感染症 Feed

2021年11月22日 (月)

競走馬の長距離輸送について

 国内における馬の輸送は、周知のとおり主に馬運車というトラックで行われます。競馬開催のためや近隣の種馬場までの輸送なら数時間程度ですが、休養のために本州から北海道の牧場まで輸送するなど、長時間の輸送が必要な場合もあります。このような場合に、馬の健康を害さないように輸送するためにはどのようなことに気を付けるべきなのでしょうか。

輸送後に頻発する発熱(輸送熱)に注意

 輸送に際して最も問題となるのは輸送熱です。輸送熱は輸送のストレスなどが引き金となって起こる発熱で、細菌感染が重症化すると肺炎を起こす極めて注意が必要な疾患です。輸送熱の主な病原菌は、馬の気道に常在している(常にいる)細菌であることが知られており、輸送による疲労やストレスにより馬の免疫機能が低下することで、感染が成立して発症すると考えられています。また、誘因の一つとして、輸送中に排出された糞尿による空気の汚染も挙げられます。馬運車内の空気中に糞尿由来のアンモニアなどが充満すると、普段問題とならない細菌に感染しやすくなってしまうのです。

 過去の調査により、輸送が20時間以上かかると輸送熱の発症率が大幅に上昇することが分かっています。これを予防するために、輸送前の抗生剤投与などが行われ、大きな成果が出ています。一方で、抗生剤の副作用で腸内細菌が悪影響を受ける可能性があり、これが一因と疑われる腸炎の発生も確認されています。

 JRAの育成部門では、毎年北海道の1歳セリで購買した馬をJRA宮崎育成牧場まで、所要時間にしておよそ40時間以上かかる輸送を行っています。この環境を利用し、抗生剤投与以外の方法で、いかに輸送熱を予防するかを目的とした研究を行ってきました。そこから得られた知見をいくつかご紹介いたします。

※現在は中継地点で1泊休憩を入れるスケジュールで輸送しています

車内環境を整える

 馬運車内の空気中の細菌やアンモニアなどの有害物質を除去する目的で、次亜塩素酸水の噴霧を行う実験をしました。次亜塩素酸水は近年の新型コロナウイルス対策で手の消毒などにも用いられている消毒薬です。その結果、次亜塩素酸水を噴霧した馬運車では、空気中のアンモニア濃度と細菌数が減少することがわかりました(写真1)。また、輸送後の鼻腔スワブ(鼻の中の拭い液)にいる細菌の数も噴霧群のほうが少なかったことから、空気をきれいにすることは輸送熱の予防に有効であると考えられました。消毒薬を使用しなかったとしても、馬運車内の換気を十分にし、新鮮な空気に入れ替えることが重要だと思われます。

pastedGraphic.png

 写真1:空気中の細菌数は次亜塩素酸水噴霧群の方が対照群よりも少なくなった

中継地点での休憩は効果あり

 輸送中の馬は、揺れるトラックの荷台に繋がれ、立ったまま過ごします(写真2)。そのため、肉体的な疲労や精神的ストレスにさらされ、非常に過酷な状況であるといえます。そこで、北海道から宮崎までの中間地点で馬を下ろし、馬房内で一晩休ませた時の反応を調べました。ストレスがかかると上昇する指標である、血中コルチゾール濃度を調べたところ、休憩の前後でコルチゾール濃度は明らかに下がり、ストレスが軽減していることがわかりました。また、血中の免疫細胞の数も休憩前後で増加したことから(図1)、輸送熱の原因菌への抵抗力が上がり、感染症にかかりにくくなる効果もあると考えられました。

pastedGraphic.png

写真2:輸送中の馬は立ったまま馬運車に揺られている

pastedGraphic_2.png

図1:休憩前後で免疫細胞数は増加した

 以上のように、輸送中の車内環境を改善すること、そして馬の疲労やストレスを軽減することは健康な状態で馬を輸送するために重要なことであると言えます。先ほどの例のように、日本を縦断するほどの長時間輸送をする機会は少ないかもしれませんが、長い時間輸送する場合にはできるだけ疾病リスクを下げられるよう心がけましょう。

日高育成牧場 業務課 竹部直矢

2021年9月22日 (水)

当歳馬へのローソニアワクチン投与について

 本年も当歳馬を離乳する時期となりましたが、離乳は子馬にとって非常に大きなストレスのかかる出来事です。生産者のみなさまは、いかに離乳によるストレスを軽減して、子馬を無事に育てていけるかを考えていることかと思います。離乳後の当歳馬に頻発して成長を阻害してしまう病気として、ローソニア感染症をご存じの方も多いと思います。今回は、ローソニア感染症を予防するためのワクチン投与方法について、最近の知見を交えながらご紹介していきたいと思います。

経済的損実を伴う当歳馬のローソニア感染症

 ローソニア感染症は、Lawsonia intracellularisという細菌の感染によって引き起こされる病気です。小腸の粘膜細胞内で増殖して下痢などの腸炎症状を起こすことから、馬増殖性腸症とも呼ばれています。腸管粘膜の細胞が異常に増殖して栄養の吸収に障害が生じることから、短期間で体重が減少して削痩してしまうことが大きな問題となります。下痢が主な症状の一つですが、症状として示さない場合もあり、そのような場合は発見が遅れてしまい、回復までに時間がかかってしまう場合もあります。したがって、本病が最も頻発する離乳後の当歳馬に、元気消沈や体重減少、低たんぱく血症に由来する浮腫(むくみ)などの臨床症状を認めた場合には、すぐさま獣医師に相談して早期発見・早期治療をすることが重要になります。

