外科 Feed

2025年3月31日 (月)

ウォブラー症候群に対する頸椎固定術について

 頸椎固定術は、頸椎圧迫性脊髄症(いわゆるウォブラー症候群、腰痿)に対する外科的治療法です。様々な術式(図1)があり、海外では複数の報告がありますが、国内での実例は非常に少なく、応用が困難な現状があります。JRAでは、毎年、ジャパンカップの翌日に「競走馬に関する調査研究発表会」が行われており、今号では昨年の同発表会にて報告した頸椎固定術実施症例について概要をご紹介します。

 

 頸椎圧迫性脊髄症は運動失調の程度によってグレード0から5に分類されます(表1)。症例は2022年に日高育成牧場で生産したサラブレッド種・牡馬で、14か月齢からグレード2の運動失調を呈し、投薬による内科療法では改善を認めませんでした。帯広畜産大学にてCT検査を実施したところ、第2~第4頸椎(C2-C4)領域で腹側からの脊髄の圧迫が確認(図2)され、症状の改善を目指し15か月齢でNOSAI北海道家畜高度医療センターにて頸椎固定術を実施しました(図3)(手術時間:約4時間30分)。術後48日まで馬房内休養とした後にパドック放牧を開始し、この時点で歩様はグレード1に改善していました。78日後からウォーキングマシンによる運動を開始、105日後から騎乗馴致、さらに調教を行う間にグレード0に改善しました。順調に調教を重ね、術後227日時点で15秒/ハロン、331日時点で12秒/ハロンにて走行可能なまでに回復しました。スピード調教を遂行する程に運動失調が改善した一方、手術による合併症も複数認められ、漿液腫・術創感染、インプラントの変位・脱落、および右側の喉頭片麻痺が確認されました。海外の報告において、これらは頸椎固定術の一般的な術後合併症と記載されていますが、合併症の起こりにくい術式を検討することが今後の課題です。

 

 JRA日高育成牧場では2020年に初めての頸椎固定術実施症例を経験しており、今回の症例は2例目でした。前回の症例では運動失調が残存(グレード4がグレード2に改善)しましたが、本症例では術後にグレード0まで改善しました。2症例を比較した考察として、臨床症状の発現からより早期に確定診断を行い、グレードが低い段階で手術を実施したことが良好な予後に繋がったと考えられました。我々は今後も適応症例を見つけた場合は積極的に外科的治療法を検討したいと思います。現状、国内では試験段階ですが、将来的には頸椎固定術が頸椎圧迫性脊髄症の治療として選択肢の一つになるかもしれません。同様の症例に遭遇した際は、まずはかかりつけの獣医師にご相談ください。

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図1. 頸椎固定術の術式

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表1. 頸椎圧迫性脊髄症のグレード

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図2. 造影CT検査にてC2-C4領域で圧迫を確認

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図3. 本症例の術後レントゲン画像

日高育成牧場 業務課主査 原田大地

2025年2月13日 (木)

歯折について

歯折の発生状況

 若馬は馬房内の飼い桶や扉を噛んで遊ぶことがあり、何かの拍子に歯(切歯)をひっかけて折ってしまうことがあります(図1)。このような状態を歯折と呼んでおり、牧場や厩舎関係者のみなさまの中にも遭遇したことのある方もいらっしゃるかもしれません。海外の文献や教科書では、1~2歳の若馬で、特に物を噛む行動を頻繁にする傾向のある牡馬に多いとの報告があります。今回は歯折についてご紹介していきたいと思います。

 図2はJRA日高育成牧場で過去10年間に発生した歯折についてまとめた結果になります。先ほどから歯折という名称で呼んでおりますが、正確には図1のように歯だけでなく上下顎骨の骨折を伴うものを含みます。また、JRA育成馬として繋養する1歳夏ころからJRAブリーズアップセールで売却する2歳4月までに発生したものだけでなく、過去に歯折を発生したことが推定されるもの(歯列異常や歯欠損など)も含んでいます。この期間に歯折または歯折痕を確認した頭数は10頭であり、すべての繋養頭数から算出したJRA育成馬の発生率は1.7%でした。前述のように若馬に多いという報告があるものの、発生率に関する報告はないため比較はできませんが、同期間にJRA日高育成牧場で繋養している繁殖牝馬や乗馬において歯折が発生していないことを考えると、やはり若馬に多いと言って問題ないのかもしれません。牡に多いと教科書には記載があり、今回の調査においても牡の方がやや多い(60%)という結果となりました。歯折を含む上下顎骨々折89頭についての報告においても牡40%、騙24%、牝36%という結果が報告されており(Henninger, 1999)、行動と発生率には関係があると言えそうです。上顎(40%)に比べると下顎(60%)において発生が多く、先ほど紹介した文献においても、上顎31%、下顎62%、両方7%と報告されています(Henninger, 1999)。これまで見てきたように、歯折は若馬に多い疾患でありますので、育成牧場をはじめとした若馬を取り扱う方々は、その対処法についても知っておくべきと言えます。

