初期育成 Feed

2024年9月25日 (水)

当歳馬の近位種子骨々折について

JRA日高育成牧場では、生産馬(JRAホームブレッド)を用いて様々な疾病の調査・研究を行ってきました。離断性骨軟骨症(OCD)や骨軟骨下嚢胞(SBC)などの発育期整形外科疾患(DOD)や喉頭片麻痺(LH:ノド鳴り)などの上気道疾患の発症状況と競走期への影響については、各種講習会を通じて競馬関係者の皆様にご紹介してきたところです。これらの疾病の発症状況を調べる中で、症状を示さない近位種子骨々折が離乳前の当歳馬に高頻度に発生していることが明らかになりました。今回は当歳馬に発生する近位種子骨々折についてご紹介していきたいと思います。

 

当歳馬の近位種子骨々折

 近位種子骨は球節の掌側(後側)に位置する骨であり、繋靭帯や種子骨靭帯と繋がることで球節を支える保定機能の構成要素として重要な役割を担っています。調教を実施する育成期や競走期のサラブレッドでは、球節が地面すれすれまで沈み込むこんだ際に、繋靭帯によって強く引っ張られることによって近位種子骨に大きな力がかかり、骨折を発症することがあります。育成期や競走期の馬に骨折が発生すると、球節の支持機能が損なわれるため、重度の跛行となるだけでなく、場合によっては競走能力を喪失することもあります。

 当歳馬の球節を生後直後から定期的にレントゲンを用いて検査したところ、生後1~3ヶ月齢の時期に近位種子骨々折が発生していました。しかしながら、これらの骨折は先ほど述べた育成期や競走期の馬に発生するものとは異なり、跛行などの症状を示さず定期検査によって偶然発見されたものでした。そのため、これらの当歳馬たちに対しては特に治療や休養を行わなくても、概ね1ヶ月程度で骨折線が消失して治癒することを確認しています(図1)。当歳馬において生後1~3ヶ月齢に多く発生しているのは、広い放牧地に放牧されて、母馬と一緒に放牧地を駈け回る時期であることと関係していると考えられます。また、跛行などの症状を示さない点については、当歳馬の体重が軽いため、骨折を発症しても球節の機能に大きな影響を与えないためであると思われます。

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図1 当歳馬に発生する種子骨々折

 

 それでは、当歳馬における近位種子骨々折はどの程度の頻度で発生しているのでしょうか。2014~2020年に生まれたJRAホームブレッド54頭(牡:25頭、牝:29頭)に対して調査を行ったところ、生後1~3ヶ月齢の間に四肢の中で1か所でも近位種子骨々折を発症していたのは25頭(46.3%)でした。性別ごとの発症率を比較したところ、牡(60%)は牝(34.5%)に比べて発症率が高いことが明らかになりました(図2)。この結果は、牡の方が活発に放牧地を駈け回っていることを示しているのかもしれません。このように、当歳馬においては症状を示さない近位種子骨々折が高頻度で発生していることがお分かりいただけたと思います。

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図2 性別ごとの近位種子骨々折の発症率

 

競走期への影響

 これまでご紹介してきたように、放牧を開始した当歳馬には近位種子骨々折が発生していますが、これらの骨折は競走期に何らかの影響を与えるのでしょうか。先ほど調査したJRAホームブレッドを対象に、競馬への出走率を比較したところ、当歳時に近位種子骨々折を発症した群(80%)と発症していない群(82.8%)との間に大きな出走率の違いは認められませんでした(図3)。また、競走期の出走回数や獲得賞金についても比較を行いましたが、これらについても大きな差は認められませんでした。これらの結果から、当歳馬に発生する症状を示さない近位種子骨々折は、競走期に大きな影響を与えることはないと言えそうです。

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図3 近位種子骨々折の有無による出走率

 

近位種子骨々折の予防

 当歳期の近位種子骨々折は競走期への影響は大きくないことを示しましたが、発症しないのであればそれに越したことはありません。骨折を予防するためにはどのようなことを実施する必要があるのでしょうか。骨折を発症する要因の1つとして、広い放牧地を駈け回ることが考えられます。特に、母馬が広い放牧地に放たれて全速力で走り回った際に、子馬が必死に付いていくことによって種子骨に大きな力がかかることで骨折が発症していると思われます。実際に、初めて広い放牧地に放す際に母馬に鎮静処置を実施した年は、当歳馬の近位種子骨々折の発症率が低い結果となりました(図4)。この結果から、当歳馬の近位種子骨々折を防ぐためには、放牧地を走り回らない対策を講じることが重要であると思われます。しかしながら、生産牧場においては、母馬に気軽に鎮静処置を実施することは難しいと考えられます。そこで、広い放牧地を使う際には段階的に広い放牧地に移していくことや同じ管理をしてきた母馬同士を一緒に広い放牧地に移すといった対策を実施するのが良いと考えられます。

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図4 年ごとの近位種子骨々折の発症率

2024年5月14日 (火)

寒さとお産の関係性

競走馬の繁殖シーズン真っ只中の4月、生産牧場の皆様は寝不足の日々を過ごされているかと思います。筆者の勤めるJRA日高育成牧場でもまだお産を控えた繁殖牝馬がおり、気を引き締めて準備をしているところです。

 生産牧場の皆様はご存知のとおり、馬の妊娠期間は340日前後と言われています。前の年に種付けし受胎確認ができた際、「分娩予定日」が計算によって決まります。すなわち、種付け日または排卵確認日から起算して340日後が「分娩予定日」と定められ、その日が近くなってくると警戒態勢が敷かれるわけです。JRA日高育成牧場では、種付け翌日に直腸検査で排卵確認を行うので、排卵確認日を妊娠0日目として分娩予定日を計算しています。

この分娩予定日は大まかな目安にはなりますが、実際には馬の正常な妊娠期間は320~360日とレンジが大きく、分娩予定日からずれることがほとんどです。ちなみに320日未満の場合は早産と見なされ、未熟子のリスクがあると一般的には言われています。

 筆者は英国の牧場での研修期間中、夜間の分娩兆候を監視する仕事(ナイトチェック)を経験しました。ちょうどその牧場では、予定日を過ぎても生まれない馬が例年よりも多くおり、いつ生まれるのかやきもきしながら監視をした記憶があります。その時に同僚達から、「今年の冬は寒いから分娩が遅れている」という話を聞きました。「寒い=気温が低いと分娩が遅くなる」、これは同様に日本の生産地でも一般的に考えられている事象であると思います。この原因は、馬は日照時間が長い時期に繁殖を行う「長日繁殖動物」であることから、日が短く気温がまだ低い1月、2月には分娩が起こりづらいという考えや、気温が低いと体熱産生に母馬のエネルギーが奪われることで、胎子への栄養供給が少なくなり、胎子の成熟が遅れることが原因であるという説などがあります。

