馬事通信 Feed

2024年12月 9日 (月)

日本と欧州の競馬場の馬場について

初めて日本調教馬が海外のG1を制したのは、1998年のシーキングザパールで、フランスのモーリス・ド・ゲスト賞を制しました。それから26年たち、近年では日本の競走馬が海外競馬に積極的に参戦し、目覚ましい活躍をするようになってきています。これまでに実に55個の海外G1競走での勝利を挙げており、その中には、アメリカのブリーダーズカップやドバイワールドカップなど、世界でも最高峰のレースも含まれており、日本競馬のレベルが非常に高いところにあることが実感できます。

 一方、欧州競馬での日本馬の成績に絞ると、それほど伸びていないというのが現状です。イギリスで2勝、フランスで5勝していますが、2014年以降の直近10年では、それぞれ1勝ずつしかできていません。欧州以外の国では計33勝もしています。この最も大きな理由は、地理的な遠さにあります。日本から欧州各国に遠征するには、飛行機を乗り継いで長い時間輸送する必要がありリスクがあるため、そもそも遠征する馬が少ないということが大きいと思われます。

しかし、日本競馬の悲願ともいえる凱旋門賞には、毎年のように日本のトップクラスの馬たちが参戦していますが、なかなか勝つことができないでいます。今年もシンエンペラーが参戦しましたが、前哨戦は素晴らしい走りで善戦しましたが、本番の凱旋門賞では残念な結果となってしまいました。凱旋門賞後に語られる日本馬の敗因の一つに、「馬場の違い」があることを聞いたことがある方も多いかと思います。本稿では、日本と欧州の馬場の違いについて簡単にご紹介したいと思います。

 

激しいアップダウンのあるコースが多い欧州競馬

 まず一つ目は、コース形態の違いです。昨年の英国ダービーに関する記事(第244回 「英国ダービーを観戦して」)でも少し触れましたが、日本の競馬場と比べて急な上り坂や下り坂がある競馬場が多くなっています。英国ダービーが行われるエプソム競馬場は最たる例で、ダービーのコースでは、スタート後高低差42mの長く急な坂を上った後に高低差30mの下りを走り、最後には再び上ってゴールします(QR参照)。日本の競馬場では考えられないほどタフなコースです。これは欧州の競馬場が自然の地形をそのまま利用しているところが多いためで、日本のように馬が走りやすいように整備されたコースと大きく異なるのは当然といえます。ある程度急な上り坂については、日本の馬も普段「坂路コース」で調教をしているので慣れていると思いますが、特に下り坂での走行は、日本の馬はあまり経験したことがないと思います。上り坂と下り坂で走っている馬では、使う筋肉が違うと言われているので、日本からの遠征馬が慣れない環境で走るとうまく走れなかったりバテてしまうのかもしれません。

 

日本と欧州の芝の違い

 もう一つは、芝の品種の違いです。日本の競馬場の芝コースでは「野芝」という品種が主体で使われています。この品種の特徴は、地表のあたりに「匍匐茎(ほふくけい)」という茎をもっていることです(画像①)。この「匍匐茎」があるおかげで、走行している馬の肢が踏み込んだ際に耐久性が高く、グリップの効きやすい馬場となるため、走りやすく速いタイムの出る馬場となっています。

 それに比べて欧州の馬場では異なる品種が用いられています。いわゆる「洋芝」と呼ばれるペレニアルライグラスやケンタッキーブルーグラスなどが多いのですが、これらは「匍匐茎」を持たない品種です(画像②)。「匍匐茎」を持たないため、野芝に比べて耐久性がやや低くグリップが効きづらいため、速いタイムが出にくい馬場となります(写真)。また、これらの品種は細い根が密集した「マット層」という層を形成するのが特徴で、この層には水分が保持されやすい(含水率が高い)ことも相まって、特に雨が降った際には深くえぐれるような馬場となってしまいます(写真)。2022年の凱旋門賞ではレース直前に激しい雨が降りました。この時には記載したような馬場の変化が起こったことが考えられ、日本馬が慣れていない条件になってしまったと予想されます。

 

 

 以上のように、日本と欧州の馬場には大きな違いがあります。こうした違いを克服して、日本馬が凱旋門賞や英国ダービーなどで勝つには何が必要なのでしょうか。一つは現地の環境に長期間滞在して心身を慣れさせる、ということがあるでしょう。過去10年で唯一、英国のG1ナッソーSを制したディアドラは、この方法で成功した例と言えるのかもしれません。もちろん、馬場の問題以外にも多くの要因があると思いますので、今後も色々な角度から検討していきたいと思います。

JRA日高育成牧場 調査役 竹部直矢

 

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QR.3D Bird’s-eye Viewによる英国ダービーのコース

 

1画像①

2_2 画像②

3画像③ イギリスの競馬場のえぐれた芝の様子

 

ビタミンDについて

はじめに

 ビタミンは5大栄養素(その他は炭水化物、脂肪、タンパク質、ミネラル)のひとつであり、体の機能を調整するために不可欠な栄養素です。生体内で必要となるビタミンの量は微量ですが、体内でほとんど合成できないため食事から採る必要があります。ビタミンやその機能について知られるようになってからの歴史は浅く、そのことを示すものとして明治期海軍の逸話が有名です。明治時代に海軍で脚気に苦しむ兵隊が急増し、その原因が不明であったことから大きな問題となりました。当時はビタミンの存在やその役割が十分に認識されていなかったのですが、後に脚気はビタミンB1の不足によるものであり、海軍ではビタミンB1をほとんど含まない白米ばかり食べていたことが原因であると判明しました。

ヒトにおけるビタミンの機能・役割について現在までにかなり知られるようになっているものの、全てが解明されているわけではありません。一般的にヒトに比べ馬の栄養に関する研究は遅れてしまいますが、馬におけるビタミンの機能・役割について不明な部分は非常に多いとされています。

 

