ホームブレッド Feed

2024年9月25日 (水)

当歳馬の近位種子骨々折について

JRA日高育成牧場では、生産馬(JRAホームブレッド)を用いて様々な疾病の調査・研究を行ってきました。離断性骨軟骨症(OCD)や骨軟骨下嚢胞(SBC)などの発育期整形外科疾患(DOD)や喉頭片麻痺(LH:ノド鳴り)などの上気道疾患の発症状況と競走期への影響については、各種講習会を通じて競馬関係者の皆様にご紹介してきたところです。これらの疾病の発症状況を調べる中で、症状を示さない近位種子骨々折が離乳前の当歳馬に高頻度に発生していることが明らかになりました。今回は当歳馬に発生する近位種子骨々折についてご紹介していきたいと思います。

 

当歳馬の近位種子骨々折

 近位種子骨は球節の掌側(後側)に位置する骨であり、繋靭帯や種子骨靭帯と繋がることで球節を支える保定機能の構成要素として重要な役割を担っています。調教を実施する育成期や競走期のサラブレッドでは、球節が地面すれすれまで沈み込むこんだ際に、繋靭帯によって強く引っ張られることによって近位種子骨に大きな力がかかり、骨折を発症することがあります。育成期や競走期の馬に骨折が発生すると、球節の支持機能が損なわれるため、重度の跛行となるだけでなく、場合によっては競走能力を喪失することもあります。

 当歳馬の球節を生後直後から定期的にレントゲンを用いて検査したところ、生後1~3ヶ月齢の時期に近位種子骨々折が発生していました。しかしながら、これらの骨折は先ほど述べた育成期や競走期の馬に発生するものとは異なり、跛行などの症状を示さず定期検査によって偶然発見されたものでした。そのため、これらの当歳馬たちに対しては特に治療や休養を行わなくても、概ね1ヶ月程度で骨折線が消失して治癒することを確認しています(図1)。当歳馬において生後1~3ヶ月齢に多く発生しているのは、広い放牧地に放牧されて、母馬と一緒に放牧地を駈け回る時期であることと関係していると考えられます。また、跛行などの症状を示さない点については、当歳馬の体重が軽いため、骨折を発症しても球節の機能に大きな影響を与えないためであると思われます。

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図1 当歳馬に発生する種子骨々折

 

 それでは、当歳馬における近位種子骨々折はどの程度の頻度で発生しているのでしょうか。2014~2020年に生まれたJRAホームブレッド54頭(牡:25頭、牝:29頭)に対して調査を行ったところ、生後1~3ヶ月齢の間に四肢の中で1か所でも近位種子骨々折を発症していたのは25頭(46.3%)でした。性別ごとの発症率を比較したところ、牡(60%)は牝(34.5%)に比べて発症率が高いことが明らかになりました(図2)。この結果は、牡の方が活発に放牧地を駈け回っていることを示しているのかもしれません。このように、当歳馬においては症状を示さない近位種子骨々折が高頻度で発生していることがお分かりいただけたと思います。

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図2 性別ごとの近位種子骨々折の発症率

 

競走期への影響

 これまでご紹介してきたように、放牧を開始した当歳馬には近位種子骨々折が発生していますが、これらの骨折は競走期に何らかの影響を与えるのでしょうか。先ほど調査したJRAホームブレッドを対象に、競馬への出走率を比較したところ、当歳時に近位種子骨々折を発症した群(80%)と発症していない群(82.8%)との間に大きな出走率の違いは認められませんでした(図3)。また、競走期の出走回数や獲得賞金についても比較を行いましたが、これらについても大きな差は認められませんでした。これらの結果から、当歳馬に発生する症状を示さない近位種子骨々折は、競走期に大きな影響を与えることはないと言えそうです。

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図3 近位種子骨々折の有無による出走率

 

近位種子骨々折の予防

 当歳期の近位種子骨々折は競走期への影響は大きくないことを示しましたが、発症しないのであればそれに越したことはありません。骨折を予防するためにはどのようなことを実施する必要があるのでしょうか。骨折を発症する要因の1つとして、広い放牧地を駈け回ることが考えられます。特に、母馬が広い放牧地に放たれて全速力で走り回った際に、子馬が必死に付いていくことによって種子骨に大きな力がかかることで骨折が発症していると思われます。実際に、初めて広い放牧地に放す際に母馬に鎮静処置を実施した年は、当歳馬の近位種子骨々折の発症率が低い結果となりました(図4)。この結果から、当歳馬の近位種子骨々折を防ぐためには、放牧地を走り回らない対策を講じることが重要であると思われます。しかしながら、生産牧場においては、母馬に気軽に鎮静処置を実施することは難しいと考えられます。そこで、広い放牧地を使う際には段階的に広い放牧地に移していくことや同じ管理をしてきた母馬同士を一緒に広い放牧地に移すといった対策を実施するのが良いと考えられます。

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図4 年ごとの近位種子骨々折の発症率

2024年5月14日 (火)

寒さとお産の関係性

競走馬の繁殖シーズン真っ只中の4月、生産牧場の皆様は寝不足の日々を過ごされているかと思います。筆者の勤めるJRA日高育成牧場でもまだお産を控えた繁殖牝馬がおり、気を引き締めて準備をしているところです。

 生産牧場の皆様はご存知のとおり、馬の妊娠期間は340日前後と言われています。前の年に種付けし受胎確認ができた際、「分娩予定日」が計算によって決まります。すなわち、種付け日または排卵確認日から起算して340日後が「分娩予定日」と定められ、その日が近くなってくると警戒態勢が敷かれるわけです。JRA日高育成牧場では、種付け翌日に直腸検査で排卵確認を行うので、排卵確認日を妊娠0日目として分娩予定日を計算しています。

