繁殖 Feed

2022年2月25日 (金)

乳母づけにおけるPGF2αの利用

 馬生産において、分娩後の母馬の事故や育子拒否は一定の割合で起こり得ます。北海道では馬用人工乳が流通しており重宝されていますが、昼夜を問わない人工哺乳は労力負担が大きく、また子馬と人間の関係性に悪影響を及ぼすため、乳母を導入することが望ましいと言えます。乳母を導入する際にまず問題となるのが乳母づけです。自分の子ではない子馬に対して授乳を許容することはある意味自然の摂理に反する状況であり、乳母と子を同居させておけばよいというわけではありません。

一般的な乳母づけのポイント

 伝統的な手法として乳母を壁に張りつける(図1)、メントール等で嗅覚を麻痺させる、子宮頚管を刺激する(分娩刺激の模倣)といったことが行われていました。乳母の適性として過去の出産、育子経験があることは必須条件で、当然温厚な馬が好ましいです。子馬のお腹を空かせておくことも重要です。実際の乳母付け時には乳房へ導く際に無理に顔や体を引っ張らず背中やお尻を優しく刺激して向かわせること、乳母の様子を見て子馬の安全を第一に対応することなどの経験に基づく繊細な対応が必要です。また、乳母が子馬を許容した後の様子を観察することも重要です。乳母が十分休めていなかったり、攻撃的にあったり、子馬がイライラしている場合には乳量が不足しているかもしれませんので、そのような際には乳量を増やす処置や子馬に固形飼料を与えるといった工夫が必要となります。

 さて、ここから本題に入りますが、2019年の英国馬獣医協会(BEVA)学会においてPGF2αが母性惹起に有用であることが報告され、昨年の米国西海岸馬繁殖シンポジウム(WCERS)でも同手法の詳細が紹介されましたので、本稿でご紹介いたします。

BEVAにおける発表

 イギリスの臨床獣医師であるBarkerらは2014-18年において本手法を21例に実施し、うち20例で成功したことを報告しました。21例の内訳は乳母付け17例、育子拒否4例で、失敗した1例は育子拒否のアラブ種でした。成功した20例のうち17例は1回の試みで、3例は2-3回の試みで成功しました。肝心の方法ですが、クロプロステノール(合成PGF2α)を平均1,000µg(750-1,500µg)投与し、20分ほど待って乳母付けをします。この投与量は一般的な黄体退行作用の4倍で、1回目に失敗した場合には2回目にさらに高用量を投与しました。子宮頚管刺激は実施されませんでした。乳母のみならず、育子拒否した馬に対しても有効であったというのは興味深い点です。

WCERSにおける発表

 WCERSではベルギーのゲント大学Peter Daels教授が本手法について解説されました。手技はBEVAの発表とほぼ同様で、PGF2α(クロプロステノール750-1,000µg)投与後は効果(副作用と言われている発汗や不快感)が十分認められるまで15-20分ほど待ってから子馬を母(乳母)の前に連れてきて、子馬の匂いを嗅がせたり舐めさせたりさせた後(5-10分程度)、子馬を乳房に導きます。こちらも子宮頚管刺激は実施していません。強調されたポイントとしては「他の馬がいない静かな馬房で行うこと」、「副作用が強く表れるくらい高濃度のPGF2αを投与すること」、「効果が出るまで最低15分は待つこと」、「鎮静や鼻捻子は使わないこと」、「懲戒しないこと」などです。元来、分娩時には陣痛(子宮収縮)のために内因性のPGF2αが分泌されますので、PGF2α投与も分娩時の模倣と言えますが、投与されたPGF2αがどのような機序で母性を惹起するのかについてはまだ分かっていません。

