繁殖 Feed

2023年3月 7日 (火)

分娩シーズンに向けた準備

馬事通信「強い馬づくり最前線」第302号

 生産地では新年を迎えた1月から少しずつ子馬が誕生したという嬉しい知らせが聞かれるようになり、2月に入ってからは本格的に分娩シーズンを迎えています。分娩の準備を用意周到に行ったはずが、いざシーズン最初の分娩が始まると、忘れていたことに気づき、冷や汗をかいたという経験をされたことがある方もいらっしゃると思います。そこで今回は、分娩前に準備すべきものについて簡単に解説するとともに、それらの詳細について記載している日高育成牧場のインターネットサイトのQRコードを紹介します。

 

準備するもの

 一般的にスムーズな分娩であれば破水後20~30分で子馬が生まれます。このため、分娩予定日が近づいたら、あるいは分娩の兆候が確認された際に、あらかじめ分娩に必要な器材を用意してカゴなどにまとめておくことが推奨されます。特にシーズン最初の分娩は、経験豊富な方にとっても約1年ぶりの分娩となることから、備忘録的にリストを作成しておくことによって、うっかり忘れてしまうということを防止できます(表1)。

               

1 表1:分娩準備器材チェックリストの例

1_2 写真1:必要な器材をカゴなどにまとめておく

 

分娩記録シート

 分娩状況の記録は分娩の進行度合いと経過時間を把握できるため、難産時の獣医師への往診依頼や二次診療施設への輸送など、迅速な判断が必要とされる場面での必要不可欠な情報となります。記録シートには、段階的に進む各分娩ステージの時刻(陣痛症状の発現・破水・娩出・子馬の起立・哺乳・胎便)の他、母馬および子馬の健康状態や処置を施した内容を記録しておくことが推奨されます。繁殖牝馬ごとにファイリングすることによって、翌年以降の出産時の対処方法の参考資料として活用できます。なお、記録シートはパソコンのエクセルなどで簡単に作成できます(表2)。シート下部の子馬のAPGARスコアの評価方法については、過去に掲載したJRA育成馬日誌にて詳しく解説していますのでご参考ください(QR1)。

 2 表2:分娩記録シートの例 

Qr1QR1:APGARスコア解説

 

繁殖牝馬に使用する器材

 破水を確認したら、尾を巻く包帯(伸縮性のあるものが良い)を使用して速やかに尾をまとめ上げることによって、その後の子馬の胎位の確認や分娩介助を衛生的に実施することが可能になります(写真2)。子馬の娩出後に少しずつ出てくる後産(あとざん)は、そのままの状態では後肢で引きずって踏みつけ、引きちぎれてしまう恐れがあります。後産はすでに役割を終えた臓器ですので、汚れて損傷しても問題無さそうに思われがちですが、無理に引っ張られると離断して一部が子宮内に残存し、感染源となってしまいます。そのため、排出されている後産を紐で束ねて自然落下を促す必要があります(写真3)。外陰部から露出する後産が短かったり、ちぎれてしまった場合にはペットボトルを数本結びつけることを推奨いたします。

  

2_2 写真2:破水したら尾を巻く

3写真3:後産を紐で束ねる

4 写真4:レッドバッグ

 

新生子馬のための準備

 糖度計によって計測可能なBrix値は、分娩前には分娩時期の予測(QR2)に、さらに分娩後には初乳に含まれる抗体の量を推定できることから、移行免疫不全症のリスクを推定する検査としても利用可能ですので是非とも準備しておきたいツールのひとつです。また、万が一、分娩後に良質の初乳を飲ませることができない場合に必要となるのが凍結保存しておいた初乳です。分娩シーズン初期には前年度に凍結保存していた初乳を、ある程度シーズンが進んでからは、同年に分娩した繁殖牝馬のうちBrix値が20%以上であり、初産ではなく、泌乳量が多い馬の初乳を採取して凍結保存しておきことが推奨されます。これを生後24時間(腸管からの抗体吸収能を考慮すると理想的には生後12時間)以内に対象となる子馬に投与します。保存方法や投与量についてはQR3にて詳しく解説していますのでご参照ください。