この分娩予定日は大まかな目安にはなりますが、実際には馬の正常な妊娠期間は320~360日とレンジが大きく、分娩予定日からずれることがほとんどです。ちなみに320日未満の場合は早産と見なされ、未熟子のリスクがあると一般的には言われています。

 筆者は英国の牧場での研修期間中、夜間の分娩兆候を監視する仕事(ナイトチェック)を経験しました。ちょうどその牧場では、予定日を過ぎても生まれない馬が例年よりも多くおり、いつ生まれるのかやきもきしながら監視をした記憶があります。その時に同僚達から、「今年の冬は寒いから分娩が遅れている」という話を聞きました。「寒い=気温が低いと分娩が遅くなる」、これは同様に日本の生産地でも一般的に考えられている事象であると思います。この原因は、馬は日照時間が長い時期に繁殖を行う「長日繁殖動物」であることから、日が短く気温がまだ低い1月、2月には分娩が起こりづらいという考えや、気温が低いと体熱産生に母馬のエネルギーが奪われることで、胎子への栄養供給が少なくなり、胎子の成熟が遅れることが原因であるという説などがあります。

 実際のところはどうなのでしょうか?過去の海外の報告をいくつか調べてみると、例外もありますが通説と同様「寒い時期は分娩が遅くなる」という結果が多く見られました。そこでJRA日高育成牧場で生産してきたホームブレッド108頭のデータを用い、2月~5月生まれの馬における妊娠期間の長さを、生まれ月ごとに解析してみました。その結果は表の通りで、生まれ月によって差はないことがわかりました(表1)。さらに、出生時の子馬の馬体重についても生まれ月毎に調べてみたところ、これも生まれ月による差はありませんでした(表2)。つまり、分娩時が寒い時期か暖かくなってからかに関わらず、胎子は同じくらい成長し、同じくらいの妊娠期間で生まれてくるという結果となりました。

 また、そもそも妊娠期間の長さによって子馬のサイズに違いはあるのでしょうか?これについてもJRA日高育成牧場のデータを調べてみました。上記と同じデータを使用して分析したところ、妊娠期間は318日から363日まで(平均341.8日)、体重も29kg(母馬が重篤な蹄葉炎に罹患した例)から66kgまで(平均53.3kg)と幅広かったのですが、両者に相関関係は認められませんでした(図1)。

 今回の結果はJRA日高育成牧場のデータのみのため、全ての分娩に当てはまらないかもしれませんが、分娩が遅れる原因は気温の低さではなく、まだ胎子が生まれてくる準備をしているだけなのかもしれません。分娩3か月程前から胎子は急激に成長することが分かっており、母馬が必要とするエネルギー量も増加します(図2)。JRA日高育成牧場では、この時期に妊娠馬への増し飼い(燕麦換算で約2㎏)を推奨しており、BCS(ボディコンディションスコア)を確認することで母馬の栄養状態をこまめにチェックし、胎子の正常な成長をサポートしています。分娩が遅れていると心配になってしまいますが、これらの準備をした上で元気な子馬が生まれるのを待ちましょう。

Photo_5 図1 Photo_6 図2

Photo_7 表1(左) 表2(右)

2023年10月17日 (火)

BUセールの個体情報開示について

馬事通信「強い馬づくり最前線」第305号

 JRAブリーズアップセール(以下BUセール)では、購買者の皆様が安心してセリに参加していただくために、病歴、体測値、飼養管理および調教内容等の個体情報をオンラインでおよび冊子(図1)で公開しています。開示している個体情報は、①体高、胸囲、管囲、馬体重、②病歴、③レポジトリー検査所見、④最近の調教状況、⑤その他の開示事項になります。今回はこれら個体情報のうち、「レポジトリー検査所見」について紹介いたします。

 

検査所見をもとにした上場馬選定

 JRA育成馬をBUセールに上場する過程では、怪我や運動器疾患の発症等、順調に調教が進まないことや、調教中に異常呼吸音を聴取することも少なくありません。JRAでは抽選馬の時代から、これらの症例に対する検査データを蓄積して、育成期における下肢部X線所見や上気道内視鏡所見と競走期における疾病発症や競走成績との関連について調査・研究を継続しています。そして、これらの成績をもとに、BUセール前の3月に実施した上気道内視鏡検査や下肢部レントゲン検査等のレポジトリー検査所見を評価し、セール売却後の調教および出走に差し支えないと判断した馬を上場することとしています。

 

上気道内視鏡検査

 上気道内視鏡検査では喉頭片麻痺(LH)、軟口蓋背方変位(DDSP)、喉頭蓋の異常(AE)についてグレード分けをしています。特に、LHのグレードが高い馬で競走能力に影響を及ぼす可能性があります。そのため、グレードⅢa以上の馬および喘鳴音が聴取された馬については運動時内視鏡検査(OGE)を実施し、その検査映像についても公開しています。OGEでは走行中の喉の状態が確認できるため、安静時内視鏡検査よりも高い精度で競走能力への影響の評価が可能となります。

 

下肢部レントゲン検査

 レントゲン検査では、両前肢の近位種子骨の評価、腕節の骨端線、その他疾患の画像を提示しています。さらに近年は大腿骨のボーンシストの評価をグレード1~4で評価しています(図2)。大腿骨内側顆は運動時に荷重がかかる部分となり、軟骨下骨嚢胞の好発部位となります。大小さまざまな所見がみられ、大きな骨嚢胞を有する場合は、しばしば跛行の原因となることが知られています。当場においても過去7年間調査したところ、グレード1と2については無症状でしたが、グレード3の馬の37.5%、グレード4の馬の75%が育成期に跛行を呈しています(図3)。その他にも育成期に発見されたOCD(離断性骨軟骨症)や陳旧性骨折などの存在についても全て記載していますが、腫脹や跛行等の臨床症状がない場合には、競走成績に及ぼす影響は極めて低いことが知られています。