 

ワイヤー固定による治療

 歯折の治療は、その程度によって変わってきますが、金属製ワイヤーによる歯折部分の固定による治療が一般的です。何も治療を行わない場合でも問題ない場合もありますが、歯折部分が歯列異常となったり(図3)、欠損したりする可能性もあるため、治療をすることが推奨されます。ワイヤーによる固定方法は様々な方法が報告されていますが、JRA日高育成牧場では折れた部分の両側を跨ぐように電動ドリルで歯肉に穴を空けて、その中にワイヤーを通して固定する方法を行っています(図4)。この方法を用いることで、歯列異常の発生や歯の欠損を防ぎ、外貌上でも良好な結果が得られます。JRA日高育成牧場で発生した症例についても、6症例においてワイヤー固定を実施しています。

ワイヤー固定の実施においては、いくつかの押さえるべきポイントがあります。まず1つ目として、良好な結果を得るためには、固定後の歯折部分の洗浄が重要となります。図1のように、歯折部分には餌が詰まることが多く、そのような状態だと歯折部分の癒合が上手くいきません。固定後であっても、傷が塞がり始めるまでの期間(少なくとも数日)は洗浄を行うことが推奨されます。

2つ目として、ワイヤーの緩みの確認があります。ワイヤー固定を実施した日はしっかりと固定されていたものが、餌が歯折部分に詰まることや咀嚼による動きによってワイヤーが緩んでしまうことがあります。海外の文献においても、ワイヤー固定を実施した症例の中で22%においてワイヤーの緩みが認められたと報告されています(Henninger, 1999)。JRA日高育成牧場においても、ワイヤー固定を実施した6症例の中で、4症例においてワイヤーの緩みが確認され、ワイヤーの締め直しや再設置などの対応を行っていました。このように、固定後であっても、歯折部分の洗浄やワイヤーの確認といった日々の観察が重要ということになります。

ワイヤーは歯折部分の治り具合を見ながら、4~8週間で抜去することが推奨されています。JRA日高育成牧場の症例では、平均31日で抜去していました。教科書に記載されている症例は、広範囲にわたって折れているものもあり、長期間にわたってワイヤー固定しているものも含まれていると推察されますが、頻繁に発生する3本程度の切歯を伴う歯折においては、4週間程度の固定で十分ではないかと考えています。

 

歯折発症馬の予後

 歯折を発症した馬の予後は良いと言われており、海外の文献においても発症馬の多くが本来の用途に使用できていると報告されています。JRA日高育成牧場で発生した10頭においても、すべての馬が競走馬となっており、何らかの機能障害(咀嚼異常など)が発生することもありませんでした。また、発生馬の1頭はJRA重賞勝馬になっており、競走能力についても影響がないと言っても問題ないと思われます。

 予後については良好ではありますが、発生を防ぐための予防も重要であると考えられます。前述のように好奇心旺盛な若馬が物を噛むことが発生要因と考えられるため、馬房内の突起物をなくすことは大事です。特にさく癖を行う馬については、さく癖を予防することも重要であると考えられます。

 

日高育成牧場 調査役 岩本洋平

 

Photo 図1 発生直後の歯折(左第2および第3切歯)

 

Photo_2 図2 JRA日高育成牧場における歯折発生状況

 

Photo_3 図3 歯列異常となった歯折痕

 

 

Photo_4 図4 歯折のワイヤー固定(図1の症例)

2024年9月25日 (水)

当歳馬の近位種子骨々折について

JRA日高育成牧場では、生産馬(JRAホームブレッド)を用いて様々な疾病の調査・研究を行ってきました。離断性骨軟骨症(OCD)や骨軟骨下嚢胞(SBC)などの発育期整形外科疾患(DOD)や喉頭片麻痺(LH:ノド鳴り)などの上気道疾患の発症状況と競走期への影響については、各種講習会を通じて競馬関係者の皆様にご紹介してきたところです。これらの疾病の発症状況を調べる中で、症状を示さない近位種子骨々折が離乳前の当歳馬に高頻度に発生していることが明らかになりました。今回は当歳馬に発生する近位種子骨々折についてご紹介していきたいと思います。

 

