感染症 Feed

2020年5月13日 (水)

馬運車内環境の改善効果

No.146 (2016年5月1日号)

 

 

 4月26日(火)にJRA中山競馬場でJRAブリーズアップセールが開催され、日高および宮崎育成牧場での騎乗馴致を経て後期育成を終えたJRA育成馬たちは、無事に新しい馬主様に売却されていきました。今後は出走を目指してトレーニング・センターや育成場で調教を積み、各地の競馬場での出走に備えることになります。このように競走馬は生まれてから引退後まで、日本各地を移動し続けることになり、馬運車内にいる時間は少なくありません。そこで、今回は競走馬の「馬運車内環境」について触れ、その中でも我々が昨年研究を行った「馬運車内環境」の改善の試みについてご紹介したいと思います。

 

「輸送熱」の発症要因と予防方法

 みなさんも「輸送熱」という言葉を聞いたことがあると思います。これは輸送(特に20時間以上の長時間輸送)によって発熱する病気の総称です。「輸送熱」の発症要因としては、輸送のストレスによる免疫力(細菌などと戦う力)の低下や長時間輸送による「馬運車内環境」の悪化などが知られており、これらの要因が細菌感染を助長するため、「輸送熱」を発症してしまうと考えられています。以上のことから、「輸送熱」を予防するためには細菌感染を防ぐ手立てを準備しておくことが重要となります。

 近年の「輸送熱」を予防する方法としては、①輸送直前の抗生物質の投与、②輸送前の免疫賦活剤(免疫力を高める薬剤)の投与、③「馬運車内環境」の改善などが行われています。①の抗生物質の投与は、近年では最も一般的な「輸送熱」の予防方法であり、特にマルボフロキサシン製剤の輸送直前投与が実施されるようになってからは、「輸送熱」の発症が大幅に減少しました。しかしながら、抗生物質の投与を行うことで輸送後に腸炎(重篤な下痢)を発症してしまう可能性があることや耐性菌(抗生物質が効かない細菌)が現れてしまう可能性も指摘されていますので、抗生物質の投与以外の効果的な予防方法を確立することも求められています。今回はその中で③の「馬運車内環境」の改善による予防方法ついてご説明いたします。

 

輸送中の「馬運車内環境」は悪化していく

 輸送中の「馬運車内環境」について改めて考えてみますと、競走馬にとっては非常に不快な場所であると考えられます。1頭分の狭いスペースに押し込まれ、その場所に長い場合には20時間以上にわたって立っていなければいけないことを強いられているわけで、これだけでも大きなストレスを受けているはずです(図1)。

 さらに、輸送中には馬運車内に糞尿が増えていくことから、アンモニア等の悪臭の発生や湿度の上昇なども合わせて起こり、時間の経過と共にさらに「馬運車内環境」は不快なものとなっていきます。そして、これらの「馬運車内環境」の悪化が細菌増殖の温床となったり、それぞれの個体の免疫力を低下させたりする要因となっていると考えられます。そこで、「馬運車内環境」を改善することが「輸送熱」の発症予防に繋がるのではないかと考え、研究を行いました。1_8

図1.輸送中の馬の狭い空間で立っているため大きなストレスを受けています。

 

微酸性次亜塩素酸水の空間噴霧による環境改善の試み

 微酸性次亜塩素酸水とは次亜塩素酸ナトリウムという物質を希塩酸で弱酸性(pH6程度)に調整した消毒薬であり、多くの細菌やウイルスを死滅させる効果やアンモニア等の悪臭物質も分解する効果があります。さらにこの消毒薬は、反応後に水へと変化することから、生体への悪影響無く安全に空間噴霧できるという利点があります。以上のことを踏まえ、この微酸性次亜塩素酸水を空間噴霧することによる「馬運車内環境」の改善効果について以下の研究を行いました。

 今回の研究では、北海道から宮崎へ輸送するサラブレット1歳馬11頭を用いて、1台は通常の馬運車(対照群:6頭)で輸送し、もう1台は微酸性次亜塩素酸水を噴霧した馬運車(噴霧群:5頭)で輸送しました。輸送中の馬運車内の細菌数やアンモニア濃度を測定したり、輸送馬の状態を検査したりして噴霧による「馬運車内環境」の改善効果を調べています。輸送中の馬運車内の細菌数は、噴霧群の方が減少するという結果が得られました(図2)。これは噴霧効果によって細菌やウイルスが減少したことに加え、埃などの異物も少なくなっていた結果によるものと考えられます。また、輸送中のアンモニア濃度については、輸送24時間後までは噴霧群の方がアンモニアの濃度が低いという結果が得られました(図3)。これらの結果から、微酸性次亜塩素酸水の噴霧には、「馬運車内環境」を改善させる効果があると考えられ、「輸送熱」の予防に繋がる可能性が示されたと言えます。2_6

図2.輸送中の馬運車内細菌数は対照群に比べ噴霧群の方が少ない。3_6

図3.輸送24時間後までは馬運車内のアンモニア濃度は噴霧群の方が低い。

  

最後に

 様々な予防方法の確立によって「輸送熱」は減少傾向にありますが、完全に発症を予防するには至っておりません。また、これまで確立してきた予防方法の効果が無くなったり、副作用が生じてきてしまったりする可能性も考えられます。そのため、今後も新たな予防方法を確立していくための研究を行っていき、皆様にご紹介していきたいと考えております。一方、実際に競走馬に関わっている皆様にも快適な「馬運車内環境」で輸送を行うという意識を持っていただければと思います。それぞれの馬の状態をしっかりと見極めていただき、少しでも快適な環境で輸送できるようにしていただければ幸いです。

 

 

(宮崎育成牧場 育成係長 岩本 洋平)

2020年5月 8日 (金)

ERVの予防

No.139(2016年1月15日号)

 年が明け、いよいよ繁殖シーズンが迫ってきました。本稿では今一度馬鼻肺炎ウイルス(ERV)による流産について解説いたします。ERVは妊娠後期(妊娠9ヶ月齢以降)に流産を起こすヘルペスウイルスの一種です。現在のところ、馬鼻肺炎に対する特別な治療法はなく、妊娠馬は無症状のまま突然流産することが多いため予防が重要となります。ERVは我々人間の口唇ヘルペスと同じく体内に潜伏し、ストレスなどで免疫が低下した際に発症するというやっかいな特性をもっています。そのため、妊娠馬には馬群の入れ替えや放牧地変更といったストレスを与えないよう注意が必要です。当然、体内に潜伏していたウイルスが再活性化するだけでなく、外部から新たにウイルスに感染することも大きな原因となります。

 

