中期育成 Feed

2021年10月 5日 (火)

JRAホームブレッドの馴致

 今回は、日高育成牧場でJRAホームブレッドに対して行っている馴致について、中でも特に1歳秋にブレーキングを行う前までの当歳から1歳夏にかけての馴致の内容についてご紹介したいと思います。

母子の引き馬

 引き馬の躾は生後翌日から開始します。日高育成牧場では一人で母子を保持するやり方を行っています。将来的に「子馬を左側から引く」ことを教えるため、位置関係は「人の左に母馬、右に子馬」としています(図1)。左手で母馬のリード(引き綱)を保持し、右手で子馬の左側から頚をかかえるようにします。このようにして子馬の左肩の位置に人がいる「引き馬の位置関係」を教えます。特に生後2ヶ月までの間は、頚部へのダメージを防止するため、子馬にはリードを使用しません。

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図1. 人の左に母馬、右に子馬の位置で母子を引く

駐立の練習

 将来的に検査者の前で馬の左側を向けた左表(ひだりおもて)で四肢が重ならないように立たせることができるように、写真撮影などの機会を通して駐立の練習を行っています(図2)。最初は前後に人が立ち、プレッシャーとその解除により前進後退を行いながら、馬を人に集中させます。まず軸肢(左前肢と右後肢)の位置を決めます。左前管部を地面に対して垂直にし、軸を動かさないまま馬を前後に動かして右前肢と左後肢の位置を決めます。馬の立ち位置が決まったら保持者は後退し、リードを緩めます。馬の接近および前傾姿勢を回避するため、後退する前に人馬の距離を保持するためのプレッシャーをかけます。周囲に人がいない状況できちんと駐立できるようになったら、場内見学バスツアーなどの機会を通して人に囲まれている場面でも同じことができるように慣らしていきます。

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図2 写真撮影を通して駐立の練習をする

離乳後の馴致

 離乳後は母馬の存在がなくなるため、子馬が精神的に不安定になります。人間が子馬のリーダーであることを再認識させるとともに、人馬の1対1の関係を強化する上で大切な時期となります。集放牧の際に前の馬と一定の距離をとって歩かせることで、周囲に他の馬の姿が見えなくなっても鳴かない馬を作ることができます。また、ビニールシートを通過させるなどの機会を設け、人が課題(ビニールシートの通過)を与えてプレッシャー・オンの状態にし(リードを引く)、それに従えばプレッシャーはオフになる(リードは緩められる)ということを繰り返すことで人の指示に従うことを教え(図3)、人馬の1対1の関係を強化することができます。

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図3 ビニールシートを通過させることで人の指示に従うことを教える

“インディペンデント”な馬を作る

 馴致を通して、騎乗せずに「人が馬のリーダーとなること」や「人馬の信頼関係」を教えることが可能です。このため、集放牧を躾の機会と捉えて、普段からこれらを意識した引き馬を繰り返し実施することが重要です。子馬の引き馬で重要なことは、「人の指示に従って歩くこと」と「子馬自身のバランスで歩くこと」の2点です。「自身のバランス」とは、子馬が歩く際に「引っ張られたり、押されたりしない」状態であり、人間の指示に従った上で馬自らが意思を持って歩くということです。言わば“インディペンデント(独立した、他に頼らない)”な馬を作るということで、このことができていればブレーキングが始まった後、非常にスムーズに調教を進めることができます。

 日高育成牧場では、以上のような点を心掛けて日々ホームブレッドの馴致を行っています。今回の記事が、皆さんの愛馬の管理に少しでも参考になりましたら幸いです。

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

2021年8月31日 (火)

喉の病気と内視鏡検査

競走馬の喉の病気

 競走馬の喉の病気の中には、喉の披裂軟骨の一方(主に左側)が十分に開かない【喉頭片麻痺(LH)】や、強い運動時にヒダや声帯が気道の中心側に倒れてしまう【披裂喉頭蓋ヒダ軸側偏位(ADAF)】、【声帯虚脱(VCC)】などがあります(図1)。原因はさまざまですが、呼吸の際に鼻孔から吸い込んだ空気の通り道が喉で狭くなってしまい、結果的に競走能力を発揮することができないこと(プアパフォーマンス)が問題となります。これまでの競走馬に関する研究により、走行距離が伸びるほど有酸素エネルギーの負担割合が増加すること、また、短距離のレースでさえ走行エネルギーのおよそ70%を有酸素エネルギーに頼っていることが明らかとなっていることから(長距離レースでは86%)、競走馬にとって気道の確保がいかに大切かご理解いただけるかと思います。今回は、そんな喉の病気の検査方法についてご紹介します。

