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2025年5月 2日 (金)

当歳馬の腸内細菌叢の形成について

はじめに

 私たちヒトの腸内には莫大な数と種類の細菌が生息し、この腸内の細菌の集合体は腸内細菌叢(腸内フローラ)と呼ばれます。近年、この腸内細菌叢のアンバランス(特定の腸内細菌の過度な増減)は、循環器系疾患、リウマチ、うつ病、癌など様々な疾患の発症と関連していることが報告され、腸内細菌叢の健康に及ぼす影響が非常に大きいことが分かっています。

一方、草食動物であるウマの主食となる植物繊維はウマの消化酵素で分解できず、大腸内に生息する腸内細菌が植物繊維を発酵させ、消化管から取り込める物質(揮発性脂肪酸)につくり変えてくれることで栄養として取り込むことが可能となっています。そのため、ウマにとっても腸内細菌叢の健康に及ぼす影響は大きく重要と考えられています。

また、当歳馬は免疫機能が十分に発達しておらず、成馬に比べて病原菌等への防御力は脆弱であるとされています。腸内細菌には、体外から消化器官に侵入した病原菌やウイルスを攻撃する免疫的な役割があることも知られています。このことから、当歳馬にとって免疫機能としての腸内細菌叢の役割は大きいと考えられます。

しかしながら、ウマの腸内細菌に関する研究の歴史は浅く、未だに多くのことが解明されていいないのが現状ですが、今回は、出生直後の当歳馬(新生子馬)の腸内細菌叢の形成に関する情報をまとめてみることとしました。

 

新生子馬の腸内細菌叢

新生子馬の腸内には腸内細菌が存在しているのでしょうか? 出生から10~20分以内に肛門から直接採取した胎便(胎児期に蓄積した糞)中には、細菌がいることが報告されています。子宮内の胎子は無菌状態(感染などがない場合)にあり、羊水や羊膜には細菌が存在しないと考えられています。そのため胎便中の腸内細菌は、産道や馬房内から経口で取り込んだ細菌に由来すると考えられています。しかし、近年の研究においてウマの羊水中には細菌が存在し、胎便の腸内細菌叢と羊水内の細菌叢が類似していることから、腸内細菌の一部は胎子期に獲得された可能性があると考察されています。ちなみに細菌叢の類似は、細菌叢内の細菌の種類や全体に対するそれぞれの細菌の存在割合などから統計的に解析されます。ヒトでも胎児は子宮内で無菌状態であるとされていましたが、最近の研究で羊水や羊膜に細菌が生息していたとの報告もあり、子宮内が無菌であるか否かは意見が分かれているようです。このように細菌の獲得経路は不明なものの、出生の早い段階で子馬の腸内において細菌叢が形成されていることは確かなようです。

 

腸内細菌叢と母乳の関係

新生子馬の腸内細菌叢は、非常に短期間で変化することが知られています。母乳および乳房には様々な細菌が存在しており、それらを母乳と共に摂取することで新たな腸内細菌叢が形成されていくと考えられています。特に生後24時間の腸内細菌叢の変化が大きく、初乳は子馬に免疫グロブリンや多量の栄養を供給するだけではなく、含まれる細菌により新たな腸内細菌叢形成に貢献していると考えられています。その後も徐々に腸内細菌叢は変化していき、1~2週齢の子馬の腸内細菌叢は、母乳中の細菌叢と類似していることから、この時期の腸内細菌叢は母乳中の細菌の影響が大きいと考えられています。また、母乳に由来した栄養分を腸内細菌が利用することも、腸内細菌叢が変化する要因のひとつであるとされています。

 

食糞行動

生産者の皆様は、子馬が母馬の糞を食べる場面を何度か目にしたことはあると思いますが、食糞行動は当歳馬が腸内細菌を獲得する方法の一つであるとされています。食糞行動はおおよそ3日齢から開始され、徐々に回数が増加していき14日齢で最も多くなることが報告されています。食糞行動の開始時期や回数などは個体により異なり、全ての個体が必ず食糞行動をしているのかは分かっていません。しかし、食糞行動を観察した試験では対象となる全ての子馬が、食糞行動をしていたことが報告されおり、ほとんどの子馬は食糞行動をすると考えられます。母馬の糞中には繊維分解する機能を有する細菌が含まれており、それを摂取することで腸内に繊維分解細菌を定着させるとされています。海外の研究において生後12時間、3日齢、7日齢、14日齢、21日齢における糞中の繊維分解細菌数を調べたとき、7日齢から急激に繊維分解細菌数が増加し、21日齢にはさらに増加したことが報告されています(図1)。図2には、同じ研究における成長に伴う糞中の繊維(NDF:中性デタージェント繊維)含量の変化を示しましたが、糞中の繊維含量は牧草に由来するものであり、繊維含量が高いほど牧草の採食量が多いことが分かっています。糞中の細菌は腸内細菌を反映するとされており、7日齢以降に腸内の繊維分解細菌数が増加したことが示されました。この研究では、同時に食糞行動も観察されており、全ての子馬で食糞行動が2から5日齢から開始されていたことから、7日齢から腸内の繊維分解細菌の増加は食糞行動によるものであると考察されています。そして腸内の繊維分解細菌が増加することに伴い牧草採食量、すなわち植物繊維の摂取量も増加し、その後さらに腸内の繊維分解細菌が増加したと考えられています。このように当歳時の食糞行動は、牧草を主食として摂取するウマにとって重要な行動であると考えられます。

 

発情下痢

多くの子馬において5~15日齢頃に見られる一過性の下痢は、発情下痢として知られています。発情下痢は、母馬の分娩後の初回発情と時期が被ることが多く、かつては母馬の発情と関連して母乳成分が変化することによる下痢ではないかと考えられていたそうです。しかし、この下痢は母馬の発情とは無関係であり、母乳以外の飼料などが原因であると考えられています。早い個体であれば1日齢くらいから母馬の真似をして、牧草や敷料などを口に入れるなどの行動を開始します。この時期の子馬は、飼料として牧草などを口に入れているわけではありませんが、一部は飲み込んでしまい腸内に達した結果、細菌叢に影響を及ぼし下痢を発症するのではないかと考えられています。感染性の下痢でなければ、発情下痢は数日で治まることから、下痢止めなどの処置は不要とされています。発情下痢は成熟した腸内細菌叢が形成される一つの過程であるという見解から、発情下痢を緩和させるために生菌を含むサプリメントなどを処方することは、適正な腸内細菌叢形成の妨げになるのでは?という意見もあるようです。