 BUセールでは、セール前日に「個体情報冊子」を配布するとともに、中山競馬場に「情報開示室(レポジトリールーム)」を開設いたします。また、同様の情報はオンライン(JRA育成馬サイト、JBISホームページ内、特設サイト)上でも閲覧可能ですので、ご利用下さい。なお、情報開示室には獣医職員を配置いたしますので、画像の見方や獣医学的判断についてご相談いただくことが可能です。

 私たちは、購買者の皆様にとって「わかりやすく透明性のあるセリ」を目指して参りたいと考えています。

 

最後に

 本年の上場馬名簿(図4)はブラックタイプの文字を例年よりも大きくするとともに、ブラックタイプと立ち姿写真を見開きページでご覧いただけるように改良しましたので、是非、お手に取ってご覧いただければと思います。

 

日高育成牧場 業務課  久米紘一

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図1:2022年BU上場馬の個体情報

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図2:大腿骨内側顆軟骨下骨嚢胞(SBC)所見のグレーディング


3_2 図3:SBCグレード別跛行馬の割合(過去7年間)

4図4:ブラックタイプと立ち姿写真を見開きページでご覧いただける上場馬名簿

2023年1月 6日 (金)

良質な初乳を給与するためのポイント

 12月となり、そろそろ来年の分娩の準備に取り掛かる時期になっていることと思います。出生後の子馬に対して、生産者のみなさんがもっとも心配していらっしゃることの一つは、良質な初乳を給与できるかどうかということかと思います。初乳は出生直後の子馬が得られる唯一の抗体供給源であり、上手く獲得できなかった場合には感染症にかかるリスクが非常に高くなります。そのため、如何にして良質な初乳を得ることができるかが、子馬の健康な発育には不可欠と言えます。今回は、良質な初乳を給与するためのポイントについて、ご紹介していきたいと思います。

 

分娩前の妊娠馬への対応

 良質な初乳を得るための作業は、分娩前の妊娠後期から始まっています。その一つが妊娠馬に対するワクチン接種になります。多くの生産者の方は、インフルエンザや破傷風といったサラブレッドに基本的に接種しているワクチンに加え、妊娠馬に対しては流産予防を目的とした馬鼻肺炎ワクチンを接種していることかと思います。馬鼻肺炎ワクチンは、流産の発生する妊娠後期に最も効果を高めるため、妊娠7~9か月齢の間に接種することが推奨されています。JRA日高育成牧場では、上記の期間に生ワクチンを2回接種しています。このワクチン接種は流産予防が第一の目的ですが、ここで作られた抗体が初乳から子馬に移行することで、子馬が馬鼻肺炎に感染することを防ぐことにも役立っています。さらに良質な初乳を作るためには、初乳への抗体が作られる分娩1か月前までに馬インフルエンザ、破傷風およびロタウイルスなどのワクチンを接種することが望まれます。特に、出生後の子馬に重篤な下痢を発生させるロタウイルス感染症を予防するためには、母馬にロタウイルスワクチンを接種しておくことが非常に重要となります。JRA日高育成牧場では、ロタウイルスワクチンの1本目(基礎)を分娩2か月前に、その2本目(補強)および馬インフルエンザワクチンと破傷風ワクチンを分娩1か月前に接種しています。

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図1 妊娠馬に接種するワクチンの種類と推奨される接種時期

 また、妊娠馬は遅くとも分娩1か月前までに分娩を行う厩舎に移動することが推奨されています。これは、分娩を行う厩舎の環境に慣らすことで、落ち着いた状態で分娩させることのみならず、分娩厩舎の環境中に存在する細菌やウイルスに接触させることで、それらに対する抗体を作らせることも目的にしています。その結果、生まれた子馬は環境中の細菌やウイルスに対する抗体を含んだ初乳を飲むことになり、病気にかかりにくくなると考えられます。この考え方に基づくと、分娩前には分娩を行う馬房だけでなく、出生後の子馬を放すパドックや放牧地などにも母馬を放しておくことが重要となります。JRA日高育成牧場では、分娩1か月前になった段階で、インドアパドックや小さい放牧地に妊娠馬を最低1日以上放すことを行っています。

 

初乳の品質と繁殖牝馬の状態との関係

 繁殖牝馬が無事に分娩を終えた直後には、初乳の品質を調べることが推奨されています。糖度計を用いて初乳の糖度(Brix値)を測定し、この値によって初乳の品質を判断することになります。これは、Brix値が初乳に含まれる抗体量(IgG量)に比例することが知られているからであり、表1のようにBrix値で初乳の品質を判断することができます。JRA日高育成牧場で過去5年間に発生した分娩時の初乳Brix値を調べたところ、すべての初乳の品質が「Very good」 (36%)または「Good」(64%)という結果でした。この結果から、JRA日高育成牧場では十分な品質の初乳を得られる飼養管理ができていることが示唆されます。Brix値が低くなる要因として、分娩前に乳房から乳汁が漏れ出る“漏乳”が知られています。そこで、「Very good」と「Good」の品質の初乳において、それぞれ漏乳が起きていた割合を調べたところ、「Very good」では6.7%であったのに対し、「Good」では22.2%と高い結果となっていました(図2)。漏乳が発生した妊娠馬に対しては、初乳のBrix値が低くなっている可能性を踏まえた対策を考えておく必要がありそうです。

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表1 Brix値による初乳の品質の評価

 

