講習会 Feed

2022年12月 6日 (火)

強い馬づくりのための生産育成技術講座資料 ①若馬の昼夜放牧における放牧草の採食量

12月6日(火)17時開始オンラインセミナー資料

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強い馬づくりのための生産育成技術講座資料 ②繁殖牝馬におけるPPID(下垂体中葉機能障害)(いわゆるクッシング病)

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強い馬づくりのための生産育成技術講座資料 ③JRAホームブレッド生産のまとめ

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2022年12月 2日 (金)

獣医学生実習「サマーキャンプ」を終えて

 日高育成牧場では、競走馬の育成のみならず、将来の馬産業を担う人材育成も積極的に行っています。その一つが、獣医学生を対象とした実習プログラム「JRA日高サマーキャンプ」です。

 

学生に実習機会を提供し、馬を知ってもらう

 日本の獣医大学では、大学によって多少の差異や特色があるものの、実習には犬や牛が使われることが多く、馬についての実習はほとんど行われていないのが実情です。そこで、日高育成牧場では馬に興味のある学生のために、馬に直接触れる実習を2009年から行っています。

 昨年と一昨年は新型コロナによる緊急事態宣言などのため中止を余儀なくされましたが、今年は第7波のさなかではありましたが、さまざまなイベントが再開されつつある社会情勢を鑑み、十分な感染予防策を講じたうえで開催することになりました。また、今年はまだ実習を見合わせる機関が多かったことから、できるだけ多くの学生に実習機会を提供するため、例年は1週間だけの開催であるところ、今年は8月22日~26日と8月29日~9月2日の2週に分けて合計12名の学生を迎えました。

 

VPcampで幅広く募集

 参加者の募集は、以前はJRAホームページで告知して行っていましたが、現在はVPcampを通じて実施しています。VPcampとはVeterinary Public health campの略で、NPO法人獣医学教育支援機構が実施している、獣医学生を対象とする家畜衛生・公衆衛生獣医師インターンシッププログラムのことです。このプログラムは、主に行政分野で活躍する公務員獣医師を育成することを目的としており、国や都道府県の研究施設や家畜保健衛生所などが対象ですが、JRAもこの活動に協力する形で参加しています。VPcampを通すことで、最初から馬の獣医師になると決めている学生だけでなく、進路が未定で実習先を探しているような学生にも目に留めてもらうチャンスが広がり、幅広く学生を募集することができるのは大きなメリットだと思われます。

 

実習は初心者目線かつ高度なものを

 参加者の中には初めて馬に触れるという学生もたくさんいますので、まずは馬へのアプローチや頭絡のつけ方、体の触り方などから始めます(写真1)。そして馬房掃除、集放牧で牧場の仕事を体験し、乗馬実習では全身で馬を感じてもらいました(写真2,3)。

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写真1 牧場実習(体温測定)                     

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写真2 牧場実習(集牧作業)

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写真3 乗馬実習                                

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写真4 臨床実習(直腸検査)

 その一方で、臨床実習も行います。主に繁殖牝馬を使って、聴診や触診といった基礎的な実習から、直腸検査やレントゲン撮影、心臓のエコー検査など、大学ではなかなか経験できない実習を行っています(写真4,5,6)。

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写真5 臨床実習(心臓エコー検査)                    

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写真6 臨床実習(採血)

 近年の獣医学生は臨床実習に参加するにあたり獣医学共用試験(VetCBTとVetOSCE)に合格する必要があり、今回の参加学生も全員この試験に合格しています(いわゆる仮免許のようなものです)。これにより獣医師の指導のもと診療行為に参加することができるため、一歩踏み込んだ実習を行いやすくなりました。

 参加学生は、新型コロナの影響で大学の授業がオンライン形式になったり、実習も大人数を避けるため分割・縮小されるなど、とても満足とはいえない状況が続いていることもあってか、少人数制で時間をかけてじっくりと経験できる今回の実習に対して非常に生き生きとした表情で取り組んでいました。

