初期育成 Feed

2021年6月 9日 (水)

コンフォメーション ~馬の見方のヒント~        「前肢のコンフォメーション」

前肢のコンフォメーション

 生産牧場や育成牧場などで若馬を見て、競走馬としてのポテンシャルを推察する場合、レースで高い能力を発揮できるかどうかという「パフォーマンス」の視点のみならず、競走馬になる過程もしくは競走馬になって以降の調教や競走で故障しないかという「サウンドネス」(健全性)を見極める必要があります。この「サウンドネス」の視点からは、形状異常やなんらかの腫脹や欠損、歩様の硬さや跛行の有無などを見ていくことで、競走馬になるための調教や競走に耐えうる馬体を有しているか詳細に観察する必要があります。なかでも、アスリートである競走馬に関して、下肢のコンフォメーションの良し悪しが及ぼす影響の大きさについて否定する人は少ないはずです。では、どのようなコンフォメーションがサウンドネスに影響を及ぼすのでしょうか。

肢が曲がっている?

 時々、馬を見ている人から『この馬は肢が曲がっている』といった言葉を耳にする機会があります。しかし、この表現は極めて曖昧であり、正確にその肢のコンフォメーションを表しているとは言えません。肢のコンフォメーション異常を精査もしくは表現するためには「標準肢勢」を理解する必要があります。

 標準肢勢とは、前方もしくは後方から見た場合に、地面に垂直に下した線(垂線)で骨や関節(腕節・飛節・球節)、そして蹄が等分される。横から見た場合には、前肢は骨や関節が等分され、蹄球のわずか後方を通過するもの、後肢は臀端からの垂線が、飛節・球節の後部に接して、蹄球のわずか後方を通過するものとされています(図)。ただし、「標準肢勢=(イコール)正常肢勢」ということではありません。また、「標準から外れていれば異常であり弊害がある」といった判断も少々短絡的過ぎるきらいがあります。標準肢勢とは、あくまで、コンフォメーション異常の程度を見極めるための基準と捉えていただければよいかと思います。すなわち、標準からの逸脱の程度を判断し、その逸脱がどの程度サウンドネスに影響を及ぼすかについて推察する必要があります。

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標準肢勢は異常の程度を見極めるための「基準」

外向・内向、外反・内反

 標準肢勢を基準として、前肢のコンフォメーションを正面から観察する際に特に注目すべきポイントは、「球節と蹄の向き」、曲がりやズレといった「関節の変形」です。例えば球節と蹄の向きについては、それぞれの正中点が正面から見て肢の垂線より外側に位置しているのが「外向」、内側にあるのが「内向」とされています。これらについては、極端なものでなければ大きな弊害はないと考えられており、装蹄療法や手術などで人為的に修正することはできません。また、外向肢勢の馬の多くは、前腕、すなわち前肢の肘以下から蹄に向かって外側を向いており、特に1歳以下の若馬のほとんどは、程度の差はあれ外向肢勢であるとの報告もあります。

 一方、球節や腕節など関節の変形については、正面から見て関節が垂線上ではなく内側に位置する(左右の関節が近付いている)のが「外反」、外側に位置する(左右の関節が離れている)のが「内反」ですが、それぞれ「X脚」「O脚」とも呼ばれます。先ほどの外向、内向とは異なり、これらについては関節そのものや周囲の靭帯等への傷害リスクがあると考えられており装蹄療法、ギプス固定あるいは手術などの人為的矯正が必要になることもあります。

 以上のことからお分かりいただけるように、外向と外反、内向と内反は似て非なるものであり、決して両者を混同してはいけません。しかし、実馬のコンフォメーションには同一肢に外向と外反が混在するなど、複数のコンフォメーション異常が複雑に絡み合っていることもあるため、肢のコンフォメーションを見る際には、局所に注目するだけではなく、肢の全体像を観察するよう注意し、全体の構造を立体的に把握することが重要です。また、駐立検査だけでなく、同時に歩様検査も行うことが必要です。これは、馬の立ち方によっては肢の向きや形状、関節角度などを正確に表していない姿勢となることがあり、駐立検査だけでは正確なコンフォメーション判断が難しくなるからです。このため、駐立検査でコンフォメーション異常が確認できない場合でも、必ず馬を歩かせて駐立検査での判断が正しかったかどうかを観察するようにしましょう。

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様々な前肢のコンフォメーション

コンフォメーション異常がパフォーマンスに及ぼす影響

 前述したとおり、一般的に外反は腕節構成骨の傷害リスクがあると考えられていますが、アメリカのある調査においては、外反の重症度に反して骨折や腫脹が減少したという結果も報告されています。このことからも、これまで受け入れられてきたコンフォメーション異常に対する見方は、必ずしも絶対的な正解であるとは限らないということも念頭におく必要があるかもしれません。また、腕節については関節の曲がりだけでなく軸ずれの状態である「オフセットニー」も代表的なコンフォメーション異常の1つとして知られていますが、これは腕節の上下に位置する橈骨と管骨の長軸方向の中心軸が腕節の同一点でなく内外にずれて接合している状態を示しています(図参照)。このようなオフセットニーのコンフォメーションは、内管骨瘤の発症リスクが高いことが知られており、アメリカの調査には球節炎発症リスクとの関連性が示唆されているものもあります。オフセットニーも人為的な矯正ができないコンフォメーション異常ですが、オフセットニーであるにも拘らず活躍している競走馬や種牡馬も少なくありません。つまり、サウンドネスの観点におけるリスクは少なからずあるものの、程度によっては許容可能と考えることができるかもしれません。

日高育成牧場 業務課 冨成雅尚

2021年2月 1日 (月)

若馬の昼夜放牧時の放牧草採食量について

サラブレッドの主要な飼料である放牧草には様々な栄養がバランスよく含まれており、草量が豊富な時期であれば濃厚飼料は必要ありません。しかし、放牧草には銅や亜鉛など馬の健康な成長に必要な一部のミネラルが不足していることから、これらの補給は不可欠です。

 

なぜ放牧草の採食量を知る必要があるのか?

