ホームブレッド Feed

2023年10月17日 (火)

BUセールの個体情報開示について

馬事通信「強い馬づくり最前線」第305号

 JRAブリーズアップセール(以下BUセール)では、購買者の皆様が安心してセリに参加していただくために、病歴、体測値、飼養管理および調教内容等の個体情報をオンラインでおよび冊子(図1)で公開しています。開示している個体情報は、①体高、胸囲、管囲、馬体重、②病歴、③レポジトリー検査所見、④最近の調教状況、⑤その他の開示事項になります。今回はこれら個体情報のうち、「レポジトリー検査所見」について紹介いたします。

 

検査所見をもとにした上場馬選定

 JRA育成馬をBUセールに上場する過程では、怪我や運動器疾患の発症等、順調に調教が進まないことや、調教中に異常呼吸音を聴取することも少なくありません。JRAでは抽選馬の時代から、これらの症例に対する検査データを蓄積して、育成期における下肢部X線所見や上気道内視鏡所見と競走期における疾病発症や競走成績との関連について調査・研究を継続しています。そして、これらの成績をもとに、BUセール前の3月に実施した上気道内視鏡検査や下肢部レントゲン検査等のレポジトリー検査所見を評価し、セール売却後の調教および出走に差し支えないと判断した馬を上場することとしています。

 

上気道内視鏡検査

 上気道内視鏡検査では喉頭片麻痺(LH)、軟口蓋背方変位(DDSP)、喉頭蓋の異常(AE)についてグレード分けをしています。特に、LHのグレードが高い馬で競走能力に影響を及ぼす可能性があります。そのため、グレードⅢa以上の馬および喘鳴音が聴取された馬については運動時内視鏡検査(OGE)を実施し、その検査映像についても公開しています。OGEでは走行中の喉の状態が確認できるため、安静時内視鏡検査よりも高い精度で競走能力への影響の評価が可能となります。

 

下肢部レントゲン検査

 レントゲン検査では、両前肢の近位種子骨の評価、腕節の骨端線、その他疾患の画像を提示しています。さらに近年は大腿骨のボーンシストの評価をグレード1~4で評価しています(図2)。大腿骨内側顆は運動時に荷重がかかる部分となり、軟骨下骨嚢胞の好発部位となります。大小さまざまな所見がみられ、大きな骨嚢胞を有する場合は、しばしば跛行の原因となることが知られています。当場においても過去7年間調査したところ、グレード1と2については無症状でしたが、グレード3の馬の37.5%、グレード4の馬の75%が育成期に跛行を呈しています(図3)。その他にも育成期に発見されたOCD(離断性骨軟骨症)や陳旧性骨折などの存在についても全て記載していますが、腫脹や跛行等の臨床症状がない場合には、競走成績に及ぼす影響は極めて低いことが知られています。

 BUセールでは、セール前日に「個体情報冊子」を配布するとともに、中山競馬場に「情報開示室(レポジトリールーム)」を開設いたします。また、同様の情報はオンライン(JRA育成馬サイト、JBISホームページ内、特設サイト)上でも閲覧可能ですので、ご利用下さい。なお、情報開示室には獣医職員を配置いたしますので、画像の見方や獣医学的判断についてご相談いただくことが可能です。

 私たちは、購買者の皆様にとって「わかりやすく透明性のあるセリ」を目指して参りたいと考えています。

 

最後に

 本年の上場馬名簿(図4)はブラックタイプの文字を例年よりも大きくするとともに、ブラックタイプと立ち姿写真を見開きページでご覧いただけるように改良しましたので、是非、お手に取ってご覧いただければと思います。

 

日高育成牧場 業務課  久米紘一

1_3

図1:2022年BU上場馬の個体情報

2_2

図2:大腿骨内側顆軟骨下骨嚢胞(SBC)所見のグレーディング


3_2 図3:SBCグレード別跛行馬の割合(過去7年間)

4図4:ブラックタイプと立ち姿写真を見開きページでご覧いただける上場馬名簿

2023年1月 6日 (金)

良質な初乳を給与するためのポイント

 12月となり、そろそろ来年の分娩の準備に取り掛かる時期になっていることと思います。出生後の子馬に対して、生産者のみなさんがもっとも心配していらっしゃることの一つは、良質な初乳を給与できるかどうかということかと思います。初乳は出生直後の子馬が得られる唯一の抗体供給源であり、上手く獲得できなかった場合には感染症にかかるリスクが非常に高くなります。そのため、如何にして良質な初乳を得ることができるかが、子馬の健康な発育には不可欠と言えます。今回は、良質な初乳を給与するためのポイントについて、ご紹介していきたいと思います。

 

分娩前の妊娠馬への対応

 良質な初乳を得るための作業は、分娩前の妊娠後期から始まっています。その一つが妊娠馬に対するワクチン接種になります。多くの生産者の方は、インフルエンザや破傷風といったサラブレッドに基本的に接種しているワクチンに加え、妊娠馬に対しては流産予防を目的とした馬鼻肺炎ワクチンを接種していることかと思います。馬鼻肺炎ワクチンは、流産の発生する妊娠後期に最も効果を高めるため、妊娠7~9か月齢の間に接種することが推奨されています。JRA日高育成牧場では、上記の期間に生ワクチンを2回接種しています。このワクチン接種は流産予防が第一の目的ですが、ここで作られた抗体が初乳から子馬に移行することで、子馬が馬鼻肺炎に感染することを防ぐことにも役立っています。さらに良質な初乳を作るためには、初乳への抗体が作られる分娩1か月前までに馬インフルエンザ、破傷風およびロタウイルスなどのワクチンを接種することが望まれます。特に、出生後の子馬に重篤な下痢を発生させるロタウイルス感染症を予防するためには、母馬にロタウイルスワクチンを接種しておくことが非常に重要となります。JRA日高育成牧場では、ロタウイルスワクチンの1本目(基礎)を分娩2か月前に、その2本目(補強)および馬インフルエンザワクチンと破傷風ワクチンを分娩1か月前に接種しています。