 排出された胎盤(後産)は子馬の状態を推測する材料になるので、計量することが推奨されます。これは、分娩の際に臍帯を通じて子馬の体内に流入するはずであった血液が胎盤内に残っていないか、胎盤炎や循環障害による浮腫が起こっていなかったか等を確認するためです。もし、胎盤重量が子馬の体重の10~11%(4.8~5.5㎏との記載もある)よりも著しく重い場合には何らかの異常が考えられるため、より注意深く子馬を観察する必要があります。他にも子馬が低酸素状態に陥る原因にレッドバッグ(早期胎盤剥離)という状態があります(QR4)。正常な分娩であれば、胎盤は臍帯が子馬の臍から自然に離断するまで酸素を供給し続けますが、これが破水に先立って子宮の内側から剝がれてしまうため子馬が低酸素状態になってしまいます。このレッドバッグは、馬の流産原因の5~10%と言われており、写真4のような赤いベルベットのような表面の袋(レッドバッグ)が膣から排出されるので、これを確認したら速やかにこの赤い膜を破って迅速に娩出させ、必要に応じて酸素ボンベを使用して新生子に酸素吸入を行いましょう。

 また、新生子馬に散見される胎便停滞には浣腸液を使用します。胎便は胎子期に、嚥下された羊水、脱落した腸管細胞や粘液の塊で構成されており、通常は生後数時間以内に排出されはじめますが、通常の便とは異なり、粘ちょう度が高く硬いことが通過障害を誘発しやすい理由です。したがって、子馬が立ち上がって初乳を飲んだ後に、胎便が排出されるまで観察することが推奨されます。

Qr2 QR2:分娩予測について

Qr3 QR3:初乳についてQr4QR4:レッドバッグについて

 

分娩馬房の準備

 分娩前後に使用する器材以外に、環境面の準備も必要です。分娩予定日の4~6週間前には、妊娠馬を分娩厩舎に移動させることが推奨されます。その理由は、その場所に常在する細菌やウィルスに対する抗体を初乳中に産生させ、初乳を介してその抗体を子馬に獲得させるためです。同様に、妊娠7~9か月齢の妊娠馬に対して、馬インフルエンザ、破傷風およびロタウイルスワクチンを接種することによって、抗体を産生させる方法も推奨されます(QR3)。

 

おわりに

 今回の内容が少しでも分娩対応の準備の一助となれれば幸いです。この記事が掲載される時には、日高育成牧場のホームブレッドの出産もスタートしていると思いますが、皆様と一緒に今シーズンを無事に乗り切れるよう祈っております。

 

日高育成牧場 主任研究役 琴寄泰光

2022年12月14日 (水)

安全な分娩のための分娩予測

 温度計が氷点下を指し示す時期となり屋外での活動が厳しくなってきましたが、競走馬の生産牧場においては年明けから始まる分娩シーズンに向けての準備が着々と進んでいる時期でもあります。サラブレッドの分娩は、春の交配によって妊娠した繁殖牝馬に対する緻密な飼養管理を約11か月間も継続してようやく迎える競走馬生産の集大成であり、生まれてくる子馬が高額商品であることも相まって、逆子や生後直後のトラブルを予防し、より安全な分娩を実現するために多くの牧場で分娩介助が行われています。

 馬の正常な妊娠期間は、一般的に平均して妊娠335日程度と言われていますが、極めて少ない例外的なものも含めると妊娠300~400日程度まで大きく前後する場合があるとされており、交配日から算出した分娩予定日通りに生まれるとは限りません。そのため、生産地では分娩シーズンになると分娩予定日の近い馬を夜間に監視して、いざ分娩が始まったら迅速に介助できるよう備えなければならず、分娩監視にかかる労力とストレスは多大なものとなっています。そこで、本号では分娩監視の負担を軽減する分娩予測方法について、過去に紹介した内容に最新情報をアップデートする形で紹介します。

 

〇古くから行われてきた分娩予測方法

 牧場では繁殖牝馬ごとの過去の分娩前兆候の履歴を参考としながら、分娩予定日の2週間前から注意深く観察し、分娩時期を推定するのが一般的です。主な分娩前兆候には、①乳房の成熟(腫脹)(図1)、②漏乳(分娩に先立っての泌乳)(図2)、③臀部の平坦化、④外陰門部の弛緩(図3)、⑤体温の低下(通常は朝よりも夕方の体温の方が高い)などがありますが、誤差や個体差が大きいため、あくまでも目安にしかならないという予測方法です。

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図1:分娩3週間前(左)と分娩当日(右)の乳房

 

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図2:漏乳による乳汁が付着した後肢

 

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図3:分娩1ヶ月前(左)と分娩当日(右)の外陰部

 

