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2021年12月24日 (金)

機能水の使用方法について

機能水とは

 日本機能水学会は機能水を次のように定義しています。「人為的な処理によって再現性のある有用な機能を付与された水溶液の中で、処理と機能に関して科学的根拠が明らかにされたもの、及び明らかにされようとしているもの」。難しいことを言っていますが、実際に現場でよく使用されているものとしては、皮膚炎に対する予防や治療を目的とするオゾン水や微酸性次亜塩素酸水(ビージア水)等があります。今回はこれら2つの機能水の使用方法および注意点について説明していきたいと思います。

オゾン水とは

 オゾンが水に溶けたものをオゾン水と呼びます。オゾンは酸素から作られますが、数秒から数分で酸素に戻るため、有害な残留物を残さず安全に使えます。オゾンの殺菌・消臭効果については、オゾンが化学的に不安定な物質であるため、安定した酸素に戻る際の酸化作用により発揮され、一般的な細菌・真菌・ウイルスに効果があるとされています。

オゾン水の使用方法および注意点

 オゾン水は馬体洗浄後に直接馬体にかけるのが理想です。そして菌やウイルスを死滅させるには90秒程度の接触が必要とされています。

 注意点としては、オゾン水を容器に汲んでから使用する場合や、タオルに浸して使用する場合は、それらが汚れていると殺菌効果が損なわれてしまいます。またオゾン水中のオゾン濃度は生成10分後には半減(1時間後には6分の1)してしまい効果が低くなるため、容器への保存は避けるべきです。特に冬季では温かい水で使用したくなりますが、温度が上がるにつれオゾン濃度は低くなるので、冷水のまま使用した方が効果は高いです。

微酸性次亜塩素酸水(ビージア水)とは

 ビージア水は次亜塩素酸ナトリウムと希塩酸を反応させ、pH5~6.5(微酸性)に調整したものです。人肌も微酸性で、ビージア水がこれに近いことから肌や粘膜への刺激が少なく殺菌や消臭の効果があります。

 ビージア水は次亜塩素酸の酸化力によって殺菌・消臭効果があります。次亜塩素酸という物質は化学的に不安定な物質であるため、別の物質と結合して安定しようとします。この際に菌と接触すると菌の構成する物質と反応して、殺菌作用を発揮します。 

ビージア水の使用方法および注意点

 オゾン水同様、馬体洗浄後に直接馬体にかけるのが理想で、汚れた容器やタオルを使用すると馬体にかけるまでに効果が失われます。ビージア水は30秒程度の接触で殺菌効果があり、温水での使用も可能です。また、容器での保管も可能ですが効果が損なわれないようには、冷暗所での保管が推奨されます。

 機器の設定によっては高濃度で生成することもできます。容器への保存やお湯で薄めて使う場合など便利ですが、そのまま使用してしまうと逆に皮膚に炎症を起こすことがありますので、適切な濃度でご使用ください。

まとめ

 馬体や容器・タオルなどが汚れていることで、機能水の効果が十分に発揮されなくなるので、効果が感じられない際は使用方法を見直してみてください。また、重度の皮膚炎や化膿している場合は抗生物質や抗真菌剤の投与などの治療が必要になってくるので、その際はお早めに獣医師へご相談ください。

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JRAで使用しているオゾン水生成機BT-01H       

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JRAで使用しているビージア水生成機BJS-720

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管部の皮膚炎に対してオゾン水を流している様子。短時間で終わらないことが重要

日高育成牧場 業務課 久米紘一

2021年8月31日 (火)

喉の病気と内視鏡検査

競走馬の喉の病気

 競走馬の喉の病気の中には、喉の披裂軟骨の一方(主に左側)が十分に開かない【喉頭片麻痺(LH)】や、強い運動時にヒダや声帯が気道の中心側に倒れてしまう【披裂喉頭蓋ヒダ軸側偏位(ADAF)】、【声帯虚脱(VCC)】などがあります(図1)。原因はさまざまですが、呼吸の際に鼻孔から吸い込んだ空気の通り道が喉で狭くなってしまい、結果的に競走能力を発揮することができないこと(プアパフォーマンス)が問題となります。これまでの競走馬に関する研究により、走行距離が伸びるほど有酸素エネルギーの負担割合が増加すること、また、短距離のレースでさえ走行エネルギーのおよそ70%を有酸素エネルギーに頼っていることが明らかとなっていることから(長距離レースでは86%)、競走馬にとって気道の確保がいかに大切かご理解いただけるかと思います。今回は、そんな喉の病気の検査方法についてご紹介します。

Photo_3図1:喉の疾患の内視鏡像

Photo_4図2:安静時内視鏡検査

診断方法(内視鏡検査)

