馬事通信 Feed

2026年10月 6日 (火)

JRA育成馬の紹介

現在、日高育成牧場では2026年JRAブリーズアップセール(4月28日開催予定)への上場を目指してJRA育成馬61頭(市場購買馬54頭、JRAホームブレッド7頭)の騎乗調教を行っております。調教には当場職員だけでなくBTC育成調教技術者養成研修生およびJBBA生産育成技術者研修生も騎乗し、卒業後には民間の育成牧場で即戦力として働ける人材を送り出すことを目標に調教技術のレベルアップに日々取り組んでいます。
調教は、昨年末までは800m屋根付きダート馬場、BTC坂路馬場およびトレッドミルを併用して基礎体力をつけることを重点に置いて実施しており、多くの馬が坂路にて1ハロン18秒程度のペースで余力十分に走行できる段階まで進んでいます。調教の強度については概ね例年と同様に進めておりますが、定期的に調教直後の血中乳酸値を測定することで馬にかかる負荷を客観的に評価しております。
昨年は2025年JRAブリーズアップセール出身馬から2歳戦において3頭の中央競馬勝馬が出ており、2024年の同セール出身馬からは当場で生産されたJRAホームブレッドであるキョウキランブ号(父:エスケンデレヤ、母:タキオンメーカー)が3歳になってから4勝をあげてオープン入りするなど、日高育成牧場出身の育成馬の活躍が多く見られた年でしたが、本年のセールへの上場を目指している馬の中にも活躍の期待ができる馬が数多く在厩しています。今回はその中でも本年に初年度産駒が2歳となった新種牡馬を父に持つ育成馬について紹介させていただきます。
1頭目はディープビヨンド2024(父:エフフォーリア)です(写真1)。父は3歳時に皐月賞、天皇賞(秋)、有馬記念の3つのGⅠを制しており、特に天皇賞(秋)では1世代上のクラシック三冠馬コントレイルを完封するトップレベルのスピードとパワーを見せた期待の新種牡馬です。その産駒である同馬も現段階ではとても余裕のある動きを見せており、これからのスピード調教においてさらに良い動きを見せてくれるものと期待しております。
2頭目はニシノキララコ2024(父:マカヒキ)です(写真2)。父は日本ダービーにおいて既に産駒が活躍しているリオンディーズなどを抑えて世代の頂点に立った新種牡馬です。9歳まで現役を続けていたため同世代の種牡馬よりも産駒デビューが遅くなっておりますが、クラシック競走で見せたスピードと瞬発力はとても魅力です。その産駒である同馬も馴致段階から鋭い瞬発力を感じさせる動きを見せており、今後の成長が楽しみな1頭です。
紹介した2頭の他にもインティ、オメガパフューム、ジャンダルム、ステルヴィオ、チュウワウィザードといった現役時代に日本で活躍した新種牡馬やウィルテイクチャージ、カラヴァッジオ、ストラクターといった輸入新種牡馬の産駒も育成しており、例年以上に活躍が楽しみな馬達がJRAブリーズアップセールに上場予定となっております。上場予定馬の詳細につきましてはJRAホームページの育成馬サイトにてご確認ください。
本年のJRAブリーズアップセールからも多くの活躍馬を輩出できるよう、引き続き強い馬づくりに取り組んでいきます。今後もJRA育成馬にご注目いただけると幸いです。

日高育成牧場 育成担当調査役 国井博和

1 写真1 調教中のディープビヨンド2024

2写真2 調教中のニシノキララコ2024

2026年9月25日 (金)

馬づくりは人づくりから

私たち日高育成牧場にとって、午年は単なる暦の巡り合わせ以上の意味を持ちます。それは、私たちの使命である「強い馬づくり」への決意を新たにする好機だからです。そして、その強い馬をつくるために不可欠なのが、確かな技術と情熱を持った「人」の存在に他なりません。

確かな生産育成技術を駆使し、世界に通用する馬づくりを実践するためには、技術を正しく理解し応用できる人材が欠かせません。しかし近年、馬業界への新規参入者は減少し、騎乗技術者や牧場就労者、獣医師などの不足が深刻な課題となっています。

こうした状況を打破するため、日高育成牧場では、プロフェッショナルから初心者、そして子どもたちまで、幅広い層を対象とした人材育成プログラムを展開しています。

 

プロフェッショナルへの道:次世代のホースマン育成

将来の馬産業を支える若者たちに対し、実践的な研修の場を提供しています。

  • BTC(軽種馬育成調教センター)研修生への技術指導

BTCの育成調教技術者養成研修生に対し、JRA育成馬を活用した実践的な研修を行っています。基礎的な騎乗技術を習得した研修生は、9月から翌年4月にかけて、実際の育成馬のブレーキング(鞍付け)やドライビング、騎乗調教に参加し、現場で通用する技術を身につけます。近年では異業種からの転職組も多く、誰もが高い志を持って研修に励んでいます。

  • JBBA(日本軽種馬協会)研修生への生産技術教育

JBBAの生産技術者養成研修生に対し、馬の生産育成における重要な節目(分娩、離乳、馴致・調教など)に合わせた実習を行っています。主なカリキュラムは、繁殖牝馬・生産馬の管理実習(5~6月)、離乳実習(8月)、育成馬の馴致・調教実習(12月)、分娩実習(翌3月)などで、年間を通じて体系的に学びます。また、子馬の発育や飼養管理法、繁殖学や装蹄学など、専門的な講義も実施しています。

 

1BTC研修生への馴致技術指導

未来の獣医師・専門家を育てる:学生への教育支援

日本の大学において、産業動物の臨床実習環境は必ずしも十分とは言えない現状があります。そこで当場では、全国の獣医畜産系の学生に対し、馬に特化した教育プログラムを提供しています。