踏み込み消毒槽

ERVには逆性石鹸(パコマやアストップ)、塩素系消毒薬(クレンテやビルコンS)など一般に用いられる市販消毒薬が有効です。冬期の踏み込み消毒槽には、低温でも効果が比較的維持される塩素系消毒薬の使用が推奨されますが、北海道では消毒液が容易に凍結してしまうことが大きな問題となります。凍結防止のため市販のウインドウウォッシャー液で消毒薬を希釈することが、牛の分野ではしばしば推奨されています。この件について、JRA競走馬総合研究所で検証したところ、ビルコンSでは-10℃まで有効でしたが、常温に比べて大きく効果が低下しており、牧場現場の踏み込み槽としては必ずしも推奨できないと考えています。低温下では消毒薬の効果が低下してしまうため、凍結しなければ良いというわけではなさそうです。水槽用のヒーターを用いることが理想ですが、残念ながら踏み込み消毒槽用の製品は市販されておらず、確実な消毒効果を期待するのであればその都度微温湯で消毒液を作成するのがベストです。こまめな微温湯の作成が困難な状況においては、ウインドウウォッシャー液や自作ヒーターを検討してみてはいかがでしょうか。また、消毒薬の効果は薬液を攪拌することで向上しますので、踏込槽に軽く踏み込むだけではなく数回足踏みをするように心がけて下さい。

 

洗剤による消毒効果

 JRA競走馬総合研究所では洗剤の主成分である直鎖アルキルベンゼンスルホン酸(LAS)による消毒効果も検証しています。その結果、通常の使用濃度(台所用洗剤であれば500倍希釈程度)でERVに対する消毒効果があることが分かりました。そのため、こまめに馬具を洗浄や衣服の洗濯も予防に有効であると考えられます。

 

繁殖厩舎専用の長靴と衣服

多くの生産牧場は繁殖牝馬と明け1歳馬を同じスタッフが管理していると思われます。ERVは若馬の呼吸器症状の原因でもあり、手入れや引き馬の際に腕に付着する若馬の鼻汁は感染源として注意する必要があります。日高育成牧場では、この鼻水が妊娠馬に付かないよう、妊娠馬を扱う際にはアームカバーを着けています(写真1)。

1(写真1

牧場によっては繁殖厩舎専用の長靴を用意しています。小規模牧場ではなかなか実施しにくいと思われますが、リスクの高さを考えれば、繁殖厩舎に専用の長靴と上着を用意することは決して大げさではありません。

 

ERV生ワクチン

ERVに対するワクチンは、従来の不活化ワクチンに加え新たに生ワクチンが開発され、平成27年から流通しています。一般に、不活化ワクチンより生ワクチンの方が免疫増強作用が高いとされているため、生産界でもより有効な流産予防として注目されていました。しかし、生ワクチンの効能として現在認められているのは呼吸器疾病の症状軽減のみであり、流産予防としての妊娠馬への使用は禁止されています。一方で、従来からの不活化ワクチンは、流産と呼吸器疾病の予防が効能として認められています(写真2)。ワクチンの効能として記載されていない以上、生ワクチンの流産予防効果を獣医師が担保することはできません。また、生ワクチンは軽種馬防疫協議会による費用補助の適用外となっていることをご承知おきください。

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(写真2)
 

本コラムではこれまでにも「馬の感染症と消毒薬について(2011年39号)」、「馬鼻肺炎(ERV)の予防(2011年24号)」、「馬鼻肺炎の流産(2015年117号)」と、度々ERVについて触れております。競走馬総合研究所のサイトでバックナンバーをお読みいただけますので是非ご覧下さい。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)

2019年11月27日 (水)

馬鼻肺炎の流産

No.117(2015年2月1日号)

 馬鼻肺炎ウイルスによる流産および生後直死は、1頭の子馬の被害に止まらず、複数頭に続発するケースが認められることから、生産牧場にとっては大きな被害を及ぼします。この原因ウイルスである「ウマヘルペスウイルス1型(以下EHV-1)」は、馬に一度感染すると、その体内に一生潜伏します。そして、何らかのタイミングで突然再活性化し、妊娠馬であれば流産を引き起こします。また、再活性化した馬は感染源となり、ウイルスを周囲の馬に拡散します。このことから、EHV-1は、撲滅が極めて困難なウイルスであると言われています。しかし、馬鼻肺炎に関する基礎知識を背景とした適切な飼養管理により、流産発生リスクを減らすことは可能だと考えられます。

 EHV-1とは?

 EHV-1は馬の流産原因の1割弱であることから、流産馬の10頭に1頭がこのウイルスの感染によるものと考えられます。その多くは、妊娠末期9ヶ月以降の流産、生後1~2日齢までの生後直死ですが、発症した母馬には発熱や鼻漏などの感染症状がない場合が多く、流産胎子は汚れや腐敗などがなく新鮮で、見た目が比較的きれいであることが特徴といえます。ただし、生後直死する子馬は、明らかに虚弱で元気がない様子が観察されます。

 これら以外の症状として、発熱や鼻漏、顎の下にあるリンパ節の腫脹などの風邪のような症状や、稀に起立不能や鼻曲がりといった神経症状を認めることがあります。しかし、EHV-1で注意が必要なのは、全く症状がないままウイルスを拡散させる馬がいることです。この場合には、飼養者の注意が行き届かないことが多く、感染拡大に繋がります。

 EHV-1の感染経路

 EHV-1の感染源となるのは「感染馬の鼻汁」および「流産時の羊水・後産・流産胎子」であり、これらに対して直接的および、間接的(人、鼻ねじなどを介して)に接触して馬が感染します(図1)。しかし、最も厄介なのは、馬自身の体内に潜伏しているEHV-1ウイルスの「再活性化」です。一度EHV-1に感染すると、生涯に亘って、その馬の体内(リンパ節や三叉神経節など)に潜伏すると言われており、体力低下、輸送、寒さなどのストレスが引きがねとなって、再活性化がおこります。これにより、潜伏部位から体内にEHV-1が拡散し、子宮内の胎子に到達した場合には流産を引き起こすことになります(図2)。EHV-1が再活性化した馬は、他の馬に対してもウイルスを拡散します。これらの馬からのEHV-1が若馬で初感染した場合、一度感染した経験をもつ馬よりも多くのウイルスを拡散させることが知られています。また、このような若馬はその後EHV-1を潜伏させて、再活性化のリスクを有した馬となります。このようなEHV-1のライフサイクル(図3)を考慮すると、冒頭でも述べたように、根絶が極めて困難なウイルスであることをご理解していただけるかと思います。

1_11 図1.EHV-1の感染経路

2_9 図2.EHV-1の潜伏場所および再活性化

3_9 図3.EHV-1のライフサイクル

EHV-1の予防法

 それでは、このような根絶困難なEHV-1に対して、我々はどのように感染リスクを減らすことができるのでしょうか?