Photo_3図1:喉の疾患の内視鏡像

Photo_4図2:安静時内視鏡検査

診断方法(内視鏡検査)

 基本的には、気道内を観察するためのビデオスコープを馬の鼻孔から挿入し咽喉頭部を観察する安静時内視鏡検査により喉の疾病を診断しています(図2)。「ノドナリ」と呼ばれることもあるLHの診断方法としてご存じの方が多いかと思われます。一方、そのLHの症状がプアパフォーマンスの原因となるほど重症かどうかは、馬に運動負荷をかけないと正確に診断しにくいことや、ADAFおよびVCCなど運動時にのみ症状を表す疾病の存在が注目されるようになったことで、馬をトレッドミル上で走らせながら内視鏡検査を実施する運動時内視鏡検査が盛んに行われるようになりました(図3)。近年では、人が騎乗してより強い運動負荷をかけた状態の喉を観察できるオーバーグラウンド内視鏡(OGE)が開発され(図4)、実際の調教で高速走行中の状態を観察することで、安静時の内視鏡で発見できなかった病気が発見できるようになっています。しかし、どちらの運動時内視鏡検査もトレッドミルやOGEなどの特殊な器材が必要になること(JRAでは、美浦・栗東の両トレセン競走馬診療所、日高育成牧場にトレッドミルとOGEが設置されています)、特にOGEは熟練した獣医師による器材装着が必要となることから、検査を受けるチャンスが限定されているのが現状です。

Photo_5 図3:運動時内視鏡検査(トレッドミル)

Oge

 図4:運動時内視鏡検査(OGE)

詳細情報

 競走馬の様々な喉の病気の症状や治療法、詳しい運動時内視鏡検査の応用方法についてはユーチューブ動画「ホースアカデミー 馬の上気道疾患 ~咽喉頭部の内視鏡検査~」(URL、QRコード参照)にて解説していますので、是非ご視聴ください。今回ご紹介した運動時内視鏡検査が皆様の愛馬の喉の病気を診断する一助としていただければ幸いです。

https://www.youtube.com/watch?v=QQb62hFdRPQ&t=629s

 

日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄泰光

2021年8月30日 (月)

ブリーズアップセールを振り返って

 昨年のJRAブリーズアップセール(BUセール)は、コロナの影響によるメール入札方式というイレギュラーな開催方式であったうえ、様々な制限で購買者が直接馬を見る機会が限られていたセールでしたが、本年のBUセールは、購買関係者が馬を見る機会を確保したうえで、セリ会場でのせり上げとオンラインビッドを組み合わせた「ハイブリッド方式」で開催しました。本年度最初に開催される国内セールということで、後続のセールに及ぼす影響もあることから「購買関係者に直接馬をご覧いただき、セリ会場でセリを行いたい」という強い思いで各種の感染症対策を行いながら運営にあたりました。売却成績や注目馬については、これまでの馬事通信内でも紹介されていますので割愛いたしますが、今回のセールについてセール運営者の立場からキーワードとともにご紹介いたします。

オンラインビッド

 BUセールではコロナ感染症対策や購買者の利便性を考慮して、初めてオンラインビッドを併用しました。民間の競走馬オークションサイトで行われているような複数頭を同時進行でせり上げるインターネットオークションとは異なり、鑑定人が会場とオンライン双方のビッドを捌きながら進行するハイブリッド方式で行いました。「遠隔地からでもリアルタイムでセリに参加できる」ことが大きな特長です。遠隔地からのオンラインビッド導入は今回のBUセールが国内で初めてでしたが、事前の準備やテストを行っていたこともあり大きな混乱もなく、セリ総参加者の半分近い方々に利用していただきました。オンラインによる落札頭数も全体の3割を超える数字となりました。

 今後のインターネットオークションやオンラインビッドの活用は、コロナ対策としてはもとより、様々な理由でセリ会場に足を運べない購買者にとって利便性向上につながるのではないかと期待されます。

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2021年ブリーズアップセールの成績(ビッド方式別)

跛行(深管骨瘤)による欠場

 ブリーズアップセールは「徹底した情報開示」と「わかりやすいセール運営」を目指しています。「現時点で今後の調教や競走に耐えうると判断された馬」という上場基準のもと、育成牧場の獣医職員だけでなく本部やトレセンの獣医職員など複数の眼で上場の可否の判断や調教進度遅れ(スピードを抑えた騎乗供覧を行い上場する馬)の判断をおこなっています。本年も上場候補馬84頭のうち11頭に欠場、8頭に調教進度遅れの判断を行いました。

