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2023年10月17日 (火)

クラブフットの装蹄療法について

馬事通信「強い馬づくり最前線」第307号

はじめに

 クラブフットとは、蹄と繋の外貌が「ゴルフクラブ」の形状に似ていることに由来してそう呼ばれています(写真1)。クラブフットは生後1カ月~8カ月齢、なかでも特に3カ月~6カ月齢の発育期に好発する蹄疾患であり、球節の沈下不良、慢性的な肩跛行、さらに重度の場合には蹄骨の骨折を引き起こすともいわれています。クラブフットの状態を放置して重篤化してしまうと、競走馬としての将来的な能力のみならず、その馬の価値に影響を及ぼす可能性さえあります。そのため、クラブフットの症状が認められたら、早期に対処していくことが重要となります。

 

クラブフットの原因とグレード

 クラブフットの原因は、深屈腱の拘縮や腱と骨の成長速度のアンバランスと考えられていますが、いまだ発症機序は明らかにされておらず、予防法も確立していません。一般的には、肩や上腕、球節などに何らかの持続的な痛みが生じることにより、上腕部周辺の筋肉が緊張し、関節が屈曲することによって、深屈腱支持靭帯が収縮し、結果的に深屈腱も拘縮する状態と考えられています(拘縮とは深屈腱が縮み、伸縮性を失った状態)。深屈腱が拘縮することによって、その付着部である蹄骨が牽引されるため、結果的にクラブフットを発症します(写真2)。

 クラブフットの発症には遺伝による先天性のものと、後天的のものがあります。後天性のものは生後1カ月~8カ月齢の時期に発症が多く認められます。この原因として、栄養の不足や過多、馬体の発育異常による骨格と筋肉や腱のバランスに伴う異常などが考えられています。実は、放牧地の硬さも重要な要因と考えられており、凍結などにより地面が硬くなると、子馬の肢が過剰に刺激され、疼痛や骨端症が生じて運動量が減少してしまいます。その結果、腱や筋肉の正常な伸縮が阻害され、クラブフットを発症すると考えられています。また、放牧地で草を食する際の長時間の同じ立ち姿勢もクラブフット発症の1つの要因として考えられています。

 クラブフットは、4段階のグレード分類がなされており(写真3)、グレードの数字が高いものほど重度な症例となります。クラブフットは成馬になってからでは、治療することが困難ですので、発症初期の対応が非常に重要です。

 

クラブフットに対する装蹄療法

 腱が発育途上で、成熟前の子馬の時期であれば、改善できる可能性があります。しかしながら、馬の立ち方や体重の掛け方といった馬自身に起因している場合もあるため、完治させることは困難であり、現状から悪化しないように維持するという考え方が一般的となります。

 装蹄療法による対処として、軽症例においては、蹄踵を多削し、蹄の形状を整えます。しかしながら、蹄踵が地面から浮いてしまっているような重症例においては、蹄踵を多削してしまうと深屈腱の緊張が増加し、蹄骨の牽引を助長してしまうため、蹄踵が地面に接地するまでは、充填剤などを用いた「ヒールアップ」を実施し、深屈腱の緊張を緩和させることが効果的です(写真4)。

 さらに、装蹄療法のみでは治療が困難である、より重度の症例においては、獣医師による深屈腱支持靱帯切除術を選択しなければならないこともあります。これによって、深屈腱の緊張が緩和され、クラブフットの進行を抑制することが可能となります。そのため、クラブフットを発症してしまったら、装蹄師のみならず獣医師にも相談し、早期に原因を取り除いていく必要があります。

 

おわりに

 クラブフットの治療は軽症のうちに、適切な処置を施すことが何よりも重要です。そのためには、早期発見できるかがポイントとなります。普段からこまめに歩様チェックを実施し、早期に痛みを取り除くことによって、クラブフットの発症リスクを軽減することが可能となります。

 クラブフットは、市場での評価も含め、馬の将来を大きく左右する重要な蹄疾患です。発育期である当歳、1歳は特に蹄を注意深く観察し、その変化を早期に発見し、素早く対応することが求められます。そのためにも、クラブフットのみならず蹄に異常を認めたら、直ちに装蹄師や獣医師に相談し、早急に対応しなければなりません。

日高育成牧場 業務課 佐々木裕

1_8 写真1.クラブフットという病名は、蹄と繋の外貌が「ゴルフクラブ」の形状に似ていることに由来している。

 

2_3 写真2.深屈腱が拘縮することによって、その付着部である蹄骨が牽引されるため、結果的にクラブフットが発症する(Am Frarrier J 1999 vol25を一部改変)

 

3_3 写真3.クラブフットの指標となる4段階のグレード(Dr. Reddenによる分類)

 

4_2 写真4.蹄踵部を上げることで深屈腱を弛緩させる「ヒールアップ」装蹄療法

2022年9月30日 (金)

繁殖牝馬の蹄管理の重要性

はじめに

  装蹄や削蹄はなぜ行うのでしょうか?野生の馬は削蹄や装蹄といった蹄管理が行われていません。なぜ大丈夫なのか不思議ですよね!?それは馬が一日中自由に動き回っているため、蹄の伸びる量と摩滅する量のバランスが釣り合っているからです。一方、競走馬や乗用馬など人によって管理されている場合は、自由に動き回ることはできず、さらに人為的に運動を課せられるため、蹄の伸びる量と摩滅する量のバランスが崩れてしまいます。そのため削蹄によってバランスを整えたり、蹄鉄で蹄を保護する必要があります。蹄をケアすることは馬の肢勢や運動パフォーマンス、運動器疾患といった様々なところにも関連してきます。「蹄なくして馬なし」という言葉がありますが、まさに的を射た表現だと思います。

繁殖牝馬の蹄管理がなぜ重要なのか?

