馬事通信 Feed

2026年2月10日 (火)

感染症診断の要となる様々な微生物検査

2025年も前半が終わりましたが、今年は馬の伝染病に関する様々な出来事がありました。帯広競馬場における13年ぶりの馬コロナウイルス感染症の集団発生を皮切りに、1月から2月にかけては馬鼻肺炎の神経型の発生、4月には国内では17年ぶりとなる馬インフルエンザの発生が熊本と北海道で確認され、ばんえい競馬の開催やくまもと国体の馬術競技が中止となりました。これらの伝染病は、防疫対応に当たった関係者の努力によって幸いにも全国的な流行を起こすことなく経過しています。このような伝染病の拡散を防ぐためには、いかに早く病気の原因となる病原体を特定し、病気をうつす可能性のある感染した馬を摘発、隔離することが重要となります。また、子馬のロドコッカス・エクイ感染症、馬ロタウイルス感染症のように日常的に認められ感染症は、早期に診断して適切な治療を行うことが、病気の重症化を防ぎ、回復を早めることに役立ちます。これらの感染症の診断には様々な技術に基づいた微生物検査が使用されています。今回の馬事通信では馬の微生物検査に用いられている3つの検査法の特徴について紹介します。

 

迅速性と手軽さを備えたイムノクロマト法 

イムノクロマト法は、特殊なシート上で起こる毛細管現象と抗原抗体反応を利用した微生物検査法です。ヒトでは簡易診断キットとして2020年にパンデミックを引き起こした新型コロナウイルス感染症や毎年冬になると流行を引き起こす季節性インフルエンザなどの診断に広く用いられています。5〜15分程度の時間で結果が得られるという迅速性と特別な機器を必要せずどこでも検査が行えるという手軽さが特徴です。2007〜8年の馬インフルエンザの流行時には他の動物に先駆けてイムノクロマト法(図1A)よる診断が行われ、流行の終息に大きく貢献しました。その他にも子馬の下痢症の原因としてよく知られるウマロタウイルス感染症(図1B)、致死的な腸炎を引き起こすことのあるクロストリディオイデス・ディフィシル感染症の診断にイムノクロマト法が用いられています。いずれの検査法も馬ではヒト用に開発されたキットを利用しています。

 

高感度と正確さを特徴とした核酸増幅法

核酸増幅法は、すべての生物の設計図である核酸(DNAやRNA)の一部を人工的に増幅する方法です。その原理は1980年代に開発され、1990年代からはヒトや動物の感染症を専門とする機関において用いられてきましたが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって世の中に広く知られるようになりました。核酸増幅法の一種であるリアルタイムPCR法は最もよく使用される方法であり、前述のパンデミックの際には駅前や公園などに臨時のPCR検査センターが設置されたことは皆様の記憶にも新しいことと思います。核酸増幅法を実施するためには特別な機器(図2)を必要としますが、イムノクロマト法にくらべて感度や正確性(専門用語では特異性と言います。)に優れている方法です。馬においても馬鼻肺炎、馬コロナウイルス感染症、ローソニア感染症など様々な感染症の診断に使用されています。

 

現在でも有用な古典的手法である培養法

感染症の診断技術は日々進化し、従来の検査法から新しいものへと置き換わりつつあります。一方、古典的な検査法の一つである培養法は、操作が煩雑で時間がかかったり、知識や経験が必要になったりと欠点も多いですが、現代の微生物検査において必ずしも不要になったわけではありません。培養法の最大の特徴は、“生きた病原体”を得られることにあります。“生きた病原体”は、治療に有用な抗生物質の種類を調べたり(図3)、感染や発症メカニズムの研究やワクチンの開発などにも活用することができます。培養法は、前述の2つの検査法に比べて、迅速性や感度などは劣る場合があるものの、その発展性は培養法のメリットとも言えます。

 

さいごに

今後、感染症の診断技術は、人工知能(AI)などの最新技術を取り込んで更に発展していくものと考えられます。当研究室ではこのような最新技術を生産地で発生する馬の感染症の診断に役立てられるよう研究を続けていきたいと思っています。

日高育成牧場 生産育成研究室 丹羽秀和

1_3

図1. 馬で用いられるイムノクロマト法を応用した診断キット。A:馬インフルエンザ用、B:ウマロタウイルス用

2_3

図2. リアルタイムPCR装置

3

図3. 抗生物質の効き目を判断するための試験(薬剤感受性試験)。抗生物質の効き目は、薬を染み込ませた白いディスクの周辺にできる阻止円(菌が発育していないエリア)の大きさで評価します。

2026年1月22日 (木)

当歳馬におけるローソニア感染症の予防について

7月も終わりに近づき、日高地方でも暑い日が続いています。もちろん、本州以南よりも過ごしやすい気候なのですが、夏は暑さに加えてアブが増え、放牧中の馬達を悩ませています。アブを追い払うために尻尾を振りつづけて汗だくになり、体重を減らしてしまう馬もいます。このように、夏季の子馬たちのストレスを軽減することは生産牧場の課題だと感じています。ストレスがかかる生活が続くと、馬の体内でコルチゾールというホルモンの分泌が亢進し、免疫力が低下するため、様々な感染症にかかりやすくなります。本稿では、生産地で問題となる感染症の内の一つ、ローソニア感染症についてご紹介します。