馬におけるビタミン栄養

 生体内で必要なビタミンは13種類あり、そのうちビタミンA,D、EおよびKが脂溶性ビタミン、ビタミンB群に属する8つのビタミンとビタミンCが水溶性ビタミンに分類されます(図1)。馬栄養の分野では、繁殖能力や蹄の健康に影響を及ぼすビタミンAや抗酸化作用のあるビタミンEについての関心が高く、インターネットなどでもそれらの情報は比較的多くみられます。一方でビタミンDに関する情報は少ないのですが、今回の話題はビタミンDについてです。

 馬においてビタミンDが必要な栄養素であることは間違いありませんが、牧草に多量に含まれており不足しにくいとされています。しかし、近年に発表された論文で、ビタミンDに関して興味深い成績が報告されています。香港の競走馬と英国の競走馬の血中ビタミンD濃度を比較したとき、香港の競走馬でその値が低かったことが報告されています。この研究成績で注目すべきは、競走馬に要求量を満たすビタミンDを給与しても不足する可能性があるということが示されていることです。

 

ビタミンDの機能と供給源

ビタミンDの生体内における主な機能として、カルシウムやリンの代謝を調整し骨を健全に維持させることが知られています。それ以外に近年、ヒトでビタミンD摂取により運動後の筋機能回復が早まることが報告されており、ビタミンDの筋機能に及ぼす影響が注目されています。

ビタミンDには、ビタミンD2およびビタミンD3と2つの形態があります。ビタミンD2は燕麦などにはほとんど含まれませんが、牧草には含まれており、乾草作りの際に紫外線に曝されることでその含有量はさらに増加します。ビタミンD3は、皮膚が紫外線に曝されることで合成されるとされ、ヒトや他の家畜ではこれがビタミンDの有用な供給源になるとされています。しかし、馬の皮膚で紫外線暴露により合成されるビタミンD3は極めて少ないことが分かっています。また、サプリメントや配合飼料に人工的に加えられるのはビタミンD2とD3ですが、海外ではビタミンD3を使用することが多いようです。

 

競走馬のビタミンDに関する研究

 ビタミンDが生体内で活性されるとその形体は変化し、ビタミンDとDはそれぞれ25-ヒドロキシビタミンD2(25OHD2)および25-ヒドロキシビタミンD3(25OHD3)となります。そして25OHD2と25OHD3の血中濃度の合計が、ビタミンDの栄養状態の指標になるとされています。以降で25-ヒドロキシビタミンD(25OHD)はビタミンDと表記します。

図2に香港競走馬(香港)と英国競走馬(英国)の血中ビタミンD濃度を示しました。ビタミンD2ならびにD2とDの総計の血中濃度は、香港が英国に比べて有意に低い結果でした。ビタミンD3は香港と英国で差はありませんでしたが、このD3は主に配合飼料由来によりものと考えられています。香港と英国で血中のビタミンD2濃度に差があったのは、英国では1時間放牧し放牧草を摂取していた影響であると考察されています。しかし、一般的には競走馬を放牧できる環境で繋養しているほうが希少であり、日本も含め一般的な競走馬のビタミンDに関する栄養状態は香港と同様であると言えるかもしれません。

香港の血中ビタミンD濃度は低かったのですが、重要なことはビタミンDに不足は無かったのかということです。そもそも馬の血中ビタミンD濃度は低いことが分かっていますが、ビタミンDが不足していると判断できる血中の閾値濃度は分かっていません。血中ビタミンD濃度の平均は英国と香港でそれぞれ16.7と13.4nmol/Lでしたが、香港の最低値は4.3nmol/Lであり、このような低値の馬にはビタミンDを補給すべきであろうと考察されています。NRC飼養標準によると競走馬のビタミンD要求量は体重1kg当たり6.6IU / day とされていますが、香港ではビタミンDとして全ての馬は体重1㎏当たり10IU / day以上が給与されていました。すなわち、要求量を満たすビタミンDを給与していたにもかかわらず、ビタミンDの補給が必要な場合があることになります。一方でビタミンDの過剰摂取により軟骨組織の石灰化などが報告されていることから、限度量は体重1kg当たり44IU / dayまでとされています。そのため、闇雲にビタミンDを補給することは好ましくないと考えられ、研究者らは血液検査により著しく血中ビタミンD濃度が低い馬に対してビタミンDを補給することを推奨しています。また、ビタミンDに比べて過剰症のリスクがより少ないDの補給を推奨しています。

 

現行の競走馬におけるビタミンD要求量はもしかすると少ないのかもしれませんが、それを調べるにはさらなる研究が必要でしょう。今回は競走馬についての話でしたが、生産地での飼養管理は放牧が中心であり、ビタミンDを多く含む牧草を摂取している繁殖牝馬や育成馬でビタミンDが不足する可能性はほとんどないと考えられます。

日高育成牧場 首席調査役 松井朗

装蹄師の養成について その3

過去2回に渡って、装蹄師の養成についてお話してきましたが、今回はその最終回、

装蹄教育センターの数ある外部研修の中で最も研修期間の長い、北海道研修についてご紹介したいと思います。まずは前回までのお話、装蹄師になるにはどうしたら良いか?について振り返ってみましょう。

装蹄師になるためには、装蹄師の養成施設、公益社団法人 日本装削蹄協会 装蹄教育センター(※1)にて1年間、専門的な知識と技術を学び、装蹄師認定試験2級認定試験(※2)に合格して、装蹄師の資格を取得する必要があります。装蹄教育センターは、栃木県宇都宮市にあり、設立されてから30年、延べ448名の認定装蹄師を現場に輩出することになります。装蹄教育センター卒業後の就労先は、競走馬のトレーニングセンター・競馬場・乗馬クラブ・北海道などの生産地で装蹄師として働くこととなります。

では今回のお話に移ります。この北海道研修は毎年7月に行われます。4月に入講して3ヵ月、基本的なことを理解し始めた時期ですね。まずは本年の北海道実習の行程をご紹介いたしましょう。研修は空路にて、羽田空港から帯広に飛び立つところから始まります。

以下、本年度の研修行程です。

 