当歳馬の近位種子骨々折

 近位種子骨は球節の掌側(後側)に位置する骨であり、繋靭帯や種子骨靭帯と繋がることで球節を支える保定機能の構成要素として重要な役割を担っています。調教を実施する育成期や競走期のサラブレッドでは、球節が地面すれすれまで沈み込むこんだ際に、繋靭帯によって強く引っ張られることによって近位種子骨に大きな力がかかり、骨折を発症することがあります。育成期や競走期の馬に骨折が発生すると、球節の支持機能が損なわれるため、重度の跛行となるだけでなく、場合によっては競走能力を喪失することもあります。

 当歳馬の球節を生後直後から定期的にレントゲンを用いて検査したところ、生後1~3ヶ月齢の時期に近位種子骨々折が発生していました。しかしながら、これらの骨折は先ほど述べた育成期や競走期の馬に発生するものとは異なり、跛行などの症状を示さず定期検査によって偶然発見されたものでした。そのため、これらの当歳馬たちに対しては特に治療や休養を行わなくても、概ね1ヶ月程度で骨折線が消失して治癒することを確認しています(図1)。当歳馬において生後1~3ヶ月齢に多く発生しているのは、広い放牧地に放牧されて、母馬と一緒に放牧地を駈け回る時期であることと関係していると考えられます。また、跛行などの症状を示さない点については、当歳馬の体重が軽いため、骨折を発症しても球節の機能に大きな影響を与えないためであると思われます。

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図1 当歳馬に発生する種子骨々折

 

 それでは、当歳馬における近位種子骨々折はどの程度の頻度で発生しているのでしょうか。2014~2020年に生まれたJRAホームブレッド54頭(牡:25頭、牝:29頭)に対して調査を行ったところ、生後1~3ヶ月齢の間に四肢の中で1か所でも近位種子骨々折を発症していたのは25頭(46.3%)でした。性別ごとの発症率を比較したところ、牡(60%)は牝(34.5%)に比べて発症率が高いことが明らかになりました(図2)。この結果は、牡の方が活発に放牧地を駈け回っていることを示しているのかもしれません。このように、当歳馬においては症状を示さない近位種子骨々折が高頻度で発生していることがお分かりいただけたと思います。

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図2 性別ごとの近位種子骨々折の発症率

 

競走期への影響

 これまでご紹介してきたように、放牧を開始した当歳馬には近位種子骨々折が発生していますが、これらの骨折は競走期に何らかの影響を与えるのでしょうか。先ほど調査したJRAホームブレッドを対象に、競馬への出走率を比較したところ、当歳時に近位種子骨々折を発症した群(80%)と発症していない群(82.8%)との間に大きな出走率の違いは認められませんでした(図3)。また、競走期の出走回数や獲得賞金についても比較を行いましたが、これらについても大きな差は認められませんでした。これらの結果から、当歳馬に発生する症状を示さない近位種子骨々折は、競走期に大きな影響を与えることはないと言えそうです。

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図3 近位種子骨々折の有無による出走率

 

近位種子骨々折の予防

 当歳期の近位種子骨々折は競走期への影響は大きくないことを示しましたが、発症しないのであればそれに越したことはありません。骨折を予防するためにはどのようなことを実施する必要があるのでしょうか。骨折を発症する要因の1つとして、広い放牧地を駈け回ることが考えられます。特に、母馬が広い放牧地に放たれて全速力で走り回った際に、子馬が必死に付いていくことによって種子骨に大きな力がかかることで骨折が発症していると思われます。実際に、初めて広い放牧地に放す際に母馬に鎮静処置を実施した年は、当歳馬の近位種子骨々折の発症率が低い結果となりました(図4)。この結果から、当歳馬の近位種子骨々折を防ぐためには、放牧地を走り回らない対策を講じることが重要であると思われます。しかしながら、生産牧場においては、母馬に気軽に鎮静処置を実施することは難しいと考えられます。そこで、広い放牧地を使う際には段階的に広い放牧地に移していくことや同じ管理をしてきた母馬同士を一緒に広い放牧地に移すといった対策を実施するのが良いと考えられます。

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図4 年ごとの近位種子骨々折の発症率

2021年12月24日 (金)

機能水の使用方法について

機能水とは

 日本機能水学会は機能水を次のように定義しています。「人為的な処理によって再現性のある有用な機能を付与された水溶液の中で、処理と機能に関して科学的根拠が明らかにされたもの、及び明らかにされようとしているもの」。難しいことを言っていますが、実際に現場でよく使用されているものとしては、皮膚炎に対する予防や治療を目的とするオゾン水や微酸性次亜塩素酸水(ビージア水)等があります。今回はこれら2つの機能水の使用方法および注意点について説明していきたいと思います。