さいごに

 本手法は当場で実践していないので筆者も従来法との比較ができないのですが、Daels教授曰く、従来の方法に比べて驚くほど短い時間で子馬を許容するとのことですので、試してみる価値は大いにあると思われます。ただし、本手法に関する論文はまだありません。これは乳母付けや母性というものの定義が難しく、科学的(客観的)な評価が難しいことが理由だと思われます。「根拠はあるんですか?」とエビデンスが求められる昨今ですが、現場には科学的評価が難しいテーマばかりです。本手法はこのような状況であることをご理解ください。最後に注意点ですが、PGF2α注射薬には何種類かあり、それぞれ成分が異なります。また、本法は動物用医薬品として承認された用法用量から逸脱した使用方法であることをご理解の上実施してください。

pastedGraphic.png図1伝統的な乳母づけの光景

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇

2022年2月 3日 (木)

PGによるショートサイクル法

 PG(PGF2α)を投与することにより黄体期を短縮させ、排卵(交配)を早めることをショートサイクルと呼びます。特段新しい手法ではありませんが、近年我が国では分娩後初回発情での交配を見送ることが増え、本法が活用されているようですので、本稿では2019年の日本獣医師会北海道獣地区学会で報告されたデータを示しながらおさらいいたします。

分娩後初回交配日に及ぼす影響

 図1は2002-16年の国内サラブレッド生産における分娩後初回交配日を示しています。10日前後に大きな山があり、我が国では分娩後初回発情で多くの牝馬が交配していることが分かります。今回はこのデータから便宜上7-13日後をFoal Heat(FH)群、その21日後(1発情後)の28-34日後を2nd Heat( 2ndH)群、その1週間前の21-27日後をPG投与により交配を早めたShort Cycle(SC)群と定義します。この3群の内訳の推移を示したグラフが図2です。FH群が減少し、代わりにSC群が増えていることが分かります。年次の他に牝馬の年齢、分娩月、地区、牧場規模といった要因も分娩後初回交配日に影響を及ぼしていました。牝馬が若いほどFHが多く、1-2月の早生まれではFHが少なく、シーズン終わりに向けてFHが増えます。北海道は本州や九州よりSCが多く、牧場規模が大きくなるにつれて、FHが減少、SCが増加しました。

繁殖成績への影響は?

 では、これら3群の受胎率はどう違うのでしょうか?上述の要因を調整した多重ロジスティック解析の結果を表1に示します。2ndH群の受胎率を1とした場合のFH群、SC群のオッズ比は0.568、0.979であり、FH群は2ndH群に比べて受胎率が低いことが分かりました(p値が0.05未満の場合に統計的有意差があると判定します)。一方で、シーズン受胎率においては2ndH群に対してFH群、SC群で有意に良い成績でした。これはFH群では交配機会が1回多いため累積受胎率が向上することを意味しています。以上のことから、SC群はFH群よりも初回交配受胎率が高く、かつシーズン受胎率は2ndH群より高いという良いとこ取りをしていると言えます。

PG投与の注意点

 PGを投与する際の注意点を幾つか記します。PGは黄体形成期には効かないため、排卵後5日目以降に投与することが推奨されています。また、PG投与から次の排卵までの日数はPG投与時の卵胞サイズに依存しますので、投与時に卵胞サイズを確認することで次の排卵日のおおよその目途を立てることができます。ただ、大きな卵胞があった場合には注意が必要です。35mm以上の馬に投与すると1-2日で排卵することもあれば(この際、子宮の浮腫や頸管の弛緩が十分ではなく、適切に交配できないこともある)、その卵胞は排卵に至らず次の小さな卵胞が発育するため時間を要することもあります。また、稀にPGに反応しない場合があります。この原因は分かっていませんが、PGを投与した馬が必ず黄体退行するわけではないということも覚えておきましょう。

まとめ

 本稿ではショートサイクル法の利点を解説しました。わずか1週間の短縮であっても、繁殖シーズンが限られる軽種馬生産においては重要な手技と言えます。もちろん、何でもショートサイクルすれば良いというわけではありません。初回発情で受胎を期待できる馬もいるでしょうし、1-2月であれば交配を遅らせたい場合もあるかもしれません。それぞれの状況においてより効率的な管理を検討するための参考にしていただければ幸いです。