「予防接種」

馬鼻肺炎のワクチン接種は極めて効果的な予防法です。もちろん、上記のようなウイルス特性から推察するに、接種による予防効果はパーフェクトではありませんが、妊娠末期の接種は、必要な予防措置と考えられます。また、妊娠馬のみならず、牧場で管理している他の同居馬(育成馬、空胎馬、乗馬、あて馬など)にも接種することで、牧場全体の馬のEHV-1の免疫を上昇させることは極めて有効です。

「妊娠馬の隔離」

 可能な限り妊娠馬は他の同居馬と隔離して飼養管理することが望ましいといえます。特に感染を経験していない若馬は、感染した場合に多くのウイルスを拡散させるため注意が必要です。このため、これらの馬は妊娠馬の近くでは管理しないこと、若馬を触った後は妊娠馬を触らないようにすること、触った場合の消毒・着替えが推奨されます。また、新たに入きゅうする上がり馬などは、輸送や環境変化のストレスにより再活性化しやすいため、妊娠馬の厩舎に入れることは推奨されません。しかし、やむを得ない場合は3週間程度の隔離を行い、感染徴候がないことを確認してから、同じ厩舎に入れる措置を取ったほうがよいでしょう。

「ストレスの軽減」

 再活性化を引き起こすストレスとしては、長距離輸送、手術、寒冷ストレス、放牧地や馬群の変更、過密放牧、低栄養などがあげられます。通常の飼養管理をするなかで、なるべくストレスを軽減するような管理方法を構築していく必要があるようです。

「消毒」

 妊娠馬の厩舎には踏み込み消毒槽の設置が重要です。消毒液としては、アンテックビルコンSやクレンテなどの塩素系消毒薬、パコマやクリアキルなどの逆性せっけんが有効です。しかし、いずれも低温では効果が低下するため、微温湯での希釈や屋内の温かい場所への設置など、水温低下を防ぐ措置が必要となります。また、消毒薬は、糞尿などの有機物の混入で効果が低下するため、頻繁な交換が推奨されます。また、野外や土間などには消石灰の散布が効果的ですが、塩素系消毒薬と混ざった場合、効果が減弱するため注意が必要です。

 発生時の対応

 それでは、実際にEHV-1による流産が発生した場合には、どのような対応が必要になるのでしょうか?

「消毒」

 馬鼻肺炎の流産の継続発生を防ぐためには、流産胎子や羊水、およびその母馬からの感染拡大防止が重要です。流産によって排出されたEHV-1は冬場の低温環境では2週間経過しても全体の約1/4が生存しますので、流産発生した場合には徹底的な消毒をしなくてはなりません。このため、流産が発生し、馬鼻肺炎が疑われる場合には、すみやかに胎子、寝藁、母馬、馬房を消毒します。この場合には、塩素系消毒剤のように金属腐食性がなく、生体にも比較的安全とされるパコマなどの逆性せっけんの使用が推奨されます。この場合にも微温湯で希釈した消毒液を大量に用いて徹底的に消毒します。

「隔離」

 流産をおこした母馬は、ウイルスの感染源となるので、他の妊娠馬への継続発生を防止するために、牧場内の他の厩舎へ隔離する必要があります。この際、他の馬がいる厩舎に隔離した場合、それらに感染し、牧場全体の被害を拡大させる可能性がありますので、出来るだけ単独隔離が可能な厩舎への移動が推奨されます。

 また、流産発生に備えて、消毒薬やバケツ・じょうろなどの必要品の準備に加えて、事前に母馬の隔離場所などを決めるなどの行動計画を作成し、厩舎スタッフで共有することも重要な感染拡大防止策であるといえます。

 (日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年11月13日 (水)

ローソニア感染症

No.111(2014年10月15日号)

国内での広がり
 もはや生産地の馬関係者でローソニア感染症を知らない人はいないのではないでしょうか。国内では2009年から発症が報告されており、特にここ4,5年の間に生産界に広く発症が認められるようになりました。まだ経験したことがない方にとっては対岸の火事のように思われるかもしれませんが、他人事ではなく身近な疾病という認識をもってお読みいただければ幸いです。

秋から冬の当歳に注意
 ローソニア感染症は当歳馬で離乳や寒冷といったストレスがきっかけとなって発症すると考えられているため、特にこれからの時期に警戒しなければなりません。感染しても発症しない馬もいますが、疫学調査の結果から発症馬のいる馬群ではみるみる感染が広がることが分かっています。
 日高育成牧場で発症した当歳馬は食欲廃絶、下痢を呈し、330kgあった体重が1ヶ月で290kgまで低下してしました(図1)。何頭もの子馬がみるみる削痩する様子を目の当たりにすると本疾病の恐ろしさを痛感します。一般には下痢の病気として知られていますが、発症しても下痢を示さない馬も少なくなく、初診時に感冒と間違われることもあります。微熱を呈したり元気がなかったりした際には、是非本疾病を頭の片隅に置きながら対処して下さい。

1_4 図1 当歳の発症馬。元気消失し、3週間にわたって体重が減少し続けた。

ローソニアの問題点
 原因細菌のローソニアイントラセルラリスは馬の腸粘膜細胞の中に寄生するという特徴をもつため、血液検査や糞便検査での確定診断が難しく、薬が届きにくいという点がやっかいです。また、実験室での細菌培養が難しいことから有効な抗生物質を確かめることができないため、獣医師はさまざまな治療経験を蓄積、共有して対応しています。

育成馬でも発症!
 ローソニア感染症は基本的には当歳馬の疾病ですが、1歳馬や成馬が発症することもあり、育成牧場の関係者にとっても他人事ではありません。当歳馬に比べて発症率は低いものの、発症した際には当歳馬よりも重篤化することが多いようです。当場で重篤化した1歳馬は食欲が廃絶し、2週間もの長期に渡り一日の大半を横臥した状態で過ごし、体重が100kgも落ちてしまいました(図2、3)。幸いその後は順調に調教に復帰できましたが、廃用となる例もありますので注意が必要です。

2_3 図2 1歳の発症馬。食欲は著しく低下し、横臥時間が延長した。

3_4 図3 1歳の発症馬。著しい削痩を呈した。

どこから来たの?
 ローソニア細菌の由来については、昔からブタが原因ではないかと言われていました。しかしながら、最近の国内の研究でウマから分離された細菌遺伝子がブタ由来のものとは異なることから、ブタ由来説は否定的のようです。野生動物が媒介している可能性もありますが、当然我々人間が媒介している可能性もありますので、他所の牧場へお邪魔する際にはそのような点に注意を払う必要があるでしょう。

予防に向けて
 近年、ブタ用ワクチンの有用性についてわが国を含め世界中で調査が行われており、既に有効性を示す結果も報告されています(図4)。しかしながら、使用書には「ブタ以外には投与しないこと」と明記されているとおり、副作用を含む安全性の懸念もあり、現時点ではまだ積極的に推奨できる段階ではありませんのでご注意下さい。