 実際のところはどうなのでしょうか?過去の海外の報告をいくつか調べてみると、例外もありますが通説と同様「寒い時期は分娩が遅くなる」という結果が多く見られました。そこでJRA日高育成牧場で生産してきたホームブレッド108頭のデータを用い、2月~5月生まれの馬における妊娠期間の長さを、生まれ月ごとに解析してみました。その結果は表の通りで、生まれ月によって差はないことがわかりました(表1)。さらに、出生時の子馬の馬体重についても生まれ月毎に調べてみたところ、これも生まれ月による差はありませんでした(表2)。つまり、分娩時が寒い時期か暖かくなってからかに関わらず、胎子は同じくらい成長し、同じくらいの妊娠期間で生まれてくるという結果となりました。

 また、そもそも妊娠期間の長さによって子馬のサイズに違いはあるのでしょうか?これについてもJRA日高育成牧場のデータを調べてみました。上記と同じデータを使用して分析したところ、妊娠期間は318日から363日まで(平均341.8日)、体重も29kg(母馬が重篤な蹄葉炎に罹患した例)から66kgまで(平均53.3kg)と幅広かったのですが、両者に相関関係は認められませんでした(図1)。

 今回の結果はJRA日高育成牧場のデータのみのため、全ての分娩に当てはまらないかもしれませんが、分娩が遅れる原因は気温の低さではなく、まだ胎子が生まれてくる準備をしているだけなのかもしれません。分娩3か月程前から胎子は急激に成長することが分かっており、母馬が必要とするエネルギー量も増加します(図2)。JRA日高育成牧場では、この時期に妊娠馬への増し飼い(燕麦換算で約2㎏)を推奨しており、BCS(ボディコンディションスコア)を確認することで母馬の栄養状態をこまめにチェックし、胎子の正常な成長をサポートしています。分娩が遅れていると心配になってしまいますが、これらの準備をした上で元気な子馬が生まれるのを待ちましょう。

Photo_5 図1 Photo_6 図2

Photo_7 表1(左) 表2(右)

2024年1月15日 (月)

当歳馬に対するグランドワーク

馬事通信「強い馬づくり最前線」第318号

 

はじめに

 当歳馬の離乳もすでに終えられている牧場も多く、当歳馬を個別に管理し、個々の馬の個性に向き合われている時期ではないかと思います。当歳馬の体重は300㎏を超える個体も認められ、放牧地へ向かう引き馬の際に、制御するのが困難な状況を経験されている方も少なくないものと想像いたします。今回は、当歳馬の取り扱いを容易にすることを目的としたグランドワーク(写真1)の実施について概説します。

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写真1.グランドワークの基本となる引き馬はセリ馴致時にも役に立ちます

 

グランドワーク

 近年、ナチュラルホースマンシップの手法を基にした「グランドワーク」は、競走馬や育成馬のみならず、離乳後からセリ上場までの中期育成期に取り入れられることも少なくありません。グランドワークとはその名のとおり、馬に乗ることなく地上(グラウンド)において、馬に向き合って意思疎通を図る方法です。これにより、馬とのコミュニケーションを構築し、普段の取り扱いのみならず、騎乗時の信頼関係をも高めることが目的といえます。

 つまり、「人の指示に従うように導く」ことが最終目標であり、無理やり従わせるというより、馬が「自発的に行動を起こす」ことが重要となります。馬だけでなく、人も含めた動物全般の自発行動は、「オペラント条件づけ理論」に基づいて、学習させることによって、その頻度を増加させることが可能になると考えられています。

 

オペラント条件づけ理論

 「オペラント条件づけ理論」においては、行動を起こす頻度を上げることを「強化」、行動を起こす頻度を下げることを「弱化」と定義し、行動の直後に刺激を与えること「正」、行動の直後に刺激を取り除くことを「負」と定義しています。これらの「強化」および「弱化」、「正」および「負」という定義によって、1)「正の強化」、2)「負の強化」、3)「正の弱化」、4)「負の弱化」の4つに分類されます(図1)。馬に自発行動を促すには、行動を起こす頻度を上げる「強化」にフォーカスする必要があります。つまり、「正の強化」あるいは「負の強化」の理論に基づいて、自発行動を増加させるように誘導しなければなりません。

 「オペラント条件づけ理論」に基づいて考えると、捕食者である犬は獲物を得ることに満足感を得るため、何かを得ることにより、行動を起こす頻度が増加する「正の強化」によって行動が支配されている傾向が強いと考えられています。つまり、「正の強化」とは「お座り」をしたら「エサ」という好きなものがもらえるので、自発的に「お座り」する行動が増加するというイメージになります。
 一方、被捕食動物である馬では、肉食動物に狙われるという危険な状態から逃げることによって安全で快適な状態、つまり満足感を得るため、嫌なものが取り除かれることにより、行動を起こす頻度が増加する「負の強化」によって行動が支配されている傾向が強いと考えられています。つまり、「負の強化」とは、我々の身近な例で例えると、シートベルトを装着しなければ、不快なアラーム音が鳴り続ける(シートベルトを装着すると不快なアラーム音という嫌なものが取り除かれる)ので、自発的にシートベルトをする行動が増加するというイメージになります。

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図1.「オペラント条件づけ理論」の図解

 

「オペラント条件づけ理論」の馬への応用

 馬に対して「正の強化」および「負の強化」の手法に則って、自発行動を促進した例についてはQR①およびQR②をご参照ください。前者は障害飛越後に必ず「エサ」を与えるという行為を繰り返す「正の強化」によって、最終的には自発的に障害を飛越するようになるという例になります。後者は人に付いていくことによって「プレッシャー」が解除されるという行為を繰り返し理解させる「負の強化」によって、最終的には自発的に人の傍に位置するようになるという例になります。

                   

Qr1


QR①「正の強化」に基づく障害飛越  

Qr2


QR②「負の強化」に基づくジョインアップ

 

