感染症 Feed

2026年2月10日 (火)

感染症診断の要となる様々な微生物検査

2025年も前半が終わりましたが、今年は馬の伝染病に関する様々な出来事がありました。帯広競馬場における13年ぶりの馬コロナウイルス感染症の集団発生を皮切りに、1月から2月にかけては馬鼻肺炎の神経型の発生、4月には国内では17年ぶりとなる馬インフルエンザの発生が熊本と北海道で確認され、ばんえい競馬の開催やくまもと国体の馬術競技が中止となりました。これらの伝染病は、防疫対応に当たった関係者の努力によって幸いにも全国的な流行を起こすことなく経過しています。このような伝染病の拡散を防ぐためには、いかに早く病気の原因となる病原体を特定し、病気をうつす可能性のある感染した馬を摘発、隔離することが重要となります。また、子馬のロドコッカス・エクイ感染症、馬ロタウイルス感染症のように日常的に認められ感染症は、早期に診断して適切な治療を行うことが、病気の重症化を防ぎ、回復を早めることに役立ちます。これらの感染症の診断には様々な技術に基づいた微生物検査が使用されています。今回の馬事通信では馬の微生物検査に用いられている3つの検査法の特徴について紹介します。

 

迅速性と手軽さを備えたイムノクロマト法 

イムノクロマト法は、特殊なシート上で起こる毛細管現象と抗原抗体反応を利用した微生物検査法です。ヒトでは簡易診断キットとして2020年にパンデミックを引き起こした新型コロナウイルス感染症や毎年冬になると流行を引き起こす季節性インフルエンザなどの診断に広く用いられています。5〜15分程度の時間で結果が得られるという迅速性と特別な機器を必要せずどこでも検査が行えるという手軽さが特徴です。2007〜8年の馬インフルエンザの流行時には他の動物に先駆けてイムノクロマト法(図1A)よる診断が行われ、流行の終息に大きく貢献しました。その他にも子馬の下痢症の原因としてよく知られるウマロタウイルス感染症(図1B)、致死的な腸炎を引き起こすことのあるクロストリディオイデス・ディフィシル感染症の診断にイムノクロマト法が用いられています。いずれの検査法も馬ではヒト用に開発されたキットを利用しています。

 

高感度と正確さを特徴とした核酸増幅法

核酸増幅法は、すべての生物の設計図である核酸(DNAやRNA)の一部を人工的に増幅する方法です。その原理は1980年代に開発され、1990年代からはヒトや動物の感染症を専門とする機関において用いられてきましたが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって世の中に広く知られるようになりました。核酸増幅法の一種であるリアルタイムPCR法は最もよく使用される方法であり、前述のパンデミックの際には駅前や公園などに臨時のPCR検査センターが設置されたことは皆様の記憶にも新しいことと思います。核酸増幅法を実施するためには特別な機器(図2)を必要としますが、イムノクロマト法にくらべて感度や正確性(専門用語では特異性と言います。)に優れている方法です。馬においても馬鼻肺炎、馬コロナウイルス感染症、ローソニア感染症など様々な感染症の診断に使用されています。

 

現在でも有用な古典的手法である培養法

感染症の診断技術は日々進化し、従来の検査法から新しいものへと置き換わりつつあります。一方、古典的な検査法の一つである培養法は、操作が煩雑で時間がかかったり、知識や経験が必要になったりと欠点も多いですが、現代の微生物検査において必ずしも不要になったわけではありません。培養法の最大の特徴は、“生きた病原体”を得られることにあります。“生きた病原体”は、治療に有用な抗生物質の種類を調べたり(図3)、感染や発症メカニズムの研究やワクチンの開発などにも活用することができます。培養法は、前述の2つの検査法に比べて、迅速性や感度などは劣る場合があるものの、その発展性は培養法のメリットとも言えます。

 

さいごに

今後、感染症の診断技術は、人工知能(AI)などの最新技術を取り込んで更に発展していくものと考えられます。当研究室ではこのような最新技術を生産地で発生する馬の感染症の診断に役立てられるよう研究を続けていきたいと思っています。

日高育成牧場 生産育成研究室 丹羽秀和

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図1. 馬で用いられるイムノクロマト法を応用した診断キット。A:馬インフルエンザ用、B:ウマロタウイルス用

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図2. リアルタイムPCR装置

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図3. 抗生物質の効き目を判断するための試験(薬剤感受性試験)。抗生物質の効き目は、薬を染み込ませた白いディスクの周辺にできる阻止円(菌が発育していないエリア)の大きさで評価します。

2026年1月22日 (木)