 適切な栄養供給のための“栄養計算”は、もはや常識になりつつあります。しかし、飼養者が馬が摂取する全ての飼料の給与量を管理している場合はこの計算は難しくありませんが、自由採食下での放牧草の採食量を加味した栄養計算は非常に困難となります。また、放牧草で不足する栄養素はバランサーおよびサプリメント等で補給する必要がありますが、闇雲に給与すると一部の栄養素を過剰に摂取してしまう恐れがあります。この過剰摂取による他の栄養素の吸収阻害などの悪影響を避けるため、各栄養素の不足量を把握した上で飼料の給与量を決定する必要があります。したがって、馬が自由に採食する放牧草の量を知ることは重要ですが、これを調べるにはどうすればよいのでしょうか。この点について北海道大学の研究チームが昼夜放牧のサラブレッド若馬の放牧草採食量を調査した報告がありますので、その概要についてご紹介します。

 

放牧草の採食量はどのように調べたの?

 この研究チームは馬の糞中に排泄されるある物質に着目して、放牧草の採食量を算出しました。みなさんもよくご存知の通り、馬が摂取した牧草の繊維は大腸内の微生物によって分解されて吸収されます。しかし、“リグニン”と呼ばれる繊維については微生物が分解できず、そのまま糞中に排泄されています。したがって、放牧草から摂取するリグニン量と糞中に排泄されるリグニン量は全く同じということになります。このことから、馬が一日に排泄した全ての糞に含まれるリグニン量を調べることで、一日の放牧草の採食量を計算することができるというわけです。しかしこの方法では、馬が排泄する糞を漏れなく回収(写真1)する必要があるため、研究者が馬に24時間張り付いていなければなりません。

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若馬の成長に伴う放牧草採食量の変化

 調査には日高育成牧場のホームブレッドを用い、クリープフィード開始期(2ヵ月齢)、離乳直前(4ヵ月齢)、離乳直後(5ヵ月齢)、放牧地が雪で覆われる積雪期(10ヵ月齢)、騎乗調教開始前(15ヵ月齢)の各期における放牧草の採食量が調べられました。全ての試験期間を通じて昼夜放牧と濃厚飼料の給与(表)を実施し、積雪期のみ放牧地でルーサン乾草を自由に採食できるようにしています。

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 この調査で明らかとなった各試験期の放牧草の採食量(乾物量)をグラフに示しました(図)。図の下段は体重100㎏当たりの採食量(kg)です。哺乳中であるクリープフィード開始期および離乳直前の体重当たりの採食量は、それぞれ1.3%と1.4%でした。離乳直後の体重当たりの採食量は2.6%と離乳直前の約2倍となりましたが、これは離乳により絶たれた母乳を補うための増加と考えられました。また、騎乗調教開始前は2.7%であることとあわせ、草量が豊富な時期である離乳直後の採食量は、おおむね体重の2.6-2.7%程度と見積もってよいのではないかと考えています。一方で、積雪期の採食量はルーサン乾草を自由に採食できていたにもかかわらず1.3%と非常に少ない結果となりました。これはどういうことでしょう?

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(図)

なぜ積雪期の牧草採食量が少なかったか

積雪期の放牧地は冠雪によって放牧草が覆い隠されていましたが、実は馬は雪を掘り返して雪下の放牧草を食べていました(写真2)。この時期の放牧草は茶色く、栄養価が低いだけでなく美味しそうにも見えませんが、馬の食指は容易に食べられるルーサン乾草より雪下の放牧草に向いたようです。このようなルーサン乾草の嗜好性の低さ(ルーサン自体は一般的に嗜好性が高い草種とされています)が体重当たりの採食量の減少理由とも考えられますが、雪下の放牧草を食べるために時間を費やしていたであろうことも影響したかもしれません。この時期の放牧草は短くて一度に噛みちぎれる量が少ないこと、雪を掘り返す作業に時間を要することを考慮すると、単位時間当たりの採食量は極めて少なかったのではないでしょうか。生来、馬は一日のほとんどの時間を採食に費やすという行動特性から採食時間を増やす余地はないため、この単位時間当たりの採食量が極めて少なかったことが採食量の減少に大きく影響した可能性があります。したがって、積雪期にはボディーコンディションの極端な低下を防止するため、採食量の減少分を考慮して飼葉をより多く与える必要があると考えられます。

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(写真2)
 

 ご紹介した調査成績は日高育成牧場での成績であるため、どの牧場でも同じ成績になるとは言えません。また当然ながら馬の一日あたりの放牧草の採食量は、濃厚飼料の給与量や放牧時間にも影響されます。しかし少なくとも、この成績は若馬の一日当たりの放牧草の採食量を明らかにしたものであり、適切な栄養管理を行う上で一つの目安になるのではないでしょうか。

 

日高育成牧場 主任研究役 松井 朗

引退競走馬のリトレーニングについて

・始めに

近年、動物福祉への関心が高まり、引退競走馬のアフターケアに関する取り組みは様々な角度から注目されています。これまでも乗馬への再調教(リトレーニング)が行われてきましたが、サラブレッドを一人前の乗馬へと育て上げるには、熟練の技術者を以ってしてもかなりの労力と時間を要します。また、ある程度調教が進むまでは経験の浅い人には扱えないため、技術者の負担が増えます。“乗馬への転用促進”のためには、リトレーニング技術の効率や汎用性の向上が課題です。JRAでは2年前から馬事公苑と日高育成牧場を拠点として、新たな『リトレーニングプログラム』の作成と実践検証に取り組んできました。今回は「引退競走馬のリトレーニングプログラム」に関するお話です。

JRAで作成したプログラムの目的は、乗馬へ転用するための基礎作りで、3つの重点項目があります(表1)。

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①心身ともにリフレッシュさせる。(所要期間:2~4週間)