 発症が認められた場合であっても、テトラサイクリン系やマクロライド系の抗生剤を用いて適切に治療を行えば、予後は良いと言われています。しかしながら、重篤な症例においては、長期間(数週間)の投薬により多大な治療費がかかることがあります。また、治療に成功したとしても、減少した体重が元に戻るまでには数か月を要することもあり、感染した当歳馬が1歳馬になった時点でも影響が残ることが考えられます。アメリカで行われた調査では、同じ種牡馬の産駒をローソニアに感染した馬と感染していない馬に分け、1歳セリでの売却価格を比較したところ、感染した馬の価格が有意に低かったことが報告されています。このように、ローソニア感染症に当歳馬がかかると、多くの点で経済的な損失を被ることになります。

菌の侵入防止が困難

 発症を防ぐためには、原因菌の侵入を防ぐことが求められます。パコマやビルコンといった軽種馬産業で一般的に用いられている消毒薬は有効ですので、発症馬が認められて厩舎を消毒する際には、積極的に使用することが勧められます。しかしながら、発症が認められた場合には、すでに同居馬の多くが症状を示さない状態で感染(不顕性感染)していることが知られており、厩舎内に菌が蔓延しているものと考えられます。保菌している馬は、最大で半年以上も菌を排出することが知られており、さらに排出された菌が糞中で2週間にわたって生存することも知られています。つまり、一度汚染されてしまった厩舎を清浄化するには多大な労力が必要となります。

 Lawsonia intracellularisは豚に感染することが良く知られているほか、ネズミ、ウサギ、シカといった野生動物にも感染することが知られています。最新の遺伝子解析の結果からは、馬に感染する菌は豚に感染する菌とは遺伝的に遠い系統である一方で、野生動物に由来する菌とは近い系統であることが判明しています。そのほか、ローソニア感染症の発生した農場において、捕まえたネズミの70%以上が保菌していたという調査結果もあります。以上のことから、馬のローソニア感染症においては、ネズミや野生動物が原因菌を媒介している可能性が考えられ、厩舎内への菌の侵入を防ぐことは非常に困難であると思われます。

ワクチン投与方法

 原因菌の侵入防止が困難であるローソニア感染症の予防のために、豚用弱毒生ワクチンが開発されており(写真1)、世界各国で使用されています。馬での使用方法は、当歳馬1頭に対して30mlを30日間隔で2回にわたり、経直腸(肛門から)で投与します(写真2)。投与時期は、離乳前に投与することが理想的ですが、寒くなった時期の寒冷ストレスでも発症することが知られていることから、当歳の秋までに投与を完了することが求められます。もしも発症馬が出た場合には、その厩舎全体が菌により汚染されることになりますので、厩舎内にいるすべての当歳馬に投与することが重要です。

 豚でのワクチン投与方法は経口(口から)による方法が承認されており、簡便さを考えると馬でも経口で投与を行いたいところです。しかし、海外での当歳馬を用いた経直腸と経口を比較した投与方法の検討結果によると、経直腸の免疫付与効果の方が高かったことが報告されています。さらに、JRAが1歳馬を用いた投与方法を比較した調査においても、同様に経直腸の免疫付与効果の方が高いという結果が得られています。

終わりに

 2009年に国内で初めて確認された馬のローソニア感染症は、現在でも多くの牧場で感染が続いています。発症馬に対する経済的損失が大きいことや汚染された厩舎を清浄化することが困難なことから、当歳馬に対するワクチン投与は非常に有効な対処法となります。現時点では、市販されているワクチンは馬では承認されていませんが、現在馬での承認を目指して研究が続けられています。今回の記事を参考にしてワクチン投与を行い、ローソニア感染症にかかる当歳馬が1頭でも少なくなることを願っています。

日高育成牧場 業務課 岩本洋平

pastedGraphic.png

写真1 豚用弱毒生ワクチン

pastedGraphic_1.png

写真2 当歳馬への経直腸投与の様子

2021年1月25日 (月)

馬の歯牙疾患に関する講習会について

はじめに

2017年12月、日本軽種馬協会軽種馬生産技術総合研修センターにおいて、American School of Equine DentistryのDr. Raymond Q. Hydeを講師に招き、馬の歯牙疾患に関する講習会が開催されました。今回はその内容の一部をご紹介します。

 

歯周病について

歯周病はウマの歯を失う原因の第1位です。歯周病は歯垢・食渣が蓄積することで、その部分に細菌感染が起こり、歯肉炎や歯周組織へのダメージがある状態です。歯周病のグレードは以下に記述する通り、0~4までの5段階に分類することができます。

ステージ0は健康な状態であり、ステージ1は歯肉炎が起こっている状態です。ステージ2では歯肉の炎症が拡大して歯周靭帯の25%までが消失し、歯が1~3mm程度動揺してしまう状態です。ステージ3になると25~50%の歯周靭帯が消失し、歯の動揺が3mm以上になり、歯周ポケットの形成などが認められます。さらにステージ4では、歯周靭帯の50%以上が消失し、歯周ポケットの拡大と歯根膜の破壊や膿瘍形成が起こっている状態です(写真1・2)。Hyde講師によると、歯の動揺が3mm以上である場合、治療を行っても完全に回復することは期待できないため、抜歯を実施するとのことでした(写真3)。

1_12

写真1 歯周病のステージ分類

赤い点線が歯周靭帯、黄色が歯周ポケットや膿瘍を示している

2_12

写真2 歯周病のステージと歯の動揺の関係

3mm以上の動揺があると、抜歯すべき状態である

3_10

写真3 重度の歯肉炎・歯周病発症馬

ステージ4で、抜歯が必要な状態

 

診察するポイント

まずは口や鼻からの臭いはないか、噛んでいた餌を落とすか等の症状をチェックします。馬の様子や口腔内の状態は、目と指でしっかり確認することが大事です。歯間への食渣は歯周病のサインなので決して見逃さず、周囲の歯が動揺しないかも手で確認します。また、診断にはレントゲン検査も有用であり、気付かなかった歯周の隙間などを見つけることができます。さらに口腔内の見えにくい部分には、内視鏡などを使用して隅々まで観察します。

 

