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2024年1月15日 (月)

ローソニア感染症

馬事通信「強い馬づくり最前線」第316号

はじめに

 夏の暑さも少し落ち着き、今年も子馬の離乳時期を迎えています。今回は離乳時期の子馬に発症しやすいローソニア感染症について概説します。本疾病はLawsonia intracellularis (Li)という細菌による腸管感染症です。腸管粘膜を著しく肥厚させることから、別名「馬増殖性腸症」とも呼ばれています。腸からの栄養の吸収障害による、下痢や栄養不良が主症状であり、短期間で削痩してしまうことが本疾病の大きな問題となっています。日本では2009年に初めて発症が確認され、生産地に広がりましたが、ここ数年の発症頭数は減少傾向にあります(図1)。 

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図1.日高管内におけるローソニア感染症の発生状況

症状、診断

 本疾病の症状は、下痢や急激な体重減少(削痩)、浮腫、疝痛、発熱など様々です(写真1)。確定診断は糞便や血液を用いたPCR検査および抗体価測定検査によって行われますが、現場では子馬の症状、および本疾病の特徴的な血液検査所見である低タンパク血症(TP:5.0 mg/ml 以下)から獣医師が推定診断します。このように低タンパク血症が本疾病の大きな特徴である理由は、Liの感染により腸粘膜の上皮細胞が病的に増殖することに起因して、タンパク質などの栄養を腸から吸収できなくなるためです。その結果、発症馬の体重は著しく減少し、重篤な症例では死亡することもあります。 

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写真1.著しい削痩を呈したローソニア感染症発症馬(1歳7ヵ月齢)

治療

 治療は、抗生物質(テトラサイクリン系、マクロライド系)が効果的です。治療が遅れると回復に長い時間を要し、減少した体重が元に戻るまでに数ヵ月も要するため、早期診断と早期治療が非常に重要です。

 

予防

 本疾病の感染様式は経口感染です。感染馬は糞中にLiを排出し、その糞便で汚染された飼料、水、環境を介して他馬に感染します。糞中へのLi排出期間は非常に長く、半年以上に及ぶこともあります。本疾病は不顕性感染が多い点、ネズミなどの野生小動物も原因菌を媒介している可能性が高い点を考慮すると、パコマやビルコンといった消毒薬だけで厩舎内へのLiの侵入を防ぐことは非常に困難です。そこで現在では、豚用弱毒生ワクチンの投与が効果的な予防策となっています。

 

ワクチン投与

 豚用弱毒生ワクチンは馬のローソニア感染症においても予防効果が報告されており(Pusterla N et al. 2012)、国内の馬生産現場においても使用されています(写真2)。2019年にはサラブレッド全生産頭数の1/3に当たるおよそ2500頭へ投与がされていると推測されています。一方、本ワクチンは馬では承認されておらず、獣医師が自己責任で使用する適応外使用を余儀なくされているのが現状です。現在、日本軽種馬協会、ワクチンメーカー、JRAなどが一致団結し、馬における本ワクチンの承認に向けて取り組んでいます。 

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写真2.当歳馬への投与の様子(ローソニア感染症ワクチンは直腸から投与)

まとめ

 2009年に国内で初めて確認された馬のローソニア感染症ですが、その発症予防には当歳馬に対するワクチン投与が有効です。また、日々の健康観察を確実に行うことが重要です。病気が発症しやすい秋から冬にかけては体温や飼食い、便の状態などに異常を認めたら、出来るだけ早く獣医師に相談しましょう。

2022年4月29日 (金)

馬鼻肺炎とその予防について

 3月に入り、生産地では繁殖シーズン真っ只中となりました。たくさんの可愛い子馬が生まれ明るい話題の多い季節ですが、流産など周産期のトラブルに気を付けなければならない季節でもあります。流産の原因はさまざまですが、その中でも特に注意しなければならない伝染性の流産の原因として馬鼻肺炎があります。生産地の馬関係者にはよく知られている疾病ですが、本稿ではあらためてその概要と予防方法について確認したいと思います。

