内科 Feed

2024年9月25日 (水)

JRA育成馬の輸送と輸送熱

JRAでは冬期の寒さが厳しい日高育成牧場と冬期は穏やかな気候の宮崎育成牧場の南北2か所で育成調教および後期育成に関する研究を行っています。宮崎育成牧場で管理している育成馬は九州1歳市場で購買した馬の他、大半は北海道のセリで購買し、宮崎へと輸送している馬たちです。

北海道から宮崎への長距離の輸送で問題となるのは輸送熱です。輸送熱は、長距離輸送後におこる発熱のことで、多くは呼吸器の炎症を伴います。特定の病原菌が引き起こすのではなく、馬運車内環境の悪化や輸送ストレスの増加により馬の免疫力が低下すると、常在菌が活発に活動するようになり、結果、輸送熱を発症すると考えられています。通常、数日の加療で回復しますが、一部は肺炎などの重篤な病気になることから、軽んじられない病気です。輸送熱は輸送時間が延長すると増加しますが、20時間以上の輸送では発症率が急上昇することから長時間輸送では特に注意が必要です。

 例年では7月にJRAホームブレッドと八戸市場購買馬、9月にサマーセル購買馬とセプテンバーセール購買馬を合計4台の馬運車で輸送しています。日高育成牧場と宮崎育成牧場間の馬運車での輸送距離は2,600kmです。以前は、北海道出発後、直接宮崎まで輸送していましたが、その時の輸送時間は馬運車内での休憩も含めて約45時間でした。近年、動物福祉の観点から24時間以上の連続輸送は推奨されないことから、日高育成牧場と宮崎育成牧場の中間地点であるJRA新潟競馬場で育成馬たちを馬運車から一旦降ろして、厩舎の馬房内で1日休憩をとる行程に変更しました。ストレスの指標である血中コルチゾール濃度を調べたところ、休憩の前後でコルチゾール濃度は下がり、馬にかかるストレスが減少していることが分かりました。

2020年から2023年までの4年間で、新潟競馬場において休憩をとる新しい輸送行程で81頭の1歳馬を輸送しました。輸送前に抗生剤の投与等の輸送熱予防処置は行っていませんでしたが、輸送熱を発症した馬は2頭(2.4%)でした。この2頭は新潟到着時点ですでに発熱を認めていましたが、抗生剤による治療により早期に回復しました。輸送した1歳馬は調教を行う前のストレスに曝されていない状態でしたが、新潟競馬場の馬房内において十分な休憩を取ることで長距離輸送の負担が低減したものと考えられました。

 過去の研究では、インターフェロン・アルファという人や動物の免疫機能活性化作用を持つ薬剤の経口投与や、馬運車内の環境改善のため微酸性次亜塩素酸水という消毒薬の空間噴霧等を検証し、輸送熱予防に対して一定の効果があることを確認しています。輸送熱予防に関わる研究はこれからも続けていきますので、新たな知見が得られれば報告していきたと思います。

 

日高育成牧場 業務課 水上寛健

Photo_12

図:日高育成牧場から宮崎育成牧場までの輸送経路

Photo_13 表:2020年からの輸送熱発症馬と非発症馬の頭数

 

Photo_14

写真:新潟競馬場での滞在の様子

寄生虫対策の現状

馬の管理上、内部寄生虫対策は非常に重要であることは言うまでもありませんが、「決まった駆虫薬を投与する」という方法以外に明確な対処法を実施できていないのが現状です。しかし、その駆虫薬ですら万能ではなく、近年駆虫薬が効かない「駆虫薬耐性虫」の増加が世界的な問題となっており、日本国内でも同様の事例は起こっています。今回は、駆虫薬耐性虫が増加してしまった要因とその対策法について改めてまとめてみたいと思います。

複数の牧場に協力していただいたアンケートによると、ほぼ全ての牧場で何らかの駆虫薬を定期的に投与しているという回答が得られました。では、これで万事解決かと言うとそう簡単ではなく、駆虫薬投与にも関わらず十分な効果が得られていない牧場が散見されています。つまり、駆虫薬の効かない駆虫薬耐性虫がすぐそばにいるかもしれない、ということになります。なぜこのような駆虫薬耐性虫が増えてきたのでしょうか?

いわゆる駆虫薬の効かない、もしくは効きにくい虫というのは一定の割合で出現していると考えられています。多くの場合は突然変異などによって発生した少数派であるため、同種間の生存競争を生き残ることができていませんでした。しかし、駆虫薬によって耐性を持っている虫以外が駆虫されると生き残った駆虫薬耐性虫には増加するチャンスが生まれます。生き残った上でうまく馬の体内に入り込んだ駆虫薬耐性虫がそこで多くの虫卵を産生し、次世代が数を増やして耐性虫群を作ることに成功するとその馬の飼育されている牧場では駆虫薬が効かない、という事態が発生してしまうのです。

また、駆虫薬を投与する時期も重要です。寄生虫には発育や生存に適した条件、適していない条件があり、真夏や真冬などの生存環境の厳しい時期には寄生虫の総数が少なくなっています。その時期に駆虫薬を投与して耐性虫が残ってしまうとその数自体が少なくても群の中での相対的な割合が高くなってしまい、より駆虫薬耐性虫が数を増やして耐性虫群を形成する可能性が強まってしまうことになります。