4_2 図4 ブタ用ワクチンの有効性が期待される。

 近年は冬期も昼夜放牧を継続する牧場が増えてきました。昼夜放牧は心身の鍛錬が期待できる一方で、馬の観察が疎かになってしまいます。特に冬期にはその寒冷ストレスによって体力や免疫力が低下すると考えられますので、健康状態の把握がより一層重要となります。言うまでもないことですが、細やかな観察と治療に対する早期判断はローソニア感染症に限らずどの病気についても重要です。感染してしまうのはある程度仕方がないとしても、せめて発見が遅れるということはないようにしたいものです。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査 村瀬晴崇)

2019年8月 5日 (月)

子馬の感染症予防

No.95(2014年2月15日号)

子馬は感染症にかかりやすい
 生まれたばかりの子馬は、成馬と比較して感染症にかかる可能性が高く、生後30日以内の子馬の8%、すなわち12頭に1頭が何らかの感染症にかかるといわれています。また、出産後10日以内に死亡した子馬のうち4頭に1頭は、感染症によるものといわれています(図1)。

1_4 図1 生後間もない子馬は感染症にかかりやすい

 子馬が感染症にかかりやすい理由は、免疫機能すなわち、体内に侵入してきた病原体に対する防御機能が未発達であるためです。子馬の防御機能において、大きな役割を担っているのは抗体です(図2)。しかし、生まれてきたばかりの子馬が抗体を自らの体内で作る能力は極めて低く、その多くが体内で作られるようになるまでには、早くても生後2ヶ月、種類によっては1歳になるまで待たなくてはなりません。

2_3 図2 抗体の役割

初乳の重要性
 このため、子馬は母馬からの抗体を受け取ることにより、病原体から身を守ります。人間の場合、抗体の受け渡しは、赤ちゃんがお腹の中にいるときに胎盤を通して行われます。しかし、馬の場合、胎盤を通した抗体の受け渡しができないため、母馬は初乳の中に抗体を多く含ませることによって、子馬への受け渡しをしているのです(図3)。つまり、出産直後に初乳を飲ませることは、極めて重要なのです。なお、子馬が腸から抗体を吸収する能力は、出産後に徐々に低下していき、22時間後には50分の1になります。このため、遅くても12時間以内の摂取が推奨されています。

3_2 図3 初乳による抗体の受渡し

良質な初乳の準備
 以上のことから、子馬に対して確実に初乳を飲ませることが、子馬の感染症予防の第一歩といえます。しかし、子馬に与える初乳は抗体を豊富に含んだ良質なものでなくてはいけません。このため、分娩前の母馬に対しては、馬ロタウイルス、インフルエンザ、破傷風などのワクチン接種に加え、子馬が生まれ育つ環境である馬房や放牧地などへの早めの導入により、様々な細菌やウィルスなどの病原体に対する抗体を母馬の体内に準備しておくことも重要です。

移行免疫不全症
 移行免疫不全症とは、母馬からの抗体の受取り不足、すなわち、子馬の体内における抗体の量が不十分な状態を表しており、子馬の感染リスクが高まることが知られています。移行免疫不全症の原因の1つは、初乳内における抗体の不足にあります。分娩前の漏乳や母馬の加齢により、分娩直後であっても初乳中の抗体濃度が低い場合があります。この場合、確実に哺乳した場合であっても、子馬の血中の抗体濃度は低い値となります。このため、子馬が哺乳する前に初乳の抗体濃度を計測することが重要となります。この時点で濃度が低い場合には、母馬の初乳を飲む前に、子馬に良質な保存初乳を投与します。
 また、NMS(Neonatal maladjustment syndrome子馬の適応障害症候群)と呼ばれる出産後の低酸素脳症などの様々な原因により、分娩から時間が経過しても子馬が十分量の初乳を飲んでいない場合もあります。
 移行免疫不全症は、子馬の血液に含まれる抗体の1つであるIgGの濃度により診断します。初乳を正常に飲んだ子馬の血中IgG濃度は、通常は800mg/dl以上ですが、移行免疫不全症の場合、400mg/dl以下となります。この診断は生後8時間以降から実施可能であり、IgG濃度が400mg/dl以下の場合には、保存初乳の経口投与、もしくは血漿輸液による治療を実施します。
 出産シーズンはすでに始まっていますが、感染症を可能な限り予防し、元気で健康な子馬を育てましょう!

4_2 図4 子馬の感染症予防のまとめ

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年6月24日 (月)

耐性寄生虫について –ターゲット・ワーミングの紹介-

No.89(2013年11月1日号)

 わが国のみならず世界中の馬の生産現場において、「耐性寄生虫」すなわち駆虫剤に効果を示さない寄生虫が大きな問題となっています。今回は、「耐性寄生虫」出現の背景や新しい駆虫の考え方について紹介いたします。

耐性寄生虫の発生原因
 耐性寄生虫の発生には、「すべての馬に対する駆虫」「定期的な駆虫」「同じ駆虫剤の継続投与」といったこれまで駆虫の常識と考えられ実践してきた習慣が背景にあると考えられています。では、耐性寄生虫はどのようなメカニズムで発生するのでしょうか?以下のようなモデルが紹介されています。
耐性寄生虫は突然出現するものではなく、もともと、寄生虫群のなかに存在しています(図1)。この寄生虫群に同じ駆虫剤を投与し続けると、耐性寄生虫だけが生き残ります(図2)。すると、耐性寄生虫同士の交配が増加し、耐性寄生虫が多数を占めるようになります(図3)。
 このように一度でも耐性寄生虫が多数を占めてしまった場合、耐性寄生虫は消失しません。それでは、どのような駆虫をすれば良いのでしょうか?

1_5 図1

2_5 図2

3_4 図3

ターゲット・ワーミング
 耐性寄生虫の出現を可能な限り抑制する方法として、欧米では「ターゲット・ワーミングTarget worming」と呼ばれる駆虫方法が提唱されています。ポイントは「①虫卵検査の実施」「②必要な馬に限定した駆虫」「③薬剤のローテーション」の3つです。すなわち、虫卵検査を実施して、必要な馬に対してのみ駆虫を実施する方法です。また、異なる薬剤を交互に使用することで、1つの薬剤に対する耐性寄生虫の出現を抑制します。
具体的な方法は以下のとおりです(図4、5)。

・2ヶ月間隔で繋養全馬に対する虫卵検査を実施する。
・各寄生虫につき、糞1gに250個以上の卵が認められた場合のみ駆虫する。
・イベルメクチン、ピランテル、フェンベンダゾールを交代で投与する。
・条虫駆除を目的としたプラジクアンテルは秋に1回(もしくは春との2回)投与する。
・駆虫2週間後に再検査をして、駆虫剤の効果を確認する。