 

馬の獣医師希望者を増やすために

 サマーキャンプは、実施する側にとっては求人活動という意味合いも含まれています。参加学生は将来馬の獣医師になりたいという明確な意思をもって参加している学生もいれば、他の業種、例えば小動物臨床と迷っているという学生もいます。初めから馬に進みたいという学生は、こちら側から積極的にアプローチしなくても馬の世界への進路を選択してくれますが、迷っているという学生に対しては、本実習で実施したように馬そのものの魅力を伝え、できるだけ分かりやすくインパクトのある実習により馬の臨床の面白さを伝えることで、馬の世界への進路を選択してもらえるよう後押しするのが重要な役目になっていると考えています。

 JRAでは、馬の獣医師の志願者を増やす試みとして「競走馬および乗馬の獣医師を志す学生を支援するための奨学金制度」を日本国際教育支援協会(JEES)の協力のもと実施しています。受給学生は本実習のようにJRAが実施する研修や研究発表会に参加することを義務として課していることから、否が応でも馬に興味を持ってもらえます。支給期間は5年生の4月から24か月間であることから、きっかけをつかむには少し時期は遅いかもしれませんが、馬の獣医師になることを決めている学生には新たな気付きの機会となり、進路を決めかねている学生には馬の世界を知ってもらう契機になるものと考えられます。今回の実習には、奨学金受給生が5名参加していましたが、この奨学金制度が繋いだとも言えます。

 サマーキャンプのような活動を通じて少しでも多くの学生に馬に興味を持ってもらい、将来の馬産業を担う人材になってほしいと願っています。

 

日高育成牧場 生産育成研究室長  関 一洋

 

2022年8月 5日 (金)

ファームコンサルタント養成研修(栄養管理技術指導者養成研修)より

 JBBAは「競走馬生産振興事業」における「軽種馬経営高度化指導研修事業」のひとつとして、2年間に及ぶ研修を通して栄養管理技術者としての能力を身につけることを目的とする「ファームコンサルタント養成研修事業」を2015年から開催しています。これまでに第1期生9名および第2期生2名を生産地に送り出しています。なお、第2期からは牧場に勤務する者を対象とした「担い手飼養管理研修」も同時に実施しており、現在実施中の第3期はファームコンサルタント養成研修生3名、担い手飼養管理研修生15名の18名が受講しています。研修は通常「講義」、「実習」、「課題発表」の3部構成で行っていますが、3月に開催された研修会はコロナ禍ということを考慮し、ウェブを利用しての「講義」および「課題発表」のみとなりました。本稿ではこの「課題発表」の内容を紹介いたします。

 

1.今回の課題は「繁殖牝馬の栄養管理」

 今回の課題となった文献の一つはThe Horse(Web版)に掲載されたケンタッキー大学Lawrence博士による「Broodmare Nutrition: Preparing for Fall and Winter」でした。要約は以下のとおりです。 

〇ボディコンディションスコア(BCS

 定期的なBCSの測定は繁殖牝馬を管理するうえで非常に重要であり、BCSが5未満であれば分娩後の受胎率は低下し、前年の不受胎馬や未供用馬では良好なBCSを維持することによって、早期に正常な発情周期の確立が可能となり受胎率も向上する。一方、BCSが7を超えた場合には、繁殖成績に悪影響は認められないが、蹄葉炎を含む蹄疾患や下肢部疾患のリスクが高くなる点に注意すべきである。また、特に離乳後の母馬や未供用馬では初秋にBCSが5 未満になる場合も少なくなく、この場合には秋にBCSを上昇させておく必要がある。

〇牧草と乾草

 ケンタッキー州では晩秋に牧草の質および量が低下するため、放牧地で乾草を給与する場合がある。これはBCSを維持する目的以外に、過放牧による来春の牧草の活力低下に伴う雑草の侵入を防止する目的もある。放牧地で乾草を給与しても馬が乾草を食さない場合には、放牧草のみによってエネルギー要求量は満たされていることが示唆される。一方、乾草を完食する場合には、放牧草の質が明らかに低下していることが示唆される。また、米国南東部におけるトールフェスクは妊娠後期の牝馬に悪影響を及ぼすエンドファイト(植物内に共生する微生物)に汚染している可能性があることから、給与する際には注意が必要である。