7月14日(日)研修場所/帯広競馬場

        【午後】施設見学・輓馬装蹄の見学および体験・ばんえい競馬観戦

15日(月)研修場所/ヒダカファーム・大北牧場

        日高地区の個人牧場での装削蹄見学と削蹄実習

16日(火)研修場所/JRA日高育成牧場・BTC

 JRA日高育成牧場・BTC施設見学・講義・削蹄実習

17日(水)研修場所/北海道市場・橋本ファーム・那須野ファーム・JBBA

        北海道市場セリ場見学・講話

        新冠地区の牧場での装削蹄見学と削蹄実習

18日(木)研修場所/株式会社ノースヒルズ・社台スタリオンステーション

        社台ホースクリニック

        【午前】株式会社ノースヒルズ業務見学・講話

        【午後】社台スタリオンステーション種馬見学・講話

            社台ホースクリニック施設見学・講義

19日(金)研修場所/ノーザンファーム・追分ファーム

        【午前】ノーザンファーム装蹄実演見学・講話・削蹄実習

        【午後】追分ファーム削蹄実演見学・削蹄実習

 

  20日(土)新千歳空港にて解散

この研修の目的は、北海道でしか学ぶことの出来ないことを学ぶことにあります。

生産地での装蹄師は、当歳馬の肢軸矯正、繁殖牝馬の削蹄、育成馬の装削蹄と、特に知識と技術が必要となります。肢の曲がってしまった状態で生まれた馬は、早い時期での矯正が必要です。繁殖牝馬も肢元に問題があると、元気に放牧地を走り回ることができません。すると一緒にいる子馬も行動範囲が狭くなりますので、筋力の低下など親子共々、様々な問題が発生します。調教の進んできた育成馬は蹄が摩滅し、蹄鉄の装着が必要となります。この北海道研修では、実際に日高地区の経験豊かな開業装蹄師さんに同行し、馬の扱いから肢上げや保定、削蹄方法を学びます。普段扱っている装蹄教育センターの大人しい馬とは違う馬を扱う事に目的があるのです。ですから北海道研修でのメインの実習、削蹄実習はここでしか出来ない、貴重な実習となっているのです。削蹄実習で実技を学んだあとには、各施設や牧場にて、再び貴重なお話や講義を受けます。この北海道研修が終わるころには、講習生が知識と経験によって、精神的に一回り大きくなっていくのを感じることができます。

北海道研修が終了すると、講習生は約一ヶ月の夏休みとなります。

この夏休み期間をどう過ごすかは講習生次第です。生産地での就職を希望する者は、研修後引き続き北海道に残ります。トレセンの開業装蹄師に弟子入りが決まった者は、親方を訪ねます。まだ就職の決まっていない者は、求人表を元に就職活動に励みます。講習生の夏休みの過ごし方は人それぞれです。

夏休み明け、講習生の目つきは変わります。残りの講習生生活、しっかりと装蹄師としてのスタートラインに着くべき準備をします。技術に頂点はありません。日々精進し、馬関係者から信頼され、頼られる装蹄師に育ってほしいものです。3回に渡って、装蹄師の養成についてお話させていただきましたが、いかがでしたでしょうか?これまでのお話で、装蹄師の仕事に興味を持っていただけたら幸いです。最後に今回お世話になりました各所関係者様、開業装蹄師の皆様へ、この場をお借りしましてお礼申し上げます。装蹄師の卵達のために、これからもご協力のほど、どうぞよろしくお願い致します。

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1727713395797 JRA日高育成牧場での削蹄実習風景

 

1727713378513 本年度の講習生30期生

 

(※1)装蹄教育センターが設立される以前は、東京世田谷の駒場学園高等学校装蹄畜産科 

     装蹄コース(3年間)、長期講習会(6ヶ月)、短期講習会(2週間)などがありました。

(※2)2級認定資格を取得後4年以上経過したら1級資格の試験を、さらに1級取得後9年以上経過したら指導級の試験を、それぞれ受験できます。その昇格試験に合格すると上級の資格に昇給します。

 

 

 

 

 

以下のQRコードにアクセスしてみてください。昨年グリーンチャンネルで放映されたホースアカデミー「装蹄師の養成について」と題して、装蹄師の仕事、またその必要性、装蹄師教育の歴史、装蹄師認定講習会について、女子アナウンサーとの対談形式で、詳しくご紹介しております。ぜひご覧ください。

ホースアカデミー「装蹄師の養成について」→

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                      JRA日高育成牧場   竹田 和正

 

地方競馬厩舎関係者向けの講習会

JRA日高育成牧場では、日頃行っているJRA育成馬の調教法および海外生産育成調教実践研修で学んできた海外の調教法について、各種講習会で講演を行っています。今回は、地方競馬厩舎関係者向けの講習会についてご紹介いたします。なお、今回ご紹介したテーマに限らず、このような講習会にご興味を持たれた地方競馬の厩舎関係者および主催者の皆様におかれましては、講習会の開催についてご検討されては如何でしょうか。JRAには調教法だけでなく運動科学など様々な分野のエキスパートがおりますので、ぜひお気軽にご相談いただけましたら幸いです。

 

・過去に開催された講習会

著者は2015年月6月から2017年2月まで米国ケンタッキー州およびフロリダ州に研修に行き、サラブレッド競走馬が生産牧場で生まれてから競馬場でレースに出走するまで一連の行程を実際にスタッフの一員として経験してきました。中でも、米国の競馬場での調教法は、①調教をする馬場とレースを行う馬場が同一であること、②ダートコースが中心であること、③(集団調教を行わず)単走ないし2頭併走で調教を行っていることなど地方競馬との共通点が多いことから、今までに4カ所の競馬場にお招きいただき、講演を行ってまいりました(写真)。

2020年11月9日園田競馬場および西脇馬事公苑

2022年12月7日浦和競馬場(会場はロイヤルパインズホテル浦和)

2023年11月10日高知競馬場

2023年12月7日川崎競馬場

Photo (写真)高知競馬場での講習会の様子(2023年11月)

 