 

おわりに

子馬は出生直後から体の成長だけでなく、接する様々な新しい環境に適応できるように腸内細菌叢も変化していきます。腸内細菌は消化器官の発達にも関与しており、腸内細菌が健常に活動することが健康な発育につながると考えています。腸内細菌は難しい分野であり不足している情報も多いですが、腸内細菌を理解することが「つよい馬づくり」の一助になることを期待しております。

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2025年4月 1日 (火)

馬胃潰瘍症候群

今回は消化器官の疾患としてしばしばみられる馬胃潰瘍症候群についてご紹介いたします。

馬胃潰瘍症候群(EGUS)とは、馬の胃の潰瘍の総称です。馬においては扁平上皮性胃疾患がよくみられます。EGUSは野生馬、人の管理下にある馬の両方で一般的な疾患です。なかでも競走馬の有病率はとても高く、80~90%と報告されており、競走馬の職業病とも言えます。臨床症状は軽度の疝痛や食欲不振、体重減少、毛艶の悪化などが挙げられます。またEGUS発症馬は有酸素運動能力が低下するとの報告(Nieto et al., 2009)もあり、食欲不振に伴うパフォーマンスの低下が顕著にみられます。EGUS発症の直接的な原因は胃酸の胃粘膜への曝露ですが、それには飼養管理やストレス、電解質や抗炎症薬の投与などいくつかの要因が関連しています。

野生馬と比較して管理下にある馬は有病率が高いことから、飼養管理が大きく関連していると考えられます。野生馬は1日のうち12~20時間を採食に費やし、胃酸を中和するはたらきをもつ唾液を多量に分泌します。しかしながら舎飼されている馬は採食時間が短く、唾液の分泌量は1/3程度まで低下してしまいます。それによって胃内が空の時間が長くなること、また胃酸が中和されにくいことからEGUSを発症すると考えられています。さらに、競走馬は激しい運動(走行)によって内臓が圧迫されることによって胃粘膜への胃酸曝露が増加し、EGUSを発症しやすいと考えられています。

上記のような飼養管理方法の違いに加え、食餌内容もEGUSの発症に大きく関係しています。2013~2018年にベルギーで実施された調査によると、EGUS発症馬は非発症馬と比較して体重あたりの糖とデンプンの摂取量が有意に多かった(P<0.001)ことが報告されています(図1、Galineli et al. 2019)。また2022年には、高デンプン飼料(デンプン含有率50%)を与えられた馬は高繊維飼料(デンプン含有率20%)を与えられた馬と比較して胃粘膜病変の重症度が高いことが報告されています(Colombino et al., 2022)。燕麦などの濃厚飼料の給餌量の多さは胃内での揮発性脂肪酸発生量を増加させ、胃粘膜を傷つけることでEGUSのリスクとなると考えられています。そのほかに、非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)の投与もEGUSと関連しており、抗炎症薬の投与時には胃潰瘍予防に留意することが必要です。当牧場においても抗炎症薬を連続で投与する場合には、オメプラゾールを同時に投与し、予防に努めています。

EGUSは馬の職業病とも言われてしまう疾患ですが、飼養管理方法を少し留意するだけでも予防効果を期待することができます。予防のためのポイントとしては、①採食時間の延長、②高繊維飼料割合の増加、③抗炎症薬連用時にはオメプラゾールも投与の3点が挙げられます。健康で強い馬づくりのための参考としていただけましたら幸いです。

1図1. 体重kgに対する糖とデンプンの摂取量g(%)

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日高育成牧場 生産育成研究室 根岸菜都子

2024年12月 9日 (月)

ビタミンDについて

はじめに

 ビタミンは5大栄養素(その他は炭水化物、脂肪、タンパク質、ミネラル)のひとつであり、体の機能を調整するために不可欠な栄養素です。生体内で必要となるビタミンの量は微量ですが、体内でほとんど合成できないため食事から採る必要があります。ビタミンやその機能について知られるようになってからの歴史は浅く、そのことを示すものとして明治期海軍の逸話が有名です。明治時代に海軍で脚気に苦しむ兵隊が急増し、その原因が不明であったことから大きな問題となりました。当時はビタミンの存在やその役割が十分に認識されていなかったのですが、後に脚気はビタミンB1の不足によるものであり、海軍ではビタミンB1をほとんど含まない白米ばかり食べていたことが原因であると判明しました。

ヒトにおけるビタミンの機能・役割について現在までにかなり知られるようになっているものの、全てが解明されているわけではありません。一般的にヒトに比べ馬の栄養に関する研究は遅れてしまいますが、馬におけるビタミンの機能・役割について不明な部分は非常に多いとされています。

 

馬におけるビタミン栄養

 生体内で必要なビタミンは13種類あり、そのうちビタミンA,D、EおよびKが脂溶性ビタミン、ビタミンB群に属する8つのビタミンとビタミンCが水溶性ビタミンに分類されます(図1)。馬栄養の分野では、繁殖能力や蹄の健康に影響を及ぼすビタミンAや抗酸化作用のあるビタミンEについての関心が高く、インターネットなどでもそれらの情報は比較的多くみられます。一方でビタミンDに関する情報は少ないのですが、今回の話題はビタミンDについてです。

 馬においてビタミンDが必要な栄養素であることは間違いありませんが、牧草に多量に含まれており不足しにくいとされています。しかし、近年に発表された論文で、ビタミンDに関して興味深い成績が報告されています。香港の競走馬と英国の競走馬の血中ビタミンD濃度を比較したとき、香港の競走馬でその値が低かったことが報告されています。この研究成績で注目すべきは、競走馬に要求量を満たすビタミンDを給与しても不足する可能性があるということが示されていることです。

 

