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2021年7月28日 (水)

離乳時のコンパニオンホース導入の効果

 当歳馬の離乳についてJRA日高育成牧場では、伝統的な“母子の群れから子馬だけを引き離す”方法ではなく、“母馬の方を数頭ずつ順に群れから引き離していく”「間引き法」と呼ばれる方法を行ってきました。近年では、間引き法と併用して「コンパニオンホース」の導入による離乳後のストレス緩和を試みています。今回は、当場における過去数年間の離乳期の当歳馬の体重データから、コンパニオンホースの効果を検証してみたいと思います。

・コンパニオンホースと間引き法

 現在、当場で行っている離乳の方法を簡単にご紹介します。まず準備として、子育て経験豊富かつ当年は子付きではない牝馬(コンパニオンホース)を予め離乳の前から母子の群に混ぜて馴らしておくことが必要です。離乳は計画的に数頭ずつ数回に分けて、群れにストレスを与え過ぎないように注意しながら行います。具体的には、離乳させたい子馬を2~3頭選択し、放牧中の母子の群れからその子馬の母馬だけ静かに引き出し、視覚的にも聴覚的にも隔離された別の放牧地に移動させるという作業を1週間毎、最終的に群に母馬がいなくなって子馬とコンパニオンホース1頭だけが残っている状態になるまで繰り返します(図1)。コンパニオンホースは乳汁こそ出せませんが、不安で嘶く子馬たちの中でも悠然と構えているため、この方法であれば子馬たちの不安を軽減してくれるのではないかと期待しています。

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図1. 離乳後の子馬とコンパニオンホース(矢印)

・コンパニオンホース導入の効果検証~当歳馬の体重データから~

 当場では、2013年より離乳時のコンパニオンホースの導入を開始しましたが、2009年以降に誕生したJRAホームブレッド計82頭の体重を比較したところ、コンパニオンホース導入前は離乳後に平均4.54kgも体重が減少していたのですが、導入以降は平均2.72kgの減少に留まっています(図2)。この差は統計学的にも有意な差であり、コンパニオンホースの導入により離乳後の当歳馬の体重減少を抑えられることがわかりました。

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図2 コンパニオンホース導入前後の離乳時の子馬の体重減少

・コンパニオンホースと引き離す際の当歳馬の体重減少

 一方、離乳後のコンパニオンホースはどうするのか?という問題が残ります。海外の文献の中には、「コンパニオンホースと離乳した子馬を引き離す際に、離乳時と同等のストレスがかかる」と書かれているものもあります。そこで、“第二の離乳”とでも呼ぶべき離乳後の子馬からコンパニオンホースを引き離す際の影響について、同様に体重減少を比較してみました。2013年以降に当場で生まれたJRAホームブレッドのうち、データが残っていた31頭について、コンパニオンホースを引き離す前後の体重を比較した結果、体重は平均0.35kg増加していました!。図2でお示しした通り、離乳時は体重が減少するのが通常であり、減少した体重の平均値は前述のとおりコンパニオンホース導入前で4.54kg、導入後で2.72kgでした。統計学的に解析したところ、第二の離乳による体重の増減幅は、これら離乳前後の体重の減少幅と比較しても有意に少ない、つまり第二の離乳は子馬の体重に影響を及ぼすほどストレスを与えない可能性があることがわかりました(図3)

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図3 子馬の体重減少の比較

・“第二の離乳”で体重が減少した当歳馬もいる

 前述の通り、第二の離乳前後の体重の増減は平均するとプラスとなりましたが、中には体重が減少した馬もいました。図4にその内訳を示しますが、最大で4kgも体重が減少した子馬がいました。

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図4 “第二の離乳”での子馬の体重減少の内訳

 以上のことから総合的に判断すると、離乳した子馬からコンパニオンホースを引き離す“第二の離乳”について、多くの場合は問題ないが中には注意しなくてはならない馬もいる、という結論が導けそうです。結局のところ、特に当歳の子馬については日頃からよく観察し、離乳時には個体の状況を勘案して個別にケアしてあげることが大切だと言えます。

 毎年、離乳後の子馬のコンディションが悪くなってしまうことにお悩みのようであれば、当場で成果を挙げているコンパニオンホースの導入も一つの方法としてご検討いただけましたら幸いです。

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

2021年6月 9日 (水)

コンフォメーション ~馬の見方のヒント~        「前肢のコンフォメーション」

前肢のコンフォメーション

 生産牧場や育成牧場などで若馬を見て、競走馬としてのポテンシャルを推察する場合、レースで高い能力を発揮できるかどうかという「パフォーマンス」の視点のみならず、競走馬になる過程もしくは競走馬になって以降の調教や競走で故障しないかという「サウンドネス」(健全性)を見極める必要があります。この「サウンドネス」の視点からは、形状異常やなんらかの腫脹や欠損、歩様の硬さや跛行の有無などを見ていくことで、競走馬になるための調教や競走に耐えうる馬体を有しているか詳細に観察する必要があります。なかでも、アスリートである競走馬に関して、下肢のコンフォメーションの良し悪しが及ぼす影響の大きさについて否定する人は少ないはずです。では、どのようなコンフォメーションがサウンドネスに影響を及ぼすのでしょうか。

肢が曲がっている?