引退したばかりの競走馬は、心身ともに張り詰めた状態です。中には疲れ切った馬や、運動器疾患を抱えた馬も多いと思います。乗馬転用のため、新しいことを学ぶためには余裕が必要です。広大な放牧地を有する日高育成牧場がリトレーニングの拠点となっているのは、馬をリフレッシュさせるために最適な施設だからです。例えば、運動器疾患などの理由により長期間の休養が必要な馬であっても、日高育成牧場では放牧地で昼夜放牧を行いながら適切な治療と休養を与えることができます。放牧によって落ち着く馬は多く、その後の調教をスムーズに行うために休養は欠かせません。

②人馬の良好な関係を構築する。(所要期間:2~4週間)

野生馬は群れで行動し、群れには必ず1頭の『リーダー』が存在します。また、草食動物である馬は、『安全で快適な場所』を好みます。そして、『リーダー』は捕食獣に襲われない様、群れ全体のスピードと方向をコントロールし、安全な場所に導きます。これを人間と馬の関係に置き換えると、人が馬のスピードと方向をコントロールすることで、『リーダー』になることができるともいえます。

そのことを教えるため、グラウンドワークと呼ばれる手法を用います。グラウンドワークによって人が『リーダー』であることと、人の隣は『安全で、快適な場所』であることを教えます。これらのことを理解すると馬は人を信頼し、人の指示に対して従順になります。また、安心できる人のそばでは、突然の物音などにも動じなくなります(写真1、2)。

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写真1:傘をかざしています

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写真2:釣竿に付けたビニール袋を揺らしています

 

③競走馬としての特殊な調教を初期化する。(所要期間:4~8週間)

競走馬は、『勝つための特殊な調教』により、全力で走り、他の馬より前に出ることを教え込まれていますが、乗馬には、落ち着いてライダーの求めるペースとバランスを維持することを求められます。乗馬としての調教を円滑に進めるには、『勝つための特殊な調教』を初期化する必要があります。

グラウンドワークによって人馬の良好な関係を構築した後は、軽いコンタクトのみを求める速歩騎乗を開始します。ゆったりとした一定のペースで速歩を続けると、焦って突進することがなくなります。また、競走馬特有の、やや前のめりのバランスが、馬本来の『ナチュラルなバランス』に変ります。休養中に落ちた筋力の回復も期待できます。

 

・最後に

 乗馬転用には様々なアプローチ方法があると思います。この手法では、馬の習性や特性を十分に理解し、馬とのコミュニケーションを深めることをポイントとしています。馬にリフレッシュなどの準備期間を与え、人馬の良好な関係を構築できれば、不要の混乱や事故を減らすことができます。そして、それが、引退競走馬の転用促進に繋がると考えています。

JRAでは、これまで実施したリトレーニングプログラムの実践検証を基に『リトレーニングの指針』作りに着手しているところです。その詳細については完成次第、ご紹介させていただきます。

 

 

馬事公苑 診療所長 宮田 健二

馬の飲水について

 動物にとっての水は、その摂取が絶たれたときの生命に及ぼす影響が大きい、つまりより短期間で生命維持を脅かす要素であるといえます。また、栄養素は比較的余裕をもって体内に蓄えることができます(例えばエネルギーなら体脂肪として)が、体水分量はおおむね一定(体成分の62-70%)に保たれており、水を余分に貯蔵することはできません。ボクシング選手にとって、減量時の水分制限は食事制限よりはるかに辛いそうです。したがって、管理する我々は馬が新鮮な水を常時摂取できるよう意識する必要があります。 

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馬が飲みたくなった時、いつでも飲めるように新鮮な水を用意して おく必要がある。

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ウォーターカップによって、馬はいつでも新鮮な水を飲むことができる。

飲水量に影響を及ぼす要因

成馬の1日の飲水量はおおむね体重100㎏当たり5リットル(体重500㎏とすると25リットル)とされていますが、気候環境、飼料、運動、成長ステージおよび個体差などに影響されることが知られています(表)。

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表 様々な環境下における馬の飲水量(NRC 2007)

 具体的には、気温や湿度が高い時などは見かけ上の発汗がなくても皮膚や気道から蒸散する水分(不感蒸泄)量が増えるため、飲水量は増加します。また、飼料の摂取量が多くなるに従って飲水量が増加することも知られています。この明確な理由は分かっていませんが、おそらく血中の総タンパク質濃度や血液の浸透圧の上昇が関係していると考えらえています。さらに、運動時の飲水量も発汗量に伴って増加しますし、泌乳期の飲水量も産乳で水分を消費することから妊娠期の1.5~2倍以上に増えるとされています。

 

飼料の成分や栄養素が飲水量に及ぼす影響

馬の飲水量は、摂取する飼料が粗飼料か濃厚飼料かによっても変化します。一般に、同じ量の飼料を摂取していても、飼料中の濃厚飼料の割合が高くなるほど飲水量は少なくなるとされていますが、この理由については次のように考えられています。馬が飼料を食べて飲み込むためには、食塊が食道を通過しやすくするために咀嚼によって唾液と混合する必要がありますが、粗飼料を飲み込むためには、濃厚飼料よりも多くの咀嚼と唾液が必要となります。この際、脳から飲水を促す指令(口渇感)は、唾液の分泌量が多いほど強くなり、結果的に飲水量が増加することになります。

 一方、栄養素の一つであるナトリウムと水分には密接な関係があり、体水分の調整にはお互いを切り離して考えることはできません。例えば、ナトリウム源である食塩を、体重1㎏あたり50㎎から100㎎(体重500㎏とすると25gから50g)に増やすと、飲水量が約1.5倍増加したことが報告されています。この理由については、生体が浸透圧を調節しようとするメカニズムによって説明がつきます。生体内では体液(細胞外液)のナトリウム濃度が高まった時、ナトリウムの濃度を元に戻そうとする機序が働きます。排尿量を減らして水分をなるべく外に出さないようにしたり、脳から飲水を指令(いわゆる喉の渇き)して体内の水分量を増加させ、高すぎるナトリウム濃度を希釈しようとする働きがこの機序にあたります。また、体内の水分が不足することによっても体液のナトリウム濃度が高くなるため、脳から口渇感の信号が出されて飲水行動がおこります。一方、ナトリウムが不足した場合はナトリウム源である塩分に対する摂取要求が発現します。飼養馬が鉱塩によってナトリウムを補うことができるのは、この生理的要求によって自発的な摂取が期待できるためです。