 基本的には、気道内を観察するためのビデオスコープを馬の鼻孔から挿入し咽喉頭部を観察する安静時内視鏡検査により喉の疾病を診断しています(図2)。「ノドナリ」と呼ばれることもあるLHの診断方法としてご存じの方が多いかと思われます。一方、そのLHの症状がプアパフォーマンスの原因となるほど重症かどうかは、馬に運動負荷をかけないと正確に診断しにくいことや、ADAFおよびVCCなど運動時にのみ症状を表す疾病の存在が注目されるようになったことで、馬をトレッドミル上で走らせながら内視鏡検査を実施する運動時内視鏡検査が盛んに行われるようになりました(図3)。近年では、人が騎乗してより強い運動負荷をかけた状態の喉を観察できるオーバーグラウンド内視鏡(OGE)が開発され(図4)、実際の調教で高速走行中の状態を観察することで、安静時の内視鏡で発見できなかった病気が発見できるようになっています。しかし、どちらの運動時内視鏡検査もトレッドミルやOGEなどの特殊な器材が必要になること(JRAでは、美浦・栗東の両トレセン競走馬診療所、日高育成牧場にトレッドミルとOGEが設置されています)、特にOGEは熟練した獣医師による器材装着が必要となることから、検査を受けるチャンスが限定されているのが現状です。

Photo_5 図3:運動時内視鏡検査(トレッドミル)

Oge

 図4:運動時内視鏡検査(OGE)

詳細情報

 競走馬の様々な喉の病気の症状や治療法、詳しい運動時内視鏡検査の応用方法についてはユーチューブ動画「ホースアカデミー 馬の上気道疾患 ~咽喉頭部の内視鏡検査~」(URL、QRコード参照)にて解説していますので、是非ご視聴ください。今回ご紹介した運動時内視鏡検査が皆様の愛馬の喉の病気を診断する一助としていただければ幸いです。

https://www.youtube.com/watch?v=QQb62hFdRPQ&t=629s

 

日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄泰光

2021年8月26日 (木)

物理療法(レーザー治療)について

はじめに

 物理療法とは物理的なエネルギー(熱や光、電気など)を生体に与えることで疼痛緩和や血行改善など治癒促進を期待する治療法です。基本的には副作用が少ないと言われ、国際的な薬物規制が進む中見直されています。物理療法はさまざまあり電気針・SSPを用いた電気療法、マイクロレーダーを用いた電磁波療法、ウルトラソニックを用いた超音波療法、ショックウェーブ療法、スーパーライザーやレーザー光線を用いた光線療法などがあり簡単に実施できるものがほとんどです。今回はレーザー治療について詳しく説明していきます。

レーザー治療とは

 レーザーを患部に照射するとレーザー光が生体に吸収され発生した温熱作用と光エネルギーが化学反応を起こし発生した光化学作用により、疼痛緩和、炎症軽減、血行改善、創傷治癒促進を得られます。

基本的なプロトコル

 一般的な治療計画は、1週目は48時間毎または毎日照射し、2週目は72時間毎、3週目以降は週に1~2回の照射を実施します。照射量は6~8(深部の場合は8~10)J/cm2で設定すると良いとされ、プローブは皮膚に対し垂直に当てて、皮膚から少し離すか接触させてゆっくり動かしながら照射させます。局所に当て続けると熱傷を引き起こすので注意が必要です。

適応症例

 レーザー治療は腕節炎・球節炎・種子骨炎・骨瘤・ソエなどの骨疾患や、浅屈腱炎・繋靭帯炎に効果があるとされています。症状の程度にもよりますが、骨疾患には2週間程度、腱靭帯炎には1カ月程度照射を続けてください。

 先述のとおり創傷も適応で、肉芽増生や皮膚再生を促進させることができます。感染時の抗生物質投与や壊死組織の除去などを行った上で2週間程度は毎日照射してください。また、レーザーを経穴(ツボ)に当てることで鍼療法と同様の効果が得られるため、特に筋肉痛の際は筋肉全体に照射していくよりは経穴を重点的に当てることでより効果が得られると考えられています。他にも慢性的な蹄葉炎の疼痛管理や静脈炎の治療といった幅広い適応症例が報告されています。

 しかし、レーザー治療等の温熱作用をもつ物理療法は急性期での使用は控えるべきです。受傷直後に照射すると組織が低酸素状態に陥り周囲の正常な細胞までダメージがでてしまうため、冷やすことで周囲の代謝を抑制し2次的損傷を防ぐ必要があります。