  繁殖牝馬は、仔馬や育成馬、競走馬と比べると体重が重いため、蹄にかかる荷重も増加します。また、繁殖牝馬のほとんどが跣蹄(はだし)での放牧管理中心のため、蹄の状態は気候や放牧地の地面の影響を強く受けます。その結果、荷重に耐えられなくなった蹄は徐々に変形していきます。蹄壁が反り返る状態のことを凹弯といいます。(写真1、写真2)

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写真1:正常(凹弯のない)蹄

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写真2:凹弯した蹄

 

 写真2のように凹弯した蹄の状態が長期に及ぶと、蹄壁にかかる負荷がより大きくなり、蹄壁欠損や裂蹄といった蹄疾患にもなりやすくなります。軽度の蹄壁欠損であれば処置も簡単で問題なく経過することが多いですが、裂蹄が生じると痛みが強いばかりでなく処置するのにも完治するのにも多くの時間を要してしまいます。また、蹄の生え際である蹄冠部まで達してしまうような裂蹄(写真3)の場合、蹄冠の組織が損傷している恐れがあります。その場合、蹄冠の一部が変形してしまうことから、その後の蹄冠からの蹄角質の成長に変化が生じてしまいます。そうなると蹄の一部が根本から歪んだまま伸びることになるため、同じ部位に裂蹄が生じやすいという負の連鎖に陥ってしまいます。さらに、蹄葉炎といった重度の蹄疾患を続発させてしまうこともあることから、重症化する前の早期の対処が望ましいと言えます。

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写真3:蹄冠部まで達する裂蹄

 

 護蹄管理は、蹄の問題解決の手段だけのように感じるかも知れませんが、その効果は蹄だけにとどまりません。適切に整えられた蹄であれば、馬も快適に動き回ることができるため、放牧地での運動量も自然と多くなり、ストレスの軽減にも繋がります。また、哺乳期には仔馬の運動量にもかかわってくるため、仔馬の発育にも影響を及ぼします。そのほかにも、蹄疾患によって痛みが続いた場合には、疼痛によるストレスで受胎率が低下してしまう恐れもあります。蹄疾患の予防だけでなく、仔馬の健康な発育や生産のためにも繁殖牝馬に対する定期的な削蹄をはじめとした蹄管理や日頃からの観察は重要といえます。

 ちなみに、日高育成牧場では繁殖牝馬の削蹄は4週間に一度の間隔で行っています。仔馬や育成馬、競走馬の肢蹄管理の方に目が行きがちですが、これを機に繁殖牝馬の蹄管理にも少しは着目して頂けると幸いです。(写真4)

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写真4:健康な繁殖牝馬の蹄

日高育成牧場 業務課 佐々木 裕

2021年12月13日 (月)

セレン過剰症について

セレンについて

 セレン(Se)というミネラルをご存じでしょうか。おそらく一度は配合飼料の成分表に書かれているのをご覧になったこともあるでしょう。このミネラルは馬には必須の微量ミネラルで、グルタチオンペルオキシダーゼの主要な構成成分としてビタミンEとともに細胞の抗酸化作用などに重要な役割を果たしています。その欠乏症は「白筋症」として知られ、栄養的な筋障害を引き起こすことが知られています。一方、過剰症の急性症状としては、視力低下、発汗、疝痛、下痢などがあり、「アルカリ病」として知られる慢性症状では、たてがみや尾の脱毛、蹄の変形や裂蹄などが認められ、いずれも重症の場合には死に至ることもあります。

国内で初めての過剰症の発生

 よく管理された競走馬においては中毒など起こりえないと考えがちですが、数年前に国内の競走馬おいて、セレン過剰症を原因とする蹄疾患(全周性の亀裂:写真1)が続発し、数十頭の馬が罹患したことがありました。ほとんどの症例で蹄葉炎に類似した症状が共通していましたが、消炎剤の投与や蹄の支持療法等の通常の蹄葉炎に対する治療への反応も乏しく、疼痛のコントロールができないまま多くの競走馬が予後不良となりました。これまで経験のない症状であったため診断に苦慮しましたが、発症馬の血液から正常値を上回るセレンと蹄の病変部やたてがみからも高濃度のセレンが検出されたことなどから、セレン過剰症と診断できました。しかしながら、通常獣医師が行う血液検査における一般的な測定項目ではないことから診断がつきにくいことに加え、その治療にも限界があることなどもあり、治療よりも発症させないことのほうが重要といえます。

海外での報告例

 海外の報告をみると、馬のセレン過剰症はセレンを多量に含んだ植物の摂取やアメリカ中西部などの土壌中のセレン濃度が高い地域で栽培された飼料の摂取により起こることが一般的な原因とされています。また、サプリメントや注射により発生したケースも報告されており、2009年に米国で開催されたポロ競技大会では、不適切な調合のセレン入りのビタミン剤が投与され、投与を受けた21頭全頭が投与後3~24時間の間に急性中毒で死亡したという報告もあります。

 現在国内で利用されている牧草の多くが、セレン濃度が低い土壌の国内産やアメリカ北西部からの輸入牧草がほとんどですので、牧草由来のセレンについてはそれほど心配しなくてもよいかもしれません。しかしながら、近年では栄養の強化された様々な種類の配合飼料やサプリメントが利用されていますので、配合飼料の使用にあたっては、エネルギーや蛋白質量といった項目だけでなく、セレンをはじめとした微量元素についても確認をする必要があるといえるでしょう。

適切な摂取を

 セレンの詳細な体内動態や明確な要求量は明らかにされていません。一般的に成馬のセレンの最大許容量は20 mg/日(乾物飼料1kgあたり2mg)で、これを超えると中毒症状が起きる可能性があるとされています。通常、1~2mg/日の摂取が目安とされており、FDA(アメリカ食品医薬品局)でも「一般的な成馬」での摂取量が3mg/日を超えないようにと注意を促しています。運動強度の高い馬においては、抗酸化作用を期待してそれ以上の摂取が必要だという意見もあるようです。いずれにせよ、要求量と中毒量が近く安全域の狭いミネラルであるということも忘れずに、適正な摂取量となるよう心掛けていただければ幸いです。

pastedGraphic.png 写真1:国内で発生したセレン過剰症の馬の蹄

pastedGraphic_1.png  写真2:同じ馬の蹄X線画像

日高育成牧場業務課長  立野大樹

2021年8月31日 (火)