・講習会の内容

米国のサラブレッド競走馬の調教については、過去に様々な媒体で発信してまいりましたが、要点を簡単にまとめると下記のとおりとなります。1つ目は、走路で本格的な調教を始める前に、不整地や勾配のあるコースで騎乗し、セルフキャリッジ(注1)した走行フォームが作ることです。2つ目は、坂路もしくは1ハロン全力疾走で追切を行い、無酸素運動能を鍛えることです。3つ目は、周回コースでの調教は、調教方法をパターン化して前進気勢を出すことです。4つ目は、精神的に自立したインディペンデント(注2)な馬を作ることで、これらを目標に調教が行われていました。2019年の馬学講座ホースアカデミーにて「ケンタッキーにおける育成調教」というタイトルで概要についてお話しています(動画)。講演ではこの内容に加え、例えば「トレッドミル調教についても教えて欲しい」等のリクエストがあれば、それに応じる形でお話しさせていただいております。

注1:馬が騎乗者の手綱(ハミ)に頼らず自身でバランスをとった状態のこと。

注2:周囲の馬に関係なく1頭でも走れる状態にすること。小回りコースが多く、先行馬有利な地方競馬ではこの状態に調教することが非常に有効に働くと大変好評です。

Photo_2(動画)馬学講座ホースアカデミー「ケンタッキーにおける育成調教」

 

・申し込み方法

1.各地方競馬場の主催者(事務局)に相談。

2.各地方競馬場の主催者(事務局)から地方競馬全国協会(NAR)を通じてJRA競走部 番組企画室 交流競走課に依頼。

3.JRAが地方競馬全国協会(NAR)からの依頼内容を踏まえ講習会の実施(講師の派遣等)について検討。

4.(講習会の実施が決定された場合は)地方競馬全国協会(NAR)を通じて当該地方競馬主催者(事務局)に通知。

JRA日高育成牧場 業務課長 遠藤祥郎

馬のMRI検査

下肢部の運動器疾患は、騎乗調教を開始する後期育成期以降に増加し、現役競走馬では常に発症のリスクを抱えています。まさに競走馬の職業病とも言える運動器疾患ですが、下肢部に対する検査としてどのようなものを思い浮かべるでしょうか。骨折の診断であればレントゲン検査、腱・靱帯炎の診断であればエコー検査というイメージが一般的かと思いますが、それら以外にも有用な検査法は存在します。今回は比較的新しい検査法であるMRI検査についてご紹介します。

 馬医療ではあまり馴染みのないMRIですが、人医療では一般的に使用されており、検査を受けたことがある方もいらっしゃるかもしれません。MRIとはMagnetic Resonance Imaging(磁気共鳴画像法)の略であり、原理の詳細は難しいため割愛しますが、強い磁気と電磁波を用いる検査法です。もちろん原理そのものは人用でも馬用でも変わりません。レントゲン検査の様なX線の被ばくもないため人馬にとって安全な検査法であることがメリットの一つですが、磁気を使用するため金属の取り扱いには注意が必要です。

馬用のMRI装置は1997年に英国で開発されました。当時の装置では、高磁場を使用することにより高解像度で質の良い画像を撮影できる一方で、検査を行うためには全身麻酔が必要でした。下肢部の跛行原因が特定されていない馬では、全身麻酔の倒馬・覚醒によって原疾患が悪化してしまうリスクが考えられます。そのようなリスクを軽減するため、2002年に英国で馬用立位MRI装置が開発されました(写真1)。この装置の大きな特徴は、鎮静下で馬を立たせたまま検査可能であるという点です(検査時間:約1時間/1か所)。低い磁場のため画像の解像度がやや劣る、体動により画像がブレやすい、撮影可能部位が下肢部に限定される(腕節以下)という制限はありますが、全身麻酔のリスク、コスト等を考慮すると、非常に簡便で利便性に優れる検査と言えます。馬用立位MRI装置は、2014年に栗東トレーニング・センターにて国内で初めて導入され、2019年には美浦トレーニング・センターにも導入されました。

立位MRI装置で撮影した馬の蹄部がこちらです(写真2)。蹄は硬い蹄壁で覆われているため、エコー検査による精査は難しく、レントゲン検査でも診断に悩むことが多いです。MRIでは、蹄内部の骨、関節、腱・靱帯や蹄壁、蹄底の構造を明瞭に描出することができ、前後・内外・上下のあらゆる断面を観察することで限局した病変を見つけることができます。次に、球節の検査画像を示します(写真3)。球節を構成する第3中手骨と近位種子骨を下側から見た断面で、矢印は第3中手骨に描出された骨折線です。大きな骨折であればレントゲン検査ですぐに診断できますが、このような微妙な骨折線の場合、一般的なレントゲン検査で見つからないことが多々あります。骨折を見逃してしまうとさらなる重症化や休養期間の長期化を招きかねません。一部の国では、大レース出走前の馬に下肢部のMRI検査を課し、出走可否を判断しています。馬におけるMRI検査は、正確な診断に加え、事故防止の観点でも有用な検査として重要な役割を担っています。

 

JRA日高育成牧場 業務課主査 原田大地

Mri 写真1 馬用立位MRI装置と検査の様子

Mri2 写真2 蹄部MRI検査画像の一例

Mri3 写真3 球節部MRI検査画像の一例

 

 

アブ

厳しい夏の暑さも去り、人も馬も過ごしやすい季節になってきました。さて、厳しい夏に馬関係者を悩ませるタネの1つとして「アブ」があるかと思います。放牧地などでアブが馬に集ることで馬のストレスは勿論、馬取扱者、装蹄師、獣医師にも二次被害的に危険が及びます。しかし、決定打となるようなアブ対策が確立されていないのが現状であり、日高育成牧場でもアブ対策を現在進行形で試行錯誤中です。今回はアブ対策を考えていくうえでそもそもアブってどんな虫なのかという点を私が勉強した内容からご紹介しようと思います。

 

分類

分類学的にはアブは昆虫綱、双翅(ハエ)目、短角亜目、アブ科に属しており、日本では約100種類弱のアブが生息しています。北海道ですとニッポンシロフアブ、キンイロアブ、アカウシアブといった種がよく見られます。

 

形態

アブの成虫は種によって大きさや色彩の変化に富んでいますが、総じて頭部が大きくその大半を複眼が占めています。両複眼の位置関係は雌雄判別に最適で、雄では両複眼がくっついており、雌では離れていています。

 