使用時の注意点

 とても便利な治療法ですが、注意すべき点があります。一番重要なことは、眼に直接当ててはいけません。失明する恐れがありますので使用者は保護メガネを装着し、保定者や馬の眼にも照射しないよう注意してください。また、妊娠馬の腹部や牡馬の睾丸、若馬の骨端板、メラノーマなど腫瘍が疑われる部位への照射は予期せぬ作用をもたらす可能性があるので注意してください。

最後に

 レーザー治療は特に創傷管理や慢性的な筋骨格疾患のケアには大きな助けとなり、その効果を我々は実感していますので、皆さんもぜひ利用してみてください。

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日高育成牧場で使用しているレーザー装置(CTS-S)

日高育成牧場 業務課 久米 紘一

2021年7月29日 (木)

さく癖について

 馬には好ましくない習慣、いわゆる「悪癖」があります。さく癖、ゆう癖、旋回癖および身食いといった「悪癖」は、一般的に馬の精神状態の悪さを反映している、あるいは馬の健康に悪影響を及ぼすとされて嫌われています。馬が売買されるセリの多くにおいても、これら「悪癖」の有無を開示することが求められており、落札後に開示事項にない「悪癖」が判明した場合には契約解除となる場合もあるなど、重要なものとして捉えられています。しかし、果たしてこれらの悪癖は本当に馬に悪影響を及ぼすものなのでしょうか。本稿では「悪癖」の中で最もポピュラーな「さく癖」について、最新の知見をまとめた海外の記事をベースとして簡単にご紹介することとします。

「さく癖」とは何か?馬はなぜ「さく癖」をするのか?

 「さく癖」とは、馬が壁の出っ張りや柵の縁などに上顎の前歯を引っかけて、「ぐう」という特徴的な音を出しながら空気を飲み込む動作のことを言います(写真1)。馬がさく癖をする原因については諸説ありますが、何らかのストレスが関係しているという説が一般的に言われています。この説では、馬房などの狭い空間に閉じ込められる、あるいは孤立しているような状況に対して馬がストレスを感じ、そのストレスを解消するためにさく癖行動を選択するのだと考えられています。この「ストレス関与説」を検証するため、ストレスの指標とされる血液中のコルチゾール値を測定した研究がされました。この研究によると、さく癖を有する馬はさく癖の前後で血液中のコルチゾール値が低下し、しかもさく癖後に下がったコルチゾール値はさく癖のない馬よりも低くなるらしいのです。しかし、同様にコルチゾールを指標とした実験を行った他の研究チームは、さく癖の有無による差はないと報告していることから、この「ストレス関与説」についてはいまだ議論の余地がありそうです。

  

なぜ「さく癖」は「悪癖」なのか?

 さく癖のデメリットには、疝痛の発症リスク増加、切歯の異常な磨耗(写真2)、胃潰瘍、および体重減少などがあげられます。さく癖を有する馬はない馬に比較して、再発性の疝痛を発症するリスクが12倍も高いとの報告もあります。

 しかしその一方で、さく癖による疝痛発症の仕組みについてはよく分かっていません。恐らく多くの方は、さく癖によって飲み込んだ空気が腸に溜まることで疝痛を発症するというイメージをお持ちかと思いますが、海外の研究によるとさく癖で飲み込んだ空気の大部分は食道の上部で留まり、胃まで到達するのはごく一部であることが分かっています。他にも、そもそも慢性的で軽い疝痛を発症している馬がさく癖行動を見せると考えている専門家もおり、さく癖から疝痛を発症するメカニズムについては明らかにされていないのが現状です。

馬の「さく癖」は止めさせるべきか?

 さく癖予防としては、頸に巻き付ける防止バンドの装着や切歯を引っ掛けそうな場所に予め馬が嫌う薬品を塗っておくなどの方法が一般的に用いられます。しかし、そもそもさく癖行動を妨害するべきかどうかについては、意見が分かれるようです。前段で申し上げた通り、馬はさく癖によってストレスを軽減している可能性があるため、これを妨害することがさらなるストレスの付与に繋がってしまうかもしれません。ある海外の調査では、さく癖を有する馬のさく癖行動に対する欲求は非常に強く、実に一日の15%もの時間をさく癖行動に費やしているというデータが示されています。したがって、さく癖を妨害することがストレスをより増強させ、そのストレスから疝痛を発症してしまう可能性もあり得ないことではないでしょう。我々が考えなくてはいけないことは、物理的にさく癖行動ができないように制限することより、まずはさく癖を行わないで済むような飼養環境の整備やストレスを排除してやることなのかもしれません。

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図1 さく癖を有する馬。柵の縁を噛みながら空気を吸い込みます。