蹄壁異常の症例紹介

 暑さが厳しいなか、皆様も忙しい毎日を過ごされていることと思います。さて今回の「強い馬づくり最前線」では近年、美浦トレーニングセンターにおいて確認された、複数肢同時期に発症する全周性の蹄壁異常を示す蹄疾患と、それに対して行われた装蹄療法についてご紹介したいと思います。

 

~症状~

 まず、この蹄疾患の症状として蹄の熱感、疼痛、指動脈の拍動強勢、強拘歩様を呈し、そして最大の特徴は複数蹄の同じ高さに異常が起こる点です(写真1)。歪(ゆが)みや横裂が顕著になった蹄では激しい疼痛と、蹄骨の変位、排膿も確認されました。当初は蹄葉炎が疑われましたが、蹄壁に異常な歪みと横裂を有する特異的な症状を示しており、病変部分の蹄角質やたてがみからセレンの高度沈着が確認されたことから、セレン過剰症が原因だったのではないかと考えられました。

1_2写真1

~蹄の歪みとセレンの関係~

 セレンとは自然界の水や土壌などに含まれる元素で、人や馬にとってごく少量ながら必要とされる栄養素であることから必須微量ミネラルと言われています。適量を摂取することは必要なのですが、過剰に摂取すると人では脱毛や爪の変形、嘔吐や下痢、神経過敏などの症状が出ることがあると言われています。

 馬での報告は少なく、よくわからないところが多いのですが、セレン過剰により広範囲に横裂が生じる原因として、セレンが過剰に摂取された期間に生成された角質部がセレンの高度沈着により脆弱化し、その部分が力学的ストレスに耐えられなくなり、歪みや横裂などの異常が起こるのではないかと考えられています。

 

~装蹄療法~

 昨年11月に行われた「第62回競走馬に関する調査研究発表会」において、美浦トレーニングセンターの大西らがこの症状を呈した競走馬3頭に対して新しい装蹄療法を行い、良好な成績が得られたとの報告がありました。

 この装蹄療法では物理的疼痛や力学的ストレスの緩和、失われた蹄壁堅牢性の補強を目的として次のように実施されました。

  • 横裂部周囲の脆弱な角質を可能な限り除去(写真2左上)
  • 深屈腱への緊張の緩和を目的とした極端な短削(写真2左上)
  • 地面の凹凸からの影響を軽減するため、遠位角質を可能な限り鑢削(写真2左上)
  • アルミプレート(写真2左下)とエクイロックスにて上下の蹄壁に橋を渡すように接着補強(写真2右)
  • 蹄壁の堅牢性を確保するのと同時に蹄機作用を抑制するため、プレート下端が蹄鉄に乗るように接着装蹄(写真2右)
  • 横裂の一部を排膿口として利用

 

2写真2

 急性期では、蹄葉炎予防と、蹄壁にかかる力を蹄底に分散させるため、蹄底充填剤を使用し(写真3左)、また、蹄全体をキャスト固定(写真3右)することで蹄機の抑制や蹄壁の補強を高めることもありました。その後、蹄の状況に合わせて改装を行い、今回装蹄療法を実施した馬では、約4~7ヵ月ほどで、蹄釘での装蹄ができるようになって装蹄療法は終了となりました(写真4)

3写真3

4_2写真4

~最後に~

 深い全周性の歪みや横裂が生じる症例は、単肢に起こるだけならばそこまで難しいことにはならなかったと思われます。しかし、今回は、複数肢同時期に蹄壁異常が発生し、負重の偏りが起こることで、蹄葉炎のリスクと装蹄療法の難易度が非常に高くなったそうです。今回、これまで経験のない症状に遭遇したわけですが、状態を精査し的確な方法を考え出すことで装蹄療法が成功し、健常な蹄に更新することができたのだと思います。

 今回ご紹介した症例を通して、少しでも皆様の参考になることができましたら嬉しく思います。

日高育成牧場 装蹄師 荻島靖史

2021年8月26日 (木)

子馬の肢蹄管理について

(馬事通信 強い馬づくり最前線  4月15日号掲載)

 いつになく早い桜の気配に心浮き立つ今日この頃ですが、馬産地は繁忙期真っ只中だと思います。そして、誕生した子馬の成長に目を見張る毎日ではありますが、生産者の方や装蹄師の方の心配の種になるのが子馬の肢勢や肢軸になると思います。そこで今回は子馬の成長に合わせた肢蹄管理についてご紹介させていただきます。

  • 誕生から1~3ヶ月齢
  1. 異常肢勢への対応

 馬は生まれてすぐに自分の肢で立つため、母親の胎内にいるときから、胎生角質と呼ばれるしっかりとした蹄を持っています。ただし、母親のお腹にいる間は胎内を傷つけないよう、蹄餅という白くて軟らかい角質に覆われています。この蹄餅は、生後数時間で乾燥や地面との摩擦などで剥がれ落ち、成馬と同じような蹄となります。この時期の子馬の肢蹄は発育、負重、歩様など、様々な要因により変化します。異常肢勢があった場合でも、成長とともに治癒することもありますが、重度の異常肢勢を放置してしまうと運動器疾患の発症要因となることもあります。このため、誕生直後より、蹄や肢勢・肢軸を注意深く観察し、異常肢勢などを早期発見することが大事です。異常が認められた場合は、装蹄師による蹄壁補修剤や矯正用のシューズやプレートを用いた肢勢・肢軸矯正、獣医師による薬の投与や重度の場合は外科手術が必要となります。

  1. 削蹄の開始

 削蹄は概ね誕生から1~3ヶ月を目安に開始します、間隔は3~4週間が基本的ですが、肢蹄の状態によっては時期を早めることもあります。また、この時期は胎生角質と新生角質と呼ばれる蹄角質が同時に存在しています。母胎で形成された胎生角質は負重など地面からの影響を受けていないのに対し、誕生してから生長した新生角質は負重など様々な影響を受けるため、その差異が、蹄壁の凹湾や不正蹄輪となって現れることがあります。そのような場合は蹄の状態を確認しながら、徐々に蹄鑢(テイロ。ヤスリのこと)などで胎生角質を削切し凹湾した蹄壁を修整します。削蹄の作業は馬が生きていく限り継続されるものであるため、肢挙げや装蹄師による保定の馴致はしっかりと行い子馬に恐怖感をもたせないことが重要です。