当歳馬におけるローソニア感染症の予防について

7月も終わりに近づき、日高地方でも暑い日が続いています。もちろん、本州以南よりも過ごしやすい気候なのですが、夏は暑さに加えてアブが増え、放牧中の馬達を悩ませています。アブを追い払うために尻尾を振りつづけて汗だくになり、体重を減らしてしまう馬もいます。このように、夏季の子馬たちのストレスを軽減することは生産牧場の課題だと感じています。ストレスがかかる生活が続くと、馬の体内でコルチゾールというホルモンの分泌が亢進し、免疫力が低下するため、様々な感染症にかかりやすくなります。本稿では、生産地で問題となる感染症の内の一つ、ローソニア感染症についてご紹介します。

ローソニア感染症は、Lawsonia Intracellularisという細菌が原因となる感染症です。当歳馬で多く発症し、1歳馬でも発症することがあります。特に寒さが増す冬や離乳直後など、子馬にストレスがかかりやすい季節に発症が多いと言われています。この細菌は小腸の細胞に寄生し、異常な細胞増殖を引き起こし、腸粘膜を肥厚させることでタンパク質などの栄養吸収が阻害されます。その結果として現れる主な症状は、下痢、元気消失、体重減少、低タンパク血症などがあり、重篤な症例では死んでしまうこともあります。

この感染症を予防するためには、できるだけストレスをかけない管理をすることはもちろんなのですが、ワクチン接種も行われています。豚用に認可されている生ワクチンが市販されており(写真①)、これを馬にも利用されています。現在、同ワクチンについては製薬会社と関係機関の協力のもと、馬用としての認可を取得できるよう調整が進められているところです。

投与方法は、豚では経口投与が推奨されていますが、馬では経直腸投与の方が効果が得られるようです。日高育成牧場の1歳馬を用いて過去に行った実験によると、経口投与群では10頭中1頭しかワクチンの効果を示す抗体価の上昇が見られなかったのに対し、経直腸投与群では10頭中8頭で明らかな抗体価の上昇が認められました。

写真②のように肛門からチューブを挿入し、一頭あたり30mlのワクチンを注入します。これを1か月間隔で2回行います。日高育成牧場では、例年8月下旬から9月上旬頃に離乳を行うので、その時期に抗体価を高く維持するため、7月上旬と8月上旬の2回投与を行っています。このワクチンを使用し始める以前は、日高育成牧場でも当歳馬や1歳馬での発症が認められましたが、使用以降は1例も発症しておらず、効果を実感しています。

疾病から身を守る免疫力が未熟な子馬にとって、感染すると重篤な症状を呈すことがあるローソニア感染症は、生産地で最も警戒するべき子馬の感染症の一つです。離乳や暑熱・寒冷ストレスなどにさらされざるを得ない子馬たちですが、立派な競走馬になるために逞しく育つよう、ワクチン接種をはじめとした疾病対策を万全にして管理していきましょう。

日高育成牧場 業務課 竹部直矢

Photo 写真①:市販されているローソニア生ワクチンであるベーリンガー・インゼルハイム社製「エンテリゾール®イリアイティス」

Photo_2 写真②:日高育成牧場では例年当歳の7月と8月にこのワクチンの経直腸接種を行います。

2025年10月 2日 (木)

国内における多剤耐性ロドコッカス・エクイの出現

馬産地である日高管内ではあちこちで馬の親子を見かけるようになってきました。このような微笑ましい光景が見られる一方、この時期は生産者の皆様にとって頭を悩ます子馬の感染症であるロドコッカス・エクイ感染症が猛威を振るい始める時期でもあります。

ロドコッカス・エクイ感染症は、主に1〜3ヶ月齢の子馬が感染し、肺炎や腸炎などを引き起こす病気として知られています。馬の飼養環境中の土壌中には病気の原因となるロドコッカス・エクイ(図1)という菌が生息しており、空気中に巻き上げられた菌を子馬が肺の中に吸い込むことによって感染が起こります。ロドコッカス・エクイ感染症は、早く発見し、すぐに抗菌薬による適切な治療が行われれば、ほとんどが問題なく回復する病気です。しかし、米国では2000年ごろから治療の切り札となるアジスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬とリファンピシンの両方に対して抵抗性もった株、すなわち多剤耐性株が増加していることが明らかとなってきました(図2)。Giguèreら(2010)は、米国のある診療施設において多剤耐性株によって感染した子馬の生存率(25.0%)が、耐性を持たない株の生存率(69.6%)と比較して有意に低かったことを報告しました。このことから、多剤耐性株の存在は、ロドコッカス・エクイ感染症の治療の中で最も脅威となる要因として認識されるようになってきています。