 ルーサンやクローバーなどのマメ科乾草の多くは、チモシーやオーチャードなどのイネ科乾草よりも栄養素が豊富であり、妊娠中期および後期の妊娠馬は良質のルーサンを十分に摂取することによってタンパク質要求量を満たすことが可能である。さらに良質のルーサンを給与する場合には、チモシー乾草を給与する場合よりも濃厚飼料の給餌量を減じることが可能である。一方、チモシー乾草のみを給与された妊娠馬は、妊娠後期にタンパク質要求量を満たすことは困難であった。

 英国の研究では、体重 100 ポンド(45kg)ごとに約 2〜2.25 ポンド(0.9〜1.0kg)の乾草を摂取する必要があり、一般的なサラブレッドの牝馬(1,250 ポンド:562kg)の場合には、1日あたり約 25〜28 ポンド(11.25〜12.6kg)の乾草の摂取が必要である。(参考までにこの研究では少量の濃厚飼料しか給与されておらず、より多くの濃厚飼料を与えられた牝馬は乾草の摂取量を減じることが可能であると言及している。)

〇濃厚飼料とサプリメント

 通常、繁殖牝馬は放牧草および乾草の補助飼料として濃厚飼料あるいはサプリメントを給与される。一般的に粗飼料の給与によって十分なカロリーを得られない場合に濃厚飼料を給与するが、ほとんどのサラブレッド妊娠馬に対しては、妊娠後期に5〜10 ポンド(2.25〜4.5kg)の濃厚飼料を摂取させる必要がある。サプリメントはビタミン、ミネラル、さらにはタンパク質の補完的な飼料であり、放牧草または乾草のみによってエネルギー要求量が満たされ、BCS 6を維持できる場合でさえも、少量(1 日あたり 1〜2 ポンド:0.45〜1kg)のサプリメントの給与は必要である。一方、市販の妊娠馬用濃厚飼料を少なくとも 4 ポンド(2kg)摂取している妊娠馬に対しては、サプリメントは不要である。市販のオールインワン飼料を給与せずにえん麦などの穀物のみでエネルギー要求量を調整している場合には、サプリメントは非常に有効な飼料である。

2.質疑応答

これらの文献の内容に関して行われた講師陣との質疑応答は以下のとおりでした。

(クリックすると拡大されます)

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 質疑応答では飼料の価格高騰という現在の切迫する問題を踏まえた対応策やカビに関しても教科書的には全て廃棄すべきと結論付けることに対しても率直に意見交換が行われ、少人数制のメリットを存分に生かした研修となりました。研修に参加した方々が研修終了後もこのように意見交換ができる関係を維持することは、「強い馬づくり」に役立つものと実感いたしました。今後も本研修において有益な議論が行われた際には、この誌面で報告させていただきたいと思います。

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写真1.今回の課題となったThe Horse(Web版)に掲載された文献(QRコードでHPにアクセスできます)

 

日高育成牧場 頃末憲治

2022年2月 3日 (木)

日本ウマ科学会招待講演『根拠に基づくウマの寄生虫コントロール』

 2021年12月のウマ科学会学術集会は、Web上での開催となりました。例年、海外から第一線の専門家を招待して講演会を開催しているのですが、本年は動画配信スタイルとなりました。

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動画配信の様子

  講師は、米国ケンタッキー大学のグラック馬研究所で寄生虫について研究や指導を行っているマーティン・ニールセン博士。日本語訳されている「馬の寄生虫対策ハンドブック」の著者であり、アメリカ馬臨床獣医師協会(AAEP)の「寄生虫対策ガイドライン」の策定においても大きな役割を担っている現代の馬寄生虫対策のパイオニアです。ユーチューブを活用した研究成果の普及にも取り組まれています。今回は、「根拠に基づくウマの寄生虫コントロール」というテーマでの講演でした。以下に内容を抜粋します。