歯周病の治療

 咬合不整(噛み合わせが悪い)の馬は、咀嚼不足や歯周の隙間を作りやすいため、歯周病の原因となる歯垢・食渣が蓄積しやすい状態にあります。歯周病の発症や進行を防ぐため、フローティング(整歯処置)を実施します。また、歯周病と副鼻腔炎は関連があると言われています。上顎臼歯が歯周病により蓄膿している場合、その炎症が上顎洞に波及し歯源性上顎洞炎になることがあります。副鼻腔炎が疑われる場合には、上顎臼歯の歯根部のレントゲン写真も確認することが大事です。

前述の通り、歯周病の多くは歯周に蓄積した食渣などに細菌感染が起こるのが原因です。その細菌感染にはトレポネーマなど主にグラム陰性菌や嫌気性細菌が原因となるため、治療薬としてはメトロニダゾールが有効です。それ以外の抗生剤については、ST合剤(スルファメトキサゾール/トリメトプリム)、テトラサイクリン系(ドキシサイクリンなど)、セファロスポリン、ペニシリン系(アモキシリンなど)を使用します。さらに、歯肉炎のコントロールには希釈した消毒薬のクロルヘキシジンによる歯磨きや口腔内洗浄が非常に有効です。時には飼料や飲み水への添加も実施します。

 ステージ3以上の歯周病の治療では、抜歯を実施します。ほとんどの場合は抜歯後の歯肉は肉芽組織で塞がります。しかし長期間穴が開いている状態の場合には、あえて傷つけることで炎症を起こし肉芽増生を促します。また、食渣が蓄積しないよう、充填剤を使用し隙間を埋めることも合わせて行います。(写真4)

4_6

写真4 抜歯後の充填剤(矢印)

 

おわりに

 馬の歯牙疾患についての本講習会では、非常に多くの獣医師が集まりました(写真5)。これは歯牙疾患や処置について、非常に関心が高いことを表しています。歯の健康は馬体の健康につながるので、日常の管理から飼養者や獣医師が歯の状態を把握し、適切な処置を行っていくことが重要だと、改めて考えるきっかけになりました。

5_2

写真5 内視鏡を用いたフローティング(整歯処置)の解説風景

日高育成牧場業務課(現・馬事部生産育成対策室) 水上寛健

【海外学術情報】 第63回アメリカ馬臨床獣医師学会(AAEP)

はじめ

AAEPは、馬に関する調査研究や臨床教育、最新の医療機器や飼料などの展示も行われる世界で最も大きな学会です。2017年はテキサス州サンアントニオで開催されました(図1)。日本からは、私の他に数名の日高で顔なじみの獣医師達も参加しました。今回は、この学会の中から興味を引いた「子馬のロドコッカス感染症の免疫療法」に関する演題について紹介したいと思います。

1_5

(図1)テキサス州サンアントニオで行われた学会会場内の運河で遊覧する人達

 

ロドコッカス感染症とは

ロドコッカス感染症は、土壌菌であるロドコッカス・エクイ(R. equi)の中で、病原性強毒株の感染によって起こる子馬の疾患です。病原菌のR. equiは、雪解けが進んだ4月下旬頃に土壌中で大増殖します。そのため、丁度その時期に移行免疫が低下する1~3ヵ月齢の子馬に好発することになるのです。罹患した子馬は、まず40℃近い発熱のあと、発咳などの呼吸器症状を示すようになります。診断方法は、気管洗浄液の細菌培養(図2)やPCR検査、胸部のエコー検査やX線検査が主なものとなります。治療は、高価な抗生剤(クラリスロマイシンとリファンピシンの併用)の継続投与となります。発見と治療が遅れ、重度な化膿性肺炎を発症した子馬は、死亡する場合も多く、難治性で経済的損失の大きな疾患といえます。

2_4

(図2)シリコンチューブによるロドコッカス罹患馬の気管洗浄液の回収と選択培地(NANAT培地)による菌分離

 

ロドコッカス菌の特徴

病原菌のR. equiは、好気性・非運動性のグラム陽性球桿菌で、細胞壁の外側に莢膜を持つ細菌です。本菌は、白血球に貪食された後も死滅せず、小胞体内で生存し、増殖することができる細胞内寄生性細菌です。そのため、ワクチン抗体による免疫効果は、あまり期待できないとされ、免疫血清や死菌ワクチンの開発も実用化されていないのが現状でした。

 

新たな免疫療法に関する報告

子馬は、誕生後すぐに母馬の初乳を飲むことで移行免疫を獲得します。子馬の抗体産生能は低く、生後3ヵ月齢ごろまでは、自分で抗体を作ることが出来ません。そのため初乳から移行免疫を獲得することがとても重要です。

ハーバード大学医学部のコレット博士らは、細菌の細胞壁の構成因子であるPNAG(β-1-6-linked polymer of N-acetyl glucosamine)に注目し、これを抗原になり易いように加工し、妊娠繁殖牝馬に分娩6週前と3週前にワクチン接種を行うことで、子馬へ初乳を通したPNAG抗体を移行させることが出来ること、PNAGの移行抗体を獲得した子馬はR. equiに感染しないことを実験的に証明しました(図3)。また、PNAGに対する母馬の高免疫血漿を子馬に輸血することでもR. equiへの感染防御効果があることも実験的に示めされました。これらの報告は、これまでR. equi感染に対して免疫療法が効を奏さないとされていた定説を覆す、画期的なものです。

また、このPNAGはR. equiだけでなく、その他多くの細菌や真菌などの細胞壁の主要な構成要素であるため、様々な感染症への免疫療法に応用できる可能性もあり、今後も注目していきたいと思っています。

3_4

(図3PNAG移行抗体による子馬のロドコッカス感染予防

 分娩6週前および3週前の2回、繁殖牝馬にPNAGをワクチン接種することで、子馬へ初乳を通した移行抗体が期待できる。このPNAGの抗体を得た子馬は、ロドコッカス感染実験による肺膿瘍形成が起こりづらくなることが報告された。