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図2 長年さく癖が治らなかった馬の切歯は異常に磨耗してしまいます。

日高育成牧場 業務課 竹部直矢

2021年7月28日 (水)

後肢跛行診断と治療(膝関節領域)に関する講習会について

 2019年11月27日および28日、静内エクリプスホテルおよび日本軽種馬協会軽種馬生産技術総合研修センターにおいて、カタール国Eqine Veterinary Medical CenterのFlorent David氏とTatiana Vinaedell氏を講師に招き、馬の後肢跛行診断と膝関節領域の超音波検査に関する講習会が開催されました。今回はTatiana氏の後肢跛行に関する講習会の内容の一部をご紹介します。

後肢跛行について

・アプローチ

 馬の後肢跛行を診断するにはまずその馬の履歴を正確に把握する必要があります。履歴とは、年齢、品種、調教の状況、過去の跛行歴等を含みます。また馬を観察する際には厩舎のように馬が慣れている環境で行う必要があります。観察する際には、姿勢、筋肉の緊張、触診への反応、熱感や腫れがある部位はないか等をチェックします。歩様の評価は常歩、速歩、駆歩で実施しますが、特に速歩での評価が重要です。この際、引き手をフリーにして馬をコントロールしながらも自由に走らせることがポイントになります。

・後肢の跛行診断

 歩様検査は診断に不可欠ですがこの際は、跛行の有無だけでなく、患肢は一肢に限局されるのか複数なのか、また跛行の重症度等についてもチェックする必要があります。一般的に、後肢の跛行診断は前肢のそれよりも難しいとされています。また後肢の跛行は「ハミの後ろ側」「後肢の衝突」「後肢の弾み」といった漠然とした用語で表現されることがあるため、関節の曲がり、歩幅、前方への展出、骨盤の回転運動といった明らかな客観的指標を見つけることが正しい跛行診断の第一歩となります。

 以下に獣医師が後肢の跛行診断を行う2通りの方法を紹介します。

〇上下運動の評価:

 これは骨盤の背側正中に大きなボールや目印を設置し、その上下運動を一定時間観察する方法です(図1)。跛行している馬では、骨盤の患肢側における下向きの動きが小さくなる、あるいは患肢から離れる上向きの動きが小さくなるという2つの変化が確認されます。

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図1(骨盤背側正中にボールを設置、Tatiana氏のスライドより引用)

◯骨盤の回転運動の評価:これは、診断者が馬の真後ろに立ち、馬の歩行に伴う寛結節(矢印)の動きについて上下の振幅を左右で比較する方法です(図2)。

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図2(赤丸が寛結節)

おわりに

 本講習会には300人を超える牧場関係者や獣医師が詰めかけ、大きな関心を集めました。後肢跛行の原因は様々ですが、いずれの場合も早期発見と適切な治療が必要となります。本講演会の開催により参加者はこれまで以上に後肢跛行に対する高い意識を持つようになったのではないでしょうか。

JRA日高育成牧場 業務課 診療防疫係  長島 剛史

2021年7月27日 (火)

若馬の種子骨炎と予後

種子骨炎とは

 種子骨とは、関節部を跨ぐ靭帯あるいは腱構造に包まれている骨を指し、馬では球節の掌側(底側)にある近位種子骨、蹄内の遠位種子骨および膝関節の膝蓋骨などが知られています(図1)。この種子骨の役割は、運動時に骨や腱、靭帯にかかる負荷を分散させることですが、大きな負荷が反復してかかると損傷して炎症が起こると言われています。今回は、このうち近位種子骨の炎症(以下、種子骨炎)について解説します。

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1:馬の種子骨

診断・分類方法

 種子骨炎を発症すると、球節部の腫脹や帯熱の他、跛行(支跛)する可能性があり、発症馬は調教を中止し休養する必要があります。診断は主にX線検査で行われており、重症度にもよりますが、種子骨内の血管孔の状態を示す線状陰影の拡幅や増加、辺縁の靭帯付着部の粗造化や変形および骨嚢胞状の陰影が観察されます。これを基に、近位種子骨のX線画像を異常所見の無いものから順にグレード(G)0~3の四段階に分類(図2)することで、種子骨炎の重症度を客観的に評価できます。これらの情報は、JRAブリーズアップセールをはじめ、多くの若馬のセリ市場の上場馬情報として開示されており、購買を検討するうえで重要な情報の一つとなっています。

2:種子骨グレード(G0:異常所見なし、G1:2㎜以上の線状陰影1~2本、G2:線状陰影を3本以上・辺縁不正、G3:線状陰影多数・辺縁不正・骨嚢胞状陰影、%はJRA育成馬に占めた割合)