ローソニア感染症は、Lawsonia Intracellularisという細菌が原因となる感染症です。当歳馬で多く発症し、1歳馬でも発症することがあります。特に寒さが増す冬や離乳直後など、子馬にストレスがかかりやすい季節に発症が多いと言われています。この細菌は小腸の細胞に寄生し、異常な細胞増殖を引き起こし、腸粘膜を肥厚させることでタンパク質などの栄養吸収が阻害されます。その結果として現れる主な症状は、下痢、元気消失、体重減少、低タンパク血症などがあり、重篤な症例では死んでしまうこともあります。

この感染症を予防するためには、できるだけストレスをかけない管理をすることはもちろんなのですが、ワクチン接種も行われています。豚用に認可されている生ワクチンが市販されており(写真①)、これを馬にも利用されています。現在、同ワクチンについては製薬会社と関係機関の協力のもと、馬用としての認可を取得できるよう調整が進められているところです。

投与方法は、豚では経口投与が推奨されていますが、馬では経直腸投与の方が効果が得られるようです。日高育成牧場の1歳馬を用いて過去に行った実験によると、経口投与群では10頭中1頭しかワクチンの効果を示す抗体価の上昇が見られなかったのに対し、経直腸投与群では10頭中8頭で明らかな抗体価の上昇が認められました。

写真②のように肛門からチューブを挿入し、一頭あたり30mlのワクチンを注入します。これを1か月間隔で2回行います。日高育成牧場では、例年8月下旬から9月上旬頃に離乳を行うので、その時期に抗体価を高く維持するため、7月上旬と8月上旬の2回投与を行っています。このワクチンを使用し始める以前は、日高育成牧場でも当歳馬や1歳馬での発症が認められましたが、使用以降は1例も発症しておらず、効果を実感しています。

疾病から身を守る免疫力が未熟な子馬にとって、感染すると重篤な症状を呈すことがあるローソニア感染症は、生産地で最も警戒するべき子馬の感染症の一つです。離乳や暑熱・寒冷ストレスなどにさらされざるを得ない子馬たちですが、立派な競走馬になるために逞しく育つよう、ワクチン接種をはじめとした疾病対策を万全にして管理していきましょう。

日高育成牧場 業務課 竹部直矢

Photo 写真①:市販されているローソニア生ワクチンであるベーリンガー・インゼルハイム社製「エンテリゾール®イリアイティス」

Photo_2 写真②:日高育成牧場では例年当歳の7月と8月にこのワクチンの経直腸接種を行います。

2026年1月15日 (木)

JRA育成馬における隊列調教の実践

JRA日高育成牧場では、毎年7~9月にかけて購買した1歳馬および日高育成牧場で生産したJRAホームブレッドに対して、早い群では9月上旬から騎乗馴致を行い、10月上旬から騎乗調教を始めています。獣医師や騎乗スタッフは、各馬の性格や能力を的確に把握し調教メニューを決めていきますが、人馬ともに楽なペースや位置取りで漫然と走るのではなく、足元の負担にも注意しつつ各馬が競走馬として活躍できるように最善の調教方法を考えています。

そのような調教方法の1つに、隊列調教があります。競馬では、馬が一団となって走る場面がほとんどです。馬群の中で落ち着いて走ること、騎乗者の指示に従順であることが競走馬には求められます。レースの場面を想定して日々調教を行っていきますが、その中で位置取りが自由自在であることが必要不可欠であり、それを教えるために隊列での調教が重要となってきます。最終的には個々の馬によって、先行逃げ、追い込み等様々なタイプの競走馬として成長していくことになるのです。今回は、この「隊列調教」に注目して、当場で実践している内容をご紹介します。

隊列調教では、まず集団・一群での運動から始め、次に一列に並んで走行する縦列調教を行っていきます。ここでは前の馬に付いていくことで、まっすぐに走ることや行きたがる馬に我慢することを教え、キックバックによる砂をかぶることにも慣れさせます。また先頭となった馬は、最初は物見をすることがほとんどですが、次第に慣れ自信をもって走行できるようになります。

次に、スピードが求められる段階になってきたら、2列縦隊・併走での調教を実施していきます。左右に馬がいることでお互いの前進気勢を促し、その中で折り合いやハミ受けを覚えさせます。最終的には隣の馬と鐙が当たる程に距離を詰めていきます。

さらに、競馬のレースを意識した実践的なトレーニングとして3列縦隊での調教も行っています。前後左右に馬が密集しているので隊列を崩さず走行することは難しく、育成牧場スタッフの高い騎乗レベルによって行うことができています。GⅠレースでジョッキーカメラの映像をご覧になった方も多いと思いますが、3列縦隊での調教時にヘルメットに装着したGoProで撮影された動画は、まさにレースさながらの臨場感です。