  • JRA日高スプリングキャンプ・サマーキャンプ

夏休みと春休みを利用し、全国の獣医学生を対象としたインターンシッププログラムを開催しています。内容は、馬の手入れや収放牧といった基礎から、繁殖学、栄養学、画像診断技術などの専門的な検査・調査への立ち会いまで多岐にわたります。参加学生からは「乗馬体験が馬を理解する大きな収穫になった」との声もあり、馬の世界へ飛び込むための登竜門となりつつあります。

  • 研究フィールドの提供

獣医畜産系大学との共同研究として、繁殖牝馬の細菌叢(さいきんそう)変化や寄生虫検査など、学生が実際のフィールドで研究できる環境を提供し、直接指導を行っています。

2獣医学生を対象としたインターンシップ(スプリングキャンプ)

地域に根ざす「馬文化」:子どもたちへの普及活動

サラブレッド生産の約80%を占める日高地域において、子どもたちが馬に親しみ、地域の誇りとして「馬文化」を感じられるような活動を行っています。

  • 学校教育との連携

「馬文化出前教室」や「巡回乗馬教室」を通じて、地元の小中学生に馬とのふれあいの場を提供しています。また、静内農業高校の生徒に対する実地授業や、浦河高校馬術部への活動支援も継続して実施しています。

  • イベントでの交流

「ジョッキーベイビーズ北海道地区予選」の実施や、新ひだか町主催の「うまカルフェス」への職員派遣などを通じ、馬に携わる仕事の魅力を広く発信しています。

 

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4_2 子供たちへの普及活動(馬文化出前教室、ジョッキーベイビーズ北海道地区予選)

知識の還元と技術の普及:業界全体のレベルアップ

研究機関としての役割も担う当場では、得られた知見を広く業界に普及させています。

  • 専門家向け研修

生産地の獣医師や装蹄師を対象とした講習会(育成調教技術、感染症、歯科、装蹄など)の開催や講師派遣を行い、最新技術の共有を図っています。

  • 情報のオープン化

「JRA育成牧場管理指針」の公開や、グリーンチャンネル「馬学講座ホースアカデミー」などを通じ、生産育成技術を広く発信しています。

  • 一般の方々へ

「日高育成牧場バスツアー」では、施設見学に加え、子馬とのふれあいや調教見学を実施しています。参加者からは「馬への理解が深まった」「これから競馬をより楽しみたい」といった声が寄せられ、ファン層の拡大にも寄与しています。

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生産育成者や獣医師等を対象とした講習会(強い馬づくり講習会)

さいごに

午年である本年も、日高育成牧場は「人づくり」を通じて、日本の競馬および馬産地の基盤強化に貢献してまいります。

馬に携わるすべての方々、そしてこれから馬の世界を目指す方々と共に、力強く駆け抜ける一年となることを願っております。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

日高育成牧場 副場長 佐藤文夫

2026年8月27日 (木)

電気牧柵を利用した放牧管理

12月も半ばを過ぎて、日高地方もすっかり寒くなりました。近年は暖冬になってきているとは言うものの、雪が降り積もり朝の出勤時に車の窓が凍っている様子を見ると、厳しい北海道の冬の到来を実感してしまいます。
 日高育成牧場で繋養している繁殖牝馬や当歳馬たちは、寒さが厳しくなる時期までは昼夜放牧で管理しています。馬達が一日の大半を過ごす放牧地の使用方法については、各牧場の皆様も頭を悩ませていることと思いますが、放牧地の適切な広さについては、馬の使用用途や健康状態、放牧地のコンディションなどによって異なり、時に既存の放牧地を狭く区切って使用したいケースもあります。このような場合に、本年は電気牧柵を積極的に使用してみましたので、使用したケースを使用感とともにご紹介していきます。

① 太りやすい馬のダイエット ~あて馬、ハフリンガーの場合~

当場で繋養している当て馬のスワロー号(牡、15歳)ですが、基本的に24時間放牧で管理をしています。特に牧草が豊富な時期になると、毎年体重が増えすぎてしまい、蹄に痛みが出るなど問題が起きていました。これを予防するためには、放牧時間を短くしたり、ウォーキングマシン運動を実施したりしてきましたが、太りやすい体質もありなかなか痩せてくれない上に、このような管理には手間や馬房の準備などコストもかかります。最終手段は口かごの装着ですが、馬にストレスがかかる上、口の周りに擦り傷ができるなどトラブルも起きやすいため、使用に注意しなければなりません。
そこで本年は同馬の放牧地(約0.7ha)を電気牧柵で1/3程に区切ってみました。設置初日に馬に電気が流れていることを覚えさせると、その後は柵に近づかないようになりました。なお、牧柵は簡単に移動することができるので、馬の状態や草の減り具合などを確認しながら広さを調節することができます。この結果、今シーズンは体重が増えすぎることなく適切な体重をキープすることができ、跛行も示さずに過ごすことができました。

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牧柵を境に牧草の量が異なることから、電機牧柵が有効に作用していることがわかります。何度か牧柵を移動して、体重を維持できる丁度良い広さを見つけることができました。

②疾患馬の管理 ~繁殖牝馬、蹄骨々折症例の場合~

次は蹄の骨折を発症した繁殖牝馬です。発症から時間が経ち跛行は良くなったものの、まだ再発や悪化のリスクが高いため、広い放牧地に放すのは時期尚早な状態でした。そこで本馬にも電気牧柵を使用し、3 m四方程の小さいスペースを放牧地内に作り、日中放牧を行いました。これにより、放牧地に茂っている牧草を食べることができるため、ストレスも軽減し馬体のコンディションも上げることができたと思います。また、同馬は馬房内休養をしていた時期に便秘疝を発症しがちでしたが、この放牧に切り替えてからは一度も便秘することなく過ごせました。