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図1.我が国における分娩後初回交配日の分布(2002-2016年)

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図2.分娩後初回交配日の推移

表1 初回交配受胎率、シーズン受胎率の多重ロジスティック回帰分析によるオッズ比

 

FH

SC

2ndH

初回交配受胎率

0.568

 (p<0.0001)

0.979

 (p=0.4113)

1

シーズン受胎率

1.099 

(p=0.0004)

1.074

 (p=0.0274)

1

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇

2021年8月30日 (月)

繁殖関連の最新研究(AAEP2020)の紹介

 AAEP(米国馬臨床獣医師協会)は世界中に9000人の会員を抱える団体で、毎年年末に大規模な学会を開催しています。昨年はCOVID-19のためオンラインでの開催となりましたが、現地開催と変わらず多くの臨床研究が発表されました。本稿では「最前線の研究紹介」ということで、身近な繁殖疾患に関する3演題を紹介いたします。普段の業務に直結する情報ではありませんが、世界の馬繁殖研究の一端を知っていただければ幸いです。

顆粒膜細胞腫の術後成績

 ケンタッキーで有名な馬病院ルードアンドリドルのスペイセック氏は「顆粒膜細胞腫72症例の術後成績」を発表しました。これほどの術後成績をまとめた報告は世界で初めてです。顆粒膜細胞腫はウマで最も一般的な卵巣腫瘍であり、ホルモン分泌異常により不妊となるため、治療のためには罹患卵巣を手術により摘出しなくてはなりません。症例の平均年齢は9歳、術後最初の排卵は174.5日後、最初の妊娠診断は302日後、分娩は739日後でした(図)。一般に、顆粒膜細胞腫は卵巣静止(無発情)となりますが、興味深いことに半数は正常な発情周期を保っている状態でした。また、過去の報告では術後6か月までに半数が発情回帰し、さらにその半分程度が妊娠に至っています。

PBIEに対するPRP療法

 イリノイ大学の研究チームは持続性交配誘発性子宮内膜炎PBIEに対するPRP (Platelet Rich Plasma、多血小板血漿)の有効性を報告しました。子宮内に射精された精液が子宮内膜炎を誘発することを交配誘発性子宮内膜炎といい、これ自体は正常な生理反応ですが、これが持続すると受胎率を低下させてしまう要因となります。PRPとは血液を遠心分離することで得られる血小板成分が濃縮された血漿で、さまざまな成長因子やサイトカイン、殺菌および抗炎症因子が含まれていることから治癒促進や疼痛軽減などを目的にヒト医療でもよく用いられています。PBIEに罹患しやすい牝馬に対してPRP(40ml)を子宮内投与したところ、子宮内貯留液の量、炎症(細胞診における白血球数)、細菌数、受胎率で対照群に比べて良い成績でした。PRP療法が繁殖領域においても有用であることを示す大変興味深いデータです。ただし、この実験プロトコールは交配の48,24時間前および6,24時間後の合計4回も投与しているため臨床現場で4回も行えるのか、PRPの精製にかかる手間と時間に見合う価値があるのか、一般的な子宮洗浄や薬液注入と比較してPRPがどれほど有効なのかといった点についてはさらなる検証が必要と思われます。

感染性胎盤炎の診断マーカー

 ケンタッキー大学のフェドルカ氏は感染性胎盤炎における診断マーカーとして炎症性サイトカインのインターロイキン(IL-6)が有用であることを発表しました。ケンタッキー大学は胎盤炎について精力的に研究しているグループです。この研究では実験感染させた妊娠馬において、羊水、尿水、母体血液中のIL-6濃度が対照群に比べて有意に高い値を示しました。IL-6はヒトの羊膜感染の診断マーカーとして用いられていますが、ヒトとは胎盤構造の異なるウマにおいても母体血中のIL-6測定が有用であるとは興味深いデータです。現在、ウマの妊娠異常を診断するツールとしてホルモン検査がありますが、これは胎子胎盤の異常を検出する指標であるのに対して、IL-6は感染に特異的である可能性が考えられ、子宮内というアプローチが難しい胎子に対する診断の一助となるかもしれません。