「負の強化」に基づいた当歳馬に対するグランドワーク

 当歳馬に対するグランドワークは、「オペラント条件づけ理論」の「不快な状態から解放されることがご褒美(プレッシャー&リリース)」となる「負の強化」に基づいて実施することが推奨されます。図2に示したとおり、4つの手順に分けて進めていきます。具体例としての動画はQR③をご参照ください。

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図2.当歳馬に対するグランドワークにおける4つの手順

Qr3


QR③ 当歳馬に対するグランドワーク

https://youtu.be/pnMaPDjwkns

 

右脳と左脳のイメージ

 馬を安全に取り扱うためには、グランドワーク等によって人の指示を馬に理解させなければならず、野性の本能でもある「臆病で逃げる」という性質を可能な限り排除する必要があります。一方、競馬では「全速力で走る」という野生の本能を誘起しなければなりません。この相反する2つのことを馬の右脳と左脳にフォーカスを当ててみると以下のように考えることができます(図3)。

 野生の馬は捕食者から逃げるために、反射的に反応できる右脳を優位に働かせていると考えられています。人とのコミュニケーションが不足している馬は右脳が優位であり、自身が経験したことのない全ての新しいことに対して「危険なこと」と認識して、逃げるという行動を取るのは極めて自然なことです。そのため、安全に取り扱うためには、主に思考を司る左脳を優位に働かせなければならず、人が関わることが「危険なことではない」と理解させる必要があります。

 馬が左脳を優位に働かせているような行動を見ると安心する一方で、競走馬として何か足りないのではと感じることがあります。その足りないものとは「反射的な俊敏な反応」であり、取り扱いの難しい競走馬が競馬で好成績を残すことが少なからずあるということと関係があるようにも思われます。理想的には、普段の取り扱いは左脳を優位にさせて扱いやすく、競馬の勝負どころでは右脳を最大限に優位にできるような馬を育成していきたいと考えています。

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図3.馬を用いた競技は馬術競技の馬場馬術を頂点として、調教程度の高い順に木の幹として表されます。「根」は全ての競技に不可欠な基本的な馬の取り扱い(グランドワーク)と捉えられています。競馬は馬を用いた競技の中で最も野生に近い競技であり、最も右脳の優位性が必要な競技と考えられます。

 

日高育成牧場 副場長

頃末 憲治

2024年1月 9日 (火)

当歳の離乳について

馬事通信「強い馬づくり最前線」第313号

 春に生まれた子馬たちはすくすくと成長していますが、夏には越えなければならないイベントである「離乳」が待ち構えています。

 野生環境下では、出産の1~2ヶ月前になると、徐々に母子の距離が離れていき、子馬の哺乳が見られなくなるといわれています。このことは、離乳は母馬が次の出産準備を行うためであり、離乳の目的は、胎子成長のための母体の十分な栄養確保、および乳房の母乳分泌機能の一定期間の休養によって、次の出産に備えることであることを意味していると考えられています。今回は、JRA日高育成牧場で実際に行っている例を踏まえて離乳について概説します。

離乳時期

 一般的な離乳時期は4~6ヶ月齢が目安となりますが、1歳馬の売却状況による放牧地や空き馬房の関係から、牧場によっては7~8ヶ月齢と遅い場合もあるようです。離乳の時期を決めるうえで、子馬の「栄養面」と「精神面」の2点を考慮しなければなりません。

 「栄養面」としては、子馬の多くは離乳に伴うストレスにより、体重の減少や成長停滞が認められます。その後の発育や健康に及ぼす影響はほとんどありませんが、発育停滞後の代償的な急成長がOCD(離断性骨軟骨症)などの骨疾患発症の誘因となるため、前号で概説した子馬が離乳前に固形飼料である「クリープフィード」を一定量(1~1.5kg)摂取できるようになっている必要があります。「クリープフィード」の給与開始時期は、母乳量が低下し始める2~3ヶ月齢が目安とされますが、固形飼料に馴れるまでの時間が必要となります。一般的に養分要求量を満たす量を子馬が摂取できるようになる時期は16~18週齢前後と考えられています。しかしながら、各牧場の飼育環境や個体管理等を考慮した際に、栄養面のみの観点からは、十分なクリープフィードを摂取できていれば、より早期に離乳させることは可能ともいえます。

 「精神面」としては、15~16週齢以降に放牧地で子馬は母馬から適度に離れ、子馬同士の距離が接近していることから、この時期の子馬は群れの中で、精神的に自立し始めていると推測されます(図1)。つまり、精神面の観点からは、16週齢以降に離乳を迎えることが望ましいと考えられます。

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図1.16週齢ごろには母馬から離れ、子馬同士の群れでも精神的に安定する

 

 以上のことから、「精神面」と「肉体面」の両方を考慮した場合には、離乳の時期は早くても「4ヶ月齢以降」が望ましいと考えられます。また、「成長面」を考慮すると、体重が「220kg以上」であることも離乳の条件の一つともいわれており、さらに、動物福祉の観点からも早すぎる離乳に警鐘が鳴らされていることも考慮すると、離乳の適期は「5~6ヶ月齢」と考えられます(図2)。

 なお、「7月中旬から8月中旬まで」は気温が高く、アブなどの吸血昆虫が多いため、離乳後のストレスを考慮すると、この時期を避けることが望ましいかもしれません。
 このように、離乳は子馬の健康状態、成長速度、気候や放牧草の状態などを総合的に判断する必要があり、さらに、離乳は個体毎ではなく群で実施することからも、毎年の離乳時期は適宜判断しなければなりません。

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図2.離乳時期の目安

離乳方法

 JRA日高育成牧場では「間引き法」と呼ばれる「放牧地の母子の群れを一斉に離乳せずに、放牧地から母馬を数頭ずつ複数回に分けて群れから引き離していく」離乳方法を採用しています。また、それに加えて「コンパニオンホース」を導入しています。

 方法としては、離乳に先立ち、母子の放牧群の中に「穏やかな性格の子育て経験豊富かつ今年は出産していない牝馬(穏やかな性格のセン馬でも可能)」を「コンパニオンホース」として、離乳前から母子の群に混ぜて馴らしておきます(図3①)。その後、離乳は段階的に2、3組ずつ複数回に分けて、最終的に子馬とコンパニオンホースだけになる状態まで行います(図3②③、写真1)。子馬の状態が落ち着いたことを確認してから最後にコンパニオンホースを群れから引き離して、離乳を完了します(図3④)。

 このように母馬を段階的に除くことによって、群の中でコンパニオンホースや離乳していない母子、すでに離乳した子馬が平常でいることができるため、離乳直後の子馬がパニックになって興奮状態を長続きさせないことが可能になるなどの効果があります。 