この米国における多剤耐性株の増加は、特定のクローン(同じ遺伝的な特徴を持つ株同士の集まり)の増加が原因となっていました。このクローンは、最近まで米国内に限って検出されていましたが、2016年には大西洋を越えてアイルランドに広がり、2022年には太平洋を越えて日本国内でも検出されました。今後、馬の移動とともに世界中の馬産地に拡散してしまうことが大変危惧されています。幸いなことに、現在のところ国内ではこのクローンによる感染の広がりは限定的ですが、ワクチンなどの有効な予防方法が存在しない感染症であることから、米国で起きてしまったような多剤耐性株の増加は防がなければなりません。そのためには、①必要な場合のみ抗菌薬による治療を行う②薬剤感受性試験を行い有効な抗菌薬を使用する③多剤耐性株による感染状況を監視するといった基本的な対策が重要です。現在、日高管内では馬関係団体とJRA競走馬総合研究所が協力し、多剤耐性株の監視を続けています。

 日高育成牧場 生産育成研究室 丹羽 秀和

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2025年1月16日 (木)

下肢部の皮膚炎について

馬を管理する者にとって、冬季は下肢部の皮膚炎に悩まされることが多いのではないでしょうか。ご存じの方も多いですが下肢部皮膚炎は主に繋皸(けいくん)と呼ばれており、重症化すると腫脹や疼痛のため跛行を呈し調教できなくなる場合もあり、適切な処置が必要となってきます。

繋皸は主に四肢の繋~球節の掌側面に生じる疾患で、特に白斑部分に起こりやすいと言われています。原因としては調教後の手入れ不足や手入れ方法の悪さが考えられます。繋皸を発症する機序として、まずは冬季で空気中の湿度低下や手入れ時にジェットヒーター等を使用することで馬体の過度な乾燥が進むと皮膚バリアの脆弱化が起こります。そして調教を行った際、馬場に蹄が沈み込むことで繋や球節の掌側面が路盤や路面へ接触して、脆弱な皮膚に小さな創ができます。その創が炎症を起こし発赤や滲出、痂疲形成などを認めるようになり、そこに皮膚常在菌である黄色ブドウ球菌という細菌が感染し、繋皸が発症します。適切な処置を行わないまま調教を継続していくことで創の治癒が進まず、ストレスによる免疫力の低下等も加わると炎症が拡大し、重症化していきます。

繋皸の原因菌となる黄色ブドウ球菌に対しては、抗菌薬であるセファロチンが非常に有効です。オロナイン軟膏を基材としてセファロチンを約1~2%の濃度で添加した軟膏を我々は日々のケアの際に患部に塗布しています。オロナイン軟膏による適度な保湿と抗菌薬による細菌増殖抑制によって治癒が進むと考えています。また、軟膏を直接患部に塗布するために、患部周囲の毛刈りを行うこともあります。消毒薬としてヒビテン(クロルヘキシジングルコン酸塩)も有効です。使用する濃度は40万倍希釈(バケツ1杯に対して数ml)で十分であり、濃度が高いからといって効果が強く出る訳ではありません。逆に濃度が高いと洗浄が不十分だった場合に消毒薬成分が残り皮膚を刺激してしまう可能性があるので注意が必要です。その他、創周囲の殺菌にはオゾン水による洗浄も非常に有効です。しかし、四肢に汚れ(有機物)が残っていると殺菌効果が極端に低くなってしまうので、まずは汚れをきれいに洗い流した後にオゾン水を使用すべきかと思います。しかし疼痛による跛行を呈するほど重症化してしまった場合には、患部への軟膏塗布だけでは治癒は困難なので、抗生剤の全身投与も合わせて行うこともあります。

 繋皸の発症を予防するために、球節や繋を保護するバンテージやプロテクター等の馬装具の使用、また軽度な症状の早期発見や創への適切な処置が大事だと考えますので、日々の手入れの際によく足元を観察してみてください。

 

 

日高育成牧場 業務課 水上寛健

 
1 写真:繋皸

2 写真:セファロチン添加軟膏

3 写真:オゾン水による手入れの様子

2024年9月25日 (水)

寄生虫対策の現状

馬の管理上、内部寄生虫対策は非常に重要であることは言うまでもありませんが、「決まった駆虫薬を投与する」という方法以外に明確な対処法を実施できていないのが現状です。しかし、その駆虫薬ですら万能ではなく、近年駆虫薬が効かない「駆虫薬耐性虫」の増加が世界的な問題となっており、日本国内でも同様の事例は起こっています。今回は、駆虫薬耐性虫が増加してしまった要因とその対策法について改めてまとめてみたいと思います。

複数の牧場に協力していただいたアンケートによると、ほぼ全ての牧場で何らかの駆虫薬を定期的に投与しているという回答が得られました。では、これで万事解決かと言うとそう簡単ではなく、駆虫薬投与にも関わらず十分な効果が得られていない牧場が散見されています。つまり、駆虫薬の効かない駆虫薬耐性虫がすぐそばにいるかもしれない、ということになります。なぜこのような駆虫薬耐性虫が増えてきたのでしょうか?

