馬胃潰瘍症候群
今回は消化器官の疾患としてしばしばみられる馬胃潰瘍症候群についてご紹介いたします。
馬胃潰瘍症候群(EGUS)とは、馬の胃の潰瘍の総称です。馬においては扁平上皮性胃疾患がよくみられます。EGUSは野生馬、人の管理下にある馬の両方で一般的な疾患です。なかでも競走馬の有病率はとても高く、80~90%と報告されており、競走馬の職業病とも言えます。臨床症状は軽度の疝痛や食欲不振、体重減少、毛艶の悪化などが挙げられます。またEGUS発症馬は有酸素運動能力が低下するとの報告(Nieto et al., 2009)もあり、食欲不振に伴うパフォーマンスの低下が顕著にみられます。EGUS発症の直接的な原因は胃酸の胃粘膜への曝露ですが、それには飼養管理やストレス、電解質や抗炎症薬の投与などいくつかの要因が関連しています。
野生馬と比較して管理下にある馬は有病率が高いことから、飼養管理が大きく関連していると考えられます。野生馬は1日のうち12~20時間を採食に費やし、胃酸を中和するはたらきをもつ唾液を多量に分泌します。しかしながら舎飼されている馬は採食時間が短く、唾液の分泌量は1/3程度まで低下してしまいます。それによって胃内が空の時間が長くなること、また胃酸が中和されにくいことからEGUSを発症すると考えられています。さらに、競走馬は激しい運動(走行)によって内臓が圧迫されることによって胃粘膜への胃酸曝露が増加し、EGUSを発症しやすいと考えられています。
上記のような飼養管理方法の違いに加え、食餌内容もEGUSの発症に大きく関係しています。2013~2018年にベルギーで実施された調査によると、EGUS発症馬は非発症馬と比較して体重あたりの糖とデンプンの摂取量が有意に多かった(P<0.001)ことが報告されています(図1、Galineli et al. 2019)。また2022年には、高デンプン飼料(デンプン含有率50%)を与えられた馬は高繊維飼料(デンプン含有率20%)を与えられた馬と比較して胃粘膜病変の重症度が高いことが報告されています(Colombino et al., 2022)。燕麦などの濃厚飼料の給餌量の多さは胃内での揮発性脂肪酸発生量を増加させ、胃粘膜を傷つけることでEGUSのリスクとなると考えられています。そのほかに、非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)の投与もEGUSと関連しており、抗炎症薬の投与時には胃潰瘍予防に留意することが必要です。当牧場においても抗炎症薬を連続で投与する場合には、オメプラゾールを同時に投与し、予防に努めています。
EGUSは馬の職業病とも言われてしまう疾患ですが、飼養管理方法を少し留意するだけでも予防効果を期待することができます。予防のためのポイントとしては、①採食時間の延長、②高繊維飼料割合の増加、③抗炎症薬連用時にはオメプラゾールも投与の3点が挙げられます。健康で強い馬づくりのための参考としていただけましたら幸いです。
日高育成牧場 生産育成研究室 根岸菜都子
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