なお、狭い面積に放牧していると一日で牧草は食べつくされ地面も踏み荒らされてしまうため、毎日場所を移動しなければなりませんが、電気牧柵は軽いので、移動をするにもそれほど手間がかからず実施することができました。

Photo_6 牧草の生えた放牧地で過ごすことで、便秘予防やストレス軽減にも効果が見込めます。

これらの例のように、電気牧柵は簡易に放牧地を好きな広さに区切ることができる上、移動も簡単なため非常に有用です。ただし、馬が興奮して突破してしまったり、強風等で柵が破綻してしまうこともあります。前述の骨折馬のケースでも、馬が尻っぱねをした際に柵が倒れ、脱走したことがありました。このケースでは大事には至りませんでしたが、疾患の悪化につながる恐れもありました。設置する環境や天候、利用する馬の性格なども考慮にいれて、使用の可否や柵を二重にするなどの安全対策を検討することが必要と感じております。

日高育成牧場 竹部直矢

2026年8月21日 (金)

育成馬調教における走行タイムの設定

JRA日高育成牧場では、毎年約60頭の育成馬を調教しています。調教のタイム指示についてはステディキャンター(馬が落ち着く速度で安定した駈歩を続ける)となるように設定することで、馬が常に落ち着いた状態で調教を実施することを心掛けています。今回は育成馬調教における走行タイムの設定についてご紹介いたします。

・調教の基本となるタイム
競走馬の調教では基本となるタイムがあると考えています。当場の竹部職員が研修に行った英国の名門マイケル・スタウト厩舎では、調教メニューをEasy(竹部職員がGPSで測定したところ18秒/F程度)、Normal(同15秒/F程度)、Work(同12秒/F程度)の3段階で設定していました(図1)。すなわち、休み明けの月曜日は軽めで坂路1本(18秒/F)、火曜日は明日の追切に備えて普通調教として坂路1~2本(15秒/F)、水曜日は追切(12秒/F)、木~土はまた繰り返すといった感じです。この18秒/F、15秒/F、12秒/Fという速度を基本にしている厩舎は多いです。18秒/Fは競走馬にとってステディキャンター(馬が落ち着く速度で安定した駈歩を続ける)となる速度であり、15秒/Fは血中乳酸濃度が4mmol/L以上となり無酸素運動能が鍛えられ始める速度、12秒/Fは追切すなわちレース実戦と同様の速度となります。

・日高育成牧場のタイム設定
日高育成牧場では、昨シーズンから通常調教(スピード調教以外)の走行タイムの設定を変更しました。23-24シーズンまでは4月のブリーズアップセールまで正比例するように走行タイムを上げていったのに対し(図2)、24-25シーズンからは走行タイムが1歳の12月までに18秒/Fになるようにどんどん速度を上げ、ベーススピードが18秒/Fに達してからはその速度を維持する形で調教を行いました(図3)。その結果、まずV200という心肺機能を示す数値が過去3シーズンと比較して高くなり、特に2月の数値が高いすなわち早期から心肺機能が向上していることが示唆されました(図4)。さらに、24-25シーズンの育成馬は6月の新馬戦で早くもデビューした馬が16頭と、過去5年平均の13頭と比較して多くなりました。以上のことから、ベーススピードを早期に18秒/Fまで上げることは、育成馬の基礎体力をつけるのに良い効果をもたらしたと考えられました。今後数シーズン続けてみて、検証したいと考えています。

 以上、育成馬調教における走行タイムの設定についてご紹介いたしました。今回の記事が普段育成牧場で馬を調教されている皆さんの少しでもお役に立てば幸いです。

日高育成牧場 業務課 遠藤 祥郎

Photo図1. 英国マイケル・スタウト厩舎の調教(竹部職員研修報告より)

Photo_2図2. 走行タイムの設定イメージ(23-24シーズン以前)

Photo_3図3. 走行タイムの設定イメージ(24-25シーズン以降)

Photo_4図4. 過去4シーズンのV200(牡)

2026年7月25日 (土)

腸内細菌叢は競走馬のパフォーマンスに影響を及ぼすのか!?

はじめに

競走馬のパフォーマンスは、筋肉や心肺機能だけでなく、消化器官の中に棲む腸内細菌(腸内細菌叢)にも影響を受けることが指摘されています。腸内細菌は、馬の盲腸や結腸において植物繊維を発酵分解し、揮発性脂肪酸(VFA)を生成します。VFAは分子量の小さな脂肪酸で、主に酢酸、酪酸、プロピオン酸が含まれ、馬はこれらをエネルギー源として利用します。また、腸内細菌によってビタミンB群やビタミンKが合成されることも知られており、栄養供給以外にも様々な有益な役割があると考えられています。

 