オゾン水とは

 オゾンが水に溶けたものをオゾン水と呼びます。オゾンは酸素から作られますが、数秒から数分で酸素に戻るため、有害な残留物を残さず安全に使えます。オゾンの殺菌・消臭効果については、オゾンが化学的に不安定な物質であるため、安定した酸素に戻る際の酸化作用により発揮され、一般的な細菌・真菌・ウイルスに効果があるとされています。

オゾン水の使用方法および注意点

 オゾン水は馬体洗浄後に直接馬体にかけるのが理想です。そして菌やウイルスを死滅させるには90秒程度の接触が必要とされています。

 注意点としては、オゾン水を容器に汲んでから使用する場合や、タオルに浸して使用する場合は、それらが汚れていると殺菌効果が損なわれてしまいます。またオゾン水中のオゾン濃度は生成10分後には半減(1時間後には6分の1)してしまい効果が低くなるため、容器への保存は避けるべきです。特に冬季では温かい水で使用したくなりますが、温度が上がるにつれオゾン濃度は低くなるので、冷水のまま使用した方が効果は高いです。

微酸性次亜塩素酸水(ビージア水)とは

 ビージア水は次亜塩素酸ナトリウムと希塩酸を反応させ、pH5~6.5(微酸性)に調整したものです。人肌も微酸性で、ビージア水がこれに近いことから肌や粘膜への刺激が少なく殺菌や消臭の効果があります。

 ビージア水は次亜塩素酸の酸化力によって殺菌・消臭効果があります。次亜塩素酸という物質は化学的に不安定な物質であるため、別の物質と結合して安定しようとします。この際に菌と接触すると菌の構成する物質と反応して、殺菌作用を発揮します。 

ビージア水の使用方法および注意点

 オゾン水同様、馬体洗浄後に直接馬体にかけるのが理想で、汚れた容器やタオルを使用すると馬体にかけるまでに効果が失われます。ビージア水は30秒程度の接触で殺菌効果があり、温水での使用も可能です。また、容器での保管も可能ですが効果が損なわれないようには、冷暗所での保管が推奨されます。

 機器の設定によっては高濃度で生成することもできます。容器への保存やお湯で薄めて使う場合など便利ですが、そのまま使用してしまうと逆に皮膚に炎症を起こすことがありますので、適切な濃度でご使用ください。

まとめ

 馬体や容器・タオルなどが汚れていることで、機能水の効果が十分に発揮されなくなるので、効果が感じられない際は使用方法を見直してみてください。また、重度の皮膚炎や化膿している場合は抗生物質や抗真菌剤の投与などの治療が必要になってくるので、その際はお早めに獣医師へご相談ください。

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JRAで使用しているオゾン水生成機BT-01H       

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JRAで使用しているビージア水生成機BJS-720

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管部の皮膚炎に対してオゾン水を流している様子。短時間で終わらないことが重要

日高育成牧場 業務課 久米紘一

2021年8月31日 (火)

喉の病気と内視鏡検査

競走馬の喉の病気

 競走馬の喉の病気の中には、喉の披裂軟骨の一方(主に左側)が十分に開かない【喉頭片麻痺(LH)】や、強い運動時にヒダや声帯が気道の中心側に倒れてしまう【披裂喉頭蓋ヒダ軸側偏位(ADAF)】、【声帯虚脱(VCC)】などがあります(図1)。原因はさまざまですが、呼吸の際に鼻孔から吸い込んだ空気の通り道が喉で狭くなってしまい、結果的に競走能力を発揮することができないこと(プアパフォーマンス)が問題となります。これまでの競走馬に関する研究により、走行距離が伸びるほど有酸素エネルギーの負担割合が増加すること、また、短距離のレースでさえ走行エネルギーのおよそ70%を有酸素エネルギーに頼っていることが明らかとなっていることから(長距離レースでは86%)、競走馬にとって気道の確保がいかに大切かご理解いただけるかと思います。今回は、そんな喉の病気の検査方法についてご紹介します。

Photo_3図1:喉の疾患の内視鏡像

Photo_4図2:安静時内視鏡検査

診断方法(内視鏡検査)

 基本的には、気道内を観察するためのビデオスコープを馬の鼻孔から挿入し咽喉頭部を観察する安静時内視鏡検査により喉の疾病を診断しています(図2)。「ノドナリ」と呼ばれることもあるLHの診断方法としてご存じの方が多いかと思われます。一方、そのLHの症状がプアパフォーマンスの原因となるほど重症かどうかは、馬に運動負荷をかけないと正確に診断しにくいことや、ADAFおよびVCCなど運動時にのみ症状を表す疾病の存在が注目されるようになったことで、馬をトレッドミル上で走らせながら内視鏡検査を実施する運動時内視鏡検査が盛んに行われるようになりました(図3)。近年では、人が騎乗してより強い運動負荷をかけた状態の喉を観察できるオーバーグラウンド内視鏡(OGE)が開発され(図4)、実際の調教で高速走行中の状態を観察することで、安静時の内視鏡で発見できなかった病気が発見できるようになっています。しかし、どちらの運動時内視鏡検査もトレッドミルやOGEなどの特殊な器材が必要になること(JRAでは、美浦・栗東の両トレセン競走馬診療所、日高育成牧場にトレッドミルとOGEが設置されています)、特にOGEは熟練した獣医師による器材装着が必要となることから、検査を受けるチャンスが限定されているのが現状です。