ビタミンDの機能と供給源

ビタミンDの生体内における主な機能として、カルシウムやリンの代謝を調整し骨を健全に維持させることが知られています。それ以外に近年、ヒトでビタミンD摂取により運動後の筋機能回復が早まることが報告されており、ビタミンDの筋機能に及ぼす影響が注目されています。

ビタミンDには、ビタミンD2およびビタミンD3と2つの形態があります。ビタミンD2は燕麦などにはほとんど含まれませんが、牧草には含まれており、乾草作りの際に紫外線に曝されることでその含有量はさらに増加します。ビタミンD3は、皮膚が紫外線に曝されることで合成されるとされ、ヒトや他の家畜ではこれがビタミンDの有用な供給源になるとされています。しかし、馬の皮膚で紫外線暴露により合成されるビタミンD3は極めて少ないことが分かっています。また、サプリメントや配合飼料に人工的に加えられるのはビタミンD2とD3ですが、海外ではビタミンD3を使用することが多いようです。

 

競走馬のビタミンDに関する研究

 ビタミンDが生体内で活性されるとその形体は変化し、ビタミンDとDはそれぞれ25-ヒドロキシビタミンD2(25OHD2)および25-ヒドロキシビタミンD3(25OHD3)となります。そして25OHD2と25OHD3の血中濃度の合計が、ビタミンDの栄養状態の指標になるとされています。以降で25-ヒドロキシビタミンD(25OHD)はビタミンDと表記します。

図2に香港競走馬(香港)と英国競走馬(英国)の血中ビタミンD濃度を示しました。ビタミンD2ならびにD2とDの総計の血中濃度は、香港が英国に比べて有意に低い結果でした。ビタミンD3は香港と英国で差はありませんでしたが、このD3は主に配合飼料由来によりものと考えられています。香港と英国で血中のビタミンD2濃度に差があったのは、英国では1時間放牧し放牧草を摂取していた影響であると考察されています。しかし、一般的には競走馬を放牧できる環境で繋養しているほうが希少であり、日本も含め一般的な競走馬のビタミンDに関する栄養状態は香港と同様であると言えるかもしれません。

香港の血中ビタミンD濃度は低かったのですが、重要なことはビタミンDに不足は無かったのかということです。そもそも馬の血中ビタミンD濃度は低いことが分かっていますが、ビタミンDが不足していると判断できる血中の閾値濃度は分かっていません。血中ビタミンD濃度の平均は英国と香港でそれぞれ16.7と13.4nmol/Lでしたが、香港の最低値は4.3nmol/Lであり、このような低値の馬にはビタミンDを補給すべきであろうと考察されています。NRC飼養標準によると競走馬のビタミンD要求量は体重1kg当たり6.6IU / day とされていますが、香港ではビタミンDとして全ての馬は体重1㎏当たり10IU / day以上が給与されていました。すなわち、要求量を満たすビタミンDを給与していたにもかかわらず、ビタミンDの補給が必要な場合があることになります。一方でビタミンDの過剰摂取により軟骨組織の石灰化などが報告されていることから、限度量は体重1kg当たり44IU / dayまでとされています。そのため、闇雲にビタミンDを補給することは好ましくないと考えられ、研究者らは血液検査により著しく血中ビタミンD濃度が低い馬に対してビタミンDを補給することを推奨しています。また、ビタミンDに比べて過剰症のリスクがより少ないDの補給を推奨しています。

 

現行の競走馬におけるビタミンD要求量はもしかすると少ないのかもしれませんが、それを調べるにはさらなる研究が必要でしょう。今回は競走馬についての話でしたが、生産地での飼養管理は放牧が中心であり、ビタミンDを多く含む牧草を摂取している繁殖牝馬や育成馬でビタミンDが不足する可能性はほとんどないと考えられます。

日高育成牧場 首席調査役 松井朗

2024年9月25日 (水)

食用油給与の効果

近年、馬への食用油給与は珍しいことではなくなりました。その効果を最大限に発揮させるため、馬への適切な食用油給与についてご紹介いたします。

馬のエネルギーの元となる栄養素は、五大栄養素(図1)のうち、炭水化物、脂質、タンパク質の3つです。タンパク質は血液や筋肉の元となるため、炭水化物と脂質が大きなエネルギー源となります。馬が摂取するエネルギーの大半は、牧草等の粗飼料に含まれる植物繊維と濃厚飼料に含まれるデンプンから得る炭水化物です。一方で、食用油は成分のほとんどが脂質であり、そのままエネルギー源となることが最大の特徴です。食用油給与の効果として、第一に効率的にエネルギーを給与できる点、第二に濃厚飼料と置き換えることでデンプンの給与量を減らすことができる点が期待されています。

1 図1. 五大栄養素

 

効率的なエネルギー給与

脂質のエネルギーは炭水化物やタンパク質の2~3倍です。同じ量の飼葉を食べても太りにくい馬や、食が細く食べる量が少ない馬に効率良くエネルギーを給与する方法として、食用油が利用されます。また厳冬期には寒冷ストレスにより体温が奪われ、エネルギー要求量が増加する場合があります。このようなときのエネルギー補給にも食用油の給与は有効です。

 

デンプンとの置き換え

濃厚飼料の多給は疝痛や蹄葉炎などの食餌性疾患を引き起こすことは広く知られており、その原因は濃厚飼料に含まれるデンプンと言われています。デンプンは本来小腸にて消化吸収されるべき栄養素です。しかしながら濃厚飼料の多給によって消化吸収されなかったデンプンは盲腸に流入します。盲腸へデンプンが多量に流入すると、後腸アシドーシスや腸内細菌叢の乱れ、疝痛など様々な疾患を引きおこす原因となります。

妊娠末期や泌乳期、運動量の多いときなど、エネルギー要求量が多いときには、どうしても濃厚飼料の給与量が増えてしまいます。そのような場合に穀物などのデンプンを食用油に置き換えることで、デンプンの給与量を抑えることが可能です。例えば、エン麦のエネルギーは3Mcal/kgに対し、食用油は9Mcal/kgとエン麦の3倍にもなります。したがってエン麦1.5kgは食用油0.5kgに置き換えが可能です(図2)。