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著書

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YouTubeチャンネルのQRコード

寄生虫コントロール

 現代における寄生虫対策の目標は、寄生虫感染をうまくコントロール(調整)すること、すなわち寄生虫を根絶するのではなく、悪影響を抑えて病気を予防することです。過去、寄生虫の根絶が試みられ積極的な駆虫が世界的に推奨されましたが、薬剤耐性を持つ寄生虫が残るという結果を招いてしまいました。様々な事情により新しい駆虫薬の発見・開発が期待できない現状において、馬が飼養されている環境が薬剤耐性虫で溢れないように、将来を見据えた寄生虫対策が求められています。その際、目標の共通認識を持つことが重要であり、寄生虫の種類ごとに対策目標を定めるべきです。今回の講義では、馬に感染する代表的な4種類の寄生虫(図1)について解説します。

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図1:主な馬の寄生虫

①小円虫対策の目標:排除不可能→感染虫体数を減少

 採食される牧草と一緒に消化管内に入った幼虫が大腸壁内で嚢に包まれた状態で発育する小円虫は、嚢から出る際に腸壁を傷つけるため、重度の感染では大腸全体の出血や炎症の原因になります。重症化リスクは低いものの感染率が高く、耐性虫が確認されているため単純に駆虫薬の投与回数を増やしても完全に排除できないのが問題です。虫卵検査で排出虫卵数の多い馬は、同じ放牧地内の群全体の感染リスクを増大させるので、春および秋に実施する年2回のイベルメクチンに加え、腸壁内の幼虫を殺す作用もある駆虫薬(モキシデクチン)を夏、あるいは夏と晩秋に投与することで飼養環境内全体の感染リスクを減らすことができます(ただし、日本ではモキシデクチンの販売が未認可であるため、獣医師の責任で個人輸入するか代替薬の使用を検討する必要があります)。

②大円虫対策の目標:排除可能

 かつては世界中で蔓延していましたが、駆虫薬が使える国や地域ではほとんど見られなくなりました(駆虫薬が使えない国や地域では蔓延しているので、駆虫を減らすべきではない)。疝痛症状は軽度ですが、腸間膜動脈への寄生による動脈炎に続発する血栓による腸管の壊死や腹膜炎が主な症状で、駆虫薬耐性虫は報告されておらず、今後も感染が多くなる季節の序盤に駆虫をすれば十分に予防できることが証明されています。

③回虫対策の目標:排除不可能→腸閉塞を予防

 ほとんどの馬は悪影響を受けませんが、稀に小腸閉塞を起こします。発症するのは、生後5か月前後の子馬で、ほとんどの馬で疝痛を認める12~24時間前に駆虫薬が投与されていました。駆虫した時点で既に小腸内に大量寄生していた回虫が駆虫薬により麻痺して、筋層が厚く硬い回腸で詰まることが原因となっており、閉塞を取り除くための手術が必要となります。したがって、感染率・排出虫卵数のピークよりも先に駆虫することで、回虫感染による小腸閉塞を予防します(例:1回目の駆虫は生後2~3か月時、2回目の駆虫は生後5か月時)。

④条虫対策の目標:排除不可能→腸で発生する症状を軽減

 葉状条虫の感染はよく見られ、多くは盲腸に寄生しますが、寄生数が少数であれば問題にはなりません。一方、寄生数が多いと回盲部の閉塞や破裂、腸重積を起こす場合もあります。寄生虫の幼虫を媒介するダニのいる放牧地に馬を放す限り感染リスクが無くならないので根絶は難しいですが、駆虫薬(プラジカンテル)が有効で耐性虫の報告も無いので、これまで通り計画的に駆虫するべきです。