ヒトのアスリートにおける腸内細菌叢

ヒトでは「腸活」という言葉に象徴されるように、腸内細菌は健康に大きな影響を与えるとして注目されています。さらに、ヒトのアスリートにおいても、腸内細菌がパフォーマンスに及ぼす影響に関心が持たれ、様々な調査・研究が行われています。腸内細菌叢とは、腸内に棲む何百~何千種類もの細菌の共同体を指します。この腸内細菌叢における菌の種類数の多さは多様性と呼ばれ、単に種類が多いだけでなく、それぞれの菌種がある程度の数存在するときに「多様性が高い」とされます。ラグビーやマラソン選手などのアスリート集団は、一般人と比べて腸内細菌叢の多様性が高いことが報告されています。ヒトの腸内細菌も馬ほど大量ではありませんが、脂肪酸を生産することができます。腸内細菌叢の多様性が高いと、脂肪酸生成の元となる物質の選択肢が増えると考えられています。例えば、細菌の種類が少ない場合は物質Aからしか脂肪酸が生成されませんが、種類が多いと物質Aだけでなく物質Bからも生成できるため、全体としてより多くの脂肪酸が作り出せるという考え方です。また、腸内細菌にはウイルスや病原菌に対抗する免疫的な役割があり、多様性が高いほど免疫力も高まると考えられています。ただし、多様性が高かったからアスリートになれたというわけではなく、むしろ日々の運動や食事を続けた結果、腸内細菌叢の多様性が高まったと考えられます。少なくとも、アスリートにとって腸内細菌叢の多様性が高いことは望ましいと言えるでしょう。一方、特定の腸内細菌がパフォーマンスに影響する可能性を報告した研究もあります。各選手の腸内に棲む特定の菌種(MethanosphaeraやMitsuokella)の数と、酸素の最大取り込み量(VO2max)の間に正の相関関係があったことが報告されました。これは、これらの菌種が多かった選手ほど、有酸素能力が高かったことを示しています。この菌種に運動能力を向上させる機能があると断定はできませんが、腸内細菌とパフォーマンスの間には何らかの関係がある可能性が高まったと言えます。

 

競走馬に関する研究結果

馬についても、腸内細菌がもたらすパフォーマンスへの影響に関心が持たれ、いくつかの研究結果が報告されています。韓国馬事会(KRA)に所属するサラブレッド競走馬を、独自の競走成績によるレーティングスコアの高いグループ(成績優群)と低いグループ(成績劣群)に分けて糞中の腸内細菌叢を調べたところ、良群は悪群に比べて有意に腸内細菌叢の多様性が高いことが分かりました(図1)。済州馬の競走馬についても同様の結果が得られています。また、当歳時の腸内細菌叢の多様性と、3歳時までのレーティングスコアや獲得賞金の競走成績との間に有意な正の相関があったことが報告されています(図2)。また、当歳時に多様性が低い馬ほど、生涯で呼吸器疾患を発症するリスクが高かったことも示されています。さらに他の研究では、競走馬は他の馬に比べて酪酸生成に関係する細菌の数が多く、これはヒトのアスリートと同様であることが報告されています。この研究では、マウスに酪酸を摂取させたところ、運動能力や骨格筋の機能が向上することが確認されました。このことから、馬においても酪酸を生成する腸内細菌を増やすことがパフォーマンス向上に役立つ可能性があると考察されています。

 

腸内細菌叢は気性にも影響する

腸は「第二の脳」と呼ばれることがあります。腸と脳は「腸―脳軸」と呼ばれる関係性を持ち、神経系、免疫系、内分泌系が互いに情報をやり取りしています。そのため、腸の状態が脳や感情、行動に影響を与える経路があることが知られています。腸の状態は主に腸内細菌叢の影響を受けます。そのため、腸内細菌叢が間接的に感情や行動に影響を及ぼす可能性があるとして注目されています。最近では、馬においても、腸内細菌叢と気性や行動の関係について研究が行われています。その中で、気性の異なる馬では腸内細菌叢が異なることや、さく癖の有無によっても腸内細菌叢に違いが見られることなどが報告されています。また、濃厚飼料を多く与えられた馬では気性が荒くなることが広く知られていますが、これも摂取する飼料が腸内細菌叢に影響を与えることと関係している可能性があると考えられています。競馬のパフォーマンスには気性が大きく影響すると言われているため、この分野における腸内細菌の役割についても非常に関心が寄せられています。

 

おわりに

腸内細菌叢はその構成によって競走馬や後期育成馬に有用な効果をもたらす可能性があることから、今後の研究に大いに期待したいと考えています。特に、当歳時の腸内細菌叢が将来のパフォーマンスに影響を及ぼすという研究結果は、「強い馬づくり」のための飼養管理に新しい視点をもたらす可能性があります。一方で、「腸内細菌の研究は、まるで宇宙研究のようだ」と形容されるくらい複雑な分野でもあります。たとえ理想的な腸内細菌叢が解明されたとしても、外部から細菌や栄養源を摂取させるだけでそれが実現できるとは限らず、実際には多くの困難があると考えられています。いずれにせよ、今後の研究の進展が期待される分野です。新たな情報があれば、今後も皆様にお伝えしていきたいと考えています。

日高育成牧場 松井朗

1図1. 当歳時の腸内細菌叢の多様性と競走期の競走成績との関係(J. Leng et al. Sci Rep. (2024))

2 図2 成績の異なるサラブレッド競走馬における腸内細菌叢の多様性(Taemook Park et al. J Anim Sci Technol (2024))


2026年6月 3日 (水)

馬のサルモネラ症

サルモネラ属菌の特徴

サルモネラ感染症は、サルモネラ属菌によって起こる病気です。人や動物に病気を起こすサルモネラ属菌は、菌種としては1種類ですが、亜種としては6種類、さらに細かな分類である血清型では2,500種類以上に分けられています。このように多様なサルモネラ属菌には、特定の動物のみに病気を起こす血清型と様々な動物に病気を起こす血清型が存在します(図1)。前者には、Abortusequi(馬パラチフス菌)やTyphi(チフス菌)などが含まれており、後者にはTyphimurium(ネズミチフス菌)やEnteritidis(腸炎菌)を始めとした大多数の血清型が含まれています。後者の血清型によって起こる病気を、総称してサルモネラ症と呼んでいます。馬のサルモネラ感染症といえば国内では馬パラチフスがよく知られていますが、海外ではネズミチフス菌を中心としたサルモネラ症の発生が多く確認されています。