つまり、闇雲に駆虫薬を投与し続けることは駆虫薬耐性虫を選抜し、増加の手助けをしてしまっているとも言えます(図参照)。

Photo

このような状況は問題視されており、従来の駆虫薬を使用しつつ駆虫薬耐性虫を増やさないための対策が考えられてきています。その最終的な目標は①栄養失調や消化管の閉塞など寄生虫感染によるリスクを最小限にする、②虫卵排出を減少させる、③駆虫薬耐性虫の出現を抑えて駆虫薬の有効性を保つこととされており、駆虫薬耐性虫を全滅させることではありません。なぜなら馬体外に存在している寄生虫を根絶することは不可能かつ少数の寄生で馬に重篤な症状を引き起こすことは稀だからです。①と②については従来の寄生虫対策とほぼ同様で、寄生虫感染の影響の大きい若馬を中心に計画的に駆虫薬を投与して馬体内の寄生虫を減らしつつ、馬糞拾いや拾った馬糞の確実な堆肥化、放牧地のローテーションやハロー掛けといった牧草地の寄生虫にとって生存しにくい環境の維持に努めることが大切です。そして③が近年重要視されています。

駆虫薬耐性虫をできるだけ出現させないためには計画的な駆虫プログラムにおいて「一年の適切な時期に効果的な駆虫薬を投与すること」と、「駆虫薬耐性虫の出現をいち早く検知すること」が大切になります。前者は先ほど述べた通り、駆虫薬投与の時期次第では駆虫薬耐性虫の増加を助けてしまうためです。一方、後者に関しては、これまでの糞便虫卵検査を応用することで可能となります。これまでは感染している寄生虫の種類及び排出される虫卵の量を調べるために実施していましたが、駆虫薬投与前後の虫卵数を調べる「糞便虫卵数減少試験」により虫卵の減少率を調べることで駆虫薬耐性虫の有無が確認できます。

日本においてもすでに駆虫薬耐性虫の存在が確認されています。これからの寄生虫対策には駆虫薬耐性虫を念頭に置いた対策が不可欠であり、その存在を明らかにするためには糞便虫卵検査の有効活用が現状では最も効果的であると考えられています。まだまだ細かい対策法の策定には調査、分析が必要ですが、今後も新たな対策につながる結果が得られましたら報告していきたいと考えています。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 国井博和

2024年1月15日 (月)

ローソニア感染症

馬事通信「強い馬づくり最前線」第316号

はじめに

 夏の暑さも少し落ち着き、今年も子馬の離乳時期を迎えています。今回は離乳時期の子馬に発症しやすいローソニア感染症について概説します。本疾病はLawsonia intracellularis (Li)という細菌による腸管感染症です。腸管粘膜を著しく肥厚させることから、別名「馬増殖性腸症」とも呼ばれています。腸からの栄養の吸収障害による、下痢や栄養不良が主症状であり、短期間で削痩してしまうことが本疾病の大きな問題となっています。日本では2009年に初めて発症が確認され、生産地に広がりましたが、ここ数年の発症頭数は減少傾向にあります(図1)。 

1

図1.日高管内におけるローソニア感染症の発生状況

症状、診断

 本疾病の症状は、下痢や急激な体重減少(削痩)、浮腫、疝痛、発熱など様々です(写真1)。確定診断は糞便や血液を用いたPCR検査および抗体価測定検査によって行われますが、現場では子馬の症状、および本疾病の特徴的な血液検査所見である低タンパク血症(TP:5.0 mg/ml 以下)から獣医師が推定診断します。このように低タンパク血症が本疾病の大きな特徴である理由は、Liの感染により腸粘膜の上皮細胞が病的に増殖することに起因して、タンパク質などの栄養を腸から吸収できなくなるためです。その結果、発症馬の体重は著しく減少し、重篤な症例では死亡することもあります。 

2

写真1.著しい削痩を呈したローソニア感染症発症馬(1歳7ヵ月齢)

治療

 治療は、抗生物質(テトラサイクリン系、マクロライド系)が効果的です。治療が遅れると回復に長い時間を要し、減少した体重が元に戻るまでに数ヵ月も要するため、早期診断と早期治療が非常に重要です。

 

予防

 本疾病の感染様式は経口感染です。感染馬は糞中にLiを排出し、その糞便で汚染された飼料、水、環境を介して他馬に感染します。糞中へのLi排出期間は非常に長く、半年以上に及ぶこともあります。本疾病は不顕性感染が多い点、ネズミなどの野生小動物も原因菌を媒介している可能性が高い点を考慮すると、パコマやビルコンといった消毒薬だけで厩舎内へのLiの侵入を防ぐことは非常に困難です。そこで現在では、豚用弱毒生ワクチンの投与が効果的な予防策となっています。

 

ワクチン投与

 豚用弱毒生ワクチンは馬のローソニア感染症においても予防効果が報告されており(Pusterla N et al. 2012)、国内の馬生産現場においても使用されています(写真2)。2019年にはサラブレッド全生産頭数の1/3に当たるおよそ2500頭へ投与がされていると推測されています。一方、本ワクチンは馬では承認されておらず、獣医師が自己責任で使用する適応外使用を余儀なくされているのが現状です。現在、日本軽種馬協会、ワクチンメーカー、JRAなどが一致団結し、馬における本ワクチンの承認に向けて取り組んでいます。 

3

写真2.当歳馬への投与の様子(ローソニア感染症ワクチンは直腸から投与)