治療と予後

 局所の炎症やそれに伴う疼痛(跛行)が著しい場合、球節部の冷却や鎮痛消炎剤の投与が推奨されますが、基本となるのは運動制限(休養)です。また、必要とされる休養期間は、重症度により異なります(軽度:3~4週間、重度:3~6か月)。

予後の調査

 JRA日高育成牧場で育成馬を対象に行った調査では、育成馬の売却時の種子骨炎グレードと売却後に発症した疾病や成績との関連性について報告されています。前肢の種子骨グレードと競走成績の関連についての調査は、競走期のデータが不足している2歳馬などを除外した221頭で行い、前肢の種子骨グレードが高い馬はグレードが低い馬に比べて繋靭帯炎を発症するリスクが高いことが明らかになっています。

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グラフ1:種子骨グレードと前肢繋靭帯炎の発症率の関係

 一方、初出走までに要した日数や、2・3歳時の出走回数ならびに総獲得賞金に関する調査(550頭分)(グラフ2~4)では、種子骨グレードは出走回数や能力に殆ど影響していませんでした。また、一度も出走しなかった馬は9頭いましたが、いずれの原因も種子骨炎ではありませんでした。なお、出走回数や獲得賞金のグラフには一見差があるように見えますが、グレード3の中に活躍馬が含まれているためです

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グラフ2:種子骨グレードと初出走までに要した日数の関係

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グラフ3:種子骨グレードと出走回数の関係 

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 グラフ4:種子骨グレードと総獲得賞金の関係

最後に

 種子骨炎の発症を予防する方法は残念ながら報告されていませんが、JRA育成馬では、治療と休養後に調教復帰し、売却後に出走しています。他の疾患同様、早期発見・早期治療が最も重要となりますので、普段から注意深く馬体や歩様を観察することが重要です。また、種子骨炎を発症したことがある馬に対しては、調教を進めるにあたって定期的に検査を実施し、再発や繋靭帯炎などの続発を防ぐため、状態に合わせた調教、その後の患肢冷却および飼養管理を行うことが推奨されます。

日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄泰光

2021年6月11日 (金)

Proximal Suspensory Desmitis(PSD)いわゆる「深管骨瘤」について

はじめに

競走前の後期育成馬においてしばしば認められる「深管骨瘤(通称シンカン)」は、管近位に炎症が起こることで跛行を呈す疾病の総称です。深管『骨瘤』という病名が付いているこの病気ですが、成書ではProximal Suspensory Desmitis(近位繋靭帯炎、以下PSD)と記載されている通り、実際の病態は第3中手骨の繋靭帯付着部における炎症に起因します(図1)。繋靭帯には沈み込んだ球節を引っ張り上げる役割がありますが、その際に靭帯付着部に強いテンションがかかります。PSDはその際に起こる外傷性の捻挫だと考えられており、急旋回や細かい回転運動はそのリスクを高めるものとして知られています。また、重症例ではこの部位が剥離骨折することもあります。

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図1.赤丸内が繋靭帯付着部

診断方法

PSDを発症した場合、跛行は数日から数週間続きます。急性例では熱感や腫脹を伴い、同部に圧痛を認めることもありますが、慢性例では間欠的な跛行を呈すのみで、明らかな臨床所見を伴わない症例も散見されます。PSDは臨床症状だけでは診断することが難しく、確定診断は局所麻酔を用いた跛行診断によって行います。局所麻酔には図2の外側掌側神経麻酔(副手根骨の内側、赤丸)を用い、High-4-point麻酔(掌側中手神経および掌側指神経の麻酔、図2青丸)を併用することもあります。ただし、これらの麻酔は腕節以下全体に対して麻酔効果があるため、確定診断のためには事前に球節以下に診断麻酔(Low-4-point麻酔、図3)を行うなどして、球節以下には異常がないことを確認しておく必要があります(球節以下の麻酔では跛行が改善しないが、腕節以下の麻酔で改善する→跛行の原因が球節~腕節の間にあると推測できる)。

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図2.外側掌側神経およびHigh-4-point麻酔(黄色線が神経走行)

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図3.Low-4-point麻酔部位

リハビリテーション

PSDは、軽症であれば比較的早い調教復帰も可能ですが、調教再開時の再発例も多く認められます。その要因の一つとして、長期間休養させた若馬の騎乗調教を再開する際の、スピードコントロールの困難さが挙げられます。また他の要因としては、トラック調教の前のリハビリテーションとして用いられるラウンドペンでのランジングや騎乗における回転運動が、半径の小さな窮屈な運動とならざるを得ないことが挙げられます。そこで、日高育成牧場ではラウンドペンの代わりにトレッドミルを用いたリハビリテーションを行っています。リハビリテーションにトレッドミルを用いるメリットとして、