さいごに

 最後にニールセン先生は、最近の研究結果から必要最小限の駆虫でも寄生虫対策として十分である可能性が見いだされつつあること、寄生虫の撲滅が困難であることに改めて触れ、「寄生虫は、馬たちを殺すどころか病気にしてしまうことも稀で、馬に寄生虫がいるのは当然。寄生虫がいたとしても幸せに生きている。」との言葉と共に講演を締めくくっていました。

日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄泰光

2021年8月30日 (月)

繁殖関連の最新研究(AAEP2020)の紹介

 AAEP(米国馬臨床獣医師協会)は世界中に9000人の会員を抱える団体で、毎年年末に大規模な学会を開催しています。昨年はCOVID-19のためオンラインでの開催となりましたが、現地開催と変わらず多くの臨床研究が発表されました。本稿では「最前線の研究紹介」ということで、身近な繁殖疾患に関する3演題を紹介いたします。普段の業務に直結する情報ではありませんが、世界の馬繁殖研究の一端を知っていただければ幸いです。

顆粒膜細胞腫の術後成績

 ケンタッキーで有名な馬病院ルードアンドリドルのスペイセック氏は「顆粒膜細胞腫72症例の術後成績」を発表しました。これほどの術後成績をまとめた報告は世界で初めてです。顆粒膜細胞腫はウマで最も一般的な卵巣腫瘍であり、ホルモン分泌異常により不妊となるため、治療のためには罹患卵巣を手術により摘出しなくてはなりません。症例の平均年齢は9歳、術後最初の排卵は174.5日後、最初の妊娠診断は302日後、分娩は739日後でした(図)。一般に、顆粒膜細胞腫は卵巣静止(無発情)となりますが、興味深いことに半数は正常な発情周期を保っている状態でした。また、過去の報告では術後6か月までに半数が発情回帰し、さらにその半分程度が妊娠に至っています。

PBIEに対するPRP療法

 イリノイ大学の研究チームは持続性交配誘発性子宮内膜炎PBIEに対するPRP (Platelet Rich Plasma、多血小板血漿)の有効性を報告しました。子宮内に射精された精液が子宮内膜炎を誘発することを交配誘発性子宮内膜炎といい、これ自体は正常な生理反応ですが、これが持続すると受胎率を低下させてしまう要因となります。PRPとは血液を遠心分離することで得られる血小板成分が濃縮された血漿で、さまざまな成長因子やサイトカイン、殺菌および抗炎症因子が含まれていることから治癒促進や疼痛軽減などを目的にヒト医療でもよく用いられています。PBIEに罹患しやすい牝馬に対してPRP(40ml)を子宮内投与したところ、子宮内貯留液の量、炎症(細胞診における白血球数)、細菌数、受胎率で対照群に比べて良い成績でした。PRP療法が繁殖領域においても有用であることを示す大変興味深いデータです。ただし、この実験プロトコールは交配の48,24時間前および6,24時間後の合計4回も投与しているため臨床現場で4回も行えるのか、PRPの精製にかかる手間と時間に見合う価値があるのか、一般的な子宮洗浄や薬液注入と比較してPRPがどれほど有効なのかといった点についてはさらなる検証が必要と思われます。

感染性胎盤炎の診断マーカー

 ケンタッキー大学のフェドルカ氏は感染性胎盤炎における診断マーカーとして炎症性サイトカインのインターロイキン(IL-6)が有用であることを発表しました。ケンタッキー大学は胎盤炎について精力的に研究しているグループです。この研究では実験感染させた妊娠馬において、羊水、尿水、母体血液中のIL-6濃度が対照群に比べて有意に高い値を示しました。IL-6はヒトの羊膜感染の診断マーカーとして用いられていますが、ヒトとは胎盤構造の異なるウマにおいても母体血中のIL-6測定が有用であるとは興味深いデータです。現在、ウマの妊娠異常を診断するツールとしてホルモン検査がありますが、これは胎子胎盤の異常を検出する指標であるのに対して、IL-6は感染に特異的である可能性が考えられ、子宮内というアプローチが難しい胎子に対する診断の一助となるかもしれません。