まとめ

 2009年に国内で初めて確認された馬のローソニア感染症ですが、その発症予防には当歳馬に対するワクチン投与が有効です。また、日々の健康観察を確実に行うことが重要です。病気が発症しやすい秋から冬にかけては体温や飼食い、便の状態などに異常を認めたら、出来るだけ早く獣医師に相談しましょう。

2024年1月 5日 (金)

寄生虫が及ぼす影響

馬事通信「強い馬づくり最前線」第308号

 北海道では桜の鑑賞シーズンが終わり、放牧地に青々とした牧草が眩しい季節となりました。今回は、そんな放牧地に潜み、馬の口の中に入り込む瞬間を待ち受けている内部寄生虫についてのお話です。内部寄生虫は、馬の消化管内で何らかの形で栄養素を盗んでいるであろうことは想像がつきますが、計画的な駆虫を勧められるものの具体的にどのような影響があるのかまで知る機会は少ないのではないのでしょうか。

 

内部寄生虫の体内移行

 内部寄生虫には、何らかの形で体内移行するものがいることが知られており、これが馬に対して様々な影響の及ぼす原因となっています。

 大円虫は幼虫の段階で牧草と一緒に馬に摂取され、成長を続けながら腸壁を通過して消化管に栄養を供給する動脈に入り、その後は大腸に移動し成虫となります(図1)。その虫卵は糞便に交じって馬の体外に排出された後に孵化して幼虫となり、再び感染に至るまでのサイクルが始まります。

 小円虫も幼虫として馬の消化管内に入りますが、こちらは体内移行せず腸壁内部に移動して嚢胞を形成し(被嚢)、成虫となって虫卵を排出するのに適した時期まで休眠します(図2)。これらの幼虫が休眠から目覚めて腸管内部へ侵入(脱嚢)します。この脱嚢が大量に発生した場合に、腸壁に対して大きな損傷を与えることがあります。

 回虫は、特に当歳馬にとってより大きな問題となります。幼虫が牧草と一緒に摂取された後に肝臓や肺を通過してから小腸で成熟していきますが、その活動が刺激と炎症を引き起こす可能性があります。また、虫体が大きいため、大量寄生によって生きた虫体のみならず駆虫薬によって麻痺、あるいは死滅した虫体が腸管内に詰まって腸閉塞を引き起し、重症例では死に至ることもあります。

1_3

図1:大円虫の体内移行

2

図2:小円虫の被嚢と脱嚢

 

腸管機能との関連性

 このように内部寄生虫の問題は、寄生虫自身が生存するために馬から栄養素を得ることだけでなく、消化管組織に損傷を与え、腸の機能そのものを障害する可能性があることです。

 腸壁は栄養素の吸収に不可欠で、小腸の最初の部分である十二指腸では、糖、デンプン、アミノ酸、脂肪酸などの分子を分解するために必要な多くの消化酵素が分泌されています。消化酵素により分解された栄養素は、その後に続く空腸と回腸の腸上皮に吸収されます。

 寄生虫によってもたらされた腸管組織の損傷や瘢痕は、炎症や刺激となり腸蠕動が亢進して下痢につながる可能性があるほか、酵素を分泌する細胞や栄養吸収を担う細胞に悪影響を及ぼします。また、腸管の動脈内に生存する寄生虫は血流を制限し、腸組織に到達する酸素の量を減少させるだけでなく、この領域の血管の損傷は腸からの栄養素の移動を制限すると考えられています。さらに、これらの損傷部位は動脈瘤を形成する場合もあり、基本的に正常な状態まで完全に回復することはなく、仮に駆虫に成功したとしても罹患馬は体重が増加しにくい状態となる可能性があるということも問題視されています。

 また、前述しませんでしたが、葉状条虫の大量寄生では、腸壁の損傷のみならず腸神経系 (ENS) に悪影響を与えることが知られています。ENSは自律神経系の一部であることから、無意識に消化機能に影響を与えることとなります。宿主のENSが寄生虫の影響を受けると、胃腸の運動障害が誘発されることが推測されます。腸管の運動性が低下すると疝痛発症のリスクが高くなり、反対に運動性が過剰に増加すると栄養素の消化と吸収が低下して下痢を引き起こしやすくなると考えられます。

 

おわりに

 消化管は主に栄養素の消化と吸収、および潜在的に有害な物質が体内に侵入するのを防ぐバリアとしての機能などがあります。内部寄生虫は、これらすべての機能に悪影響を与え、短期的に馬から栄養素を奪うのみならず、駆虫などによって寄生虫が腸管内から排出された後においても、馬が十分な栄養素を得るのを妨げる状況に陥らせることがあります。したがって、2歳未満の馬、そのなかでも特に当歳馬にとっては、スムーズな成長を阻害しうる問題とも言えます。このように書いてしまうと、駆虫薬の積極的な投薬によって寄生虫を駆逐するのが好ましいように聞こえてしまいますが、現状では「駆虫薬耐性寄生虫」という問題が悩みの種となっています。駆虫薬耐性寄生虫とは、駆虫薬が効かない寄生虫のことを意味しており、使用可能な駆虫薬の種類が限定的であるとともに、新しい駆虫薬の開発が困難であることが原因とされています。これらの対策として、「使用する駆虫薬に同じものばかり使用しないこと」、「耐性虫の出現をいち早く検知すること」が提言されています。前者は複数の駆虫薬をローテーションで投薬することであり、後者は駆虫薬投与前後に虫卵数をカウントする「糞便虫卵数減少試験」により、虫卵の減少率を調べることで耐性虫の存在を確認することになります。詳しくは馬の資料室でも紹介していますので、ご参考ください(QR1)。