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図3.一斉に離乳せずに母馬を数頭ずつ複数回に分けて群れから引き離していく「間引き法」

 

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写真1.離乳後の当歳馬とコンパニオンホース(矢印)

離乳に伴うリスク

 離乳を実施するうえで考慮しなくてはならないリスクとして、先にあげた発育停滞の他、悪癖の発現、疾病発症(ローソニア感染症など)、放牧地での事故などがあります。

 特に、隣接する放牧地に他の馬がいる場合、母馬を探し求める子馬が柵を飛越するリスクがあるため、牧柵や周辺環境を含めた放牧地の選択、離乳直後の子馬の監視など、事故防止策を講じる必要があります。つまり、離乳を安全に実施するためには、周辺環境のストレス要因の軽減に努めるとともに、あらかじめ危険要因を排除する必要があります。

 最後に、不適切な離乳方法を行った場合には、成長阻害、大きな事故、将来の取扱いに支障をきたすような心傷などが懸念されることから、牧場の放牧地や厩舎などの施設環境に応じた離乳方法の選択が重要です。

日高育成牧場 業務課  久米紘一

なぜクリープフィーディングが必要なのか?

馬事通信「強い馬づくり最前線」第312号

 哺乳期の家畜に飼料を給与することは「クリープフィーディング」と呼ばれますが、「抜け穴」を意味するクリープ(Creep)が語源となっています。すなわち、家畜の子供だけが囲いを通り抜け飼料を食べられるようにする給餌方法がクリープフィーディングです。ちなみに、少し混乱させるかもしれませんが、クリープフィーディングにおいて給与する飼料はクリープフィードと呼ばれます。クリープフィーディングを実施する目的は、家畜種で若干異なりますが、サラブレッドにおいては、母乳や放牧草で不足する栄養の補給と離乳前から固形食に馴らすことが主な目的となります。クリープフィードは子馬だけが餌を食べるようにすると同時に、母馬の飼葉を横取りして過剰な栄養を摂取することは避けなければなりません。他の家畜では、クリープフィーディングで増体をより大きくすることを目指すので、母親の餌を盗み食いすることには寛容である場合がほとんどです。しかし、サラブレッドの場合、クリープフィーディングの実施は、栄養の摂取不足だけでなく栄養摂取の過剰やアンバランスを避けるためでもあります。栄養に起因したDOD(発育期整形外科疾患)発症には、銅などのミネラルの不足以外に、急激な増体や濃厚飼料に多く含まれるデンプン等の過剰摂取による糖代謝異常も原因となることが知られています。

 

クリープフィーディングによる不足する栄養の補給

 過去の研究で調べた当歳馬の哺乳量および放牧草採食量から、クリープフィーディングについて考えてみましょう。子馬の哺乳量は1.5ヵ月齢から2ヵ月齢にかけて、急激に減少していきます(図1)。母乳中のカルシウムおよびリン濃度もまた経時的に減少していく(図2 (a))ため、乳由来のカルシウムおよびリン摂取量は成長に伴い加速度的に減少していきます(図3 (a))。また、母乳中の亜鉛および銅濃度は初期を除き哺乳期間中にほとんど変化はみられません(図2 (b))が、哺乳量が減少するため乳由来の亜鉛の摂取量もまた成長に伴い減少していくことになります(図3 (b))。一方、放牧草の採食量は成長に伴い増加していくため、放牧草由来のミネラル摂取量は増加していきます。栄養の摂取量に対する要求量(必要量)の割合(摂取量÷要求量×100[パーセント])は、充足率と呼ばれ、充足率が100%に満たないとき、その栄養は不足していることになります。2ヵ月齢および4ヵ月齢における母乳と放牧草から摂取したカルシウム、リン、亜鉛および銅の充足率を調べると、全てのミネラルで充足率は100パーセントを下回りました(図4)。放牧草の採食量が増加しても、必要量を満たす程度のミネラルが摂取できていないことが分かります。カルシウムおよびリンは骨の重要な材料であり、亜鉛や銅は軟骨の骨化に重要な役割があることから、これらのミネラルが不足することで骨軟骨症などの骨疾患が発症することが知られています。したがって、クリープフィーディングにより、これらのミネラルを補給し充足率が100%を超えるようにする必要があります。仮に「バランサーS」という飼料を、クリープフィードに用いたとします(図5)。全てのミネラルの充足率が100パーセント以上になるようにするには、2ヶ月齢および4ヶ月齢でそれぞれ「バランサーS」を850gおよび750g給与する必要があることが分かりました(図6)。このように、サラブレッドの健康な発育のためには、おおむね2ヶ月齢からクリープフィーディングを実施し、栄養の不足がないようにする必要があります。

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図1.成長に伴う哺乳量の変化

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図2.母乳中ミネラル濃度の経時的変化

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図3.成長に伴う母乳由来のミネラル摂取量の変化

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図4.2ヶ月齢および4ヶ月齢における母乳および放牧草由来で摂取するミネラルの充足率(要求量に対する割合)

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図5.「バランサーS」のミネラル成分

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図6.2ヶ月齢および4ヶ月齢における母乳と放牧草にバランサーを加えたときのミネラルの充足率(要求量に対する割合)。2ヶ月齢 (a) には「バランサーS」を850g、4ヶ月齢(b)には750gを加えた

離乳前に固形飼料摂取の馴致

 離乳により子馬は母乳を絶たれるために、固形飼料のみから栄養を採る必要があります。もし、子馬が牧草以外の飼料を食べることに馴れていなければ、離乳後、飼桶から飼料を摂取するようになるまでしばらく時間がかかるかもしれません。また、母馬と一緒に飼料を食べていた子馬は、離乳後のしばらくは飼葉に口をつけないかもしれません。離乳は子馬にとって精神的には大きなストレスであり、一時的に増体が停滞もしくは減量することは避けられません。しかしながら、離乳前から個別に固形飼料を食べるようになっていれば、少なくとも栄養が摂取できないことによるストレスの心配はありません。離乳による精神面のストレスに加えて栄養摂取が不十分であれば、増体停滞の期間は長くなります。子馬はやがては離乳によるストレスから解放され再び増体していきますが、増体停滞の程度が大きい程、代償的に急速に増体します。増体速度の急増によりDOD発症のリスクが高まることから、離乳後の増体の停滞はなるべく軽度であることが好ましいとされています。このことから、クリープフィーディングは離乳ストレスの軽減のために、必要であるとあるとされています。