 ただし、2歳未満の子馬に対しては、虫卵数に関わらず2ヶ月毎に駆虫を実施します。理由は、子馬にとっての脅威「アスカリド・インパクション(回虫便秘)」の防止です。アスカリド・インパクションは、子馬の腸管の中に回虫が充満し、最悪の場合には腸管破裂による死亡を引き起こします。成馬になると、回虫に対して抗体ができるため、若馬に対してのみ徹底的に駆虫するのです。この場合の駆虫は上記3つの薬剤を交代で使用することにより、耐性寄生虫の発生を抑えます。

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図4 虫卵検査により、大量寄生が認められた馬のみ駆虫する

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図5 薬剤のローテーション投与

寄生虫をゼロにする必要はない
 「ターゲット・ワーミング」は、薬剤感受性が高い寄生虫(薬が効く虫)を一定割合生存させておくことによって、耐性寄生虫の割合を減らすことができる方法です。これにより、駆虫が本当に必要な時に駆虫剤が効果を示すようになるのです。この方法の根底には「寄生虫をゼロにする必要がない」との考え方が存在します。
 「寄生虫=害虫=全滅させる必要がある」という概念は間違いだと考えられるようになってきました。「すべての寄生虫が馬に健康被害をもたらすか?」、この疑問は解決されていません。デンマークで行われたトロッター競走馬を対象とした調査によると、円虫卵が多く認められた馬のほうが、入着(1~3着)する可能性が高いとの結果が得られました。円虫寄生が競走パフォーマンスを高めるとは想像できませんが、少なくとも競走馬の場合には負の影響はないとも考えられます。もちろん、成馬であっても大量寄生による疝痛・栄養障害などの健康状態に与える影響は否定されていません。しかし、子馬のアスカリド・インパクションなど、本当に必要な時のために、現在有効な駆虫薬を残しておくことは極めて重要です(図6、7)。なぜなら、新たな駆虫薬の開発には長い年月を必要とするからです。

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図6 駆虫薬の効果

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図7 現在使用可能な駆虫剤は、必要な時のために温存!!

駆虫剤投与以外に実施すること
 生産現場においては、駆虫剤を投与する以外にも有効な寄生虫対策があります。

・放牧地のローテーション
・放牧地の糞塊除去
・放牧地のハローがけ(ハローがけ後は一定期間休牧)
・大量寄生馬の隔離
・過密放牧の回避
・牛・羊などとの混合放牧(異なる動物種が、馬寄生虫を食べることでその生活環を断つことができる)

 上述のターゲット・ワーミングと、これらを併用することで耐性寄生虫の発生を可能な限り抑制できると思われます(図8、9)。

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図8 「放牧地のローテーション」や「糞塊除去」は寄生虫駆除に有効な方法

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図9 アイルランドで実施されている牛との混合放牧


(日高育成牧場 専門役  冨成 雅尚)

2019年5月20日 (月)

育成馬の輸送管理

No.75 (2013年4月1日号)

 本年も4月23日(火)にJRA中山競馬場でJRAブリーズアップセールが開催されます。昨年の各1歳セールでの購買後、日高および宮崎育成牧場に分かれて入厩し、騎乗馴致を経て後期育成を終えたJRA育成馬は、セールに備えて1週間前に中山競馬場に輸送されます。馬運車10台が一団となって浦河国道を走行する、このJRA育成馬の輸送をご覧になられたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回は育成馬の「輸送管理」について触れてみたいと思います。


「輸送熱」および「馬運車内での怪我」の予防
 「輸送熱」という言葉を聞いたことがあると思いますが、これは輸送によって発熱する病気の総称です。発熱の他にも、呼吸器の炎症に起因した咳や鼻汁を認めることも少なくありません。この「輸送熱」という病気は、重篤化すると肺炎へと進行し、治療の甲斐なく生涯を終えてしまう場合もあります。つまり「輸送管理」とは、この「輸送熱」の発症を予防することといっても過言ではありません。
また、「輸送熱」とともに「輸送管理」のポイントとなるのが、輸送中における「馬運車内での怪我」の予防です。近年の馬運車は改良が進み、特に換気に関しての工夫が施されています。さらに、輸送経路の整備に伴う輸送時間の短縮により、「輸送熱」や「馬運車内での怪我」も以前と比較すると格段に減少しています。しかし、依然として、強調教などによるストレスを受けている育成馬の輸送では、大事に至ることも皆無ではありません。


まずは馬運車に慣らす!
 馬の立場になって考えてみると、ある日突然、暗くて狭い箱の中に鞭で追われて無理やり押し込まれ、24時間以上もその中で過ごさなければならないという状況では、輸送自体によるストレス以上の精神的な不安に起因するストレスが生じるに違いありません。馬は環境に慣れる動物とはいえ、ストレスを軽減させることは「輸送管理」には極めて重要です。2歳になる育成馬にとって馬運車で輸送されることは、初めてではなく、生まれた直後の母馬の種付け、1歳セール時あるいは育成牧場に入厩する際に馬運車での輸送を経験しています。これらの経験によって馬運車内での駐立に慣れている場合もあれば、一方でこれらの経験が「トラウマ」となって馬運車に入ることを恐れている場合もあります。JRA育成牧場では、すべての育成馬に対して輸送の2~3週間前に「馬運車馴致」を実施します(図1)。これは、輸送当日に馬を積載する場所で実際に馬運車に積み、落ち着いた状態で駐立できることを目標としています。スムーズな積み込み、あるいは落ち着いた状態での駐立が困難であった場合には、日を改めて再度実施します。また、馬房が隣同士である馬を馬運車内でも隣にするなど、輸送中の馬の精神面を安定させる工夫を心掛けています。しかし、入念に馴致をしても、輸送中の突発的な事故は避けられないのが馬の輸送であります。そのために四肢の保護用のプロテクターの装着は不可欠です(図2)。

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図1.日高育成牧場での「馬運車馴致」の様子。馬運車内で落ち着いた状態で駐立できることを目標としています。

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図2.輸送中の突発的な事故は避けられないため、四肢の保護用のプロテクターの装着は不可欠です。