  • 4~6ヶ月齢
  1. 端蹄廻し

 離乳を始める時期になり子馬だけで放牧を始めると、元気に放牧地を走り回り、蹄壁欠損などを起こすことがあります。そのため、端蹄廻し(はづめまわし)を実施し、蹄壁欠損などを予防します。端蹄廻しとは、蹄壁の厚さ2分の1を目安として、蹄鑢で外縁を削り、蹄壁に対して45度の丸みをつけることです。牧場でも削蹄用の蹄鑢を常備し、軽度の蹄壁欠損を発見した際は装蹄師ではなくても、拡大を防ぐため端蹄廻しを行うことが良いと思います。

  1. 裏堀り

 放牧するため馬房にいる時間も減少し、放牧地の泥土が蹄に詰まりやすい時期でもあります。蹄底を不潔な状態で放置すると、蹄質が悪化し、蹄叉腐爛などの蹄病の発症原因となります。清潔な状態を保つためにはこまめな裏堀りが重要です。裏堀りの際には、蹄壁に触れることにより蹄の異常サインである帯熱を感知することができます。さらに、子馬の蹄を裏堀りの道具で叩いて軽く音を出し、衝撃を与えることでその後に実施する蹄鉄の装着(釘打ち)の馴致となります。

  • 7~10ヶ月齢
  1. 裂蹄(蹄角質部である蹄鞘の一部に亀裂が発生したもの)

 誕生から7~8ヶ月経過すると、秋から冬の寒い時期に差し掛かります。蹄が乾燥し固くなることもあるため、蹄底部などの裂蹄に注意が必要です。特に蹄底部の亀裂が深くなり、砂などが知覚部(角質の下の柔らかいところ)まで入り込んでしまうと炎症が発生し、跛行の原因となります。亀裂は削開して砂などを除去し、拡大を防ぎます(写真1)。

  1. 白帯病(白線裂とも呼ばれる。白帯が変質して崩壊し、蹄壁中層と蹄底部が剥離したもの)

 蹄の生長とともに、白帯病が発症し始める時期でもあります。この場合も剥離部が知覚部まで達すると跛行の原因となるため、亀裂が深くならないよう病変を早期発見し、削り取ってしまう必要があります(写真2)。

  1. 挫跖(蹄への圧迫や衝撃による知覚部の炎症)

 挫跖も多くなる時期ですので、この時期の子馬の蹄に関しては、蹄負面を注意深く観察し、蹄病の予防や悪化を防ぐこと、歩様や蹄の熱感・球節部の指動脈の拍動亢進などに留意することが重要となります。

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写真1 赤丸は蹄底裂。裂部を削開し砂を除去した。

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写真2 赤丸は白帯病。削蹄し病変を削り取った。

・最後に

 子馬の肢蹄管理は装蹄師による定期的な装削蹄だけでは限度があり、牧場での日常的な管理が必要不可欠です。また、肢蹄の異常などを発見した場合は速やかに担当の装蹄師や獣医師に相談して、健全な肢蹄の発育を心掛けましょう。

日高育成牧場業務課 装蹄師 津田佳典

2021年7月28日 (水)

蹄充填剤と接着装蹄法について

 今回は装蹄に使われる蹄充填剤と蹄充填剤を用いた装蹄法についてご紹介させていただきます。

・蹄充填剤とは・・・

 馬の蹄は1か月に約10mm程度の生長をしますが、運動をすることで蹄は擦り減ります。もし、蹄の伸びる量よりも減る量のほうが多くなると、知覚部が露呈してしまい、疼痛を伴うようになってしまいます。蹄鉄を装着することは、このような過剰な蹄の擦り減りを防止して保護することを目的としています。

 一般的に、蹄鉄は蹄釘(ていちょう)と呼ばれるれる釘を蹄壁に打ち込んで装着します。しかし、蹄壁欠損などの理由によって蹄釘を打ち込む場所が確保できず、蹄鉄の装着が困難になるケースもよくあります。一昔前であれば、このようなケースの馬は蹄壁が伸びるまでの期間の休養を余儀なくされていたのですが、蹄壁の欠損部を補える充填剤が開発されたことでこのような問題が解消されるようになりました。

 皆さんもよく耳にするエクイロックス(Equilox社製)はこのような充填剤の一つです。充填剤は2種類の薬剤が混ざり合うことで硬化する、蹄専用の樹脂素材のものが一般的で、蹄壁(蹄の外側)に塗布するものと蹄底(蹄の裏側)に充填するものの2種類に大別されます。

  1. 主に蹄壁に使用する充填剤

 ・エクイロックス

 蹄壁の欠損によって、蹄釘での装蹄が困難な場合に使用します。薬剤混合時の化学反応の際に熱を発します(約60℃)が、この熱が硬化を促進します。したがって硬化時間は外気の影響を受けやすく、製品にも夏用(エクイロックスNO.Ⅰ)と、冬用(エクイロックスNO.Ⅱ)がラインナップされています。それぞれの硬化時間は夏場に夏用を使用したときは5~10分程度、冬場に冬用の時では少し延長して10~15分程度が必要となります。使用する際の注意点として、水分・油分や汚れが付着していると上手に蹄壁に接着できないことがあるため、事前にアルコール、金ブラシや紙ヤスリを使用し除去するなどの下準備が必要です。正常に硬化すると、蹄壁と同等の硬度が得られます。

【使用例】

 写真1の左は、蹄壁の欠損によって蹄の強度が保たれなくなった症例です。右の通り欠損部にエクイロックスを充填し、仮の蹄壁を作成したことで蹄自体の強度が保たれました。

写真1 pastedGraphic.png

 またエクイロックスは、度重なる釘打ちなどで蹄下部が崩壊して釘打ちが困難な症例に対して蹄釘を使用しない接着装蹄法を選択する場合などに用いることもあります。(写真2)

