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2018年11月16日 (金)

育成後期トレーニングの原則

No.6 (2010年4月1日号)

 今回は馬の本性から考えられる育成後期のトレーニングの原則について紹介いたします。人間のアスリートがより高いトレーニング効果を得るための運動生理学上の理論として、以下の4つの原則があります。

1. 「過負荷」:日常の水準以上の負荷をかける
2. 「漸進性」:負荷は徐々に強めていく
3. 「反復性」:負荷はくり返し行う
4. 「個別性」:個々の体力、技術、性格に合わせて負荷をかける

 この4つの原則はサラブレッドの調教にもそのまま当てはまります。例えばオリンピック選手などは「栄誉(金メダル)」「社会的地位(引退後の身分保障)」「金銭(スポンサー収入)」などを得るため、人一倍のハングリー精神を発揮し自己のモチベーションを高め厳しいトレーニングに励みます。

 しかし、馬に金メダル獲得への動機付けを与えることは不可能です。皆さんは、そもそもサラブレッドは速く走ることを好む動物であると考えていませんか。競馬場では気持ちよさそうに疾走していますから・・・。ところが、馬とは「(生命維持のため)安心で快適な場所を求め、人間等からの指示や刺激がなければ元来無駄な動きをしたがらない」という本性を持っています。この本性は人類を含めすべての動物に共通するのかもしれません。しかし人類は自らの脳を使って思考する点が他の動物と大きく異なります。こうした馬の生物的な本質を理解したうえで、日々のトレーニングで負荷を高めていく必要がありますが、その最大のポイントは、「馬の精神面の管理(メンタルマネージメント)」です。ホースマンの金言に「馬をハッピーでフレッシュに保て!」というものがあります。筆者は初めてこの言葉にふれた時、非常に耳あたりが良いので当たり前のように受け流してしまいました。しかし、実際に馬の育成調教の現場に携わると、このハッピーでフレッシュという言葉の意味がずしりと重く肩にのしかかってくるのです。晴れて競走馬としてデビューすべく、日々のトレーニングで肉体的に鍛えられる馬達を、このような「ハッピーでフレッシュ」な精神状態に保てなければ、トレーニングをなかなか継続することは難しくなってしまうのです。馬のなかには、食欲が落ちたり、イライラしたりで、体が細くなってしまう馬もでてきます。

 さて、JRA日高育成牧場では、1歳馬の騎乗馴致ステージを終え、トレーニングステージに移行する2歳の年明けから、馬が「走らされたのではなく走ってしまったと感じる」調教をスタッフ全員のキーフレーズ(モットー)にして調教を進めていきます。これは、極力ムチや騎乗者の無理な体重移動によって、強制的に馬を動かすのではなく、「群れたがる習性」や「先行馬に追従する」馬本来の特性を利用し、結果として十分な運動をしてしまったという状況を作り出すことが鍵といえます。「運動と休息」のメリハリをつけ、調教後には褒美としてエサを与えます。

 調教コースや調教内容に変化をもたせ、馬を飽きさせないことも大事です。こうした工夫によって、毎日の調教が馬にとって「強制的な不快な運動」ではなく、「前向きで楽しいエクササイズ」になってほしいといろいろ取り組んでいるのです。

 調教を行う前提として、馬の体内には走るためのエネルギーと気持ちが蓄積されていることも重要です。朝、馬房から放牧地に放された馬が、気持ちよさそうにしばし駆け回るあの時の歓びの気持ちや心理状況をイメージすると、ある意味では「調教をやり過ぎない」ことも重要な視点です。筆者も鮨は大好物ですが、いくら美味しい鮨でも腹がはち切れるほど食べると、毎日は食べたくなくなります。いわゆる「腹八分目」の大切さです。筆者は競馬用語の「追いきり」という言葉にはどうも抵抗があります。今から20年ほど前、とあるアイルランドのホースマンが、ムチをバチバチ使い力強く手綱をしごく日本流の「追いきり」を見て、「もうこの馬の次走の好走はないね・・」とつぶやいたのが強く印象に残っています。「腹八分目」がどこなのか、これを見定めるのは非常に困難です。これは調教前後の馬の状態をよく観察することで見極めるしかありません。一方、「心拍数」「乳酸」を測定するなど、科学の目の活用も大切です。

 トレーニングそのものに、「意義や必要性」を感じることのできない馬達に、毎日の調教で気持ちよく前向きに走らせるためには、何より「ハッピーでフレッシュ」な気持ちの維持が不可欠なのです。

(日高育成牧場 副場長 坂本 浩治)

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現在は、1000m屋内坂路で週2回乗り込んでいる

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