 

さいごに

 生後早い時期の下痢のことを「発情下痢」と呼びますが、この下痢と母馬の発情とは関係ありません。子馬が母馬の糞や牧草などを食べたとき、腸内環境がそれらの消化に適応しないためによる下痢であって、偶然に母馬の初回発情時期と重なる場合が多いことから「発情下痢」と呼ばれるようになったのではないでしょうか。下痢になるのは摂取する飼料に対して腸内細菌が少ないことや適応していないためと考えられますが、クリープフィーディングを実施することは腸内環境を飼料に適応させていく過程としても必要であると考えられます。 

首席調査役 松井朗

2023年10月17日 (火)

クラブフットの装蹄療法について

馬事通信「強い馬づくり最前線」第307号

はじめに

 クラブフットとは、蹄と繋の外貌が「ゴルフクラブ」の形状に似ていることに由来してそう呼ばれています(写真1)。クラブフットは生後1カ月~8カ月齢、なかでも特に3カ月~6カ月齢の発育期に好発する蹄疾患であり、球節の沈下不良、慢性的な肩跛行、さらに重度の場合には蹄骨の骨折を引き起こすともいわれています。クラブフットの状態を放置して重篤化してしまうと、競走馬としての将来的な能力のみならず、その馬の価値に影響を及ぼす可能性さえあります。そのため、クラブフットの症状が認められたら、早期に対処していくことが重要となります。

 

クラブフットの原因とグレード

 クラブフットの原因は、深屈腱の拘縮や腱と骨の成長速度のアンバランスと考えられていますが、いまだ発症機序は明らかにされておらず、予防法も確立していません。一般的には、肩や上腕、球節などに何らかの持続的な痛みが生じることにより、上腕部周辺の筋肉が緊張し、関節が屈曲することによって、深屈腱支持靭帯が収縮し、結果的に深屈腱も拘縮する状態と考えられています(拘縮とは深屈腱が縮み、伸縮性を失った状態)。深屈腱が拘縮することによって、その付着部である蹄骨が牽引されるため、結果的にクラブフットを発症します(写真2)。

 クラブフットの発症には遺伝による先天性のものと、後天的のものがあります。後天性のものは生後1カ月~8カ月齢の時期に発症が多く認められます。この原因として、栄養の不足や過多、馬体の発育異常による骨格と筋肉や腱のバランスに伴う異常などが考えられています。実は、放牧地の硬さも重要な要因と考えられており、凍結などにより地面が硬くなると、子馬の肢が過剰に刺激され、疼痛や骨端症が生じて運動量が減少してしまいます。その結果、腱や筋肉の正常な伸縮が阻害され、クラブフットを発症すると考えられています。また、放牧地で草を食する際の長時間の同じ立ち姿勢もクラブフット発症の1つの要因として考えられています。

 クラブフットは、4段階のグレード分類がなされており(写真3)、グレードの数字が高いものほど重度な症例となります。クラブフットは成馬になってからでは、治療することが困難ですので、発症初期の対応が非常に重要です。

 

クラブフットに対する装蹄療法

 腱が発育途上で、成熟前の子馬の時期であれば、改善できる可能性があります。しかしながら、馬の立ち方や体重の掛け方といった馬自身に起因している場合もあるため、完治させることは困難であり、現状から悪化しないように維持するという考え方が一般的となります。

 装蹄療法による対処として、軽症例においては、蹄踵を多削し、蹄の形状を整えます。しかしながら、蹄踵が地面から浮いてしまっているような重症例においては、蹄踵を多削してしまうと深屈腱の緊張が増加し、蹄骨の牽引を助長してしまうため、蹄踵が地面に接地するまでは、充填剤などを用いた「ヒールアップ」を実施し、深屈腱の緊張を緩和させることが効果的です(写真4)。

 さらに、装蹄療法のみでは治療が困難である、より重度の症例においては、獣医師による深屈腱支持靱帯切除術を選択しなければならないこともあります。これによって、深屈腱の緊張が緩和され、クラブフットの進行を抑制することが可能となります。そのため、クラブフットを発症してしまったら、装蹄師のみならず獣医師にも相談し、早期に原因を取り除いていく必要があります。

 

おわりに

 クラブフットの治療は軽症のうちに、適切な処置を施すことが何よりも重要です。そのためには、早期発見できるかがポイントとなります。普段からこまめに歩様チェックを実施し、早期に痛みを取り除くことによって、クラブフットの発症リスクを軽減することが可能となります。

 クラブフットは、市場での評価も含め、馬の将来を大きく左右する重要な蹄疾患です。発育期である当歳、1歳は特に蹄を注意深く観察し、その変化を早期に発見し、素早く対応することが求められます。そのためにも、クラブフットのみならず蹄に異常を認めたら、直ちに装蹄師や獣医師に相談し、早急に対応しなければなりません。

日高育成牧場 業務課 佐々木裕

1_8 写真1.クラブフットという病名は、蹄と繋の外貌が「ゴルフクラブ」の形状に似ていることに由来している。

 

2_3 写真2.深屈腱が拘縮することによって、その付着部である蹄骨が牽引されるため、結果的にクラブフットが発症する(Am Frarrier J 1999 vol25を一部改変)

 

3_3 写真3.クラブフットの指標となる4段階のグレード(Dr. Reddenによる分類)

 

4_2 写真4.蹄踵部を上げることで深屈腱を弛緩させる「ヒールアップ」装蹄療法

2021年8月31日 (火)

母乳中の栄養成分について

はじめに

 生後まもない子馬にとって母乳は唯一の餌であり、そこに含まれる栄養が健康な成長にとって不可欠であることは言うまでもありません。母乳が子供にとって重要な栄養源であることは全ての哺乳動物において共通ですが、動物種により母乳に含まれる栄養成分は少し異なります。今回は、馬の母乳中の栄養についてお話しします。

 