〇科学的な分娩予測方法

 獣医師によって行われる分娩時期を推定する検査には、血清中プロジェステロン濃度の測定、乳汁カルシウム濃度の測定、子宮頸管の軟化の確認などがあります。計測機器や専門知識が必要なこれらの検査のうち、客観的かつ比較的信頼度が高い方法が乳汁カルシウム濃度の測定です。海外では一般的に普及しており、誰でも使える簡易キットが市販されていますが、残念ながらこの簡易キットは日本で販売されていません。

 しかしながら、乳汁カルシウム濃度の測定と同程度の精度を有し、特別な機器が不要で獣医師でなくとも実施可能な方法として、乳汁pH(図4)や乳汁Brix値(図5)による分娩予測方法があります。これらは市販のpH試験紙(6.2~7.6の範囲の測定が可能なpH-BTB試験紙)による乳汁のpH、および糖度計による乳汁のBrix値を指標とする方法です。日高育成牧場におけるデータでは、乳汁pHは分娩前10日以前には7.6以上を示しますが、分娩が近づくにつれ低下し始め、6.4に達してからは24~36時間で分娩する確率が約85%となりました。また、pHが6.4に達していなければ、24時間以内に分娩しない確率が約90%となりました。同様に、乳汁Brix値は分娩前10日以前には10%以下を示しますが、分娩が近づくにつれ上昇し始め、20%に達してからは36~48時間で出産する確率が約80%となりました。特筆すべきは、両測定法とも約30秒で測定が可能であり、経費も非常に安価であるため、牧場での応用に向いていると言えます。一方、当然個体差もあり、特に初産の場合、精度が低くなる傾向がありますので注意が必要です。また、個体ごとに急速にpHが低下するケースやpHが6.4に達してからも分娩までに日数を要するケース、pHが6.4に達することなく分娩を迎えるケースなど、毎年類似した傾向を示すことが多いので、データを毎年記録することが個体ごとの分娩予測精度の向上に役立つと考えています。

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図4:試験紙を用いた乳汁のpH検査                

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図5:糖度計によるBrix値測定

 

〇分娩予測方法の最新情報

 ここからは、技術や経験を必要としない海外で実用化されている分娩自動監視警報装置について紹介します。この方法は、①監視カメラで撮影された馬房内での繁殖牝馬の様子、②下顎部に装着したスマホ端末や姿勢感知装置からのデータならびに③体表温センサーからのデータを基に人工知能(AI)が分娩兆候を判断し、所有者のスマートフォンに専用アプリを介して警報を発するというものです(図6)。残念ながらこれらのシステムの説明には的中率が明示されておらず、また日本国内での使用の可否も不明ですが、海外では馬産業向けにこのようなシステムの開発が盛んに行われているようです。国内でもAIを応用した同様の分娩予測システムの実用化に向けた研究が進められていますので、より客観的な分娩予測方法として期待が高まります。なお、日高育成牧場では、現在も繁殖牝馬の分娩直前の行動パターン、発汗量などの指標により分娩予知の精度向上を目指した研究を進めているところです。

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図6:最新の分娩予測システム

 

 今回は分娩予測方法について、新旧交えていくつか紹介しましたが、いずれの方法でも測定値の変動傾向に個体差が有り、的中率が100%のものは存在しません。したがって、安全な分娩を実践するためには、繁殖牝馬毎の記録や身体的な分娩兆候の変化を参考にしつつ、複数の分娩予測を組み合わせて総合的に分娩に備えるのが最善だと考えられます。今後も、当場からの新たな研究成果の発信にご期待いただけましたら幸いです。

 

日高育成牧場 主任研究役 琴寄泰光

 

2022年2月25日 (金)

乳母づけにおけるPGF2αの利用

 馬生産において、分娩後の母馬の事故や育子拒否は一定の割合で起こり得ます。北海道では馬用人工乳が流通しており重宝されていますが、昼夜を問わない人工哺乳は労力負担が大きく、また子馬と人間の関係性に悪影響を及ぼすため、乳母を導入することが望ましいと言えます。乳母を導入する際にまず問題となるのが乳母づけです。自分の子ではない子馬に対して授乳を許容することはある意味自然の摂理に反する状況であり、乳母と子を同居させておけばよいというわけではありません。