 

最後に

海外の学会に参加することで、最新の様々な情報を得ることができます。一方で、近年は日高発の調査研究や獣医診療技術が紹介される機会も増えて来ています。ちなみに、今回のAAEPでは、イノウエ・ホースクリニックの井上裕二先生とJRA競走馬総合研究所の黒田泰輔先生の2人が日本から発表しました。海外の研究成果や飼養管理技術を学び、応用可能なものを導入していくことと同時に、日高発の研究成果を海外の国際学会の場で積極的に発信していくことも日本の馬産業が世界で同等に関わり続けていく上でとても大切なことと思います。今後も日高育成牧場で行う調査研究へのご理解とご協力を宜しくお願い申し上げます。

 

日高育成牧場生産育成研究室 研究役 佐藤文夫

2021年1月22日 (金)

ローソニア感染症(馬増殖性腸症)について

 今回は2009年に国内で初めて発症馬が確認されて以来、すさまじい速さで生産地に広がっているローソニア感染症の原因・症状・診断と治療・予防対策についてご紹介させていただきます。

原因
 ローソニア感染症は、Lawsonia intracellularis (Li)が腸の粘膜細胞に寄生し、粘膜を著しく肥厚(増殖)させることから、増殖性腸症と呼ばれています。Liに感染した馬の多くは症状を示さない不顕性感染ですが、発症しない場合でも大量の菌が糞中に排出されます。Liは、糞と一緒に排出されてから2週間程度は生き続けます。その間に他の馬が口から菌を摂取してしまうと、新たな感染馬となってしまいます。感染馬が糞中に菌を排出する期間は非常に長く、半年以上に亘ることもあります。症状を全く示さない馬が長く菌を排出し、また発症馬の潜伏期間も2~3週間と長いため、Liの侵入を防ぐのは容易なことではありません。

症状
 ローソニア感染症は、当歳馬の離乳時期や寒さが厳しくなる冬など、ストレスにより免疫力が低下する時期に多く発症します。症状は、下痢や疝痛、発熱など様々ですが、最も特徴的且つ厄介なのは、低タンパク血症です。低タンパク血症は、Liに寄生された腸の粘膜細胞が病的に増殖するため、タンパク質などの栄養を腸で吸収できなくなることにより引き起こされます。食物を摂取しても栄養が吸収できないため発症馬の体重は著しく減少し(図1)、重篤なものでは死亡することもあります。

診断と治療
診断には、低タンパク血症がカギとなります。発熱や下痢、疝痛等の症状がある馬で、血液中のタンパク質量が極端に減少している馬はローソニア感染症が強く疑われます。重篤化してしまったものでは、腹部超音波検査で通常の倍近くまで肥厚した小腸が観察されることもありますが、そこまで症状が進行してしまった場合は治療が長びくことが予想されます。治療は、抗生物質(オキシテトラサイクリンやドキシサイクリン)が効果的ですが、治療が遅れると回復に長い時間を要するため、早期診断と早期治療が非常に重要です。

予防対策
Liは、パコマ(250倍希釈液)や、ビルコン(100倍希釈液)などの消毒薬を使用することで消毒できます。しかし、最近実施された疫学調査では、発症馬と同居していた馬の60%以上、多い所では100%の馬が感染していました。不顕性感染が多いことを考慮すると、発症馬が確認された時には既にLiが畜舎に蔓延している可能性が高いと言えます。そのため、発症馬を一時的に隔離しても効果は期待できません。そこで最近注目されているのは、豚用ワクチン(図2)の投与です。ワクチン30mlを口もしくは肛門から、30日間隔で2回投与します。あくまでも豚用のワクチンではありますが、一定の効果は期待できるようです。しかし、感染が確認されてから慌ててワクチンを投与しても効果はありません。ストレスが増える時期を予測して、予め投与しておく必要があります。
最後に、どんな病気に対しても言えることですが、予防対策は日々の健康観察を確実に行ことが大切です。体温や飼食い、便の状態などに異常を認めたら、できるだけ早く獣医師に相談することをお勧めします。感染してしまうのはある程度仕方がありませんが、早期に発見して適切な治療をすれば、重症化することは少ないようです。一年で最も気温が下がるこれからの時期には特に注意してください。

1 図1:1歳の発症馬。2週間程で体重が100kg減少し、回復に3ヶ月を要した。

2 図2:市販されている豚用ワクチン。

(文責 日高育成牧場 業務課 宮田健二)

ロドコッカス肺炎

 本稿では、昨年改訂された「子馬のロドコッカス感染症(中央畜産会出版)」より主なポイントを抜粋してご紹介いたします。なお同誌は軽種馬防疫協議会のサイトで無料ダウンロードできますので、是非ご一読ください。

発症馬と不顕性感染馬
本感染症の発生時期は毎年4月下旬から9月上旬で30~50日齢の頃に発症、50~70日齢の頃に死亡することが多いようです。諸外国においては、罹患率5~17%・致死率40~80%などと報告されていますが、日高地方においては、罹患率は5%以下、致死率は約8%と推定されています。近年でも毎年20頭前後の子馬が死亡あるいは淘汰されていることが伺えます。また、感染しても(体内に菌が入っても)ほとんど症状を示さない不顕性感染例が多いことも本感染症の大きな特徴です。

菌の感染経路
本感染症の原因菌であるロドコッカス菌は馬の飼育環境中の土壌に生息し、子馬の口や鼻から感染します(経口感染)。肺に入った菌は喉まで押し上げられ、嚥下により消化管を介して多量の菌を含む糞便が排出されます。これによって土壌や厩舎環境が汚染されるため、子馬の糞便は重要な汚染源と言えます。前述の不顕性感染子馬も糞便に多くの菌を排出します。また、厩舎内の空気中からも分離されており、土壌のみならず閉鎖環境における気道感染の可能性も示唆されています。