Photo_5 図3:運動時内視鏡検査(トレッドミル)

Oge

 図4:運動時内視鏡検査(OGE)

詳細情報

 競走馬の様々な喉の病気の症状や治療法、詳しい運動時内視鏡検査の応用方法についてはユーチューブ動画「ホースアカデミー 馬の上気道疾患 ~咽喉頭部の内視鏡検査~」(URL、QRコード参照)にて解説していますので、是非ご視聴ください。今回ご紹介した運動時内視鏡検査が皆様の愛馬の喉の病気を診断する一助としていただければ幸いです。

https://www.youtube.com/watch?v=QQb62hFdRPQ&t=629s

 

日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄泰光

2021年8月26日 (木)

物理療法(レーザー治療)について

はじめに

 物理療法とは物理的なエネルギー(熱や光、電気など)を生体に与えることで疼痛緩和や血行改善など治癒促進を期待する治療法です。基本的には副作用が少ないと言われ、国際的な薬物規制が進む中見直されています。物理療法はさまざまあり電気針・SSPを用いた電気療法、マイクロレーダーを用いた電磁波療法、ウルトラソニックを用いた超音波療法、ショックウェーブ療法、スーパーライザーやレーザー光線を用いた光線療法などがあり簡単に実施できるものがほとんどです。今回はレーザー治療について詳しく説明していきます。

レーザー治療とは

 レーザーを患部に照射するとレーザー光が生体に吸収され発生した温熱作用と光エネルギーが化学反応を起こし発生した光化学作用により、疼痛緩和、炎症軽減、血行改善、創傷治癒促進を得られます。

基本的なプロトコル

 一般的な治療計画は、1週目は48時間毎または毎日照射し、2週目は72時間毎、3週目以降は週に1~2回の照射を実施します。照射量は6~8(深部の場合は8~10)J/cm2で設定すると良いとされ、プローブは皮膚に対し垂直に当てて、皮膚から少し離すか接触させてゆっくり動かしながら照射させます。局所に当て続けると熱傷を引き起こすので注意が必要です。

適応症例

 レーザー治療は腕節炎・球節炎・種子骨炎・骨瘤・ソエなどの骨疾患や、浅屈腱炎・繋靭帯炎に効果があるとされています。症状の程度にもよりますが、骨疾患には2週間程度、腱靭帯炎には1カ月程度照射を続けてください。

 先述のとおり創傷も適応で、肉芽増生や皮膚再生を促進させることができます。感染時の抗生物質投与や壊死組織の除去などを行った上で2週間程度は毎日照射してください。また、レーザーを経穴(ツボ)に当てることで鍼療法と同様の効果が得られるため、特に筋肉痛の際は筋肉全体に照射していくよりは経穴を重点的に当てることでより効果が得られると考えられています。他にも慢性的な蹄葉炎の疼痛管理や静脈炎の治療といった幅広い適応症例が報告されています。

 しかし、レーザー治療等の温熱作用をもつ物理療法は急性期での使用は控えるべきです。受傷直後に照射すると組織が低酸素状態に陥り周囲の正常な細胞までダメージがでてしまうため、冷やすことで周囲の代謝を抑制し2次的損傷を防ぐ必要があります。

使用時の注意点

 とても便利な治療法ですが、注意すべき点があります。一番重要なことは、眼に直接当ててはいけません。失明する恐れがありますので使用者は保護メガネを装着し、保定者や馬の眼にも照射しないよう注意してください。また、妊娠馬の腹部や牡馬の睾丸、若馬の骨端板、メラノーマなど腫瘍が疑われる部位への照射は予期せぬ作用をもたらす可能性があるので注意してください。

最後に

 レーザー治療は特に創傷管理や慢性的な筋骨格疾患のケアには大きな助けとなり、その効果を我々は実感していますので、皆さんもぜひ利用してみてください。

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日高育成牧場で使用しているレーザー装置(CTS-S)

日高育成牧場 業務課 久米 紘一

2021年7月29日 (木)