一般的な乳母づけのポイント

 伝統的な手法として乳母を壁に張りつける(図1)、メントール等で嗅覚を麻痺させる、子宮頚管を刺激する(分娩刺激の模倣)といったことが行われていました。乳母の適性として過去の出産、育子経験があることは必須条件で、当然温厚な馬が好ましいです。子馬のお腹を空かせておくことも重要です。実際の乳母付け時には乳房へ導く際に無理に顔や体を引っ張らず背中やお尻を優しく刺激して向かわせること、乳母の様子を見て子馬の安全を第一に対応することなどの経験に基づく繊細な対応が必要です。また、乳母が子馬を許容した後の様子を観察することも重要です。乳母が十分休めていなかったり、攻撃的にあったり、子馬がイライラしている場合には乳量が不足しているかもしれませんので、そのような際には乳量を増やす処置や子馬に固形飼料を与えるといった工夫が必要となります。

 さて、ここから本題に入りますが、2019年の英国馬獣医協会(BEVA)学会においてPGF2αが母性惹起に有用であることが報告され、昨年の米国西海岸馬繁殖シンポジウム(WCERS)でも同手法の詳細が紹介されましたので、本稿でご紹介いたします。

BEVAにおける発表

 イギリスの臨床獣医師であるBarkerらは2014-18年において本手法を21例に実施し、うち20例で成功したことを報告しました。21例の内訳は乳母付け17例、育子拒否4例で、失敗した1例は育子拒否のアラブ種でした。成功した20例のうち17例は1回の試みで、3例は2-3回の試みで成功しました。肝心の方法ですが、クロプロステノール(合成PGF2α)を平均1,000µg(750-1,500µg)投与し、20分ほど待って乳母付けをします。この投与量は一般的な黄体退行作用の4倍で、1回目に失敗した場合には2回目にさらに高用量を投与しました。子宮頚管刺激は実施されませんでした。乳母のみならず、育子拒否した馬に対しても有効であったというのは興味深い点です。

WCERSにおける発表

 WCERSではベルギーのゲント大学Peter Daels教授が本手法について解説されました。手技はBEVAの発表とほぼ同様で、PGF2α(クロプロステノール750-1,000µg)投与後は効果(副作用と言われている発汗や不快感)が十分認められるまで15-20分ほど待ってから子馬を母(乳母)の前に連れてきて、子馬の匂いを嗅がせたり舐めさせたりさせた後(5-10分程度)、子馬を乳房に導きます。こちらも子宮頚管刺激は実施していません。強調されたポイントとしては「他の馬がいない静かな馬房で行うこと」、「副作用が強く表れるくらい高濃度のPGF2αを投与すること」、「効果が出るまで最低15分は待つこと」、「鎮静や鼻捻子は使わないこと」、「懲戒しないこと」などです。元来、分娩時には陣痛(子宮収縮)のために内因性のPGF2αが分泌されますので、PGF2α投与も分娩時の模倣と言えますが、投与されたPGF2αがどのような機序で母性を惹起するのかについてはまだ分かっていません。

さいごに

 本手法は当場で実践していないので筆者も従来法との比較ができないのですが、Daels教授曰く、従来の方法に比べて驚くほど短い時間で子馬を許容するとのことですので、試してみる価値は大いにあると思われます。ただし、本手法に関する論文はまだありません。これは乳母付けや母性というものの定義が難しく、科学的(客観的)な評価が難しいことが理由だと思われます。「根拠はあるんですか?」とエビデンスが求められる昨今ですが、現場には科学的評価が難しいテーマばかりです。本手法はこのような状況であることをご理解ください。最後に注意点ですが、PGF2α注射薬には何種類かあり、それぞれ成分が異なります。また、本法は動物用医薬品として承認された用法用量から逸脱した使用方法であることをご理解の上実施してください。

pastedGraphic.png図1伝統的な乳母づけの光景

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇

2022年2月 3日 (木)

PGによるショートサイクル法

 PG(PGF2α)を投与することにより黄体期を短縮させ、排卵(交配)を早めることをショートサイクルと呼びます。特段新しい手法ではありませんが、近年我が国では分娩後初回発情での交配を見送ることが増え、本法が活用されているようですので、本稿では2019年の日本獣医師会北海道獣地区学会で報告されたデータを示しながらおさらいいたします。

分娩後初回交配日に及ぼす影響

 図1は2002-16年の国内サラブレッド生産における分娩後初回交配日を示しています。10日前後に大きな山があり、我が国では分娩後初回発情で多くの牝馬が交配していることが分かります。今回はこのデータから便宜上7-13日後をFoal Heat(FH)群、その21日後(1発情後)の28-34日後を2nd Heat( 2ndH)群、その1週間前の21-27日後をPG投与により交配を早めたShort Cycle(SC)群と定義します。この3群の内訳の推移を示したグラフが図2です。FH群が減少し、代わりにSC群が増えていることが分かります。年次の他に牝馬の年齢、分娩月、地区、牧場規模といった要因も分娩後初回交配日に影響を及ぼしていました。牝馬が若いほどFHが多く、1-2月の早生まれではFHが少なく、シーズン終わりに向けてFHが増えます。北海道は本州や九州よりSCが多く、牧場規模が大きくなるにつれて、FHが減少、SCが増加しました。

繁殖成績への影響は?