馬鼻肺炎はウイルスが原因

 馬鼻肺炎の原因となるウマヘルペスウイルスには、1型と4型の2種類があります。1型ウイルスによる症状は、主に冬季に起きる発熱や鼻水などの呼吸器症状、流産、まれに後躯麻痺などの神経症状があります。4型では主に育成馬などの若馬で、季節に関係なく呼吸器症状を呈します。流産の原因となるのはほとんどが1型ウイルスで、特に妊娠9か月以降に起こるため、経済的な損失が非常に大きくなってしまいます。

 ウイルスは感染馬の鼻汁や流産した場合の胎子に多く含まれ、ウイルスを含んだ飛沫を直接吸引したり、感染源を触った人や器具を介して伝播します。また、このウイルスのやっかいなところは、一度かかった馬の体内からは生涯ウイルスが排除されることがないことです。症状が治まっても潜伏感染をした状態となり、ストレスによって免疫が落ちると体内のウイルスが再活性化しウイルスを排出し始めるため、周りの馬への感染源となる可能性があります。

予防について

 予防には特に以下の3点を重点的に行います。

  1. ワクチンの接種

 ワクチンを接種することで馬鼻肺炎に対する免疫を増強することができます。以前は不活化ワクチンが使用されていましたが、現在では生ワクチンが用いられています。ワクチンを接種しても完全には感染を防ぐことはできませんが、集団内の接種率を高くすることによって、感染拡大を抑えることができます。

  1. 飼養衛生管理の徹底

 流産のリスクを低くするためには、妊娠馬群を他の馬群と離して飼うことが重要です。特に若い育成馬などでは、免疫が弱いため感染すると大量にウイルスが増殖して排出します。このような若馬と妊娠馬を近い環境で飼うことは、感染リスクを高めてしまいます。また、ウイルスが付着した人の手や衣服、道具などを介してウイルスが伝播するので、妊娠馬厩舎に行く前に消毒をしたり、衣服を着替えるなどの対策を徹底することが必要です。なお、消毒槽などに使用する消毒薬は、北海道の厳冬期の気温では効果が薄れてしまうため、室内に設置したり微温湯やヒーターを使うなど温度が下がらない工夫をしましょう。

  1. ストレスをかけない管理

 一度馬鼻肺炎にかかったことがある馬は、馬群や放牧地の変更や輸送などのストレスがかかると体内にいるウイルスが活性化して再びウイルスを排出する可能性があります。特に妊娠後期にはこのようなストレスがかからない管理を心がけましょう。

それでも発生してしまった時は

 流産が発生してしまった場合には速やかに所管の家畜保健衛生所に連絡し指示を仰ぎましょう。流産胎子からウイルスが拡散しないようにビニール袋などに入れたり、周囲や馬房を消毒するなど、まん延防止が何より大切です。また、流産した母馬はウイルスを排出するため、直ちに他の妊娠馬から隔離する必要があります。

 生産地では古くから怖れられてきた馬鼻肺炎による流産。正しく認識し、正しく対策をすることで、未来ある馬たちが元気に誕生できるような春にしたいものです。

日高育成牧場 業務課 竹部直矢

pastedGraphic.png写真1:予防のため生ワクチンを接種し、馬群全体の免疫を高めます。

pastedGraphic_1.png写真2:消毒槽にヒーターを設置するなど温度が下がらないようにしましょう。

2022年2月 3日 (木)

日本ウマ科学会招待講演『根拠に基づくウマの寄生虫コントロール』

 2021年12月のウマ科学会学術集会は、Web上での開催となりました。例年、海外から第一線の専門家を招待して講演会を開催しているのですが、本年は動画配信スタイルとなりました。