 その他に飲水量を増加させる要因として、タンパク質の摂取量が多い場合が挙げられますます。タンパク質はアミノ酸に分解されますが、生体内で使い終わったアミノ酸は尿素として尿中に排出されます。尿素の排泄量が増えれば、同時に尿として排泄する水分量も増えるため、その損失を補うべく飲水量が増加します。

 

気温や水温が飲水量に及ぼす影響

 一般に、気温が下がると飲水量も低下するとされており、気温が9℃から-8℃に下がることで、飲水量が減少したとの報告があります。

 また、ある研究グループによる水温が飲水量に及ぼす影響について調べた報告がありますので、ご紹介します。気温が-20℃から5℃の環境下において、外気で冷えたバケツに水を入れて給与した群(冷水群:平均水温 1℃)と、バケツ用のヒータで温めた水を給与した群(温水群: 平均水温19℃)の飲水量を比較したところ(図 ①)、温水群は冷水群より飲水量が約1.4倍に増加しました。このことから、冷水群の馬は、本来必要であった量の水を飲んでいなかった可能性があることが分かります。つまり、冷水群は水温が低いのを嫌って飲水量が減ったものと考えられました。同様の試験を15℃から29℃の暖かい気温でも実施したところ、冷水群(人工的に冷却)と温水群の飲水量に差はみられませんでした(図 ②)。両方の試験の結果から、馬は外気温が低い時にさらに体を冷やしてしまうような冷水の摂取を避けたものと結論付けられました。

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図 気温ならびに水温が馬の飲水量に及ぼす影響

①気温 -20から5°Cの気温下で、冷水(平均水温0°C)と温水(平均水温19°C)の水の飲水量を比較した。

②気温15から29°Cの気温下で、冷水(平均水温0~1°C)と温水(平均水温23°C)の水の飲水量を比較した。 気温が低いときに水温の低い水の飲水量が少なくなった。

 

 よく、冬期間の放牧地での給水について、飲水量が少ないようだが冬場はあまり水を飲みたくないのでしょうかと相談されることがありますが、このように判断するのは早計かもしれません。前述した通り、水分の不足は脱水症の発症などの懸念に繋がりますが、馬の場合は脱水以前に便秘疝を発症しやすくなります。放牧地に冬期も水が凍らない水桶を整備するにはコストがかかりますが、最低でも馬房内では馬が十分に飲水できるよう、気を配ることが重要です。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

馬の放牧地における電気牧柵の利活用

はじめに

昨今、ハンターの減少や高齢化に伴ってシカの個体数の増加を実感できるようになりましたが、シカによる放牧地や採草地の食害に悩まされている方々も少なくないのではないかと思います。放牧地へのシカの侵入は放牧草の食害だけでなく、放牧中の馬がシカに驚いて狂奔したり雄シカの角に突かれたりした際に負傷する原因になることも珍しくはありません。また、シカによって持ち込まれた病原菌やダニなどが馬の感染ルートになることもあるため、シカの侵入に対して何らかの対抗措置をとる必要があります。

シカの放牧地への侵入防除には、ワイヤーメッシュ等の物理的な柵の設置が最も有効です。一定以上の面積を有する放牧地や採草地を整備する場合には、必要経費の一部についての助成事業「軽種馬生産基盤整備対策事業(放牧地整備事業)」を利用する方法もありますが、もう少し手軽に電気牧柵を利用するという方法もあります。今回は、JRA日高育成牧場における電気牧柵の利活用についてご紹介します。

 

シカ対策

一般的な電気牧柵は、物理的に動物の侵入・脱柵を防除できるような堅牢な構造ではなく、電気ショックを与えて対象動物を心理的バリアによってコントロールすることを目的としています。この電気牧柵装置には様々な種類がありますが、一般的なの動物防除用としては9,000Vのものが選択されます。電源はバッテリーから供給されますが、昼間のうちにソーラーパネルから充電されるため、電池切れの心配はありません。JRA日高育成牧場では、通常の牧柵の下方の間隙に電気牧柵を設置することで、シカの侵入防除効果を上げています(図1)

また、この電気牧柵は放牧地をぐるりと一周にわたって囲む必要は無く、一部のみの敷設(開始端と終止端を繋いで輪にする必要がない)でも有効です。シカなどの害獣が電気牧柵に触れることで、電流が高圧線から生体を伝って地中のアースに向かって流れる仕組みですが、高電圧でも電流は一瞬だけ微量が流れる仕組みなので、パチンと軽い痛みを感じるだけで感電することはありません。シカは、放牧地に侵入する際に(通常、牧柵の下の隙間を潜って侵入します)この電気牧柵に触れて痛みを覚えますが、何度か繰り返すうちに「柵に触れると痛い」ということを学習し、遂には放牧地に侵入しないようになるという訳です。

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(図1)シカ対策として設置している電気牧柵

 

生後間もない子馬の放牧地順化

広い放牧地で生後間もない子馬が勢いよく走る母馬の後を一生懸命追いかける姿は、生産地ではよく見かける微笑ましい光景です(図2)。しかし、最近の研究では、生後間もない子馬の骨軟骨は幼弱で激しい運動には耐えることができず、症状に表れないような軽微な軟骨損傷を発症している例もあることが明らかとなりました。(図3)。このような子馬の軟骨損傷を予防するためには、子馬が過度に走れないように小さな放牧地から徐々に大きな放牧地へと慣らしていくことが有効と考えられますが、JRA日高育成牧場では放牧地内の「間仕切り」に電気牧柵を利用することで、実際に子馬の種子骨損傷を予防できるかについて検証しました(図3)。