診断方法
 ロドコッカス菌は一般的な抗生物質が効きづらいため、子馬が肺炎に罹った際にはロドコッカス感染か否かを診断することが重要になります。直接、菌の存在を確かめるためには鼻腔ぬぐい液ではなく、気管洗浄液を採取しなければなりません。ただ、確定診断には時間と手間がかかるため、簡便な診断方法として血液検査による抗体価の測定や胸部エコー検査により間接的に推定することも一般的です。疫学情報も極めて重要な判断材料です。毎年発生するような高度汚染牧場やすでに何頭も発生している場合には、確定診断をするまでもなく、本症を疑った治療が選択されます。近年、JRA総研においてLAMP法を用いた診断法が報告されました。これはわずか1時間程度でロドコッカス遺伝子の有無を直接判定できます。特殊な機器を必要としないため、臨床現場における迅速診断法として期待される検査法です(写真1)。

2_10

治療法

 ロドコッカス感染症の治療は世界的にもマクロライド系抗生物質(日本では主にアジスロマイシン)とリファンピシンの併用がゴールドスタンダードとなっています。ただ、近年海外ではこれらが効かないロドコッカス菌が報告されており、このような耐性菌による感染は予後が悪いと言われています。今のところ日本で耐性菌は確認されていませんが、常に頭の片隅に入れておかなければいけません。

予防法
飼育密度の低減、血漿製剤の投与、胸部エコー検査によるモニタリング、抗生物質の予防的投与など海外ではさまざまな予防管理法が報告されています。残念ながら、飼育密度の低減や日本では市販されていない血漿製剤の投与は現実的ではありません。胸部エコー検査は発熱するよりも早い段階で診断できることもあり有効な検査法ですが、治療を必要としない不顕性感染例まで検出されるため、手間と費用が膨れる可能性があります。抗生物質の予防的投与はコストがかかることに加えて、前述の耐性菌を生み出すリスクがあり推奨できません。ロドコッカス感染症については、昔から数多くの研究が行われているにもかかわらず、未だに有効な対処法がないというのが実情です。成書にも「残念ながら効率的な予防管理法はない」と明記されています。

さいごに
日本における致死率は近年大きく低下しました。これは獣医療の発展というよりも牧場スタッフの意識向上、特に細やかな検温による早期発見によるところが大きいと思われます。牧草作業が始まり、牧場では相変わらず忙しい時期が続くと思われますが、子馬が疾病に罹り易い時期でもありますので、引き続き十分な健康管理を心がけましょう。


日高育成牧場 生産育成研究室・主査 村瀬晴崇

2020年5月13日 (水)

馬運車内環境の改善効果

No.146 (2016年5月1日号)

 

 

 4月26日(火)にJRA中山競馬場でJRAブリーズアップセールが開催され、日高および宮崎育成牧場での騎乗馴致を経て後期育成を終えたJRA育成馬たちは、無事に新しい馬主様に売却されていきました。今後は出走を目指してトレーニング・センターや育成場で調教を積み、各地の競馬場での出走に備えることになります。このように競走馬は生まれてから引退後まで、日本各地を移動し続けることになり、馬運車内にいる時間は少なくありません。そこで、今回は競走馬の「馬運車内環境」について触れ、その中でも我々が昨年研究を行った「馬運車内環境」の改善の試みについてご紹介したいと思います。

 

「輸送熱」の発症要因と予防方法

 みなさんも「輸送熱」という言葉を聞いたことがあると思います。これは輸送(特に20時間以上の長時間輸送)によって発熱する病気の総称です。「輸送熱」の発症要因としては、輸送のストレスによる免疫力(細菌などと戦う力)の低下や長時間輸送による「馬運車内環境」の悪化などが知られており、これらの要因が細菌感染を助長するため、「輸送熱」を発症してしまうと考えられています。以上のことから、「輸送熱」を予防するためには細菌感染を防ぐ手立てを準備しておくことが重要となります。

 近年の「輸送熱」を予防する方法としては、①輸送直前の抗生物質の投与、②輸送前の免疫賦活剤(免疫力を高める薬剤)の投与、③「馬運車内環境」の改善などが行われています。①の抗生物質の投与は、近年では最も一般的な「輸送熱」の予防方法であり、特にマルボフロキサシン製剤の輸送直前投与が実施されるようになってからは、「輸送熱」の発症が大幅に減少しました。しかしながら、抗生物質の投与を行うことで輸送後に腸炎(重篤な下痢)を発症してしまう可能性があることや耐性菌(抗生物質が効かない細菌)が現れてしまう可能性も指摘されていますので、抗生物質の投与以外の効果的な予防方法を確立することも求められています。今回はその中で③の「馬運車内環境」の改善による予防方法ついてご説明いたします。

 

輸送中の「馬運車内環境」は悪化していく

 輸送中の「馬運車内環境」について改めて考えてみますと、競走馬にとっては非常に不快な場所であると考えられます。1頭分の狭いスペースに押し込まれ、その場所に長い場合には20時間以上にわたって立っていなければいけないことを強いられているわけで、これだけでも大きなストレスを受けているはずです(図1)。

 さらに、輸送中には馬運車内に糞尿が増えていくことから、アンモニア等の悪臭の発生や湿度の上昇なども合わせて起こり、時間の経過と共にさらに「馬運車内環境」は不快なものとなっていきます。そして、これらの「馬運車内環境」の悪化が細菌増殖の温床となったり、それぞれの個体の免疫力を低下させたりする要因となっていると考えられます。そこで、「馬運車内環境」を改善することが「輸送熱」の発症予防に繋がるのではないかと考え、研究を行いました。1_8

図1.輸送中の馬の狭い空間で立っているため大きなストレスを受けています。

 