 では、これら3群の受胎率はどう違うのでしょうか?上述の要因を調整した多重ロジスティック解析の結果を表1に示します。2ndH群の受胎率を1とした場合のFH群、SC群のオッズ比は0.568、0.979であり、FH群は2ndH群に比べて受胎率が低いことが分かりました(p値が0.05未満の場合に統計的有意差があると判定します)。一方で、シーズン受胎率においては2ndH群に対してFH群、SC群で有意に良い成績でした。これはFH群では交配機会が1回多いため累積受胎率が向上することを意味しています。以上のことから、SC群はFH群よりも初回交配受胎率が高く、かつシーズン受胎率は2ndH群より高いという良いとこ取りをしていると言えます。

PG投与の注意点

 PGを投与する際の注意点を幾つか記します。PGは黄体形成期には効かないため、排卵後5日目以降に投与することが推奨されています。また、PG投与から次の排卵までの日数はPG投与時の卵胞サイズに依存しますので、投与時に卵胞サイズを確認することで次の排卵日のおおよその目途を立てることができます。ただ、大きな卵胞があった場合には注意が必要です。35mm以上の馬に投与すると1-2日で排卵することもあれば(この際、子宮の浮腫や頸管の弛緩が十分ではなく、適切に交配できないこともある)、その卵胞は排卵に至らず次の小さな卵胞が発育するため時間を要することもあります。また、稀にPGに反応しない場合があります。この原因は分かっていませんが、PGを投与した馬が必ず黄体退行するわけではないということも覚えておきましょう。

まとめ

 本稿ではショートサイクル法の利点を解説しました。わずか1週間の短縮であっても、繁殖シーズンが限られる軽種馬生産においては重要な手技と言えます。もちろん、何でもショートサイクルすれば良いというわけではありません。初回発情で受胎を期待できる馬もいるでしょうし、1-2月であれば交配を遅らせたい場合もあるかもしれません。それぞれの状況においてより効率的な管理を検討するための参考にしていただければ幸いです。

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図1.我が国における分娩後初回交配日の分布(2002-2016年)

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図2.分娩後初回交配日の推移

表1 初回交配受胎率、シーズン受胎率の多重ロジスティック回帰分析によるオッズ比

 

FH

SC

2ndH

初回交配受胎率

0.568

 (p<0.0001)

0.979

 (p=0.4113)

1

シーズン受胎率

1.099 

(p=0.0004)

1.074

 (p=0.0274)

1

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇

2021年8月30日 (月)

繁殖関連の最新研究(AAEP2020)の紹介

 AAEP(米国馬臨床獣医師協会)は世界中に9000人の会員を抱える団体で、毎年年末に大規模な学会を開催しています。昨年はCOVID-19のためオンラインでの開催となりましたが、現地開催と変わらず多くの臨床研究が発表されました。本稿では「最前線の研究紹介」ということで、身近な繁殖疾患に関する3演題を紹介いたします。普段の業務に直結する情報ではありませんが、世界の馬繁殖研究の一端を知っていただければ幸いです。

顆粒膜細胞腫の術後成績

 ケンタッキーで有名な馬病院ルードアンドリドルのスペイセック氏は「顆粒膜細胞腫72症例の術後成績」を発表しました。これほどの術後成績をまとめた報告は世界で初めてです。顆粒膜細胞腫はウマで最も一般的な卵巣腫瘍であり、ホルモン分泌異常により不妊となるため、治療のためには罹患卵巣を手術により摘出しなくてはなりません。症例の平均年齢は9歳、術後最初の排卵は174.5日後、最初の妊娠診断は302日後、分娩は739日後でした(図)。一般に、顆粒膜細胞腫は卵巣静止(無発情)となりますが、興味深いことに半数は正常な発情周期を保っている状態でした。また、過去の報告では術後6か月までに半数が発情回帰し、さらにその半分程度が妊娠に至っています。