生活環

続いてアブの生活環ですが、多くの昆虫と同様にアブも卵、幼虫、蛹、成虫へと発育します。交尾を行った雌アブは100~800個ほどの卵を葉の裏側などに産卵します。卵は1~2週間ほどで幼虫となり、期間が長い種では2~3年幼虫のまま土の中で発育していきます。アブの幼虫の生息的地は種によって異なりますが、湿地帯、林床、草地など多岐にわたり、多種の土壌性昆虫・微生物を捕食します。また、卵寄生性蜂や捕食虫といった天敵の存在、同種の幼虫同士で共食いのため、腐食食性のハエなどの幼虫に比べアブの幼虫の生息密度は著しく低いです。その後1~2週間の蛹期間を経て羽化し、成虫として1か月程度生存します。

 

吸血

アブはどの個体も吸血していると思う方が多いと思いますが、アブで吸血するのは雌のみです。これは卵巣の発育に必要な栄養を得るため、つまり産卵の準備のために吸血が必要だからです。次世代を残すために吸血へのアブの執着は強く、吸血源の探索のために数kmもの距離を移動することが実験的に確認されています。一方で、一度吸血源となる個体を見つけると、たとえ吸血を中断させられても同一の個体もしくは近くに存在する同じ群の別個体に対して執拗に飛来し吸血を行うので、吸血を受けている個体は常にアブに襲撃され続け多大なストレスとなります。雌は吸血したのちに交尾をし、産卵しますが、一部のアブでは無吸血産卵という厄介な性質をもっており、吸血前に交尾、産卵をしてしまうため成虫の数を抑制しても次世代の抑制につながらない場合もあります。吸血の他は花蜜や樹液を摂取して生活しています。

吸血嗜好部位は一般的に皮膚の柔らかい部位ですが、種によって主な吸血部位が異なります。例えばニッポンシロフアブは腹部や四肢を、アカウシアブは背中を好んで狙います。吸血量はアカウシアブなどの大型種で500mg、ニッポンシロフアブなどの中型種で120mgと虫自身の体重の1~2倍もの量を吸血します。また一般的にアブは青や黒といった草の緑とのコントラストが大きい色に好んで集まる習性があるため毛色が暗い馬は集られやすい傾向があります。

 

対策

害虫の防除としてはその発生源をなくすことが基本ですが、アブの生息場所が多様で多岐にわたる点、幼虫の生息密度が低く幼虫に対する殺虫剤散布は効果が低い点、さらに数kmもの長距離移動が可能な点から発生源へのアプローチは現実的ではありません。そのため現状では、飛来するアブの成虫をトラップで捕獲していくのが確実な防除法となっており、日高育成牧場でも本年度からアブトラップの利用を始めました。8/6までのサンプリングの結果、13種類、5,100匹のアブが採集されました(図参照)。アブトラップの注意点としてはアブが種類ごとに吸血嗜好部位が異なる習性から、トラップの形状により捕獲しやすいアブとしにくいアブが存在することです。牧場内での優占種を見極めそのアブに適した形状のアブトラップを選択するのが大事なポイントであると考えています。(日高育成牧場の優占種はニッポンシロフアブ)

アブに対する忌避剤も流通はしていますが、長時間有効なものがないのが現状です。アブ忌避剤については現在進行形で帯広畜産大学の菅沼啓輔准教授が中心となり、馬用アブ忌避剤を開発中です。既存薬とは異なる形状のアブ忌避剤開発など、広い視点での開発を考えています。

 

最後に

アブの生態についてネットなどを調べてみてもなかなか情報が掲載されていないと感じ、今回文献などから得た情報を簡単にまとめてみました。皆様の来年以降のアブ対策の一助になれば幸いです。

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2024年5月27日 (月)

28歳の繁殖を引退した高齢牝馬への泌乳処置と乳母付け

昨年度、門別と浦河で開催された強い馬づくり講習会にて、空胎繁殖牝馬への泌乳処置とPGF2α製剤を用いた新しい乳母付け法を紹介させていただきました。その際のアンケートの中で「何歳までなら泌乳処置が可能なのか?」という質問が多数あり、私自身も答えを持てていない部分でありました。今回は民間牧場にて28歳の繁殖を引退した高齢牝馬への泌乳処置と乳母付けを実施しましたので所感とともに内容をお伝えいたします。

子馬は分娩後4日で母馬が急性心不全で亡くなったため乳母が必要となり、その候補として牧場内で繋養中の2頭が挙がりました。

まずは15歳の空胎馬で約2週間の泌乳処置後、2回の乳母付けを実施しましたが、性格の問題か、子馬を許容せず失敗に終わりました。

2頭目は今回の子馬の祖母にあたる28歳の繁殖を引退した高齢牝馬で、最後の分娩は7年前でした。泌乳処置プロトコルは図1に従って行いましたが、高齢が大きく影響しているためか、搾乳量は泌乳処置12日目でも1日当たり600ml程度で、頭打ちとなってしまいました。教科書的には泌乳処置した空胎馬を乳母付けするタイミングとして、1日当たりの泌乳量が3L以上と記載されています。圧倒的な泌乳量不足から乳母付けの実施自体も悩みました。しかし、子馬の馬社会性形成の観点からパートナーになるだけでも、という生産者の希望から乳母付けを実施してみました。乳母付けは図2に従い、PGF2α製剤のみを用いた方法で実施しました。乳母の子馬への攻撃性は全くなく、吸乳も許容していましたが、乳母側の母性行動の発現(子馬を嗅ぐ、舐める)が弱い点、そして子馬の意識がどうしても近くにいる人間に向かってしまう点が気になりました。そこで、馬房よりも少し広い外パドックに2頭を入れ、私達は2頭から距離をとることにしました。人が見えるとまずは人に近寄ってきていた子馬も、乳母と2頭だけの空間になったことで乳母に興味を示すようになり、徐々に2頭の距離感が近くなりました。そして半日後には本当の親子のような関係となり乳母付け自体は成功となりました。

乳母付け翌日以降は、やはり懸念点であった乳量不足が影響し、子馬の体重が減少しました。そのため、バケツで人工乳を給与することと早めのクリープフィードの開始で対応したところ、子馬は満足に吸乳できるようになったことで精神面が落ち着きました。また、興味深いことに28歳の乳母も子育ての使命に燃え始めたのか、以前より目の輝きが増したそうです。後は、子馬の吸乳刺激で多少なりとも泌乳量が増えることを願うばかりです。