Photo_23 図2. エン麦1.5㎏と食用油0.5kg(エネルギーは同量)

 

食用油給与時の注意点

食用油給与時の注意点についていくつかご紹介いたします。食用油は植物性油と動物性油のふたつがあります。馬は草食動物ですので植物油を好み、動物油は嫌います。また馬の基本的な飼料中の脂質は全体の2~5%と少ないため、飼葉の嗜好性低下には注意が必要です。成馬であれば1日あたり1L程度は給与しても構わないとされていますが、過剰給与は嗜好性やパフォーマンスの低下につながりますので、馬の状態を適宜確認しながらの給与を推奨いたします。

 

最後に

食用油は脂質以外の栄養素を含まず、消化管への負担も軽減するなど、エネルギーの補給源として大変有用です。また、毛艶や皮膚の調子が良くなるなどの効果も認められています。太りづらい馬や妊娠後期のエネルギー要求量が増加しはじめる繁殖牝馬、また市場上場予定馬のコンディション調整のために食用油の利用も選択肢のひとつとして検討してみてはいかがでしょうか。

 

JRA日高育成牧場 生産育成研究室 根岸菜都子

2024年1月15日 (月)

さく癖と濃厚飼料摂取および消化器の障害との関係

馬事通信「強い馬づくり最前線」第321号

≪はじめに≫

  馬の「ゆう癖」、「旋回癖」および「さく癖」などの習慣的な行動は、馬が健康で精神的に健常であれば発現しないであろうと考えられており、好ましくない悪癖として認識されています。これらの悪癖は異常行動であり、様々なストレスが原因となり発現すると考えられています。しかし、馬が何に対してストレスを感じているかを我々が察知することは困難であり、その原因を取り除くことは容易ではありません。一方で、飼養管理方法が原因となって、悪癖が発現する場合があり、その原因を正しく理解できれば、それを改善することにより悪癖の馬を減らすことができるかもしれません。

 さく癖(グイッポ)は、馬が前歯を柵などの固定物に引っ掛けて頭頸部を屈曲させ、独特のうねり声を出しながら食道に空気を吸い込む悪癖です(写真)。さく癖の馬は、消化器官の障害を発症しやすいと言われてきました。しかし現在は、さく癖が胃潰瘍や疝痛の発症原因なのではなく、そのような疾病を発症しやすい飼養管理が、さく癖を発現する大きな要因になっていると考えられています。

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写真 さく癖の馬:前歯を柵などの固定物に引っ掛けて頭頸部を屈曲させ、独特のうねり声を出しながら食道に空気を吸い込む

 

 

≪濃厚飼料の過剰摂取は胃潰瘍の原因≫

 さく癖と胃潰瘍の関係の前に、濃厚飼料の摂取と胃潰瘍との関係について解説します。

 海外の調査で、胃潰瘍を発症した馬は、濃厚飼料の摂取量が多い傾向にあることが報告されています。胃潰瘍は、胃の無腺部が胃酸を多く含むpHの低い胃内容液に長時間、曝されることにより発症します。一方、唾液は採食時の咀嚼により分泌が促進されますが、アルカリ性であるため胃内のpHを上昇させ、胃粘膜が酸によって浸食されることを予防する作用があります。馬が粗飼料のみを摂取している場合、採食時間が長くなるため、唾液が胃内に流入する時間帯が多くなります。一方で、家畜として飼養管理されている馬、特にサラブレッドには1日に数回、エネルギー濃度の高い濃厚飼料が給与されますが、必要なエネルギーを短時間で獲得できるので採食に要する時間も短くなります。その結果、胃内に唾液が流入する時間帯は限定されるため、胃内のpHは低下しやすく、胃潰瘍を発症するリスクは高くなります。また、唾液の分泌量は咀嚼回数に従い増加しますが、濃厚飼料を嚥下するまでの咀嚼回数は、同量の粗飼料を摂取した場合に比べて少ないため、唾液の分泌量も少なくなります。さらに、濃厚飼料を摂取したとき、胃酸の分泌を刺激するガストリンというホルモンの血中濃度が粗飼料を摂取したときに比べて上昇するため、胃酸の分泌量が増加するとされています。このように、濃厚飼料の摂取は、粗飼料のみを摂取する場合に比べて、胃内のpHが低くなる要素が多いことが分かります(図1)。さらに、濃厚飼料の摂取量が増加するにつれ、胃内のpHを下げる要素の影響が大きくなることから、胃潰瘍発症のリスクがさらに高まることは容易に想像できます。

 

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図1 摂取飼料が胃内溶液のpHに及ぼす影響(乾草のみと濃厚飼料+乾草を給与した馬の24時間中の胃内容液のpH中央値を比較)

 

 

≪胃潰瘍とさく癖の関係≫

 海外の調査において、さく癖の馬はさく癖の無い馬に比べて胃潰瘍を発症している割合が多いことが報告されています。それでは、胃潰瘍とさく癖にどのような関係あるとされているのでしょうか? 正確には相互に関連があるのではなく、胃潰瘍が発症しやすい胃内のpH低下が、さく癖の発現と関係があるとされています。あくまでも仮説ではありますが、さく癖は胃内のpHを低下させないための適応行動であると考えられています。具体的には、胃内のpHが低下することは馬にとっては不快であり、さく癖は唾液の分泌を促して少しでもその不快感を解消しようとするための行動ではないかと推測されています。さく癖を行う馬に、自由にさく癖を許したときと、人為的に5分間さく癖を制止したときの唾液の分泌量を比較した場合、さく癖を許した馬の分泌量は変化が無かったのに対して、制止した馬の分泌量は有意に減少しました(図2)。この研究結果からは、さく癖は唾液の分泌を促す効果があることが示されています。また、さく癖の子馬に胃酸を緩衝させる効果のある制酸性サプリメントを給与したとき、さく癖の頻度が減少したことが報告されており、さく癖は胃のpH低下を抑制するための行動であるという仮説を裏付ける成績であると考えられています。

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図2 さく癖馬にさく癖を制止させたときの唾液分泌量の変化(プレの採材から5分間、さく癖を制止して唾液分泌量の変化を調査)

 