 時々、馬を見ている人から『この馬は肢が曲がっている』といった言葉を耳にする機会があります。しかし、この表現は極めて曖昧であり、正確にその肢のコンフォメーションを表しているとは言えません。肢のコンフォメーション異常を精査もしくは表現するためには「標準肢勢」を理解する必要があります。

 標準肢勢とは、前方もしくは後方から見た場合に、地面に垂直に下した線(垂線)で骨や関節(腕節・飛節・球節)、そして蹄が等分される。横から見た場合には、前肢は骨や関節が等分され、蹄球のわずか後方を通過するもの、後肢は臀端からの垂線が、飛節・球節の後部に接して、蹄球のわずか後方を通過するものとされています(図)。ただし、「標準肢勢=(イコール)正常肢勢」ということではありません。また、「標準から外れていれば異常であり弊害がある」といった判断も少々短絡的過ぎるきらいがあります。標準肢勢とは、あくまで、コンフォメーション異常の程度を見極めるための基準と捉えていただければよいかと思います。すなわち、標準からの逸脱の程度を判断し、その逸脱がどの程度サウンドネスに影響を及ぼすかについて推察する必要があります。

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標準肢勢は異常の程度を見極めるための「基準」

外向・内向、外反・内反

 標準肢勢を基準として、前肢のコンフォメーションを正面から観察する際に特に注目すべきポイントは、「球節と蹄の向き」、曲がりやズレといった「関節の変形」です。例えば球節と蹄の向きについては、それぞれの正中点が正面から見て肢の垂線より外側に位置しているのが「外向」、内側にあるのが「内向」とされています。これらについては、極端なものでなければ大きな弊害はないと考えられており、装蹄療法や手術などで人為的に修正することはできません。また、外向肢勢の馬の多くは、前腕、すなわち前肢の肘以下から蹄に向かって外側を向いており、特に1歳以下の若馬のほとんどは、程度の差はあれ外向肢勢であるとの報告もあります。

 一方、球節や腕節など関節の変形については、正面から見て関節が垂線上ではなく内側に位置する(左右の関節が近付いている)のが「外反」、外側に位置する(左右の関節が離れている)のが「内反」ですが、それぞれ「X脚」「O脚」とも呼ばれます。先ほどの外向、内向とは異なり、これらについては関節そのものや周囲の靭帯等への傷害リスクがあると考えられており装蹄療法、ギプス固定あるいは手術などの人為的矯正が必要になることもあります。

 以上のことからお分かりいただけるように、外向と外反、内向と内反は似て非なるものであり、決して両者を混同してはいけません。しかし、実馬のコンフォメーションには同一肢に外向と外反が混在するなど、複数のコンフォメーション異常が複雑に絡み合っていることもあるため、肢のコンフォメーションを見る際には、局所に注目するだけではなく、肢の全体像を観察するよう注意し、全体の構造を立体的に把握することが重要です。また、駐立検査だけでなく、同時に歩様検査も行うことが必要です。これは、馬の立ち方によっては肢の向きや形状、関節角度などを正確に表していない姿勢となることがあり、駐立検査だけでは正確なコンフォメーション判断が難しくなるからです。このため、駐立検査でコンフォメーション異常が確認できない場合でも、必ず馬を歩かせて駐立検査での判断が正しかったかどうかを観察するようにしましょう。

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様々な前肢のコンフォメーション

コンフォメーション異常がパフォーマンスに及ぼす影響

 前述したとおり、一般的に外反は腕節構成骨の傷害リスクがあると考えられていますが、アメリカのある調査においては、外反の重症度に反して骨折や腫脹が減少したという結果も報告されています。このことからも、これまで受け入れられてきたコンフォメーション異常に対する見方は、必ずしも絶対的な正解であるとは限らないということも念頭におく必要があるかもしれません。また、腕節については関節の曲がりだけでなく軸ずれの状態である「オフセットニー」も代表的なコンフォメーション異常の1つとして知られていますが、これは腕節の上下に位置する橈骨と管骨の長軸方向の中心軸が腕節の同一点でなく内外にずれて接合している状態を示しています(図参照)。このようなオフセットニーのコンフォメーションは、内管骨瘤の発症リスクが高いことが知られており、アメリカの調査には球節炎発症リスクとの関連性が示唆されているものもあります。オフセットニーも人為的な矯正ができないコンフォメーション異常ですが、オフセットニーであるにも拘らず活躍している競走馬や種牡馬も少なくありません。つまり、サウンドネスの観点におけるリスクは少なからずあるものの、程度によっては許容可能と考えることができるかもしれません。

日高育成牧場 業務課 冨成雅尚

2021年2月 1日 (月)

馬の放牧地における電気牧柵の利活用

はじめに

昨今、ハンターの減少や高齢化に伴ってシカの個体数の増加を実感できるようになりましたが、シカによる放牧地や採草地の食害に悩まされている方々も少なくないのではないかと思います。放牧地へのシカの侵入は放牧草の食害だけでなく、放牧中の馬がシカに驚いて狂奔したり雄シカの角に突かれたりした際に負傷する原因になることも珍しくはありません。また、シカによって持ち込まれた病原菌やダニなどが馬の感染ルートになることもあるため、シカの侵入に対して何らかの対抗措置をとる必要があります。

シカの放牧地への侵入防除には、ワイヤーメッシュ等の物理的な柵の設置が最も有効です。一定以上の面積を有する放牧地や採草地を整備する場合には、必要経費の一部についての助成事業「軽種馬生産基盤整備対策事業(放牧地整備事業)」を利用する方法もありますが、もう少し手軽に電気牧柵を利用するという方法もあります。今回は、JRA日高育成牧場における電気牧柵の利活用についてご紹介します。

 