Qr_437562

QR1:馬の資料室「これからの寄生虫対策」

 このように、馬の内部寄生虫の問題は、もはや個体ごとの駆虫のみでは対応できない状況であり、生産地全体で考えていかなければならない問題となっています。今後も皆様にお伝えできる新しい知見を得ることができましたら、お伝えさせていただきたいと思います。

 

日高育成牧場 主任研究役 琴寄泰光

2021年12月24日 (金)

機能水の使用方法について

機能水とは

 日本機能水学会は機能水を次のように定義しています。「人為的な処理によって再現性のある有用な機能を付与された水溶液の中で、処理と機能に関して科学的根拠が明らかにされたもの、及び明らかにされようとしているもの」。難しいことを言っていますが、実際に現場でよく使用されているものとしては、皮膚炎に対する予防や治療を目的とするオゾン水や微酸性次亜塩素酸水(ビージア水)等があります。今回はこれら2つの機能水の使用方法および注意点について説明していきたいと思います。

オゾン水とは

 オゾンが水に溶けたものをオゾン水と呼びます。オゾンは酸素から作られますが、数秒から数分で酸素に戻るため、有害な残留物を残さず安全に使えます。オゾンの殺菌・消臭効果については、オゾンが化学的に不安定な物質であるため、安定した酸素に戻る際の酸化作用により発揮され、一般的な細菌・真菌・ウイルスに効果があるとされています。

オゾン水の使用方法および注意点

 オゾン水は馬体洗浄後に直接馬体にかけるのが理想です。そして菌やウイルスを死滅させるには90秒程度の接触が必要とされています。

 注意点としては、オゾン水を容器に汲んでから使用する場合や、タオルに浸して使用する場合は、それらが汚れていると殺菌効果が損なわれてしまいます。またオゾン水中のオゾン濃度は生成10分後には半減(1時間後には6分の1)してしまい効果が低くなるため、容器への保存は避けるべきです。特に冬季では温かい水で使用したくなりますが、温度が上がるにつれオゾン濃度は低くなるので、冷水のまま使用した方が効果は高いです。

微酸性次亜塩素酸水(ビージア水)とは

 ビージア水は次亜塩素酸ナトリウムと希塩酸を反応させ、pH5~6.5(微酸性)に調整したものです。人肌も微酸性で、ビージア水がこれに近いことから肌や粘膜への刺激が少なく殺菌や消臭の効果があります。

 ビージア水は次亜塩素酸の酸化力によって殺菌・消臭効果があります。次亜塩素酸という物質は化学的に不安定な物質であるため、別の物質と結合して安定しようとします。この際に菌と接触すると菌の構成する物質と反応して、殺菌作用を発揮します。 

ビージア水の使用方法および注意点

 オゾン水同様、馬体洗浄後に直接馬体にかけるのが理想で、汚れた容器やタオルを使用すると馬体にかけるまでに効果が失われます。ビージア水は30秒程度の接触で殺菌効果があり、温水での使用も可能です。また、容器での保管も可能ですが効果が損なわれないようには、冷暗所での保管が推奨されます。

 機器の設定によっては高濃度で生成することもできます。容器への保存やお湯で薄めて使う場合など便利ですが、そのまま使用してしまうと逆に皮膚に炎症を起こすことがありますので、適切な濃度でご使用ください。

まとめ

 馬体や容器・タオルなどが汚れていることで、機能水の効果が十分に発揮されなくなるので、効果が感じられない際は使用方法を見直してみてください。また、重度の皮膚炎や化膿している場合は抗生物質や抗真菌剤の投与などの治療が必要になってくるので、その際はお早めに獣医師へご相談ください。

pastedGraphic.png         

JRAで使用しているオゾン水生成機BT-01H       

pastedGraphic_1.png

JRAで使用しているビージア水生成機BJS-720

pastedGraphic_2.png

管部の皮膚炎に対してオゾン水を流している様子。短時間で終わらないことが重要

日高育成牧場 業務課 久米紘一

2021年11月22日 (月)

競走馬の長距離輸送について

 国内における馬の輸送は、周知のとおり主に馬運車というトラックで行われます。競馬開催のためや近隣の種馬場までの輸送なら数時間程度ですが、休養のために本州から北海道の牧場まで輸送するなど、長時間の輸送が必要な場合もあります。このような場合に、馬の健康を害さないように輸送するためにはどのようなことに気を付けるべきなのでしょうか。

輸送後に頻発する発熱(輸送熱)に注意

 輸送に際して最も問題となるのは輸送熱です。輸送熱は輸送のストレスなどが引き金となって起こる発熱で、細菌感染が重症化すると肺炎を起こす極めて注意が必要な疾患です。輸送熱の主な病原菌は、馬の気道に常在している(常にいる)細菌であることが知られており、輸送による疲労やストレスにより馬の免疫機能が低下することで、感染が成立して発症すると考えられています。また、誘因の一つとして、輸送中に排出された糞尿による空気の汚染も挙げられます。馬運車内の空気中に糞尿由来のアンモニアなどが充満すると、普段問題とならない細菌に感染しやすくなってしまうのです。

 過去の調査により、輸送が20時間以上かかると輸送熱の発症率が大幅に上昇することが分かっています。これを予防するために、輸送前の抗生剤投与などが行われ、大きな成果が出ています。一方で、抗生剤の副作用で腸内細菌が悪影響を受ける可能性があり、これが一因と疑われる腸炎の発生も確認されています。

