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2021年12月13日 (月)

セレン過剰症について

セレンについて

 セレン(Se)というミネラルをご存じでしょうか。おそらく一度は配合飼料の成分表に書かれているのをご覧になったこともあるでしょう。このミネラルは馬には必須の微量ミネラルで、グルタチオンペルオキシダーゼの主要な構成成分としてビタミンEとともに細胞の抗酸化作用などに重要な役割を果たしています。その欠乏症は「白筋症」として知られ、栄養的な筋障害を引き起こすことが知られています。一方、過剰症の急性症状としては、視力低下、発汗、疝痛、下痢などがあり、「アルカリ病」として知られる慢性症状では、たてがみや尾の脱毛、蹄の変形や裂蹄などが認められ、いずれも重症の場合には死に至ることもあります。

国内で初めての過剰症の発生

 よく管理された競走馬においては中毒など起こりえないと考えがちですが、数年前に国内の競走馬おいて、セレン過剰症を原因とする蹄疾患(全周性の亀裂:写真1)が続発し、数十頭の馬が罹患したことがありました。ほとんどの症例で蹄葉炎に類似した症状が共通していましたが、消炎剤の投与や蹄の支持療法等の通常の蹄葉炎に対する治療への反応も乏しく、疼痛のコントロールができないまま多くの競走馬が予後不良となりました。これまで経験のない症状であったため診断に苦慮しましたが、発症馬の血液から正常値を上回るセレンと蹄の病変部やたてがみからも高濃度のセレンが検出されたことなどから、セレン過剰症と診断できました。しかしながら、通常獣医師が行う血液検査における一般的な測定項目ではないことから診断がつきにくいことに加え、その治療にも限界があることなどもあり、治療よりも発症させないことのほうが重要といえます。

海外での報告例

 海外の報告をみると、馬のセレン過剰症はセレンを多量に含んだ植物の摂取やアメリカ中西部などの土壌中のセレン濃度が高い地域で栽培された飼料の摂取により起こることが一般的な原因とされています。また、サプリメントや注射により発生したケースも報告されており、2009年に米国で開催されたポロ競技大会では、不適切な調合のセレン入りのビタミン剤が投与され、投与を受けた21頭全頭が投与後3~24時間の間に急性中毒で死亡したという報告もあります。

 現在国内で利用されている牧草の多くが、セレン濃度が低い土壌の国内産やアメリカ北西部からの輸入牧草がほとんどですので、牧草由来のセレンについてはそれほど心配しなくてもよいかもしれません。しかしながら、近年では栄養の強化された様々な種類の配合飼料やサプリメントが利用されていますので、配合飼料の使用にあたっては、エネルギーや蛋白質量といった項目だけでなく、セレンをはじめとした微量元素についても確認をする必要があるといえるでしょう。

適切な摂取を

 セレンの詳細な体内動態や明確な要求量は明らかにされていません。一般的に成馬のセレンの最大許容量は20 mg/日(乾物飼料1kgあたり2mg)で、これを超えると中毒症状が起きる可能性があるとされています。通常、1~2mg/日の摂取が目安とされており、FDA(アメリカ食品医薬品局)でも「一般的な成馬」での摂取量が3mg/日を超えないようにと注意を促しています。運動強度の高い馬においては、抗酸化作用を期待してそれ以上の摂取が必要だという意見もあるようです。いずれにせよ、要求量と中毒量が近く安全域の狭いミネラルであるということも忘れずに、適正な摂取量となるよう心掛けていただければ幸いです。

pastedGraphic.png 写真1:国内で発生したセレン過剰症の馬の蹄

pastedGraphic_1.png  写真2:同じ馬の蹄X線画像

日高育成牧場業務課長  立野大樹

2021年8月31日 (火)

蹄壁異常の症例紹介

 暑さが厳しいなか、皆様も忙しい毎日を過ごされていることと思います。さて今回の「強い馬づくり最前線」では近年、美浦トレーニングセンターにおいて確認された、複数肢同時期に発症する全周性の蹄壁異常を示す蹄疾患と、それに対して行われた装蹄療法についてご紹介したいと思います。

 