PBIEに対するPRP療法

 イリノイ大学の研究チームは持続性交配誘発性子宮内膜炎PBIEに対するPRP (Platelet Rich Plasma、多血小板血漿)の有効性を報告しました。子宮内に射精された精液が子宮内膜炎を誘発することを交配誘発性子宮内膜炎といい、これ自体は正常な生理反応ですが、これが持続すると受胎率を低下させてしまう要因となります。PRPとは血液を遠心分離することで得られる血小板成分が濃縮された血漿で、さまざまな成長因子やサイトカイン、殺菌および抗炎症因子が含まれていることから治癒促進や疼痛軽減などを目的にヒト医療でもよく用いられています。PBIEに罹患しやすい牝馬に対してPRP(40ml)を子宮内投与したところ、子宮内貯留液の量、炎症(細胞診における白血球数)、細菌数、受胎率で対照群に比べて良い成績でした。PRP療法が繁殖領域においても有用であることを示す大変興味深いデータです。ただし、この実験プロトコールは交配の48,24時間前および6,24時間後の合計4回も投与しているため臨床現場で4回も行えるのか、PRPの精製にかかる手間と時間に見合う価値があるのか、一般的な子宮洗浄や薬液注入と比較してPRPがどれほど有効なのかといった点についてはさらなる検証が必要と思われます。

感染性胎盤炎の診断マーカー

 ケンタッキー大学のフェドルカ氏は感染性胎盤炎における診断マーカーとして炎症性サイトカインのインターロイキン(IL-6)が有用であることを発表しました。ケンタッキー大学は胎盤炎について精力的に研究しているグループです。この研究では実験感染させた妊娠馬において、羊水、尿水、母体血液中のIL-6濃度が対照群に比べて有意に高い値を示しました。IL-6はヒトの羊膜感染の診断マーカーとして用いられていますが、ヒトとは胎盤構造の異なるウマにおいても母体血中のIL-6測定が有用であるとは興味深いデータです。現在、ウマの妊娠異常を診断するツールとしてホルモン検査がありますが、これは胎子胎盤の異常を検出する指標であるのに対して、IL-6は感染に特異的である可能性が考えられ、子宮内というアプローチが難しい胎子に対する診断の一助となるかもしれません。

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図 罹患馬の情報および術後の経過

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇

2021年8月26日 (木)

アイルランドにおける軽種馬生産

 生産牧場におけるサラブレッドの出産シーズンも一息ついた頃かと思います。JRA日高育成牧場でも、本年生まれる予定の当歳馬はすべて誕生しており、放牧地を元気に駆けまわっています。このようなサラブレッドの出産シーズンの光景は、日本だけでなく北半球の競馬先進国でも同様にみられるものです。今回は私が2018年から2年間にわたり研修に行かせていただいた、アイルランドにおける軽種馬生産の状況についてご紹介したいと思います。

ヨーロッパ最大の軽種馬生産国

 アイルランドの2020年の生産頭数は9,182頭であり、世界第3位のサラブレッド生産大国です(表1)。イギリスやフランスといったヨーロッパの競馬大国の中でも、最大の生産頭数を誇っています。一方で、競走数や出走頭数に目を向けると、他の競馬先進国に比べると非常に少ない数となっています(表1)。このことは、アイルランドが競馬開催国としてよりも、軽種馬生産国として世界の競馬産業に影響を及ぼしていることを示しています。つまり、アイルランド国内で生産されたサラブレッドが、競馬場のあるイギリスやフランスなどのヨーロッパ諸国、さらにはアメリカやオーストラリアといった地域へも輸出されていることになります。HRI(アイルランド競馬協会)が作成した統計によると、2020年にアイルランドから輸出されたサラブレッドは4,814頭であり、そのうちの3,573頭がイギリスへとなっています。日本への輸出は26頭(2020年)ですが、ディープインパクトの母であるウインドインハーヘアがアイルランド産馬であるなど、日本の競馬産業にも大きな影響を与えています。すなわち、アイルランドは世界のサラブレッド生産地であると言っても過言ではありません。

表1 世界各国の生産頭数、競走数、出走頭数(2020年)

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馬の生育に適した気候風土

 このようにアイルランドが世界有数のサラブレッド生産地となった背景には、その気候風土が大きく影響しています。ライムストーン(石灰岩)に覆われた肥沃な大地のおかげで、サラブレッドの生育に必要な良質な牧草が育ちます。また、真夏でも30℃を超えることはほとんどなく、冬でも氷点下をわずかに下回る程度の気温であることから、年間の気温差が小さく非常に過ごしやすいという特色もあります。その結果、日本の北海道では非常に厳しい寒さとなる1月下旬であっても、放牧地には青々とした牧草が維持されています(写真1)。その結果として、年間を通じて馬の体調管理が容易となり、良質なサラブレッドを生産することが可能となります。