シカ対策

一般的な電気牧柵は、物理的に動物の侵入・脱柵を防除できるような堅牢な構造ではなく、電気ショックを与えて対象動物を心理的バリアによってコントロールすることを目的としています。この電気牧柵装置には様々な種類がありますが、一般的なの動物防除用としては9,000Vのものが選択されます。電源はバッテリーから供給されますが、昼間のうちにソーラーパネルから充電されるため、電池切れの心配はありません。JRA日高育成牧場では、通常の牧柵の下方の間隙に電気牧柵を設置することで、シカの侵入防除効果を上げています(図1)

また、この電気牧柵は放牧地をぐるりと一周にわたって囲む必要は無く、一部のみの敷設(開始端と終止端を繋いで輪にする必要がない)でも有効です。シカなどの害獣が電気牧柵に触れることで、電流が高圧線から生体を伝って地中のアースに向かって流れる仕組みですが、高電圧でも電流は一瞬だけ微量が流れる仕組みなので、パチンと軽い痛みを感じるだけで感電することはありません。シカは、放牧地に侵入する際に(通常、牧柵の下の隙間を潜って侵入します)この電気牧柵に触れて痛みを覚えますが、何度か繰り返すうちに「柵に触れると痛い」ということを学習し、遂には放牧地に侵入しないようになるという訳です。

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(図1)シカ対策として設置している電気牧柵

 

生後間もない子馬の放牧地順化

広い放牧地で生後間もない子馬が勢いよく走る母馬の後を一生懸命追いかける姿は、生産地ではよく見かける微笑ましい光景です(図2)。しかし、最近の研究では、生後間もない子馬の骨軟骨は幼弱で激しい運動には耐えることができず、症状に表れないような軽微な軟骨損傷を発症している例もあることが明らかとなりました。(図3)。このような子馬の軟骨損傷を予防するためには、子馬が過度に走れないように小さな放牧地から徐々に大きな放牧地へと慣らしていくことが有効と考えられますが、JRA日高育成牧場では放牧地内の「間仕切り」に電気牧柵を利用することで、実際に子馬の種子骨損傷を予防できるかについて検証しました(図3)。

その結果、生後直ぐに広い放牧地へ放牧した子馬に比較し、電気牧柵を利用して段階的に放牧地の広さを制限した子馬では、この軟骨損傷の発症頻度が大幅に減少することが確認できました(表1)。

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(図2)広い放牧地で一生懸命母馬の後を追う生後間もない子馬

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(図3)生後1か月齢の子馬に認められた種子骨の離断骨片

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(図4)電気牧柵で仕切られた放牧地

乾電池式の電源装置と視認性が高い幅4cmの帯状の柵を使用

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(表1)治癒までに10週間以上を要した軟骨損傷の発生状況

 

おわりに

電気牧柵の利点は、通常の牧柵より安価で移設も容易という点です。したがって、子馬の成長に応じて放牧地のサイズを何度でも仕切り直すことが可能です。また、設置によるメリットはシカによる食害を防止して施肥効果を高めるだけに留まらず、シカが持ち込んでいたと思われるダニの寄生も減少させることもできました。 生後間もない子馬の種子骨損傷の予防は電気牧柵の活用法の一例ですが、その他の関節に発生する離断性骨軟骨症の原因となる過度の運動刺激についても同様に防ぐこともできそうです。実際に電気牧柵を運用するには、出産前の母馬を予め電気牧柵を敷設した放牧地に馴致しておくなどの工夫も必要ですが、電気牧柵自体には通常の柵のように物理的に馬の突進に耐える強度がないため、狂奔状態に陥った馬が電気牧柵を突破することは十分に考えられます。したがって、電気牧柵は、あくまでも放牧地内の「間仕切り」としての使用に限定すべきです。

 電気牧柵が有効に、安全に機能するには、適切に資材や機器を設置することだけでなく、漏電を予防するための下草の定期的な刈り取りなど、設置後の環境整備も必要となります。電気牧柵の詳細については、取り扱い販売店にお問い合わせの上、適切にご使用していただきますようお願いします。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 室長 佐藤文夫

2021年1月22日 (金)

妊娠馬のホルモン検査

早朝には氷が張るようになり、冬の訪れを感じるようになりました。ほとんどの胎子は母馬のおなかの中で順調に成長していますが、毎年受胎頭数と出生頭数の間には700頭以上のロスが生じているように、残念ながら出産に至らない子馬もいます。今回は、妊娠馬モニタリング法の一つであるホルモン検査について解説いたします。

妊娠馬のホルモン変化
ホルモン検査は母馬の血中プロゲステロン、エストラジオール濃度を測定することで、妊娠が順調に進行しているか評価します。両ホルモンは非妊娠時には発情サイクルに合わせた周期的な変化をしますが、妊娠すると特有の変動を示します(図1)。妊娠前半には大きく変化し、7ヶ月以降には安定します。そして、10ヶ月頃から分娩に向けて再び大きく変化します。

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図1 妊娠馬の血中ホルモン動態


一般に、プロゲステロンは子宮収縮(陣痛)抑制や子宮外口の閉鎖に、エストラジオールは胎子の成長に伴う子宮の拡張に寄与していると言われています。これらの合成分泌には母馬のみならず胎子も大きく関与しているため、胎子に異常があった際の指標となりうるのです。胎子はストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールを合成できず、ストレスを受けた場合には代わりにプロゲステロンが上昇します。
一方、エストラジオールは胎子の性腺(精巣・卵巣)がその前駆物質を合成しているため、胎子の活力が低下すると母体血中エストラジオール濃度が低下します。海外の研究ではプロゲステロンが有用である一方、エストラジオールはそうではなかったという報告がありますが、我々は両方測定することでより精度で異常を検知できると考えています。