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図 罹患馬の情報および術後の経過

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇

2021年8月26日 (木)

アイルランドにおける軽種馬生産

 生産牧場におけるサラブレッドの出産シーズンも一息ついた頃かと思います。JRA日高育成牧場でも、本年生まれる予定の当歳馬はすべて誕生しており、放牧地を元気に駆けまわっています。このようなサラブレッドの出産シーズンの光景は、日本だけでなく北半球の競馬先進国でも同様にみられるものです。今回は私が2018年から2年間にわたり研修に行かせていただいた、アイルランドにおける軽種馬生産の状況についてご紹介したいと思います。

ヨーロッパ最大の軽種馬生産国

 アイルランドの2020年の生産頭数は9,182頭であり、世界第3位のサラブレッド生産大国です(表1)。イギリスやフランスといったヨーロッパの競馬大国の中でも、最大の生産頭数を誇っています。一方で、競走数や出走頭数に目を向けると、他の競馬先進国に比べると非常に少ない数となっています(表1)。このことは、アイルランドが競馬開催国としてよりも、軽種馬生産国として世界の競馬産業に影響を及ぼしていることを示しています。つまり、アイルランド国内で生産されたサラブレッドが、競馬場のあるイギリスやフランスなどのヨーロッパ諸国、さらにはアメリカやオーストラリアといった地域へも輸出されていることになります。HRI(アイルランド競馬協会)が作成した統計によると、2020年にアイルランドから輸出されたサラブレッドは4,814頭であり、そのうちの3,573頭がイギリスへとなっています。日本への輸出は26頭(2020年)ですが、ディープインパクトの母であるウインドインハーヘアがアイルランド産馬であるなど、日本の競馬産業にも大きな影響を与えています。すなわち、アイルランドは世界のサラブレッド生産地であると言っても過言ではありません。

表1 世界各国の生産頭数、競走数、出走頭数(2020年)

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馬の生育に適した気候風土

 このようにアイルランドが世界有数のサラブレッド生産地となった背景には、その気候風土が大きく影響しています。ライムストーン(石灰岩)に覆われた肥沃な大地のおかげで、サラブレッドの生育に必要な良質な牧草が育ちます。また、真夏でも30℃を超えることはほとんどなく、冬でも氷点下をわずかに下回る程度の気温であることから、年間の気温差が小さく非常に過ごしやすいという特色もあります。その結果、日本の北海道では非常に厳しい寒さとなる1月下旬であっても、放牧地には青々とした牧草が維持されています(写真1)。その結果として、年間を通じて馬の体調管理が容易となり、良質なサラブレッドを生産することが可能となります。

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写真1 1月下旬のアイルランドの放牧地の様子(クールモア・スタッド)

大手生産牧場における生産の流れ

 HRIに登録されているアイルランドの生産者数は6,445名(2020年)でした。この生産者数は繁殖牝馬所有者数のことを示しており、生産牧場数とは異なります。繁殖牝馬所有者は少頭数所有が多く、生産牧場も経営しているケースは非常にまれです。したがって、多くの生産者は自身の保有する繁殖牝馬をどこかに預託する必要があります。大手生産牧場は手厚い管理が期待できますが、預託料は高く設定されています。一方で、中小の生産牧場の預託料は安く済みますが、アイルランドでも人手が足りていない現状があり、十分な管理を受けられない可能性があります。そこで、繁殖シーズン以外は中小の生産牧場に預託し、分娩が近くなると大手牧場に預託することが一般的となっています。さらに、大手牧場ではそれぞれの繁殖牝馬の状態に応じて繋養する厩舎が分かれていますので、一年間を通じて様々な場所を移動することになります(図1)。この方式のメリットは、各厩舎で専門性の高いスタッフの管理を受けられることが挙げられます。私の研修先であったクールモア・スタッドでは、それぞれの分娩厩舎で年間に100頭以上の出産があり、多くの経験を積んだスタッフが対応することになります。さらに、預託されている繁殖牝馬がクールモア・スタッドの優良な種牡馬の種付けを希望した場合には、受胎するまで手厚い管理を受けることも可能です。