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写真1 1月下旬のアイルランドの放牧地の様子(クールモア・スタッド)

大手生産牧場における生産の流れ

 HRIに登録されているアイルランドの生産者数は6,445名(2020年)でした。この生産者数は繁殖牝馬所有者数のことを示しており、生産牧場数とは異なります。繁殖牝馬所有者は少頭数所有が多く、生産牧場も経営しているケースは非常にまれです。したがって、多くの生産者は自身の保有する繁殖牝馬をどこかに預託する必要があります。大手生産牧場は手厚い管理が期待できますが、預託料は高く設定されています。一方で、中小の生産牧場の預託料は安く済みますが、アイルランドでも人手が足りていない現状があり、十分な管理を受けられない可能性があります。そこで、繁殖シーズン以外は中小の生産牧場に預託し、分娩が近くなると大手牧場に預託することが一般的となっています。さらに、大手牧場ではそれぞれの繁殖牝馬の状態に応じて繋養する厩舎が分かれていますので、一年間を通じて様々な場所を移動することになります(図1)。この方式のメリットは、各厩舎で専門性の高いスタッフの管理を受けられることが挙げられます。私の研修先であったクールモア・スタッドでは、それぞれの分娩厩舎で年間に100頭以上の出産があり、多くの経験を積んだスタッフが対応することになります。さらに、預託されている繁殖牝馬がクールモア・スタッドの優良な種牡馬の種付けを希望した場合には、受胎するまで手厚い管理を受けることも可能です。

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図1 大手生産牧場における繁殖牝馬の動き

終わりに

 今回の記事では、アイルランドが世界各国にサラブレッドを輸出している重要な生産国であることをご紹介しました。近年、海外競馬での日本馬の活躍が目まぐるしい状況ですが、まだまだ海外から学ぶことはあると思われます。アイルランドの気候風土は、日本とは大きく異なるため、管理方法をそのまま導入することは難しいと考えられます。しかしながら、近年の技術革新や新しい知見を活用することで、日本におけるより良い管理方法を模索することもまだまだ可能だと考えています。

日高育成牧場 業務課  岩本洋平

発情誘起法

 馬の繁殖シーズンは春と言われますが、自然環境下では3-5月になってようやく卵巣が動き始めて繁殖の準備が整います。つまり、繁殖シーズンは春だけではなく春からなのです。この繁殖の季節性には日照時間が大きく関係しており、ライトコントロール(照明による長日処置)で卵巣活動の開始を早めることができることはよく知られていますが、日照時間以外にも気温、飼育管理法、年齢、栄養状態、泌乳、疾患などさまざまな要因が影響します。そのため、生産現場ではライトコントロールを実施しているにもかかわらず発情がみられないこともあり、そのような場合には交配できません。本稿では、このような場合における発情誘起方法について解説いたします。

【GnRH法】 発情兆候は卵胞から分泌される卵胞ホルモン(エストラジオール)の作用によって起こります。そのため、卵胞を発育させることで発情が誘起されます。卵胞の発育はホルモンによって制御されており、その最も上流にあるホルモンは脳の視床下部から分泌されるGnRHです。これが短い間隔で(パルス状に)分泌されると、この信号を受けた下垂体からFSH(卵胞刺激ホルモン)が分泌され、卵胞の発育が促されます(図1)。また、GnRHが一度に大量に(サージ状に)分泌されると脳下垂体からLH(黄体形成ホルモン)が分泌され、黄体形成(つまり排卵)が起きます。不思議なことに、同じホルモンでも分泌様式によって作用が異なるのです。そのため、GnRH注射剤を低用量で継続的に投与すると発情誘起作が、高用量で1回だけ投与すると排卵促進作用が得られます。HBAの獣医師らは、87頭中68頭(78.2%)において投与開始から5.3日後に35mmまで発育させることができたと報告しています(生産地シンポジウム、2016)。