Photo

図1 妊娠馬に接種するワクチンの種類と推奨される接種時期

 また、妊娠馬は遅くとも分娩1か月前までに分娩を行う厩舎に移動することが推奨されています。これは、分娩を行う厩舎の環境に慣らすことで、落ち着いた状態で分娩させることのみならず、分娩厩舎の環境中に存在する細菌やウイルスに接触させることで、それらに対する抗体を作らせることも目的にしています。その結果、生まれた子馬は環境中の細菌やウイルスに対する抗体を含んだ初乳を飲むことになり、病気にかかりにくくなると考えられます。この考え方に基づくと、分娩前には分娩を行う馬房だけでなく、出生後の子馬を放すパドックや放牧地などにも母馬を放しておくことが重要となります。JRA日高育成牧場では、分娩1か月前になった段階で、インドアパドックや小さい放牧地に妊娠馬を最低1日以上放すことを行っています。

 

初乳の品質と繁殖牝馬の状態との関係

 繁殖牝馬が無事に分娩を終えた直後には、初乳の品質を調べることが推奨されています。糖度計を用いて初乳の糖度(Brix値)を測定し、この値によって初乳の品質を判断することになります。これは、Brix値が初乳に含まれる抗体量(IgG量)に比例することが知られているからであり、表1のようにBrix値で初乳の品質を判断することができます。JRA日高育成牧場で過去5年間に発生した分娩時の初乳Brix値を調べたところ、すべての初乳の品質が「Very good」 (36%)または「Good」(64%)という結果でした。この結果から、JRA日高育成牧場では十分な品質の初乳を得られる飼養管理ができていることが示唆されます。Brix値が低くなる要因として、分娩前に乳房から乳汁が漏れ出る“漏乳”が知られています。そこで、「Very good」と「Good」の品質の初乳において、それぞれ漏乳が起きていた割合を調べたところ、「Very good」では6.7%であったのに対し、「Good」では22.2%と高い結果となっていました(図2)。漏乳が発生した妊娠馬に対しては、初乳のBrix値が低くなっている可能性を踏まえた対策を考えておく必要がありそうです。

Photo_2

表1 Brix値による初乳の品質の評価

 

Photo_3

図2 初乳の品質ごとの漏乳の発生割合

 また、良質な初乳を得るためには、栄養面でも適切な飼養管理を行うことが重要であると考えられます。繁殖牝馬の栄養状態の判断は、馬体への脂肪の付き具合を数値化したボディコンディションスコア(BCS)を用いて評価する方法が推奨されています。一般的には、BCSが高く(栄養状態が高く)なるにつれて、初乳Brix値も高くなると考えられがちですが、日高育成牧場において分娩前3か月間の平均BCSと初乳Brix値との関係について調べた調査結果(図3)では、BCSが高くなるにつれて、初乳Brix値が低くなる傾向、つまり、弱い負の相関が認めらました(相関係数-0.29)。この結果からは、太りすぎの馬の初乳Brix値が低くなる可能性が示唆されましたが、これはBCSの高い馬は乳量が多いことから、IgG(抗体)濃度が希釈されたためであり、総IgG(抗体)濃度が低いということではないと推測されます。この結果からは、少なくとも標準的な脂肪の付き具合であるBCSが5以上あれば、十分な品質の初乳が得られるものと考えられます。一方、分娩後の母馬の管理等を考慮すると、分娩前にはBCSが6となるように管理することが推奨されます。

Photo_4

図3 分娩前3か月平均BCSと初乳Brix値の関係

 良質な初乳が得られたとしても、子馬に抗体が移行していなければ意味がありません。子馬が十分量の抗体を摂取できているかを調べるために、生後11~14時間の子馬に対して採血を行い、血中IgG量を測定することが推奨されています。子馬の血中IgG濃度と初乳Brix値の関係を調べた結果が図4となります。初乳Brix値が高くなるほど、子馬の血中IgG濃度も高くなる正の相関関係が認められました(相関係数0.46)。この結果から、やはり初乳Brix値が低い場合には、子馬が十分量の抗体を獲得できていない可能性が高くなると言えそうです。

Photo_5

図4 子馬血中IgG濃度と初乳Brix値の関係

良質な初乳が得られない時には?

これまでお話してきたように、適切な飼養管理を行ってきたとしても、良質な初乳が得られない状況がどうしても発生してしまいます。そのような状況への対策として、凍結された良質な保存初乳を準備しておくことが挙げられます。一般的に、Brix値が20%以上であり、初産ではなく、乳量の多い(乳房の大きい)繁殖牝馬から、300ml程度の初乳を採取して冷凍保存(-20℃で2年程度)しておくことが推奨されています。JRA日高育成牧場でも、過去に得た保存初乳をストックしており、母馬の初乳のBrix値が低い場合や子馬の血中IgG濃度が低い場合に、積極的に活用しています。保存初乳の投与には注意点があり、生後24時間以内に投与しなければなりません。これは、子馬の腸管が生後24時間経過すると構造が変化し、初乳に含まれる抗体を吸収できなくなるためです。このように、保存初乳は生後直後に必要となることから、一定数をストックしておくことがとても重要だと考えられます。

 また、残念ながら保存初乳がない場合や生後24時間以上経過している場合には、血漿輸血を行うという方法もあります。これは母馬やユニバーサルドナー(供血馬)から採血を行い、その中の血漿成分(抗体が含まれる部分)を子馬に輸血することで、子馬に十分な抗体を移行させる方法になります。特に、ユニバーサルドナーは輸血後の拒絶反応のリスクが低い馬であり、母馬よりも安全に輸血を行うことができます。JRA日高育成牧場にはユニバーサルドナーが繋養されておりますので、牧場の担当獣医師の方の判断で血漿輸血が必要な場合にはご相談ください。