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図2 初乳の品質ごとの漏乳の発生割合

 また、良質な初乳を得るためには、栄養面でも適切な飼養管理を行うことが重要であると考えられます。繁殖牝馬の栄養状態の判断は、馬体への脂肪の付き具合を数値化したボディコンディションスコア(BCS)を用いて評価する方法が推奨されています。一般的には、BCSが高く(栄養状態が高く)なるにつれて、初乳Brix値も高くなると考えられがちですが、日高育成牧場において分娩前3か月間の平均BCSと初乳Brix値との関係について調べた調査結果(図3)では、BCSが高くなるにつれて、初乳Brix値が低くなる傾向、つまり、弱い負の相関が認めらました(相関係数-0.29)。この結果からは、太りすぎの馬の初乳Brix値が低くなる可能性が示唆されましたが、これはBCSの高い馬は乳量が多いことから、IgG(抗体)濃度が希釈されたためであり、総IgG(抗体)濃度が低いということではないと推測されます。この結果からは、少なくとも標準的な脂肪の付き具合であるBCSが5以上あれば、十分な品質の初乳が得られるものと考えられます。一方、分娩後の母馬の管理等を考慮すると、分娩前にはBCSが6となるように管理することが推奨されます。

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図3 分娩前3か月平均BCSと初乳Brix値の関係

 良質な初乳が得られたとしても、子馬に抗体が移行していなければ意味がありません。子馬が十分量の抗体を摂取できているかを調べるために、生後11~14時間の子馬に対して採血を行い、血中IgG量を測定することが推奨されています。子馬の血中IgG濃度と初乳Brix値の関係を調べた結果が図4となります。初乳Brix値が高くなるほど、子馬の血中IgG濃度も高くなる正の相関関係が認められました(相関係数0.46)。この結果から、やはり初乳Brix値が低い場合には、子馬が十分量の抗体を獲得できていない可能性が高くなると言えそうです。

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図4 子馬血中IgG濃度と初乳Brix値の関係

良質な初乳が得られない時には?

これまでお話してきたように、適切な飼養管理を行ってきたとしても、良質な初乳が得られない状況がどうしても発生してしまいます。そのような状況への対策として、凍結された良質な保存初乳を準備しておくことが挙げられます。一般的に、Brix値が20%以上であり、初産ではなく、乳量の多い(乳房の大きい)繁殖牝馬から、300ml程度の初乳を採取して冷凍保存(-20℃で2年程度)しておくことが推奨されています。JRA日高育成牧場でも、過去に得た保存初乳をストックしており、母馬の初乳のBrix値が低い場合や子馬の血中IgG濃度が低い場合に、積極的に活用しています。保存初乳の投与には注意点があり、生後24時間以内に投与しなければなりません。これは、子馬の腸管が生後24時間経過すると構造が変化し、初乳に含まれる抗体を吸収できなくなるためです。このように、保存初乳は生後直後に必要となることから、一定数をストックしておくことがとても重要だと考えられます。

 また、残念ながら保存初乳がない場合や生後24時間以上経過している場合には、血漿輸血を行うという方法もあります。これは母馬やユニバーサルドナー(供血馬)から採血を行い、その中の血漿成分(抗体が含まれる部分)を子馬に輸血することで、子馬に十分な抗体を移行させる方法になります。特に、ユニバーサルドナーは輸血後の拒絶反応のリスクが低い馬であり、母馬よりも安全に輸血を行うことができます。JRA日高育成牧場にはユニバーサルドナーが繋養されておりますので、牧場の担当獣医師の方の判断で血漿輸血が必要な場合にはご相談ください。

JRA日高育成牧場 専門役(生産担当) 岩本洋平

2022年12月 6日 (火)

強い馬づくりのための生産育成技術講座資料 ③JRAホームブレッド生産のまとめ

こちらよりダウンロードしてください

JRAホームブレッド生産のまとめ.pdfをダウンロード

2022年9月30日 (金)

JRAホームブレッドのまとめ

 JRAは2009年よりJRAホームブレッドとして自家生産馬を生産してまいりました。2022年までに通算で100頭を超えるサラブレッドを生産してきましたので、今回は生産を通じて得られた各種知見について、ご紹介していきたいと思います。

JRAホームブレッドの受胎率

 2022年現在までに100頭以上のJRAホームブレッドが生産されてきました。それらの受胎に関する詳細をまとめたのが表1となります。これまでに交配牝馬頭数は143頭にのぼり、それらの馬に対して198回の交配が行われました。受胎頭数は125頭であり、分娩頭数は108頭となっています。これらの数値を用いて受胎率や分娩率を算出しますが、受胎頭数を交配回数で割ったものが1交配当たりの受胎率、受胎頭数を交配牝馬頭数で割ったものを交配牝馬頭数当たり、つまり繁殖シーズン当たりの受胎率と呼んでいます。1交配当たりの受胎率は、交配適期を逃さずに交配できたことを示していると考えられ、適切な交配判断の指標になると思われます。また、繁殖シーズン当たりの受胎率については、繁殖シーズンを通して繁殖牝馬を受胎させる状態で管理できたことを示しており、適切な飼養管理ができていたかを示す指標になると思います。JRAホームブレッドの1交配当たりの受胎率と分娩率は、それぞれ63.1%と54.5%でした。一方、繁殖シーズン当たりの受胎率と分娩率は、それぞれ87.4%と75.5%という結果になっています。1997年から2017年までの日本で生産されたサラブレッドの分娩率についての報告によると、1交配当たりの分娩率は40~43%、繁殖シーズン当たりの分娩率は70~75%という結果が報告されています(Fawcett, 2021)。この結果と比較すると、JRAホームブレッドの分娩率は日本の平均と同等かそれ以上ということができると思われます。特に、1交配当たりの分娩率が平均を上回っていた点については、繁殖牝馬の年齢が若いことに加え、適切に交配判断ができていることが要因と考えられます。