いわゆる駆虫薬の効かない、もしくは効きにくい虫というのは一定の割合で出現していると考えられています。多くの場合は突然変異などによって発生した少数派であるため、同種間の生存競争を生き残ることができていませんでした。しかし、駆虫薬によって耐性を持っている虫以外が駆虫されると生き残った駆虫薬耐性虫には増加するチャンスが生まれます。生き残った上でうまく馬の体内に入り込んだ駆虫薬耐性虫がそこで多くの虫卵を産生し、次世代が数を増やして耐性虫群を作ることに成功するとその馬の飼育されている牧場では駆虫薬が効かない、という事態が発生してしまうのです。

また、駆虫薬を投与する時期も重要です。寄生虫には発育や生存に適した条件、適していない条件があり、真夏や真冬などの生存環境の厳しい時期には寄生虫の総数が少なくなっています。その時期に駆虫薬を投与して耐性虫が残ってしまうとその数自体が少なくても群の中での相対的な割合が高くなってしまい、より駆虫薬耐性虫が数を増やして耐性虫群を形成する可能性が強まってしまうことになります。

つまり、闇雲に駆虫薬を投与し続けることは駆虫薬耐性虫を選抜し、増加の手助けをしてしまっているとも言えます(図参照)。

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このような状況は問題視されており、従来の駆虫薬を使用しつつ駆虫薬耐性虫を増やさないための対策が考えられてきています。その最終的な目標は①栄養失調や消化管の閉塞など寄生虫感染によるリスクを最小限にする、②虫卵排出を減少させる、③駆虫薬耐性虫の出現を抑えて駆虫薬の有効性を保つこととされており、駆虫薬耐性虫を全滅させることではありません。なぜなら馬体外に存在している寄生虫を根絶することは不可能かつ少数の寄生で馬に重篤な症状を引き起こすことは稀だからです。①と②については従来の寄生虫対策とほぼ同様で、寄生虫感染の影響の大きい若馬を中心に計画的に駆虫薬を投与して馬体内の寄生虫を減らしつつ、馬糞拾いや拾った馬糞の確実な堆肥化、放牧地のローテーションやハロー掛けといった牧草地の寄生虫にとって生存しにくい環境の維持に努めることが大切です。そして③が近年重要視されています。

駆虫薬耐性虫をできるだけ出現させないためには計画的な駆虫プログラムにおいて「一年の適切な時期に効果的な駆虫薬を投与すること」と、「駆虫薬耐性虫の出現をいち早く検知すること」が大切になります。前者は先ほど述べた通り、駆虫薬投与の時期次第では駆虫薬耐性虫の増加を助けてしまうためです。一方、後者に関しては、これまでの糞便虫卵検査を応用することで可能となります。これまでは感染している寄生虫の種類及び排出される虫卵の量を調べるために実施していましたが、駆虫薬投与前後の虫卵数を調べる「糞便虫卵数減少試験」により虫卵の減少率を調べることで駆虫薬耐性虫の有無が確認できます。

日本においてもすでに駆虫薬耐性虫の存在が確認されています。これからの寄生虫対策には駆虫薬耐性虫を念頭に置いた対策が不可欠であり、その存在を明らかにするためには糞便虫卵検査の有効活用が現状では最も効果的であると考えられています。まだまだ細かい対策法の策定には調査、分析が必要ですが、今後も新たな対策につながる結果が得られましたら報告していきたいと考えています。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 国井博和

2024年1月15日 (月)

ローソニア感染症

馬事通信「強い馬づくり最前線」第316号

はじめに

 夏の暑さも少し落ち着き、今年も子馬の離乳時期を迎えています。今回は離乳時期の子馬に発症しやすいローソニア感染症について概説します。本疾病はLawsonia intracellularis (Li)という細菌による腸管感染症です。腸管粘膜を著しく肥厚させることから、別名「馬増殖性腸症」とも呼ばれています。腸からの栄養の吸収障害による、下痢や栄養不良が主症状であり、短期間で削痩してしまうことが本疾病の大きな問題となっています。日本では2009年に初めて発症が確認され、生産地に広がりましたが、ここ数年の発症頭数は減少傾向にあります(図1)。 

