« 競走馬の体重に影響を及ぼす潜在的な要因 ~親馬からの影響~ | メイン | コンフォメーション~馬の見方のヒント~ 「馬のサイズ」 »

2021年1月27日 (水)

繁殖牝馬のクッシング病(PPID)

はじめに

現在、国内におけるサラブレッド生産現場には、約1万頭の繁殖牝馬が繋養されています。その多くは年齢とともに受胎率が低下することが分かっていて、高齢繁殖牝馬は更新することが推奨されています。しかし、高齢繁殖牝馬の中にも血統的・経済的に価値の高い馬が存在することもあり、高齢馬における繁殖能力の維持・向上も求められているのも現状です。

高齢繁殖牝馬の受胎率低下の要因として、子宮や膣の加齢性変化や子宮内膜炎などの感染性疾患、分娩時の産道の物理的損傷などが考えられます。しかし、それらの根本的な原因として加齢に伴う視床下部-下垂体-副腎軸の異常が直接的あるいは間接的に関与していることが考えられています。この内分泌異常の代表的なものが「馬クッシング病」です。

 

馬クッシング病

臨床症状は多毛、多飲、多尿、多汗、体重や筋肉量の減少、蹄葉炎、免疫能低下による呼吸器及び泌尿器感染症(易感染)、創傷治癒の遅延、繁殖障害(不発情回帰、長期不妊)などとなります。特に換毛不良による巻毛、腹部の筋緊張低下による腹部下垂の体型が典型的な特徴所見となり、牡にも牝にも発症する疾患ですが、生産地では高齢の繁殖牝馬に多く認められることになります(図1)。

 

1_5

図1 特徴的な換毛異常と筋肉量の減少

 

発症原因

馬クッシング病は、他の動物とは発症原因が異なり、脳下垂体中葉を支配する神経からのドーパミン分泌低下による中葉細胞の異常増殖により引き起こされる下垂体の疾患です(図2、3)。そのため、馬クッシング病は下垂体中葉機能障害(PPID:Pituitary pars intermedia dysfunction)と呼ばれています。中葉の過形成に伴い過剰分泌されるα-MSHやニューロペプチドはプロラクチンの過剰分泌や関連する代謝異常を引き起こします。さらに視床下部の物理的圧迫はPPIDの多様な症状を発現する原因となることが知られています。繁殖牝馬では、これら内分泌異常による繁殖障害に陥ると考えられています。

 

2_5

図2 脳における下垂体の位置

 

 

3_4

図3 PPID発症馬の下垂体断面

中葉の過形成により大部分を占める(日獣会誌2012)

 

 

診断方法

PPIDの診断方法の一つに、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)測定試験があります。正常馬においても血中ACTH濃度には季節周期性が認められ、夏から秋(8月~10月)にかけて比較的高値を示すことが知られていますが、PPID発症馬では1年を通じて正常馬よりも高値を示します(図4)。そのため11月中旬から7月中旬にかけては40pg/ml(ng/l)以上で陽性、それ以外の時期は100pg/ml以上で陽性と診断が可能とされています。

4_3

図4 ACTH血中濃度の季節変動

Equine Vet. Educ. 2014)

 

治療方法

内科的療法としてドーパミン作動薬(Pergolide)が対症療法として用いられています。低濃度薬量の投与から開始して、臨床症状の改善度合いと副作用発現(食欲不振、疝痛、下痢など)などを監視しながら、必要に応じて薬容量の増加を行う指針が示されています。

 

発症予防

発症予防には、若い頃からの飼養管理が重要と考えられています。繁殖馬の多くは加齢性にインシュリン抵抗性が増すことで、馬メタボリック症候群(EMS)に罹患することが近年問題となっていますが、EMSはPPIDと併発することが多く、胎盤炎や蹄葉炎などの炎症性疾患を助長する要因になっていると考えられています。EMSを予防することがPPIDの予防に繋がるのかも知れません。

 

最後に

これまで、本邦のサラブレッド繁殖牝馬におけるPPIDに関する調査報告は少なく、その現状や対処方法について分かっていないのが現状です。そこで現在、我々が取り組んでいる生産地疾病等調査研究では、サラブレッド繁殖牝馬のPPID罹患状況について血中ACTH濃度測定法によりサーベイし、その受胎成績に与える影響を検証することを計画しています。これによりPPIDの病態や予防、治療方法が解明されることで繁殖牝馬の生産性の向上に貢献できればと考えています。どうか調査にご協力いただければ幸いです。

日高育成牧場生産育成研究室 室長 佐藤文夫

コメント

この記事へのコメントは終了しました。