今回の経験から、28歳という高齢な牝馬への泌乳処置は効果が乏しいことが分かりました。また乳母の適性としてその馬の性格がとても大事なのだなと改めて学ばせていただきました。そして子馬の栄養源が母乳だけに依存しない時期であれば、乳量の少ない乳母であってもパートナーとしての意義は十分にあり、繁殖を引退した牝馬の活用法の1つとなりうるのではないかと感じました。

Urata1_2 図1
Urata2_2図2

日高育成牧場 生産育成研究室 浦田 賢一

2024年3月15日 (金)

新しい乳母付け法(高用量PG法)

●はじめに
年も明け、再び競走馬の繁殖シーズンとなりました。繁殖シーズンへの準備は万全でしょうか?
今回は繁殖シーズンに出会う事例の1つとして「乳母付け」について、その概要と近年海外で報告されました高用量PG法について解説いたします。

●乳母
乳母とは母馬に代わって子馬を育てる存在であり、多くはサラブレッドではなく温厚な性格のハーフリンガーや重種馬がその役割を担います。乳母は母馬が出産直後に死亡してしまった場合や、初産の若馬で発生が多い育子拒否が生じた場合、また、母馬の乳量不足や疾患など、正常な育子が期待できない場合に導入が検討されます。

●子宮頚管マッサージ法
乳母に子馬を育ててもらうには、ただ単に乳母と子馬を同居させるだけでなく、乳母にその子馬を許容してもらわないといけません。これが乳母付け処置です。
現在、日本の馬生産地では乳母の子宮頚管を用手にて刺激し、分娩時の産道刺激を模倣する子宮頚管マッサージを用いた乳母付けが一般的です(図1)。この方法は、早ければ半日程度で乳母付けが完了する一方で、2~3日程度要することもあり、さらに、子馬の安全を確保するための枠場や馬房内の専用スペースを確保する必要もあり、非常に時間と労力を要します。また、乳母と子馬の相性が悪いときは、その乳母を諦めて他の乳母を検討しなければならない場合も散見されます。

●高用量PG法
2019年に英国でPGF2α(PG)の投与が母性の惹起に有効であることが発表されました。PGは普段、黄体退行剤として使用されていますが、このPGを高用量投与することによって母性惹起が可能であり、子宮頚管マッサージをすることなく、乳母(17症例中17症例)および育子拒否馬(4症例中3症例)への母性惹起に成功したと報告されています。さらに、米国のシンポジウムでも同手法が紹介され、子宮頚管マッサージを用いた従来法と比較して、驚くほど短時間で乳母付けが完了するとの所感が報告されました。また、同手法は2021年に出版された馬繁殖関連の教科書にも掲載されています。以下に「高用量PG法」による乳母付けの手順をまとめました。
1高用量のPG製剤(黄体退行剤として使用する際の3~4倍量)を投与後、15分ほど発汗や軽度の疝痛症状といった薬の作用を確認する。
2馬房内で子馬と対面させ、乳母の子馬の匂いを嗅ぐ、舐めるといった母性行動を確認する。
3子馬を乳母の側面に移動させ、乳房からの吸乳を促す。
4乳母が吸乳を無事受け入れたら、馬房内で乳母、子馬を自由にして数分間監視する。
5子馬の安全を確認して、乳母付けは完了となる。
6母性行動が認められない場合には(10%程度)、12~24時間後にPG製剤の用量を増加して、再度、手順に沿って実施する。
高用量PG法は、PG製剤の投与のみで30分程度で乳母付けが完了するという簡便さ、そして実際に育子拒否した母馬に対しても一定の効果が見込めることから、今後、広く普及していくものと思われます。

●最後に
昨シーズン、日高育成牧場において高用量PG法による乳母付けを実施したところ、子馬との対面からわずか3分後には、子馬の匂いを嗅ぐ・舐めるといった母性行動を認め(図2)、高用量PG投与から乳母付けが完了するまでに要した時間は約30分と非常に順調でした(図3)。なお、乳母となった繁殖牝馬は、乳母付け後に正常の発情サイクルが確認され、無事に受胎することができました。乳母が必要となるような事態が起きないのが一番ですが、万が一必要となってしまった際には、高用量PG法も検討してみてはいかがでしょうか。

Photo_2図1:子宮頚管マッサージ

Photo_3図2:子馬の匂いを嗅ぐ・舐めるといった母性行

Photo_4図3:子馬を受け入れ授乳を促す乳母

2024年1月15日 (月)

2023年「英・愛」種牡馬リーディングと各国の血統の融合

馬事通信「強い馬づくり最前線」第323号

 

 2023年の日本競馬は、非常に盛り上がりを見せた一年でした。特にドバイシーマクラシックを制して、レーティング世界一に輝いたイクイノックスを筆頭に、ドバイワールドカップではウシュバテソーロが、そしてサウジカップではパンサラッサが勝利するなど、日本産馬が海外G1競走で活躍しました。

 日本の種牡馬リーディングについて見てみると、昨年は激戦となりました。2022年まで11年連続で首位に君臨していたディープインパクトがついに陥落し、ドゥラメンテが最終週に逆転で初のリーディングを獲得しました。2位はロードカナロアで、キングカメハメハ産駒種牡馬の1・2フィニッシュとなりました。しかし、ドゥラメンテは2021年に早逝し、上位種牡馬の獲得賞金も拮抗していることから、今年以降も種牡馬の覇権争いは激しくなるかもしれません。

 その一方で、上位種牡馬の系統に着目すると、皆様もご存じの通り、現在の日本の活躍種牡馬の系統は、サンデーサイレンスやロベルトから広がるヘイルトゥリーズン系と、キングカメハメハをはじめとしたミスタープロスペクター系が多くを占めています。2023年の種牡馬ランキングトップ10(図1左)を見ると、ヘイルトゥリーズン系が6頭、ミスタープロスペクター系(全馬キングカメハメハ直仔)が3頭を占めています。これはサンデーサイレンス~ディープインパクトの親子やキングカメハメハの活躍により、特定の血統に偏った結果であると考えられます。