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図1.日高管内におけるローソニア感染症の発生状況

症状、診断

 本疾病の症状は、下痢や急激な体重減少(削痩)、浮腫、疝痛、発熱など様々です(写真1)。確定診断は糞便や血液を用いたPCR検査および抗体価測定検査によって行われますが、現場では子馬の症状、および本疾病の特徴的な血液検査所見である低タンパク血症(TP:5.0 mg/ml 以下)から獣医師が推定診断します。このように低タンパク血症が本疾病の大きな特徴である理由は、Liの感染により腸粘膜の上皮細胞が病的に増殖することに起因して、タンパク質などの栄養を腸から吸収できなくなるためです。その結果、発症馬の体重は著しく減少し、重篤な症例では死亡することもあります。 

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写真1.著しい削痩を呈したローソニア感染症発症馬(1歳7ヵ月齢)

治療

 治療は、抗生物質(テトラサイクリン系、マクロライド系)が効果的です。治療が遅れると回復に長い時間を要し、減少した体重が元に戻るまでに数ヵ月も要するため、早期診断と早期治療が非常に重要です。

 

予防

 本疾病の感染様式は経口感染です。感染馬は糞中にLiを排出し、その糞便で汚染された飼料、水、環境を介して他馬に感染します。糞中へのLi排出期間は非常に長く、半年以上に及ぶこともあります。本疾病は不顕性感染が多い点、ネズミなどの野生小動物も原因菌を媒介している可能性が高い点を考慮すると、パコマやビルコンといった消毒薬だけで厩舎内へのLiの侵入を防ぐことは非常に困難です。そこで現在では、豚用弱毒生ワクチンの投与が効果的な予防策となっています。

 

ワクチン投与

 豚用弱毒生ワクチンは馬のローソニア感染症においても予防効果が報告されており(Pusterla N et al. 2012)、国内の馬生産現場においても使用されています(写真2)。2019年にはサラブレッド全生産頭数の1/3に当たるおよそ2500頭へ投与がされていると推測されています。一方、本ワクチンは馬では承認されておらず、獣医師が自己責任で使用する適応外使用を余儀なくされているのが現状です。現在、日本軽種馬協会、ワクチンメーカー、JRAなどが一致団結し、馬における本ワクチンの承認に向けて取り組んでいます。 

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写真2.当歳馬への投与の様子(ローソニア感染症ワクチンは直腸から投与)

まとめ

 2009年に国内で初めて確認された馬のローソニア感染症ですが、その発症予防には当歳馬に対するワクチン投与が有効です。また、日々の健康観察を確実に行うことが重要です。病気が発症しやすい秋から冬にかけては体温や飼食い、便の状態などに異常を認めたら、出来るだけ早く獣医師に相談しましょう。

2022年4月29日 (金)

馬鼻肺炎とその予防について

 3月に入り、生産地では繁殖シーズン真っ只中となりました。たくさんの可愛い子馬が生まれ明るい話題の多い季節ですが、流産など周産期のトラブルに気を付けなければならない季節でもあります。流産の原因はさまざまですが、その中でも特に注意しなければならない伝染性の流産の原因として馬鼻肺炎があります。生産地の馬関係者にはよく知られている疾病ですが、本稿ではあらためてその概要と予防方法について確認したいと思います。

馬鼻肺炎はウイルスが原因

 馬鼻肺炎の原因となるウマヘルペスウイルスには、1型と4型の2種類があります。1型ウイルスによる症状は、主に冬季に起きる発熱や鼻水などの呼吸器症状、流産、まれに後躯麻痺などの神経症状があります。4型では主に育成馬などの若馬で、季節に関係なく呼吸器症状を呈します。流産の原因となるのはほとんどが1型ウイルスで、特に妊娠9か月以降に起こるため、経済的な損失が非常に大きくなってしまいます。

 ウイルスは感染馬の鼻汁や流産した場合の胎子に多く含まれ、ウイルスを含んだ飛沫を直接吸引したり、感染源を触った人や器具を介して伝播します。また、このウイルスのやっかいなところは、一度かかった馬の体内からは生涯ウイルスが排除されることがないことです。症状が治まっても潜伏感染をした状態となり、ストレスによって免疫が落ちると体内のウイルスが再活性化しウイルスを排出し始めるため、周りの馬への感染源となる可能性があります。

予防について

 予防には特に以下の3点を重点的に行います。

  1. ワクチンの接種

 ワクチンを接種することで馬鼻肺炎に対する免疫を増強することができます。以前は不活化ワクチンが使用されていましたが、現在では生ワクチンが用いられています。ワクチンを接種しても完全には感染を防ぐことはできませんが、集団内の接種率を高くすることによって、感染拡大を抑えることができます。