 JRAの育成部門では、毎年北海道の1歳セリで購買した馬をJRA宮崎育成牧場まで、所要時間にしておよそ40時間以上かかる輸送を行っています。この環境を利用し、抗生剤投与以外の方法で、いかに輸送熱を予防するかを目的とした研究を行ってきました。そこから得られた知見をいくつかご紹介いたします。

※現在は中継地点で1泊休憩を入れるスケジュールで輸送しています

車内環境を整える

 馬運車内の空気中の細菌やアンモニアなどの有害物質を除去する目的で、次亜塩素酸水の噴霧を行う実験をしました。次亜塩素酸水は近年の新型コロナウイルス対策で手の消毒などにも用いられている消毒薬です。その結果、次亜塩素酸水を噴霧した馬運車では、空気中のアンモニア濃度と細菌数が減少することがわかりました(写真1)。また、輸送後の鼻腔スワブ(鼻の中の拭い液)にいる細菌の数も噴霧群のほうが少なかったことから、空気をきれいにすることは輸送熱の予防に有効であると考えられました。消毒薬を使用しなかったとしても、馬運車内の換気を十分にし、新鮮な空気に入れ替えることが重要だと思われます。

pastedGraphic.png

 写真1:空気中の細菌数は次亜塩素酸水噴霧群の方が対照群よりも少なくなった

中継地点での休憩は効果あり

 輸送中の馬は、揺れるトラックの荷台に繋がれ、立ったまま過ごします(写真2)。そのため、肉体的な疲労や精神的ストレスにさらされ、非常に過酷な状況であるといえます。そこで、北海道から宮崎までの中間地点で馬を下ろし、馬房内で一晩休ませた時の反応を調べました。ストレスがかかると上昇する指標である、血中コルチゾール濃度を調べたところ、休憩の前後でコルチゾール濃度は明らかに下がり、ストレスが軽減していることがわかりました。また、血中の免疫細胞の数も休憩前後で増加したことから(図1)、輸送熱の原因菌への抵抗力が上がり、感染症にかかりにくくなる効果もあると考えられました。

pastedGraphic.png

写真2:輸送中の馬は立ったまま馬運車に揺られている

pastedGraphic_2.png

図1:休憩前後で免疫細胞数は増加した

 以上のように、輸送中の車内環境を改善すること、そして馬の疲労やストレスを軽減することは健康な状態で馬を輸送するために重要なことであると言えます。先ほどの例のように、日本を縦断するほどの長時間輸送をする機会は少ないかもしれませんが、長い時間輸送する場合にはできるだけ疾病リスクを下げられるよう心がけましょう。

日高育成牧場 業務課 竹部直矢

2021年10月29日 (金)

これからの寄生虫対策

 馬を管理する上で、消化管寄生虫対策は必要不可欠なもののひとつです。古くから寄生虫対策といえば駆虫薬を投与すればよい、くらいにしか考えられてきませんでしたが、近年、駆虫薬耐性虫の出現が世界的に報告されるようになり、従来の寄生虫対策が見直されるようになってきました。今回は、最新の対策法として海外の獣医師団体(米国馬臨床獣医師協会:AAEP)により提言されている寄生虫対策の概要を紹介します。

駆虫薬耐性虫とは

 駆虫薬耐性虫とは、駆虫薬が効かない虫、ということになりますが、最近話題のウイルスの変異と同じ理屈で遺伝子の変化が起き、実は昔からときどき出現していた可能性があるのですが、少数すぎて寄生虫同士の生き残り競争に敗れ、増えることができない状況にありました。ところが、この寄生虫群に同じ駆虫薬を繰り返し投与し続けると耐性虫だけが生き残るようになり、耐性虫同士の交配が増加し、結果的に耐性虫が多数を占めるようになったと言われています(図1)。

 同じ駆虫薬が繰り返し使われてきた理由としては、使用できる駆虫薬が数種類しかないうえ、新しい駆虫薬の開発がうまくいっていない、という事情があります。その理由として、ウイルスや細菌に比べて寄生虫は高等な生き物であるため、その分対応が難しいというのがまずありますが、開発にかかるコストと需要のバランスなど、製薬会社側の都合も複雑に絡むのでなんとも説明ができません。

pastedGraphic.png

図1:耐性虫の出現

寄生虫対策

 このような状況を受けて、従来の駆虫薬を使用しつつ耐性虫を増やさないための対策が進んできています。その最終的な目標は、①栄養失調や消化管の閉塞など寄生虫感染によるリスクを最小限にする、②虫卵排出を減少させる、③駆虫薬耐性虫の出現を抑えて有効な駆虫薬を後世に残すこととされており、耐性虫を全滅させることは諦めた、ということになります。①と②は、従来の寄生虫対策とほとんど同じで常識となりつつあるので詳しい説明は省きますが、寄生虫感染の影響が大きい若馬を中心に計画的に駆虫を実施して馬の体から寄生虫を減らしつつ、ボロ拾いや拾ったボロの確実な堆肥化・放牧地のローテーションやハローがけといった寄生虫にとって生きにくい環境の維持に努めることを提言しています。そして③の部分が、近年特に変わってきた部分です。