 

≪疝痛とさく癖の関係については不明≫

 さく癖により吸い込んだ空気が、食道を通過して消化器官に流入するため、“さく癖の馬は風気疝などを発症しやすい”とされていたことがありましたが、さく癖による吸気が大腸にまで達することはないようです。近年は、さく癖の馬に疝痛が多いのもまた、濃厚飼料が影響しているのではないかと推察されています。濃厚飼料を多く摂取すると、デンプン等の易消化性炭水化物が盲結腸内に流入し、腸内細菌により乳酸発酵されることで大腸内のpHが低下します。ちなみに、濃厚飼料の過剰摂取により疝痛が発症するのは、大腸内における過度な乳酸発酵が原因であると考えられています。大腸内のpHが過度に低下したとき、腸粘膜が侵され炎症(潰瘍)が発症します。腸に潰瘍が発症した馬は、歯ぎしりなどの行動を示すことがあり、これは大腸に不快感があるためであると考えられています。仮説としては、この不快感を緩和するための手段の一つがさく癖であり、さく癖の馬に疝痛が多くみられる理由ではないかと推察されています。しかし、このことを証明する情報は乏しく、さく癖と疝痛を結び付けるには更なる研究が必要なようです。

 

≪おわりに≫

 馬が行うさく癖などの悪癖は、身体や精神の健康にとって好ましくない状況にあることを伝えるためのサインとして捉えることができます。悪癖の発現を予防することは重要ですが、サインを受け取ったとき、飼養管理において改善すべき問題がないかを見直すこともまた重要であると考えています。

 

 

日高育成牧場 首席調査役 松井朗

2024年1月 9日 (火)

なぜクリープフィーディングが必要なのか?

馬事通信「強い馬づくり最前線」第312号

 哺乳期の家畜に飼料を給与することは「クリープフィーディング」と呼ばれますが、「抜け穴」を意味するクリープ(Creep)が語源となっています。すなわち、家畜の子供だけが囲いを通り抜け飼料を食べられるようにする給餌方法がクリープフィーディングです。ちなみに、少し混乱させるかもしれませんが、クリープフィーディングにおいて給与する飼料はクリープフィードと呼ばれます。クリープフィーディングを実施する目的は、家畜種で若干異なりますが、サラブレッドにおいては、母乳や放牧草で不足する栄養の補給と離乳前から固形食に馴らすことが主な目的となります。クリープフィードは子馬だけが餌を食べるようにすると同時に、母馬の飼葉を横取りして過剰な栄養を摂取することは避けなければなりません。他の家畜では、クリープフィーディングで増体をより大きくすることを目指すので、母親の餌を盗み食いすることには寛容である場合がほとんどです。しかし、サラブレッドの場合、クリープフィーディングの実施は、栄養の摂取不足だけでなく栄養摂取の過剰やアンバランスを避けるためでもあります。栄養に起因したDOD(発育期整形外科疾患)発症には、銅などのミネラルの不足以外に、急激な増体や濃厚飼料に多く含まれるデンプン等の過剰摂取による糖代謝異常も原因となることが知られています。

 

クリープフィーディングによる不足する栄養の補給

 過去の研究で調べた当歳馬の哺乳量および放牧草採食量から、クリープフィーディングについて考えてみましょう。子馬の哺乳量は1.5ヵ月齢から2ヵ月齢にかけて、急激に減少していきます(図1)。母乳中のカルシウムおよびリン濃度もまた経時的に減少していく(図2 (a))ため、乳由来のカルシウムおよびリン摂取量は成長に伴い加速度的に減少していきます(図3 (a))。また、母乳中の亜鉛および銅濃度は初期を除き哺乳期間中にほとんど変化はみられません(図2 (b))が、哺乳量が減少するため乳由来の亜鉛の摂取量もまた成長に伴い減少していくことになります(図3 (b))。一方、放牧草の採食量は成長に伴い増加していくため、放牧草由来のミネラル摂取量は増加していきます。栄養の摂取量に対する要求量(必要量)の割合(摂取量÷要求量×100[パーセント])は、充足率と呼ばれ、充足率が100%に満たないとき、その栄養は不足していることになります。2ヵ月齢および4ヵ月齢における母乳と放牧草から摂取したカルシウム、リン、亜鉛および銅の充足率を調べると、全てのミネラルで充足率は100パーセントを下回りました(図4)。放牧草の採食量が増加しても、必要量を満たす程度のミネラルが摂取できていないことが分かります。カルシウムおよびリンは骨の重要な材料であり、亜鉛や銅は軟骨の骨化に重要な役割があることから、これらのミネラルが不足することで骨軟骨症などの骨疾患が発症することが知られています。したがって、クリープフィーディングにより、これらのミネラルを補給し充足率が100%を超えるようにする必要があります。仮に「バランサーS」という飼料を、クリープフィードに用いたとします(図5)。全てのミネラルの充足率が100パーセント以上になるようにするには、2ヶ月齢および4ヶ月齢でそれぞれ「バランサーS」を850gおよび750g給与する必要があることが分かりました(図6)。このように、サラブレッドの健康な発育のためには、おおむね2ヶ月齢からクリープフィーディングを実施し、栄養の不足がないようにする必要があります。

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図1.成長に伴う哺乳量の変化

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図2.母乳中ミネラル濃度の経時的変化

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図3.成長に伴う母乳由来のミネラル摂取量の変化

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図4.2ヶ月齢および4ヶ月齢における母乳および放牧草由来で摂取するミネラルの充足率(要求量に対する割合)

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図5.「バランサーS」のミネラル成分

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図6.2ヶ月齢および4ヶ月齢における母乳と放牧草にバランサーを加えたときのミネラルの充足率(要求量に対する割合)。2ヶ月齢 (a) には「バランサーS」を850g、4ヶ月齢(b)には750gを加えた