 接着装蹄法での使い方も蹄壁に充填する時と同様に、蹄の接着予定部分を綺麗にすることから始めます。綺麗にした部分は水分や汚れが付かないように蹄ごとラップなどで巻いて保護してから肢を降ろします。ここまで準備ができたら、蹄鉄の蹄負面側(蹄と接着する面)にエクイロックスの薬剤を塗布して蹄鉄を蹄に合わせて接着します。蹄鉄の接着をより強固なものとするため、さらに蹄踵部(蹄の後半部分)の隙間にエクイロックスを充填して埋めます。仕上げにヤスリを掛けて完成です。

写真2

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・スーパーファスト(Vettec社製)

 プラスチック樹脂であることからエクイロックスに比べて硬く、蹄の輪郭に盛り付けることで歩様や肢向きの改善など、主に肢軸異常の矯正に使用します

【使用例】

 写真3は当歳馬の左前肢で、蹄の内向を矯正するために、スーパーファストを蹄外側に張り出すように盛り付けています。張り出しを作ることにより、内側に掛かる力を外側に分散させる効果が期待できます。また、歩様の際も蹄の外側が先に地面に接地するようになり、内側に傾く歩様を矯正することができます。

写真3

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  1. 蹄底に使用する充填剤

・エクイパック

 シリコン樹脂で硬化してもある程度柔さを保っているのが特徴です。挫跖や裂蹄など、蹄底への負重時に疼痛がみられる際の蹄底保護に使用します。

・エクイパックCS(写真4左)

 エクイパックに硫酸銅を混合した充填剤です。硫酸銅の混合により、蹄底への充填剤挿入が長期間に及ぶ際に起こりやすい蹄叉腐爛や、蹄底の脆弱化が予防できます。

・アドバンスクッションサポート(ACS)(写真4右)

 主に蹄葉炎の予防、治療に用います。粘土状の2種類の薬剤を混ぜることで硬化が開始し、スーパーボールと同程度まで硬化するクッション材です。

 全身疾患、栄養過多や負重性など様々な原因から発症する蹄葉炎では、蹄内部の血液循環が阻害されて蹄骨を吊り下げている葉状層が剥がれ、蹄骨が回転あるいは沈下するなどの症状が知られています。この疾患に対しては、蹄全体で均等に負重させることを目的に蹄底にACSを充填する治療法が一般的です。ACSにはある程度の硬さがあるので、下から沈下する蹄骨を支え、これ以上蹄骨が沈下しないようにする効果が期待できます。しかし、ACS自身には接着力はないため、蹄鉄を装着して挟み込むかベトラップなどで固定する必要があります。

写真4

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まとめ

 馬の装蹄で用いられる充填剤には、それぞれの用途に応じた硬度や接着力が異なる様々な製品が開発されています。蹄の状態に応じて適切な充填剤を正しく使用することで、様々な蹄病や肢勢の矯正に対応することが可能です。しかし、使用に際してはこれら充填剤の特徴や性質を十分に理解しておくことが必要であり、使い方によっては病態や肢勢のさらなる悪化を招くこともあるということを忘れてはなりません。今後、新たな充填剤が開発されることで、今よりさらに多くの症例に対応することが可能となるかもしれません。

日高育成牧場 業務課 装蹄師 津田佳典 

2021年6月13日 (日)

装蹄道具とその手順について

 今回は装蹄に使われる道具と手順について、簡単にご紹介させていただきます。

・装蹄とは・・・

 馬もヒトと同様に爪(馬では蹄と呼ばれます)が伸びますが、通常は伸びた分だけ地面との摩擦で削られてバランスよく一定の長さに保たれています。しかし地面との摩擦が少ない場合、蹄の伸びる量が削られる量より多くなり、蹄は伸び続けてしまうため、定期的に蹄を切る必要があります。一方、蹄の伸びる量より削られる量が多くなる場合、つまり運動量が多い馬や人を乗せる使役馬などでは、蹄がどんどん短くなってしまいます。このような場合は、ヒトの靴に相当する蹄鉄を装着し、蹄を過剰な磨耗から保護しなければなりません。このように蹄を短く切り揃え、蹄鉄を装着する作業のことを装蹄と呼び、これを生業とする人は装蹄師と呼ばれます。

 装蹄師は全国でも約600名しかおらず、JRAにはそのうち35名が在籍しています。これら装蹄師になるためには、栃木県宇都宮市の「装蹄教育センター」という全寮制の学校で1年間のカリキュラムを修了し、装蹄師免許を取得しなければなりません。

・道具

 特殊な作業に使う道具は、普段の生活では見慣れないものばかりです。今回は、代表的な道具をいくつかご紹介します。

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左から、装蹄鎚(そうていづち)、釘節刀(ちょうせっとう)、剪鉗(せんかん)、鎌型蹄刀(かまがたていとう)、削蹄剪鉗(さくていせんかん)、蹄鑢(ていろ)、手鎚(てづち)、火鉗(ひばし)、釘切剪鉗(くぎきりせんかん)、クリンチャーという道具です。装蹄槌は釘を打つハンマー、釘節刀は曲がった釘を起こす道具、剪鉗は蹄鉄を外す道具、鎌型蹄刀は蹄を切る道具、削蹄剪鉗は人でいう爪きり、蹄鑢はヤスリ、手鎚は蹄鉄を叩くハンマー、火鉗は熱く熱した蹄鉄を掴む道具、釘切剪鉗は釘を切る道具、クリンチャーは釘を折り曲げて締める道具です。

・装蹄作業

 最初に蹄の保護のために蹄鉄を装着するとご説明しましたが、蹄鉄を装着すると蹄の代わりに蹄鉄が地面との摩擦で削られてしまうため、定期的に伸びた蹄を削って蹄鉄を新しく交換する作業が必要となります。

 古い蹄鉄を外すことを除鉄といいますが、この作業には装蹄鎚、釘節刀、剪鉗を使用します。まず、釘節刀を曲がっている釘節に引っ掛け、装蹄鎚で釘節刀を叩いてやることで曲がっている釘節を叩き起こします。釘節が真っ直ぐ伸びたら、蹄鉄を剪鉗で挟んで除鉄できるようになります。