 本年に限らず毎年欠場の理由として多いものは「跛行」で、その原因の半分近くが「深管骨瘤(シンカン)」によるものです。膝ウラの繋靭帯の近位付着部に生じる炎症で、発症時期によってはセールを欠場せざるを得ず、育成馬にとっては一生を左右しかねない悩ましい疾病の一つです。適切な休養を行うことで回復しますが、トレーニングセール上場を目指す民間の育成牧場の方々も同じような悩みを抱えているようです。若馬にいかに故障をおこさずに効果的なトレーニングを課していくのかということは、育成に携わる者として解決すべき課題だと認識しています。

コンソレーションセール

 本年の新しい取り組みとして、BUセールの約1か月後に「コンソレーションセール」を開催しました。昨年は北海道トレーニングセールが中止となったことなどもあり、昨年のBUセール未売却馬は状態が回復し調教が積めるようになってもセールに上場されることがありませんでした。そこで、生産者の思いも背負っている馬たちを1頭でも競走馬にしたいという強い気持ちからこのプライベートセールを立ち上げました。このセールは、調教・常歩動画、四肢X線・内視鏡画像、病歴等の個体情報をインターネットサイト上に情報公開した点はBUセールと同様ですが、「落札者の決定方法がインターネットオークション限定」という点で異なります。初めてのセールということに加え、馬を広く直接見ていただく機会がなかったことから、どのような結果になるか不安でしたが、上場した6頭全ての馬が競走馬になれるチャンスを得たことに感謝しています。

最後に

 この数年で社会のいろいろな場所で急速に進んだリモート化は、競走馬市場の情報公開の面だけでなく、売買にも活用され注目が高まっています。しかしながら、高額な競走馬のセリに関しては従来通り「購買関係者が直接馬を見て、会場でセリに参加する」スタイルのほうが望ましいと感じている方のほうが多かったように感じます。私も同感で、インターネットを活用しながらも、上場馬の周りに多くの関係者が集い賑わう競走馬セールが一日も早く戻ることを願っております。

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(ブリーズアップセールのオンライン参加者のパソコン画面)

日高育成牧場 業務課長  立野大樹

2021年8月26日 (木)

物理療法(レーザー治療)について

はじめに

 物理療法とは物理的なエネルギー(熱や光、電気など)を生体に与えることで疼痛緩和や血行改善など治癒促進を期待する治療法です。基本的には副作用が少ないと言われ、国際的な薬物規制が進む中見直されています。物理療法はさまざまあり電気針・SSPを用いた電気療法、マイクロレーダーを用いた電磁波療法、ウルトラソニックを用いた超音波療法、ショックウェーブ療法、スーパーライザーやレーザー光線を用いた光線療法などがあり簡単に実施できるものがほとんどです。今回はレーザー治療について詳しく説明していきます。

レーザー治療とは

 レーザーを患部に照射するとレーザー光が生体に吸収され発生した温熱作用と光エネルギーが化学反応を起こし発生した光化学作用により、疼痛緩和、炎症軽減、血行改善、創傷治癒促進を得られます。

基本的なプロトコル

 一般的な治療計画は、1週目は48時間毎または毎日照射し、2週目は72時間毎、3週目以降は週に1~2回の照射を実施します。照射量は6~8(深部の場合は8~10)J/cm2で設定すると良いとされ、プローブは皮膚に対し垂直に当てて、皮膚から少し離すか接触させてゆっくり動かしながら照射させます。局所に当て続けると熱傷を引き起こすので注意が必要です。

適応症例

 レーザー治療は腕節炎・球節炎・種子骨炎・骨瘤・ソエなどの骨疾患や、浅屈腱炎・繋靭帯炎に効果があるとされています。症状の程度にもよりますが、骨疾患には2週間程度、腱靭帯炎には1カ月程度照射を続けてください。

 先述のとおり創傷も適応で、肉芽増生や皮膚再生を促進させることができます。感染時の抗生物質投与や壊死組織の除去などを行った上で2週間程度は毎日照射してください。また、レーザーを経穴(ツボ)に当てることで鍼療法と同様の効果が得られるため、特に筋肉痛の際は筋肉全体に照射していくよりは経穴を重点的に当てることでより効果が得られると考えられています。他にも慢性的な蹄葉炎の疼痛管理や静脈炎の治療といった幅広い適応症例が報告されています。

 しかし、レーザー治療等の温熱作用をもつ物理療法は急性期での使用は控えるべきです。受傷直後に照射すると組織が低酸素状態に陥り周囲の正常な細胞までダメージがでてしまうため、冷やすことで周囲の代謝を抑制し2次的損傷を防ぐ必要があります。