表1 JRAホームブレッドの受胎率と分娩率

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受胎から出産まで

 先ほどの表1で示したように、受胎した馬がすべて無事に生まれてくるわけではありません。表2は、受胎してから出産までに胎子が失われた内訳を示しています。受胎馬は122頭であり、その中で、早期胚死滅や流産、死産が発生して出産まで至らなかった割合は11.5%でした。この胎子喪失率については、13.8%【イギリス】(Rose, 2018)、14.7%【日高地方】(Miyakoshi, 2012)などの報告があることから、JRAホームブレッドの胎子喪失率は平均より低く、その要因は繁殖牝馬の年齢構成と適切な飼養管理の結果と思われます。胎子損失の原因の中で、その半数が胎齢約40日以内の喪失として定義される早期胚死滅が占めていました。胎子の喪失の中で、胎齢39日までの発生が55%、胎齢49日までの発生が75%を占めるという報告もあります(Bain, 1969)。これらの事実からも、早期胚死滅を防ぐ管理を行っていくことが、胎子損失率を低下させるためには非常に重要であることが示唆されます。早期胚死滅の発生率は加齢と共に上昇することが知られています(Miyakoshi, 2012)。このことから、繁殖成績(産駒の競走成績)の芳しくない高齢の繁殖牝馬は、更新することを検討すべきかもしれません。

表2 胎子喪失の内訳

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子馬の出生時体重

 多くの生産者の方にとって、子馬の出生時体重は気になる要素であると思います。出生時体重が小さいと成長に不安が残りますし、逆に大きな産駒であっても難産の発生要因となる可能性があります。JRAホームブレッドの出生時平均体重は53.3±6.5kgであり、最大値は66kg、最小値は29kgでした。最小体重で生まれた子馬は、母馬が慢性的な蹄葉炎を患っていたために虚弱状態で生まれました。乳母により育てられることになりましたが、最終的には競走馬になっています。

 一般的に、初産の繁殖牝馬から生まれた子馬は小さいことが知られています。繁殖牝馬の産歴と子馬の出生時体重の関係を示したものが、表3となります。初産の平均出生時体重は45.8±5.4kgであり、全体の平均よりも小さい値になっていることに加え、2産目以降の平均出生時体重との比較でも有意に小さい値となっていました。このように初産の子馬が小さくなる要因としては、出産を経験していない繁殖牝馬では子宮が小さく、胎子が子宮内で発育するための領域が十分ではないためだと考えられています。一方で、競走馬となった時の体重は両親の体格といった遺伝的要因の影響も大きく受けますので、初産で小さく生まれた子馬に対しても増体を目的とした極端な管理は行わずに、適切な飼養管理を心掛けることが重要であると思われます。

表3 繁殖牝馬の産歴と出生時体重の関係

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ブリーズアップセール上場率

 表4は、2022年のブリーズアップセール(以下BUセール)で売却された世代までの受胎からBUセール上場までの内訳を示しています。これまで12世代で101頭の受胎馬がいましたが、BUセールに上場できたのは70頭であり、約30%がBUセールに上場できなかったことになります。欠場の理由は様々ですが、育成期に発症が多い深管骨瘤に代表される運動器疾患が大多数を占めています。

 BUセール欠場馬19頭のうち、北海道トレーニングセールにおいて6頭を売却しています。JRA育成馬という特性上、それ以降に売却する手段がないため、それ以外の馬については競走馬となることは叶いませんでした。その結果、JRAホームブレッドの出走割合は約75%にとどまっており、日本における生産馬に対する出走馬の割合の約90%と比較して低値になっています。今後はいかにBUセール上場時に調教を行える状態を維持できるかについて、さらなる調査・研究が望まれます。

表4 受胎からBUセール上場までの内訳

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終わりに

 JRAホームブレッドは、生産育成研究の対象として活用され、乳汁pHを用いた分娩予知法の開発や厳冬期の昼夜放牧管理方法の検討などに役立ってきました。今後も、生産地のみなさまに還元できるような知見を得るために、生産育成業務に励んでいきたいと思います。

日高育成牧場専門役(生産担当) 岩本洋平

2021年11月22日 (月)

競走馬の長距離輸送について

 国内における馬の輸送は、周知のとおり主に馬運車というトラックで行われます。競馬開催のためや近隣の種馬場までの輸送なら数時間程度ですが、休養のために本州から北海道の牧場まで輸送するなど、長時間の輸送が必要な場合もあります。このような場合に、馬の健康を害さないように輸送するためにはどのようなことに気を付けるべきなのでしょうか。

輸送後に頻発する発熱(輸送熱)に注意

 輸送に際して最も問題となるのは輸送熱です。輸送熱は輸送のストレスなどが引き金となって起こる発熱で、細菌感染が重症化すると肺炎を起こす極めて注意が必要な疾患です。輸送熱の主な病原菌は、馬の気道に常在している(常にいる)細菌であることが知られており、輸送による疲労やストレスにより馬の免疫機能が低下することで、感染が成立して発症すると考えられています。また、誘因の一つとして、輸送中に排出された糞尿による空気の汚染も挙げられます。馬運車内の空気中に糞尿由来のアンモニアなどが充満すると、普段問題とならない細菌に感染しやすくなってしまうのです。

 過去の調査により、輸送が20時間以上かかると輸送熱の発症率が大幅に上昇することが分かっています。これを予防するために、輸送前の抗生剤投与などが行われ、大きな成果が出ています。一方で、抗生剤の副作用で腸内細菌が悪影響を受ける可能性があり、これが一因と疑われる腸炎の発生も確認されています。