  1. 飼養衛生管理の徹底

 流産のリスクを低くするためには、妊娠馬群を他の馬群と離して飼うことが重要です。特に若い育成馬などでは、免疫が弱いため感染すると大量にウイルスが増殖して排出します。このような若馬と妊娠馬を近い環境で飼うことは、感染リスクを高めてしまいます。また、ウイルスが付着した人の手や衣服、道具などを介してウイルスが伝播するので、妊娠馬厩舎に行く前に消毒をしたり、衣服を着替えるなどの対策を徹底することが必要です。なお、消毒槽などに使用する消毒薬は、北海道の厳冬期の気温では効果が薄れてしまうため、室内に設置したり微温湯やヒーターを使うなど温度が下がらない工夫をしましょう。

  1. ストレスをかけない管理

 一度馬鼻肺炎にかかったことがある馬は、馬群や放牧地の変更や輸送などのストレスがかかると体内にいるウイルスが活性化して再びウイルスを排出する可能性があります。特に妊娠後期にはこのようなストレスがかからない管理を心がけましょう。

それでも発生してしまった時は

 流産が発生してしまった場合には速やかに所管の家畜保健衛生所に連絡し指示を仰ぎましょう。流産胎子からウイルスが拡散しないようにビニール袋などに入れたり、周囲や馬房を消毒するなど、まん延防止が何より大切です。また、流産した母馬はウイルスを排出するため、直ちに他の妊娠馬から隔離する必要があります。

 生産地では古くから怖れられてきた馬鼻肺炎による流産。正しく認識し、正しく対策をすることで、未来ある馬たちが元気に誕生できるような春にしたいものです。

日高育成牧場 業務課 竹部直矢

pastedGraphic.png写真1:予防のため生ワクチンを接種し、馬群全体の免疫を高めます。

pastedGraphic_1.png写真2:消毒槽にヒーターを設置するなど温度が下がらないようにしましょう。

2022年2月 3日 (木)

日本ウマ科学会招待講演『根拠に基づくウマの寄生虫コントロール』

 2021年12月のウマ科学会学術集会は、Web上での開催となりました。例年、海外から第一線の専門家を招待して講演会を開催しているのですが、本年は動画配信スタイルとなりました。

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動画配信の様子

  講師は、米国ケンタッキー大学のグラック馬研究所で寄生虫について研究や指導を行っているマーティン・ニールセン博士。日本語訳されている「馬の寄生虫対策ハンドブック」の著者であり、アメリカ馬臨床獣医師協会(AAEP)の「寄生虫対策ガイドライン」の策定においても大きな役割を担っている現代の馬寄生虫対策のパイオニアです。ユーチューブを活用した研究成果の普及にも取り組まれています。今回は、「根拠に基づくウマの寄生虫コントロール」というテーマでの講演でした。以下に内容を抜粋します。

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著書

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YouTubeチャンネルのQRコード

寄生虫コントロール

 現代における寄生虫対策の目標は、寄生虫感染をうまくコントロール(調整)すること、すなわち寄生虫を根絶するのではなく、悪影響を抑えて病気を予防することです。過去、寄生虫の根絶が試みられ積極的な駆虫が世界的に推奨されましたが、薬剤耐性を持つ寄生虫が残るという結果を招いてしまいました。様々な事情により新しい駆虫薬の発見・開発が期待できない現状において、馬が飼養されている環境が薬剤耐性虫で溢れないように、将来を見据えた寄生虫対策が求められています。その際、目標の共通認識を持つことが重要であり、寄生虫の種類ごとに対策目標を定めるべきです。今回の講義では、馬に感染する代表的な4種類の寄生虫(図1)について解説します。

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図1:主な馬の寄生虫

①小円虫対策の目標:排除不可能→感染虫体数を減少

 採食される牧草と一緒に消化管内に入った幼虫が大腸壁内で嚢に包まれた状態で発育する小円虫は、嚢から出る際に腸壁を傷つけるため、重度の感染では大腸全体の出血や炎症の原因になります。重症化リスクは低いものの感染率が高く、耐性虫が確認されているため単純に駆虫薬の投与回数を増やしても完全に排除できないのが問題です。虫卵検査で排出虫卵数の多い馬は、同じ放牧地内の群全体の感染リスクを増大させるので、春および秋に実施する年2回のイベルメクチンに加え、腸壁内の幼虫を殺す作用もある駆虫薬(モキシデクチン)を夏、あるいは夏と晩秋に投与することで飼養環境内全体の感染リスクを減らすことができます(ただし、日本ではモキシデクチンの販売が未認可であるため、獣医師の責任で個人輸入するか代替薬の使用を検討する必要があります)。

②大円虫対策の目標:排除可能

 かつては世界中で蔓延していましたが、駆虫薬が使える国や地域ではほとんど見られなくなりました(駆虫薬が使えない国や地域では蔓延しているので、駆虫を減らすべきではない)。疝痛症状は軽度ですが、腸間膜動脈への寄生による動脈炎に続発する血栓による腸管の壊死や腹膜炎が主な症状で、駆虫薬耐性虫は報告されておらず、今後も感染が多くなる季節の序盤に駆虫をすれば十分に予防できることが証明されています。