離乳前に固形飼料摂取の馴致

 離乳により子馬は母乳を絶たれるために、固形飼料のみから栄養を採る必要があります。もし、子馬が牧草以外の飼料を食べることに馴れていなければ、離乳後、飼桶から飼料を摂取するようになるまでしばらく時間がかかるかもしれません。また、母馬と一緒に飼料を食べていた子馬は、離乳後のしばらくは飼葉に口をつけないかもしれません。離乳は子馬にとって精神的には大きなストレスであり、一時的に増体が停滞もしくは減量することは避けられません。しかしながら、離乳前から個別に固形飼料を食べるようになっていれば、少なくとも栄養が摂取できないことによるストレスの心配はありません。離乳による精神面のストレスに加えて栄養摂取が不十分であれば、増体停滞の期間は長くなります。子馬はやがては離乳によるストレスから解放され再び増体していきますが、増体停滞の程度が大きい程、代償的に急速に増体します。増体速度の急増によりDOD発症のリスクが高まることから、離乳後の増体の停滞はなるべく軽度であることが好ましいとされています。このことから、クリープフィーディングは離乳ストレスの軽減のために、必要であるとあるとされています。

 

さいごに

 生後早い時期の下痢のことを「発情下痢」と呼びますが、この下痢と母馬の発情とは関係ありません。子馬が母馬の糞や牧草などを食べたとき、腸内環境がそれらの消化に適応しないためによる下痢であって、偶然に母馬の初回発情時期と重なる場合が多いことから「発情下痢」と呼ばれるようになったのではないでしょうか。下痢になるのは摂取する飼料に対して腸内細菌が少ないことや適応していないためと考えられますが、クリープフィーディングを実施することは腸内環境を飼料に適応させていく過程としても必要であると考えられます。 

首席調査役 松井朗

2023年10月17日 (火)

スプリングフラッシュ

馬事通信「強い馬づくり最前線」第306号

 北海道でも春を迎えて暖かくなり、青々とした放牧地が増えてきました。今回は春に発生する牧草の急生長「スプリングフラッシュ」についてご紹介いたします。

 

スプリングフラッシュとは

 春になり牧草が急激に生育する状態を「スプリングフラッシュ」と呼んでいます。チモシーやオーチャードグラスなどの寒地型牧草は春の長日条件で出穂、開花するためスプリングフラッシュが顕著にみられます。スプリングフラッシュは日中の最高気温が10~15℃、夜間の気温が4℃以上の日が数日続いた時期に起こりやすく、北海道では4月下旬から5月にかけて起こりやすいと考えられます。気象庁の季節予報によると、本年は例年より早い気温上昇が見込まれているため、本年のスプリングフラッシュが起こる時期は少し早まるかもしれません。

 一般的に採草地におけるスプリングフラッシュは収量の面で歓迎できますが、放牧地においては、過度に生長した牧草の嗜好性が低くなるなどの理由により好ましくないと考えられます。そのため、牛の場合においては、スプリングフラッシュの前に放牧強度を高める(放牧地面積あたりの頭数を増やす)ことや、短期輪換放牧(放牧地を区切り、ある程度の期間で順繰りに放牧していくこと)といった対策が講じられています。一方、馬の場合においては、牛と異なり放牧地が運動の場としての役割も兼ねることから、ある程度の放牧地の面積が必要であるため、スプリングフラッシュが起こる前の施肥は避けて6月上旬に行うことや、掃除刈り(写真1)頻度の増加といった対策が推奨されます。

 

スプリングフラッシュが馬に及ぼす影響

 放牧地のスプリングフラッシュは牧草の過度の生長以外に、馬の健康に悪影響を及ぼす可能性があるとされています。スプリングフラッシュ時期の牧草は自身の生長のため、非構造性炭水化物(以下NSC)と呼ばれる糖分(デンプンやフルクタン)を多く蓄えています。このNSCを過剰に摂取することによって糖代謝異常となり、高インスリン血症由来の蹄葉炎を発症する可能性があることが知られています。2000年に行われたアメリカ農務省の調査によると、蹄葉炎発症馬の50%以上が草量豊富な草地への放牧または濃厚飼料の多量摂取によるものであると報告されており、食餌量や内容が蹄葉炎の発症に大きく関与していると言えます。

 春に放牧される馬は採食量の増加と牧草中NSC含有率の上昇によってNSC摂取量が非常に多くなる場合があります。アメリカで8 万頭の馬(用途・種問わず、除ポニー)を対象に行われた蹄葉炎に関する調査では、蹄葉炎の発症は冬と比較して春および夏に多いことが示されました(図1)。つまり、スプリングフラッシュが起こる時期にNSCを多量に摂取することによって蹄葉炎を発症した可能性が示唆されているということになります。

 なかでも、肥満あるいは高齢馬は蹄葉炎などの糖代謝疾患発症のリスクが高いことが懸念されます。日高育成牧場においても、昨年6月にボディコンディションスコア(BCS)が 7と肥満であった8歳の繁殖牝馬が蹄葉炎を発症しました。このような高リスク馬に対して、スプリングフラッシュに伴う牧草中のNSC含量が高い時期の糖代謝疾患発症リスクを軽減するためには、放牧制限が最も有効です。この理由は、牧草中のNSCは季節変動のみならず日内変動が大きく、これは日射量が光合成による糖の産生量に影響を及ぼすためです。つまり、牧草中のNSCは午前3時から10時の間に低くなることから、NSCの過剰摂取を予防するためには、この時間帯に放牧することが推奨されます。

 

おわりに

 今回はスプリングフラッシュとその影響についてご紹介いたしました。青々とした牧草はとても良好な栄養源ですが、時として悪影響を及ぼす場合もあります。過度に警戒する必要はありませんが、肥満あるいは高齢など糖代謝疾患の懸念がある馬の管理の際に参考としていただければ幸いです。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 根岸菜都子

1_7 写真1. 掃除刈り前(左)および掃除刈り後(右)の放牧地

  

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図1. 季節ごとの蹄葉炎発症馬の割合:冬と比較して春および夏の発症が多い(Kane AJ et al. 2000より改変)

2022年12月 6日 (火)

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2022年9月30日 (金)

牧草分析について

自家牧草の成分分析

 暑さが和らぎ、「天高く馬肥ゆる秋」の季節がやってきました。夏から秋に収穫した乾草は放牧地が雪に覆われる厳冬期に給与する大切な粗飼料となるため、良質な乾草の収穫が望まれます。乾草の見た目によってその質をある程度は判断できますが、正確な評価をするためには牧草分析を行うことが推奨されます。