軽種馬におけるサルモネラ症の発生状況

馬のサルモネラ症は、他の家畜と比較しても少なく、ときおり牧場内の集団発生が認められる程度です。日高管内では1981〜2年にかけて述べ20戸52頭が感染し、9頭が死亡するというサルモネラ症の大きな流行がありました。しかし、それ以降は日高管内や胆振管内の軽種馬生産牧場や十勝の重種馬生産牧場において散発的な発生が確認されるのみで、発生の少ない時期が続いていました。しかし、近年、日高管内において毎年のように馬のサルモネラ症が発生しています(表1)。これらの事例から検出される血清型の多くは、O4:i:-という血清型で、鞭毛の一部を失ったネズミチフス菌の変異株と考えられています。O4:i:-は、1997年にスペインで確認されて以降、世界中に広がり、日本においても2000年代ごろから検出されはじめ、現在では牛や豚で最も多く検出されている血清型となりました。2016年以降に日高管内で発生したO4:i:-による集団感染事例の中には同じ遺伝的特徴を持つ株によって馬と牛が感染している事例あることがわかり、日高管内では動物種を超えてサルモネラが伝播したことが明らかとなっています。

サルモネラ症の感染と症状

サルモネラ症は、経口的に菌を取り込むことによって感染します。直接的な感染源はサルモネラ属菌に汚染された飼料や水あるいは飼養環境ですが、野生動物を含めた様々な動物がサルモネラ属菌に感染し、その糞便中に菌を排出することから、多様なルートから牧場内に侵入します。また、サルモネラ症の主要な原因となるネズミチフス菌などは、馬パラチフス菌とは異なり、乾燥や高温などの厳しい環境の中でも長期間にわたって生存することができます。このため、サルモネラ属菌が動物を介さず人や車両、河川の流れとともに牧場内に侵入し、感染が拡大することもあります。馬ロタウイルス感染症やローソニア感染症などの他の腸管感染症と異なり、季節を問わず発生することもサルモネラ症の特徴の一つです。

サルモネラ症の主な症状は、発熱や疝痛を伴う下痢です。若齢な馬ほど感染しやすく、症状も重篤となる傾向があります。子馬では敗血症を起こして発症から数日のうちに死亡してしまう例も珍しくないため、集中的な治療を早期に行う必要があります。成馬の症状は、比較的穏やかであり、軽い下痢や無症状で経過する例も多く認められます。一方、成馬においても入院などのストレスが引き金となってサルモネラ症を発症し、Ⅹ大腸炎や蹄葉炎などの症状が現れたり、妊娠馬の感染ではまれに流産を起こすこともあります。

感染対策のポイント

サルモネラ症は伝染力のある病気であり、発生時には治療だけでなく感染を広げない対策も重要です。以下に感染対策として必要な5つのポイントを挙げます。

① 感染馬の摘発と隔離:感染馬は隔離する必要があるため、同居馬を含めた検査が必要です。② 環境の清掃や消毒:日常的に用いられる消毒が有効です。糞便や尿などは消毒の効果を弱めるため、消毒前にはよく洗浄を行う必要があります。③ 堆肥化:感染馬の使用した敷料は堆肥化せずに消毒・廃棄が推奨されます。同居馬などの敷料はしっかりと堆肥化を進めることで、サルモネラ属菌による汚染を低減することができます。④ 馬の管理:感染していない馬の手入れを最初に行うなど牧場内での作業の流れ(動線)や厩舎内で感染区域の区分け(図2)を意識することが必要です。⑤ 人への感染防止:感染馬が使用している馬房での厩舎作業やその前後では飲食を控えることや、作業後には着替えや手指消毒をおこなうことで人への感染リスクを下げることができます。

日高育成牧場 生産育成研究室 丹羽秀和

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2026年5月19日 (火)

香港ジョッキークラブにおける装蹄について②

前回の「香港ジョッキークラブ(HKJC)における装蹄①(馬事通信361号)」では、HKJCの装蹄体制や平常業務について紹介しました。今回は第2弾として、ハッピーバレー競馬場での開催見学とシャティン競馬場で開催された香港国際競走における装蹄師業務に関する見聞につてご紹介させていただきます。

 

ハッピーバレー競馬場開催

 ハッピーバレー競馬場では、毎週水曜日にナイター競馬が行われています。1日に4つのG1競走が開催される香港国際競走の開催される週は、世界の招待騎手によるインターナショナルジョッキーズチャンピオンシップが開催され、日本からは戸崎騎手が出場しました(写真1)。

 競馬開催で執務する装蹄師は3名で、発走地点およびパドックでの執務をHKJCの装蹄師が各1名で行い、その2名を総括する形でHead FarrierあるいはMaster Farrierが執務します(写真2)。今回、シャティン競馬場からの輸送中に両後を落鉄した馬がいましたが、開催に執務する装蹄師が対応するとともに、開催委員に報告されていました。その後、獣医委員による歩様検査を受け、出走の可否が決定されます。なお、ゲート裏で落鉄した場合であっても、放送やテロップは流れず、ファンに明確に落鉄の事実が伝えられることはないと聞きました。

 HKJCでは、蹄鉄を確認する際に肢を挙げての確認を実施していません。これは、すべてHKJCの装蹄師によって装蹄が行われており、事前に多くの情報を把握できているから問題ないということでした。一方、JRAでは、開業装蹄師による装蹄が主であるため、蹄鉄検査係が競走当日に装鞍所で全頭の蹄鉄を確認する必要があります。