耐性虫出現を最小限に

 耐性虫をできるだけ出現させないために提言されているのが、計画的な駆虫プログラムにおいて「使用する駆虫薬に同じものばかり使用しないこと」と、「耐性虫の出現をいち早く検知すること」です。前者は、図1で説明した通りです。一方、耐性虫の出現をいち早く検知するには、これまでの寄生虫卵検査を応用することで可能となります。簡単にいうと、これまでは感染している寄生虫の「種類」と糞便中に排出される虫卵が「多いか少ないか」ということが分かる程度でしたが、駆虫薬投与前後に虫卵数をカウントする「糞便虫卵数減少試験」により、虫卵の減少率を調べることで耐性虫の存在を確認することができます(図2)。また、ある駆虫薬を投与してから毎週虫卵検査を実施する「虫卵再出現期間」により当該駆虫薬の有効期間を確認することで、耐性虫の出現をいち早く把握できると言われています(図3)。

pastedGraphic_1.png

図2:糞便虫卵数減少試験

pastedGraphic_2.png

図3:虫卵再出現期間

 わが国においても、今回ご紹介したような寄生虫対策を進める必要があるのですが、解説したように現状を把握していなければ、最適な対抗手段をとることができません。今後、JRAも参加している「生産地疾病等調査研究」において牧場それぞれの寄生虫対策や駆虫状況を調査・分析し、結果およびそれに適した対策をフィードバックしたいと考えておりますので、その際は調査にご協力くださいますようお願いします。

日高育成牧場 生産育成研究室  琴寄泰光

2021年6月13日 (日)

炭水化物の摂取と食餌性疾患の関係

はじめに

体に必要な栄養素のうち、特に重要とされる炭水化物、脂肪、タンパク質は、「三大栄養素」といわれますが、今回はその中の炭水化物についての話題です。植物は太陽光線、二酸化炭素および水から炭水化物を生成し、自らの栄養として利用します。植物の水分を除いた乾物中の構成成分の7~8割は炭水化物であることから、草食動物である馬にとって、炭水化物は非常に摂取量が多い栄養素です。炭水化物はグルコースやフルクトースなどの単糖から構成される物質の総称であり、馬の飼料中にも様々な種類の炭水化物が含まれています。基本的に摂取した炭水化物は馬のエネルギーとして利用されますが、炭水化物の種類によって過剰に摂取したとき、健康に悪い影響を与える懸念があります。

飼料中の炭水化物の分類

草食動物である馬の場合、炭水化物は栄養学的に、糖質と植物繊維の2つのグループに分けられます(図1)。糖質は構造的に、単糖、単糖が2個結合した二糖類、単糖が3個以上(6個から20個以下とされており厳密には定義されていない)結合したオリゴ糖、多数の単糖が結合した多糖類のグループに分けることができます。単糖以外の複数結合したグループの糖質は、小腸内の酵素は小腸の上皮細胞にある酵素の作用により最終的に単糖に分解された後に、小腸上皮で吸収され体に取り込まれます(図2)。日常的に食物繊維という単語を目にしますが、食物繊維とは、ヒトの消化酵素で消化できない炭水化物の総称です。植物の細胞壁などを構成する植物繊維は、食物繊維に含まれます。馬の盲腸や結腸内には大量の微生物が存在し、これらの微生物が植物繊維を分解発酵することにより揮発性脂肪酸(VFA)を産生されます。産生されるVFAは、酢酸、酪酸およびプロピオン酸であり、これらの脂肪酸は消化管より吸収することができます。このように、ヒトと異なり馬は、植物繊維を微生物の分解発酵を経て、体に取り込むことができます。

1図1 馬の飼料における炭水化物の分類  

2

図2 馬の消化器官における糖質(デンプン)および植物繊維の消化吸収部位

デンプン(糖質)の過剰摂取による疝痛

一般的に、濃厚飼料の多給は、疝痛などの食餌性の疾患の温床となることはよく知られており、濃厚飼料の摂取量が多くなるほど疝痛発症のリスクが高まることが報告されています(図3)。冒頭に述べた過剰摂取した場合、馬の健康に有害となる炭水化物とは糖質のことであり、濃厚飼料(穀類)には、多糖類であるデンプンが多く含まれます。通常、デンプンは小腸において膵臓から分泌されるアミラーゼという酵素により麦芽糖(二糖類)などの小さな糖質に分解され、さらに小腸上皮にある酵素によって最小の構成単位である単糖まで分解され吸収されます。ヒトの唾液中にはアミラーゼが含まれており、食事を口に入れたときからデンプンの分解が始まり、以降の消化器官における消化吸収が効率よくなります。一方、馬の唾液中にアミラーゼはほとんど含まれておらず、しかも、小腸のアミラーゼの活性(デンプンを分解する能力)は他の動物に比べ低いことが知られています。そのため、馬は、盲腸より前の消化器官におけるデンプンの消化吸収能力が高くない動物であるといえます。小腸における消化吸収の許容量以上のデンプンを摂取した場合、デンプン(もしくは酵素による分解途中の糖質)は盲腸内に流入します。盲腸および結腸(以下 大腸)内の莫大な数の微生物には、様々な種類が混在しており、通常、植物繊維を分解する微生物(セルロース分解細菌)に比べ、デンプンを分解する微生物(乳酸生成細菌)の数は多くありません。大腸に流入してきたデンプンなどの糖質が、乳酸生成細菌により分解発酵されることにより乳酸が産生され、同時に発酵性のガスが生成されます。盲腸への糖質の流入量が多くなるほど、乳酸生成細菌の数が増え、産生される乳酸および発酵性ガス量も相乗的に増加します。乳酸の増加により大腸内のpHは低下し、それに伴いセルロース分解細菌の数は減少します(表)。通常、大腸内において大腸菌やサルモネラ菌などの悪玉菌の増殖は、セルロース分解細菌により産生されるVFAによって抑制されますが、セルロース分解細菌数が減ることにより悪玉菌増殖の抑止効果は弱まります。その結果、大腸内の悪玉菌が増殖し、疝痛発症の原因となります。さらに、通常、盲腸および結腸内のpHは7(中性)をやや下回る程度ですが、乳酸による酸性化でpHが6近くまで低下し腸粘膜に炎症が発生することや、発酵性ガスの貯留が疝痛発症の原因となることがあります。