 表1はアメリカ産輸入乾草および日胆産乾草の主な栄養価を示しています。これらの値が乾草の質を判断するひとつの目安になります。今回は日高育成牧場のデータを参考に、成分分析値の読み方をご紹介いたします。

 2018~2020年に日高育成牧場で収穫した乾草(33サンプル)のタンパク質含有率の平均値は11.9(±3.3)%であり、一般的な目標値である9.0%を超えていました。表1に示したように日胆産乾草のタンパク質含有率は9.6%であることから、この地域における平均以上の質の乾草であり、同じくアメリカ産チモシー乾草は1番草が10.3%、2番草が12.8%であることから、輸入乾草と比較しても同程度の質の乾草を収穫できているといえます。

Photo_12表1

繊維(NDFADF)の評価

 草食動物である馬にとって繊維は非常に重要です。これまでの評価では粗繊維含有率として繊維全体の値が使われてきましたが、近年ではNDFやADF含有率が用いられています。NDFは中性デタージェント繊維の略で、細胞壁を構成する物質のうち、ヘミセルロース、セルロース、リグニンが含まれます。ADFは酸性デタージェント繊維の略で、NDFからヘミセルロースの値を引いたものです(図1)。リグニンは不消化成分ですが、ヘミセルロースは50%程度、セルロースは40%程度が馬の大腸の微生物によって分解後、消化吸収されてエネルギーとして使用されます。

Photo_7 図1

 一般的にNDF含有率は40~50%で良質とされ、65%以上となると嗜好性や採食量が低下するといわれています。ADF含有率は30~35%であれば良質と判断され、消化や栄養素利用率が良好とされています。ADF含有率が45%以上となると、総合的に栄養価が低いといわれますが、このような値になる乾草はほとんどありません。このように、NDFやADF含有率は乾草の品質評価に使用できます。

 図2は2018~2022年に日高育成牧場で収穫した乾草のNDFおよびADF含有率を散布図で示したものです。良質とされるNDF含有率:40~50%、ADF含有率:30~35%の基準を両方とも満たした乾草はありませんでしたが、ADF含有率が30~35%となる乾草は10サンプル(全体の30.1%)あり、日高育成牧場で収穫した乾草の中ではこれらのものが良質であると考えられました。

 

Photo_9 図2

 NDF含有率に注目すると、65%以上となる乾草は16サンプル(全体の48.5%)ありました。一般的にNDFやADF含有率が高くなる原因は、収穫時期が遅れた結果と考えられます。表2は2020年に収穫された乾草のNDFおよびADF含有率と収穫日の関係を示しています。この結果から天候などの理由により収穫が遅れた乾草のNDFおよびADF含有率が高くなっていることがお分かりいただけると思います。一方、2番草であっても適切な時期に収穫を行えば、ある程度の質の乾草が得られることも分かります。

1番草と2番草

 一般的に1番草は2番草よりも栄養価が高いとされており、1番草の方が高値で販売されています。そのため、生産者のみなさんの間でも1番草を選択される方が多いかと思います。しかしながら、近年、乗馬の世界では葉が多く柔らかい2番草の方が好まれる傾向があります。昨年開催された東京五輪の馬術競技においても、乾草3種(チモシー1番草・2番草、ルーサン)の中でチモシー2番草の受注が最も多く、1番草の2倍の受注量だったそうです。

 実際、1番草と2番草でどのような違いがあるのか、2020年に日高育成牧場内4箇所の採草地で収穫した乾草の成分比較を実施しました(表3)。その結果、2番草はタンパク質含有率が高く、先述したNDFおよびADF含有率が低い結果となり、2番草の方が良質な乾草といえることが明らかとなりました。なお、このときの1番草は天候などの理由から収穫が遅れ、出穂後に収穫したことが質の低下の要因のひとつと考えられたことから、これまで多くの文献でも指摘されてきたとおり、できる限り出穂前に収穫することが重要だと考えられます。

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終わりに

 適切な飼養管理を行うためには、今回ご紹介したように牧草分析を行って、科学的に乾草の質を評価することが推奨されます。その結果を元にして、より良い牧草を収穫するための対策を考える必要があります。例えば、採草地に明らかに雑草が増え、牧草分析の結果からも質が低下していることが示唆される場合には、草地更新を検討する必要があるかもしれません。また、牧草分析と一緒に土壌分析も行い、土壌の状態を正確に把握して適切な施肥管理を行うことが牧草の質の改善にも繋がります。牧草分析の結果を活用し、適切な飼養管理に繋げていただければ幸いです。

参考資料(QRコード参照)

サラブレッドのための草地管理ガイドブック(公益社団法人 日本軽種馬協会)

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愛馬のカイバあれこれ(JRAファシリティーズ株式会社)※一部を下記サイトで確認できます

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JRA日高育成牧場 生産育成研究室 根岸菜都子

2022年7月22日 (金)

発酵牧草の給与について

 今回は、馬における発酵牧草の利用についての話題ですが、読者の皆様には“発酵牧草”より“サイレージ”のほうが馴染みあると思います。しかし、正確にはサイレージは発酵牧草のひとつに分類されます。

はじめに

 国内で馬に給与される粗飼料は、放牧草を除き、ほとんどは乾草です。古来より乾草は、草が生えない時期や場所での貯蔵牧草としてつくられてきました。牧草の貯蔵中にカビや微生物が増殖すると腐敗、栄養低下および嗜好性低下の原因となりますが、乾草は水分が少ないことでこれらの有害物の増加や活動を防ぐことができます。しかし、世界中には天候不順や多湿により乾草づくりに不向きな地域があり、そのような地方では、乾草の代わりに発酵牧草がつくられるようになりました。発酵牧草では、牧草養分を発酵させる菌の活動に適当な水分が不可欠なため、乾草ほど天日乾燥させる必要がありません。発酵牧草では発酵により生成される有機酸の作用により、有害物の増殖を防ぎ、牧草の鮮度や栄養価を長期間維持することが可能となっています。