③回虫対策の目標:排除不可能→腸閉塞を予防

 ほとんどの馬は悪影響を受けませんが、稀に小腸閉塞を起こします。発症するのは、生後5か月前後の子馬で、ほとんどの馬で疝痛を認める12~24時間前に駆虫薬が投与されていました。駆虫した時点で既に小腸内に大量寄生していた回虫が駆虫薬により麻痺して、筋層が厚く硬い回腸で詰まることが原因となっており、閉塞を取り除くための手術が必要となります。したがって、感染率・排出虫卵数のピークよりも先に駆虫することで、回虫感染による小腸閉塞を予防します(例:1回目の駆虫は生後2~3か月時、2回目の駆虫は生後5か月時)。

④条虫対策の目標:排除不可能→腸で発生する症状を軽減

 葉状条虫の感染はよく見られ、多くは盲腸に寄生しますが、寄生数が少数であれば問題にはなりません。一方、寄生数が多いと回盲部の閉塞や破裂、腸重積を起こす場合もあります。寄生虫の幼虫を媒介するダニのいる放牧地に馬を放す限り感染リスクが無くならないので根絶は難しいですが、駆虫薬(プラジカンテル)が有効で耐性虫の報告も無いので、これまで通り計画的に駆虫するべきです。

さいごに

 最後にニールセン先生は、最近の研究結果から必要最小限の駆虫でも寄生虫対策として十分である可能性が見いだされつつあること、寄生虫の撲滅が困難であることに改めて触れ、「寄生虫は、馬たちを殺すどころか病気にしてしまうことも稀で、馬に寄生虫がいるのは当然。寄生虫がいたとしても幸せに生きている。」との言葉と共に講演を締めくくっていました。

日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄泰光

2021年12月24日 (金)

機能水の使用方法について

機能水とは

 日本機能水学会は機能水を次のように定義しています。「人為的な処理によって再現性のある有用な機能を付与された水溶液の中で、処理と機能に関して科学的根拠が明らかにされたもの、及び明らかにされようとしているもの」。難しいことを言っていますが、実際に現場でよく使用されているものとしては、皮膚炎に対する予防や治療を目的とするオゾン水や微酸性次亜塩素酸水(ビージア水)等があります。今回はこれら2つの機能水の使用方法および注意点について説明していきたいと思います。

オゾン水とは

 オゾンが水に溶けたものをオゾン水と呼びます。オゾンは酸素から作られますが、数秒から数分で酸素に戻るため、有害な残留物を残さず安全に使えます。オゾンの殺菌・消臭効果については、オゾンが化学的に不安定な物質であるため、安定した酸素に戻る際の酸化作用により発揮され、一般的な細菌・真菌・ウイルスに効果があるとされています。

オゾン水の使用方法および注意点

 オゾン水は馬体洗浄後に直接馬体にかけるのが理想です。そして菌やウイルスを死滅させるには90秒程度の接触が必要とされています。

 注意点としては、オゾン水を容器に汲んでから使用する場合や、タオルに浸して使用する場合は、それらが汚れていると殺菌効果が損なわれてしまいます。またオゾン水中のオゾン濃度は生成10分後には半減(1時間後には6分の1)してしまい効果が低くなるため、容器への保存は避けるべきです。特に冬季では温かい水で使用したくなりますが、温度が上がるにつれオゾン濃度は低くなるので、冷水のまま使用した方が効果は高いです。

微酸性次亜塩素酸水(ビージア水)とは

 ビージア水は次亜塩素酸ナトリウムと希塩酸を反応させ、pH5~6.5(微酸性)に調整したものです。人肌も微酸性で、ビージア水がこれに近いことから肌や粘膜への刺激が少なく殺菌や消臭の効果があります。

 ビージア水は次亜塩素酸の酸化力によって殺菌・消臭効果があります。次亜塩素酸という物質は化学的に不安定な物質であるため、別の物質と結合して安定しようとします。この際に菌と接触すると菌の構成する物質と反応して、殺菌作用を発揮します。 

ビージア水の使用方法および注意点

 オゾン水同様、馬体洗浄後に直接馬体にかけるのが理想で、汚れた容器やタオルを使用すると馬体にかけるまでに効果が失われます。ビージア水は30秒程度の接触で殺菌効果があり、温水での使用も可能です。また、容器での保管も可能ですが効果が損なわれないようには、冷暗所での保管が推奨されます。

 機器の設定によっては高濃度で生成することもできます。容器への保存やお湯で薄めて使う場合など便利ですが、そのまま使用してしまうと逆に皮膚に炎症を起こすことがありますので、適切な濃度でご使用ください。