 それでは欧州の最近の種牡馬事情はどうなっているのでしょうか。2023年の英・愛種牡馬ランキングトップ10(図1右)を見ると、3位のドバウィ(Dubawi:ミスタープロスペクター系)を除いた9頭がノーザンダンサー系となっており、日本以上の偏りが確認できます。これは、クールモアグループを代表する大種牡馬サドラーズウェルズ(Sadler‘s Wells、英・愛リーディング14回:1990年、1992年~2004年)とその子ガリレオ(Galileo、英・愛リーディング12回:2008年、2010年~2020年)、そして、豪州でも長年トップサイアーとして君臨したデインヒル(Danehill、英・愛リーディング3回:2005年~2007年)というノーザンダンサー系の大種牡馬が長きに渡って英・愛競馬をリードしてきた歴史に起因しています。

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図1 日本の種牡馬ランキング(左) 英・愛の種牡馬ランキング(右)

青:ミスタープロスペクター系、桃:ヘイルトゥリーズン系、黄:ノーザンダンサー系

 さらに、2023年のチャンピオンサイアーも同系統のフランケル(Frankel)となりました。2021年に続き自身2度目の英・愛リーディング獲得で、欧州全体のランキングでは3年連続の戴冠となりました。現役時代には「史上最強」と称されたフランケルですが、種牡馬としてもすでに記録的な成績を残しています。昨年は英インターナショナルSなどG1競走を2勝したモスターダフ(Mostahdaf)など、産駒が英・愛のG1競走を9勝と大活躍しました。フランケルの父はガリレオ、母の父はデインヒルと、まさに欧州競馬の結晶と言える配合で、同配合からは数々のG1馬が誕生しています。昨年の素晴らしい活躍から、2024年度の種付け料は、ドバウィと並ぶ欧州最高価格の£350,000(約6,300万円)に設定されました。また、後継種牡馬としても昨年の凱旋門賞を勝ったエースインパクト(Ace Impact)の父クラックスマン(Cracksman)などがおり、この血統がさらに繁栄していくことは疑いようがありません。日本におけるフランケル産駒の種牡馬は、モズアスコットなど既に3頭がおり、グレナディアガーズも今年から新たに繋養される予定です。さらにアダイヤーとウエストオーバーの大物2頭も輸入され、日本競馬への広がりは加速してきています。

 昨年の欧州では、ディープインパクト産駒のオーギュストロダン(Auguste Rodin)の活躍が話題となりました。その母の父はガリレオですので、欧州で飽和している血統に日本の血統が融合して結果を出した好例と言えるでしょう。過去には欧州血統のナスルーラが米国で大成功し、近年では、米国で活躍したノーザンダンサーが欧州で、米国で活躍したサンデーサイレンスが日本で大成功を収めたように、血統の拡散がさらなる競馬の発展に寄与するとともに、それが各国の競馬をよりエキサイティングなものにすると推測されます。

 このように、現代競馬はそれぞれの開催国のスタイルが確立されていることから、各国の競馬はその国の競馬スタイルに適した馬の選抜レースという側面が強くなっています。そのため、その国に適した種牡馬や血統というものが固定される傾向、すなわち血統の飽和状態に陥ることが危惧されているともいわれています。

 日本では今後、多くの割合を占めているサンデーサイレンス系やキングカメハメハ直仔の母馬に欧州や米国の血統が融合することでどのような反応を示すのか、特にアウトブリード配合が注目されます。昨年導入されたカラヴァッジオ(JBBA静内種馬場:写真)の母Mekko Hokteは、父Holly Bull、母の父Relaunchはもちろん、4代までの8頭全ての父系がサンデーサイレンス系・ノーザンダンサー系・ミスタープロスペクター系ではない非主流のアウトブリード血統構成となっています。さらに父Scat Daddyも4代までの8頭のうち4頭の父系が同様に非主流の血統構成となっています(図2)。また、日本で活躍しているアグリをはじめ、海外でG1競走を勝利している3頭の馬はいずれも4代までにインブリードを保有していないことからも、日本でのアウトブリード血統としてゲームチェンジャーになることが期待されます。

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写真 母系がアウトブリード血統のカラヴァッジオ(JBBA静内種馬場)

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図2 カラヴァッジオの血統構成:血統表(上)とサイアーライン(下)

 

JRA日高育成牧場 業務課 竹部直矢(現在、英・愛国にて研修中)

厳冬期における当歳馬の管理

馬事通信「強い馬づくり最前線」第322号

 季節が移り変わり、寒さが本格化してきました。本稿では、世界的に見ても稀な積雪が継続する馬産地である北海道の厳冬期において、当歳馬を管理する上での課題となる点、および日高育成牧場におけるその対策について概説します。

  

厳冬期における飼養管理の課題

①運動量の減少

 1つ目の課題は「運動量の減少」です。昼夜放牧(放牧時間17時間)を行っていたとしても、冬期の放牧地における移動距離は、秋期の「8~10km」から「4~6km」にまで減少することが明らかになっています。運動は筋骨格系や心肺機能を発達させる上で重要となることから、運動量の減少は、健常な発育に影響を及ぼします。

②発育停滞

 もう1つの課題は「発育停滞」です。米国ケンタッキーやアイルランド等の他国の馬産地で飼育されている馬と日高地方で飼育されている馬との冬期における増体量を比較すると、日高地方の馬は、体重の増加が停滞するということが明らかになっています。このような発育停滞後には、代償性に急成長することがあり、この急成長がDOD(発育期整形外科疾患)などの発症要因となることが問題となっています。

 つまり、この2つの課題を克服することが、寒い北海道において他国に負けない強い馬づくりを行う上での重要なポイントになります。JRA日高育成牧場では、当歳から明け1歳における厳冬期においても、「運動量の減少」と「発育停滞」への対策について、試行錯誤しながら、昼夜放牧を実施しています。その中でも、特に注意している点を以下に示します。

 