~症状~

 まず、この蹄疾患の症状として蹄の熱感、疼痛、指動脈の拍動強勢、強拘歩様を呈し、そして最大の特徴は複数蹄の同じ高さに異常が起こる点です(写真1)。歪(ゆが)みや横裂が顕著になった蹄では激しい疼痛と、蹄骨の変位、排膿も確認されました。当初は蹄葉炎が疑われましたが、蹄壁に異常な歪みと横裂を有する特異的な症状を示しており、病変部分の蹄角質やたてがみからセレンの高度沈着が確認されたことから、セレン過剰症が原因だったのではないかと考えられました。

1_2写真1

~蹄の歪みとセレンの関係~

 セレンとは自然界の水や土壌などに含まれる元素で、人や馬にとってごく少量ながら必要とされる栄養素であることから必須微量ミネラルと言われています。適量を摂取することは必要なのですが、過剰に摂取すると人では脱毛や爪の変形、嘔吐や下痢、神経過敏などの症状が出ることがあると言われています。

 馬での報告は少なく、よくわからないところが多いのですが、セレン過剰により広範囲に横裂が生じる原因として、セレンが過剰に摂取された期間に生成された角質部がセレンの高度沈着により脆弱化し、その部分が力学的ストレスに耐えられなくなり、歪みや横裂などの異常が起こるのではないかと考えられています。

 

~装蹄療法~

 昨年11月に行われた「第62回競走馬に関する調査研究発表会」において、美浦トレーニングセンターの大西らがこの症状を呈した競走馬3頭に対して新しい装蹄療法を行い、良好な成績が得られたとの報告がありました。

 この装蹄療法では物理的疼痛や力学的ストレスの緩和、失われた蹄壁堅牢性の補強を目的として次のように実施されました。

  • 横裂部周囲の脆弱な角質を可能な限り除去(写真2左上)
  • 深屈腱への緊張の緩和を目的とした極端な短削(写真2左上)
  • 地面の凹凸からの影響を軽減するため、遠位角質を可能な限り鑢削(写真2左上)
  • アルミプレート(写真2左下)とエクイロックスにて上下の蹄壁に橋を渡すように接着補強(写真2右)
  • 蹄壁の堅牢性を確保するのと同時に蹄機作用を抑制するため、プレート下端が蹄鉄に乗るように接着装蹄(写真2右)
  • 横裂の一部を排膿口として利用

 

2写真2

 急性期では、蹄葉炎予防と、蹄壁にかかる力を蹄底に分散させるため、蹄底充填剤を使用し(写真3左)、また、蹄全体をキャスト固定(写真3右)することで蹄機の抑制や蹄壁の補強を高めることもありました。その後、蹄の状況に合わせて改装を行い、今回装蹄療法を実施した馬では、約4~7ヵ月ほどで、蹄釘での装蹄ができるようになって装蹄療法は終了となりました(写真4)

3写真3

4_2写真4

~最後に~

 深い全周性の歪みや横裂が生じる症例は、単肢に起こるだけならばそこまで難しいことにはならなかったと思われます。しかし、今回は、複数肢同時期に蹄壁異常が発生し、負重の偏りが起こることで、蹄葉炎のリスクと装蹄療法の難易度が非常に高くなったそうです。今回、これまで経験のない症状に遭遇したわけですが、状態を精査し的確な方法を考え出すことで装蹄療法が成功し、健常な蹄に更新することができたのだと思います。

 今回ご紹介した症例を通して、少しでも皆様の参考になることができましたら嬉しく思います。

日高育成牧場 装蹄師 荻島靖史

2021年8月26日 (木)

子馬の肢蹄管理について

(馬事通信 強い馬づくり最前線  4月15日号掲載)

 いつになく早い桜の気配に心浮き立つ今日この頃ですが、馬産地は繁忙期真っ只中だと思います。そして、誕生した子馬の成長に目を見張る毎日ではありますが、生産者の方や装蹄師の方の心配の種になるのが子馬の肢勢や肢軸になると思います。そこで今回は子馬の成長に合わせた肢蹄管理についてご紹介させていただきます。