ホルモン検査の注意点
ホルモン検査は採血するだけの手軽な検査法ですが、注意しなければいけない点が二つあります。一つは馬ごとの個体差が大きいことです。そのため、平均値(標準値)と比べるのではなく、複数回測定して馬ごとの変化をみることが重要です。二つ目は測定系によって値が異なるということです。このホルモン検査には幾つかの測定系がありますが、測定系によって値が若干異なるため、その標準値も違ってきます。検査施設によって測定系が異なりますので、異なる施設間の値を比較しないように気を付けてください。なお、このホルモン検査は長らく栃木県の競走馬理化学研究所で受託していましたが、2017年からはその業務が帯広畜産大学の動物医療センターに移っています。詳しくは担当の獣医師にご相談下さい。

実際の使用例
測定はいつから行うべきですか?どのくらいの間隔で測定するべきですか?といった質問をよく受けます。まずは7ヶ月齢頃から4週間隔の測定を基本として、結果が気になった場合には追加検査として超音波検査をする、予防的に投薬を開始する、間隔を詰めて再検査するといったことを検討してみてください。全頭が定期的に妊婦検診を受けるというのは現実的ではありませんので、特に高価な馬、預託されている馬、過去に異常産歴のある馬などターゲットを絞って試してみてはいかがでしょうか。

現状の問題点
流産にはさまざまな原因があり、それぞれ流産に至る経過が異なるため、残念ながら全ての異常を同じように検知できるわけではありません。馬鼻肺炎ウイルスによる流産を検知することは難しそうです。この分野の研究は主に感染性胎盤炎について進んでいますが、それ以外の原因については実験モデルをつくることも難しく、十分なデータがないというのが実情です。

おわりに
流産とは交通事故のような突発的なものではなく、母子に何らかの異常が生じた結果として起こります。残念ながら目に見える流産兆候が認められてからの対処では防ぐことが難しく、そのような兆候が現れる前に異常を検知しなくてはなりません。ホルモン検査のみでは確実なモニタリング法とは言えませんが、目に見えない胎子の状態を評価する方法としては手軽で現実的な方法です。また、このような試みをする中で研究も発展していきますので、興味がある方は是非お試し下さい。

日高育成牧場生産育成研究室 主査 村瀬晴崇

GPSを用いた放牧地における親子の個体間距離測定

 ♪おうまのおやこは、なかよしこよし♪と歌われるこの童謡のタイトルは、『おうま』です(よく“おうまのおやこ”と勘違いされるようですが)。歌にうたわれるように、子馬は常に母馬に寄り添っています。同じ草食動物の牛は、子牛同士で群れをつくる習性がありますが、馬は母子間の絆が非常に強い動物です。

 

離乳は必要な儀式

動物においてエネルギーの供給には優先順位があり、優先順位は①維持→②成長→③産乳→④体脂肪→⑤繁殖(受胎や胎子の発育)の順番になっています(図1)。特に繁殖牝馬の場合、図にあるように胎子へのエネルギー供給は、授乳のための乳生産より優先順位は低くなっています。ちなみに、一番優先して供給される維持のためのエネルギーは、体温維持、心肺活動および代謝において必要であり、生命活動に必須のエネルギーです。このように、繁殖のためのエネルギー供給の優先順位が低いことから、妊娠中の繁殖牝馬にとって、長期間の授乳は胎子の健康な発育には望ましいとは言えません。また、子馬が母馬に依存している期間が長くなりすぎない方が、今後の馴致がやりやすくなるなどの利点があります。したがって、母子を健全に飼養管理するためには、適切な月齢に達したとき、離乳という儀式は不可欠となります。

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図1:エネルギー供給の優先順位

 動物においてエネルギー利用には優先順位があり、それは①維持→②成長→③産乳→④体脂肪→⑤繁殖(受胎や胎子の発育)の順である。すなわち、これから生まれる子孫よりも、すでに生まれた子孫にエネルギーが優先的にまわされることになる。

 

離乳によるストレスは子馬の健康な発育には有害

離乳により、子馬は母乳という摂取しやすい飼料を絶たれると同時に、少し大袈裟な表現ですが、母馬という精神的なよりどころを失うことになります。離乳によるストレスは、病気に対する抵抗力を弱める等のリスクの他に、食欲を減退させる場合があります。毎日あたりまえに摂取してきた母乳が無いことに加え、食欲減退も重なれば、体重の増加の停滞もしくは体重減少になることは避けられません。

時間が経過すると、子馬は母馬のいない状況を受け入れ、食欲を取り戻します。しかし、増体の停滞や体重減少の程度が大きい場合、代償(リバウンド)として急激に増体することがあります。このときの急激な増体は、発育期整形外科的疾患(DOD)を発症するリスクを高めるとされています。さらに、子馬が離乳時に感じたストレスが強すぎると、大きな“トラウマ”になり、従順さが失われ馴致しにくくなる場合があるともいわれています。これらのことから、離乳による子馬へのストレスは、極力少ないことが理想となります。

 

GPSを用いた放牧地での個体間距離測定

グローバル・ポジショニング・システム(GPS)は、最近は小型で精度の良いものが安価で手に入るようになり、民間の生産牧場でも、放牧地の運動量をGPSで把握されている方が結構いらっしゃるようです。離れたところにある2つのGPSの位置情報からGPS間の距離を測定することは可能であり、実際に世界中の多くの分野でこの測量方法は活用されています。