まとめ

 馬体や容器・タオルなどが汚れていることで、機能水の効果が十分に発揮されなくなるので、効果が感じられない際は使用方法を見直してみてください。また、重度の皮膚炎や化膿している場合は抗生物質や抗真菌剤の投与などの治療が必要になってくるので、その際はお早めに獣医師へご相談ください。

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JRAで使用しているオゾン水生成機BT-01H       

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JRAで使用しているビージア水生成機BJS-720

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管部の皮膚炎に対してオゾン水を流している様子。短時間で終わらないことが重要

日高育成牧場 業務課 久米紘一

2021年11月22日 (月)

競走馬の長距離輸送について

 国内における馬の輸送は、周知のとおり主に馬運車というトラックで行われます。競馬開催のためや近隣の種馬場までの輸送なら数時間程度ですが、休養のために本州から北海道の牧場まで輸送するなど、長時間の輸送が必要な場合もあります。このような場合に、馬の健康を害さないように輸送するためにはどのようなことに気を付けるべきなのでしょうか。

輸送後に頻発する発熱(輸送熱)に注意

 輸送に際して最も問題となるのは輸送熱です。輸送熱は輸送のストレスなどが引き金となって起こる発熱で、細菌感染が重症化すると肺炎を起こす極めて注意が必要な疾患です。輸送熱の主な病原菌は、馬の気道に常在している(常にいる)細菌であることが知られており、輸送による疲労やストレスにより馬の免疫機能が低下することで、感染が成立して発症すると考えられています。また、誘因の一つとして、輸送中に排出された糞尿による空気の汚染も挙げられます。馬運車内の空気中に糞尿由来のアンモニアなどが充満すると、普段問題とならない細菌に感染しやすくなってしまうのです。

 過去の調査により、輸送が20時間以上かかると輸送熱の発症率が大幅に上昇することが分かっています。これを予防するために、輸送前の抗生剤投与などが行われ、大きな成果が出ています。一方で、抗生剤の副作用で腸内細菌が悪影響を受ける可能性があり、これが一因と疑われる腸炎の発生も確認されています。

 JRAの育成部門では、毎年北海道の1歳セリで購買した馬をJRA宮崎育成牧場まで、所要時間にしておよそ40時間以上かかる輸送を行っています。この環境を利用し、抗生剤投与以外の方法で、いかに輸送熱を予防するかを目的とした研究を行ってきました。そこから得られた知見をいくつかご紹介いたします。

※現在は中継地点で1泊休憩を入れるスケジュールで輸送しています

車内環境を整える

 馬運車内の空気中の細菌やアンモニアなどの有害物質を除去する目的で、次亜塩素酸水の噴霧を行う実験をしました。次亜塩素酸水は近年の新型コロナウイルス対策で手の消毒などにも用いられている消毒薬です。その結果、次亜塩素酸水を噴霧した馬運車では、空気中のアンモニア濃度と細菌数が減少することがわかりました(写真1)。また、輸送後の鼻腔スワブ(鼻の中の拭い液)にいる細菌の数も噴霧群のほうが少なかったことから、空気をきれいにすることは輸送熱の予防に有効であると考えられました。消毒薬を使用しなかったとしても、馬運車内の換気を十分にし、新鮮な空気に入れ替えることが重要だと思われます。

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 写真1:空気中の細菌数は次亜塩素酸水噴霧群の方が対照群よりも少なくなった

中継地点での休憩は効果あり

 輸送中の馬は、揺れるトラックの荷台に繋がれ、立ったまま過ごします(写真2)。そのため、肉体的な疲労や精神的ストレスにさらされ、非常に過酷な状況であるといえます。そこで、北海道から宮崎までの中間地点で馬を下ろし、馬房内で一晩休ませた時の反応を調べました。ストレスがかかると上昇する指標である、血中コルチゾール濃度を調べたところ、休憩の前後でコルチゾール濃度は明らかに下がり、ストレスが軽減していることがわかりました。また、血中の免疫細胞の数も休憩前後で増加したことから(図1)、輸送熱の原因菌への抵抗力が上がり、感染症にかかりにくくなる効果もあると考えられました。

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写真2:輸送中の馬は立ったまま馬運車に揺られている

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図1:休憩前後で免疫細胞数は増加した

 以上のように、輸送中の車内環境を改善すること、そして馬の疲労やストレスを軽減することは健康な状態で馬を輸送するために重要なことであると言えます。先ほどの例のように、日本を縦断するほどの長時間輸送をする機会は少ないかもしれませんが、長い時間輸送する場合にはできるだけ疾病リスクを下げられるよう心がけましょう。

日高育成牧場 業務課 竹部直矢