これら隊列調教のポイントとしては、馬の位置取りを変えていくことです。常に同じ馬が先頭や最後尾を走るのではなく、毎日走る位置を入れ替えることで、様々な状況や場面に対応できる能力を養っていきます。

毎年4月に開催されるJRAブリーズアップセールでは単走での走行ですが、いざ競馬に出走した際にはこのような隊列調教で培った精神力を武器に各馬が活躍してくれることを期待しています。

日高育成牧場 業務課 水上寛健

2 写真① 2列縦隊での調教

3写真② 3列縦隊での調教

Gopro 写真③ 3列縦隊での調教(ヘルメットに装着したGoProから)

Gopro_qr_2 写真④ 3列縦隊調教のGoPro動画

2025年12月 4日 (木)

馬のMRI検査続編

昨年10月1日発行の本コラムにて、馬用立位MRI検査(以下MRI)の簡単な紹介をさせていただきました。今回はさらに踏み込んで、どれだけの検査数をJRA栗東TCおよび美浦TCで実施してきたのか、MRIでどんな疾患がわかるのか、を紹介させていただきます。

 まずは、前回のおさらいになりますが、MRI(写真1)の概要です。MRIは、立位鎮静下で行うため、全身麻酔のリスクがなく、さらにレントゲン検査のように放射線による被ばくの心配はありません。一方、MRIの原理上、検査中の動きに弱く、馬が動いてしまうと検査をやり直さなければいけないことが多々あります。また、一か所の撮影に30分から1時間かかるため、事前の触診や診断麻酔による病変部位の特定が必要となります。

MRIは、2014年に栗東に国内で初めて導入され、2019年には美浦にも導入されました。2014年から2023年の10年間で延べ460頭(518件)の検査が両トレセンで実施されてきました。検査部位ごとの内訳は、球節・繋部が45%、蹄部が32%、腕節・管部が22%となっております。MRIというと、人の場合は腱靱帯や脳脊髄など軟部組織をターゲットにしていますが、競走馬の場合は、診断される疾患のほとんどが骨疾患となっています。今回は、骨折病変に対してMRIが有用であった症例を2つ紹介いたします。

 一つ目の症例は6歳の牡馬で、TCでの調教後に跛行を呈しました。球節の関節液増量と屈曲痛および第1指骨背部の圧痛を有したため、球節が原因の跛行と考えられ、初診日とその4日後にレントゲン検査を実施しましたが、明らかな病変は見つけられませんでした。そこで、MRIを実施したところ、第1指骨内に白く光る像が認められました(写真2)。詳しい画像の説明は省略させていただきますが、信号パターンを変えた複数の検査により、本症例は第1指骨内に骨折の前駆病変となる炎症を有すことがわかりました。この結果をもって、数か月単位の馬房内休養を提示しました。このような場合、レントゲン検査によって骨折線を描出できるようになるまで3週間程度かかったり、そもそもレントゲン検査ではいつまでたっても写ってこなかったりします。レントゲン画像で骨折線が認められないからといって、そのまま調教してしまうと骨折の悪化を引き起こす可能性があるので十分注意が必要です。

 二つ目の症例は2歳の牡馬で、TC入厩後初めての追い切りで常歩でもわかる跛行を呈しました。管近位掌側に帯熱と触診痛を有したため、いわゆる深管(繋靱帯近位付着部炎)を疑ってレントゲン検査を実施しました。すると剥離骨折と思われる所見を認めましたが、不鮮明でした。そこで同部のMRIを実施したところ、不鮮明な像を認めた内側だけではなく、第3中手骨の外側まで広がる炎症像を認めました。本症例は、跛行の程度もなかなか改善しなかったため、MRI所見と合わせて1.5か月程度のやや長めな馬房内休養を提示しております。育成場では、しばしばこの深管といわれる病態に悩んでいる方も多いかと思います。本症例のように、レントゲン画像では不鮮明でも、MRIによって広範囲の炎症像が認められることはしばしばあります。

 馬用MRIは、今回紹介させていただい症例のように、骨折の前駆病変を感知し重症化を未然に防ぐことで人馬の事故防止に大きく寄与したり、骨炎症の程度を評価することによって休養期間の決定に寄与したり、その活用法は多岐にわたります。皆様には、レントゲンで診断できない骨折もあるということを改めて知っていただき、さらには馬用MRIに関心を持っていただければ幸いです。皆様の牧場にも、TCでMRIを実施し帰ってきた馬がいるかもしれません。その際、検査結果などご不明な点があればぜひ相談いただければと思います。

日高育成牧場 業務課 井畔 貴之

Mri1_2写真1 馬用立位MRI装置と検査の様子

Mri2 写真2 球節部のMRI画像

(球節を前面から撮影しており、矢印で示す第1指骨に白く光る像を認める)

Mri3写真3 管近位のMRI横断画像
(左の中央に見える扇形の構造が第3中手骨。赤矢印が剥離骨折部位。黄色矢印は周囲の正常な第3中手骨と信号強度が異なり、骨炎症の範囲と考えられる。)

2025年11月21日 (金)

飼料に対する嗜好性に影響する要因は?