 JRAの育成部門では、毎年北海道の1歳セリで購買した馬をJRA宮崎育成牧場まで、所要時間にしておよそ40時間以上かかる輸送を行っています。この環境を利用し、抗生剤投与以外の方法で、いかに輸送熱を予防するかを目的とした研究を行ってきました。そこから得られた知見をいくつかご紹介いたします。

※現在は中継地点で1泊休憩を入れるスケジュールで輸送しています

車内環境を整える

 馬運車内の空気中の細菌やアンモニアなどの有害物質を除去する目的で、次亜塩素酸水の噴霧を行う実験をしました。次亜塩素酸水は近年の新型コロナウイルス対策で手の消毒などにも用いられている消毒薬です。その結果、次亜塩素酸水を噴霧した馬運車では、空気中のアンモニア濃度と細菌数が減少することがわかりました(写真1)。また、輸送後の鼻腔スワブ(鼻の中の拭い液)にいる細菌の数も噴霧群のほうが少なかったことから、空気をきれいにすることは輸送熱の予防に有効であると考えられました。消毒薬を使用しなかったとしても、馬運車内の換気を十分にし、新鮮な空気に入れ替えることが重要だと思われます。

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 写真1:空気中の細菌数は次亜塩素酸水噴霧群の方が対照群よりも少なくなった

中継地点での休憩は効果あり

 輸送中の馬は、揺れるトラックの荷台に繋がれ、立ったまま過ごします(写真2)。そのため、肉体的な疲労や精神的ストレスにさらされ、非常に過酷な状況であるといえます。そこで、北海道から宮崎までの中間地点で馬を下ろし、馬房内で一晩休ませた時の反応を調べました。ストレスがかかると上昇する指標である、血中コルチゾール濃度を調べたところ、休憩の前後でコルチゾール濃度は明らかに下がり、ストレスが軽減していることがわかりました。また、血中の免疫細胞の数も休憩前後で増加したことから(図1)、輸送熱の原因菌への抵抗力が上がり、感染症にかかりにくくなる効果もあると考えられました。

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写真2:輸送中の馬は立ったまま馬運車に揺られている

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図1:休憩前後で免疫細胞数は増加した

 以上のように、輸送中の車内環境を改善すること、そして馬の疲労やストレスを軽減することは健康な状態で馬を輸送するために重要なことであると言えます。先ほどの例のように、日本を縦断するほどの長時間輸送をする機会は少ないかもしれませんが、長い時間輸送する場合にはできるだけ疾病リスクを下げられるよう心がけましょう。

日高育成牧場 業務課 竹部直矢

2021年10月 5日 (火)

JRAホームブレッドの馴致

 今回は、日高育成牧場でJRAホームブレッドに対して行っている馴致について、中でも特に1歳秋にブレーキングを行う前までの当歳から1歳夏にかけての馴致の内容についてご紹介したいと思います。

母子の引き馬

 引き馬の躾は生後翌日から開始します。日高育成牧場では一人で母子を保持するやり方を行っています。将来的に「子馬を左側から引く」ことを教えるため、位置関係は「人の左に母馬、右に子馬」としています(図1)。左手で母馬のリード(引き綱)を保持し、右手で子馬の左側から頚をかかえるようにします。このようにして子馬の左肩の位置に人がいる「引き馬の位置関係」を教えます。特に生後2ヶ月までの間は、頚部へのダメージを防止するため、子馬にはリードを使用しません。

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図1. 人の左に母馬、右に子馬の位置で母子を引く

駐立の練習

 将来的に検査者の前で馬の左側を向けた左表(ひだりおもて)で四肢が重ならないように立たせることができるように、写真撮影などの機会を通して駐立の練習を行っています(図2)。最初は前後に人が立ち、プレッシャーとその解除により前進後退を行いながら、馬を人に集中させます。まず軸肢(左前肢と右後肢)の位置を決めます。左前管部を地面に対して垂直にし、軸を動かさないまま馬を前後に動かして右前肢と左後肢の位置を決めます。馬の立ち位置が決まったら保持者は後退し、リードを緩めます。馬の接近および前傾姿勢を回避するため、後退する前に人馬の距離を保持するためのプレッシャーをかけます。周囲に人がいない状況できちんと駐立できるようになったら、場内見学バスツアーなどの機会を通して人に囲まれている場面でも同じことができるように慣らしていきます。

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図2 写真撮影を通して駐立の練習をする

離乳後の馴致

 離乳後は母馬の存在がなくなるため、子馬が精神的に不安定になります。人間が子馬のリーダーであることを再認識させるとともに、人馬の1対1の関係を強化する上で大切な時期となります。集放牧の際に前の馬と一定の距離をとって歩かせることで、周囲に他の馬の姿が見えなくなっても鳴かない馬を作ることができます。また、ビニールシートを通過させるなどの機会を設け、人が課題(ビニールシートの通過)を与えてプレッシャー・オンの状態にし(リードを引く)、それに従えばプレッシャーはオフになる(リードは緩められる)ということを繰り返すことで人の指示に従うことを教え(図3)、人馬の1対1の関係を強化することができます。

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図3 ビニールシートを通過させることで人の指示に従うことを教える

“インディペンデント”な馬を作る

 馴致を通して、騎乗せずに「人が馬のリーダーとなること」や「人馬の信頼関係」を教えることが可能です。このため、集放牧を躾の機会と捉えて、普段からこれらを意識した引き馬を繰り返し実施することが重要です。子馬の引き馬で重要なことは、「人の指示に従って歩くこと」と「子馬自身のバランスで歩くこと」の2点です。「自身のバランス」とは、子馬が歩く際に「引っ張られたり、押されたりしない」状態であり、人間の指示に従った上で馬自らが意思を持って歩くということです。言わば“インディペンデント(独立した、他に頼らない)”な馬を作るということで、このことができていればブレーキングが始まった後、非常にスムーズに調教を進めることができます。