その結果、生後直ぐに広い放牧地へ放牧した子馬に比較し、電気牧柵を利用して段階的に放牧地の広さを制限した子馬では、この軟骨損傷の発症頻度が大幅に減少することが確認できました(表1)。

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(図2)広い放牧地で一生懸命母馬の後を追う生後間もない子馬

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(図3)生後1か月齢の子馬に認められた種子骨の離断骨片

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(図4)電気牧柵で仕切られた放牧地

乾電池式の電源装置と視認性が高い幅4cmの帯状の柵を使用

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(表1)治癒までに10週間以上を要した軟骨損傷の発生状況

 

おわりに

電気牧柵の利点は、通常の牧柵より安価で移設も容易という点です。したがって、子馬の成長に応じて放牧地のサイズを何度でも仕切り直すことが可能です。また、設置によるメリットはシカによる食害を防止して施肥効果を高めるだけに留まらず、シカが持ち込んでいたと思われるダニの寄生も減少させることもできました。 生後間もない子馬の種子骨損傷の予防は電気牧柵の活用法の一例ですが、その他の関節に発生する離断性骨軟骨症の原因となる過度の運動刺激についても同様に防ぐこともできそうです。実際に電気牧柵を運用するには、出産前の母馬を予め電気牧柵を敷設した放牧地に馴致しておくなどの工夫も必要ですが、電気牧柵自体には通常の柵のように物理的に馬の突進に耐える強度がないため、狂奔状態に陥った馬が電気牧柵を突破することは十分に考えられます。したがって、電気牧柵は、あくまでも放牧地内の「間仕切り」としての使用に限定すべきです。

 電気牧柵が有効に、安全に機能するには、適切に資材や機器を設置することだけでなく、漏電を予防するための下草の定期的な刈り取りなど、設置後の環境整備も必要となります。電気牧柵の詳細については、取り扱い販売店にお問い合わせの上、適切にご使用していただきますようお願いします。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 室長 佐藤文夫

2021年1月27日 (水)

哺乳期子馬のクリープフィード

はじめに

 子馬が生まれて初めて摂取する食餌は母乳であると同時に、母乳は唯一の栄養源でもあります。やがて、子馬は母馬を真似て放牧草や乾草を食べるようになりますが、哺乳期の子馬の消化器官や腸内細菌は、まだ粗飼料を栄養源として利用できません。競走馬として育種改良されてきたサラブレッドの哺乳期子馬に対しては、生来供給される母乳や粗飼料以外にも必要な栄養を確実に給与することが望まれます。

 

クリープフィードとは?

 哺乳期の子馬だけが食べられる方法で与える飼葉を“クリープフィード”と呼びますが、これは飼葉の中身を示すのではなく給与の目的を示す言葉です。例えば、同じ燕麦でも子馬だけが食べられる方法で給与すれば、その燕麦はクリープフィードであると言えます。一般的なクリープフィードは、子馬だけが這ってくぐり抜けられる高さの柵や壁の向こう側に置かれることから、“這う”(creep)が語源とされています(図1)。

 

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図1 クリープフィードの語源は、英語の“這う”(creep)であると言われている。

哺乳期の子馬にクリープフィードを与える必要性

 哺乳期の子馬にクリープフィードを給与する目的は、母乳や牧草のみでは不足する栄養素を補い、子馬が離乳後の固形飼料に馴れさせることにあります。

一般に動物は、摂取するエネルギーが不足している場合に食欲を示します。したがって、哺乳期の子馬はエネルギーの需要に応じて母乳や牧草を自発的に摂取できます。しかし、動物は塩分以外のミネラルおよびビタミンの不足に対してはこの摂取欲求が無いものと考えられています。例えば、ある子馬の体内のカルシウムが不足していたとしても、特にその子馬が放牧草の中からカルシウムを多く含むクローバーを優先的に食べるようなことはありません。一方で、母乳中のミネラルやビタミン濃度は分娩後から徐々に減少しており、子馬が牧草からこれら不足するミネラルやビタミンを摂取できているかどうかは分からないということになります。ここでクリープフィードの出番となるわけですが、このクリープフィードは通常の飼葉のようにエネルギーを給与するのではなく、ミネラルやビタミンを補うことを目的として給与されます。

 

母乳および牧草からのミネラル摂取

 カルシウムとリンは、どちらも骨の発育にとって重要なミネラルですが、前述のとおり母乳中の両者の濃度は分娩後の時間経過とともに減少していきます(図2)。一方、軟骨形成に重要な亜鉛と銅の母乳中の濃度は初乳を除いて大きく変化しません。しかし、子馬の母乳摂取量は成長に伴って減少するため(図3)、子馬が摂取する両者の絶対量も徐々に減少することとなります。

これとは逆に、子馬における放牧草の摂取量は増加しますが、放牧草は優良なミネラル供給源である一方、その含量は草種、土壌および時期など様々な要因に影響されるため、安定した供給源とは言えません。銅と亜鉛の摂取不足は、骨軟骨症(OCD)など成長期における骨疾患の発症に繋がりますから、決して軽視することはできない問題です。

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図2 分娩後からの母乳中カルシウムおよびリン濃度の変化

 分娩3日~1週後をピークに母乳中カルシウムおよびリン濃度は経時的に減少する。

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図3 出生後からの子馬の哺乳量の変化

 1週齢をピークに哺乳量は子馬の成長とともに減少する。


 

養分要求量を満たすためのミネラルの給与

 養分要求量とは、馬が健康かつ最低限のパフォーマンスを維持するための栄養摂取の基準量です。全米研究評議会(NRC)が刊行した『馬養分要求量』(我々はこの冊子もNRCと呼んでいますが)には、4ヵ月齢の若馬のカルシウム、リン、亜鉛および銅の養分要求量が記載されていますが、母乳および牧草由来の摂取量と比較してみるとNRCの要求量を下回っていることがわかります(図4)。このような場合、クリープフィードからこれらのミネラルを補充してやる必要がでてくるわけです。