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図1 大手生産牧場における繁殖牝馬の動き

終わりに

 今回の記事では、アイルランドが世界各国にサラブレッドを輸出している重要な生産国であることをご紹介しました。近年、海外競馬での日本馬の活躍が目まぐるしい状況ですが、まだまだ海外から学ぶことはあると思われます。アイルランドの気候風土は、日本とは大きく異なるため、管理方法をそのまま導入することは難しいと考えられます。しかしながら、近年の技術革新や新しい知見を活用することで、日本におけるより良い管理方法を模索することもまだまだ可能だと考えています。

日高育成牧場 業務課  岩本洋平

発情誘起法

 馬の繁殖シーズンは春と言われますが、自然環境下では3-5月になってようやく卵巣が動き始めて繁殖の準備が整います。つまり、繁殖シーズンは春だけではなく春からなのです。この繁殖の季節性には日照時間が大きく関係しており、ライトコントロール(照明による長日処置)で卵巣活動の開始を早めることができることはよく知られていますが、日照時間以外にも気温、飼育管理法、年齢、栄養状態、泌乳、疾患などさまざまな要因が影響します。そのため、生産現場ではライトコントロールを実施しているにもかかわらず発情がみられないこともあり、そのような場合には交配できません。本稿では、このような場合における発情誘起方法について解説いたします。

【GnRH法】 発情兆候は卵胞から分泌される卵胞ホルモン(エストラジオール)の作用によって起こります。そのため、卵胞を発育させることで発情が誘起されます。卵胞の発育はホルモンによって制御されており、その最も上流にあるホルモンは脳の視床下部から分泌されるGnRHです。これが短い間隔で(パルス状に)分泌されると、この信号を受けた下垂体からFSH(卵胞刺激ホルモン)が分泌され、卵胞の発育が促されます(図1)。また、GnRHが一度に大量に(サージ状に)分泌されると脳下垂体からLH(黄体形成ホルモン)が分泌され、黄体形成(つまり排卵)が起きます。不思議なことに、同じホルモンでも分泌様式によって作用が異なるのです。そのため、GnRH注射剤を低用量で継続的に投与すると発情誘起作が、高用量で1回だけ投与すると排卵促進作用が得られます。HBAの獣医師らは、87頭中68頭(78.2%)において投与開始から5.3日後に35mmまで発育させることができたと報告しています(生産地シンポジウム、2016)。

【その他の発情誘起法】 伝統的な方法として、黄体ホルモン製剤を2週間程度にわたって投与して発情を抑制し、投与中止のリバウンドで発情を惹起する方法があります。この機序は黄体ホルモンによって下垂体からのLH分泌を抑制し、本来分泌されるはずだったLHを貯蔵させ、黄体ホルモンの投与終了によって一気に放出されるためにおこるものと考えられています。この方法の効果や作用機序の説には賛否両論あるものの、古くから知られている方法です。また、プロラクチン分泌を促すスルピリドやドンペリドンという薬品にも発情誘起作用があることが報告されていますが、GnRH法に比べて時間がかかるため一般的な方法となりえていません。ここで、PG(PGF2α)には基本的に発情誘起作用がないという点にご注意ください。PGは黄体退行作用を有すため、黄体存在下では黄体退行に続いて次の発情が起こりますが、無発情期および移行期の牝馬には作用すべき黄体が存在しません。「眠っている卵巣に刺激を与える」というイメージで使われ、注射1本投与するだけという簡便さもあって古くから用いられていますが、この効果は学術的に証明されておらず、実際教科書に一切記載がありません(注:筆者はその効果を否定しているわけではありません)。