・半径の小さな回転運動による繋靭帯への負荷を避けられる

・繋靭帯への負荷が少ない騎乗者なしの状態でもある程度のトレーニング効果が期待できる

などが挙げられます。我々はPSD発症馬に対して疼痛および跛行が完全に消失したことを確認した後、トレッドミルを用いて徐々に負荷をかけるリハビリテーションメニューを作成しています。この方法を選択するようになってから、PSD発症馬のほとんどが1~2週間のトレッドミルでのリハビリテーションを消化した後に、順調に騎乗調教に復帰できるようになりました。PSDは一旦発症してしまうと再発することが多い、特に育成馬にとってやっかいな疾病の1つです。リハビリテーションも重要ですが、まずは強調教後に下肢部をしっかり冷却するなど日常的なケアでPSDの発症を予防することも重要です。

日高育成牧場 業務課 胡田悠作

2021年2月 1日 (月)

馬の跛行を見つけるポイント

跛行の定義とその原因

馬が歩様に異常をきたしている状態を「跛行」と言い、病名ではなく症状を指す言葉です。跛行している馬は、体のどこかに何らかの疼痛や機能障害を有しているため、正常な運歩ができない、あるいは運動を嫌っていると考えられ、様々なデメリットが生じることになります。例えば、跛行している馬が育成馬や競走馬であれば調教メニューの消化が困難に、繁殖牝馬であればストレスや運動不足から妊娠の維持や分娩に悪影響が出るほか、授乳中であれば母馬に連れられた子馬の運動量まで減少させてしまいます。また、骨格形成が未熟な子馬であれば、痛みのある肢をかばう不自然な姿勢が続くことにより肢勢異常などの発育障害につながる場合があります。その上、この肢勢異常が更なる跛行の原因になってしまいかねません。このように、馬のライフステージのほぼ全てに悪影響を与えてしまう跛行の原因として、骨折、関節炎、腱や靭帯の損傷、筋肉痛、蹄病、外傷および局所感染などが挙げられます(図1)。いずれの場合も早期に発見し、適切な治療を開始することが重要となります。

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図1:跛行の原因となる怪我や病気

当然ながら、跛行の原因を診断し、骨折や感染症などの原因に対する治療は獣医師が行うものですし、若馬の肢勢異常などに対する装蹄療法は装蹄師の範疇です。とはいえ、跛行に対しては前述したように早期発見が重要ですから、飼養者の皆さんによる愛馬のチェックが最も重要だと言えます。そこで今回は、跛行発見のチェックポイントをご紹介します。

 

跛行の分類

一口に跛行と言っても、獣医学的にはその肢の運びによって数種類に分類されています。肢に体重を乗せた際に疼痛を示すものを支柱肢跛行(支跛=シハ)、肢を挙げるとか前に振り出す際に疼痛を示すものを懸垂肢跛行(懸跛=ケンパ)、これら両方が混ざったものを混合跛行(混跛=コンパ)と呼んでいますが、今回は骨折や蹄病等の運動器疾患の発見に重要な支跛について解説します。

 

跛行の検査

馬は一定のリズムを刻みながら歩行しています。跛行している馬ではこのリズムが乱れることになります。自分(検査者)以外のもう一人の協力者(ハンドラー)に平地で馬を真っ直ぐに引いてもらい、その際の運歩を前後左右から見る、あるいは検査者を中心とする円弧を描くように歩かせてもらい、内側から見るのが基本となります。歩様は、4拍子でゆっくりと進む「常歩」(図2)、次に2拍子で進む「速歩」(図3)で馬を引いてもらいます。特に速歩では一本の肢にかかる負荷が大きくなるため左右のどちらの肢の跛行なのか判別しやすくなります。

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図2:常歩の特徴

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図3:速歩の特徴

 

しかし、訓練されていない検査者が目で見て馬の跛行を判断することはなかなか困難なものです。そこで、視覚だけでなく聴覚も使って検査することで跛行の検査が容易になることがあります。馬の歩行には必ず足音が伴いますが、この足音のリズムは正常な歩様の馬であれば一定のはずです。したがってこのリズムに集中し、その乱れを感じ取ることができれば跛行の有無やどの肢の跛行かを発見できることになります。

 

前肢と後肢の支跛のチェックポイント

前肢の支跛は、頭部の上下動に注目します。跛行している側の肢に負重した際に疼痛を伴って頭部を上げる動作を見せます(図4)。動画も参考にしてください。参考YouTube動画『馬の跛行(支跛)を簡単に見つけるポイント【前肢編】』