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馬の母乳中の炭水化物・脂質・タンパク質

 馬の乳中の炭水化物、脂質およびタンパク質含量について、牛およびヒトの乳と比較します(表1)。乳中に含まれる炭水化物のほとんどは乳糖ですが、馬の母乳中の乳糖含量は5~6%であり、牛より多くヒトより少なく、一方で、脂質含量は2~3%であり、牛やヒトに比べて低いことが知られています。馬の母乳中のタンパク質含量は、1.7~2.2%であり、ヒトより多く牛より少なくなっています。母乳中のタンパク質含量は、生まれてからの成長速度が早い哺乳動物ほど多いことが知られています(図1)。タンパク質はエネルギーの基質であると同時に、筋肉や骨などの基となる物質ですから、成長が早いほどタンパク質の需要が高まることからこの関係は当然であるといえます。馬の成長速度は早い印象がありますが、実際は他の哺乳動物に比べると早くはありません。肉食動物に捕食されやすい動物ほど早く成長するよう進化してきた一方で、出生時すでに体が大きく、速く走ることのできる馬や、危険から逃げる知恵のあるヒトは、進化の過程において早い成長は必要なかったのかもしれません。

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 海外の指導書等において、馬が母乳を飲めなくなったときに、通常の牛乳でなく市販の低脂肪乳にグラニュー糖などを加えて給与することで牛乳を代用乳として利用することは可能であるように記載されていることがあります。しかし、牛乳と馬の母乳ではタンパク質含量が異なると同時に、タンパク質の種類にも違いがみられます。乳中のタンパク質は、ホエー(乳清)タンパク(以下 ホエー)とカゼインタンパク(以下 カゼイン)の2種類に分けることができ、乳からチーズがつくられる過程において、チーズの原料である沈殿物に含まれるタンパク質がカゼインで、上澄み液に含まれるのがホエーです。ホエーは、カゼインに比べ消化吸収されやすいのですが、牛乳中のホエーはタンパク質全体の20%以下であるのに対して、馬の乳中のホエーはタンパク質の約40%を占めます。すなわち、子馬は、牛乳に比べ母乳のタンパク質を速やかに消化吸収できることになります。このことから、牛乳の糖や脂質の含量を馬の乳と同様に調整しても、牛乳を代用乳として子馬に給与することは好ましくないと考えられます。

 

初乳の栄養

 ヒトとは異なり馬は、胎子期に胎盤を介して免疫を獲得できないため、子馬は初乳から免疫グロブリン(IgG)などの抗体を獲得する必要があります。そのため、初乳は抗体を獲得するための媒体として注目されがちですが、栄養の供給源としても非常に重要です。子馬は胎子期に胎盤から供給された糖(グルコース)により、出生後もしばらくは血糖値を維持することができます。しかし、哺乳を未経験の子馬が、口をすぼめて空中で乳を吸う仕草をすることがありますが、この行動は血糖値の低下による空腹感に起因するものとされています。すなわち、子馬は出生後の早い時間より栄養を欲しており、初乳こそがその供給源となります。

 通常の母乳中の固形分含量は11-12%であるのに対し、初乳には25%以上の固形分が含まれます。また、初乳中にはタンパク質が約20%も含まれており、その量は分娩後1週間で5分の1以下に減少します。初乳の脂肪含量は約1.5~3%ですが、泌乳期の経過に伴い約1~2%に減少します。一方、初乳中の乳糖は約1.5~4%程度ですが、分娩後1週間で約6-7%に上昇します。 子馬が2~15日齢頃によくみられる下痢症状は、母馬の初回発情時期と重なることから俗に“発情下痢”と呼ばれることがありますが、実際は子馬の下痢と母馬の発情に因果関係はありません。かつては、発情下痢は母乳中の乳糖の増加によるものではないかと考えられていましたが、馬の乳糖分解酵素の活性は出生直後がピークであり、ヒトの乳糖不耐症のような乳糖の分解が不十分なことによる下痢ではないようです。近年では、食糞や口から乳以外の飼料や雑菌を取り込むことで腸内細菌層が変化したことにより下痢を発症するのではないかと考えられています。さらに、初乳中にはミネラルやビタミンについても、通常の母乳に比べ多く含まれることが知られています(表2)。このように、初乳に含まれる栄養の濃度が高いことにより、母乳を吸う力が弱い生まれたての子馬が、効率よく栄養を摂取できるようになっています。

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母乳の成分改善のための研究

 泌乳中や妊娠中の母馬への給与栄養により、母乳中の成分を改善する試みがいくつかの研究で行われています。母馬に濃厚飼料もしくは粗飼料を多給したときの乳中の脂肪酸を比較したとき、粗飼料多給の母馬の乳中リノレン酸濃度が高くなったことが報告されています。子馬では濃厚飼料の摂取により胃潰瘍が発症する可能性が指摘されていますが、ヒトではリノレン酸には胃粘膜を保護し胃潰瘍発症の予防効予防効果があることが知られています。そのため、研究者らは母馬への粗飼料の給与量を増やすことで、母乳中のリノレン酸含量を増加させることは、子馬の胃潰瘍予防に有効かもしれないと考察しています。

 母馬へのビタミンEの補給により乳中のビタミンE濃度が増加し、さらには母乳を介して子馬の血中ビタミンE濃度が上昇したことが報告されています。さらには、ビタミンEが細胞の抗体産生を刺激することで、乳中のIgGが増加したことが報告されています(図2)。

 

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おわりに

 母乳により子馬に適切に栄養が供給されることを期待するためには、まずは妊娠中から泌乳期間の母馬に適切な栄養の給与を心掛ける必要があります。そのためには、母馬のボディコンディションスコアをつけながら飼料の給与量を調整することが有効ではないかと考えています。

日高育成牧場 上席調査役 松井 朗

2021年8月26日 (木)

子馬の肢蹄管理について

(馬事通信 強い馬づくり最前線  4月15日号掲載)

 いつになく早い桜の気配に心浮き立つ今日この頃ですが、馬産地は繁忙期真っ只中だと思います。そして、誕生した子馬の成長に目を見張る毎日ではありますが、生産者の方や装蹄師の方の心配の種になるのが子馬の肢勢や肢軸になると思います。そこで今回は子馬の成長に合わせた肢蹄管理についてご紹介させていただきます。

  • 誕生から1~3ヶ月齢
  1. 異常肢勢への対応

 馬は生まれてすぐに自分の肢で立つため、母親の胎内にいるときから、胎生角質と呼ばれるしっかりとした蹄を持っています。ただし、母親のお腹にいる間は胎内を傷つけないよう、蹄餅という白くて軟らかい角質に覆われています。この蹄餅は、生後数時間で乾燥や地面との摩擦などで剥がれ落ち、成馬と同じような蹄となります。この時期の子馬の肢蹄は発育、負重、歩様など、様々な要因により変化します。異常肢勢があった場合でも、成長とともに治癒することもありますが、重度の異常肢勢を放置してしまうと運動器疾患の発症要因となることもあります。このため、誕生直後より、蹄や肢勢・肢軸を注意深く観察し、異常肢勢などを早期発見することが大事です。異常が認められた場合は、装蹄師による蹄壁補修剤や矯正用のシューズやプレートを用いた肢勢・肢軸矯正、獣医師による薬の投与や重度の場合は外科手術が必要となります。