 次に鎌型蹄刀、削蹄剪鉗、蹄鑢を使用して、伸びた蹄を切る作業(削蹄)に移ります。まず削蹄剪鉗(爪切りに相当します)で蹄の伸びた部分を大雑把に削切し、鎌型蹄刀で細かい部分を切り揃えた後に、蹄鑢(爪ヤスリに相当します)を使用し、平らに仕上げます。

2_2 鎌型蹄刀で削蹄      焼付け

 削蹄が終わると、新しい蹄鉄をその馬の蹄の形に合わせる作業に移ります。火鉗で蹄鉄をしっかりと固定し、手鎚で叩いて蹄鉄の形を修正していきます。使用する蹄鉄は予め馬蹄形に整形されていますが、馬の蹄形は全て同じではないため、装蹄の際には必ずこの修正作業が必要です。馬の前肢は走行中に進行方向を変える役割を担っているため、方向転換しやすいように丸い形状をしていますが、推進力を担う後肢は地面をグリップするためにひし形の形状をしています。このような前後の形状の違いだけでなく、1頭1頭に微妙な形状の違いがあるため、装蹄師にはこの微妙な形状の違いを読み取り、それぞれの蹄形に蹄鉄の形状をぴったり合わせる技術が要求されます。さらに、乗馬では修正した蹄鉄を熱して蹄に押し付ける焼付けという作業も行います。焼付けは、蹄鉄と蹄の密着性をより高めるために行いますが、殺菌作用が得られるメリットもあります(馬の蹄は熱を伝えにくいので、火傷することはありません)。一方、競走馬の蹄鉄はアルミウムが材料のため、焼付けは行わずに形状修正した蹄鉄をそのまま蹄に装着します。

 蹄に合わせた蹄鉄が準備できたら、ようやく新しい蹄鉄を蹄に打ち付ける作業に移ります。ここで使用するのは、装蹄鎚、釘切剪鉗、クリンチャー、蹄鑢などです。蹄鉄を蹄に打ち付ける際には、蹄釘(ていちょう)を用いますが、1蹄につき4本~6本の蹄釘を使って打ち付けるのが一般的です。蹄鉄を蹄に打ち付けると蹄壁から蹄釘の先端が飛び出した状態になりますが、この状態は人馬にとって危険なため、すぐに釘切剪鉗で飛び出した余分な部分を切り落とします。さらに切り落とした蹄釘の下に溝を彫り、クリンチャーを使って断端を溝の中に折り曲げて埋め込みます。この作業によって蹄釘が蹄壁にしっかり引っかかるようになり、蹄に打ちつけた蹄釘が簡単に抜けないようになります。最後は、仕上げに蹄鑢で蹄釘の断端を滑らかにし終了です。

3_2   釘打ち       仕上げ

・最後に

 装蹄作業は伸びた蹄を切り蹄鉄を馬の形状に合わせ、蹄釘で装着するだけでなく、個々の馬のバランス、肢全体の向きや角度も考慮し、時には疾病があればその疾病に合わせた装蹄をしなければなりません。そのため、知識や技術だけでなく経験も装蹄師にとって必要な、とても大事な要素といえるでしょう。

2021年6月 8日 (火)

蹄に影響する栄養

はじめに

 “蹄なくして馬なし”と言われるように、馬が健康でそのパフォーマンスを十分に発揮するためには、蹄が健常であることが重要であることは言うまでもありません。「蹄が健常である」とは、蹄葉炎などの蹄疾患がないということは当然ですが、蹄壁の欠けや裂けがなく、蹄が適切なペースで伸長している状態を指します。蹄の伸長には、裂蹄を発症しづらいなど蹄角質そのものの特性、遺伝的要素、運動状況、あるいは気候や飼養状況などの外的環境要因などが影響することが知られていますが、実は栄養状態も大きく影響しています。今回は、この蹄の健常性に影響する栄養についてご紹介します。

タンパク質

 蹄の角質(蹄壁や蹄叉)は、主にケラチンと呼ばれるタンパク質から構成されています。一方、生体を構成するアミノ酸には20種類がありますが、そのうちイオウ(S)の原子を含むアミノ酸は含硫アミノ酸と呼ばれます。タンパク質の一つであるケラチンは組織の硬質性に寄与していますが、その硬質性には含硫アミノ酸のイオウ同士の結合が重要な役割を担っており、特に蹄のケラチンにおいてはこの硬質性の点から含硫アミノ酸であるメチオニンやシスチンの存在が重要となります。中でも必須アミノ酸※でもあるメチオニンの摂取不足は、蹄の脆弱化や伸長鈍化の原因となります。しかし、このメチオニンは一般的な配合飼料のタンパク質源である大豆などに多く含まれていることから、配合飼料や脱脂大豆を利用していればその摂取不足を心配する必要はありません。 さらに、メチオニンは放牧草やアルファルファ乾草などにも比較的多く含まれているため、サラブレッドの生産現場で問題となることはないと考えて良いでしょう。

※ 生体内で必要量の全てを合成できないため、不足分を食餌で摂取する必要のあるアミノ酸のこと

ビオチン

 蹄のケラチン合成に必要なビオチンはビタミンB群に分類されるビタミンで、馬での必要量は明らかではないものの腸内細菌で合成されることや飼料中にも含まれていることから、大豆や青草を給与している馬では不足することはないと考えられています。しかし、外的なストレスや食餌によってビオチンを合成する腸内細菌の数や活動が影響を受け、ビオチンが十分に合成されなくなることも考えられます。ビオチンが馬の蹄に与える影響は非常に大きいため、この影響についての研究が盛んに行われているところです。

 ある研究では、サラブレッドにビオチン(15mg/日)を10ヶ月間給与すると蹄の伸長量が1.8cm増加することが報告されています(図1)。またスペイン乗馬学校繋養のリピッツァナー種牡馬にビオチン(20mg/日)を19ヶ月間給与した研究によると、削蹄時の蹄壁、蹄底、蹄叉および白線における亀裂、硬度などを4段階にスコア化(図2)すると、給与開始後の各項目でスコアの良化がみられ蹄の状態が良化したことを示唆する結果が得られたと報告されています(図3)。この蹄の状態変化が見られたのはビオチンの給与開始から11ヶ月後であったことから、ビオチンによる蹄の状態改善には長期間が必要であることも分かりました。