 日高育成牧場では、以上のような点を心掛けて日々ホームブレッドの馴致を行っています。今回の記事が、皆さんの愛馬の管理に少しでも参考になりましたら幸いです。

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

2021年9月22日 (水)

当歳馬へのローソニアワクチン投与について

 本年も当歳馬を離乳する時期となりましたが、離乳は子馬にとって非常に大きなストレスのかかる出来事です。生産者のみなさまは、いかに離乳によるストレスを軽減して、子馬を無事に育てていけるかを考えていることかと思います。離乳後の当歳馬に頻発して成長を阻害してしまう病気として、ローソニア感染症をご存じの方も多いと思います。今回は、ローソニア感染症を予防するためのワクチン投与方法について、最近の知見を交えながらご紹介していきたいと思います。

経済的損実を伴う当歳馬のローソニア感染症

 ローソニア感染症は、Lawsonia intracellularisという細菌の感染によって引き起こされる病気です。小腸の粘膜細胞内で増殖して下痢などの腸炎症状を起こすことから、馬増殖性腸症とも呼ばれています。腸管粘膜の細胞が異常に増殖して栄養の吸収に障害が生じることから、短期間で体重が減少して削痩してしまうことが大きな問題となります。下痢が主な症状の一つですが、症状として示さない場合もあり、そのような場合は発見が遅れてしまい、回復までに時間がかかってしまう場合もあります。したがって、本病が最も頻発する離乳後の当歳馬に、元気消沈や体重減少、低たんぱく血症に由来する浮腫(むくみ)などの臨床症状を認めた場合には、すぐさま獣医師に相談して早期発見・早期治療をすることが重要になります。

 発症が認められた場合であっても、テトラサイクリン系やマクロライド系の抗生剤を用いて適切に治療を行えば、予後は良いと言われています。しかしながら、重篤な症例においては、長期間(数週間)の投薬により多大な治療費がかかることがあります。また、治療に成功したとしても、減少した体重が元に戻るまでには数か月を要することもあり、感染した当歳馬が1歳馬になった時点でも影響が残ることが考えられます。アメリカで行われた調査では、同じ種牡馬の産駒をローソニアに感染した馬と感染していない馬に分け、1歳セリでの売却価格を比較したところ、感染した馬の価格が有意に低かったことが報告されています。このように、ローソニア感染症に当歳馬がかかると、多くの点で経済的な損失を被ることになります。

菌の侵入防止が困難

 発症を防ぐためには、原因菌の侵入を防ぐことが求められます。パコマやビルコンといった軽種馬産業で一般的に用いられている消毒薬は有効ですので、発症馬が認められて厩舎を消毒する際には、積極的に使用することが勧められます。しかしながら、発症が認められた場合には、すでに同居馬の多くが症状を示さない状態で感染(不顕性感染)していることが知られており、厩舎内に菌が蔓延しているものと考えられます。保菌している馬は、最大で半年以上も菌を排出することが知られており、さらに排出された菌が糞中で2週間にわたって生存することも知られています。つまり、一度汚染されてしまった厩舎を清浄化するには多大な労力が必要となります。

 Lawsonia intracellularisは豚に感染することが良く知られているほか、ネズミ、ウサギ、シカといった野生動物にも感染することが知られています。最新の遺伝子解析の結果からは、馬に感染する菌は豚に感染する菌とは遺伝的に遠い系統である一方で、野生動物に由来する菌とは近い系統であることが判明しています。そのほか、ローソニア感染症の発生した農場において、捕まえたネズミの70%以上が保菌していたという調査結果もあります。以上のことから、馬のローソニア感染症においては、ネズミや野生動物が原因菌を媒介している可能性が考えられ、厩舎内への菌の侵入を防ぐことは非常に困難であると思われます。

ワクチン投与方法

 原因菌の侵入防止が困難であるローソニア感染症の予防のために、豚用弱毒生ワクチンが開発されており(写真1)、世界各国で使用されています。馬での使用方法は、当歳馬1頭に対して30mlを30日間隔で2回にわたり、経直腸(肛門から)で投与します(写真2)。投与時期は、離乳前に投与することが理想的ですが、寒くなった時期の寒冷ストレスでも発症することが知られていることから、当歳の秋までに投与を完了することが求められます。もしも発症馬が出た場合には、その厩舎全体が菌により汚染されることになりますので、厩舎内にいるすべての当歳馬に投与することが重要です。

 豚でのワクチン投与方法は経口(口から)による方法が承認されており、簡便さを考えると馬でも経口で投与を行いたいところです。しかし、海外での当歳馬を用いた経直腸と経口を比較した投与方法の検討結果によると、経直腸の免疫付与効果の方が高かったことが報告されています。さらに、JRAが1歳馬を用いた投与方法を比較した調査においても、同様に経直腸の免疫付与効果の方が高いという結果が得られています。

終わりに

 2009年に国内で初めて確認された馬のローソニア感染症は、現在でも多くの牧場で感染が続いています。発症馬に対する経済的損失が大きいことや汚染された厩舎を清浄化することが困難なことから、当歳馬に対するワクチン投与は非常に有効な対処法となります。現時点では、市販されているワクチンは馬では承認されていませんが、現在馬での承認を目指して研究が続けられています。今回の記事を参考にしてワクチン投与を行い、ローソニア感染症にかかる当歳馬が1頭でも少なくなることを願っています。