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動画配信の様子

  講師は、米国ケンタッキー大学のグラック馬研究所で寄生虫について研究や指導を行っているマーティン・ニールセン博士。日本語訳されている「馬の寄生虫対策ハンドブック」の著者であり、アメリカ馬臨床獣医師協会(AAEP)の「寄生虫対策ガイドライン」の策定においても大きな役割を担っている現代の馬寄生虫対策のパイオニアです。ユーチューブを活用した研究成果の普及にも取り組まれています。今回は、「根拠に基づくウマの寄生虫コントロール」というテーマでの講演でした。以下に内容を抜粋します。

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著書

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YouTubeチャンネルのQRコード

寄生虫コントロール

 現代における寄生虫対策の目標は、寄生虫感染をうまくコントロール(調整)すること、すなわち寄生虫を根絶するのではなく、悪影響を抑えて病気を予防することです。過去、寄生虫の根絶が試みられ積極的な駆虫が世界的に推奨されましたが、薬剤耐性を持つ寄生虫が残るという結果を招いてしまいました。様々な事情により新しい駆虫薬の発見・開発が期待できない現状において、馬が飼養されている環境が薬剤耐性虫で溢れないように、将来を見据えた寄生虫対策が求められています。その際、目標の共通認識を持つことが重要であり、寄生虫の種類ごとに対策目標を定めるべきです。今回の講義では、馬に感染する代表的な4種類の寄生虫(図1)について解説します。

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図1:主な馬の寄生虫

①小円虫対策の目標:排除不可能→感染虫体数を減少

 採食される牧草と一緒に消化管内に入った幼虫が大腸壁内で嚢に包まれた状態で発育する小円虫は、嚢から出る際に腸壁を傷つけるため、重度の感染では大腸全体の出血や炎症の原因になります。重症化リスクは低いものの感染率が高く、耐性虫が確認されているため単純に駆虫薬の投与回数を増やしても完全に排除できないのが問題です。虫卵検査で排出虫卵数の多い馬は、同じ放牧地内の群全体の感染リスクを増大させるので、春および秋に実施する年2回のイベルメクチンに加え、腸壁内の幼虫を殺す作用もある駆虫薬(モキシデクチン)を夏、あるいは夏と晩秋に投与することで飼養環境内全体の感染リスクを減らすことができます(ただし、日本ではモキシデクチンの販売が未認可であるため、獣医師の責任で個人輸入するか代替薬の使用を検討する必要があります)。

②大円虫対策の目標:排除可能

 かつては世界中で蔓延していましたが、駆虫薬が使える国や地域ではほとんど見られなくなりました(駆虫薬が使えない国や地域では蔓延しているので、駆虫を減らすべきではない)。疝痛症状は軽度ですが、腸間膜動脈への寄生による動脈炎に続発する血栓による腸管の壊死や腹膜炎が主な症状で、駆虫薬耐性虫は報告されておらず、今後も感染が多くなる季節の序盤に駆虫をすれば十分に予防できることが証明されています。

③回虫対策の目標:排除不可能→腸閉塞を予防

 ほとんどの馬は悪影響を受けませんが、稀に小腸閉塞を起こします。発症するのは、生後5か月前後の子馬で、ほとんどの馬で疝痛を認める12~24時間前に駆虫薬が投与されていました。駆虫した時点で既に小腸内に大量寄生していた回虫が駆虫薬により麻痺して、筋層が厚く硬い回腸で詰まることが原因となっており、閉塞を取り除くための手術が必要となります。したがって、感染率・排出虫卵数のピークよりも先に駆虫することで、回虫感染による小腸閉塞を予防します(例:1回目の駆虫は生後2~3か月時、2回目の駆虫は生後5か月時)。

④条虫対策の目標:排除不可能→腸で発生する症状を軽減

 葉状条虫の感染はよく見られ、多くは盲腸に寄生しますが、寄生数が少数であれば問題にはなりません。一方、寄生数が多いと回盲部の閉塞や破裂、腸重積を起こす場合もあります。寄生虫の幼虫を媒介するダニのいる放牧地に馬を放す限り感染リスクが無くならないので根絶は難しいですが、駆虫薬(プラジカンテル)が有効で耐性虫の報告も無いので、これまで通り計画的に駆虫するべきです。