現在市販されているほとんどの蹄用サプリメントにはビオチンが含まれていますが、これらは他のサプリメントに比べて高価です。したがって、ビオチンを給与する際は最もその効果を得たいゴールとなる期日を設定し、それまでの繋養期間や経費を勘案した上で給与を開始するタイミングを検討する必要があるでしょう。Photo図1 ビオチン投与が蹄の伸長に及ぼす影響  

ビオチン投与開始からの蹄壁部の伸長の変化を調べた。ビオチン投与群の10カ月間の蹄の伸長は、非投与群に比べて1.8㎝大きかった。Equine Vet.J.(1992)24(6)472-474

Photo_2

図2  蹄状態のスコアー化   

白線裂、蟻洞、欠損、亀裂などから蹄の状態をスコアー化し判定する  Equine vet. J. (1995) 27 (3) 175-182

Photo_3図3  ビオチン投与が蹄状態に及ぼす影響

スコアーが低いほど蹄の状態が良いことが示されており、ビオチン投与開始から9ヶ月目(2年目の1月)以降に蹄の状態が良化してきた  

亜鉛

 亜鉛は、蹄の角質化に必要なミネラルです。ある研究で、蹄の物理的硬度や酸溶液に対する溶解性を“弱”・“中”・“強”の3段階の強度で分類すると、それぞれの蹄に含まれていた亜鉛濃度は、順に115.0、119.4、および129.4ppm(mg/kg)であったことが報告されています。つまり、蹄に含まれる亜鉛濃度が高いほど蹄の硬度も高いということが分かり、亜鉛の摂取不足から蹄が脆弱になる可能性があることが分かります。

 

その他の栄養

 その他、カルシウム、リン、マグネシウム、銅およびコバルトなどのミネラルも蹄の健常性に必要な栄養です。カルシウムは蹄の構造上で重要な役割を果たしますが、このカルシウムとリンの摂取バランスが崩れると、カルシウムの吸収が阻害されてカルシウム不足に陥ることが知られています。フスマの過剰給与から蹄が脆弱になるということはよく知られていますが、これはフスマに含まれるリンの含量が高いことが根拠となったのかもしれません。しかし、飼料全体に含まれるカルシウムとリンのバランスが適正(カルシウム:リン=1.5~2:1)であれば、フスマの過剰摂取が蹄に影響を及ぼすことはありません。

おわりに

 インターネットで少し調べるだけで、蹄に良いとされるサプリメントが数多く販売されていることが分かります。もし、皆さんが繋養馬の蹄にお悩みであれば、これらのサプリメントを利用することで解決できることもあるでしょう。でもちょっと待ってください。もしかすると、単に飼葉の栄養のアンバランスが原因であるだけかもしれません。新しいサプリメントを導入する前に、ぜひ現在の飼葉について栄養計算ソフトなどで確認してみましょう。

日高育成牧場 生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

2021年2月 1日 (月)

全国装蹄競技大会

毎年10月上旬に、宇都宮市の装蹄教育センターにおいて農林水産祭参加『全国装蹄競技大会』が開催されています。全国各地の厳しい予選を突破した装蹄師の精鋭たちによる技の祭典ですが、72回目を迎えた今年の出場選手は36名と過去最多となり、北海道地区からも6名の選手が出場を果たしました。出場選手の年齢も20歳から61歳までと幅広く、日本最大の競技会です。

審査は、『造鉄競技』『装蹄判断競技』『装蹄競技』の3種目について総合的に審査され、3位、優秀賞および最優秀賞と、各部門賞についての表彰が行われます。最初の種目である『造鉄競技』では、25分間の制限時間内に課題の蹄鉄を作製する技術を競います。今年の課題は1組の後肢用蹄鉄を作製することでしたが、この競技の上位16名のみに最後の『装蹄競技』に出場する権利が与えられることから、大会に参加する選手たちは普段の練習時間のほとんどをこの『造鉄競技』の練習に費やします。また、この競技では一つのミスが大きな減点となるため、どんなに熱心に日ごろの練習を積み重ねてきてもその成果を本番で発揮できなければ足切り対象となってしまい、キャリア数十年のベテラン装蹄師が最終種目まで進めないということも珍しくありません。

2番目の種目である『装蹄判断競技』は、主催者によって用意された1頭の馬について、立ち肢勢、歩様および疾病の有無を総合的に判断して適切な装蹄方針を組み立てることが要求される、記述式の種目です。「馬を総合的に見る目」は装蹄師の日常の仕事でも非常に重要な技術ですが、今年の厳しい予選を勝ちあがった出場選手の平均点は例年より高く、ハイレベルな争いとなりました。この種目の成績は最終的な合計得点には加算されないのですが、前述の『造鉄競技』同様に足切り的な役割を担っているために気を抜くことは許されません。と言うのも、最終種目の『装蹄競技』まで進んだ16名の選手のうち、最終的な総合順位の審査対象となれるのはこの『装蹄判断競技』の成績上位10名までに限られてしまうからです。したがって、『造鉄競技』と『装蹄競技』の合計得点は全体で一番だったにも関わらず、『装蹄判断競技』で上位10位以内に入れなかったため、総合順位の審査対象となれずに優勝を逃してしまうこともあり得るのです。

