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2021年6月11日 (金)

Proximal Suspensory Desmitis(PSD)いわゆる「深管骨瘤」について

はじめに

競走前の後期育成馬においてしばしば認められる「深管骨瘤(通称シンカン)」は、管近位に炎症が起こることで跛行を呈す疾病の総称です。深管『骨瘤』という病名が付いているこの病気ですが、成書ではProximal Suspensory Desmitis(近位繋靭帯炎、以下PSD)と記載されている通り、実際の病態は第3中手骨の繋靭帯付着部における炎症に起因します(図1)。繋靭帯には沈み込んだ球節を引っ張り上げる役割がありますが、その際に靭帯付着部に強いテンションがかかります。PSDはその際に起こる外傷性の捻挫だと考えられており、急旋回や細かい回転運動はそのリスクを高めるものとして知られています。また、重症例ではこの部位が剥離骨折することもあります。

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図1.赤丸内が繋靭帯付着部

診断方法

PSDを発症した場合、跛行は数日から数週間続きます。急性例では熱感や腫脹を伴い、同部に圧痛を認めることもありますが、慢性例では間欠的な跛行を呈すのみで、明らかな臨床所見を伴わない症例も散見されます。PSDは臨床症状だけでは診断することが難しく、確定診断は局所麻酔を用いた跛行診断によって行います。局所麻酔には図2の外側掌側神経麻酔(副手根骨の内側、赤丸)を用い、High-4-point麻酔(掌側中手神経および掌側指神経の麻酔、図2青丸)を併用することもあります。ただし、これらの麻酔は腕節以下全体に対して麻酔効果があるため、確定診断のためには事前に球節以下に診断麻酔(Low-4-point麻酔、図3)を行うなどして、球節以下には異常がないことを確認しておく必要があります(球節以下の麻酔では跛行が改善しないが、腕節以下の麻酔で改善する→跛行の原因が球節~腕節の間にあると推測できる)。

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図2.外側掌側神経およびHigh-4-point麻酔(黄色線が神経走行)

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図3.Low-4-point麻酔部位

リハビリテーション

PSDは、軽症であれば比較的早い調教復帰も可能ですが、調教再開時の再発例も多く認められます。その要因の一つとして、長期間休養させた若馬の騎乗調教を再開する際の、スピードコントロールの困難さが挙げられます。また他の要因としては、トラック調教の前のリハビリテーションとして用いられるラウンドペンでのランジングや騎乗における回転運動が、半径の小さな窮屈な運動とならざるを得ないことが挙げられます。そこで、日高育成牧場ではラウンドペンの代わりにトレッドミルを用いたリハビリテーションを行っています。リハビリテーションにトレッドミルを用いるメリットとして、

・半径の小さな回転運動による繋靭帯への負荷を避けられる

・繋靭帯への負荷が少ない騎乗者なしの状態でもある程度のトレーニング効果が期待できる

などが挙げられます。我々はPSD発症馬に対して疼痛および跛行が完全に消失したことを確認した後、トレッドミルを用いて徐々に負荷をかけるリハビリテーションメニューを作成しています。この方法を選択するようになってから、PSD発症馬のほとんどが1~2週間のトレッドミルでのリハビリテーションを消化した後に、順調に騎乗調教に復帰できるようになりました。PSDは一旦発症してしまうと再発することが多い、特に育成馬にとってやっかいな疾病の1つです。リハビリテーションも重要ですが、まずは強調教後に下肢部をしっかり冷却するなど日常的なケアでPSDの発症を予防することも重要です。

日高育成牧場 業務課 胡田悠作

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