【発情誘起の前提条件】 卵巣活動はホルモンによって制御されているため、ホルモン剤を用いることで発情を誘起することができます。しかしながら、生体本来の内分泌機能を完全に代替できるわけではなく、効果を示すためには前提として対象馬が冬の無発情期から正常な発情周期となるまでの移行期間である繁殖移行期にある必要があります。これはエコー検査で20-25mm程度の卵胞があるけれどそれがなかなか成長しない時期を指します。この時期に至るには一般的にライトコントロール開始から1-2か月ほどの時間が必要ですので、いざ「発情がこない」時に対処するためにも、やはりライトコントロール処置を行ってシーズンに備えておくことが重要と言えます。

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図1 卵巣機能を調節するGnRH

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇

2021年7月28日 (水)

卵管閉塞に対する新しい治療法

【卵管閉塞】 卵管閉塞という疾患をご存じでしょうか?卵管(子宮と卵巣を繋ぐ細い管)に卵胞由来のコラーゲンが蓄積、卵管腔が閉塞することで、精子が受精場所まで辿り着けなかったり、受精卵が子宮に降りなかったりするため不妊となります。卵管閉塞が不受胎の原因であることは古くから知られていましたが、馬は他動物種と比べて卵管子宮結合部(卵管乳頭)の平滑筋が発達していることから極めて狭く、子宮側から卵管にアプローチできないため、今日でも明確な診断方法が確立されていません。そのため、研究論文では「卵管閉塞の馬」ではなく「○年間原因不明の不受胎が続く馬」と表現されています。治療法として、これまで全身麻酔下で開腹して卵管内腔を生理食塩水でフラッシュする方法(Zent,1993)や立位鎮静下で腹腔鏡を用いて卵管の外側に平滑筋運動を促すPGE2ゲルを塗布する方法(Allen,2006)が報告されてきましたが、いずれも手術を要することから我が国では定着しませんでした。

【新しい治療法】 そのような状況の中、2013年に井上獣医師(イノウエホースクリニック)が卵管通水法を発表しました。これは不可能と思われていた子宮側から卵管にアプローチする方法で、子宮内視鏡を用いて卵管乳頭に特殊なカテーテルを接着させて卵管腔に生理食塩水を通します。この手法は手術を要さないことから世界的に大きな注目を集めました。さらに2018年にはブラジルのグループがユニークな治療法を発表しました(Alvarenga,2018)。これは深部人工授精の技術を応用し、PGE1溶液3mlを子宮角深部に入れる(卵管乳頭にかける)というもので、22頭の原因不明不受胎馬のうち15頭が受胎したと報告されています(図1,2)。我が国でもすでにHBAの獣医師らが取り組んでおり、原因不明の不受胎馬6頭のうち5頭が受胎したというとても良い成績を報告しています(水口,2020)。この手技は、手術はおろか内視鏡も不要であるため、臨床現場での応用性が大きく高まったと言えます。一方、本手法では卵管の通過性を確認できません。井上獣医師の方法は卵管乳頭を視認し、ポンプを推す手の感触で卵管の通過性を確認できますので、各検査法に一長一短があると言えます。

【治療対象馬】 手軽で新しい治療法が発表されたとは言え、不受胎牝馬に対して気軽に実施することは推奨されません。なぜなら、卵管閉塞は不受胎原因としては決してメジャーではないからです。仮に子宮内膜炎の馬に本治療を行った場合、効果がないばかりか、本手法の治療効果を低く見積もることになりますし、何より本当の不妊原因の診断・治療を遅らせてしまいます。まずは頸管や陰部の解剖学的異常、子宮内膜炎をはじめとする子宮疾患、排卵障害をはじめとする卵巣疾患など一般的な不妊原因を確認することが先決であり、基本的にはこれらの異常が否定された「原因不明の不受胎馬」が治療対象となります。

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図1 卵管乳頭への投与の模式図