「輸送熱」のメカニズム
 図3のグラフは、日高育成牧場から中山競馬場までの26時間の長時間輸送を実施された32頭の輸送時間経過に伴う体温変化を示しています。輸送開始から18時間後には10%、24時間後には20%、そして中山競馬場到着時の26時間後には25%の馬が38.6℃以上の発熱を発症しました。さらに、39.0℃以上の高熱を認めた症例は、18時間後以降に増加することが分かりました。これらは「輸送開始から20時間後ごろから発熱する馬の割合が急激に増加する」という約20年前にJRA競走馬総合研究所で実施された研究と同様の結果でした。また、このJRA競走馬総合研究所での研究では、図2のように輸送中の馬の心拍数や呼吸数は、馬運車の走行と連動して増加していることも明らかとなっています。心拍数の増加は馬の不安定な精神状態を、そして呼吸数の増加は呼吸が浅く、速くなるために気道を乾燥させ、細菌などに対する抵抗性を低下させることを意味します。つまり、この研究結果から、「輸送熱」は「輸送にともなう種々の刺激が直接的あるいは間接的に馬体を冒すことにより、細菌感染に対する抵抗力が低下する結果、普段は害を及ぼさない気道中の常在菌(馬が健康な状態で持っている細菌)が日和見感染(ひよりみかんせん:免疫力が低下しているために、通常なら感染症を起こさないような感染力の弱い病原菌が原因で起こる感染のこと)し、肺に炎症を起こす」ことが主な原因であると考えられています。そして、輸送熱の予防には、馬運車内を清潔に維持すること(換気状況の改善、糞尿の処理、ホコリを少なくする工夫など)、輸送中の休憩はできるだけ長く、そして多くすること(換気回数の増加、ストレス因子の減少)などが重要であることも明らかとなっています。

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図3.日高育成牧場から中山競馬場までの26時間の長時間輸送を実施された32頭の輸送時間経過に伴う体温変化。輸送開始から20時間後ごろから発熱する馬の割合が急激に増加します。

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図4.輸送中の馬の心拍数や呼吸数の変化。馬運車の走行と連動して心拍数および呼吸数は増加します。

輸送前の抗生物質の投与による「輸送熱」予防
 近年、扁桃(へんとう)や気管内に存在する日和見感染菌に対して有効な抗菌薬を輸送開始から到着までの間、肺内(気管支肺胞領域内)に存在させることにより、長時間輸送に起因する「輸送熱」を予防することが可能かどうかについての研究を日高育成牧場から中山競馬場へのJRA育成馬の輸送時に実施しました。抗菌薬は、長時間作用型抗菌薬であるニューキノロン系のマルボフロキサシン製剤(体重1kg あたり2mgの投与量)を使用しました。馬運車への積み込み直前に抗菌薬を投薬した馬(抗菌薬投薬群)と投与しなかった馬(非投薬群)との中山競馬場到着後(輸送から26時間後)の輸送熱を発症した頭数の割合を比較した結果、図5に示すように、非投薬群では31%の馬が輸送熱を発症したのとは対照的に、投薬群では6%の馬にしか輸送熱の発症を認めませんでした。さらに、非投薬群では13%の馬が39.0℃以上の高熱を認め、中山競馬場到着後に抗生物質投与による治療が必要でしたが、投薬群では39.0℃以上の高熱馬は認められず、中山競馬場到着後に治療が必要であった馬もいませんでした。このように、ニューキノロン系のマルボフロキサシン製剤は、輸送熱予防に効果があることが確認できました。また、副作用などに関する安全性も確認されています。耐性菌の出現の問題などについて慎重に調査を継続する課題は残っていますが、輸送熱予防に効果が期待されます。

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図5.抗菌薬を投薬した馬(抗菌薬投薬群)と投与しなかった馬(非投薬群)との中山競馬場到着後(輸送から26時間後)の輸送熱を発症した頭数の割合の比較。

最後に
 わが国では、競走馬の馬運車といえば前向きに積むのが一般的ですが、世界各国では横積み、斜積みあるいは後向き積みタイプの馬運車などがあり、馬にとってどの向きで輸送するのが理想であるかについては明らかにはなっていません。今後、わが国でも横積みあるいは斜積みが一般的になるかもしれません。また、輸送熱予防にさらに有効な長時間作用型抗菌薬が新たに開発され、「輸送管理」の一助となるかもしれません。しかし、馬を輸送する際に最も重要なことは、精神的な不安に起因するストレスを減少させることです。このためにも、日常の取り扱いが極めて重要であることはいうまでもありません。つまり、人の扶助に対して従順であり、馬が人をリスペクトするように馴致することが重要であると考えられます。

(日高育成牧場 専門役 頃末 憲治)

2019年4月10日 (水)

マダニ媒介性感染症

No.64 (2012年10月1日号)

 日高地方の放牧地では、シカを始めとするキツネやウサギなどの野生動物が放牧中のサラブレッドと共存!?している姿をよく見かけます(写真1)。実は、これら野生動物の体には、様々な種類のマダニが多数寄生していることをご存知でしょうか?(写真2)。こうした「共存」は、本来、クマ笹や草むらの中に潜んでいるマダニが野生動物とともに放牧地に侵入し、サラブレッドと接触する機会を増やす可能性があります。特にマダニの活動が活発になる春と秋には、ウマの頚や胸に吸血して丸々と太ったマダニを発見することが多くなります(写真3)。

1_9 (写真1)夕暮れとともに放牧地に侵入するエゾシカの群れ

2_10 (写真2)シカの耳に寄生しているマダニ

3_7 (写真3)馬に寄生しているマダニ。
胸から頚部、頭部に寄生していることが多い(左)。当歳馬1頭から採取したダニ(右)。

病原体
 マダニの消化管には「ライム病」の原因となるボレリア(Borrelia burgdorferi)と呼ばれるらせん状の細菌や「アナプラズマ症」の原因となるアナプラズマ属(Anaplasma)のグラム陰性細菌が感染していることが疑われています(写真4)。帯広畜産大学の調査によれば、十勝地方の牛放牧地で採取されたマダニから「エールリヒア症」の原因となるリケッチア属(Ehrlichia)が高確率に検出されています。これらの病原菌は感染野生動物の血液を吸血することによりマダニの腸管内で増殖することが知られています。そのため、マダニを駆除する際にはマダニの腸管液を馬の体内に押し込まないように、注意しなければなりません。そこで、役に立つのがマダニ取り専用のピンセットです(写真5)。このマダニ取り用ピンセットの先はスプーン状になっていて、マダニの頭部だけを挟んで引っ張り抜くことができる優れ物です。これにより、マダニの腹部を押して消化管内容物がウマの体に逆流することも、頭部が皮膚の中に残ってしまうことも予防できます。

4_5 (写真4)ボレリア菌の顕微鏡像 (Microbe libraryより)

5 (写真5)ダニ取り専用のピンセット

症状と治療法
 大抵のウマは、これらの病原菌に感染しても顕著な症状を示すことは少ないようですが、ライム病の流行地域として知られる北アメリカの中部大西洋地域からニューイングランドまでの東部諸州、中西部の五大湖地域およびカリフォルニア州では、罹患すると歩様の変化が見られることが報告されています。さらに一般的な臨床症状としては、項部硬直、慢性的な四肢の中軽度の跛行、筋や神経の疼痛、緩慢な動作などの行動の変化、体重の減少、肌の知覚過敏、ブドウ膜炎、関節の腫脹などが知られています。アナプラズマ症との類症鑑別は、発熱や貧血、血小板の減少、筋肉の削痩、または運動障害といった違いがあります。血清学的診断やPCR診断により検査可能ですが、確定診断は難しく、他の疑われる疾患が否定されて始めて診断されます。治療にはテトラサイクリン系抗生物質を5-7.5mg/kgを1日1回で28日間静脈内投与が推奨されています。