1(写真1) インターナショナルジョッキーズチャンピオンシップ

2(写真2) Head farrierのブラウン氏と香港装蹄師

香港国際競走

日本馬を含む外国馬は、シャティン競馬場内にある検疫厩舎に入厩します。検疫厩舎へ入る際は、パスポートでの本人確認を行った上で個人IDを発行し、バイオメトリクス照合システム(手のひら承認)を通過し中に入ることができます。厩舎を出る際も同様の手順を行わなければいけないので、セキュリティは万全に行われています(写真3)。

外国馬の調教は、検疫厩舎に隣接する角馬場(100×50ⅿ)、1周1,555ⅿのオールウエザー馬場および1周1,899ⅿの芝馬場で行われます。芝馬場の使用は滞在中2回までと制限されているため、オールウエザー馬場中心で調整されることになります(写真4)。Head Farrierのブラウン氏からは、香港馬もオールウエザー馬場で調教されるため雨が降った後には硬く締まり、クッション性に乏しいことで、裂蹄や挫跖を発症する馬が多く見られると聞きました(写真5)。HKJCにおいては、馬を長期休養させるという選択肢が少ないため、裂蹄についてはワイヤーやエクイロックス、裂蹄防止バンドなどを用いた処置を行い、調教を継続する場合も多くあります。また、蹄病馬にはハートバー蹄鉄やリムパッド蹄鉄などの特殊蹄鉄を装着する場合もあり、今回の視察でも多く見られました。ハートバー蹄鉄は蹄叉型アルミニウムバーをSuper Sound蹄鉄に溶接しています(写真6)。これにより、蹄踵部に直接受ける衝撃を蹄叉でも緩和するこができます。

3 (写真3) 検疫厩舎入り口

4 (写真4) オールウエザー馬場

5(写真5) 裂蹄(内蹄踵部)

6(写真6) ハートバー蹄鉄

レッツゴードンキ号の落鉄

レッツゴードンキ号は競馬の4日前の午後、馬房内で左後肢の落鉄が確認されました。落鉄した蹄釘により蹄底に3カ所の踏創が見られましたが、出血は止まっていました。落鉄や装蹄の対応は、事前に申請を行った装蹄師とHKJC装蹄師のみ許されます。今回はHKJCのMaster Farrierのガイ装蹄師(オランダ人)が落鉄の対応を行い、翌日には日本から担当の装蹄師により改装が行われ無事に出走することができました(写真7)。

7(写真7) 落鉄対応(ガイ装蹄師)

出走前検査

HKJCにおいては、全出走馬に対して競走前日の出走前検査を課せられます。検査は性別確認、マイクロチップ番号の照合による個体確認に引き続き、速歩による歩様検査と下肢部の触診が行われます。日本馬は問題なく検査を通過しましたが、外国馬1頭が再検査されるがことになりました。再検査された馬は、両前蹄に接着蹄鉄が装着されており、両前肢の展出不良と指動脈拍動の強勢が目立つという理由で、硬地に加えて砂地での歩様検査が複数回実施されました。結果としては、検査を通過しましたが、地元の香港馬であれば通過されなかったかもしれないという話も聞かれました(写真8)。

8(写真8) 出走前検査

おわりに

2回にわたって、日本とは多少異なるHKJCの装蹄体制や状況について紹介しました。私自身、装蹄技術に関しては「これが正解」ということは無いと考えています。今回紹介したことが、読者の皆さんへ護蹄の参考になれば幸いです。



2026年4月16日 (木)

上行性胎盤炎

上行性胎盤炎とは
馬の上行性胎盤炎は、外陰部~膣~子宮頸管を通って上行性に子宮へと侵入した細菌や真菌などの病原体が胎盤(とくに子宮頸管内子宮口の周囲)に感染することで炎症を起こし、流産・早産や虚弱子が生まれる要因となる疾患です。病原体はレンサ球菌が代表的で、大腸菌やクレブシエラ菌[F1.1]なども関与します。発生率は妊娠馬の3〜7%とされ(J Govaere, 2018)、妊娠8~10か月に多く認められます。(C Cummins, 2008)

兆候
上行性胎盤炎の兆候としては、分娩予定日よりも早い時期の乳房の発達・乳汁漏出や外陰部からの粘液や膿性分泌物が挙げられます。また多産・高齢・外陰部コンフォメーション異常(気膣傾向)の繁殖牝馬はハイリスク群なため注意が必要です。今回の症例[F2.1]では馬齢は14歳、過去に4産し流産歴はありませんでしたが、外陰部はやや背側向きで軽度のコンフォメーション異常でした。症状は外陰部からの膿性分泌物の排出でした(写真1)。

早期発見のための検査
このような兆候を認めた繁殖牝馬がいた場合、獣医師による検査、診断が必要です。検査法としては主に3つです。
① 超音波検査(経直腸、経腹壁[F3.1]):超音波検査で主に見たいものはCTUP(子宮胎盤厚)や胎動、胎子心拍、羊水/尿膜水の性状変化となります。特にCTUPについては経直腸の超音波検査で観察、測定がし易く、重要なポイントとなります(写真2)。正常妊娠でも妊娠月齢とともにCTUP値は増加しますが、目安として、270–300日で8 mm以上、300–330日で10 mm以上、330日以降で12 mm以上の場合には胎盤炎によるCTUPの異常な肥厚が考えられます。また厚さだけでなく、辺縁不整や浮腫像を認める場合も胎盤炎を疑います(Kimura, 2018)。また、妊娠期が進むにつれて胎児も大きく重くなり母馬のお腹に沈んでいくため、胎児心拍や羊水/尿膜水の正常変化については5か月齢ころから経直腸ではなく経腹壁からアプローチする必要が出てきます。
② 血中ホルモン検査:流産・死産に向かっている妊娠馬では、正常妊娠と比べて早期の「血中プロゲステロン濃度の上昇(または急性悪化時の急低下)」と「エストロゲン濃度の低下」が認められます(Shikichi, 2017、Fedorka, 2021)。
③ 炎症マーカー測定:実験的胎盤炎群と正常分娩群の血中SAA濃度を比較したところ、胎盤炎群で有意に高くなったとの報告が複数あります(Russolillo, 2023、Canisso, 2014)。
今回の症例では、経過観察中に経直腸超音波検査にてCTUP部位に一部浮腫像認めておりました。血中ホルモン検査では各の定期検査結果を見直したところ、症状がでる1か月前に異常なプロゲステロン上昇動態を認めておりました。また、炎症マーカーであるSAAについては、日本の生産地でまだ活用されていない印象で、私自身もあまり馴染みがありませんでしたが、今回の症例サンプルなども用いて今後検証したいところです。[F4.1]