はじめに
読者の皆様は好きな食べ物はありますか? ほとんどの方には好物の食べ物はあり、中には好物が多すぎて一つに絞れない方もいらっしゃるかもしれません。食べ物が好きな度合は嗜好性という言葉で表現されますが、食の嗜好性はどのような要因によって形成されるのでしょうか? 私たちが好物に対して嗜好性が高い理由を尋ねられたとき、「美味しいから」という答えが多いかもしれません。もちろん嗜好性には味覚も影響していますが、食べ物に含まれる栄養も嗜好性に影響を及ぼしているとされています。喫食したことにより生理的に欲求する栄養素が充足され、そのことが脳内に記憶されることで、その食べ物に対する嗜好性が高くなるとされています。すなわち、“体が喜ぶ食べ物を食べたくなる”ということなのかもしれません。
 馬は乾草などの粗飼料に比べて燕麦などの濃厚飼料への嗜好性が高く、同じ粗飼料でもチモシーなどのイネ科牧草に比べ、マメ科牧草であるルーサンの嗜好性が高いことを私たちは知っています(写真)。しかし、馬の嗜好性について十分には解明されていません。今回は、嗜好性に関するいくつかの研究から、現在までに知られている馬の嗜好性に影響を及ぼす要因について紹介いたします。
 
栄養と嗜好性の関係
 ヒトやラットおよび反芻動物(ウシやヒツジなど)の研究において、栄養価の高い食事や飼料に対して嗜好性が高いことが分かっています。これは必要な栄養が、消化管から取り込まれることと関係があるとされています。前述したように、栄養が取り込まれることでプラスの情報が脳に記憶されるためであり、これは“食欲に対するポジティブ・フィードバック”(以下 ポジティブ・フィードバック)と呼ばれます。ちなみに食べた結果、体調が悪くなるなどの影響があった場合、その食べ物にトラウマを持つような意識的な記憶と別に、“食欲に対するネガティブ・フィードバック”といわれる嗜好性が低下するような現象もあるようです。
ヒトやラットなどは栄養の吸収部位は主に小腸となりますが、馬は後腸発酵動物と呼ばれるように小腸の後部となる大腸で栄養を吸収するよう進化してきました。小腸に比べて大腸で栄養が吸収されるタイミングは、喫食後からの時間経過が大きいため、馬ではポジティブ・フィードバックが起こりにくいのではと考えられてきたようです。図1に馬においてタンパク質、糖質および脂質が高濃度に含まれた飼料と対照としてヘイレージ(水分が50%以下のサイレージ)の嗜好性を比較した成績を示しました。試験は給与開始した最初の9日間(ステージ1)とその後の9日間(ステージ2)に分けられますが、ステージ1では各飼料の採食量に差はありませんでしたが、飼料摂取を経験させるとステージ2では高タンパク質および高糖質飼料の採食量が多くなりました。これは、タンパク質および糖質摂取によるポジティブ・フィードバックが、これらの飼料の嗜好性が高くなった原因であると考察されています。このように馬においても嗜好性への“ポジティブ・フィードバック”があると考えられますが、なぜ高脂質飼料の嗜好性は低かったのでしょうか? 脂質も小腸で吸収されるのですが、馬では脂質の給与量が多いとき脂質分解酵素が適正に分泌されるようになるまでの期間が長く(給与開始から約3~4週間後)、試験期間中に脂質が十分に分解吸収されなかったためであると考えられています。

香りと嗜好性の関係
 馬はニンジンが好物とされていますが、ほとんどの馬は生まれて初めて見たニンジンに齧りつくことはありません。馬は初見の物に対してネオフォビア(新奇性恐怖)があり初めて見る飼料に口を付けたがりませんが、これは自然界で毒性の植物などを食べることがないための生来の習性であるとされています。しかし、馴染みのある香りをつけた初見の飼料に対して、馬はどのような行動をするでしょうか? 笹の葉にルーサンの香りをつけたときに、嗜好性に及ぼす影響について調べた研究が報告されています。試験は9日間連続で実施し、ルーサンの香りを付けた笹の葉(“ルーサン香りあり”)と香りを付けていない笹の葉(“香りなし”)を同時に給与し、総採食量に対するそれぞれの笹の葉の採食割合で嗜好性が比較されました(図2)。ちなみに、試験馬が笹の葉を飼料として給与されたのは初めてです。1日目から5日目は馬が食べた笹の葉のほとんどは“ルーサン香りあり”でしたが、6日目以降から“香りなし”の採食量も増加していき、馬たちが笹の葉に馴れてきたため考えられました。このように香りは嗜好性に影響を及ぼしますが、その効果は長期的ではないのかもしれません。

