若馬に見られる頸椎X線所見
はじめに
育成期の若馬にしばしば発症するウォブラー症候群(腰痿)は、主に後躯の運動失調や不全麻痺などの神経症状を呈する疾患です。近年、その病態から頸椎狭窄性脊髄症(CSM:Cervical Stenotic Myelopathy)という病名が相応しいとされています。発症要因から大きく分けて2つのタイプがあることが知られています。すなわち、Type I型は第3-4頸椎の配列の変位による脊髄神経の圧迫変性、Type II型は第5-7頸椎関節面の離断性骨軟骨症(OCD)による脊髄神経の圧迫変性です。しかし、このような所見について発症馬に関する報告は多く認めるものの、健常馬に関する報告は殆ど無いのが現状です。そこで生産育成研究室では、健常1歳馬における頸椎Ⅹ線検査所見の保有状況について明らかにするとともに、そこで認められる所見の発生時期と変化についても調査してきましたので、その一部分を紹介したいと思います。
健常馬における保有状況
国内で開催されたサラブレッド1歳市場で購買された健常馬合計240頭(牡122頭、牝118頭)を用いて10月の時点(15-20カ月齢)で頸椎X線検査を実施し、頸椎配列の変位および頸椎関節突起の離断骨片、肥大所見の保有状況について解析しました。その結果、頸椎配列の変位は4.2%(牡9、牝1)の馬にみられ、その所見は全て第3-4頸椎間に見られました。関節面の離断骨片は17.1%(牡27、牝14)の馬にみられ、主に第5-6-7頸椎間に見られました。関節面の肥大は9.1%(牡8、牝5)の馬にみられ、全て第5-6-7頸椎間に見られました(表1、図1)。これらの馬は、翌年4月までの6カ月間、馴致および騎乗調教が実施されましたが、その間に不全麻痺などの神経症状を発症する個体はいませんでした。
(表1)頸椎X線所見の保有状況
(240頭:牡122頭、牝118頭)
(図1)供試馬に認められた頸椎X線所見の例
A:頸椎配列の変位
B:頸椎関節面の離断骨片
C:頸椎関節面の肥大
発生時期とその経時的変化
サラブレッド20頭(牡12頭、牝8頭)の誕生から15か月齢まで1ヶ月置きに頸椎X線検査を実施し、頸椎X線所見について解析しました。その結果、生後2~6ヶ月齢の6頭(牡5頭、牝1頭)の頸椎突起関節面にOCD様所見の発生が認められました。これらのOCD様所見のうち3頭の所見は次第に治癒する様子が認められましたが、残りの3頭に認められた所見は関節面の離断骨片から肥大所見へと変化し残存しました(図2)。
(図2)第5-6頸椎間関節突起に認められたOCD様X線所見の変化
2ヶ月齢および5か月齢で認められたOCD様所見。次第に癒合したが、関節面は肥大化した。
考察
健常1歳馬の頸椎にも脊髄神経を圧迫する要因となりうるX線所見が多くみられることが明らかになりました。理由は知られていませんが、ウォブラー症候群の発症は牡馬に多いことが知られています。今回の調査において、頸椎X線所見が牡馬に多く認められたことは、これまでの報告を裏付けるものかもしれません。
今回の頸椎X線検査の有所見馬は、すべてが発症には至ることは無かったことから、これらの所見は四肢関節に多く認められるDOD所見と同様にありふれた所見であり、多くの所見は問題とはなり得ないものと思われます。しかしながら、認められた所見は発症馬の頸椎には必ずといってもよい程に認められる所見であり、脊髄神経の変性を引き起こす原因の一つとなることが知られていることから、その部位と程度、飼養環境、新たな診断方法などについて、これからも検討が必要であると思われます。
頸椎X線所見の発生時期は、離乳前のまだ幼弱で成長段階にある頸椎関節に起こる骨軟骨病変であることも明らかになり、この時期の飼養管理が重要であることが分かります。
今後も症例を増やして調査していくことで、ウォブラー症候群発症の予防や発症馬の予後判断に活用できる知見になると思われます。
日高育成牧場生産育成研究室 室長 佐藤文夫
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