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図 罹患馬の情報および術後の経過

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇

2021年7月28日 (水)

後肢跛行診断と治療(膝関節領域)に関する講習会について

 2019年11月27日および28日、静内エクリプスホテルおよび日本軽種馬協会軽種馬生産技術総合研修センターにおいて、カタール国Eqine Veterinary Medical CenterのFlorent David氏とTatiana Vinaedell氏を講師に招き、馬の後肢跛行診断と膝関節領域の超音波検査に関する講習会が開催されました。今回はTatiana氏の後肢跛行に関する講習会の内容の一部をご紹介します。

後肢跛行について

・アプローチ

 馬の後肢跛行を診断するにはまずその馬の履歴を正確に把握する必要があります。履歴とは、年齢、品種、調教の状況、過去の跛行歴等を含みます。また馬を観察する際には厩舎のように馬が慣れている環境で行う必要があります。観察する際には、姿勢、筋肉の緊張、触診への反応、熱感や腫れがある部位はないか等をチェックします。歩様の評価は常歩、速歩、駆歩で実施しますが、特に速歩での評価が重要です。この際、引き手をフリーにして馬をコントロールしながらも自由に走らせることがポイントになります。

・後肢の跛行診断

 歩様検査は診断に不可欠ですがこの際は、跛行の有無だけでなく、患肢は一肢に限局されるのか複数なのか、また跛行の重症度等についてもチェックする必要があります。一般的に、後肢の跛行診断は前肢のそれよりも難しいとされています。また後肢の跛行は「ハミの後ろ側」「後肢の衝突」「後肢の弾み」といった漠然とした用語で表現されることがあるため、関節の曲がり、歩幅、前方への展出、骨盤の回転運動といった明らかな客観的指標を見つけることが正しい跛行診断の第一歩となります。

 以下に獣医師が後肢の跛行診断を行う2通りの方法を紹介します。

〇上下運動の評価:

 これは骨盤の背側正中に大きなボールや目印を設置し、その上下運動を一定時間観察する方法です(図1)。跛行している馬では、骨盤の患肢側における下向きの動きが小さくなる、あるいは患肢から離れる上向きの動きが小さくなるという2つの変化が確認されます。

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図1(骨盤背側正中にボールを設置、Tatiana氏のスライドより引用)

◯骨盤の回転運動の評価:これは、診断者が馬の真後ろに立ち、馬の歩行に伴う寛結節(矢印)の動きについて上下の振幅を左右で比較する方法です(図2)。

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図2(赤丸が寛結節)

おわりに

 本講習会には300人を超える牧場関係者や獣医師が詰めかけ、大きな関心を集めました。後肢跛行の原因は様々ですが、いずれの場合も早期発見と適切な治療が必要となります。本講演会の開催により参加者はこれまで以上に後肢跛行に対する高い意識を持つようになったのではないでしょうか。

JRA日高育成牧場 業務課 診療防疫係  長島 剛史

『第48回生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム』について

 2020年10月15日(木)静内エクリプスホテルにおいて、JRA主催の「第48回生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム」が開催されました。このシンポジウムは、生産地で問題となる疾病に関する最新の知見や、保健衛生管理に関する問題点や対応策に関する情報を共有するため、講師の先生方をお招きして毎年開催されています。例年は夏季に開催されていますが、本年は新型コロナウイルス感染症の流行のため、延期されたこの時期での開催となりました。本年の講演内容は「最近の米国の獣医療」、「微生物学」、「遺伝学」、「免疫学」、「外科学」と多岐にわたる分野に精通された講師の皆様に、大変貴重なご講演をしていただきました。本稿では、その中でも馬を飼養する上で問題となる感染症について興味深いご講演がありましたので、その概要をご紹介いたします。

ウマコロナウイルス感染症

 現在、ヒトの世界で新型コロナウイルス(COVID-19)が猛威を振るっていますが、ウマにもコロナウイルス感染症が存在します。本講演では、ウマコロナウイルス(ECoV)について研究をされている、競走馬総合研究所の根本学先生と上林義範先生よりお話しいただきました。