「運動量の減少」への対策

①ウォーキングマシンの利用

 運動量の減少を補うためには、「ウォーキングマシン」の使用が最も容易にその目的を達成できます(写真1)。ウォーキングマシンは運動時間のみならず、速度も人為的にコントロールできることから、計画的に運動量を確保することが可能となります。

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写真1  厳冬期の運動量確保のために実施しているウォーキングマシン

②複数箇所への乾草の配置

 しかしながら、当場においても、ウォーキングマシンを利用できない環境下においては、運動量の減少を補うための対策として、馬が同じ場所に滞留しない環境、つまり移動しやすい環境を整備することを心掛けています。例えば、放牧地にロール乾草を1箇所だけに置いた場合、馬は移動することなく、その場所に留まることで「エサ」を確保できるため、結果的に、馬の運動を抑制してしまうことになってしまいます。一方、乾草を放牧地の複数箇所に置き、さらにそれぞれの場所の距離を離すことによって、馬は1箇所目の乾草を完食した後には、「エサ」を確保するために、離れたもう1箇所の乾草が置かれた場所まで移動しなければならなくなります。つまり、放牧地の複数箇所に乾草を置くことによって、自発的な運動を促進させることが可能になります(写真2)。この際に注意すべきことは、乾草を置く場所を変えると、馬が気付かないことがあるため、毎日同じ場所に乾草を置くことが推奨されます。このように毎日、複数箇所に乾草を置くことは、多大な労力が必要となりますが、一方でロール乾草を設置するよりも、「乾草の消費」という側面では、節約が可能になるというメリットもあることから、試していただく価値はあると感じています。

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写真2  放牧地の複数箇所に置かれた乾草を摂取する馬たち

③除雪等による移動通路の確保

 その他、運動量の減少を補うための対策として、放牧地内の移動を容易にすることを目的として、除雪を実施しています。除雪によって通路が確保された放牧地内の馬を観察していると、除雪された通路を好んで歩く姿を見ることができます。さらに、除雪によって地面に現れた牧草を食する姿も見ることができます(写真3)。一方で、除雪後に思わぬ降雨に見舞われると、路面が凍ってしまうというデメリットも生じるため注意が必要です。この対策としては、完全に除雪することなく、少し圧雪するだけでも馬の移動を容易にすることが可能となりますので、状況に応じた対応が不可欠となります。

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写真3  除雪された通路の牧草を食する馬たち

 

 

「発育停滞」への対策

 発育停滞への対策は、「エネルギー摂取量」と基礎代謝や発育のための「エネルギー消費量」を適切に維持することといえます。つまり、発育に必要なエネルギー蓄積量を不足させないように、心掛けなければなりません。そのためには、「冬毛」と「十分量の乾草給餌」がポイントとなります。

①「冬毛」の効果

 まずは「冬毛」の効果について触れてみます。寒冷環境下では、体温を維持するための基礎代謝エネルギー消費が高まります。体温は外気温よりも高いため、常に熱エネルギーは体の外へ失われています。そのため、体は代謝熱として、熱を産生し続け、熱産生が高まることによって、エネルギー不足となり、発育停滞、削痩、さらには免疫低下といった弊害が起こることが考えられます。この寒冷環境に対する動物の適応方法の最たるものが「冬毛への換毛」です。冬毛は毛が立っているため、「セーター」のように空気の層を形成することが可能となり、これによって体温が保持されます。このため、冬毛の上に雪が積もっても、馬はそれほど寒さを感じることはありません。つまり、冬毛は基礎代謝エネルギー消費量を減少させて、発育に必要なエネルギー蓄積量を不足させないためには、必要不可欠であると考えられます。一方、冬毛の状態の馬は、雨によって皮膚まで濡れてしまった際には、乾燥するまでに時間を要するため、雨に濡れた後に、気温が低下した場合には、タオルで乾かすなどの対応が必要となります。

 このように、冬毛への換毛は、寒冷環境に対する動物の生理的な反応であるため、厳冬期にも昼夜放牧を継続している当場では、冬毛への換毛は不可欠であると考えています。一方、春を迎えると早々に行われるセリやクラブ会員に向けた「写真撮影」が控えている馬に対しては、冬毛は極力伸ばしたくないという事情があることも理解できます。それらの馬に対しては、厳冬期の放牧時に防水性の馬服の着用が不可欠であり、馬服の着用は、冬毛と同様に保温効果を有しており、基礎代謝エネルギー消費量を減少させる効果があるのみならず、馬体を綺麗に維持することも可能になります。しかしながら、馬服に起因する不慮の事故が起こることもあるため、注意が必要です。

②「十分量の乾草給餌」の効果

 続いては「十分量の乾草給餌」の効果について触れてみます。馬は、摂取した「エサ」を腸内で発酵し、さらに分解・吸収しています。その際に、大きな発酵熱を産生しており、これを体温維持に利用しています。「牧草」は「濃厚飼料」よりも熱産生量が多いため、厳冬期の体温維持には、十分量の乾草を摂取させることが重要と言えます。一方、当歳馬は乾草だけでは十分な微量栄養素を摂取できないため、配合飼料も給与しなければなりませんが、厳冬期には可能な限り「十分量の乾草給餌」を心掛けなければなりません。また、飲水量が減少すると、特に乾草の採食量が低下すると言われています。特に厳冬期は、飲水量が減少しやすい時期であることから、十分量の乾草の摂取を促すためにも、十分量の飲水を確保できる環境を用意することが極めて重要となります。そのためにも、電熱線入りのウォーターカップを設置するなど、水桶の凍結防止措置が不可欠です。

③その他の対策

 その他、睡眠中に成長ホルモンの分泌を促進することを目的として、放牧地内に「シェルター(写真4)」や「風除け」を設置し、夜中に快適に眠れるような環境を整備することによって、発育停滞の改善に効果が期待されます。

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写真4 シェルターで休息する馬たち

 

●さいごに

 JRA日高育成牧場では、厳冬期における昼夜放牧管理で大きなトラブルは、今までありませんでしたが、本稿で概説したように、冬期においては夏期よりも、細やかな管理が必要となりますので、皆様方の飼育管理の参考にしていただければ幸いです。

 

 

 

日高育成牧場 業務課  久米紘一