JRA日高育成牧場 専門役(生産担当) 岩本洋平

2022年12月 6日 (火)

強い馬づくりのための生産育成技術講座資料 ③JRAホームブレッド生産のまとめ

こちらよりダウンロードしてください

JRAホームブレッド生産のまとめ.pdfをダウンロード

2022年9月30日 (金)

JRAホームブレッドのまとめ

 JRAは2009年よりJRAホームブレッドとして自家生産馬を生産してまいりました。2022年までに通算で100頭を超えるサラブレッドを生産してきましたので、今回は生産を通じて得られた各種知見について、ご紹介していきたいと思います。

JRAホームブレッドの受胎率

 2022年現在までに100頭以上のJRAホームブレッドが生産されてきました。それらの受胎に関する詳細をまとめたのが表1となります。これまでに交配牝馬頭数は143頭にのぼり、それらの馬に対して198回の交配が行われました。受胎頭数は125頭であり、分娩頭数は108頭となっています。これらの数値を用いて受胎率や分娩率を算出しますが、受胎頭数を交配回数で割ったものが1交配当たりの受胎率、受胎頭数を交配牝馬頭数で割ったものを交配牝馬頭数当たり、つまり繁殖シーズン当たりの受胎率と呼んでいます。1交配当たりの受胎率は、交配適期を逃さずに交配できたことを示していると考えられ、適切な交配判断の指標になると思われます。また、繁殖シーズン当たりの受胎率については、繁殖シーズンを通して繁殖牝馬を受胎させる状態で管理できたことを示しており、適切な飼養管理ができていたかを示す指標になると思います。JRAホームブレッドの1交配当たりの受胎率と分娩率は、それぞれ63.1%と54.5%でした。一方、繁殖シーズン当たりの受胎率と分娩率は、それぞれ87.4%と75.5%という結果になっています。1997年から2017年までの日本で生産されたサラブレッドの分娩率についての報告によると、1交配当たりの分娩率は40~43%、繁殖シーズン当たりの分娩率は70~75%という結果が報告されています(Fawcett, 2021)。この結果と比較すると、JRAホームブレッドの分娩率は日本の平均と同等かそれ以上ということができると思われます。特に、1交配当たりの分娩率が平均を上回っていた点については、繁殖牝馬の年齢が若いことに加え、適切に交配判断ができていることが要因と考えられます。

表1 JRAホームブレッドの受胎率と分娩率

pastedGraphic.png

受胎から出産まで

 先ほどの表1で示したように、受胎した馬がすべて無事に生まれてくるわけではありません。表2は、受胎してから出産までに胎子が失われた内訳を示しています。受胎馬は122頭であり、その中で、早期胚死滅や流産、死産が発生して出産まで至らなかった割合は11.5%でした。この胎子喪失率については、13.8%【イギリス】(Rose, 2018)、14.7%【日高地方】(Miyakoshi, 2012)などの報告があることから、JRAホームブレッドの胎子喪失率は平均より低く、その要因は繁殖牝馬の年齢構成と適切な飼養管理の結果と思われます。胎子損失の原因の中で、その半数が胎齢約40日以内の喪失として定義される早期胚死滅が占めていました。胎子の喪失の中で、胎齢39日までの発生が55%、胎齢49日までの発生が75%を占めるという報告もあります(Bain, 1969)。これらの事実からも、早期胚死滅を防ぐ管理を行っていくことが、胎子損失率を低下させるためには非常に重要であることが示唆されます。早期胚死滅の発生率は加齢と共に上昇することが知られています(Miyakoshi, 2012)。このことから、繁殖成績(産駒の競走成績)の芳しくない高齢の繁殖牝馬は、更新することを検討すべきかもしれません。

表2 胎子喪失の内訳

pastedGraphic_1.png

子馬の出生時体重

 多くの生産者の方にとって、子馬の出生時体重は気になる要素であると思います。出生時体重が小さいと成長に不安が残りますし、逆に大きな産駒であっても難産の発生要因となる可能性があります。JRAホームブレッドの出生時平均体重は53.3±6.5kgであり、最大値は66kg、最小値は29kgでした。最小体重で生まれた子馬は、母馬が慢性的な蹄葉炎を患っていたために虚弱状態で生まれました。乳母により育てられることになりましたが、最終的には競走馬になっています。

 一般的に、初産の繁殖牝馬から生まれた子馬は小さいことが知られています。繁殖牝馬の産歴と子馬の出生時体重の関係を示したものが、表3となります。初産の平均出生時体重は45.8±5.4kgであり、全体の平均よりも小さい値になっていることに加え、2産目以降の平均出生時体重との比較でも有意に小さい値となっていました。このように初産の子馬が小さくなる要因としては、出産を経験していない繁殖牝馬では子宮が小さく、胎子が子宮内で発育するための領域が十分ではないためだと考えられています。一方で、競走馬となった時の体重は両親の体格といった遺伝的要因の影響も大きく受けますので、初産で小さく生まれた子馬に対しても増体を目的とした極端な管理は行わずに、適切な飼養管理を心掛けることが重要であると思われます。

表3 繁殖牝馬の産歴と出生時体重の関係

pastedGraphic_2.png

ブリーズアップセール上場率

 表4は、2022年のブリーズアップセール(以下BUセール)で売却された世代までの受胎からBUセール上場までの内訳を示しています。これまで12世代で101頭の受胎馬がいましたが、BUセールに上場できたのは70頭であり、約30%がBUセールに上場できなかったことになります。欠場の理由は様々ですが、育成期に発症が多い深管骨瘤に代表される運動器疾患が大多数を占めています。