微酸性次亜塩素酸水の空間噴霧による環境改善の試み

 微酸性次亜塩素酸水とは次亜塩素酸ナトリウムという物質を希塩酸で弱酸性(pH6程度)に調整した消毒薬であり、多くの細菌やウイルスを死滅させる効果やアンモニア等の悪臭物質も分解する効果があります。さらにこの消毒薬は、反応後に水へと変化することから、生体への悪影響無く安全に空間噴霧できるという利点があります。以上のことを踏まえ、この微酸性次亜塩素酸水を空間噴霧することによる「馬運車内環境」の改善効果について以下の研究を行いました。

 今回の研究では、北海道から宮崎へ輸送するサラブレット1歳馬11頭を用いて、1台は通常の馬運車(対照群:6頭)で輸送し、もう1台は微酸性次亜塩素酸水を噴霧した馬運車(噴霧群:5頭)で輸送しました。輸送中の馬運車内の細菌数やアンモニア濃度を測定したり、輸送馬の状態を検査したりして噴霧による「馬運車内環境」の改善効果を調べています。輸送中の馬運車内の細菌数は、噴霧群の方が減少するという結果が得られました(図2)。これは噴霧効果によって細菌やウイルスが減少したことに加え、埃などの異物も少なくなっていた結果によるものと考えられます。また、輸送中のアンモニア濃度については、輸送24時間後までは噴霧群の方がアンモニアの濃度が低いという結果が得られました(図3)。これらの結果から、微酸性次亜塩素酸水の噴霧には、「馬運車内環境」を改善させる効果があると考えられ、「輸送熱」の予防に繋がる可能性が示されたと言えます。2_6

図2.輸送中の馬運車内細菌数は対照群に比べ噴霧群の方が少ない。3_6

図3.輸送24時間後までは馬運車内のアンモニア濃度は噴霧群の方が低い。

  

最後に

 様々な予防方法の確立によって「輸送熱」は減少傾向にありますが、完全に発症を予防するには至っておりません。また、これまで確立してきた予防方法の効果が無くなったり、副作用が生じてきてしまったりする可能性も考えられます。そのため、今後も新たな予防方法を確立していくための研究を行っていき、皆様にご紹介していきたいと考えております。一方、実際に競走馬に関わっている皆様にも快適な「馬運車内環境」で輸送を行うという意識を持っていただければと思います。それぞれの馬の状態をしっかりと見極めていただき、少しでも快適な環境で輸送できるようにしていただければ幸いです。

 

 

(宮崎育成牧場 育成係長 岩本 洋平)

2020年5月 8日 (金)

ERVの予防

No.139(2016年1月15日号)

 年が明け、いよいよ繁殖シーズンが迫ってきました。本稿では今一度馬鼻肺炎ウイルス(ERV)による流産について解説いたします。ERVは妊娠後期(妊娠9ヶ月齢以降)に流産を起こすヘルペスウイルスの一種です。現在のところ、馬鼻肺炎に対する特別な治療法はなく、妊娠馬は無症状のまま突然流産することが多いため予防が重要となります。ERVは我々人間の口唇ヘルペスと同じく体内に潜伏し、ストレスなどで免疫が低下した際に発症するというやっかいな特性をもっています。そのため、妊娠馬には馬群の入れ替えや放牧地変更といったストレスを与えないよう注意が必要です。当然、体内に潜伏していたウイルスが再活性化するだけでなく、外部から新たにウイルスに感染することも大きな原因となります。

 

踏み込み消毒槽

ERVには逆性石鹸(パコマやアストップ)、塩素系消毒薬(クレンテやビルコンS)など一般に用いられる市販消毒薬が有効です。冬期の踏み込み消毒槽には、低温でも効果が比較的維持される塩素系消毒薬の使用が推奨されますが、北海道では消毒液が容易に凍結してしまうことが大きな問題となります。凍結防止のため市販のウインドウウォッシャー液で消毒薬を希釈することが、牛の分野ではしばしば推奨されています。この件について、JRA競走馬総合研究所で検証したところ、ビルコンSでは-10℃まで有効でしたが、常温に比べて大きく効果が低下しており、牧場現場の踏み込み槽としては必ずしも推奨できないと考えています。低温下では消毒薬の効果が低下してしまうため、凍結しなければ良いというわけではなさそうです。水槽用のヒーターを用いることが理想ですが、残念ながら踏み込み消毒槽用の製品は市販されておらず、確実な消毒効果を期待するのであればその都度微温湯で消毒液を作成するのがベストです。こまめな微温湯の作成が困難な状況においては、ウインドウウォッシャー液や自作ヒーターを検討してみてはいかがでしょうか。また、消毒薬の効果は薬液を攪拌することで向上しますので、踏込槽に軽く踏み込むだけではなく数回足踏みをするように心がけて下さい。

 

洗剤による消毒効果

 JRA競走馬総合研究所では洗剤の主成分である直鎖アルキルベンゼンスルホン酸(LAS)による消毒効果も検証しています。その結果、通常の使用濃度(台所用洗剤であれば500倍希釈程度)でERVに対する消毒効果があることが分かりました。そのため、こまめに馬具を洗浄や衣服の洗濯も予防に有効であると考えられます。

 

繁殖厩舎専用の長靴と衣服

多くの生産牧場は繁殖牝馬と明け1歳馬を同じスタッフが管理していると思われます。ERVは若馬の呼吸器症状の原因でもあり、手入れや引き馬の際に腕に付着する若馬の鼻汁は感染源として注意する必要があります。日高育成牧場では、この鼻水が妊娠馬に付かないよう、妊娠馬を扱う際にはアームカバーを着けています(写真1)。

1(写真1

牧場によっては繁殖厩舎専用の長靴を用意しています。小規模牧場ではなかなか実施しにくいと思われますが、リスクの高さを考えれば、繁殖厩舎に専用の長靴と上着を用意することは決して大げさではありません。

 