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図4:前肢の支跛

後肢の支跛は、腰部の上下動と球節の沈下具合に注目します。跛行している側の腰の上下動が大きくなるほか、負重している時間も短縮します。また、正常な側に負重する時間が延長するために正常な後肢の球節がより深く沈下します(図5)。動画も参考にしてください。参考YouTube動画『馬の跛行(支跛)を簡単に見つけるポイント【後肢編】』

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図5:後肢の支跛

今回は、跛行を発見する際のチェックポイントをごく一部だけご紹介させていただきました。しかし、皆さんがどの肢が跛行しているのかなどと、いきなり正確に見極める必要はありません。常日頃から愛馬の動きや仕草に注目し、「何か変だぞ?」と普段と異なる些細な変化に気づくことが重要なのです。また、些細な変化を獣医師や装蹄師にご相談いただくことも重要です(診断、治療や対処は、獣医師や装蹄師にお任せください)。

 

グリーンチャンネルの動画

今回一部をご紹介した跛行診断について、症例動画などを交えての解説をグリーンチャンネルの「馬学講座ホースアカデミー」で行っています(2018年1月)。こちらは、YouTubeでも視聴可能です。

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日高育成牧場 専門役 琴寄 泰光

2021年1月27日 (水)

若馬における骨軟骨症の発生

はじめに

近年、国内サラブレッド市場における医療情報開示が一般的となったことにより、四肢関節のX線画像でよく認められる離断性骨軟骨症(OCD)や軟骨下骨嚢胞(SBC)が注目されるようになってきました。このOCDやSBCと呼ばれる病変には、骨の成長過程における軟骨下骨の損傷(骨軟骨症)が深く関わっていることが知られています。今回はこのOCDやSBCの発生原因となる骨軟骨症についてご紹介したいと思います。

 

骨の成長

四肢を構成する長管骨は、骨端部と骨幹部の間にある骨端線の軟骨細胞が増殖して骨化することで長軸方向に伸張すると同時に、骨端部の関節軟骨の軟骨細胞と骨幹部の骨膜の骨芽細胞も同様に骨化することで直径も増していきます(図1-A)。

これら骨端線や関節軟骨で軟骨細胞が増殖して次第に骨小柱を形成していく過程は、「軟骨内骨化」と呼ばれています(図1-B)。サラブレッドでは、離乳時期にあたる6ヶ月齢ぐらいまでの時期がこの軟骨内骨化が最も盛んに行われている時期になります。その後、中手骨(管骨)遠位の骨端線は7ヵ月齢ごろ、橈骨および脛骨遠位(腕節および飛節の上部)の骨端線は25ヶ月齢ごろまでに閉鎖し、その役割を終えます。このことから、四肢の骨は出生直後から2歳頃まで成長を続けていることが分かります。

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(図1)若馬の骨の成長

A:長管骨における骨の成長の模式図、B:関節軟骨における軟骨内骨化の様子

若馬の骨の成長は、骨端線だけでなく関節軟骨の軟骨細胞の増殖による軟骨内化骨によって起こる。

 

骨軟骨症

成長期の子馬の骨の成長に重要な役割を果たしている骨端軟骨や関節軟骨の軟骨組織は骨組織に比べて柔らかいため、物理的な外力の影響を受けやすく容易に障害を発症します。特に、軟骨組織が骨組織へと移行する境目の部位は弱いため、突発的な大きな外力や小さくても継続的に外力が加わることで損傷しやすい部位となります。特に損傷が起こり易い部位として、種子骨の先端や指節関節の関節面などが挙げられます。これらの部位は体重を支えるために負荷が加わるため、頻繁に骨軟骨症が発生します(図2)。こうして発生した骨軟骨症は、臨床症状を示すことなく自然に治癒してしまうものが大半であるため、実際にはそう問題になることはありません。しかし、中には治癒に至らず、OCDやSBCへと発展して跛行などの臨床症状を呈する例もあるのです(図3)。

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(図2)生後2週齢の子馬の種子骨尖端部に発生した骨軟骨症

X線検査で認められた骨透亮像(左図矢印)の組織学的観察により、軟骨基質と骨基質の間で離開損傷していることが確認された(右図矢印・破線部)。成長中の軟骨と石灰化した骨基質との間の軟骨基質の部分は、物理的な外力に最も弱い部分である。

 

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(図3)骨軟骨症病変の軟骨下骨嚢胞への変化

生後1ヶ月齢の子馬の近位指節間関節に認められた骨透亮像(左図矢印)は、4ヵ月後に軟骨下骨嚢胞になり跛行を呈した。

 