 ECoVはウマ固有のウイルスで、2000年に米国で感染馬が初めて確認されて以降、日本と米国で流行が報告されています。日本では2004年、2009年、2012年の3回、ばんえい帯広競馬場の重種馬群で流行が発生し、本年春に初めてサラブレッドを含む馬群での流行が確認されました。

 ECoVに感染した馬の主な症状は、発熱、食欲不振、元気消失、下痢などの消化器症状です。発症馬の多くは軽症で、数日のうちに回復しますが、米国では一部の発症馬で神経症状を呈し予後の悪い馬も確認されており(日本では確認されていません)、注意が必要な疾患であると言えます。ヒトのCOVID-19感染では主に肺炎などの呼吸器症状があらわれるのに対し、ECoVでは下痢などの消化器症状が主症状となり、過去の重種馬群での流行の際にも発症馬の1~3割で下痢が認められています。

 ECoVは糞便を介して伝染しますが、競走馬総合研究所が行った研究では9日間以上の長期間にわたって感染馬の糞便から大量のウイルスRNAが検出されることが確認されています。このウイルスを大量に含んだ糞便を、他の馬が経口摂取することにより感染が広がっていくと考えられています。また、ECoVに感染しても症状を示さなかった「不顕性感染馬」からも、症状を示した馬と同程度の量および期間のウイルス排出が確認されており、症状がない馬も感染源となってしまいます。

 診断には、COVID-19の検査でよく聞くPCR法という遺伝子検査法が用いられます。さらに競走馬総合研究所でさまざまな種類のPCR法を比較したところ、リアルタイムPCR法という検査法が最も検出感度が高いことも分かりました。

 一方、本年春のサラブレッドでの流行は、JRA施設内の41頭の馬群で起こりました。サラブレッド16頭とアンダルシアンやミニチュアホースなど様々な品種の馬で構成されていた馬群のうち15頭で症状がみられましたが、そのうち発熱は11頭、下痢は3頭でした。いずれも軽症で症状が現れてから1~3日で治まりましたが、注目すべき点はその感染力の強さでした。症状のない馬も含めて同一馬群の全頭に対して、ECoVに対する抗体を持っているかどうかを調べる中和試験を行った結果、全頭が抗体を持っていたことが分かり、馬群の全頭にECoVが感染していたことがわかりました。このことから、ECoVの感染力が非常に強力であることがうかがえます。

 さらにこの流行の調査から品種間のECoV感染率には差がなかったものの、糞便中へのウイルス排泄期間に差があることも明らかとなっています。サラブレッド感染馬では、糞便からウイルスが検出された期間が最長19日であったのに対し、非サラブレッド感染馬の5頭で19日以上ウイルスが検出され、最長で感染から98日間もウイルスを排出し続けました。このことは、品種によって感染源となるリスクの高さに違いがあることを表しています。

 今回のご講演では、ヒトで大変な問題となっているコロナウイルス感染症が、特徴や重篤度は違いますがウマでも起きているという興味深いお話をしていただけました。ご紹介したのはシンポジウムの演題のごく一部ですが、疾病の情報を知っておくことで、発生した際の適切な対応につなげられる可能性がありますので、常に最新の情報にアンテナを張ることが重要といえそうです。

 

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人馬の信頼関係の強化:駐立編 ~リトレーニングプログラムの応用~

はじめに

 今回は馬と人との距離感(パーソナルスペース:支配領域)を利用した『駐立』の調教についてお話します。

パーソナルスペースとは?