ERV生ワクチン

ERVに対するワクチンは、従来の不活化ワクチンに加え新たに生ワクチンが開発され、平成27年から流通しています。一般に、不活化ワクチンより生ワクチンの方が免疫増強作用が高いとされているため、生産界でもより有効な流産予防として注目されていました。しかし、生ワクチンの効能として現在認められているのは呼吸器疾病の症状軽減のみであり、流産予防としての妊娠馬への使用は禁止されています。一方で、従来からの不活化ワクチンは、流産と呼吸器疾病の予防が効能として認められています(写真2)。ワクチンの効能として記載されていない以上、生ワクチンの流産予防効果を獣医師が担保することはできません。また、生ワクチンは軽種馬防疫協議会による費用補助の適用外となっていることをご承知おきください。

2

(写真2)
 

本コラムではこれまでにも「馬の感染症と消毒薬について(2011年39号)」、「馬鼻肺炎(ERV)の予防(2011年24号)」、「馬鼻肺炎の流産(2015年117号)」と、度々ERVについて触れております。競走馬総合研究所のサイトでバックナンバーをお読みいただけますので是非ご覧下さい。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

2019年11月27日 (水)

馬鼻肺炎の流産

No.117(2015年2月1日号)

 馬鼻肺炎ウイルスによる流産および生後直死は、1頭の子馬の被害に止まらず、複数頭に続発するケースが認められることから、生産牧場にとっては大きな被害を及ぼします。この原因ウイルスである「ウマヘルペスウイルス1型(以下EHV-1)」は、馬に一度感染すると、その体内に一生潜伏します。そして、何らかのタイミングで突然再活性化し、妊娠馬であれば流産を引き起こします。また、再活性化した馬は感染源となり、ウイルスを周囲の馬に拡散します。このことから、EHV-1は、撲滅が極めて困難なウイルスであると言われています。しかし、馬鼻肺炎に関する基礎知識を背景とした適切な飼養管理により、流産発生リスクを減らすことは可能だと考えられます。

 EHV-1とは?

 EHV-1は馬の流産原因の1割弱であることから、流産馬の10頭に1頭がこのウイルスの感染によるものと考えられます。その多くは、妊娠末期9ヶ月以降の流産、生後1~2日齢までの生後直死ですが、発症した母馬には発熱や鼻漏などの感染症状がない場合が多く、流産胎子は汚れや腐敗などがなく新鮮で、見た目が比較的きれいであることが特徴といえます。ただし、生後直死する子馬は、明らかに虚弱で元気がない様子が観察されます。

 これら以外の症状として、発熱や鼻漏、顎の下にあるリンパ節の腫脹などの風邪のような症状や、稀に起立不能や鼻曲がりといった神経症状を認めることがあります。しかし、EHV-1で注意が必要なのは、全く症状がないままウイルスを拡散させる馬がいることです。この場合には、飼養者の注意が行き届かないことが多く、感染拡大に繋がります。

 EHV-1の感染経路

 EHV-1の感染源となるのは「感染馬の鼻汁」および「流産時の羊水・後産・流産胎子」であり、これらに対して直接的および、間接的(人、鼻ねじなどを介して)に接触して馬が感染します(図1)。しかし、最も厄介なのは、馬自身の体内に潜伏しているEHV-1ウイルスの「再活性化」です。一度EHV-1に感染すると、生涯に亘って、その馬の体内(リンパ節や三叉神経節など)に潜伏すると言われており、体力低下、輸送、寒さなどのストレスが引きがねとなって、再活性化がおこります。これにより、潜伏部位から体内にEHV-1が拡散し、子宮内の胎子に到達した場合には流産を引き起こすことになります(図2)。EHV-1が再活性化した馬は、他の馬に対してもウイルスを拡散します。これらの馬からのEHV-1が若馬で初感染した場合、一度感染した経験をもつ馬よりも多くのウイルスを拡散させることが知られています。また、このような若馬はその後EHV-1を潜伏させて、再活性化のリスクを有した馬となります。このようなEHV-1のライフサイクル(図3)を考慮すると、冒頭でも述べたように、根絶が極めて困難なウイルスであることをご理解していただけるかと思います。

1_11 図1.EHV-1の感染経路

2_9 図2.EHV-1の潜伏場所および再活性化

3_9 図3.EHV-1のライフサイクル

EHV-1の予防法

 それでは、このような根絶困難なEHV-1に対して、我々はどのように感染リスクを減らすことができるのでしょうか?

「予防接種」

馬鼻肺炎のワクチン接種は極めて効果的な予防法です。もちろん、上記のようなウイルス特性から推察するに、接種による予防効果はパーフェクトではありませんが、妊娠末期の接種は、必要な予防措置と考えられます。また、妊娠馬のみならず、牧場で管理している他の同居馬(育成馬、空胎馬、乗馬、あて馬など)にも接種することで、牧場全体の馬のEHV-1の免疫を上昇させることは極めて有効です。

「妊娠馬の隔離」

 可能な限り妊娠馬は他の同居馬と隔離して飼養管理することが望ましいといえます。特に感染を経験していない若馬は、感染した場合に多くのウイルスを拡散させるため注意が必要です。このため、これらの馬は妊娠馬の近くでは管理しないこと、若馬を触った後は妊娠馬を触らないようにすること、触った場合の消毒・着替えが推奨されます。また、新たに入きゅうする上がり馬などは、輸送や環境変化のストレスにより再活性化しやすいため、妊娠馬の厩舎に入れることは推奨されません。しかし、やむを得ない場合は3週間程度の隔離を行い、感染徴候がないことを確認してから、同じ厩舎に入れる措置を取ったほうがよいでしょう。

「ストレスの軽減」

 再活性化を引き起こすストレスとしては、長距離輸送、手術、寒冷ストレス、放牧地や馬群の変更、過密放牧、低栄養などがあげられます。通常の飼養管理をするなかで、なるべくストレスを軽減するような管理方法を構築していく必要があるようです。

「消毒」

 妊娠馬の厩舎には踏み込み消毒槽の設置が重要です。消毒液としては、アンテックビルコンSやクレンテなどの塩素系消毒薬、パコマやクリアキルなどの逆性せっけんが有効です。しかし、いずれも低温では効果が低下するため、微温湯での希釈や屋内の温かい場所への設置など、水温低下を防ぐ措置が必要となります。また、消毒薬は、糞尿などの有機物の混入で効果が低下するため、頻繁な交換が推奨されます。また、野外や土間などには消石灰の散布が効果的ですが、塩素系消毒薬と混ざった場合、効果が減弱するため注意が必要です。

 発生時の対応

 それでは、実際にEHV-1による流産が発生した場合には、どのような対応が必要になるのでしょうか?

