腸検査用ビニール手袋を使用)、産道の中の子馬の体勢を確認してください。正常であれば蹄底が下向きの前肢2本と頭部が確認できるはずです。このような正常な分娩であった場合、余程のことがない限り助産は必要ありません。
助産が必要な状況とは
①子馬の命が危ないとき
子馬の肢がでてきた際、赤い膜に包まれていれば緊急事態です。この現象は子宮と胎盤の早期剥離により臍の緒から子馬に酸素や栄養が送られなくなってしまう、つまり子馬は早く自分で呼吸をしなければならない状況です。ハサミで赤い膜の表面の白い星形部分を切り開き、羊膜を破り子馬の体勢を確認し、牽引します。
②難産の徴候があるとき
子馬の産道内での体勢が前述した正常例と違う場合、子宮内に戻してやる必要があります。軽度であれば、母馬が寝起きや運動(引き馬でも可)を繰り返すことによって自然に直りますが、簡単に戻らない場合、人間が押し戻すことも必要です。それでも直らない場合は、獣医師に連絡し指示をあおいでください。手術が必要になることもあるので、いざというときの輸送手段を分娩シーズン前に確保しておくと良いでしょう。
③分娩時間の目安
体勢に異常がなくても破水から40~50分経過しても子馬が娩出されない場合は、注意深く陣痛に合わせてゆっくりと子馬の前肢を牽引します。したがって、破水時刻を記録しておくことが重要です。
早すぎる不要な助産は難産の原因
子馬を牽引する場合、牽引しすぎないよう注意します。強すぎる牽引、不要な牽引はときに体勢異常を悪化させたり後産停滞や子宮へのダメージの原因となり、産後の受胎の障害となりうるので、気をつけましょう。
子馬が産道から完全に出る前に
母馬が横臥していよいよ産道から子馬が娩出されます。このとき、頭や前半身の膜を除去し後肢が臍の緒とともに産道内に残るようにするとよいでしょう。これは臍帯や胎盤内の血液が臍を通じて子馬の中に戻ることが子馬の出生直後の活性(元気、健康)につながるからであり、少なくとも5分程度はこの状態を維持するのが理想です(図参照)。自力分娩で疲労した母馬はすぐには起立しませんが、起立して臍の緒が切れてしまうのはやむをえません。
子馬が出てきたら
まず、子馬の自力呼吸を確認してください。臍の緒が切れたら子馬の臍の消毒を数回します。臍の緒が切れてから全身をタオルで必要に応じて拭きます。厳冬期には急いでください。声をかけながら耳の中、腹部、股間、肛門、下肢部まで馴致を意識して行います。この間、母馬にも子馬を舐め愛撫させて生んだことを自覚させると良いでしょう。
母馬が起立したら
母馬の起立後は、後産停滞を防ぐため、産道から垂れ下がる後産(羊膜・臍の緒・胎盤の塊)を紐などで束ねて地面をひきずったり踏んだりしないよう、まとめて縛ります。胎盤が排出されたらまず広げて、すべて出てきているか形状を確認し、重さを測定します。通常は5~10kgと幅があります。分娩後6時間以内に胎盤が排出されない場合は獣医師に相談してください。疝痛症状が認められることがありますが、腸の捻転や変位を起こしている可能性もあるので注意深く観察して、痛みが激しい場合は獣医師を呼んでください。また分娩直後に限らず何日間かはエンドトキシン・ショックの他、子宮動脈破裂や子宮穿孔を原因として循環障害を起こす可能性もあるので母馬の結膜や蹄の温度の変化に注意してください。
子馬が起立したら
自然分娩では、子馬の起立時間が早まることが判明しています。初乳の吸引、胎便の排泄を確認し、自力吸乳から30分経過しても胎便排泄が確認できなければ浣腸をします。子馬の便が黄色くなってからも硬い胎便が混ざっているようでしたら、再度浣腸をかけてください。
おわりに
日高育成牧場では、数年前から今回書いたことを実践し可能な限り自然分娩となるよう心がけています。みなさんも子馬を丈夫な馬として成長させる、自然で安全な分娩を実践しみてはいかがでしょうか。
(日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄 泰光)