日高管内における感染状況の調査
 日本のウマにおける節足動物が媒介する疾病に関しては、まだあまり調べられていないのが現状です。しかし、日高地方のウマの放牧地ではエゾシカを始めとする多くの野生動物が混在していることから、マダニを代表とする節足動物が野生動物とウマとの間で少なからず病原体を伝播していることが容易に推測されます。JRA日高育成牧場に繋養されていたサラブレッド繁殖牝馬13頭(2~20歳)、子馬9頭(当歳)、育成馬65頭(1歳)から末梢血を採取し、アナプラズマ、ボレリア、リケッチアに対する抗体陽性率を調べた結果、それぞれ3.4%、92.0%、98.9%の陽性率となり、これらの病原菌に高率に感染が起こっていることが確認されました。育成馬は日高管内で生産され1歳の夏に日高育成牧場に入厩してきたウマ達であることから、感染は生産牧場ですでに成立していたものと考えられました。また、高齢の繁殖牝馬ほど抗体価が高い傾向が認められ、病原体への暴露は毎年、繰返し起っている可能性が考えられました。

マダニ刺咬性中毒
 オーストラリアの東沿岸では、マダニの刺咬性中毒によるウマの死亡例が報告されています。マダニは吸着後、神経毒を含む唾液を刺咬部に注入します。この神経毒を含む唾液により麻痺症状を発生させたり、起立不能を呈したりする疾患です。マダニの寄生数が多い程、さらに体重100kg以下の子馬での死亡率が高いと報告されていることから、新生子馬のマダニの寄生には注意を払う必要があるかもしれません。

最後に
 アナプラズマ、ボレリア、リケッチアはヒトへも感染する「人獣共通感染症」という代物です。たかが「ダニ」と侮ってはいけません。予防にはこまめなマダニの除去が推奨されています。日頃の手入れの時にはマダニの寄生にも注意を払ってみてはいかがでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年2月 5日 (火)

馬の感染症と消毒について

No.39 (2011年9月1日号)

 感染症の原因である「ばい菌」は大きく細菌、真菌、ウイルスに分けられます。それぞれ抗生物質、抗真菌薬、対症療法と治療法はそれぞれ異なりますが、予防対策としての消毒薬は、これら微生物に対してどのように使い分ければよいのでしょうか?

 消毒薬には様々な種類があり、それぞれ一長一短特長があります。つまり、これさえ使っていれば大丈夫という消毒薬はなく、状況に応じて使い分ける必要があります。牛や豚、鶏などの家畜は飼養頭数が多いことに加え、近年消毒の重要性が広く認識されるようになり、動物種や状況に応じた消毒方法が普及しつつあります。しかし、残念ながら馬に的を絞って消毒薬を説明した資料は多くありません。そこで、今回は一般的な消毒薬(図1)の説明に馬感染症についてのコメントを添えて紹介したいと思います。

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図1

逆性石鹸:陽性石鹸、陽イオン性界面活性剤とも呼ばれています。一般の石鹸が水に溶けると陰イオンになるのに対して、陽イオンになるためこう呼ばれています。パコマ、アストップ、クリアキルなどが市販されています。生産地で消毒薬と言うとパコマが主流ですが、トレセンや競馬場の消毒でも同じくパコマが使われています。多くの細菌やウイルスに効果があり、安全性が高く、金属腐食性も少ないなど使い勝手が良いことからも畜産業界では広く使われています。生産地で特に問題となる馬鼻肺炎ウイルスによる流産予防にも有効です。ただ、芽胞菌(悪条件下でも芽胞という殻を形成し、生存しうる細菌。例:破傷風、ボツリヌスなどのクロストリジウム属)、抗酸菌(細胞壁に多量の脂質を有するため消毒薬に耐性を示す細菌。例:結核菌。仲間にロドコッカス・エクイ)などには効果がないと言われており、子馬に下痢を起こすロタウイルス、肺炎を起こすロドコッカスには効きません。

塩素系:逆性石鹸が効かない芽胞菌や抗酸菌にも効果があり、真菌にも効果的です。欠点としては有機物に弱く、土や馬糞で消毒槽が汚れてしまうと消毒効果がなくなる点です。ロタウイルスやロドコッカスが発症した場合には、パコマではなく、塩素系消毒薬であるクレンテやアンテックビルコンSが推奨されます。欠点は腐食性、刺激性が強いため、用途が限られることです。

オルソ系:白く、独特のクレゾール臭がするのが特徴です。芽胞菌、抗酸菌には無効です。養豚関係では古くから踏込み消毒槽に使われてきましたが、馬では一般的ではありません。

 その他にヨード系(バイオシッド、クリナップなど)、アルデヒド系(グルタクリーン、グルターZ)などがあり、これらは芽胞菌、抗酸菌、真菌にも効果がありますが、馬では一般的ではありません。

 

踏込み消毒のポイント

 消毒薬は、土や有機物が混入して汚れると消毒効果が落ちてしまいます。そこで、有機物に強く、広範囲な病原体に効果的な消毒薬が推奨されます。馬ではパコマに代表される逆性石鹸で大きな問題はないと思われますが、先に述べたようにパコマが効かない病原体もありますので、その際には別の消毒薬を用いるべきです。踏込み槽は1日に1回以上の交換が必要です。見た目に汚れていたら効果がないと考えましょう。予め履物の汚れを落とす目的で、消毒槽の前にもう1つの消毒槽(もしくは水槽)を置くことも有効です(図2)。塩素系は特に有機物に弱いため、より頻繁な交換が必要です。

3 図2

馬房消毒のポイント

 馬の入替え時や流産発生時など水平感染を遮断するためには重要なポイントです。単に消毒薬を噴霧するのではなく、「除糞→水洗→乾燥→消毒→乾燥」という流れを守ることが重要です。ポイントは、①除糞をしっかりする、②小さな凹面にも消毒薬を浸透させる、③十分乾燥させる、ことです。土や馬糞が残っていると、消毒薬が床面に浸透しません。また、微生物は非常に小さいため、小さな窪みにも大量の微生物が残っていると考えられます(図3)。また、細菌は水分がないと生存できないため、しっかり乾燥させることも重要です。馬の世界では一般に逆性石鹸が用いられていますが、塩素系やアルデヒド系の方がより適していると言えます。