さく癖について

 馬には好ましくない習慣、いわゆる「悪癖」があります。さく癖、ゆう癖、旋回癖および身食いといった「悪癖」は、一般的に馬の精神状態の悪さを反映している、あるいは馬の健康に悪影響を及ぼすとされて嫌われています。馬が売買されるセリの多くにおいても、これら「悪癖」の有無を開示することが求められており、落札後に開示事項にない「悪癖」が判明した場合には契約解除となる場合もあるなど、重要なものとして捉えられています。しかし、果たしてこれらの悪癖は本当に馬に悪影響を及ぼすものなのでしょうか。本稿では「悪癖」の中で最もポピュラーな「さく癖」について、最新の知見をまとめた海外の記事をベースとして簡単にご紹介することとします。

「さく癖」とは何か?馬はなぜ「さく癖」をするのか?

 「さく癖」とは、馬が壁の出っ張りや柵の縁などに上顎の前歯を引っかけて、「ぐう」という特徴的な音を出しながら空気を飲み込む動作のことを言います(写真1)。馬がさく癖をする原因については諸説ありますが、何らかのストレスが関係しているという説が一般的に言われています。この説では、馬房などの狭い空間に閉じ込められる、あるいは孤立しているような状況に対して馬がストレスを感じ、そのストレスを解消するためにさく癖行動を選択するのだと考えられています。この「ストレス関与説」を検証するため、ストレスの指標とされる血液中のコルチゾール値を測定した研究がされました。この研究によると、さく癖を有する馬はさく癖の前後で血液中のコルチゾール値が低下し、しかもさく癖後に下がったコルチゾール値はさく癖のない馬よりも低くなるらしいのです。しかし、同様にコルチゾールを指標とした実験を行った他の研究チームは、さく癖の有無による差はないと報告していることから、この「ストレス関与説」についてはいまだ議論の余地がありそうです。

  

なぜ「さく癖」は「悪癖」なのか?

 さく癖のデメリットには、疝痛の発症リスク増加、切歯の異常な磨耗(写真2)、胃潰瘍、および体重減少などがあげられます。さく癖を有する馬はない馬に比較して、再発性の疝痛を発症するリスクが12倍も高いとの報告もあります。

 しかしその一方で、さく癖による疝痛発症の仕組みについてはよく分かっていません。恐らく多くの方は、さく癖によって飲み込んだ空気が腸に溜まることで疝痛を発症するというイメージをお持ちかと思いますが、海外の研究によるとさく癖で飲み込んだ空気の大部分は食道の上部で留まり、胃まで到達するのはごく一部であることが分かっています。他にも、そもそも慢性的で軽い疝痛を発症している馬がさく癖行動を見せると考えている専門家もおり、さく癖から疝痛を発症するメカニズムについては明らかにされていないのが現状です。

馬の「さく癖」は止めさせるべきか?

 さく癖予防としては、頸に巻き付ける防止バンドの装着や切歯を引っ掛けそうな場所に予め馬が嫌う薬品を塗っておくなどの方法が一般的に用いられます。しかし、そもそもさく癖行動を妨害するべきかどうかについては、意見が分かれるようです。前段で申し上げた通り、馬はさく癖によってストレスを軽減している可能性があるため、これを妨害することがさらなるストレスの付与に繋がってしまうかもしれません。ある海外の調査では、さく癖を有する馬のさく癖行動に対する欲求は非常に強く、実に一日の15%もの時間をさく癖行動に費やしているというデータが示されています。したがって、さく癖を妨害することがストレスをより増強させ、そのストレスから疝痛を発症してしまう可能性もあり得ないことではないでしょう。我々が考えなくてはいけないことは、物理的にさく癖行動ができないように制限することより、まずはさく癖を行わないで済むような飼養環境の整備やストレスを排除してやることなのかもしれません。

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図1 さく癖を有する馬。柵の縁を噛みながら空気を吸い込みます。

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図2 長年さく癖が治らなかった馬の切歯は異常に磨耗してしまいます。

日高育成牧場 業務課 竹部直矢

2021年7月28日 (水)

後肢跛行診断と治療(膝関節領域)に関する講習会について

 2019年11月27日および28日、静内エクリプスホテルおよび日本軽種馬協会軽種馬生産技術総合研修センターにおいて、カタール国Eqine Veterinary Medical CenterのFlorent David氏とTatiana Vinaedell氏を講師に招き、馬の後肢跛行診断と膝関節領域の超音波検査に関する講習会が開催されました。今回はTatiana氏の後肢跛行に関する講習会の内容の一部をご紹介します。