 BUセール欠場馬19頭のうち、北海道トレーニングセールにおいて6頭を売却しています。JRA育成馬という特性上、それ以降に売却する手段がないため、それ以外の馬については競走馬となることは叶いませんでした。その結果、JRAホームブレッドの出走割合は約75%にとどまっており、日本における生産馬に対する出走馬の割合の約90%と比較して低値になっています。今後はいかにBUセール上場時に調教を行える状態を維持できるかについて、さらなる調査・研究が望まれます。

表4 受胎からBUセール上場までの内訳

pastedGraphic_3.png

終わりに

 JRAホームブレッドは、生産育成研究の対象として活用され、乳汁pHを用いた分娩予知法の開発や厳冬期の昼夜放牧管理方法の検討などに役立ってきました。今後も、生産地のみなさまに還元できるような知見を得るために、生産育成業務に励んでいきたいと思います。

日高育成牧場専門役(生産担当) 岩本洋平

2021年11月22日 (月)

競走馬の長距離輸送について

 国内における馬の輸送は、周知のとおり主に馬運車というトラックで行われます。競馬開催のためや近隣の種馬場までの輸送なら数時間程度ですが、休養のために本州から北海道の牧場まで輸送するなど、長時間の輸送が必要な場合もあります。このような場合に、馬の健康を害さないように輸送するためにはどのようなことに気を付けるべきなのでしょうか。

輸送後に頻発する発熱(輸送熱)に注意

 輸送に際して最も問題となるのは輸送熱です。輸送熱は輸送のストレスなどが引き金となって起こる発熱で、細菌感染が重症化すると肺炎を起こす極めて注意が必要な疾患です。輸送熱の主な病原菌は、馬の気道に常在している(常にいる)細菌であることが知られており、輸送による疲労やストレスにより馬の免疫機能が低下することで、感染が成立して発症すると考えられています。また、誘因の一つとして、輸送中に排出された糞尿による空気の汚染も挙げられます。馬運車内の空気中に糞尿由来のアンモニアなどが充満すると、普段問題とならない細菌に感染しやすくなってしまうのです。

 過去の調査により、輸送が20時間以上かかると輸送熱の発症率が大幅に上昇することが分かっています。これを予防するために、輸送前の抗生剤投与などが行われ、大きな成果が出ています。一方で、抗生剤の副作用で腸内細菌が悪影響を受ける可能性があり、これが一因と疑われる腸炎の発生も確認されています。

 JRAの育成部門では、毎年北海道の1歳セリで購買した馬をJRA宮崎育成牧場まで、所要時間にしておよそ40時間以上かかる輸送を行っています。この環境を利用し、抗生剤投与以外の方法で、いかに輸送熱を予防するかを目的とした研究を行ってきました。そこから得られた知見をいくつかご紹介いたします。

※現在は中継地点で1泊休憩を入れるスケジュールで輸送しています

車内環境を整える

 馬運車内の空気中の細菌やアンモニアなどの有害物質を除去する目的で、次亜塩素酸水の噴霧を行う実験をしました。次亜塩素酸水は近年の新型コロナウイルス対策で手の消毒などにも用いられている消毒薬です。その結果、次亜塩素酸水を噴霧した馬運車では、空気中のアンモニア濃度と細菌数が減少することがわかりました(写真1)。また、輸送後の鼻腔スワブ(鼻の中の拭い液)にいる細菌の数も噴霧群のほうが少なかったことから、空気をきれいにすることは輸送熱の予防に有効であると考えられました。消毒薬を使用しなかったとしても、馬運車内の換気を十分にし、新鮮な空気に入れ替えることが重要だと思われます。

pastedGraphic.png

 写真1:空気中の細菌数は次亜塩素酸水噴霧群の方が対照群よりも少なくなった

中継地点での休憩は効果あり

 輸送中の馬は、揺れるトラックの荷台に繋がれ、立ったまま過ごします(写真2)。そのため、肉体的な疲労や精神的ストレスにさらされ、非常に過酷な状況であるといえます。そこで、北海道から宮崎までの中間地点で馬を下ろし、馬房内で一晩休ませた時の反応を調べました。ストレスがかかると上昇する指標である、血中コルチゾール濃度を調べたところ、休憩の前後でコルチゾール濃度は明らかに下がり、ストレスが軽減していることがわかりました。また、血中の免疫細胞の数も休憩前後で増加したことから(図1)、輸送熱の原因菌への抵抗力が上がり、感染症にかかりにくくなる効果もあると考えられました。

pastedGraphic.png

写真2:輸送中の馬は立ったまま馬運車に揺られている

pastedGraphic_2.png

図1:休憩前後で免疫細胞数は増加した

 以上のように、輸送中の車内環境を改善すること、そして馬の疲労やストレスを軽減することは健康な状態で馬を輸送するために重要なことであると言えます。先ほどの例のように、日本を縦断するほどの長時間輸送をする機会は少ないかもしれませんが、長い時間輸送する場合にはできるだけ疾病リスクを下げられるよう心がけましょう。

日高育成牧場 業務課 竹部直矢

2021年10月 5日 (火)

JRAホームブレッドの馴致

 今回は、日高育成牧場でJRAホームブレッドに対して行っている馴致について、中でも特に1歳秋にブレーキングを行う前までの当歳から1歳夏にかけての馴致の内容についてご紹介したいと思います。