馬は甘党!?
 ヒトには五味(「甘味」、「塩味」、「酸味」、「苦味」、「うま味」)と呼ばれる5つの基本的な味覚があるとされていますが、この中で馬が感じることの味覚は「うま味」を除いた4つとされています。馬の「甘味」、「塩味」、「酸味」、「苦味」の嗜好性について調べた報告がありますが、異なる化合物を水道水に溶解して各味覚の溶液をつくりそれぞれの飲水量から嗜好性を調べました。味覚溶液と無味覚である水道水を一定時間、馬房内に同時に配置し、総飲水量(味覚溶液+水道の飲水量)に対する味覚溶液の飲水量の割合によって嗜好性を評価しています。すなわち、味覚溶液の飲水割合が50%であったとするとその味覚の嗜好性は水道水と同じということになり、50%を超えると水道水より嗜好性が高かったということになります。さら溶液の味覚溶液の濃度を変化させ味覚の嗜好性が調べられました(図3)。「塩味」、「酸味」、「苦味」は濃度が高くなるにつれ飲水割合(嗜好性)が減少する一方、「甘味」は濃度が高くなると飲水割合が増加しました。このことから馬は「甘味」に対する嗜好性が高いことが分かります。

おわりに
  このように嗜好性には様々な要因が影響を及ぼしますが、香りや味覚などの感覚的なものに比べ栄養(糖質やタンパク質)がより大きく嗜好性に影響すると考えられています。難しい分野ではありますが嗜好性を知ることは、馬への適切な栄養管理とって重要であると考えています。今後も機会があれば嗜好性に関する情報を、発信していきたいと考えています。

日高育成牧場 首席調査役 松井 朗

1写真 濃厚飼料の摂取風景

2

3

4

2025年10月 2日 (木)

国内における多剤耐性ロドコッカス・エクイの出現

馬産地である日高管内ではあちこちで馬の親子を見かけるようになってきました。このような微笑ましい光景が見られる一方、この時期は生産者の皆様にとって頭を悩ます子馬の感染症であるロドコッカス・エクイ感染症が猛威を振るい始める時期でもあります。

ロドコッカス・エクイ感染症は、主に1〜3ヶ月齢の子馬が感染し、肺炎や腸炎などを引き起こす病気として知られています。馬の飼養環境中の土壌中には病気の原因となるロドコッカス・エクイ(図1)という菌が生息しており、空気中に巻き上げられた菌を子馬が肺の中に吸い込むことによって感染が起こります。ロドコッカス・エクイ感染症は、早く発見し、すぐに抗菌薬による適切な治療が行われれば、ほとんどが問題なく回復する病気です。しかし、米国では2000年ごろから治療の切り札となるアジスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬とリファンピシンの両方に対して抵抗性もった株、すなわち多剤耐性株が増加していることが明らかとなってきました(図2)。Giguèreら(2010)は、米国のある診療施設において多剤耐性株によって感染した子馬の生存率(25.0%)が、耐性を持たない株の生存率(69.6%)と比較して有意に低かったことを報告しました。このことから、多剤耐性株の存在は、ロドコッカス・エクイ感染症の治療の中で最も脅威となる要因として認識されるようになってきています。

この米国における多剤耐性株の増加は、特定のクローン(同じ遺伝的な特徴を持つ株同士の集まり)の増加が原因となっていました。このクローンは、最近まで米国内に限って検出されていましたが、2016年には大西洋を越えてアイルランドに広がり、2022年には太平洋を越えて日本国内でも検出されました。今後、馬の移動とともに世界中の馬産地に拡散してしまうことが大変危惧されています。幸いなことに、現在のところ国内ではこのクローンによる感染の広がりは限定的ですが、ワクチンなどの有効な予防方法が存在しない感染症であることから、米国で起きてしまったような多剤耐性株の増加は防がなければなりません。そのためには、①必要な場合のみ抗菌薬による治療を行う②薬剤感受性試験を行い有効な抗菌薬を使用する③多剤耐性株による感染状況を監視するといった基本的な対策が重要です。現在、日高管内では馬関係団体とJRA競走馬総合研究所が協力し、多剤耐性株の監視を続けています。

 日高育成牧場 生産育成研究室 丹羽 秀和

1

2

2025年8月21日 (木)

未来の馬を守る獣医師を育てる - JRA日高育成牧場スプリングキャンプ -

 読者の皆さまもご存じのことと思いますが、近年、人口減による人材不足について世間で叫ばれるようになっており、馬産業においても深刻な問題となっています。今回は馬産業の未来を守るべく、馬獣医師を志す若者を増やすため、先日JRA日高育成牧場で実施しました「スプリングキャンプ」を紹介します。

 スプリングキャンプは獣医学生を対象とした研修プログラムで2014年から始まりました。2018年からは、家畜衛生や産業動物臨床分野における先導的かつ実践的な教育プログラムを構築し獣医学教育の高度化や国際水準化を推進するために始まった事業(VPcamp)の一つとして実施しております。