治療法
抗菌薬、プロゲステロン類製剤/子宮収縮抑制剤、抗炎症薬を組み合わせた内科療法が一般的です。治療は早期開始・分娩まで継続することが基本です。
① 抗菌薬:ST合剤を軸に、状況に合わせて他系統を追加。細菌培養・感受性に基づく選択が理想です。
② プロゲステロン類製剤/子宮収縮抑制剤:合成プロゲステロン製剤であるRegu-Mateが代表格です。黄体ホルモンの補助および子宮の収縮を抑え、在胎期間をできるだけ延長することが目的です。
③ 抗炎症薬:フルニキシン等のNSAIDsで炎症と胎盤血流を改善します。海外ではペントキシフィリンというキサンチン誘導体の非選択的ホスホジエステラーゼ(PDE)阻害薬を抗炎症薬として上行性胎盤炎治療に用いることもあります。
ST合剤+合成プロゲステロン製剤+ペントキシフィリンの三剤併用によって実験的上行性胎盤炎で胎子の生存率の改善が示された報告もあります(C S Bailey, 2010)。私自身も今回の症例でペントキシフィリンを使ってみたかったところですが、日本国内ではヒト薬のトレンタール®(ペントキシフィリン)は1999年の再評価で薬価収載から削除・販売中止の対象となり、現在は国内流通が基本的になく、海外でも動物用としての“承認製品”はほぼ無いため入手は出来ないと考えてよさそうです。

予防
①キャスリック手術(陰門形成術):繁殖牝馬の子宮、胎盤までのバリア機能には外陰部、膣、子宮頚管があり、キャスリック手術によって外陰部のバリアを補強できます。外陰部の角度が背側向きになっている形態不良や気膣を認める繁殖牝馬について実施するのが最善策です。
②定期検査:流産既往歴のある繁殖牝馬や高齢多産馬は妊娠期間通しての定期エコーや血中ホルモン濃度やSAA濃度の測定など実施することで早期発見早期治療につながります。

まとめ
上行性胎盤炎は“早期発見”が予後を分ける病気です。個人的には外陰部からの粘液〜膿性分泌など目に見える症状が出たタイミングではすでに手遅れのことが多いのではないかと思っています。上行性胎盤炎に対してはキャスリック手術や定期検査などの予防が最も重要だと考えます。今回の症例でも流産歴自体はないですが、外陰部の軽度のコンフォメーション以上に対してキャスリック手術をしてあげていれば、そもそも上行性胎盤炎も防げたのかなと思う次第です。皆様の馬生産の一助となれば幸いです。

日高育成牧場 生産育成研究室 浦田賢一

Line_album__250917_1    写真1. 外陰部からの膿汁

1_6         写真2

2026年2月10日 (火)

感染症診断の要となる様々な微生物検査

2025年も前半が終わりましたが、今年は馬の伝染病に関する様々な出来事がありました。帯広競馬場における13年ぶりの馬コロナウイルス感染症の集団発生を皮切りに、1月から2月にかけては馬鼻肺炎の神経型の発生、4月には国内では17年ぶりとなる馬インフルエンザの発生が熊本と北海道で確認され、ばんえい競馬の開催やくまもと国体の馬術競技が中止となりました。これらの伝染病は、防疫対応に当たった関係者の努力によって幸いにも全国的な流行を起こすことなく経過しています。このような伝染病の拡散を防ぐためには、いかに早く病気の原因となる病原体を特定し、病気をうつす可能性のある感染した馬を摘発、隔離することが重要となります。また、子馬のロドコッカス・エクイ感染症、馬ロタウイルス感染症のように日常的に認められ感染症は、早期に診断して適切な治療を行うことが、病気の重症化を防ぎ、回復を早めることに役立ちます。これらの感染症の診断には様々な技術に基づいた微生物検査が使用されています。今回の馬事通信では馬の微生物検査に用いられている3つの検査法の特徴について紹介します。

 

迅速性と手軽さを備えたイムノクロマト法 

イムノクロマト法は、特殊なシート上で起こる毛細管現象と抗原抗体反応を利用した微生物検査法です。ヒトでは簡易診断キットとして2020年にパンデミックを引き起こした新型コロナウイルス感染症や毎年冬になると流行を引き起こす季節性インフルエンザなどの診断に広く用いられています。5〜15分程度の時間で結果が得られるという迅速性と特別な機器を必要せずどこでも検査が行えるという手軽さが特徴です。2007〜8年の馬インフルエンザの流行時には他の動物に先駆けてイムノクロマト法(図1A)よる診断が行われ、流行の終息に大きく貢献しました。その他にも子馬の下痢症の原因としてよく知られるウマロタウイルス感染症(図1B)、致死的な腸炎を引き起こすことのあるクロストリディオイデス・ディフィシル感染症の診断にイムノクロマト法が用いられています。いずれの検査法も馬ではヒト用に開発されたキットを利用しています。