  • 誕生から1~3ヶ月齢
  1. 異常肢勢への対応

 馬は生まれてすぐに自分の肢で立つため、母親の胎内にいるときから、胎生角質と呼ばれるしっかりとした蹄を持っています。ただし、母親のお腹にいる間は胎内を傷つけないよう、蹄餅という白くて軟らかい角質に覆われています。この蹄餅は、生後数時間で乾燥や地面との摩擦などで剥がれ落ち、成馬と同じような蹄となります。この時期の子馬の肢蹄は発育、負重、歩様など、様々な要因により変化します。異常肢勢があった場合でも、成長とともに治癒することもありますが、重度の異常肢勢を放置してしまうと運動器疾患の発症要因となることもあります。このため、誕生直後より、蹄や肢勢・肢軸を注意深く観察し、異常肢勢などを早期発見することが大事です。異常が認められた場合は、装蹄師による蹄壁補修剤や矯正用のシューズやプレートを用いた肢勢・肢軸矯正、獣医師による薬の投与や重度の場合は外科手術が必要となります。

  1. 削蹄の開始

 削蹄は概ね誕生から1~3ヶ月を目安に開始します、間隔は3~4週間が基本的ですが、肢蹄の状態によっては時期を早めることもあります。また、この時期は胎生角質と新生角質と呼ばれる蹄角質が同時に存在しています。母胎で形成された胎生角質は負重など地面からの影響を受けていないのに対し、誕生してから生長した新生角質は負重など様々な影響を受けるため、その差異が、蹄壁の凹湾や不正蹄輪となって現れることがあります。そのような場合は蹄の状態を確認しながら、徐々に蹄鑢(テイロ。ヤスリのこと)などで胎生角質を削切し凹湾した蹄壁を修整します。削蹄の作業は馬が生きていく限り継続されるものであるため、肢挙げや装蹄師による保定の馴致はしっかりと行い子馬に恐怖感をもたせないことが重要です。

  • 4~6ヶ月齢
  1. 端蹄廻し

 離乳を始める時期になり子馬だけで放牧を始めると、元気に放牧地を走り回り、蹄壁欠損などを起こすことがあります。そのため、端蹄廻し(はづめまわし)を実施し、蹄壁欠損などを予防します。端蹄廻しとは、蹄壁の厚さ2分の1を目安として、蹄鑢で外縁を削り、蹄壁に対して45度の丸みをつけることです。牧場でも削蹄用の蹄鑢を常備し、軽度の蹄壁欠損を発見した際は装蹄師ではなくても、拡大を防ぐため端蹄廻しを行うことが良いと思います。

  1. 裏堀り

 放牧するため馬房にいる時間も減少し、放牧地の泥土が蹄に詰まりやすい時期でもあります。蹄底を不潔な状態で放置すると、蹄質が悪化し、蹄叉腐爛などの蹄病の発症原因となります。清潔な状態を保つためにはこまめな裏堀りが重要です。裏堀りの際には、蹄壁に触れることにより蹄の異常サインである帯熱を感知することができます。さらに、子馬の蹄を裏堀りの道具で叩いて軽く音を出し、衝撃を与えることでその後に実施する蹄鉄の装着(釘打ち)の馴致となります。

  • 7~10ヶ月齢
  1. 裂蹄(蹄角質部である蹄鞘の一部に亀裂が発生したもの)

 誕生から7~8ヶ月経過すると、秋から冬の寒い時期に差し掛かります。蹄が乾燥し固くなることもあるため、蹄底部などの裂蹄に注意が必要です。特に蹄底部の亀裂が深くなり、砂などが知覚部(角質の下の柔らかいところ)まで入り込んでしまうと炎症が発生し、跛行の原因となります。亀裂は削開して砂などを除去し、拡大を防ぎます(写真1)。

  1. 白帯病(白線裂とも呼ばれる。白帯が変質して崩壊し、蹄壁中層と蹄底部が剥離したもの)

 蹄の生長とともに、白帯病が発症し始める時期でもあります。この場合も剥離部が知覚部まで達すると跛行の原因となるため、亀裂が深くならないよう病変を早期発見し、削り取ってしまう必要があります(写真2)。

  1. 挫跖(蹄への圧迫や衝撃による知覚部の炎症)

 挫跖も多くなる時期ですので、この時期の子馬の蹄に関しては、蹄負面を注意深く観察し、蹄病の予防や悪化を防ぐこと、歩様や蹄の熱感・球節部の指動脈の拍動亢進などに留意することが重要となります。