後肢跛行について

・アプローチ

 馬の後肢跛行を診断するにはまずその馬の履歴を正確に把握する必要があります。履歴とは、年齢、品種、調教の状況、過去の跛行歴等を含みます。また馬を観察する際には厩舎のように馬が慣れている環境で行う必要があります。観察する際には、姿勢、筋肉の緊張、触診への反応、熱感や腫れがある部位はないか等をチェックします。歩様の評価は常歩、速歩、駆歩で実施しますが、特に速歩での評価が重要です。この際、引き手をフリーにして馬をコントロールしながらも自由に走らせることがポイントになります。

・後肢の跛行診断

 歩様検査は診断に不可欠ですがこの際は、跛行の有無だけでなく、患肢は一肢に限局されるのか複数なのか、また跛行の重症度等についてもチェックする必要があります。一般的に、後肢の跛行診断は前肢のそれよりも難しいとされています。また後肢の跛行は「ハミの後ろ側」「後肢の衝突」「後肢の弾み」といった漠然とした用語で表現されることがあるため、関節の曲がり、歩幅、前方への展出、骨盤の回転運動といった明らかな客観的指標を見つけることが正しい跛行診断の第一歩となります。

 以下に獣医師が後肢の跛行診断を行う2通りの方法を紹介します。

〇上下運動の評価:

 これは骨盤の背側正中に大きなボールや目印を設置し、その上下運動を一定時間観察する方法です(図1)。跛行している馬では、骨盤の患肢側における下向きの動きが小さくなる、あるいは患肢から離れる上向きの動きが小さくなるという2つの変化が確認されます。

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図1(骨盤背側正中にボールを設置、Tatiana氏のスライドより引用)

◯骨盤の回転運動の評価:これは、診断者が馬の真後ろに立ち、馬の歩行に伴う寛結節(矢印)の動きについて上下の振幅を左右で比較する方法です(図2)。

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図2(赤丸が寛結節)

おわりに

 本講習会には300人を超える牧場関係者や獣医師が詰めかけ、大きな関心を集めました。後肢跛行の原因は様々ですが、いずれの場合も早期発見と適切な治療が必要となります。本講演会の開催により参加者はこれまで以上に後肢跛行に対する高い意識を持つようになったのではないでしょうか。

JRA日高育成牧場 業務課 診療防疫係  長島 剛史

2021年7月27日 (火)

若馬の種子骨炎と予後

種子骨炎とは

 種子骨とは、関節部を跨ぐ靭帯あるいは腱構造に包まれている骨を指し、馬では球節の掌側(底側)にある近位種子骨、蹄内の遠位種子骨および膝関節の膝蓋骨などが知られています(図1)。この種子骨の役割は、運動時に骨や腱、靭帯にかかる負荷を分散させることですが、大きな負荷が反復してかかると損傷して炎症が起こると言われています。今回は、このうち近位種子骨の炎症(以下、種子骨炎)について解説します。

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1:馬の種子骨

診断・分類方法

 種子骨炎を発症すると、球節部の腫脹や帯熱の他、跛行(支跛)する可能性があり、発症馬は調教を中止し休養する必要があります。診断は主にX線検査で行われており、重症度にもよりますが、種子骨内の血管孔の状態を示す線状陰影の拡幅や増加、辺縁の靭帯付着部の粗造化や変形および骨嚢胞状の陰影が観察されます。これを基に、近位種子骨のX線画像を異常所見の無いものから順にグレード(G)0~3の四段階に分類(図2)することで、種子骨炎の重症度を客観的に評価できます。これらの情報は、JRAブリーズアップセールをはじめ、多くの若馬のセリ市場の上場馬情報として開示されており、購買を検討するうえで重要な情報の一つとなっています。

2:種子骨グレード(G0:異常所見なし、G1:2㎜以上の線状陰影1~2本、G2:線状陰影を3本以上・辺縁不正、G3:線状陰影多数・辺縁不正・骨嚢胞状陰影、%はJRA育成馬に占めた割合)

治療と予後

 局所の炎症やそれに伴う疼痛(跛行)が著しい場合、球節部の冷却や鎮痛消炎剤の投与が推奨されますが、基本となるのは運動制限(休養)です。また、必要とされる休養期間は、重症度により異なります(軽度:3~4週間、重度:3~6か月)。

予後の調査

 JRA日高育成牧場で育成馬を対象に行った調査では、育成馬の売却時の種子骨炎グレードと売却後に発症した疾病や成績との関連性について報告されています。前肢の種子骨グレードと競走成績の関連についての調査は、競走期のデータが不足している2歳馬などを除外した221頭で行い、前肢の種子骨グレードが高い馬はグレードが低い馬に比べて繋靭帯炎を発症するリスクが高いことが明らかになっています。