母子の引き馬

 引き馬の躾は生後翌日から開始します。日高育成牧場では一人で母子を保持するやり方を行っています。将来的に「子馬を左側から引く」ことを教えるため、位置関係は「人の左に母馬、右に子馬」としています(図1)。左手で母馬のリード(引き綱)を保持し、右手で子馬の左側から頚をかかえるようにします。このようにして子馬の左肩の位置に人がいる「引き馬の位置関係」を教えます。特に生後2ヶ月までの間は、頚部へのダメージを防止するため、子馬にはリードを使用しません。

pastedGraphic.png

図1. 人の左に母馬、右に子馬の位置で母子を引く

駐立の練習

 将来的に検査者の前で馬の左側を向けた左表(ひだりおもて)で四肢が重ならないように立たせることができるように、写真撮影などの機会を通して駐立の練習を行っています(図2)。最初は前後に人が立ち、プレッシャーとその解除により前進後退を行いながら、馬を人に集中させます。まず軸肢(左前肢と右後肢)の位置を決めます。左前管部を地面に対して垂直にし、軸を動かさないまま馬を前後に動かして右前肢と左後肢の位置を決めます。馬の立ち位置が決まったら保持者は後退し、リードを緩めます。馬の接近および前傾姿勢を回避するため、後退する前に人馬の距離を保持するためのプレッシャーをかけます。周囲に人がいない状況できちんと駐立できるようになったら、場内見学バスツアーなどの機会を通して人に囲まれている場面でも同じことができるように慣らしていきます。

pastedGraphic_1.png

図2 写真撮影を通して駐立の練習をする

離乳後の馴致

 離乳後は母馬の存在がなくなるため、子馬が精神的に不安定になります。人間が子馬のリーダーであることを再認識させるとともに、人馬の1対1の関係を強化する上で大切な時期となります。集放牧の際に前の馬と一定の距離をとって歩かせることで、周囲に他の馬の姿が見えなくなっても鳴かない馬を作ることができます。また、ビニールシートを通過させるなどの機会を設け、人が課題(ビニールシートの通過)を与えてプレッシャー・オンの状態にし(リードを引く)、それに従えばプレッシャーはオフになる(リードは緩められる)ということを繰り返すことで人の指示に従うことを教え(図3)、人馬の1対1の関係を強化することができます。

pastedGraphic_2.png

図3 ビニールシートを通過させることで人の指示に従うことを教える

“インディペンデント”な馬を作る

 馴致を通して、騎乗せずに「人が馬のリーダーとなること」や「人馬の信頼関係」を教えることが可能です。このため、集放牧を躾の機会と捉えて、普段からこれらを意識した引き馬を繰り返し実施することが重要です。子馬の引き馬で重要なことは、「人の指示に従って歩くこと」と「子馬自身のバランスで歩くこと」の2点です。「自身のバランス」とは、子馬が歩く際に「引っ張られたり、押されたりしない」状態であり、人間の指示に従った上で馬自らが意思を持って歩くということです。言わば“インディペンデント(独立した、他に頼らない)”な馬を作るということで、このことができていればブレーキングが始まった後、非常にスムーズに調教を進めることができます。

 日高育成牧場では、以上のような点を心掛けて日々ホームブレッドの馴致を行っています。今回の記事が、皆さんの愛馬の管理に少しでも参考になりましたら幸いです。

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

2021年9月22日 (水)

当歳馬へのローソニアワクチン投与について

 本年も当歳馬を離乳する時期となりましたが、離乳は子馬にとって非常に大きなストレスのかかる出来事です。生産者のみなさまは、いかに離乳によるストレスを軽減して、子馬を無事に育てていけるかを考えていることかと思います。離乳後の当歳馬に頻発して成長を阻害してしまう病気として、ローソニア感染症をご存じの方も多いと思います。今回は、ローソニア感染症を予防するためのワクチン投与方法について、最近の知見を交えながらご紹介していきたいと思います。

経済的損実を伴う当歳馬のローソニア感染症

 ローソニア感染症は、Lawsonia intracellularisという細菌の感染によって引き起こされる病気です。小腸の粘膜細胞内で増殖して下痢などの腸炎症状を起こすことから、馬増殖性腸症とも呼ばれています。腸管粘膜の細胞が異常に増殖して栄養の吸収に障害が生じることから、短期間で体重が減少して削痩してしまうことが大きな問題となります。下痢が主な症状の一つですが、症状として示さない場合もあり、そのような場合は発見が遅れてしまい、回復までに時間がかかってしまう場合もあります。したがって、本病が最も頻発する離乳後の当歳馬に、元気消沈や体重減少、低たんぱく血症に由来する浮腫(むくみ)などの臨床症状を認めた場合には、すぐさま獣医師に相談して早期発見・早期治療をすることが重要になります。

 発症が認められた場合であっても、テトラサイクリン系やマクロライド系の抗生剤を用いて適切に治療を行えば、予後は良いと言われています。しかしながら、重篤な症例においては、長期間(数週間)の投薬により多大な治療費がかかることがあります。また、治療に成功したとしても、減少した体重が元に戻るまでには数か月を要することもあり、感染した当歳馬が1歳馬になった時点でも影響が残ることが考えられます。アメリカで行われた調査では、同じ種牡馬の産駒をローソニアに感染した馬と感染していない馬に分け、1歳セリでの売却価格を比較したところ、感染した馬の価格が有意に低かったことが報告されています。このように、ローソニア感染症に当歳馬がかかると、多くの点で経済的な損失を被ることになります。

菌の侵入防止が困難

 発症を防ぐためには、原因菌の侵入を防ぐことが求められます。パコマやビルコンといった軽種馬産業で一般的に用いられている消毒薬は有効ですので、発症馬が認められて厩舎を消毒する際には、積極的に使用することが勧められます。しかしながら、発症が認められた場合には、すでに同居馬の多くが症状を示さない状態で感染(不顕性感染)していることが知られており、厩舎内に菌が蔓延しているものと考えられます。保菌している馬は、最大で半年以上も菌を排出することが知られており、さらに排出された菌が糞中で2週間にわたって生存することも知られています。つまり、一度汚染されてしまった厩舎を清浄化するには多大な労力が必要となります。

 Lawsonia intracellularisは豚に感染することが良く知られているほか、ネズミ、ウサギ、シカといった野生動物にも感染することが知られています。最新の遺伝子解析の結果からは、馬に感染する菌は豚に感染する菌とは遺伝的に遠い系統である一方で、野生動物に由来する菌とは近い系統であることが判明しています。そのほか、ローソニア感染症の発生した農場において、捕まえたネズミの70%以上が保菌していたという調査結果もあります。以上のことから、馬のローソニア感染症においては、ネズミや野生動物が原因菌を媒介している可能性が考えられ、厩舎内への菌の侵入を防ぐことは非常に困難であると思われます。