『造鉄競技』の成績上位16名で行われる最終種目の『装蹄競技』は、前肢1蹄の装蹄と課題の特殊蹄鉄1種の造鉄の双方を60分間の制限時間内に完了させ、その出来映えを競う競技です。審査は、前肢の装蹄については削蹄、装蹄用蹄鉄の造鉄および仕上げまでの一連の作業を、課題蹄鉄についてはその出来映えについて行われ、全570点満点中370点の配点と非常に大きな割合を占める種目です。したがって、選手たちが総合優勝を目指す上での一番の頑張りどころと言えるでしょう。もちろん、すべての競技に共通して機能美に秀でた製品を作ることが重要なのは当然ですが、この種目で高い評価を得るためにはコンテストならではの美しさも重要になります。競技のポイントで具体例を挙げると、削蹄における蹄叉や蹄底の削切時に凹凸を作らないことや、僅かな汚れのような部分の処理にまで細心の注意を払うということです。削蹄後も選手各自で蹄を採寸し、1本の棒状の鉄桿から採寸した蹄に合った蹄鉄を作製して装蹄するまでの一連の作業が求められます。この作業は、実は日ごろのサラブレッドの装蹄の仕事ではあまり行う機会がないため、これまでの経験だけでなく大会に向けた専用の練習も必要になります。仕上げにおいても釘節の位置、仕上がりの綺麗さや蹄鉄の適合具合などが厳正に審査されるため、些細な妥協も許されません。60分間という制限時間は意外に余裕がありそうに感じられるかもしれませんが、一連の装蹄作業と同時進行で課題の特殊蹄鉄の造鉄も行う必要があるため、かなり厳しい制限時間といえます。しかし、大会に参加する選手達は皆、制限時間をいっぱいに使ってより美しく、より精度の高い装蹄を目指して競い合うのです。

こうして丸一日を費やして開催される全国装蹄競技大会は『装蹄競技』を最後に本戦が終了しますが、競技終了後や合間を縫って本戦とは異なる内容で競う『エキシビションマッチ』や装蹄教育センター講習生による造鉄演技も行われます。また、海外の著名な装蹄師による特別演技やその外国人講師から各自が持ち込んだ蹄鉄についての審査が受けられる『ホームメイドシューコンテスト』も開催されます。近年、国内の装蹄師が海外の競技会に出場する機会も増えつつあり、このような外国人装蹄師との交流は我が国の今後の装蹄業界の発展にとっては必須といえます。

装蹄競技会と聞いてピンとくる人は少ないかもしれませんが、毎年、全国各地の装蹄師が自己研鑽のために競技会に参加しており、全国大会に出場できるのは厳しい予選を勝ち抜いたほんの一握りの装蹄師のみだというこということを知っていただけると幸いです。また、今回ご紹介した全国装蹄競技大会はどなたでも観戦していただくことが可能ですので、是非一度、足をお運びいただくことをお奨めします。文章では伝わらない、選手たちの熱気も感じていただけるはずです。

 

 

【本年の競技会成績】

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JRA日高育成牧場 業務課 装蹄師 吉川 誠人

2021年1月27日 (水)

繁殖牝馬の蹄管理について

繁殖牝馬の蹄管理の必要性

競走馬や乗馬などの騎乗運動を行う馬は、跣蹄(せんてい、蹄鉄を装着しない状態)のままでは、蹄が摩滅し、その度合いが強くなると、蹄内の知覚部(神経や血管のある部位)まで達することで、痛みにより跛行を呈します。そのため、蹄鉄を装着して蹄の摩滅を防止する必要があります。一方、野生馬は、騎乗されることはありませんが、自発的な運動による蹄の摩滅量と伸びる量のバランスが釣り合っているため、削蹄も蹄鉄装着も必要ないと考えられます。

それでは、騎乗運動をしない一方で、比較的長い時間に亘って放牧されている繁殖牝馬についてはどうでしょうか?騎乗運動をしないため、基本的には摩滅量よりも伸びる量のほうが多くなることから、蹄鉄は一部の馬を除いて装着する必要性はありませんが、少なくとも伸びた蹄を削らなくてはなりません。

また、競走馬や育成馬よりも体重が重いため、蹄はその負重に耐えられず、凹湾、すなわち蹄壁が反るように変形し易い傾向にあり(※写真1)、重度の場合には裂蹄を伴う馬も見受けられます(※写真2)。さらに放牧管理中心のため地面の状態に蹄質が左右されます。たとえば泥濘(ぬかるみ)に長時間晒されることで蹄の角質が脆弱化し、白線裂等の蹄病を引き起こすこともあります。騎乗運動をしなくても、蹄病により痛みを生じた場合には、ストレスによる受胎率の低下が懸念されることに加えて、哺乳期の場合には子馬の運動量にも影響を及ぼします。以上のことから、飼養管理者は常に繁殖牝馬の蹄の状態を確認するとともに、理想は1ヶ月間隔、長くても2ヶ月間隔での定期的な削蹄が推奨されます。

1_3 ※写真1  凹湾した蹄。 

横方向に広がっている。

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※写真2    重度の裂蹄

 

繁殖牝馬の蹄管理の方法

まず、日常の蹄管理として最も重要なことは、繁殖牝馬の肢蹄をしっかり観察することです。集放牧時の歩様や放牧中の様子など、毎日観察することが異常の早期発見に繋がります。また、こまめに裏掘りを行うことで、蹄の変化を感じることができますが、そのためには、健康な蹄の状態(※写真3.4)を理解しておく必要があります。そして何より重要なのは、定期的な削蹄です。先にも述べましたが、1ヶ月間隔の削蹄が理想であり、裏掘りや目視だけでは発見できない疾病の発見にも繋がります。

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※写真3  健康な蹄(蹄壁)

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※写真4  健康な蹄(蹄底)

削蹄は、装蹄師が蹄の縦や横のバランスを考えて形状を整えながら、伸びた部分を切ったり削ったりします。そして仕上げに端蹄廻し(はずめまわし)(写真5)を行います。これは蹄が欠けたり(蹄壁欠損)、割れたり(裂蹄)するのを防ぐことが目的で、蹄壁の角を削る処置をします。また、繁殖牝馬の跣蹄に多い蟻洞、白線裂、裂蹄や蹄壁欠損にも適切に対応しなければなりません。これらは、症状が軽いうちに処置を行えば、大事に至らずに済みますが、発見が遅れると完治するまでに時間がかかってしまうばかりか、重篤化した場合には完治することも困難となります。「蹄なくして馬なし」です。まずは飼養管理者が、蹄の健康状態をしっかり把握し、装蹄師、獣医師とコミュニケーションを図り、三者で連携を取っていくことが、健康な繁殖牝馬をつくり、そして健康な子馬を生むことに繋がっていくことでしょう。

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写真5  端蹄廻し

 

日高育成牧場 専門役 竹田和正