3

図3 濃厚飼料の給与量と疝痛発症リスクの関係

※オッズ比:事象の起こりやすさを示す統計学的尺度で数字が大きいほど事象が起こりやすいことになる

1_2

表 給与飼料が大腸(盲腸と結腸)中のセルロース分解と乳酸生成細菌数(/mL)に及ぼす影響

デンプン(糖質)の過剰摂取と食餌性蹄葉炎

 蹄葉炎とは、馬の蹄の角質部と蹄骨を接着している葉状層と呼ばれる組織が損壊し、角質部から蹄骨が剥がれてしまう疾病です。昔から、濃厚飼料の多給により、蹄葉炎が発症することはよく知られていますが、これもデンプンなどの糖質が大腸に大量に流入することが原因であると考えられています。大腸内のpH低下から蹄葉炎の発症に至る機序を、内毒素血症で説明する教科書は多いですが、あくまでこれは仮説として考えられています。「内毒素血症」説とは、大腸内のpH低下により、内毒素(エンドトキシン)が生成され、その内毒素が血液を介して蹄の毛細血管に移動した結果、葉状層組織が損壊されるというものです。発症の機序は明確にされていませんが、濃厚飼料の多給によるデンプンなどの糖質の大腸への多量な流入が、食餌性蹄葉炎発症のトリガーになっていることは発症試験で証明されています。

おわりに

濃厚飼料の多給に伴うデンプンをはじめとする糖質の多量摂取は、食餌性の疝痛や蹄葉炎発症の原因となります。また、食餌性の疾患が発症しなかったとしても、濃厚飼料の多給は馬の健康にとって好ましくないことは確かです。一方で、サラブレッドに必要なエネルギーを給与するためには、濃厚飼料の給与は不可欠であることも事実です。濃厚飼料の給与量が多くなればなるだけ、馬植物繊維を多く含む牧草の給与が馬の健康のためにはさらに重要になることを、しっかりと頭においていてください。

日高育成牧場 上席調査役 松井 朗

2021年1月27日 (水)

繁殖牝馬のクッシング病(PPID)

はじめに

現在、国内におけるサラブレッド生産現場には、約1万頭の繁殖牝馬が繋養されています。その多くは年齢とともに受胎率が低下することが分かっていて、高齢繁殖牝馬は更新することが推奨されています。しかし、高齢繁殖牝馬の中にも血統的・経済的に価値の高い馬が存在することもあり、高齢馬における繁殖能力の維持・向上も求められているのも現状です。

高齢繁殖牝馬の受胎率低下の要因として、子宮や膣の加齢性変化や子宮内膜炎などの感染性疾患、分娩時の産道の物理的損傷などが考えられます。しかし、それらの根本的な原因として加齢に伴う視床下部-下垂体-副腎軸の異常が直接的あるいは間接的に関与していることが考えられています。この内分泌異常の代表的なものが「馬クッシング病」です。

 

馬クッシング病

臨床症状は多毛、多飲、多尿、多汗、体重や筋肉量の減少、蹄葉炎、免疫能低下による呼吸器及び泌尿器感染症(易感染)、創傷治癒の遅延、繁殖障害(不発情回帰、長期不妊)などとなります。特に換毛不良による巻毛、腹部の筋緊張低下による腹部下垂の体型が典型的な特徴所見となり、牡にも牝にも発症する疾患ですが、生産地では高齢の繁殖牝馬に多く認められることになります(図1)。

 

1_5

図1 特徴的な換毛異常と筋肉量の減少

 

発症原因

馬クッシング病は、他の動物とは発症原因が異なり、脳下垂体中葉を支配する神経からのドーパミン分泌低下による中葉細胞の異常増殖により引き起こされる下垂体の疾患です(図2、3)。そのため、馬クッシング病は下垂体中葉機能障害(PPID:Pituitary pars intermedia dysfunction)と呼ばれています。中葉の過形成に伴い過剰分泌されるα-MSHやニューロペプチドはプロラクチンの過剰分泌や関連する代謝異常を引き起こします。さらに視床下部の物理的圧迫はPPIDの多様な症状を発現する原因となることが知られています。繁殖牝馬では、これら内分泌異常による繁殖障害に陥ると考えられています。

 

2_5

図2 脳における下垂体の位置

 

 

3_4

図3 PPID発症馬の下垂体断面

中葉の過形成により大部分を占める(日獣会誌2012)

 

 

診断方法

PPIDの診断方法の一つに、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)測定試験があります。正常馬においても血中ACTH濃度には季節周期性が認められ、夏から秋(8月~10月)にかけて比較的高値を示すことが知られていますが、PPID発症馬では1年を通じて正常馬よりも高値を示します(図4)。そのため11月中旬から7月中旬にかけては40pg/ml(ng/l)以上で陽性、それ以外の時期は100pg/ml以上で陽性と診断が可能とされています。