 サラブレッドの出産シーズンに併せて日高育成牧場で開催することで、研修参加者はサラブレッドの生産現場に身を置き、繁殖牝馬や子馬などに触れ、一般的な診療技術や健康管理、繁殖学について学びます。採血、直腸検査、レントゲン検査やエコー検査などの実践的な体験を通して、臨床獣医師としての業務を体験します。さらに、検査・治療だけでなく、引き馬や馬房掃除など実際に馬を飼養するために必要な作業についても経験してもらい、馬をより深く知ってもらう機会を提供しています。

 また、若手からベテランまで様々な年代の獣医師との交流を通じて、現場のリアルな声を聞くことができ、参加者は馬獣医師としての自身の将来を考える上で貴重な情報を得られます。

 過去のスプリングキャンプ参加者から、多くの馬獣医師が誕生しており、馬産業の将来を支える重要な役割を果たしていると言えます。

 本年のスプリングキャンプでは添付のカリキュラムを実施しました。多くの学生にとって初めての経験となるカリキュラムもたくさんありましたが、今回の研修での講義やこれまで大学で学んできた知識を活かしながら、実習に積極的に取り組んでいました。

 また、幸運にも当場の繁殖牝馬の分娩が重なり、サラブレッドの誕生に立ち会うことができました。生まれたばかりの子馬が起立しようとする賢明な姿や子馬に寄り添う母馬の姿を見ることができ、その現場に寄り添う喜びを感じてくれたのではないかと思います(写真2:出産への立会い)。本年の参加者がこのような体験を通して馬獣医師への道を歩んでくれることを願っております。

 スプリングキャンプの実施に際し、業務見学などご協力をいただいたHBA、JBBA、BTCの皆様にこの場を借りてお礼申し上げます。

 JRA日高育成牧場では、毎年、春と夏に獣医学生を対象とした研修を実施しております。興味のある方はVPcampHP(図1:VPcampの二次元コード)をご確認ください。

日高育成牧場 調査役 大塚健史

2_2

写真1.出産への立会い

2vpcamp

図1.VPcampの二次元コード

2025年7月28日 (月)

持続性交配誘発性子宮内膜炎(PBIE)に対する多血小板血漿(PRP)療法の可能性

北海道の厳寒期も過ぎ、馬繁殖シーズンも真っ盛りとなりました。皆様、出産に種付けと忙しい毎日を送られているかと思います。

今回はヒト医療やウマ医療で話題のPRP(Platelet Rich Plasma:多血小板血漿)療法について、持続性交配誘発性子宮内膜炎(Post Breeding Induced Endometritis, PBIE)への臨床応用の可能性についてお話ししようと思います。

持続性交配誘発性子宮内膜炎(PBIE)とは

牝馬は交配を行うと、子宮内の異物である精液に対する炎症反応が起こります。通常は免疫機構により速やかに解消されますが、一部の馬ではこの炎症が持続しPBIEとなってしまうのです。PBIEになると炎症産物が胚の着床を妨げるため、受胎率低下につながる大きな課題の一つとされています。現在、この問題を解決する一つの方策として、PRP療法が注目されています。

PRP療法のメカニズム

PRPとは、自身の血液から遠心分離により血小板を高濃度に含む血漿を抽出したものです。成長因子や抗炎症因子を豊富に含むため、組織修復や炎症抑制に役立つと考えられています。ヒト医療では関節炎や腱、靭帯損傷といった運動器疾患治療や、皮膚投与による美容治療に用いられています。ウマ医療でも浅屈腱炎などの腱・靱帯の損傷や、外傷への適用が報告されているところです。

PBIEに対するPRP療法の効果

近年の研究では、PRP療法がPBIEに有効であることがいくつか報告されています。ある研究では、PBIEに罹患しやすい牝馬に対して、人工授精前後にPRPを子宮内に注入することで、炎症誘発物質を優位に減少させ、子宮内貯留液も減少したとの報告があります(Segabinazziら, 2021)。また、他の報告では、交配2日後にPRPを子宮内注入することで、次の発情までの日数が優位に短くなり、交配後の子宮内膜肥厚および、妊娠率が優位に高くなったと報告されています(Dawodら, 2021)。これらの結果は、PRPが持つ成長因子、抗炎症因子に起因していると考えられます。

PBIEに対するPRP療法の応用

 これらのことから、種付け後の排卵確認の際に子宮内に貯留液が溜まっている場合、従来通り子宮洗浄やオキシトシン投与を行い、子宮内膜細胞診などによる細菌感染が否定的であれば、後日PRPの投与、細菌感染が疑われるのであれば抗生剤の投与を行うといった治療方法の選択ができれば、不妊リスクの低減、繁殖効率の向上に繋がると考えています。

Photo図. 交配誘発性子宮内膜炎(PBIE)による子宮内貯留液の超音波検査画像

 

生産育成研究室 浦田 賢一

2025年5月 2日 (金)