 近年、バランサーと呼ばれる飼料が多くの牧場で利用されるようになってきました。バランサーは、炭水化物や脂肪などのエネルギーの基質を供給するのではなく、アミノ酸、ビタミンおよびミネラルを高濃度に含んだ飼料です。例えば、図4で示す4ヵ月齢の若馬におけるカルシウム、リン、銅および亜鉛の要求量に対する不足については、表1のバランサー500gを給与することにより解消できます(図5)。これらのミネラルの要求量は2ヵ月齢頃から母乳および牧草からのみの摂取では不足するため、この時期からクリープフィードを開始することが推奨されます。

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図4  4ヵ月齢(哺乳期)子馬のミネラル要求量と摂取量の比較

    NRC(2007年版)における4ヵ月齢子馬のa)カルシウム、b)リン、c)亜鉛およびd) 銅の要求量と母乳および放牧草由来の各ミネラル摂取量を比較したところ、全てのミネラルにおいて摂取量が要求量を下回っていた。

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図5  4ヵ月齢(哺乳期)子馬にクリープフィードを給与したときのミネラル要求量と摂取量の比較

 4ヵ月齢子馬にクリープフィードとして表1のバランサーXを500g給与したところ、a)カルシウム、b)リン、c)亜鉛およびd) 銅の摂取量は要求量を概ね満たした。

さいごに

 クリープフィードには、離乳後を見据えて予め固形飼料に馴らしておくという目的もありますが、子馬によってはなかなかクリープフィードを食べてくれないこともあります。このような場合は、手で少量ずつ子馬の口に運んでやったり、母馬と同じ飼葉桶から一緒に食べさせる方法が効果的です。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

コンフォメーション~馬の見方のヒント~ 「馬のサイズ」

コンフォメーション

コンフォメーション(conformation)という単語は、直訳すると「構造」、馬について言えば「馬体の構造」ということになります。大雑把かつ乱暴な物言いになるかもしれませんが、「コンフォメーションが良い馬は故障が少なく、効率的に走ることができる」と言えます。例えば下肢部のコンフォメーションに関して例をあげると、起繋たちつなぎ(横から見た時の地面との角度が大きい繋)の馬は下肢部の衝撃緩和能が低いために球節炎などの発症リスクが高まり、反対に臥繋ねつなぎ(地面との角度が小さい繋)のものは、特に繋が長い場合で屈腱や靭帯に関連する疾患発症リスクが高まると教科書に記載されています。

 

コンフォメーションの科学的根拠

しかし、実際に馬を取り扱っていると、上記のような「下肢部のコンフォメーション異常=疾患発症リスクが高い」との考え方を実感できる時がある一方で、コンフォメーションに問題があるにもかかわらず、何事もなく競走馬を続けている馬に遭遇することも少なくありません。

実は、このようなコンフォメーションに関連する教科書的な記載の中には、科学的な根拠がないまま経験則のみで記載されているものも散見されます。古くは紀元前の哲学者クセノフォンが著書の中でコンフォメーションの見方について言及しており、若干の違いはあるかもしれませんが、長きに亘って古今東西のホースマンが同じ考え方で馬を見ているとも言えます。

もちろん2,000年以上の時を経ても廃れずに受け継がれた経験則を否定するわけではありませんが、科学的な根拠も併せて参考にすることで、より客観的に馬を見ることができ、評価精度の向上が見込めるようになるかもしれません。

 

馬は大きい方が良いか?

では、具体的な話をしていきましょう。コンフォメーションと言うと、体型バランスや下肢部などの各パーツごとの構造が注目されがちですが、より単純な論点である「馬のサイズ」、すなわち馬体の大きさについてはどのように考えればよいのでしょうか?

前々回(2019年3月1日発行)の当欄「強い馬づくり最前線~競走馬の体重に影響をおよぼす潜在的な要因」では、競走馬は馬体が大きいほど競走成績も良いことが統計的に明らかとなり、その理由を大きい馬ほど相対的に軽い荷物(斤量)を背負って走るためではないかと推察しています。この結論からすると、競走馬を購入する側も生産育成する側も馬体は大きければ大きいほど良しと考え、前者はなるべく大きな馬を選択する、後者は馬をなるべく大きく育てるような飼養管理を目指すことになります。しかし、一方で若馬への過剰な栄養供給が成長期における骨疾患リスクを高めるという指摘もあり、必ずしも馬体を大きく育てることが良いこととは言えなさそうです。もちろん、馬体の大きさには母馬の産次や出産年齢、遺伝などの要因も複雑に関与するため、単に「食べさせる」だけで馬体の大きさをコントロールすることは困難であることは言うまでもありませんが。

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馬は大きい方が良いのか?

 

大きい馬のリスク

では、競走成績が良いとされる「大きい馬」にはリスクはないのでしょうか?