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グラフ1:種子骨グレードと前肢繋靭帯炎の発症率の関係

 一方、初出走までに要した日数や、2・3歳時の出走回数ならびに総獲得賞金に関する調査(550頭分)(グラフ2~4)では、種子骨グレードは出走回数や能力に殆ど影響していませんでした。また、一度も出走しなかった馬は9頭いましたが、いずれの原因も種子骨炎ではありませんでした。なお、出走回数や獲得賞金のグラフには一見差があるように見えますが、グレード3の中に活躍馬が含まれているためです

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グラフ2:種子骨グレードと初出走までに要した日数の関係

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グラフ3:種子骨グレードと出走回数の関係 

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 グラフ4:種子骨グレードと総獲得賞金の関係

最後に

 種子骨炎の発症を予防する方法は残念ながら報告されていませんが、JRA育成馬では、治療と休養後に調教復帰し、売却後に出走しています。他の疾患同様、早期発見・早期治療が最も重要となりますので、普段から注意深く馬体や歩様を観察することが重要です。また、種子骨炎を発症したことがある馬に対しては、調教を進めるにあたって定期的に検査を実施し、再発や繋靭帯炎などの続発を防ぐため、状態に合わせた調教、その後の患肢冷却および飼養管理を行うことが推奨されます。

日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄泰光

2021年6月11日 (金)

Proximal Suspensory Desmitis(PSD)いわゆる「深管骨瘤」について

はじめに

競走前の後期育成馬においてしばしば認められる「深管骨瘤(通称シンカン)」は、管近位に炎症が起こることで跛行を呈す疾病の総称です。深管『骨瘤』という病名が付いているこの病気ですが、成書ではProximal Suspensory Desmitis(近位繋靭帯炎、以下PSD)と記載されている通り、実際の病態は第3中手骨の繋靭帯付着部における炎症に起因します(図1)。繋靭帯には沈み込んだ球節を引っ張り上げる役割がありますが、その際に靭帯付着部に強いテンションがかかります。PSDはその際に起こる外傷性の捻挫だと考えられており、急旋回や細かい回転運動はそのリスクを高めるものとして知られています。また、重症例ではこの部位が剥離骨折することもあります。

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図1.赤丸内が繋靭帯付着部

診断方法

PSDを発症した場合、跛行は数日から数週間続きます。急性例では熱感や腫脹を伴い、同部に圧痛を認めることもありますが、慢性例では間欠的な跛行を呈すのみで、明らかな臨床所見を伴わない症例も散見されます。PSDは臨床症状だけでは診断することが難しく、確定診断は局所麻酔を用いた跛行診断によって行います。局所麻酔には図2の外側掌側神経麻酔(副手根骨の内側、赤丸)を用い、High-4-point麻酔(掌側中手神経および掌側指神経の麻酔、図2青丸)を併用することもあります。ただし、これらの麻酔は腕節以下全体に対して麻酔効果があるため、確定診断のためには事前に球節以下に診断麻酔(Low-4-point麻酔、図3)を行うなどして、球節以下には異常がないことを確認しておく必要があります(球節以下の麻酔では跛行が改善しないが、腕節以下の麻酔で改善する→跛行の原因が球節~腕節の間にあると推測できる)。

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図2.外側掌側神経およびHigh-4-point麻酔(黄色線が神経走行)

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図3.Low-4-point麻酔部位

リハビリテーション

PSDは、軽症であれば比較的早い調教復帰も可能ですが、調教再開時の再発例も多く認められます。その要因の一つとして、長期間休養させた若馬の騎乗調教を再開する際の、スピードコントロールの困難さが挙げられます。また他の要因としては、トラック調教の前のリハビリテーションとして用いられるラウンドペンでのランジングや騎乗における回転運動が、半径の小さな窮屈な運動とならざるを得ないことが挙げられます。そこで、日高育成牧場ではラウンドペンの代わりにトレッドミルを用いたリハビリテーションを行っています。リハビリテーションにトレッドミルを用いるメリットとして、

・半径の小さな回転運動による繋靭帯への負荷を避けられる

・繋靭帯への負荷が少ない騎乗者なしの状態でもある程度のトレーニング効果が期待できる

などが挙げられます。我々はPSD発症馬に対して疼痛および跛行が完全に消失したことを確認した後、トレッドミルを用いて徐々に負荷をかけるリハビリテーションメニューを作成しています。この方法を選択するようになってから、PSD発症馬のほとんどが1~2週間のトレッドミルでのリハビリテーションを消化した後に、順調に騎乗調教に復帰できるようになりました。PSDは一旦発症してしまうと再発することが多い、特に育成馬にとってやっかいな疾病の1つです。リハビリテーションも重要ですが、まずは強調教後に下肢部をしっかり冷却するなど日常的なケアでPSDの発症を予防することも重要です。

日高育成牧場 業務課 胡田悠作