  1. 削蹄の開始

 削蹄は概ね誕生から1~3ヶ月を目安に開始します、間隔は3~4週間が基本的ですが、肢蹄の状態によっては時期を早めることもあります。また、この時期は胎生角質と新生角質と呼ばれる蹄角質が同時に存在しています。母胎で形成された胎生角質は負重など地面からの影響を受けていないのに対し、誕生してから生長した新生角質は負重など様々な影響を受けるため、その差異が、蹄壁の凹湾や不正蹄輪となって現れることがあります。そのような場合は蹄の状態を確認しながら、徐々に蹄鑢(テイロ。ヤスリのこと)などで胎生角質を削切し凹湾した蹄壁を修整します。削蹄の作業は馬が生きていく限り継続されるものであるため、肢挙げや装蹄師による保定の馴致はしっかりと行い子馬に恐怖感をもたせないことが重要です。

  • 4~6ヶ月齢
  1. 端蹄廻し

 離乳を始める時期になり子馬だけで放牧を始めると、元気に放牧地を走り回り、蹄壁欠損などを起こすことがあります。そのため、端蹄廻し(はづめまわし)を実施し、蹄壁欠損などを予防します。端蹄廻しとは、蹄壁の厚さ2分の1を目安として、蹄鑢で外縁を削り、蹄壁に対して45度の丸みをつけることです。牧場でも削蹄用の蹄鑢を常備し、軽度の蹄壁欠損を発見した際は装蹄師ではなくても、拡大を防ぐため端蹄廻しを行うことが良いと思います。

  1. 裏堀り

 放牧するため馬房にいる時間も減少し、放牧地の泥土が蹄に詰まりやすい時期でもあります。蹄底を不潔な状態で放置すると、蹄質が悪化し、蹄叉腐爛などの蹄病の発症原因となります。清潔な状態を保つためにはこまめな裏堀りが重要です。裏堀りの際には、蹄壁に触れることにより蹄の異常サインである帯熱を感知することができます。さらに、子馬の蹄を裏堀りの道具で叩いて軽く音を出し、衝撃を与えることでその後に実施する蹄鉄の装着(釘打ち)の馴致となります。

  • 7~10ヶ月齢
  1. 裂蹄(蹄角質部である蹄鞘の一部に亀裂が発生したもの)

 誕生から7~8ヶ月経過すると、秋から冬の寒い時期に差し掛かります。蹄が乾燥し固くなることもあるため、蹄底部などの裂蹄に注意が必要です。特に蹄底部の亀裂が深くなり、砂などが知覚部(角質の下の柔らかいところ)まで入り込んでしまうと炎症が発生し、跛行の原因となります。亀裂は削開して砂などを除去し、拡大を防ぎます(写真1)。

  1. 白帯病(白線裂とも呼ばれる。白帯が変質して崩壊し、蹄壁中層と蹄底部が剥離したもの)

 蹄の生長とともに、白帯病が発症し始める時期でもあります。この場合も剥離部が知覚部まで達すると跛行の原因となるため、亀裂が深くならないよう病変を早期発見し、削り取ってしまう必要があります(写真2)。

  1. 挫跖(蹄への圧迫や衝撃による知覚部の炎症)

 挫跖も多くなる時期ですので、この時期の子馬の蹄に関しては、蹄負面を注意深く観察し、蹄病の予防や悪化を防ぐこと、歩様や蹄の熱感・球節部の指動脈の拍動亢進などに留意することが重要となります。

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写真1 赤丸は蹄底裂。裂部を削開し砂を除去した。

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写真2 赤丸は白帯病。削蹄し病変を削り取った。

・最後に

 子馬の肢蹄管理は装蹄師による定期的な装削蹄だけでは限度があり、牧場での日常的な管理が必要不可欠です。また、肢蹄の異常などを発見した場合は速やかに担当の装蹄師や獣医師に相談して、健全な肢蹄の発育を心掛けましょう。

日高育成牧場業務課 装蹄師 津田佳典

2021年7月28日 (水)

離乳時のコンパニオンホース導入の効果

 当歳馬の離乳についてJRA日高育成牧場では、伝統的な“母子の群れから子馬だけを引き離す”方法ではなく、“母馬の方を数頭ずつ順に群れから引き離していく”「間引き法」と呼ばれる方法を行ってきました。近年では、間引き法と併用して「コンパニオンホース」の導入による離乳後のストレス緩和を試みています。今回は、当場における過去数年間の離乳期の当歳馬の体重データから、コンパニオンホースの効果を検証してみたいと思います。

・コンパニオンホースと間引き法

 現在、当場で行っている離乳の方法を簡単にご紹介します。まず準備として、子育て経験豊富かつ当年は子付きではない牝馬(コンパニオンホース)を予め離乳の前から母子の群に混ぜて馴らしておくことが必要です。離乳は計画的に数頭ずつ数回に分けて、群れにストレスを与え過ぎないように注意しながら行います。具体的には、離乳させたい子馬を2~3頭選択し、放牧中の母子の群れからその子馬の母馬だけ静かに引き出し、視覚的にも聴覚的にも隔離された別の放牧地に移動させるという作業を1週間毎、最終的に群に母馬がいなくなって子馬とコンパニオンホース1頭だけが残っている状態になるまで繰り返します(図1)。コンパニオンホースは乳汁こそ出せませんが、不安で嘶く子馬たちの中でも悠然と構えているため、この方法であれば子馬たちの不安を軽減してくれるのではないかと期待しています。

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図1. 離乳後の子馬とコンパニオンホース(矢印)

・コンパニオンホース導入の効果検証~当歳馬の体重データから~

 当場では、2013年より離乳時のコンパニオンホースの導入を開始しましたが、2009年以降に誕生したJRAホームブレッド計82頭の体重を比較したところ、コンパニオンホース導入前は離乳後に平均4.54kgも体重が減少していたのですが、導入以降は平均2.72kgの減少に留まっています(図2)。この差は統計学的にも有意な差であり、コンパニオンホースの導入により離乳後の当歳馬の体重減少を抑えられることがわかりました。