過去にJRA競走馬総合研究所で行われた調査では、出走時の馬体重が重い馬は、軽い馬に比較して浅屈腱炎の発症リスクが高いことが確認されています。発症馬の馬体重が重かった理由として、いわゆる「太目の馬体」で出走したことも要因の1つであったかもしれませんが、馬体そのものが大きい大型馬であったことも否定できません。

また、昨年アイルランドの研究者から発表された研究によると、喉頭片麻痺(いわゆる喉なりの原因となる疾病)のリスクファクターとして性別、体高、年齢、体重、頸の長さと太さ、顎の幅などとの関連性を調べたところ、体高が喉頭片麻痺と関連する主要因であったという興味深い結果が報告されています。

このような科学的根拠に基づいて考えると、大きい馬は小さい馬に比較して競走成績が良い傾向にある一方で、浅屈腱炎や喉頭片麻痺の発症リスクが高いとも言えそうです。読者の皆さんの中には、既に経験則で同様の傾向を感じている方もおられるかもしれませんね。

 

馬の体高の推定法

最後に馬の体高を目視で推定する方法についてご紹介します。馬の体高は、正式には体高測定器を用いて地面からき甲までの高さを測りますが、測定器がない場合には自身の体で代替することができます。例えば身長178cmの筆者の場合、予め首のつけ根が150cm、顎が160cm、目が170cmと知っておくことで、対象とする馬のおおよその体高を測定することができます。しかし、あくまで推定値しか測定できませんので、セリ上場のために測定する場合には必ず測定器を用いてください。

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体高を目視で推定する方法。自身の体の部位を測定器で代替する。

JRA日高育成牧場 業務課 冨成 雅尚 

若馬に見られる頸椎X線所見

はじめに

育成期の若馬にしばしば発症するウォブラー症候群(腰痿)は、主に後躯の運動失調や不全麻痺などの神経症状を呈する疾患です。近年、その病態から頸椎狭窄性脊髄症(CSM:Cervical Stenotic Myelopathy)という病名が相応しいとされています。発症要因から大きく分けて2つのタイプがあることが知られています。すなわち、Type I型は第3-4頸椎の配列の変位による脊髄神経の圧迫変性、Type II型は第5-7頸椎関節面の離断性骨軟骨症(OCD)による脊髄神経の圧迫変性です。しかし、このような所見について発症馬に関する報告は多く認めるものの、健常馬に関する報告は殆ど無いのが現状です。そこで生産育成研究室では、健常1歳馬における頸椎Ⅹ線検査所見の保有状況について明らかにするとともに、そこで認められる所見の発生時期と変化についても調査してきましたので、その一部分を紹介したいと思います。

 

健常馬における保有状況

国内で開催されたサラブレッド1歳市場で購買された健常馬合計240頭(牡122頭、牝118頭)を用いて10月の時点(15-20カ月齢)で頸椎X線検査を実施し、頸椎配列の変位および頸椎関節突起の離断骨片、肥大所見の保有状況について解析しました。その結果、頸椎配列の変位は4.2%(牡9、牝1)の馬にみられ、その所見は全て第3-4頸椎間に見られました。関節面の離断骨片は17.1%(牡27、牝14)の馬にみられ、主に第5-6-7頸椎間に見られました。関節面の肥大は9.1%(牡8、牝5)の馬にみられ、全て第5-6-7頸椎間に見られました(表1、図1)。これらの馬は、翌年4月までの6カ月間、馴致および騎乗調教が実施されましたが、その間に不全麻痺などの神経症状を発症する個体はいませんでした。

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(表1)頸椎X線所見の保有状況

(240頭:牡122頭、牝118頭)

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(図1)供試馬に認められた頸椎X線所見の例

A:頸椎配列の変位

B:頸椎関節面の離断骨片

C:頸椎関節面の肥大



 

発生時期とその経時的変化

サラブレッド20頭(牡12頭、牝8頭)の誕生から15か月齢まで1ヶ月置きに頸椎X線検査を実施し、頸椎X線所見について解析しました。その結果、生後2~6ヶ月齢の6頭(牡5頭、牝1頭)の頸椎突起関節面にOCD様所見の発生が認められました。これらのOCD様所見のうち3頭の所見は次第に治癒する様子が認められましたが、残りの3頭に認められた所見は関節面の離断骨片から肥大所見へと変化し残存しました(図2)。

 

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(図2)第5-6頸椎間関節突起に認められたOCD様X線所見の変化

2ヶ月齢および5か月齢で認められたOCD様所見。次第に癒合したが、関節面は肥大化した。

考察

健常1歳馬の頸椎にも脊髄神経を圧迫する要因となりうるX線所見が多くみられることが明らかになりました。理由は知られていませんが、ウォブラー症候群の発症は牡馬に多いことが知られています。今回の調査において、頸椎X線所見が牡馬に多く認められたことは、これまでの報告を裏付けるものかもしれません。

今回の頸椎X線検査の有所見馬は、すべてが発症には至ることは無かったことから、これらの所見は四肢関節に多く認められるDOD所見と同様にありふれた所見であり、多くの所見は問題とはなり得ないものと思われます。しかしながら、認められた所見は発症馬の頸椎には必ずといってもよい程に認められる所見であり、脊髄神経の変性を引き起こす原因の一つとなることが知られていることから、その部位と程度、飼養環境、新たな診断方法などについて、これからも検討が必要であると思われます。

頸椎X線所見の発生時期は、離乳前のまだ幼弱で成長段階にある頸椎関節に起こる骨軟骨病変であることも明らかになり、この時期の飼養管理が重要であることが分かります。

今後も症例を増やして調査していくことで、ウォブラー症候群発症の予防や発症馬の予後判断に活用できる知見になると思われます。

 

 

日高育成牧場生産育成研究室 室長 佐藤文夫

2021年1月25日 (月)

ファームコンサルタント養成研修

「コンサルタント」と聞いて皆さんが最初に思い浮かべるのは、いわゆる「企業コンサルタント」ではないでしょうか。その業務内容は多岐に亘るようですが、一般的にはクライアント企業の経営的な課題を抽出し、それを改善するための助言を与えて業績を向上させる職業というイメージをお持ちかと思います。

本稿で紹介する「ファームコンサルタント」は、「クライアント企業=軽種馬の生産もしくは育成牧場」であり、主に馬の栄養管理に関する課題の抽出およびそれらを改善するためにアドバイスをする「馬の栄養管理技術者」を指しています。

 

ファームコンサルタントの役割

馬の栄養管理技術者であるファームコンサルタントは、その名から想像できるように、個々の馬に対する給餌を中心とした飼養管理に関するアドバイスの提供が主な役割になります。そのためには、馬の栄養学や草地学はもちろんのこと、外科学や繁殖学など馬の栄養状態と関連する幅広い分野に造詣が深いことが求められます。