さいごに

 最後にニールセン先生は、最近の研究結果から必要最小限の駆虫でも寄生虫対策として十分である可能性が見いだされつつあること、寄生虫の撲滅が困難であることに改めて触れ、「寄生虫は、馬たちを殺すどころか病気にしてしまうことも稀で、馬に寄生虫がいるのは当然。寄生虫がいたとしても幸せに生きている。」との言葉と共に講演を締めくくっていました。

日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄泰光

2021年12月24日 (金)

機能水の使用方法について

機能水とは

 日本機能水学会は機能水を次のように定義しています。「人為的な処理によって再現性のある有用な機能を付与された水溶液の中で、処理と機能に関して科学的根拠が明らかにされたもの、及び明らかにされようとしているもの」。難しいことを言っていますが、実際に現場でよく使用されているものとしては、皮膚炎に対する予防や治療を目的とするオゾン水や微酸性次亜塩素酸水(ビージア水)等があります。今回はこれら2つの機能水の使用方法および注意点について説明していきたいと思います。

オゾン水とは

 オゾンが水に溶けたものをオゾン水と呼びます。オゾンは酸素から作られますが、数秒から数分で酸素に戻るため、有害な残留物を残さず安全に使えます。オゾンの殺菌・消臭効果については、オゾンが化学的に不安定な物質であるため、安定した酸素に戻る際の酸化作用により発揮され、一般的な細菌・真菌・ウイルスに効果があるとされています。

オゾン水の使用方法および注意点

 オゾン水は馬体洗浄後に直接馬体にかけるのが理想です。そして菌やウイルスを死滅させるには90秒程度の接触が必要とされています。

 注意点としては、オゾン水を容器に汲んでから使用する場合や、タオルに浸して使用する場合は、それらが汚れていると殺菌効果が損なわれてしまいます。またオゾン水中のオゾン濃度は生成10分後には半減(1時間後には6分の1)してしまい効果が低くなるため、容器への保存は避けるべきです。特に冬季では温かい水で使用したくなりますが、温度が上がるにつれオゾン濃度は低くなるので、冷水のまま使用した方が効果は高いです。

微酸性次亜塩素酸水(ビージア水)とは

 ビージア水は次亜塩素酸ナトリウムと希塩酸を反応させ、pH5~6.5(微酸性)に調整したものです。人肌も微酸性で、ビージア水がこれに近いことから肌や粘膜への刺激が少なく殺菌や消臭の効果があります。

 ビージア水は次亜塩素酸の酸化力によって殺菌・消臭効果があります。次亜塩素酸という物質は化学的に不安定な物質であるため、別の物質と結合して安定しようとします。この際に菌と接触すると菌の構成する物質と反応して、殺菌作用を発揮します。 

ビージア水の使用方法および注意点

 オゾン水同様、馬体洗浄後に直接馬体にかけるのが理想で、汚れた容器やタオルを使用すると馬体にかけるまでに効果が失われます。ビージア水は30秒程度の接触で殺菌効果があり、温水での使用も可能です。また、容器での保管も可能ですが効果が損なわれないようには、冷暗所での保管が推奨されます。

 機器の設定によっては高濃度で生成することもできます。容器への保存やお湯で薄めて使う場合など便利ですが、そのまま使用してしまうと逆に皮膚に炎症を起こすことがありますので、適切な濃度でご使用ください。

まとめ

 馬体や容器・タオルなどが汚れていることで、機能水の効果が十分に発揮されなくなるので、効果が感じられない際は使用方法を見直してみてください。また、重度の皮膚炎や化膿している場合は抗生物質や抗真菌剤の投与などの治療が必要になってくるので、その際はお早めに獣医師へご相談ください。

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JRAで使用しているオゾン水生成機BT-01H       

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JRAで使用しているビージア水生成機BJS-720