当歳馬の腸内細菌叢の形成について

はじめに

 私たちヒトの腸内には莫大な数と種類の細菌が生息し、この腸内の細菌の集合体は腸内細菌叢(腸内フローラ)と呼ばれます。近年、この腸内細菌叢のアンバランス(特定の腸内細菌の過度な増減)は、循環器系疾患、リウマチ、うつ病、癌など様々な疾患の発症と関連していることが報告され、腸内細菌叢の健康に及ぼす影響が非常に大きいことが分かっています。

一方、草食動物であるウマの主食となる植物繊維はウマの消化酵素で分解できず、大腸内に生息する腸内細菌が植物繊維を発酵させ、消化管から取り込める物質(揮発性脂肪酸)につくり変えてくれることで栄養として取り込むことが可能となっています。そのため、ウマにとっても腸内細菌叢の健康に及ぼす影響は大きく重要と考えられています。

また、当歳馬は免疫機能が十分に発達しておらず、成馬に比べて病原菌等への防御力は脆弱であるとされています。腸内細菌には、体外から消化器官に侵入した病原菌やウイルスを攻撃する免疫的な役割があることも知られています。このことから、当歳馬にとって免疫機能としての腸内細菌叢の役割は大きいと考えられます。

しかしながら、ウマの腸内細菌に関する研究の歴史は浅く、未だに多くのことが解明されていいないのが現状ですが、今回は、出生直後の当歳馬(新生子馬)の腸内細菌叢の形成に関する情報をまとめてみることとしました。

 

新生子馬の腸内細菌叢

新生子馬の腸内には腸内細菌が存在しているのでしょうか? 出生から10~20分以内に肛門から直接採取した胎便(胎児期に蓄積した糞)中には、細菌がいることが報告されています。子宮内の胎子は無菌状態(感染などがない場合)にあり、羊水や羊膜には細菌が存在しないと考えられています。そのため胎便中の腸内細菌は、産道や馬房内から経口で取り込んだ細菌に由来すると考えられています。しかし、近年の研究においてウマの羊水中には細菌が存在し、胎便の腸内細菌叢と羊水内の細菌叢が類似していることから、腸内細菌の一部は胎子期に獲得された可能性があると考察されています。ちなみに細菌叢の類似は、細菌叢内の細菌の種類や全体に対するそれぞれの細菌の存在割合などから統計的に解析されます。ヒトでも胎児は子宮内で無菌状態であるとされていましたが、最近の研究で羊水や羊膜に細菌が生息していたとの報告もあり、子宮内が無菌であるか否かは意見が分かれているようです。このように細菌の獲得経路は不明なものの、出生の早い段階で子馬の腸内において細菌叢が形成されていることは確かなようです。

 

腸内細菌叢と母乳の関係

新生子馬の腸内細菌叢は、非常に短期間で変化することが知られています。母乳および乳房には様々な細菌が存在しており、それらを母乳と共に摂取することで新たな腸内細菌叢が形成されていくと考えられています。特に生後24時間の腸内細菌叢の変化が大きく、初乳は子馬に免疫グロブリンや多量の栄養を供給するだけではなく、含まれる細菌により新たな腸内細菌叢形成に貢献していると考えられています。その後も徐々に腸内細菌叢は変化していき、1~2週齢の子馬の腸内細菌叢は、母乳中の細菌叢と類似していることから、この時期の腸内細菌叢は母乳中の細菌の影響が大きいと考えられています。また、母乳に由来した栄養分を腸内細菌が利用することも、腸内細菌叢が変化する要因のひとつであるとされています。

 

食糞行動

生産者の皆様は、子馬が母馬の糞を食べる場面を何度か目にしたことはあると思いますが、食糞行動は当歳馬が腸内細菌を獲得する方法の一つであるとされています。食糞行動はおおよそ3日齢から開始され、徐々に回数が増加していき14日齢で最も多くなることが報告されています。食糞行動の開始時期や回数などは個体により異なり、全ての個体が必ず食糞行動をしているのかは分かっていません。しかし、食糞行動を観察した試験では対象となる全ての子馬が、食糞行動をしていたことが報告されおり、ほとんどの子馬は食糞行動をすると考えられます。母馬の糞中には繊維分解する機能を有する細菌が含まれており、それを摂取することで腸内に繊維分解細菌を定着させるとされています。海外の研究において生後12時間、3日齢、7日齢、14日齢、21日齢における糞中の繊維分解細菌数を調べたとき、7日齢から急激に繊維分解細菌数が増加し、21日齢にはさらに増加したことが報告されています(図1)。図2には、同じ研究における成長に伴う糞中の繊維(NDF:中性デタージェント繊維)含量の変化を示しましたが、糞中の繊維含量は牧草に由来するものであり、繊維含量が高いほど牧草の採食量が多いことが分かっています。糞中の細菌は腸内細菌を反映するとされており、7日齢以降に腸内の繊維分解細菌数が増加したことが示されました。この研究では、同時に食糞行動も観察されており、全ての子馬で食糞行動が2から5日齢から開始されていたことから、7日齢から腸内の繊維分解細菌の増加は食糞行動によるものであると考察されています。そして腸内の繊維分解細菌が増加することに伴い牧草採食量、すなわち植物繊維の摂取量も増加し、その後さらに腸内の繊維分解細菌が増加したと考えられています。このように当歳時の食糞行動は、牧草を主食として摂取するウマにとって重要な行動であると考えられます。