発酵牧草の区分(サイレージとヘイレージ)

 発酵牧草は、サイレージ以外に、“ヘイレージ”と分類される区分があります。情報源によりその区分の基準は多少異なりますが、発酵牧草は水分含量が15%以上であり、さらに水分含量が50%以上のものがサイレージ、50%未満であればヘイレージと区分されます。水分含量が15%未満の牧草が、乾草ということになります。しかし、生産現場においてサイレージとヘイレージをつくり分ける理念がないことから、この区分にはあまり意味がないと考えています。生産現場ではフィルム包装されたロール牧草は、総じて“ラップ乾草”(写真)と呼ばれることが多いですが、正確には水分含量に応じて“ラップサイレージ”、“ラップヘイレージ”、“ラップ乾草”と呼び分けなければなりません。しかし、この区分も意味がないので、本文中では“ラップ牧草”で統一させていただきます。

2写真 ラップ牧草

生産現場における発酵牧草(ラップ牧草)の利用

 国内の生産現場において、給餌する粗飼料は乾草が主体ですが、一部の牧場では、ラップ牧草がつくられています。現在、ラップ牧草を利用している牧場数についての正確な情報はありませんが、一時に比べてその利用件数は少なくなった印象があります。また、利用している牧場でも、天候により十分に牧草を乾かせないため、非常手段としてラップ牧草をつくることがほとんどのようです。

 日高地方では、その年の牧草収穫期における天候不順により、刈り倒しの遅れや、乾燥に日数を要することで、良質な乾草が収穫できないことがあります。良質な牧草を馬に供給するためには、時にはラップ牧草による収穫も視野にいれるべきですが、積極的には利用されていません。このように生産現場で発酵牧草が、普及しない理由には、馬用飼料としての有用性や健康に無害であるかの情報不足もあるのではないかと考えています。

 いずし(北海度の郷土料理で野菜とともに魚を乳酸発酵させた食品)のような発酵食品は、かつては保存のためのものでしたが、冷蔵庫などが普及した現在でも需要があるのは、味覚の嗜好や健康面での期待があるためです。ヒトの発酵食品のように、発酵牧草は馬の飼料として保存性以外に何か利点があるのでしょうか?

発酵牧草と乾草の栄養および嗜好性の違い

 発酵牧草と乾草に含まれる栄養には、何か違いがあるのでしょうか? 発酵牧草の水分含量が高いことは確かですが、タンパク質をはじめとする栄養成分には、ほとんど差はありません(表)。発酵牧草に含まれる易消化性炭水物(糖など)や植物繊維の一部は、微生物によって分解されていることでやや少なくなっていることや、その微生物の発酵によって乳酸などの有機酸が多くなっています。しかし、これらの発酵による成分変化は、腸内細菌によるものと比較して微量であり、最終的な栄養の取り込みでみると、発酵牧草と乾草の栄養価はほとんど同じであるといえます。

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 発酵牧草と乾草では栄養面の差はほとんどないようですが、その嗜好性が高いことは知られています。海外の研究で、乾草、ヘイレージ(高水分と低水分)およびサイレージに対する馬の嗜好行動が報告されています。草種や収穫期による嗜好性の差がないようそれぞれの試験牧草は、チモシーが主体の同一の採草地から収穫したものです。馬がそれぞれの牧草を同時に食べられるようにしたとき、サイレージは完食された回数が最も多くなりました(図 ①)。また、臭いをかぐ、もしくは、短時間採食した後、他の牧草を食べるために移動した回数は、サイレージが0回で、一度サイレージを食べ始めた馬は、満足して食べ続けることがわかります(図 ②)。さらに、サイレージから食べ始める回数が最も多く(図 ③)、その特有の香りに馬は誘われるのかもしれません。この試験の結果、サイレージの次に、水分含量が高いヘイレージ、水分含量が低いヘイレージの順に、馬の嗜好性が高いことが分かりました。このように発酵牧草の嗜好性が高くなる要因のひとつとして、水分含量の影響が考えられます。

ラップ牧草におけるカビの発生

 ラップ牧草において、度々カビの発生が問題とされることがあります。ラップ牧草に限らず、あらゆる飼料においてカビが発生することが好ましくないのは当然ですが、特にカビが生産するカビ毒(マイコトキシン)は、その種類によって蕁麻疹、消化器障害および繁殖障害などの原因となることが知られています。

 通常、発酵牧草では嫌気性菌により乳酸などの有機酸が生成されることによってpHが低下し、カビの生育が抑制されます。ラップ牧草はフィルムを巻いて空気を遮断しますが、ラップ内に空気が入ると嫌気性菌の活動が弱まり、pHが低下せず、カビが生育しやすくなります。また、酸素の存在によって好気性の微生物の活動が活発になり、栄養価の損耗や腐敗の原因となります。そのため、フィルムで厳重に包装し、ラップ牧草内に空気が入らないようすることが重要となります。また、嫌気性菌による発酵は水分が多いほうが活発であるため、包装する牧草の水分含量が高い方が、貯蔵中にカビが発生しにくくなります。しかし逆に、ラップ牧草を開包した後は、水分含量が高い方が、カビが発生しやすく腐敗しやすくなります。馬産では酪農などに比べて繋養頭数が少なく、開包後のラップ牧草の消費に時間がかかり、牧草を劣化させやすいこともラップ牧草が不評となる原因のひとつのようです。

おわりに

 天候不順などによって良質な乾草が収穫できなかった場合、栄養価が保証された貯蔵牧草を収穫するには発酵牧草(ラップ牧草)は有用です。しかし、栄養価と衛生を維持するためには、ラップ牧草の収穫時に水分含量をはじめとし適切な調整が不可欠です。発酵牧草の調整が不適切な場合、乾草よりも嗜好性が劣る場合があるとされています。

 現状において、馬のためのラップ牧草の調整方法については、まだまだ情報が不足していると考えています。残念ながら、日高育成牧場でもラップ牧草は収穫していませんが、機会があれば、大学等の研究機関や普及機関と協力し、ラップ牧草の適正な収穫・調整技術について情報収集し、皆様にお伝えできればと考えています。

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日高育成牧場 松井 朗