そこで、GPSを用いて、離乳前の親子間もしくは他個体間の放牧地における個体間距離を測定しました。放牧地において、母子間の個体間距離を5秒毎に測定し、日内で平均した結果を、成長に伴う変化として示しました(図2)。3週齢より以前の時期は、母子間の距離は約5mと、子馬はほとんど母馬から離れていないことが分かります。成長に伴い、母子間の平均個体間距離は大きくなっていき、18週齢(おおむね4月齢)以降、15mでおおむね変化がなくなります。

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図2:成長に伴う放牧地における親子の個体間距離の変化

 成長と共に母子間の距離は大きくなり、18週齢目以降、約15mでその変化が見られなくなる。

子馬の哺乳回数は、1週齢で1時間に4回、3週齢で3回、7週齢で2回と、成長に伴いその頻度は少なくなっていきます。その分、母馬から離れる時間も増えていきます。野生では、母馬が拒絶しない限り、10ヵ月齢以降も子馬が哺乳し続けていることが報告されており、18週齢を過ぎても子馬は母馬に依存し続けていると考えられます。しかし、母子間の個体間距離の成長に伴う変化から、出産直後が母子の関係の結びつきがピークにあり、経時的にその結びつきが弱くなっていく様子が観察されます。

母子間の距離が小さい時期よりも、距離に変化が見られなくなった18週齢以降に離乳したほうが、子馬の精神的なストレスはより少ないことが期待できます。実験を行った放牧地には8組の親子が放牧されていましたが、それぞれの子馬とその他の7頭の子馬との平均個体間距離をグラフで示しました(図3)。子馬は成長に伴い他の子馬と戯れる機会が増え、成長に伴い個体間距離は小さくなっていきます。約16週齢(おおむね3.5ヵ月齢)で、距離は約30mになり、それ以降は距離に変化がなくなります。この時期には、他個体との関係がある程度に築かれ、馬社会の一員になったいえのるかもしれません。放牧地の個体間距離からみた行動面からのみの示唆では、おおむね18週齢(4ヵ月齢)以降の離乳が、よりストレスを軽減させるのではないかと考えられます。

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図3:成長に伴う放牧地における子馬間の個体間距離の変化

 成長と共に子間の距離は小さくなり、16週齢目以降、約30mでその変化が見られなくなる。

 

 日高育成牧場生産育成研究室・主任研究役 松井朗

離乳後の当歳馬のしつけ 「3つの方法」 

離乳直後の当歳馬は、「母馬」という絶大な安心感を喪失するため、少なからず精神的に不安定な状態に陥ります。このため、馬によっては離乳後に取扱いが困難になる場合もあり、これまで以上に人に対する信頼感や安心感を育む努力が必要になります。
一方、放牧地で十分な青草を食べながら、他の馬たちと一緒に自発的な運動をすることが、この時期の子馬の健康な成長にとって必要不可欠であるため、必然的に人間と接する時間は限られます。このため、短時間で効果的な躾を実施することが求められます。
そこで今回は、離乳後の当歳に対して日高育成牧場で実施している「集放牧の時間を利用したしつけ」について、3つの方法をご紹介します。これらを毎日継続して実施することで、人馬の信頼関係を築く一助になるはずです。

間隔を離した引き馬
集放牧時、群のままで前の馬との間隔をつめる引き馬では、馬は落ち着いて歩きます。しかし、場合によっては、引いている人ではなく、前の馬をリーダーとして認識しています。このため、前の馬との間隔を空けることで、引いている人がリーダーとなり、人馬の関係を構築することができます(写真1)。前に歩かない馬や、逆に前に行きたがる馬の場合、引いている人が馬のスピードをコントロールしましょう。また、通路にビニールシートや横木などの障害物を設置し、そこを通過させることも人間の指示に従って歩くことを覚える有効な方法です(写真2)。

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写真1:前後の馬との間隔を空ける引き馬

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写真2:ビニールシート馴致

駐立・常歩展示の練習
集放牧時に放牧地と厩舎の途中で駐立・常歩展示の練習をします。重要なことは必ず1頭で実施することです。落ち着くからといって他の馬を近くに残しておくことは「全く意味がありません」。馬が寂しがったとしても、人間がリーダーとなって安心感を与えましょう。駐立および引き馬、いずれの場合であっても重要なことは「人と馬の距離感」です。特にリード(引き綱)はゆったりと保持し、決して短く保持して無理矢理抑え付けることがないように気を付けましょう(写真3)。

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写真3:駐立では「人と馬の距離感」が重要。引き綱はゆったりと保持する。

後膝のレントゲンの馴致
市場レポジトリーでは購買者から後膝のレントゲンが求められるようになりました。また、上場しない場合であっても、この部位の撮影を実施する機会は少なくありません。一方、後膝や股間にレントゲンのカセットが触れて馬が蹴り上げて、撮影者や撮影補助者が大怪我をするケースも少なくありません。このため、まだ体が小さく、力が弱い当歳のこの時期に後膝のレントゲンの馴致を実施することをおすすめします。敏感な馬については、最初はタオルパッティングから実施し、徐々にカセットに慣れさせていきましょう(写真4)。