 

高感度と正確さを特徴とした核酸増幅法

核酸増幅法は、すべての生物の設計図である核酸(DNAやRNA)の一部を人工的に増幅する方法です。その原理は1980年代に開発され、1990年代からはヒトや動物の感染症を専門とする機関において用いられてきましたが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって世の中に広く知られるようになりました。核酸増幅法の一種であるリアルタイムPCR法は最もよく使用される方法であり、前述のパンデミックの際には駅前や公園などに臨時のPCR検査センターが設置されたことは皆様の記憶にも新しいことと思います。核酸増幅法を実施するためには特別な機器(図2)を必要としますが、イムノクロマト法にくらべて感度や正確性(専門用語では特異性と言います。)に優れている方法です。馬においても馬鼻肺炎、馬コロナウイルス感染症、ローソニア感染症など様々な感染症の診断に使用されています。

 

現在でも有用な古典的手法である培養法

感染症の診断技術は日々進化し、従来の検査法から新しいものへと置き換わりつつあります。一方、古典的な検査法の一つである培養法は、操作が煩雑で時間がかかったり、知識や経験が必要になったりと欠点も多いですが、現代の微生物検査において必ずしも不要になったわけではありません。培養法の最大の特徴は、“生きた病原体”を得られることにあります。“生きた病原体”は、治療に有用な抗生物質の種類を調べたり(図3)、感染や発症メカニズムの研究やワクチンの開発などにも活用することができます。培養法は、前述の2つの検査法に比べて、迅速性や感度などは劣る場合があるものの、その発展性は培養法のメリットとも言えます。

 

さいごに

今後、感染症の診断技術は、人工知能(AI)などの最新技術を取り込んで更に発展していくものと考えられます。当研究室ではこのような最新技術を生産地で発生する馬の感染症の診断に役立てられるよう研究を続けていきたいと思っています。

日高育成牧場 生産育成研究室 丹羽秀和

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図1. 馬で用いられるイムノクロマト法を応用した診断キット。A:馬インフルエンザ用、B:ウマロタウイルス用

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図2. リアルタイムPCR装置

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図3. 抗生物質の効き目を判断するための試験(薬剤感受性試験)。抗生物質の効き目は、薬を染み込ませた白いディスクの周辺にできる阻止円(菌が発育していないエリア)の大きさで評価します。

2026年1月22日 (木)

当歳馬におけるローソニア感染症の予防について

7月も終わりに近づき、日高地方でも暑い日が続いています。もちろん、本州以南よりも過ごしやすい気候なのですが、夏は暑さに加えてアブが増え、放牧中の馬達を悩ませています。アブを追い払うために尻尾を振りつづけて汗だくになり、体重を減らしてしまう馬もいます。このように、夏季の子馬たちのストレスを軽減することは生産牧場の課題だと感じています。ストレスがかかる生活が続くと、馬の体内でコルチゾールというホルモンの分泌が亢進し、免疫力が低下するため、様々な感染症にかかりやすくなります。本稿では、生産地で問題となる感染症の内の一つ、ローソニア感染症についてご紹介します。

ローソニア感染症は、Lawsonia Intracellularisという細菌が原因となる感染症です。当歳馬で多く発症し、1歳馬でも発症することがあります。特に寒さが増す冬や離乳直後など、子馬にストレスがかかりやすい季節に発症が多いと言われています。この細菌は小腸の細胞に寄生し、異常な細胞増殖を引き起こし、腸粘膜を肥厚させることでタンパク質などの栄養吸収が阻害されます。その結果として現れる主な症状は、下痢、元気消失、体重減少、低タンパク血症などがあり、重篤な症例では死んでしまうこともあります。

この感染症を予防するためには、できるだけストレスをかけない管理をすることはもちろんなのですが、ワクチン接種も行われています。豚用に認可されている生ワクチンが市販されており(写真①)、これを馬にも利用されています。現在、同ワクチンについては製薬会社と関係機関の協力のもと、馬用としての認可を取得できるよう調整が進められているところです。

投与方法は、豚では経口投与が推奨されていますが、馬では経直腸投与の方が効果が得られるようです。日高育成牧場の1歳馬を用いて過去に行った実験によると、経口投与群では10頭中1頭しかワクチンの効果を示す抗体価の上昇が見られなかったのに対し、経直腸投与群では10頭中8頭で明らかな抗体価の上昇が認められました。

写真②のように肛門からチューブを挿入し、一頭あたり30mlのワクチンを注入します。これを1か月間隔で2回行います。日高育成牧場では、例年8月下旬から9月上旬頃に離乳を行うので、その時期に抗体価を高く維持するため、7月上旬と8月上旬の2回投与を行っています。このワクチンを使用し始める以前は、日高育成牧場でも当歳馬や1歳馬での発症が認められましたが、使用以降は1例も発症しておらず、効果を実感しています。

疾病から身を守る免疫力が未熟な子馬にとって、感染すると重篤な症状を呈すことがあるローソニア感染症は、生産地で最も警戒するべき子馬の感染症の一つです。離乳や暑熱・寒冷ストレスなどにさらされざるを得ない子馬たちですが、立派な競走馬になるために逞しく育つよう、ワクチン接種をはじめとした疾病対策を万全にして管理していきましょう。

日高育成牧場 業務課 竹部直矢

Photo 写真①:市販されているローソニア生ワクチンであるベーリンガー・インゼルハイム社製「エンテリゾール®イリアイティス」

Photo_2 写真②:日高育成牧場では例年当歳の7月と8月にこのワクチンの経直腸接種を行います。