 人におけるパーソナルスペースとは、他人に近づかれる(侵入される)と不快に感じる空間のことで、『対人距離』、『パーソナルエリア』とも呼ばれます。馬は、自分が主張する『支配領域』である球状のパーソナルスペースを持つといわれています。馬の群れは、リーダーを頂点とする階層社会ですので、パーソナルスペースは順位付けに利用されます。集団放牧の際、不用意に近づいた馬を威嚇して追い払う『強い馬:群れでの階級が高い馬』や、『弱い馬』が『強い馬』の侵入を許容し、場合によってはスペースを譲る光景を見たことがある方も多いと思います。この習性を利用して、馬に『駐立』を教えます。

『駐立』の調教

 『駐立』に問題のある馬の多くは、必要以上に保持者(駐立させている人)に接近してじゃれたり、周囲の刺激を気にして落ち着かなかったり、動きまわります。前者は『リーダー』である人のパーソナルスペースに侵入することを、保持者が許容してしまうことが問題であり、後者は保持者にフォーカス(意識を向ける)せず、勝手に動いてしまうことが問題です。これらの問題を解決するために、以下2種類のグラウンドワークによる働きかけを活用します。

  1. 横方向の働きかけ

 適度の距離を置いて馬の正面に立ち、プレッシャーによって前肢を軸に後躯を回転させることを目的とします(図1)。最初に『リーダー』となるべき人(自分)と馬のパーソナルスペースをイメージします。次に、馬の斜め前方のパーソナルスペースに侵入し、腰角付近にプレッシャーを与えます。腰角に向けてリードを振り回す、あるいは長鞭を使って腰角を刺激します。初期は一歩でも動いたら、直ちにプレッシャーを解除し、停止したら馬を褒めます。プレッシャーに反応しない場合は、徐々にプレッシャーのフェーズ(強さ:段階)を上げ、馬が反応したら解除します。反対に、馬が人の要求以上に動き過ぎてしまう場合にはプレッシャーのフェーズを下げ、馬が反応した瞬間に解除します。馬が勝手に動くのではなく、人の指示に従って要求されただけ後躯を動かすことが大切です。なお、後躯を回転させた際に馬が前進して人のパーソナルスペースに侵入してしまう場合には注意が必要です。馬の前進に対して、人がスペースを譲って(後退して)しまったら、馬に主導権が渡ってしまいます。馬に人のパーソナルスペースを強く意識させる必要があります。

  1. 前後方向の働きかけ

 正面からのプレッシャーコントロールによって馬を前後方向に動かすことを目的とします。最初は馬の正面に立ち、頭部や胸前にプレッシャーを与えて後退させます(図2)。後退を促すプレッシャーとしては、リードを振り回すことや、目線などのボディーランゲージを使用します。なお、反応しない馬には無口が動くほどリードを揺らしたり、余ったリードを鼻先に触れさせたりすることによって段階的にフェーズをコントロールします。後退したらプレッシャーを解除し、停止したら褒めます。次に、人が後退しながら馬から離れ馬を呼びます(図3)。最初は軽くリードで引っ張る、あるいは人が前かがみになって伏し目がちになることで馬は前進しやすくなります。人のパーソナルスペースに侵入しない位置で馬を停止させて褒めます。停止の際に馬を褒める行為によって、馬に考える時間を与えることができます。考えて理解する時間を与えれば、調教はよりスムーズに進むと思います。

 『駐立』できない馬の問題は、この二つの働きかけで改善できると思います。馬の動くスピードと方向は、人がコントロールしなければなりません。馬が勝手に動いて(スピード有り)も、止まって(スピード無し)も『駐立』はできません。人が明確な目的を持って分かり易く働きかけることで、馬は人にフォーカスします。馬と適切な距離を保ち、動いてしまう馬にはプレッシャーを上手に使って人が馬を動かし、プレッシャー解除によって馬に自ら停止することを選択させられれば、自然と『駐立』できるようになると思います。

図1 横方向の働きかけ

馬の腰角にプレッシャーを与えて後躯を動かします。

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図2 前後方向の働きかけ①

頭部や胸前にプレッシャーを与えて後退させます。

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図3 前後方向の働きかけ②

馬が前進しやすい態勢で馬を呼び込みます。

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JRA馬事公苑 診療所長 宮田健二