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写真4:当歳時から後膝のレントゲン撮影に慣れさせておく

当歳馬のしつけの基本的な考え方
以上のしつけの基本的な考え方は、「人間が馬に求めていることは、危険なものでも痛みを伴うものでもないと、馬に納得させること」です。
例えば、レントゲンのカセットが股間に触れたところで、痛みを感じる馬はいません。これまで触られたことが無い部位であり、本能的に「何か痛い目に遭うのではないか」と、恐怖を感じているだけです。他の馬と離れて不安を感じるのは、自分だけ群と離れて、守ってくれる馬がおらず、痛い目に遭わされるのではないかと、恐怖を感じているだけです。このため、人間が馬に対して「カセットが股間に触れても痛くないこと」「1頭だけで残されても人間が安心感を与えてくれること」を納得させることが、人馬の信頼関係の構築に繋がります。紀元前の哲学者クセノフォンは、「馬を群衆に慣れさせるためには、群衆のいるところに連れていき、騒音や目に見えるものすべてが怖いものではないと教えることだ」と言っています。2000年以上、連綿と世界中のホースマンに受け継がれてきた馬のしつけの基本方針ですね。

日高育成牧場業務課長 冨成雅尚

陰睾について

陰睾とは
 睾丸(精巣)は胎子期にはおなかの中に位置し、生後数日のうちに陰嚢内に下降します(精巣下降)。この精巣下降がうまくいかず、精巣がおなかの中に留まったものを陰睾(正式には潜在精巣)と言います。おなかの中に留まった精巣(潜在精巣)は造精能がなく、また男性ホルモン(テストステロン)の分泌能も低くなります。

誤った去勢
 去勢とは、両方の睾丸を摘出することを指します。陰睾馬を去勢する際には潜在精巣も摘出しなければいけません。実際、片側の精巣のみが下降している片側性陰睾で、下降している精巣のみを摘出し、潜在精巣を残してしまうと、雄性行動が残ってしまうため去勢の意味がありません。ところが、しばしば片側性陰睾において潜在精巣を摘出せず、下降している一方のみを摘出して「セン馬」としてしまうことがあります(図1)。特に乗用馬では獣医師でない者が去勢することもあるようで、しばしば「セン馬のはずなのにメスに反応する」という相談を受けます。

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図1 片側性陰睾で片方のみ摘出した馬。同馬は潜在精巣があるためオスだが、外見上セン馬と区別がつかない。

セン馬?オス馬?
 セン馬は日本ダービーをはじめとする一部のレースに出走できませんし、性別は勝馬投票券の検討要因としてお客様に開示していますので、牡馬とセン馬とを明確に区別する必要があります。乗馬においては、競技上の大きな問題はないかもしれませんが、競馬よりも初級者が取り扱う場面が多く、牝馬と混合飼養している厩舎で事故を招くリスクにもなります。
陰睾のほとんどが片側性であり(いわゆる片金)、この場合にはもう一方の精巣が陰嚢内に存在しますので鑑別は容易です。しかし両側性の場合には外見上オスかセン馬か判断ができずに問題となります。日本では競走馬の去勢はそれほど多くありませんが、ウマにおける陰睾の発生率は5~8%と他の動物より高いこと、若馬は興奮時睾丸が挙上しやすいことなどから、陰睾馬とセン馬の鑑別に悩むシーンは決して珍しくありません。
 
従来の鑑別法
 では、外見上判断が難しい陰睾馬とセン馬はどのように鑑別するのでしょうか?従来の検査法を表1にまとめました。手術痕の確認、健康手帳の去勢手術証明は簡便ではありますが、手術痕は次第に小さくなりますし、獣医師でない方が手術する場合には証明を記載しないこともあるようで、確実とはいえません。
エコー検査で潜在精巣を確認することができますが、これも経験のある獣医師でなければ「ない」ことを証明するのは難しいものです。テストステロン検査においては、テストステロンが精巣以外の副腎からも分泌されていること、ウマは季節性があり冬季には牡馬であっても著しく低下することなどから確実ではありません。そこで、hCG負荷試験が推奨されています。hCGは牝馬に排卵を誘発する薬剤ですが、オスに投与すると男性ホルモン産生を促します。つまり、hCGを投与して男性ホルモンが上昇すれば精巣があるオス(陰睾)、上昇しなければセン馬ということです。ただし、これも性成熟していない1歳未満や冬季はオスであっても反応性が低く、判断できないこともあります。また、本検査法は二日にわたる複数回の採血が必要であること、競走馬において人為的にテストステロン産生を促すことはドーピング上好ましくなく、手軽に実施しづらいというデメリットがあります。

新たな診断方法
 上述のように、意外と厄介な鑑別検査ですが、当研究室で測定しているAMHというホルモンを測定することで簡単に鑑別できることが分かりました。AMHは精巣から分泌されるホルモンで、陰睾馬はオスと同程度の血中濃度を示す一方、セン馬はゼロとなります(図2)。AMHがテストステロンと違う点は、精巣のみから分泌されることに加えて季節性がなく、幼少期も十分に分泌されているという点です。AMHをこのような目的で利用することは人間界ではなく、ウマ特有の利用法と言えるでしょう。

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表1 オス馬・陰睾馬・セン馬の鑑別検査法

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図2 牡馬と陰睾馬でAMHが検出されるのに対し、セン馬では検出されない

日高育成牧場・生産育成研究室 村瀬晴崇

ローソニア感染症(馬増殖性腸症)について

 今回は2009年に国内で初めて発症馬が確認されて以来、すさまじい速さで生産地に広がっているローソニア感染症の原因・症状・診断と治療・予防対策についてご紹介させていただきます。