2 図3

 また、消毒効果を減じる要因として、衛生害虫の存在が挙げられます。ネズミやゴキブリ、蚊、ハエなどは多くの病原体を保持しています。トレセンではネズミ捕りに加え、レナトップ、ザーテル、ビルコンといった薬剤を用いて、定期的に厩舎周辺の害虫駆除作業を行っています。

ローソニア感染症

 最後に、最近話題の感染症として、ローソニア感染症をご紹介いたします。これはLawsonia intracellularisと呼ばれる細菌による感染症で、今年7月に静内で行われた「生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム」でも大きく取り扱われました。

 豚増殖性腸炎の原因細菌として古くから知られており、致死率は低いものの、吸収不全による発育不良を起こすことで肥育上大きな問題となっています。近年、世界的に馬でも報告され始めており、北海道内でも感染が報告されるようになりました。豚と同様に小腸の粘膜が肥厚することで吸収能が低下し、慢性体重減少や間欠的な疝痛、下痢、腹部浮腫を呈します。当歳の離乳期に好発し、外見上はおなかがぽっこりし、成長が停滞します。中には発熱、元気消失、食欲不振を呈するものもいます。血液検査で低蛋白、白血球数の増加、またエコー検査で肥厚した小腸をみることで診断できます。死に至る危険性は少ないものの、アスリートである競走馬の成長期に好発するため、非常に重要な疾患であると考えられます。まだ病態の詳細が明らかではないため、生産牧場の方々においては、馬獣医学の発展のためにも、積極的な検査、治療に対するご理解、ご協力をお願いいたします。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬 晴崇)

2019年1月15日 (火)

ロドコッカス・エクイ感染症対策

No.32 (2011年5月15日号)

 繁殖シーズンも後半に突入し、子馬の疾患に悩む時期になってきました。今回は1~3ヶ月齢の子馬に肺炎を起こすロドコッカス・エクイ感染症という病気について紹介いたします。この病気の原因菌であるRhodococcus. equiは広く土壌中に生息し、昔から世界各地で発生しています。北海道では1960年頃から発生が認められるようになり、今日ではごく一般的な疾病となっています。
 過去に行われた生産地を対象にした大規模な調査において、呼吸器感染症を疑われた子馬314頭を検査したところ、61.1%もの陽性率を示しました。このことから、子馬の呼吸器感染症の場合は、まずはロドコッカス・エクイ感染症を疑うべきと言えます。

発症する馬、しない馬
 子馬が感染すると、多量の菌が気管分泌液中に排出されます。この菌が気管分泌液とともに嚥下され、消化管を通って糞便中に排出されることで土壌の汚染や、感染が拡大します。ケンタッキーの牧場調査によると非発生牧場が1ha当り0.89頭の飼育密度であるのに対し、発生牧場は1.63頭と高く、飼育密度が高いと土壌汚染が進み、子馬が感染しやすくなるということが推察されています。発症には免疫状態、牧場環境など様々な因子が関与していると考えられていますが、子馬の血液中IgG濃度(飲んだ初乳量を示す指標)や母馬の糞中菌数は発症率とは明らかな相関がないという報告もあり、どのような子馬が発症するのかという点についてはまだ明らかになっていません。

乏しい症状
 症状は一般的な呼吸器疾患と同じく咳や粘液膿性(濃く緑がかった)鼻漏、発熱、体重減少、呼吸速拍などが挙げられますが、発熱以外に症状を示さないまま進行することもあります。また、感染から発症まで2週間程度の潜伏期があると言われています。そのため、早期発見には毎日の検温や注意深い観察(元気がない、横臥時間が長い、乳を吸う回数が少ないなど)が重要です。

積極的な検査を
 ロドコッカス・エクイ感染症の治療期間は約1ヶ月と長期に渡り、薬も高価なことから治療費が高額となります。しかし、発見が早いほど治療は短くすむため、症状が乏しくても早期に積極的に検査することが重要と言えます。
 発症した子馬は血液検査、胸部エコーやレントゲンなどで異常所見を認めます。しかしロドコッカス・エクイ以外の感染症でも同様の所見を示すため、ロドコッカス・エクイであるかどうかを確定するためにはさらなる検査が必要となります。血液中の抗体の有無を調べるエライザ法は採材が簡単なため広く利用されています。しかし、厳密には抗体の上昇は「これまでに感染したことがある」ことを示すもので、その時に菌がいるかどうかを診断するためには気管洗浄液による細菌培養が最も確実です(図1)。気管洗浄液は、径5mmほどのチューブを気管に通し、気管を少量の生理食塩水で洗い回収します。気管洗浄液の採取は採血ほど簡便ではないものの、鼻捻子だけで採材することができます。検査方法の選択については牧場の汚染度や治療方法、費用などとの兼ね合いもありますので、獣医師にご相談下さい。

1_2 図1 シリコンカテーテルを用いた気管洗浄液の採取

隔離パドックの注意点
 子馬が感染した場合、一般的には小パドックなどを使用して隔離しますが、ロドコッカス・エクイ感染馬を狭いパドックに放つと土壌を高濃度に汚染します。翌年、そのパドックに生まれたばかりの子馬を放すことで感染するため、非常に危険です。感染馬を放すパドックは健康な子馬と共用しない、共用する場合にはパドックに対して以下のような積極的な対策が必要となります。

汚染土壌への対策
 予防と言えばワクチンが思い浮かびますが、細胞内寄生性という特徴をもつロドコッカス・エクイにはワクチンで増強される液性免疫(抗体の作用)よりも細胞性免疫(白血球の作用)が重要であるため、ワクチンは効きにくいと考えられています。海外では市販ワクチンや高免疫血漿が有効だという報告もありますが、否定的な報告もあり、やはり広く普及されるには至っていません。
 一旦、汚染された牧場を完全に清浄化する事は困難です。日高育成牧場では、ロドコッカス・エクイに殺菌作用を示す消石灰の撒布を試みたところ(図2)、一時的に検出されなくなりましたが、2ヵ月ほどで再び検出されてしまいました。しかし、本菌は深さ0-20cmの表層に生息すると言われているため、表土を取り除いて客土を実施し、一時的にでも汚染度を下げることで子馬の感染リスクが下がると言われています。

2_2図2 パドック消毒の試み

 また、増殖源である糞便を除去する事は非常に重要です。除去した糞便中のロドコッカス・エクイは堆肥化する過程の発酵熱で十分に殺滅されます。堆肥熟成度が不十分だと放牧地にロドコッカス・エクイを撒き散らすことになるため、適切な堆肥化(水分調整と撹拌による空気混合)を行うことが重要です。

 近年はロドコッカス・エクイ感染症による死亡例は減少しているものの、治療期間が長い、治療費がかかる、環境の清浄化が困難といった点で依然注意すべき疾患であり、特に過去に発生した事のある牧場においては早期発見のための注意深い観察、そして積極的な検査、初期治療が重要です。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)