ワクチン投与方法

 原因菌の侵入防止が困難であるローソニア感染症の予防のために、豚用弱毒生ワクチンが開発されており(写真1)、世界各国で使用されています。馬での使用方法は、当歳馬1頭に対して30mlを30日間隔で2回にわたり、経直腸(肛門から)で投与します(写真2)。投与時期は、離乳前に投与することが理想的ですが、寒くなった時期の寒冷ストレスでも発症することが知られていることから、当歳の秋までに投与を完了することが求められます。もしも発症馬が出た場合には、その厩舎全体が菌により汚染されることになりますので、厩舎内にいるすべての当歳馬に投与することが重要です。

 豚でのワクチン投与方法は経口(口から)による方法が承認されており、簡便さを考えると馬でも経口で投与を行いたいところです。しかし、海外での当歳馬を用いた経直腸と経口を比較した投与方法の検討結果によると、経直腸の免疫付与効果の方が高かったことが報告されています。さらに、JRAが1歳馬を用いた投与方法を比較した調査においても、同様に経直腸の免疫付与効果の方が高いという結果が得られています。

終わりに

 2009年に国内で初めて確認された馬のローソニア感染症は、現在でも多くの牧場で感染が続いています。発症馬に対する経済的損失が大きいことや汚染された厩舎を清浄化することが困難なことから、当歳馬に対するワクチン投与は非常に有効な対処法となります。現時点では、市販されているワクチンは馬では承認されていませんが、現在馬での承認を目指して研究が続けられています。今回の記事を参考にしてワクチン投与を行い、ローソニア感染症にかかる当歳馬が1頭でも少なくなることを願っています。

日高育成牧場 業務課 岩本洋平

pastedGraphic.png

写真1 豚用弱毒生ワクチン

pastedGraphic_1.png

写真2 当歳馬への経直腸投与の様子

2021年8月26日 (木)

子馬の肢蹄管理について

(馬事通信 強い馬づくり最前線  4月15日号掲載)

 いつになく早い桜の気配に心浮き立つ今日この頃ですが、馬産地は繁忙期真っ只中だと思います。そして、誕生した子馬の成長に目を見張る毎日ではありますが、生産者の方や装蹄師の方の心配の種になるのが子馬の肢勢や肢軸になると思います。そこで今回は子馬の成長に合わせた肢蹄管理についてご紹介させていただきます。

  • 誕生から1~3ヶ月齢
  1. 異常肢勢への対応

 馬は生まれてすぐに自分の肢で立つため、母親の胎内にいるときから、胎生角質と呼ばれるしっかりとした蹄を持っています。ただし、母親のお腹にいる間は胎内を傷つけないよう、蹄餅という白くて軟らかい角質に覆われています。この蹄餅は、生後数時間で乾燥や地面との摩擦などで剥がれ落ち、成馬と同じような蹄となります。この時期の子馬の肢蹄は発育、負重、歩様など、様々な要因により変化します。異常肢勢があった場合でも、成長とともに治癒することもありますが、重度の異常肢勢を放置してしまうと運動器疾患の発症要因となることもあります。このため、誕生直後より、蹄や肢勢・肢軸を注意深く観察し、異常肢勢などを早期発見することが大事です。異常が認められた場合は、装蹄師による蹄壁補修剤や矯正用のシューズやプレートを用いた肢勢・肢軸矯正、獣医師による薬の投与や重度の場合は外科手術が必要となります。

  1. 削蹄の開始

 削蹄は概ね誕生から1~3ヶ月を目安に開始します、間隔は3~4週間が基本的ですが、肢蹄の状態によっては時期を早めることもあります。また、この時期は胎生角質と新生角質と呼ばれる蹄角質が同時に存在しています。母胎で形成された胎生角質は負重など地面からの影響を受けていないのに対し、誕生してから生長した新生角質は負重など様々な影響を受けるため、その差異が、蹄壁の凹湾や不正蹄輪となって現れることがあります。そのような場合は蹄の状態を確認しながら、徐々に蹄鑢(テイロ。ヤスリのこと)などで胎生角質を削切し凹湾した蹄壁を修整します。削蹄の作業は馬が生きていく限り継続されるものであるため、肢挙げや装蹄師による保定の馴致はしっかりと行い子馬に恐怖感をもたせないことが重要です。

  • 4~6ヶ月齢
  1. 端蹄廻し

 離乳を始める時期になり子馬だけで放牧を始めると、元気に放牧地を走り回り、蹄壁欠損などを起こすことがあります。そのため、端蹄廻し(はづめまわし)を実施し、蹄壁欠損などを予防します。端蹄廻しとは、蹄壁の厚さ2分の1を目安として、蹄鑢で外縁を削り、蹄壁に対して45度の丸みをつけることです。牧場でも削蹄用の蹄鑢を常備し、軽度の蹄壁欠損を発見した際は装蹄師ではなくても、拡大を防ぐため端蹄廻しを行うことが良いと思います。

  1. 裏堀り

 放牧するため馬房にいる時間も減少し、放牧地の泥土が蹄に詰まりやすい時期でもあります。蹄底を不潔な状態で放置すると、蹄質が悪化し、蹄叉腐爛などの蹄病の発症原因となります。清潔な状態を保つためにはこまめな裏堀りが重要です。裏堀りの際には、蹄壁に触れることにより蹄の異常サインである帯熱を感知することができます。さらに、子馬の蹄を裏堀りの道具で叩いて軽く音を出し、衝撃を与えることでその後に実施する蹄鉄の装着(釘打ち)の馴致となります。

  • 7~10ヶ月齢
  1. 裂蹄(蹄角質部である蹄鞘の一部に亀裂が発生したもの)