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図2 コンパニオンホース導入前後の離乳時の子馬の体重減少

・コンパニオンホースと引き離す際の当歳馬の体重減少

 一方、離乳後のコンパニオンホースはどうするのか?という問題が残ります。海外の文献の中には、「コンパニオンホースと離乳した子馬を引き離す際に、離乳時と同等のストレスがかかる」と書かれているものもあります。そこで、“第二の離乳”とでも呼ぶべき離乳後の子馬からコンパニオンホースを引き離す際の影響について、同様に体重減少を比較してみました。2013年以降に当場で生まれたJRAホームブレッドのうち、データが残っていた31頭について、コンパニオンホースを引き離す前後の体重を比較した結果、体重は平均0.35kg増加していました!。図2でお示しした通り、離乳時は体重が減少するのが通常であり、減少した体重の平均値は前述のとおりコンパニオンホース導入前で4.54kg、導入後で2.72kgでした。統計学的に解析したところ、第二の離乳による体重の増減幅は、これら離乳前後の体重の減少幅と比較しても有意に少ない、つまり第二の離乳は子馬の体重に影響を及ぼすほどストレスを与えない可能性があることがわかりました(図3)

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図3 子馬の体重減少の比較

・“第二の離乳”で体重が減少した当歳馬もいる

 前述の通り、第二の離乳前後の体重の増減は平均するとプラスとなりましたが、中には体重が減少した馬もいました。図4にその内訳を示しますが、最大で4kgも体重が減少した子馬がいました。

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図4 “第二の離乳”での子馬の体重減少の内訳

 以上のことから総合的に判断すると、離乳した子馬からコンパニオンホースを引き離す“第二の離乳”について、多くの場合は問題ないが中には注意しなくてはならない馬もいる、という結論が導けそうです。結局のところ、特に当歳の子馬については日頃からよく観察し、離乳時には個体の状況を勘案して個別にケアしてあげることが大切だと言えます。

 毎年、離乳後の子馬のコンディションが悪くなってしまうことにお悩みのようであれば、当場で成果を挙げているコンパニオンホースの導入も一つの方法としてご検討いただけましたら幸いです。

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

2021年6月 9日 (水)

コンフォメーション ~馬の見方のヒント~        「前肢のコンフォメーション」

前肢のコンフォメーション

 生産牧場や育成牧場などで若馬を見て、競走馬としてのポテンシャルを推察する場合、レースで高い能力を発揮できるかどうかという「パフォーマンス」の視点のみならず、競走馬になる過程もしくは競走馬になって以降の調教や競走で故障しないかという「サウンドネス」(健全性)を見極める必要があります。この「サウンドネス」の視点からは、形状異常やなんらかの腫脹や欠損、歩様の硬さや跛行の有無などを見ていくことで、競走馬になるための調教や競走に耐えうる馬体を有しているか詳細に観察する必要があります。なかでも、アスリートである競走馬に関して、下肢のコンフォメーションの良し悪しが及ぼす影響の大きさについて否定する人は少ないはずです。では、どのようなコンフォメーションがサウンドネスに影響を及ぼすのでしょうか。

肢が曲がっている?

 時々、馬を見ている人から『この馬は肢が曲がっている』といった言葉を耳にする機会があります。しかし、この表現は極めて曖昧であり、正確にその肢のコンフォメーションを表しているとは言えません。肢のコンフォメーション異常を精査もしくは表現するためには「標準肢勢」を理解する必要があります。

 標準肢勢とは、前方もしくは後方から見た場合に、地面に垂直に下した線(垂線)で骨や関節(腕節・飛節・球節)、そして蹄が等分される。横から見た場合には、前肢は骨や関節が等分され、蹄球のわずか後方を通過するもの、後肢は臀端からの垂線が、飛節・球節の後部に接して、蹄球のわずか後方を通過するものとされています(図)。ただし、「標準肢勢=(イコール)正常肢勢」ということではありません。また、「標準から外れていれば異常であり弊害がある」といった判断も少々短絡的過ぎるきらいがあります。標準肢勢とは、あくまで、コンフォメーション異常の程度を見極めるための基準と捉えていただければよいかと思います。すなわち、標準からの逸脱の程度を判断し、その逸脱がどの程度サウンドネスに影響を及ぼすかについて推察する必要があります。

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標準肢勢は異常の程度を見極めるための「基準」

外向・内向、外反・内反

 標準肢勢を基準として、前肢のコンフォメーションを正面から観察する際に特に注目すべきポイントは、「球節と蹄の向き」、曲がりやズレといった「関節の変形」です。例えば球節と蹄の向きについては、それぞれの正中点が正面から見て肢の垂線より外側に位置しているのが「外向」、内側にあるのが「内向」とされています。これらについては、極端なものでなければ大きな弊害はないと考えられており、装蹄療法や手術などで人為的に修正することはできません。また、外向肢勢の馬の多くは、前腕、すなわち前肢の肘以下から蹄に向かって外側を向いており、特に1歳以下の若馬のほとんどは、程度の差はあれ外向肢勢であるとの報告もあります。

 一方、球節や腕節など関節の変形については、正面から見て関節が垂線上ではなく内側に位置する(左右の関節が近付いている)のが「外反」、外側に位置する(左右の関節が離れている)のが「内反」ですが、それぞれ「X脚」「O脚」とも呼ばれます。先ほどの外向、内向とは異なり、これらについては関節そのものや周囲の靭帯等への傷害リスクがあると考えられており装蹄療法、ギプス固定あるいは手術などの人為的矯正が必要になることもあります。

 以上のことからお分かりいただけるように、外向と外反、内向と内反は似て非なるものであり、決して両者を混同してはいけません。しかし、実馬のコンフォメーションには同一肢に外向と外反が混在するなど、複数のコンフォメーション異常が複雑に絡み合っていることもあるため、肢のコンフォメーションを見る際には、局所に注目するだけではなく、肢の全体像を観察するよう注意し、全体の構造を立体的に把握することが重要です。また、駐立検査だけでなく、同時に歩様検査も行うことが必要です。これは、馬の立ち方によっては肢の向きや形状、関節角度などを正確に表していない姿勢となることがあり、駐立検査だけでは正確なコンフォメーション判断が難しくなるからです。このため、駐立検査でコンフォメーション異常が確認できない場合でも、必ず馬を歩かせて駐立検査での判断が正しかったかどうかを観察するようにしましょう。