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写真1 赤丸は蹄底裂。裂部を削開し砂を除去した。

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写真2 赤丸は白帯病。削蹄し病変を削り取った。

・最後に

 子馬の肢蹄管理は装蹄師による定期的な装削蹄だけでは限度があり、牧場での日常的な管理が必要不可欠です。また、肢蹄の異常などを発見した場合は速やかに担当の装蹄師や獣医師に相談して、健全な肢蹄の発育を心掛けましょう。

日高育成牧場業務課 装蹄師 津田佳典

2021年7月28日 (水)

蹄充填剤と接着装蹄法について

 今回は装蹄に使われる蹄充填剤と蹄充填剤を用いた装蹄法についてご紹介させていただきます。

・蹄充填剤とは・・・

 馬の蹄は1か月に約10mm程度の生長をしますが、運動をすることで蹄は擦り減ります。もし、蹄の伸びる量よりも減る量のほうが多くなると、知覚部が露呈してしまい、疼痛を伴うようになってしまいます。蹄鉄を装着することは、このような過剰な蹄の擦り減りを防止して保護することを目的としています。

 一般的に、蹄鉄は蹄釘(ていちょう)と呼ばれるれる釘を蹄壁に打ち込んで装着します。しかし、蹄壁欠損などの理由によって蹄釘を打ち込む場所が確保できず、蹄鉄の装着が困難になるケースもよくあります。一昔前であれば、このようなケースの馬は蹄壁が伸びるまでの期間の休養を余儀なくされていたのですが、蹄壁の欠損部を補える充填剤が開発されたことでこのような問題が解消されるようになりました。

 皆さんもよく耳にするエクイロックス(Equilox社製)はこのような充填剤の一つです。充填剤は2種類の薬剤が混ざり合うことで硬化する、蹄専用の樹脂素材のものが一般的で、蹄壁(蹄の外側)に塗布するものと蹄底(蹄の裏側)に充填するものの2種類に大別されます。

  1. 主に蹄壁に使用する充填剤

 ・エクイロックス

 蹄壁の欠損によって、蹄釘での装蹄が困難な場合に使用します。薬剤混合時の化学反応の際に熱を発します(約60℃)が、この熱が硬化を促進します。したがって硬化時間は外気の影響を受けやすく、製品にも夏用(エクイロックスNO.Ⅰ)と、冬用(エクイロックスNO.Ⅱ)がラインナップされています。それぞれの硬化時間は夏場に夏用を使用したときは5~10分程度、冬場に冬用の時では少し延長して10~15分程度が必要となります。使用する際の注意点として、水分・油分や汚れが付着していると上手に蹄壁に接着できないことがあるため、事前にアルコール、金ブラシや紙ヤスリを使用し除去するなどの下準備が必要です。正常に硬化すると、蹄壁と同等の硬度が得られます。

【使用例】

 写真1の左は、蹄壁の欠損によって蹄の強度が保たれなくなった症例です。右の通り欠損部にエクイロックスを充填し、仮の蹄壁を作成したことで蹄自体の強度が保たれました。

写真1 pastedGraphic.png

 またエクイロックスは、度重なる釘打ちなどで蹄下部が崩壊して釘打ちが困難な症例に対して蹄釘を使用しない接着装蹄法を選択する場合などに用いることもあります。(写真2)

 接着装蹄法での使い方も蹄壁に充填する時と同様に、蹄の接着予定部分を綺麗にすることから始めます。綺麗にした部分は水分や汚れが付かないように蹄ごとラップなどで巻いて保護してから肢を降ろします。ここまで準備ができたら、蹄鉄の蹄負面側(蹄と接着する面)にエクイロックスの薬剤を塗布して蹄鉄を蹄に合わせて接着します。蹄鉄の接着をより強固なものとするため、さらに蹄踵部(蹄の後半部分)の隙間にエクイロックスを充填して埋めます。仕上げにヤスリを掛けて完成です。

写真2

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・スーパーファスト(Vettec社製)

 プラスチック樹脂であることからエクイロックスに比べて硬く、蹄の輪郭に盛り付けることで歩様や肢向きの改善など、主に肢軸異常の矯正に使用します

【使用例】

 写真3は当歳馬の左前肢で、蹄の内向を矯正するために、スーパーファストを蹄外側に張り出すように盛り付けています。張り出しを作ることにより、内側に掛かる力を外側に分散させる効果が期待できます。また、歩様の際も蹄の外側が先に地面に接地するようになり、内側に傾く歩様を矯正することができます。

写真3