4_3

図4 ACTH血中濃度の季節変動

Equine Vet. Educ. 2014)

 

治療方法

内科的療法としてドーパミン作動薬(Pergolide)が対症療法として用いられています。低濃度薬量の投与から開始して、臨床症状の改善度合いと副作用発現(食欲不振、疝痛、下痢など)などを監視しながら、必要に応じて薬容量の増加を行う指針が示されています。

 

発症予防

発症予防には、若い頃からの飼養管理が重要と考えられています。繁殖馬の多くは加齢性にインシュリン抵抗性が増すことで、馬メタボリック症候群(EMS)に罹患することが近年問題となっていますが、EMSはPPIDと併発することが多く、胎盤炎や蹄葉炎などの炎症性疾患を助長する要因になっていると考えられています。EMSを予防することがPPIDの予防に繋がるのかも知れません。

 

最後に

これまで、本邦のサラブレッド繁殖牝馬におけるPPIDに関する調査報告は少なく、その現状や対処方法について分かっていないのが現状です。そこで現在、我々が取り組んでいる生産地疾病等調査研究では、サラブレッド繁殖牝馬のPPID罹患状況について血中ACTH濃度測定法によりサーベイし、その受胎成績に与える影響を検証することを計画しています。これによりPPIDの病態や予防、治療方法が解明されることで繁殖牝馬の生産性の向上に貢献できればと考えています。どうか調査にご協力いただければ幸いです。

日高育成牧場生産育成研究室 室長 佐藤文夫

新生子馬の疾病に関する講習会について

2018年11月28日・29日、静内エクリプスホテルにおいて、カリフォルニア大学デイビス校のJohn Madigan博士を講師に招き、出産時における子馬の一般的な疾患に対する予防と迅速な治療のための管理法に関する講習会が開催されました。本稿では、その中のトピックとして近年注目されている新生子適応障害症候群(NMS)についてご紹介いたします。

1

John Madigan博士(カリフォルニア大学デイビス校)

新生子適応障害症候群(NMS)について

NMSとは、出生直後の子馬が呈する一連の異常行動の総称であり、代表的な症状として“母馬を認識できない”、“乳房の位置を把握できない”、“目的もなく彷徨う”などが挙げられ、これまで「ダミーフォール」などと呼ばれてきました。発症のメカニズムは不明な点が多いものの、帝王切開、難産、早期胎盤離脱(レッドバッグ)、胎子期の成熟異常あるいは子宮内感染などによって、脳が低酸素状態になることが原因だと考えられてきましたが、根本的な治療方法は存在せず、まず確実に初乳を給与することに加えて、起立補助、酸素の吸入、ボトルを用いた人工授乳、輸液などの対症療法のみが実施されています。

一方Madigan博士は、発症メカニズムとして“胎子期に分泌されているホルモン(抑制ホルモン)”が関与しているのではないかという極めて興味深い説を提唱しています。

 

胎子期のホルモンが発症に関与?

Madigan博士らの研究によると、NMSの子馬から“胎子期に分泌されているホルモン(抑制ホルモン)”が高い濃度で検出されていることがわかりました。このホルモンは直接脳に作用し、新生子を子宮内にいた頃の睡眠状態に戻す効果があるようです。

本来は出生時における産道での胸部圧迫(軽度の低酸素状態)が引き金となり、出生後に分泌が低下します。しかし、一部の子馬では胸郭圧迫による刺激が少ないことなどが原因で分泌の低下が起こらないようです。

この場合、子馬は生まれているにもかかわらず母馬の子宮内にいる時のようにあまり動かず、呼吸やお腹の動きも最小限に抑制されることに加え、母馬を認識できず、乳房の位置も把握できない状態に陥ります。

つまりこれがNMSの発症メカニズムではないかというのが、Madigan博士の仮説です。

 

ロープスクイーズ法とは?

Madigan博士らはこのホルモン分泌異常に対して、ロープスクイーズ法(胸部圧迫)という新しい処置法を提唱しています(写真1)。

この方法は、新生子馬の胸部をロープで圧迫することにより、産道の通過を再現する方法で、抑制ホルモンの分泌低下を目的に実施されます。胸部圧迫により、子馬は再び眠った状態になり、呼吸数、心拍数の減少や外部刺激への反応の低下などが認められます。20分間の圧迫後にロープを外すと子馬の運動性は活発になり、反応の良い馬ではたった1度の処置で正常な行動を示すようになるとのことです。また、1度で正常に戻らない場合でも4時間おきに1日4回まで実施することができ、治るまで数日間継続して実施することができます。

本法の治癒率は、従来の対症療法と変わらず約90%ですが、1時間以内の治癒率が37%(従来:4%)、24時間以内の治癒率が69%(従来:35%)と回復までの時間短縮が見込めるようです。ただし、ロープスクイーズ法を実施する際には子馬の全身状態や肋骨の骨折の有無を確認する必要があるので注意が必要です。

本法の実施方法は以下のURLにてご確認いただけますが、もしNMSの子馬に対して本法を行う場合には、獣医師とご相談の上実施することをおすすめします。

 

http://vetmed.ucdavis.edu/compneuro/local_resources/pdfs/mfsm_instructions.pdf

2

写真1:ロープスクイーズ法

 日高育成牧場業務課 福田一平