 誕生から7~8ヶ月経過すると、秋から冬の寒い時期に差し掛かります。蹄が乾燥し固くなることもあるため、蹄底部などの裂蹄に注意が必要です。特に蹄底部の亀裂が深くなり、砂などが知覚部(角質の下の柔らかいところ)まで入り込んでしまうと炎症が発生し、跛行の原因となります。亀裂は削開して砂などを除去し、拡大を防ぎます(写真1)。

  1. 白帯病(白線裂とも呼ばれる。白帯が変質して崩壊し、蹄壁中層と蹄底部が剥離したもの)

 蹄の生長とともに、白帯病が発症し始める時期でもあります。この場合も剥離部が知覚部まで達すると跛行の原因となるため、亀裂が深くならないよう病変を早期発見し、削り取ってしまう必要があります(写真2)。

  1. 挫跖(蹄への圧迫や衝撃による知覚部の炎症)

 挫跖も多くなる時期ですので、この時期の子馬の蹄に関しては、蹄負面を注意深く観察し、蹄病の予防や悪化を防ぐこと、歩様や蹄の熱感・球節部の指動脈の拍動亢進などに留意することが重要となります。

pastedGraphic.png

写真1 赤丸は蹄底裂。裂部を削開し砂を除去した。

pastedGraphic_1.png

写真2 赤丸は白帯病。削蹄し病変を削り取った。

・最後に

 子馬の肢蹄管理は装蹄師による定期的な装削蹄だけでは限度があり、牧場での日常的な管理が必要不可欠です。また、肢蹄の異常などを発見した場合は速やかに担当の装蹄師や獣医師に相談して、健全な肢蹄の発育を心掛けましょう。

日高育成牧場業務課 装蹄師 津田佳典

2021年7月28日 (水)

離乳時のコンパニオンホース導入の効果

 当歳馬の離乳についてJRA日高育成牧場では、伝統的な“母子の群れから子馬だけを引き離す”方法ではなく、“母馬の方を数頭ずつ順に群れから引き離していく”「間引き法」と呼ばれる方法を行ってきました。近年では、間引き法と併用して「コンパニオンホース」の導入による離乳後のストレス緩和を試みています。今回は、当場における過去数年間の離乳期の当歳馬の体重データから、コンパニオンホースの効果を検証してみたいと思います。

・コンパニオンホースと間引き法

 現在、当場で行っている離乳の方法を簡単にご紹介します。まず準備として、子育て経験豊富かつ当年は子付きではない牝馬(コンパニオンホース)を予め離乳の前から母子の群に混ぜて馴らしておくことが必要です。離乳は計画的に数頭ずつ数回に分けて、群れにストレスを与え過ぎないように注意しながら行います。具体的には、離乳させたい子馬を2~3頭選択し、放牧中の母子の群れからその子馬の母馬だけ静かに引き出し、視覚的にも聴覚的にも隔離された別の放牧地に移動させるという作業を1週間毎、最終的に群に母馬がいなくなって子馬とコンパニオンホース1頭だけが残っている状態になるまで繰り返します(図1)。コンパニオンホースは乳汁こそ出せませんが、不安で嘶く子馬たちの中でも悠然と構えているため、この方法であれば子馬たちの不安を軽減してくれるのではないかと期待しています。

pastedGraphic.png

図1. 離乳後の子馬とコンパニオンホース(矢印)

・コンパニオンホース導入の効果検証~当歳馬の体重データから~

 当場では、2013年より離乳時のコンパニオンホースの導入を開始しましたが、2009年以降に誕生したJRAホームブレッド計82頭の体重を比較したところ、コンパニオンホース導入前は離乳後に平均4.54kgも体重が減少していたのですが、導入以降は平均2.72kgの減少に留まっています(図2)。この差は統計学的にも有意な差であり、コンパニオンホースの導入により離乳後の当歳馬の体重減少を抑えられることがわかりました。

pastedGraphic_1.png

図2 コンパニオンホース導入前後の離乳時の子馬の体重減少

・コンパニオンホースと引き離す際の当歳馬の体重減少

 一方、離乳後のコンパニオンホースはどうするのか?という問題が残ります。海外の文献の中には、「コンパニオンホースと離乳した子馬を引き離す際に、離乳時と同等のストレスがかかる」と書かれているものもあります。そこで、“第二の離乳”とでも呼ぶべき離乳後の子馬からコンパニオンホースを引き離す際の影響について、同様に体重減少を比較してみました。2013年以降に当場で生まれたJRAホームブレッドのうち、データが残っていた31頭について、コンパニオンホースを引き離す前後の体重を比較した結果、体重は平均0.35kg増加していました!。図2でお示しした通り、離乳時は体重が減少するのが通常であり、減少した体重の平均値は前述のとおりコンパニオンホース導入前で4.54kg、導入後で2.72kgでした。統計学的に解析したところ、第二の離乳による体重の増減幅は、これら離乳前後の体重の減少幅と比較しても有意に少ない、つまり第二の離乳は子馬の体重に影響を及ぼすほどストレスを与えない可能性があることがわかりました(図3)

pastedGraphic_2.png

図3 子馬の体重減少の比較

・“第二の離乳”で体重が減少した当歳馬もいる

 前述の通り、第二の離乳前後の体重の増減は平均するとプラスとなりましたが、中には体重が減少した馬もいました。図4にその内訳を示しますが、最大で4kgも体重が減少した子馬がいました。

pastedGraphic_3.png

図4 “第二の離乳”での子馬の体重減少の内訳

 以上のことから総合的に判断すると、離乳した子馬からコンパニオンホースを引き離す“第二の離乳”について、多くの場合は問題ないが中には注意しなくてはならない馬もいる、という結論が導けそうです。結局のところ、特に当歳の子馬については日頃からよく観察し、離乳時には個体の状況を勘案して個別にケアしてあげることが大切だと言えます。