日高育成牧場 業務課 岩本洋平

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写真1 豚用弱毒生ワクチン

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写真2 当歳馬への経直腸投与の様子

2021年8月26日 (木)

子馬の肢蹄管理について

(馬事通信 強い馬づくり最前線  4月15日号掲載)

 いつになく早い桜の気配に心浮き立つ今日この頃ですが、馬産地は繁忙期真っ只中だと思います。そして、誕生した子馬の成長に目を見張る毎日ではありますが、生産者の方や装蹄師の方の心配の種になるのが子馬の肢勢や肢軸になると思います。そこで今回は子馬の成長に合わせた肢蹄管理についてご紹介させていただきます。

  • 誕生から1~3ヶ月齢
  1. 異常肢勢への対応

 馬は生まれてすぐに自分の肢で立つため、母親の胎内にいるときから、胎生角質と呼ばれるしっかりとした蹄を持っています。ただし、母親のお腹にいる間は胎内を傷つけないよう、蹄餅という白くて軟らかい角質に覆われています。この蹄餅は、生後数時間で乾燥や地面との摩擦などで剥がれ落ち、成馬と同じような蹄となります。この時期の子馬の肢蹄は発育、負重、歩様など、様々な要因により変化します。異常肢勢があった場合でも、成長とともに治癒することもありますが、重度の異常肢勢を放置してしまうと運動器疾患の発症要因となることもあります。このため、誕生直後より、蹄や肢勢・肢軸を注意深く観察し、異常肢勢などを早期発見することが大事です。異常が認められた場合は、装蹄師による蹄壁補修剤や矯正用のシューズやプレートを用いた肢勢・肢軸矯正、獣医師による薬の投与や重度の場合は外科手術が必要となります。

  1. 削蹄の開始

 削蹄は概ね誕生から1~3ヶ月を目安に開始します、間隔は3~4週間が基本的ですが、肢蹄の状態によっては時期を早めることもあります。また、この時期は胎生角質と新生角質と呼ばれる蹄角質が同時に存在しています。母胎で形成された胎生角質は負重など地面からの影響を受けていないのに対し、誕生してから生長した新生角質は負重など様々な影響を受けるため、その差異が、蹄壁の凹湾や不正蹄輪となって現れることがあります。そのような場合は蹄の状態を確認しながら、徐々に蹄鑢(テイロ。ヤスリのこと)などで胎生角質を削切し凹湾した蹄壁を修整します。削蹄の作業は馬が生きていく限り継続されるものであるため、肢挙げや装蹄師による保定の馴致はしっかりと行い子馬に恐怖感をもたせないことが重要です。

  • 4~6ヶ月齢
  1. 端蹄廻し

 離乳を始める時期になり子馬だけで放牧を始めると、元気に放牧地を走り回り、蹄壁欠損などを起こすことがあります。そのため、端蹄廻し(はづめまわし)を実施し、蹄壁欠損などを予防します。端蹄廻しとは、蹄壁の厚さ2分の1を目安として、蹄鑢で外縁を削り、蹄壁に対して45度の丸みをつけることです。牧場でも削蹄用の蹄鑢を常備し、軽度の蹄壁欠損を発見した際は装蹄師ではなくても、拡大を防ぐため端蹄廻しを行うことが良いと思います。

  1. 裏堀り

 放牧するため馬房にいる時間も減少し、放牧地の泥土が蹄に詰まりやすい時期でもあります。蹄底を不潔な状態で放置すると、蹄質が悪化し、蹄叉腐爛などの蹄病の発症原因となります。清潔な状態を保つためにはこまめな裏堀りが重要です。裏堀りの際には、蹄壁に触れることにより蹄の異常サインである帯熱を感知することができます。さらに、子馬の蹄を裏堀りの道具で叩いて軽く音を出し、衝撃を与えることでその後に実施する蹄鉄の装着(釘打ち)の馴致となります。

  • 7~10ヶ月齢
  1. 裂蹄(蹄角質部である蹄鞘の一部に亀裂が発生したもの)

 誕生から7~8ヶ月経過すると、秋から冬の寒い時期に差し掛かります。蹄が乾燥し固くなることもあるため、蹄底部などの裂蹄に注意が必要です。特に蹄底部の亀裂が深くなり、砂などが知覚部(角質の下の柔らかいところ)まで入り込んでしまうと炎症が発生し、跛行の原因となります。亀裂は削開して砂などを除去し、拡大を防ぎます(写真1)。

  1. 白帯病(白線裂とも呼ばれる。白帯が変質して崩壊し、蹄壁中層と蹄底部が剥離したもの)

 蹄の生長とともに、白帯病が発症し始める時期でもあります。この場合も剥離部が知覚部まで達すると跛行の原因となるため、亀裂が深くならないよう病変を早期発見し、削り取ってしまう必要があります(写真2)。

  1. 挫跖(蹄への圧迫や衝撃による知覚部の炎症)

 挫跖も多くなる時期ですので、この時期の子馬の蹄に関しては、蹄負面を注意深く観察し、蹄病の予防や悪化を防ぐこと、歩様や蹄の熱感・球節部の指動脈の拍動亢進などに留意することが重要となります。

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写真1 赤丸は蹄底裂。裂部を削開し砂を除去した。

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写真2 赤丸は白帯病。削蹄し病変を削り取った。

・最後に

 子馬の肢蹄管理は装蹄師による定期的な装削蹄だけでは限度があり、牧場での日常的な管理が必要不可欠です。また、肢蹄の異常などを発見した場合は速やかに担当の装蹄師や獣医師に相談して、健全な肢蹄の発育を心掛けましょう。

日高育成牧場業務課 装蹄師 津田佳典