 

発情下痢

多くの子馬において5~15日齢頃に見られる一過性の下痢は、発情下痢として知られています。発情下痢は、母馬の分娩後の初回発情と時期が被ることが多く、かつては母馬の発情と関連して母乳成分が変化することによる下痢ではないかと考えられていたそうです。しかし、この下痢は母馬の発情とは無関係であり、母乳以外の飼料などが原因であると考えられています。早い個体であれば1日齢くらいから母馬の真似をして、牧草や敷料などを口に入れるなどの行動を開始します。この時期の子馬は、飼料として牧草などを口に入れているわけではありませんが、一部は飲み込んでしまい腸内に達した結果、細菌叢に影響を及ぼし下痢を発症するのではないかと考えられています。感染性の下痢でなければ、発情下痢は数日で治まることから、下痢止めなどの処置は不要とされています。発情下痢は成熟した腸内細菌叢が形成される一つの過程であるという見解から、発情下痢を緩和させるために生菌を含むサプリメントなどを処方することは、適正な腸内細菌叢形成の妨げになるのでは?という意見もあるようです。

 

おわりに

子馬は出生直後から体の成長だけでなく、接する様々な新しい環境に適応できるように腸内細菌叢も変化していきます。腸内細菌は消化器官の発達にも関与しており、腸内細菌が健常に活動することが健康な発育につながると考えています。腸内細菌は難しい分野であり不足している情報も多いですが、腸内細菌を理解することが「つよい馬づくり」の一助になることを期待しております。

1_2

2

日高育成牧場 首席調査役 松井朗

2025年4月 1日 (火)

馬胃潰瘍症候群

今回は消化器官の疾患としてしばしばみられる馬胃潰瘍症候群についてご紹介いたします。

馬胃潰瘍症候群(EGUS)とは、馬の胃の潰瘍の総称です。馬においては扁平上皮性胃疾患がよくみられます。EGUSは野生馬、人の管理下にある馬の両方で一般的な疾患です。なかでも競走馬の有病率はとても高く、80~90%と報告されており、競走馬の職業病とも言えます。臨床症状は軽度の疝痛や食欲不振、体重減少、毛艶の悪化などが挙げられます。またEGUS発症馬は有酸素運動能力が低下するとの報告(Nieto et al., 2009)もあり、食欲不振に伴うパフォーマンスの低下が顕著にみられます。EGUS発症の直接的な原因は胃酸の胃粘膜への曝露ですが、それには飼養管理やストレス、電解質や抗炎症薬の投与などいくつかの要因が関連しています。

野生馬と比較して管理下にある馬は有病率が高いことから、飼養管理が大きく関連していると考えられます。野生馬は1日のうち12~20時間を採食に費やし、胃酸を中和するはたらきをもつ唾液を多量に分泌します。しかしながら舎飼されている馬は採食時間が短く、唾液の分泌量は1/3程度まで低下してしまいます。それによって胃内が空の時間が長くなること、また胃酸が中和されにくいことからEGUSを発症すると考えられています。さらに、競走馬は激しい運動(走行)によって内臓が圧迫されることによって胃粘膜への胃酸曝露が増加し、EGUSを発症しやすいと考えられています。

上記のような飼養管理方法の違いに加え、食餌内容もEGUSの発症に大きく関係しています。2013~2018年にベルギーで実施された調査によると、EGUS発症馬は非発症馬と比較して体重あたりの糖とデンプンの摂取量が有意に多かった(P<0.001)ことが報告されています(図1、Galineli et al. 2019)。また2022年には、高デンプン飼料(デンプン含有率50%)を与えられた馬は高繊維飼料(デンプン含有率20%)を与えられた馬と比較して胃粘膜病変の重症度が高いことが報告されています(Colombino et al., 2022)。燕麦などの濃厚飼料の給餌量の多さは胃内での揮発性脂肪酸発生量を増加させ、胃粘膜を傷つけることでEGUSのリスクとなると考えられています。そのほかに、非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)の投与もEGUSと関連しており、抗炎症薬の投与時には胃潰瘍予防に留意することが必要です。当牧場においても抗炎症薬を連続で投与する場合には、オメプラゾールを同時に投与し、予防に努めています。

EGUSは馬の職業病とも言われてしまう疾患ですが、飼養管理方法を少し留意するだけでも予防効果を期待することができます。予防のためのポイントとしては、①採食時間の延長、②高繊維飼料割合の増加、③抗炎症薬連用時にはオメプラゾールも投与の3点が挙げられます。健康で強い馬づくりのための参考としていただけましたら幸いです。

1図1. 体重kgに対する糖とデンプンの摂取量g(%)

2

3

日高育成牧場 生産育成研究室 根岸菜都子