 毎年、離乳後の子馬のコンディションが悪くなってしまうことにお悩みのようであれば、当場で成果を挙げているコンパニオンホースの導入も一つの方法としてご検討いただけましたら幸いです。

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

2021年6月 9日 (水)

コンフォメーション ~馬の見方のヒント~        「前肢のコンフォメーション」

前肢のコンフォメーション

 生産牧場や育成牧場などで若馬を見て、競走馬としてのポテンシャルを推察する場合、レースで高い能力を発揮できるかどうかという「パフォーマンス」の視点のみならず、競走馬になる過程もしくは競走馬になって以降の調教や競走で故障しないかという「サウンドネス」(健全性)を見極める必要があります。この「サウンドネス」の視点からは、形状異常やなんらかの腫脹や欠損、歩様の硬さや跛行の有無などを見ていくことで、競走馬になるための調教や競走に耐えうる馬体を有しているか詳細に観察する必要があります。なかでも、アスリートである競走馬に関して、下肢のコンフォメーションの良し悪しが及ぼす影響の大きさについて否定する人は少ないはずです。では、どのようなコンフォメーションがサウンドネスに影響を及ぼすのでしょうか。

肢が曲がっている?

 時々、馬を見ている人から『この馬は肢が曲がっている』といった言葉を耳にする機会があります。しかし、この表現は極めて曖昧であり、正確にその肢のコンフォメーションを表しているとは言えません。肢のコンフォメーション異常を精査もしくは表現するためには「標準肢勢」を理解する必要があります。

 標準肢勢とは、前方もしくは後方から見た場合に、地面に垂直に下した線(垂線)で骨や関節(腕節・飛節・球節)、そして蹄が等分される。横から見た場合には、前肢は骨や関節が等分され、蹄球のわずか後方を通過するもの、後肢は臀端からの垂線が、飛節・球節の後部に接して、蹄球のわずか後方を通過するものとされています(図)。ただし、「標準肢勢=(イコール)正常肢勢」ということではありません。また、「標準から外れていれば異常であり弊害がある」といった判断も少々短絡的過ぎるきらいがあります。標準肢勢とは、あくまで、コンフォメーション異常の程度を見極めるための基準と捉えていただければよいかと思います。すなわち、標準からの逸脱の程度を判断し、その逸脱がどの程度サウンドネスに影響を及ぼすかについて推察する必要があります。

pastedGraphic.png

標準肢勢は異常の程度を見極めるための「基準」

外向・内向、外反・内反

 標準肢勢を基準として、前肢のコンフォメーションを正面から観察する際に特に注目すべきポイントは、「球節と蹄の向き」、曲がりやズレといった「関節の変形」です。例えば球節と蹄の向きについては、それぞれの正中点が正面から見て肢の垂線より外側に位置しているのが「外向」、内側にあるのが「内向」とされています。これらについては、極端なものでなければ大きな弊害はないと考えられており、装蹄療法や手術などで人為的に修正することはできません。また、外向肢勢の馬の多くは、前腕、すなわち前肢の肘以下から蹄に向かって外側を向いており、特に1歳以下の若馬のほとんどは、程度の差はあれ外向肢勢であるとの報告もあります。

 一方、球節や腕節など関節の変形については、正面から見て関節が垂線上ではなく内側に位置する(左右の関節が近付いている)のが「外反」、外側に位置する(左右の関節が離れている)のが「内反」ですが、それぞれ「X脚」「O脚」とも呼ばれます。先ほどの外向、内向とは異なり、これらについては関節そのものや周囲の靭帯等への傷害リスクがあると考えられており装蹄療法、ギプス固定あるいは手術などの人為的矯正が必要になることもあります。

 以上のことからお分かりいただけるように、外向と外反、内向と内反は似て非なるものであり、決して両者を混同してはいけません。しかし、実馬のコンフォメーションには同一肢に外向と外反が混在するなど、複数のコンフォメーション異常が複雑に絡み合っていることもあるため、肢のコンフォメーションを見る際には、局所に注目するだけではなく、肢の全体像を観察するよう注意し、全体の構造を立体的に把握することが重要です。また、駐立検査だけでなく、同時に歩様検査も行うことが必要です。これは、馬の立ち方によっては肢の向きや形状、関節角度などを正確に表していない姿勢となることがあり、駐立検査だけでは正確なコンフォメーション判断が難しくなるからです。このため、駐立検査でコンフォメーション異常が確認できない場合でも、必ず馬を歩かせて駐立検査での判断が正しかったかどうかを観察するようにしましょう。

pastedGraphic_1.png

様々な前肢のコンフォメーション

コンフォメーション異常がパフォーマンスに及ぼす影響

 前述したとおり、一般的に外反は腕節構成骨の傷害リスクがあると考えられていますが、アメリカのある調査においては、外反の重症度に反して骨折や腫脹が減少したという結果も報告されています。このことからも、これまで受け入れられてきたコンフォメーション異常に対する見方は、必ずしも絶対的な正解であるとは限らないということも念頭におく必要があるかもしれません。また、腕節については関節の曲がりだけでなく軸ずれの状態である「オフセットニー」も代表的なコンフォメーション異常の1つとして知られていますが、これは腕節の上下に位置する橈骨と管骨の長軸方向の中心軸が腕節の同一点でなく内外にずれて接合している状態を示しています(図参照)。このようなオフセットニーのコンフォメーションは、内管骨瘤の発症リスクが高いことが知られており、アメリカの調査には球節炎発症リスクとの関連性が示唆されているものもあります。オフセットニーも人為的な矯正ができないコンフォメーション異常ですが、オフセットニーであるにも拘らず活躍している競走馬や種牡馬も少なくありません。つまり、サウンドネスの観点におけるリスクは少なからずあるものの、程度によっては許容可能と考えることができるかもしれません。

日高育成牧場 業務課 冨成雅尚