ロドコッカス・エクイ感染症対策
No.32 (2011年5月15日号)
繁殖シーズンも後半に突入し、子馬の疾患に悩む時期になってきました。今回は1~3ヶ月齢の子馬に肺炎を起こすロドコッカス・エクイ感染症という病気について紹介いたします。この病気の原因菌であるRhodococcus. equiは広く土壌中に生息し、昔から世界各地で発生しています。北海道では1960年頃から発生が認められるようになり、今日ではごく一般的な疾病となっています。
過去に行われた生産地を対象にした大規模な調査において、呼吸器感染症を疑われた子馬314頭を検査したところ、61.1%もの陽性率を示しました。このことから、子馬の呼吸器感染症の場合は、まずはロドコッカス・エクイ感染症を疑うべきと言えます。
発症する馬、しない馬
子馬が感染すると、多量の菌が気管分泌液中に排出されます。この菌が気管分泌液とともに嚥下され、消化管を通って糞便中に排出されることで土壌の汚染や、感染が拡大します。ケンタッキーの牧場調査によると非発生牧場が1ha当り0.89頭の飼育密度であるのに対し、発生牧場は1.63頭と高く、飼育密度が高いと土壌汚染が進み、子馬が感染しやすくなるということが推察されています。発症には免疫状態、牧場環境など様々な因子が関与していると考えられていますが、子馬の血液中IgG濃度(飲んだ初乳量を示す指標)や母馬の糞中菌数は発症率とは明らかな相関がないという報告もあり、どのような子馬が発症するのかという点についてはまだ明らかになっていません。
乏しい症状
症状は一般的な呼吸器疾患と同じく咳や粘液膿性(濃く緑がかった)鼻漏、発熱、体重減少、呼吸速拍などが挙げられますが、発熱以外に症状を示さないまま進行することもあります。また、感染から発症まで2週間程度の潜伏期があると言われています。そのため、早期発見には毎日の検温や注意深い観察(元気がない、横臥時間が長い、乳を吸う回数が少ないなど)が重要です。
積極的な検査を
ロドコッカス・エクイ感染症の治療期間は約1ヶ月と長期に渡り、薬も高価なことから治療費が高額となります。しかし、発見が早いほど治療は短くすむため、症状が乏しくても早期に積極的に検査することが重要と言えます。
発症した子馬は血液検査、胸部エコーやレントゲンなどで異常所見を認めます。しかしロドコッカス・エクイ以外の感染症でも同様の所見を示すため、ロドコッカス・エクイであるかどうかを確定するためにはさらなる検査が必要となります。血液中の抗体の有無を調べるエライザ法は採材が簡単なため広く利用されています。しかし、厳密には抗体の上昇は「これまでに感染したことがある」ことを示すもので、その時に菌がいるかどうかを診断するためには気管洗浄液による細菌培養が最も確実です(図1)。気管洗浄液は、径5mmほどのチューブを気管に通し、気管を少量の生理食塩水で洗い回収します。気管洗浄液の採取は採血ほど簡便ではないものの、鼻捻子だけで採材することができます。検査方法の選択については牧場の汚染度や治療方法、費用などとの兼ね合いもありますので、獣医師にご相談下さい。
隔離パドックの注意点
子馬が感染した場合、一般的には小パドックなどを使用して隔離しますが、ロドコッカス・エクイ感染馬を狭いパドックに放つと土壌を高濃度に汚染します。翌年、そのパドックに生まれたばかりの子馬を放すことで感染するため、非常に危険です。感染馬を放すパドックは健康な子馬と共用しない、共用する場合にはパドックに対して以下のような積極的な対策が必要となります。
汚染土壌への対策
予防と言えばワクチンが思い浮かびますが、細胞内寄生性という特徴をもつロドコッカス・エクイにはワクチンで増強される液性免疫(抗体の作用)よりも細胞性免疫(白血球の作用)が重要であるため、ワクチンは効きにくいと考えられています。海外では市販ワクチンや高免疫血漿が有効だという報告もありますが、否定的な報告もあり、やはり広く普及されるには至っていません。
一旦、汚染された牧場を完全に清浄化する事は困難です。日高育成牧場では、ロドコッカス・エクイに殺菌作用を示す消石灰の撒布を試みたところ(図2)、一時的に検出されなくなりましたが、2ヵ月ほどで再び検出されてしまいました。しかし、本菌は深さ0-20cmの表層に生息すると言われているため、表土を取り除いて客土を実施し、一時的にでも汚染度を下げることで子馬の感染リスクが下がると言われています。
また、増殖源である糞便を除去する事は非常に重要です。除去した糞便中のロドコッカス・エクイは堆肥化する過程の発酵熱で十分に殺滅されます。堆肥熟成度が不十分だと放牧地にロドコッカス・エクイを撒き散らすことになるため、適切な堆肥化(水分調整と撹拌による空気混合)を行うことが重要です。
近年はロドコッカス・エクイ感染症による死亡例は減少しているものの、治療期間が長い、治療費がかかる、環境の清浄化が困難といった点で依然注意すべき疾患であり、特に過去に発生した事のある牧場においては早期発見のための注意深い観察、そして積極的な検査、初期治療が重要です。
(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇)
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