最後に

これまでOCDやSBCの発生原因は、軟骨下骨の剥離や栄養血管の壊死、あるいは軟骨の隙間から関節液が浸潤することによるものと考えられていました。しかし最近の研究から、原因は成長過程の幼弱な軟骨基質の物理的な外力による損傷であることが明らかになってきています。我々の調査結果もこのことを裏付けるものであり、生後4ヶ月齢未満の子馬の時期から初期病変が認められる例が多く存在することが明らかになっています。前述したように、骨軟骨症の大半は気付かないうちに自然に治癒してしまいますが、中にはOCDやSBCに発展して跛行の原因となるもの、さらに重症化することで競走馬への道が閉ざされてしまうこともあり、侮れない疾患です。予防には、幼駒の飼養管理や取り扱い方法について、改めて再確認することが重要です。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 室長 佐藤 文夫

繁殖牝馬の蹄管理について

繁殖牝馬の蹄管理の必要性

競走馬や乗馬などの騎乗運動を行う馬は、跣蹄(せんてい、蹄鉄を装着しない状態)のままでは、蹄が摩滅し、その度合いが強くなると、蹄内の知覚部(神経や血管のある部位)まで達することで、痛みにより跛行を呈します。そのため、蹄鉄を装着して蹄の摩滅を防止する必要があります。一方、野生馬は、騎乗されることはありませんが、自発的な運動による蹄の摩滅量と伸びる量のバランスが釣り合っているため、削蹄も蹄鉄装着も必要ないと考えられます。

それでは、騎乗運動をしない一方で、比較的長い時間に亘って放牧されている繁殖牝馬についてはどうでしょうか?騎乗運動をしないため、基本的には摩滅量よりも伸びる量のほうが多くなることから、蹄鉄は一部の馬を除いて装着する必要性はありませんが、少なくとも伸びた蹄を削らなくてはなりません。

また、競走馬や育成馬よりも体重が重いため、蹄はその負重に耐えられず、凹湾、すなわち蹄壁が反るように変形し易い傾向にあり(※写真1)、重度の場合には裂蹄を伴う馬も見受けられます(※写真2)。さらに放牧管理中心のため地面の状態に蹄質が左右されます。たとえば泥濘(ぬかるみ)に長時間晒されることで蹄の角質が脆弱化し、白線裂等の蹄病を引き起こすこともあります。騎乗運動をしなくても、蹄病により痛みを生じた場合には、ストレスによる受胎率の低下が懸念されることに加えて、哺乳期の場合には子馬の運動量にも影響を及ぼします。以上のことから、飼養管理者は常に繁殖牝馬の蹄の状態を確認するとともに、理想は1ヶ月間隔、長くても2ヶ月間隔での定期的な削蹄が推奨されます。

1_3 ※写真1  凹湾した蹄。 

横方向に広がっている。

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※写真2    重度の裂蹄

 

繁殖牝馬の蹄管理の方法

まず、日常の蹄管理として最も重要なことは、繁殖牝馬の肢蹄をしっかり観察することです。集放牧時の歩様や放牧中の様子など、毎日観察することが異常の早期発見に繋がります。また、こまめに裏掘りを行うことで、蹄の変化を感じることができますが、そのためには、健康な蹄の状態(※写真3.4)を理解しておく必要があります。そして何より重要なのは、定期的な削蹄です。先にも述べましたが、1ヶ月間隔の削蹄が理想であり、裏掘りや目視だけでは発見できない疾病の発見にも繋がります。

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※写真3  健康な蹄(蹄壁)

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※写真4  健康な蹄(蹄底)

削蹄は、装蹄師が蹄の縦や横のバランスを考えて形状を整えながら、伸びた部分を切ったり削ったりします。そして仕上げに端蹄廻し(はずめまわし)(写真5)を行います。これは蹄が欠けたり(蹄壁欠損)、割れたり(裂蹄)するのを防ぐことが目的で、蹄壁の角を削る処置をします。また、繁殖牝馬の跣蹄に多い蟻洞、白線裂、裂蹄や蹄壁欠損にも適切に対応しなければなりません。これらは、症状が軽いうちに処置を行えば、大事に至らずに済みますが、発見が遅れると完治するまでに時間がかかってしまうばかりか、重篤化した場合には完治することも困難となります。「蹄なくして馬なし」です。まずは飼養管理者が、蹄の健康状態をしっかり把握し、装蹄師、獣医師とコミュニケーションを図り、三者で連携を取っていくことが、健康な繁殖牝馬をつくり、そして健康な子馬を生むことに繋がっていくことでしょう。

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写真5  端蹄廻し

 

日高育成牧場 専門役 竹田和正