使用時の注意点

 とても便利な治療法ですが、注意すべき点があります。一番重要なことは、眼に直接当ててはいけません。失明する恐れがありますので使用者は保護メガネを装着し、保定者や馬の眼にも照射しないよう注意してください。また、妊娠馬の腹部や牡馬の睾丸、若馬の骨端板、メラノーマなど腫瘍が疑われる部位への照射は予期せぬ作用をもたらす可能性があるので注意してください。

最後に

 レーザー治療は特に創傷管理や慢性的な筋骨格疾患のケアには大きな助けとなり、その効果を我々は実感していますので、皆さんもぜひ利用してみてください。

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日高育成牧場で使用しているレーザー装置(CTS-S)

日高育成牧場 業務課 久米 紘一

2021年7月29日 (木)

さく癖について

 馬には好ましくない習慣、いわゆる「悪癖」があります。さく癖、ゆう癖、旋回癖および身食いといった「悪癖」は、一般的に馬の精神状態の悪さを反映している、あるいは馬の健康に悪影響を及ぼすとされて嫌われています。馬が売買されるセリの多くにおいても、これら「悪癖」の有無を開示することが求められており、落札後に開示事項にない「悪癖」が判明した場合には契約解除となる場合もあるなど、重要なものとして捉えられています。しかし、果たしてこれらの悪癖は本当に馬に悪影響を及ぼすものなのでしょうか。本稿では「悪癖」の中で最もポピュラーな「さく癖」について、最新の知見をまとめた海外の記事をベースとして簡単にご紹介することとします。

「さく癖」とは何か?馬はなぜ「さく癖」をするのか?

 「さく癖」とは、馬が壁の出っ張りや柵の縁などに上顎の前歯を引っかけて、「ぐう」という特徴的な音を出しながら空気を飲み込む動作のことを言います(写真1)。馬がさく癖をする原因については諸説ありますが、何らかのストレスが関係しているという説が一般的に言われています。この説では、馬房などの狭い空間に閉じ込められる、あるいは孤立しているような状況に対して馬がストレスを感じ、そのストレスを解消するためにさく癖行動を選択するのだと考えられています。この「ストレス関与説」を検証するため、ストレスの指標とされる血液中のコルチゾール値を測定した研究がされました。この研究によると、さく癖を有する馬はさく癖の前後で血液中のコルチゾール値が低下し、しかもさく癖後に下がったコルチゾール値はさく癖のない馬よりも低くなるらしいのです。しかし、同様にコルチゾールを指標とした実験を行った他の研究チームは、さく癖の有無による差はないと報告していることから、この「ストレス関与説」についてはいまだ議論の余地がありそうです。

  

なぜ「さく癖」は「悪癖」なのか?

 さく癖のデメリットには、疝痛の発症リスク増加、切歯の異常な磨耗(写真2)、胃潰瘍、および体重減少などがあげられます。さく癖を有する馬はない馬に比較して、再発性の疝痛を発症するリスクが12倍も高いとの報告もあります。

 しかしその一方で、さく癖による疝痛発症の仕組みについてはよく分かっていません。恐らく多くの方は、さく癖によって飲み込んだ空気が腸に溜まることで疝痛を発症するというイメージをお持ちかと思いますが、海外の研究によるとさく癖で飲み込んだ空気の大部分は食道の上部で留まり、胃まで到達するのはごく一部であることが分かっています。他にも、そもそも慢性的で軽い疝痛を発症している馬がさく癖行動を見せると考えている専門家もおり、さく癖から疝痛を発症するメカニズムについては明らかにされていないのが現状です。

馬の「さく癖」は止めさせるべきか?

 さく癖予防としては、頸に巻き付ける防止バンドの装着や切歯を引っ掛けそうな場所に予め馬が嫌う薬品を塗っておくなどの方法が一般的に用いられます。しかし、そもそもさく癖行動を妨害するべきかどうかについては、意見が分かれるようです。前段で申し上げた通り、馬はさく癖によってストレスを軽減している可能性があるため、これを妨害することがさらなるストレスの付与に繋がってしまうかもしれません。ある海外の調査では、さく癖を有する馬のさく癖行動に対する欲求は非常に強く、実に一日の15%もの時間をさく癖行動に費やしているというデータが示されています。したがって、さく癖を妨害することがストレスをより増強させ、そのストレスから疝痛を発症してしまう可能性もあり得ないことではないでしょう。我々が考えなくてはいけないことは、物理的にさく癖行動ができないように制限することより、まずはさく癖を行わないで済むような飼養環境の整備やストレスを排除してやることなのかもしれません。