原因
 ローソニア感染症は、Lawsonia intracellularis (Li)が腸の粘膜細胞に寄生し、粘膜を著しく肥厚(増殖)させることから、増殖性腸症と呼ばれています。Liに感染した馬の多くは症状を示さない不顕性感染ですが、発症しない場合でも大量の菌が糞中に排出されます。Liは、糞と一緒に排出されてから2週間程度は生き続けます。その間に他の馬が口から菌を摂取してしまうと、新たな感染馬となってしまいます。感染馬が糞中に菌を排出する期間は非常に長く、半年以上に亘ることもあります。症状を全く示さない馬が長く菌を排出し、また発症馬の潜伏期間も2~3週間と長いため、Liの侵入を防ぐのは容易なことではありません。

症状
 ローソニア感染症は、当歳馬の離乳時期や寒さが厳しくなる冬など、ストレスにより免疫力が低下する時期に多く発症します。症状は、下痢や疝痛、発熱など様々ですが、最も特徴的且つ厄介なのは、低タンパク血症です。低タンパク血症は、Liに寄生された腸の粘膜細胞が病的に増殖するため、タンパク質などの栄養を腸で吸収できなくなることにより引き起こされます。食物を摂取しても栄養が吸収できないため発症馬の体重は著しく減少し(図1)、重篤なものでは死亡することもあります。

診断と治療
診断には、低タンパク血症がカギとなります。発熱や下痢、疝痛等の症状がある馬で、血液中のタンパク質量が極端に減少している馬はローソニア感染症が強く疑われます。重篤化してしまったものでは、腹部超音波検査で通常の倍近くまで肥厚した小腸が観察されることもありますが、そこまで症状が進行してしまった場合は治療が長びくことが予想されます。治療は、抗生物質(オキシテトラサイクリンやドキシサイクリン)が効果的ですが、治療が遅れると回復に長い時間を要するため、早期診断と早期治療が非常に重要です。

予防対策
Liは、パコマ(250倍希釈液)や、ビルコン(100倍希釈液)などの消毒薬を使用することで消毒できます。しかし、最近実施された疫学調査では、発症馬と同居していた馬の60%以上、多い所では100%の馬が感染していました。不顕性感染が多いことを考慮すると、発症馬が確認された時には既にLiが畜舎に蔓延している可能性が高いと言えます。そのため、発症馬を一時的に隔離しても効果は期待できません。そこで最近注目されているのは、豚用ワクチン(図2)の投与です。ワクチン30mlを口もしくは肛門から、30日間隔で2回投与します。あくまでも豚用のワクチンではありますが、一定の効果は期待できるようです。しかし、感染が確認されてから慌ててワクチンを投与しても効果はありません。ストレスが増える時期を予測して、予め投与しておく必要があります。
最後に、どんな病気に対しても言えることですが、予防対策は日々の健康観察を確実に行ことが大切です。体温や飼食い、便の状態などに異常を認めたら、できるだけ早く獣医師に相談することをお勧めします。感染してしまうのはある程度仕方がありませんが、早期に発見して適切な治療をすれば、重症化することは少ないようです。一年で最も気温が下がるこれからの時期には特に注意してください。

1 図1:1歳の発症馬。2週間程で体重が100kg減少し、回復に3ヶ月を要した。

2 図2:市販されている豚用ワクチン。

(文責 日高育成牧場 業務課 宮田健二)

若馬の昼夜放牧管理について:その1

はじめに
サラブレッドは約2世紀に渡る歴史の中で、速く走るための育種改良が行われてきました。したがって、血統的に優れた馬の子孫は走る確率は高く、競走馬の生産において交配理論が重要であるのは否めない事実です。一方、国内の生産現場においては、イギリスやアイルランド、フランス、アメリカ、カナダなどの競馬先進国から競走馬の生産・育成技術を導入し、飼養管理技術の向上を図ることで、競走馬の質が大きく向上してきました。この飼養管理技術の向上による競走馬の資質の向上とは、サラブレッドが本来持っている遺伝的な潜在能力を環境要因により上手く引き出した結果であると云っても過言ではありません。競走馬の生産において、誕生から競走馬としてデビューするまでの育成期における飼養管理や馴致、調教などの重要性が益々見直されるようになってきているのが現状です。
そこで今回は、育成期の若馬の健全な発育に最も重要である放牧管理の中で、最近、多くの牧場で行われるようになってきた昼夜放牧について検討して行きたいと思います。

放牧の重要性
競走馬の一生の中で、最も馬体の成長が著しい時期は、誕生からブレーキングの行われる1歳の秋までの初期から中期育成の時期となります。この時期の若馬にとって大事なことは、大きく分けて、ブレーキングや調教(後期育成)に繋がる「基本的な馴致」と「健康な体づくり」となります。ここでは「健康な体づくり」について話を進めていきたいと思います。
若馬の「健康な体づくり」とは、具体的に云うと、腱靭帯・骨・筋肉・心肺機能・神経、内分泌・免疫などの健全な発育を促すこととなります。この健全な発育に欠かすことのできない要因の1つが放牧となるのです。サラブレッドの子馬は、早ければ生まれた翌日から母親と伴に放牧が開始されます。放牧時に行う自発的な運動は筋肉や骨、心肺機能の発育にとって重要な役割を果たすことが知られています。また、放牧地に生えている牧草は発育に重要な栄養素を提供してくれる飼料であり、天気の良い日には寝たりリラックスしたりできる休息場所でもあるのです。さらに、同年代の若馬と同じ放牧地に放牧されることにより、競走馬として必要不可欠な群れへの順応性の確立にも役立つと思われます(写真1)。

 