【その他の発情誘起法】 伝統的な方法として、黄体ホルモン製剤を2週間程度にわたって投与して発情を抑制し、投与中止のリバウンドで発情を惹起する方法があります。この機序は黄体ホルモンによって下垂体からのLH分泌を抑制し、本来分泌されるはずだったLHを貯蔵させ、黄体ホルモンの投与終了によって一気に放出されるためにおこるものと考えられています。この方法の効果や作用機序の説には賛否両論あるものの、古くから知られている方法です。また、プロラクチン分泌を促すスルピリドやドンペリドンという薬品にも発情誘起作用があることが報告されていますが、GnRH法に比べて時間がかかるため一般的な方法となりえていません。ここで、PG(PGF2α)には基本的に発情誘起作用がないという点にご注意ください。PGは黄体退行作用を有すため、黄体存在下では黄体退行に続いて次の発情が起こりますが、無発情期および移行期の牝馬には作用すべき黄体が存在しません。「眠っている卵巣に刺激を与える」というイメージで使われ、注射1本投与するだけという簡便さもあって古くから用いられていますが、この効果は学術的に証明されておらず、実際教科書に一切記載がありません(注:筆者はその効果を否定しているわけではありません)。

【発情誘起の前提条件】 卵巣活動はホルモンによって制御されているため、ホルモン剤を用いることで発情を誘起することができます。しかしながら、生体本来の内分泌機能を完全に代替できるわけではなく、効果を示すためには前提として対象馬が冬の無発情期から正常な発情周期となるまでの移行期間である繁殖移行期にある必要があります。これはエコー検査で20-25mm程度の卵胞があるけれどそれがなかなか成長しない時期を指します。この時期に至るには一般的にライトコントロール開始から1-2か月ほどの時間が必要ですので、いざ「発情がこない」時に対処するためにも、やはりライトコントロール処置を行ってシーズンに備えておくことが重要と言えます。

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図1 卵巣機能を調節するGnRH

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇

2021年7月28日 (水)

卵管閉塞に対する新しい治療法

【卵管閉塞】 卵管閉塞という疾患をご存じでしょうか?卵管(子宮と卵巣を繋ぐ細い管)に卵胞由来のコラーゲンが蓄積、卵管腔が閉塞することで、精子が受精場所まで辿り着けなかったり、受精卵が子宮に降りなかったりするため不妊となります。卵管閉塞が不受胎の原因であることは古くから知られていましたが、馬は他動物種と比べて卵管子宮結合部(卵管乳頭)の平滑筋が発達していることから極めて狭く、子宮側から卵管にアプローチできないため、今日でも明確な診断方法が確立されていません。そのため、研究論文では「卵管閉塞の馬」ではなく「○年間原因不明の不受胎が続く馬」と表現されています。治療法として、これまで全身麻酔下で開腹して卵管内腔を生理食塩水でフラッシュする方法(Zent,1993)や立位鎮静下で腹腔鏡を用いて卵管の外側に平滑筋運動を促すPGE2ゲルを塗布する方法(Allen,2006)が報告されてきましたが、いずれも手術を要することから我が国では定着しませんでした。

【新しい治療法】 そのような状況の中、2013年に井上獣医師(イノウエホースクリニック)が卵管通水法を発表しました。これは不可能と思われていた子宮側から卵管にアプローチする方法で、子宮内視鏡を用いて卵管乳頭に特殊なカテーテルを接着させて卵管腔に生理食塩水を通します。この手法は手術を要さないことから世界的に大きな注目を集めました。さらに2018年にはブラジルのグループがユニークな治療法を発表しました(Alvarenga,2018)。これは深部人工授精の技術を応用し、PGE1溶液3mlを子宮角深部に入れる(卵管乳頭にかける)というもので、22頭の原因不明不受胎馬のうち15頭が受胎したと報告されています(図1,2)。我が国でもすでにHBAの獣医師らが取り組んでおり、原因不明の不受胎馬6頭のうち5頭が受胎したというとても良い成績を報告しています(水口,2020)。この手技は、手術はおろか内視鏡も不要であるため、臨床現場での応用性が大きく高まったと言えます。一方、本手法では卵管の通過性を確認できません。井上獣医師の方法は卵管乳頭を視認し、ポンプを推す手の感触で卵管の通過性を確認できますので、各検査法に一長一短があると言えます。

【治療対象馬】 手軽で新しい治療法が発表されたとは言え、不受胎牝馬に対して気軽に実施することは推奨されません。なぜなら、卵管閉塞は不受胎原因としては決してメジャーではないからです。仮に子宮内膜炎の馬に本治療を行った場合、効果がないばかりか、本手法の治療効果を低く見積もることになりますし、何より本当の不妊原因の診断・治療を遅らせてしまいます。まずは頸管や陰部の解剖学的異常、子宮内膜炎をはじめとする子宮疾患、排卵障害をはじめとする卵巣疾患など一般的な不妊原因を確認することが先決であり、基本的にはこれらの異常が否定された「原因不明の不受胎馬」が治療対象となります。

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図1 卵管乳頭への投与の模式図