「消毒」

 馬鼻肺炎の流産の継続発生を防ぐためには、流産胎子や羊水、およびその母馬からの感染拡大防止が重要です。流産によって排出されたEHV-1は冬場の低温環境では2週間経過しても全体の約1/4が生存しますので、流産発生した場合には徹底的な消毒をしなくてはなりません。このため、流産が発生し、馬鼻肺炎が疑われる場合には、すみやかに胎子、寝藁、母馬、馬房を消毒します。この場合には、塩素系消毒剤のように金属腐食性がなく、生体にも比較的安全とされるパコマなどの逆性せっけんの使用が推奨されます。この場合にも微温湯で希釈した消毒液を大量に用いて徹底的に消毒します。

「隔離」

 流産をおこした母馬は、ウイルスの感染源となるので、他の妊娠馬への継続発生を防止するために、牧場内の他の厩舎へ隔離する必要があります。この際、他の馬がいる厩舎に隔離した場合、それらに感染し、牧場全体の被害を拡大させる可能性がありますので、出来るだけ単独隔離が可能な厩舎への移動が推奨されます。

 また、流産発生に備えて、消毒薬やバケツ・じょうろなどの必要品の準備に加えて、事前に母馬の隔離場所などを決めるなどの行動計画を作成し、厩舎スタッフで共有することも重要な感染拡大防止策であるといえます。

 (日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年11月13日 (水)

ローソニア感染症

No.111(2014年10月15日号)

国内での広がり
 もはや生産地の馬関係者でローソニア感染症を知らない人はいないのではないでしょうか。国内では2009年から発症が報告されており、特にここ4,5年の間に生産界に広く発症が認められるようになりました。まだ経験したことがない方にとっては対岸の火事のように思われるかもしれませんが、他人事ではなく身近な疾病という認識をもってお読みいただければ幸いです。

秋から冬の当歳に注意
 ローソニア感染症は当歳馬で離乳や寒冷といったストレスがきっかけとなって発症すると考えられているため、特にこれからの時期に警戒しなければなりません。感染しても発症しない馬もいますが、疫学調査の結果から発症馬のいる馬群ではみるみる感染が広がることが分かっています。
 日高育成牧場で発症した当歳馬は食欲廃絶、下痢を呈し、330kgあった体重が1ヶ月で290kgまで低下してしました(図1)。何頭もの子馬がみるみる削痩する様子を目の当たりにすると本疾病の恐ろしさを痛感します。一般には下痢の病気として知られていますが、発症しても下痢を示さない馬も少なくなく、初診時に感冒と間違われることもあります。微熱を呈したり元気がなかったりした際には、是非本疾病を頭の片隅に置きながら対処して下さい。

1_4 図1 当歳の発症馬。元気消失し、3週間にわたって体重が減少し続けた。

ローソニアの問題点
 原因細菌のローソニアイントラセルラリスは馬の腸粘膜細胞の中に寄生するという特徴をもつため、血液検査や糞便検査での確定診断が難しく、薬が届きにくいという点がやっかいです。また、実験室での細菌培養が難しいことから有効な抗生物質を確かめることができないため、獣医師はさまざまな治療経験を蓄積、共有して対応しています。

育成馬でも発症!
 ローソニア感染症は基本的には当歳馬の疾病ですが、1歳馬や成馬が発症することもあり、育成牧場の関係者にとっても他人事ではありません。当歳馬に比べて発症率は低いものの、発症した際には当歳馬よりも重篤化することが多いようです。当場で重篤化した1歳馬は食欲が廃絶し、2週間もの長期に渡り一日の大半を横臥した状態で過ごし、体重が100kgも落ちてしまいました(図2、3)。幸いその後は順調に調教に復帰できましたが、廃用となる例もありますので注意が必要です。

2_3 図2 1歳の発症馬。食欲は著しく低下し、横臥時間が延長した。

3_4 図3 1歳の発症馬。著しい削痩を呈した。

どこから来たの?
 ローソニア細菌の由来については、昔からブタが原因ではないかと言われていました。しかしながら、最近の国内の研究でウマから分離された細菌遺伝子がブタ由来のものとは異なることから、ブタ由来説は否定的のようです。野生動物が媒介している可能性もありますが、当然我々人間が媒介している可能性もありますので、他所の牧場へお邪魔する際にはそのような点に注意を払う必要があるでしょう。

予防に向けて
 近年、ブタ用ワクチンの有用性についてわが国を含め世界中で調査が行われており、既に有効性を示す結果も報告されています(図4)。しかしながら、使用書には「ブタ以外には投与しないこと」と明記されているとおり、副作用を含む安全性の懸念もあり、現時点ではまだ積極的に推奨できる段階ではありませんのでご注意下さい。

4_2 図4 ブタ用ワクチンの有効性が期待される。

 近年は冬期も昼夜放牧を継続する牧場が増えてきました。昼夜放牧は心身の鍛錬が期待できる一方で、馬の観察が疎かになってしまいます。特に冬期にはその寒冷ストレスによって体力や免疫力が低下すると考えられますので、健康状態の把握がより一層重要となります。言うまでもないことですが、細やかな観察と治療に対する早期判断はローソニア感染症に限らずどの病気についても重要です。感染してしまうのはある程度仕方がないとしても、せめて発見が遅れるということはないようにしたいものです。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査 村瀬晴崇)