蹄充填剤と接着装蹄法について
今回は装蹄に使われる蹄充填剤と蹄充填剤を用いた装蹄法についてご紹介させていただきます。
・蹄充填剤とは・・・
馬の蹄は1か月に約10mm程度の生長をしますが、運動をすることで蹄は擦り減ります。もし、蹄の伸びる量よりも減る量のほうが多くなると、知覚部が露呈してしまい、疼痛を伴うようになってしまいます。蹄鉄を装着することは、このような過剰な蹄の擦り減りを防止して保護することを目的としています。
一般的に、蹄鉄は蹄釘(ていちょう)と呼ばれるれる釘を蹄壁に打ち込んで装着します。しかし、蹄壁欠損などの理由によって蹄釘を打ち込む場所が確保できず、蹄鉄の装着が困難になるケースもよくあります。一昔前であれば、このようなケースの馬は蹄壁が伸びるまでの期間の休養を余儀なくされていたのですが、蹄壁の欠損部を補える充填剤が開発されたことでこのような問題が解消されるようになりました。
皆さんもよく耳にするエクイロックス(Equilox社製)はこのような充填剤の一つです。充填剤は2種類の薬剤が混ざり合うことで硬化する、蹄専用の樹脂素材のものが一般的で、蹄壁(蹄の外側)に塗布するものと蹄底(蹄の裏側)に充填するものの2種類に大別されます。
- 主に蹄壁に使用する充填剤
・エクイロックス
蹄壁の欠損によって、蹄釘での装蹄が困難な場合に使用します。薬剤混合時の化学反応の際に熱を発します(約60℃)が、この熱が硬化を促進します。したがって硬化時間は外気の影響を受けやすく、製品にも夏用(エクイロックスNO.Ⅰ)と、冬用(エクイロックスNO.Ⅱ)がラインナップされています。それぞれの硬化時間は夏場に夏用を使用したときは5~10分程度、冬場に冬用の時では少し延長して10~15分程度が必要となります。使用する際の注意点として、水分・油分や汚れが付着していると上手に蹄壁に接着できないことがあるため、事前にアルコール、金ブラシや紙ヤスリを使用し除去するなどの下準備が必要です。正常に硬化すると、蹄壁と同等の硬度が得られます。
【使用例】
写真1の左は、蹄壁の欠損によって蹄の強度が保たれなくなった症例です。右の通り欠損部にエクイロックスを充填し、仮の蹄壁を作成したことで蹄自体の強度が保たれました。
写真1
またエクイロックスは、度重なる釘打ちなどで蹄下部が崩壊して釘打ちが困難な症例に対して蹄釘を使用しない接着装蹄法を選択する場合などに用いることもあります。(写真2)
接着装蹄法での使い方も蹄壁に充填する時と同様に、蹄の接着予定部分を綺麗にすることから始めます。綺麗にした部分は水分や汚れが付かないように蹄ごとラップなどで巻いて保護してから肢を降ろします。ここまで準備ができたら、蹄鉄の蹄負面側(蹄と接着する面)にエクイロックスの薬剤を塗布して蹄鉄を蹄に合わせて接着します。蹄鉄の接着をより強固なものとするため、さらに蹄踵部(蹄の後半部分)の隙間にエクイロックスを充填して埋めます。仕上げにヤスリを掛けて完成です。
写真2
・スーパーファスト(Vettec社製)
プラスチック樹脂であることからエクイロックスに比べて硬く、蹄の輪郭に盛り付けることで歩様や肢向きの改善など、主に肢軸異常の矯正に使用します
【使用例】
写真3は当歳馬の左前肢で、蹄の内向を矯正するために、スーパーファストを蹄外側に張り出すように盛り付けています。張り出しを作ることにより、内側に掛かる力を外側に分散させる効果が期待できます。また、歩様の際も蹄の外側が先に地面に接地するようになり、内側に傾く歩様を矯正することができます。
写真3
- 蹄底に使用する充填剤
・エクイパック
シリコン樹脂で硬化してもある程度柔さを保っているのが特徴です。挫跖や裂蹄など、蹄底への負重時に疼痛がみられる際の蹄底保護に使用します。
・エクイパックCS(写真4左)
エクイパックに硫酸銅を混合した充填剤です。硫酸銅の混合により、蹄底への充填剤挿入が長期間に及ぶ際に起こりやすい蹄叉腐爛や、蹄底の脆弱化が予防できます。
・アドバンスクッションサポート(ACS)(写真4右)
主に蹄葉炎の予防、治療に用います。粘土状の2種類の薬剤を混ぜることで硬化が開始し、スーパーボールと同程度まで硬化するクッション材です。
全身疾患、栄養過多や負重性など様々な原因から発症する蹄葉炎では、蹄内部の血液循環が阻害されて蹄骨を吊り下げている葉状層が剥がれ、蹄骨が回転あるいは沈下するなどの症状が知られています。この疾患に対しては、蹄全体で均等に負重させることを目的に蹄底にACSを充填する治療法が一般的です。ACSにはある程度の硬さがあるので、下から沈下する蹄骨を支え、これ以上蹄骨が沈下しないようにする効果が期待できます。しかし、ACS自身には接着力はないため、蹄鉄を装着して挟み込むかベトラップなどで固定する必要があります。
写真4
まとめ
馬の装蹄で用いられる充填剤には、それぞれの用途に応じた硬度や接着力が異なる様々な製品が開発されています。蹄の状態に応じて適切な充填剤を正しく使用することで、様々な蹄病や肢勢の矯正に対応することが可能です。しかし、使用に際してはこれら充填剤の特徴や性質を十分に理解しておくことが必要であり、使い方によっては病態や肢勢のさらなる悪化を招くこともあるということを忘れてはなりません。今後、新たな充填剤が開発されることで、今よりさらに多くの症例に対応することが可能となるかもしれません。
日高育成牧場 業務課 装蹄師 津田佳典
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