具体的には、与えている飼料の種類や量、放牧時間、繁殖成績や疾病発症などの課題をクライアントから直接聞き取ったうえで、BCS(ボディコンディションスコア)や馬体重の測定、栄養が関連する子馬のDOD(成長期外科的疾患)の有無などを確認することで個々の馬の栄養状態を把握するとともに、放牧地の状態なども観察します。これらによって牧場全体を俯瞰的かつ客観的に評価したうえで、クライアントと相談しながら課題の解決に導いていきます。

 

ファームコンサルタント養成研修(栄養管理技術指導者養成研修)

JBBA日本軽種馬協会はファームコンサルタントの更なる普及を目的として、平成27年から「ファームコンサルタント養成研修(栄養管理技術指導者養成研修)」を立ち上げました。2年間に亘ってJRA日高育成牧場で行われた「第1期ファームコンサルタント養成研修」では、総合農協、軽種馬農協、飼料会社等の職員が参加しました。

毎月1回、計24回行われた本研修は「実技・講義・ディスカッション」の3本柱で構成されており、実技では「BCSの測定や疾病の有無の確認を目的とした子馬や繁殖牝馬の馬体検査」、講義では「栄養学、各ステージの馬の飼養管理、草地学など幅広い知識の付与」、ディスカッションでは「毎回参加者に与えられた英語の論文要約や馬体検査レポート作成などの提出課題について参加者全員での意見交換」が行われました。第1期ファームコンサルタント研修では9名が修了し、修了者はそれぞれの立場から研修での「学び」を活かして個々の業務に役立てているようです。

本年9月からは、新たなメンバーによる第2期ファームコンサルタント養成研修が開始されており、前回の参加団体・企業に加えて、牧場関係者も参加者に名を連ねています。このように様々な立場から軽種馬生産育成に携わるホースマンが、2年間の長期間に及ぶ研修を通して栄養管理技術者としての能力を身に着けることで、馬産地全体における飼養管理技術の底上げに繋がるのではないかと感じています。

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日高育成牧場業務課長 冨成雅尚

米国における1歳馬のセールス・プレップ

今回は米国における1歳馬の飼養管理について紹介します。わが国では主に育成牧場でセリに向けての準備(セールス・プレップ)が行われていますが、ケンタッキーでは生産牧場でセールス・プレップが行われていました。

 

セリに上場する馬としない馬の違い

ケンタッキーにはライムストーンと呼ばれる石灰岩の層の上にアルカリ性の土壌が広がっており、ケンタッキーブルーグラスを中心とした青草から天然のミネラル分が補給される恵まれた環境にあります。また、新潟市と同じくらいの緯度にあり、夏は暑過ぎず冬は寒過ぎない快適な気候を有しています。ですので、セリに上場しない馬は悪天候時などの例外を除き、基本的には24時間放牧が行われており、馬体のチェックを兼ねて朝夕2回放牧地で飼付されます。一方、1歳セリは7~10月の夏季に開催されるため、24時間放牧しているとたてがみや体毛が日焼けしてしまいます(図1)。これは馬の成長には全く影響しませんが見栄えが悪くなるため、セリに上場する馬は昼間の日光の強い時間を馬房内で過ごして、夜間放牧(19時から翌朝7時まで)されています(図2)。

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図1.セリに上場しない馬は24時間放牧され日焼けしている

 

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図2.セリに上場する馬は日焼けを防ぐため夜間放牧に切り替えられる

 

放牧地

セリに上場しない馬は20エーカー(約8ヘクタール)程度の大きな放牧地に集団で放牧します。一方、セリに上場する馬は、牝馬に関しては放牧時間が短縮(24時間から12時間)されるだけで、同じく大きな放牧地に集団で放牧されます。牡馬に関しては、ケンカして咬みつくなどして外傷を負う恐れがあるため、1頭ずつ小パドックに放牧します。放牧地の広さを決める際の目安に“1 acre, 1 horse(ワンエーカー、ワンホース)”という言葉が使われています。これは馬1頭当たり1エーカー(約0.4ヘクタール)以上の広さが必要という意味です。

 

飼料

 セリに上場する馬は、BCSの調整のため馬房内で個別に濃厚飼料が与えられます。私が研修したダービーダンファームでは、大粒のペレットが1日2回与えられていました。1回の量は太っている馬で1.5kg、痩せている馬で2.0kgでした。ダービーダンファームは“Honesty(正直、誠実)”をスローガンにしており、BCSが5.0前後の自然な馬体を目指していました。

 

ウォーキングマシンの使い方

セリに上場する1歳馬の管理は、ウォーキングマシンを使った運動および馬体洗浄をする日と、後述するグルーミングをする日に一日おきに分かれています。

ウォーキングマシンによる運動は、常歩のストライドを伸ばしてセリの下見時に活発な印象を与えることを目的として行われています。具体的には、常歩ではついて行けず半分程度は速歩になってしまう速度でウォーキングマシンを回して、徐々に馬が体の使い方を覚えて大きく常歩で歩けるようになったらさらに速度を上げる方法を繰り返します。理想を言えば人が引いて馬の常歩の速度をコントロールするのがベストでしょうが、少ない人手で活発に歩ける馬を作るのには有効な方法だと感じました。

 

グルーミング(手入れ)

ウォーキングマシンによる運動が行われない日は、念入りなグルーミング(手入れ)が行われます。中でも最も熱心に行われていたのが、ゴムブラシで全身を強く擦ることで、古い体毛をできるだけ抜き、皮膚の血行を促します。最初の1週間は変化に気づかないレベルでしたが、2~3週間続けていると明らかに新陳代謝が良くなり、自然な艶が出てきます。そのほか、セリの直前にはトリミングを行い、たてがみをきれいに整え、耳毛や距毛を短くカットします。

 

 

 

JRA日高育成牧場業務課診療防疫係長 遠藤祥郎