1_2 写真1 放牧地は「運動」、「栄養補給」、「休息」、「社会性」を提供してくれる場所となる


放牧の馬体に及ぼす効果
骨の発育にはカルシウムを多く摂取するだけでは十分ではありません。適度な運動をすることにより骨芽細胞が活発化し、骨形成のための効率良いカルシウムの利用が行なわれます。若馬において放牧時間が長い程、骨密度が増加するとの報告もあります(図1)。さらに、実験的に当歳馬に毎日トレッドミルによる常歩運動を加えると、小パドックで1日4時間のみ放牧されている馬に比べて腱の発育が早かったことが報告されています(図2)。これらのことから、放牧による運動は若馬の骨や腱の健全な発育にとって不可欠だと考えられます。
 

2_2 図1 放牧が骨密度に及ぼす影響 (Bell R. A. et al. 2001 改変)

3 図2 子馬における浅屈腱横断面積の変化 (Kasashima et al. 2002 改変) 

昼夜放牧
国内の生産地では、生後3ヶ月齢を過ぎると、母馬と一緒に昼夜放牧を行う子馬の姿が認められるようになります。放牧中の移動距離をGPSで測定すると、2ヶ月齢までの昼放牧を行っている期間は1日平均8kmであるのに対して、3ヵ月齢以降に昼夜放牧を開始すると、その移動距離は2倍以上に増加している様子が観察されました(図3)。また、1歳馬の昼夜放牧中の食草行動に関する報告では、16時から0時までの食草行動比率は82.7%と高く、夕方から夜間にかけての食草が活発なことが窺えます。群れの中で草原の草を1日中食べながら生活しているのが馬という動物の本来の姿であるとすると、放牧地にいることは馬にとって健康的であると思われます。成長期の若馬にとっても、運動と栄養、精神面や社会性の獲得など様々な観点から昼夜放牧の有効性が注目されているのです。

4(図3)昼夜放牧時の移動距離 


JRA日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤文夫

若馬の昼夜放牧管理について:その2

 前回は放牧の重要性や放牧が馬体に及ぼす影響について、簡単に解説し、現在広く普及してきた昼夜放牧の特性について解説しました。今回は、さらに昼夜放牧について解説することにします。

 

厳冬期の昼夜放牧管理

馬産地である日高地方の12月から4月の最低気温は氷点下となり、放牧地は氷と雪で覆われます(写真3)。この厳冬期に昼夜放牧を行った時の当歳子馬の放牧地における移動距離は、最低気温の低下とともに減少し、日長時間の増加と気温の上昇とともに増加する様子が確認されます(図3)。また、この時期の体重増加は停滞し、4月以降に急激に増加する(リバウンド)現象が認めらます(図5)。一般にサラブレッドは、1歳の春に起こる春季発動に合わせて、性ホルモンや成長ホルモンの分泌が盛んになり、増体量が増える現象が認められます。しかし、厳冬期に停滞した状態からの急激なリバウンドは発育期整形外科的疾患(DOD)の発症要因となるため、望ましいものではありません。厳冬期における昼夜放牧管理については、適切な運動量と栄養状態を確保しながら、緩やかな成長を促す放牧管理方法の検討が必要になるのです。

 

1_3 写真3 厳冬期の放牧風景

雪に覆われた放牧地では、風除けや餌場からあまり動かないことも多い。

2_3 図4 当歳子馬の昼夜(22時間)放牧における移動距離と気温、日長時間との関係

昼夜放牧により運動量の増加が認められる。

3_2 図5 昼夜放牧実施子馬の成長曲線(体重)

厳冬期に増体が停滞し、4月以降のリバウンドが認められる。

 

 

昼夜放牧のメリットとデメリット

昼夜放牧のメリットとデメリットについて、思い付くものを表1に挙げてみました。

メリットについては、前述の運動量の増加に伴う成長の促進の他に、馬房滞在時間の短縮による寝藁代や人件費の経費削減なども考えられます。実際に、寝藁の交換は1週に一度程度で良くなるため、その使用量は節約され、空いた時間を馬の馴致や放牧地の管理に充てることが可能となります。一方でデメリットも幾つか存在します。特に夜間は目が行き届かないため、事故やケガを起こす可能性が増加します。1日一度は馬房に収牧し、飼付を行い、個体のチェックをする必要がありますが、短い馬房の滞在時間では一度に栄養要求量を十分摂取させることができないため、放牧地で飼付けするなどの飼料管理方法の工夫が必要になります。さらに、初めて昼夜放牧を実施する場合には、広い放牧地(2ha以上)の確保や牧柵、ヒート式水飲み場、雨風を防げるシェルターなどの整備が必要となります。放牧地は疲弊し荒廃するため、草地管理も重要な課題となります。


4_2 表1 昼夜放牧のメリット・デメリット

最後に

競走馬を生産する上で、どのような馬づくりを目標とするかは牧場により様々です。例えば、オーナーブリーダーとして自分で競馬に走らせ、賞金を稼ぐような走る馬をつくるのか、マーケットブリーダーとしてリスクを少しでも回避する方法を取りながら、市場で高く売れる馬をつくるのか、その経営方針によって飼養管理方法は大きく異なってきます。しかし、何れにしても若馬の飼養管理においては、丈夫で健康な体づくりは重要な要素となります。丈夫な体を作る上で、放牧は欠かせない要素となりますが、日本の気候風土に特有の放牧管理については、まだまだ改良の余地がある部分です。若馬の飼養管理方法の改良が、サラブレッドの持つ優れた競走能力を益々引き出す要因であることは間違いありません。

 

JRA日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤文夫