栄養 Feed

2024年9月25日 (水)

食用油給与の効果

近年、馬への食用油給与は珍しいことではなくなりました。その効果を最大限に発揮させるため、馬への適切な食用油給与についてご紹介いたします。

馬のエネルギーの元となる栄養素は、五大栄養素(図1)のうち、炭水化物、脂質、タンパク質の3つです。タンパク質は血液や筋肉の元となるため、炭水化物と脂質が大きなエネルギー源となります。馬が摂取するエネルギーの大半は、牧草等の粗飼料に含まれる植物繊維と濃厚飼料に含まれるデンプンから得る炭水化物です。一方で、食用油は成分のほとんどが脂質であり、そのままエネルギー源となることが最大の特徴です。食用油給与の効果として、第一に効率的にエネルギーを給与できる点、第二に濃厚飼料と置き換えることでデンプンの給与量を減らすことができる点が期待されています。

1 図1. 五大栄養素

 

効率的なエネルギー給与

脂質のエネルギーは炭水化物やタンパク質の2~3倍です。同じ量の飼葉を食べても太りにくい馬や、食が細く食べる量が少ない馬に効率良くエネルギーを給与する方法として、食用油が利用されます。また厳冬期には寒冷ストレスにより体温が奪われ、エネルギー要求量が増加する場合があります。このようなときのエネルギー補給にも食用油の給与は有効です。

 

デンプンとの置き換え

濃厚飼料の多給は疝痛や蹄葉炎などの食餌性疾患を引き起こすことは広く知られており、その原因は濃厚飼料に含まれるデンプンと言われています。デンプンは本来小腸にて消化吸収されるべき栄養素です。しかしながら濃厚飼料の多給によって消化吸収されなかったデンプンは盲腸に流入します。盲腸へデンプンが多量に流入すると、後腸アシドーシスや腸内細菌叢の乱れ、疝痛など様々な疾患を引きおこす原因となります。

妊娠末期や泌乳期、運動量の多いときなど、エネルギー要求量が多いときには、どうしても濃厚飼料の給与量が増えてしまいます。そのような場合に穀物などのデンプンを食用油に置き換えることで、デンプンの給与量を抑えることが可能です。例えば、エン麦のエネルギーは3Mcal/kgに対し、食用油は9Mcal/kgとエン麦の3倍にもなります。したがってエン麦1.5kgは食用油0.5kgに置き換えが可能です(図2)。

Photo_23 図2. エン麦1.5㎏と食用油0.5kg(エネルギーは同量)

 

食用油給与時の注意点

食用油給与時の注意点についていくつかご紹介いたします。食用油は植物性油と動物性油のふたつがあります。馬は草食動物ですので植物油を好み、動物油は嫌います。また馬の基本的な飼料中の脂質は全体の2~5%と少ないため、飼葉の嗜好性低下には注意が必要です。成馬であれば1日あたり1L程度は給与しても構わないとされていますが、過剰給与は嗜好性やパフォーマンスの低下につながりますので、馬の状態を適宜確認しながらの給与を推奨いたします。

 

最後に

食用油は脂質以外の栄養素を含まず、消化管への負担も軽減するなど、エネルギーの補給源として大変有用です。また、毛艶や皮膚の調子が良くなるなどの効果も認められています。太りづらい馬や妊娠後期のエネルギー要求量が増加しはじめる繁殖牝馬、また市場上場予定馬のコンディション調整のために食用油の利用も選択肢のひとつとして検討してみてはいかがでしょうか。

 

JRA日高育成牧場 生産育成研究室 根岸菜都子

2024年1月15日 (月)

さく癖と濃厚飼料摂取および消化器の障害との関係

馬事通信「強い馬づくり最前線」第321号

≪はじめに≫

  馬の「ゆう癖」、「旋回癖」および「さく癖」などの習慣的な行動は、馬が健康で精神的に健常であれば発現しないであろうと考えられており、好ましくない悪癖として認識されています。これらの悪癖は異常行動であり、様々なストレスが原因となり発現すると考えられています。しかし、馬が何に対してストレスを感じているかを我々が察知することは困難であり、その原因を取り除くことは容易ではありません。一方で、飼養管理方法が原因となって、悪癖が発現する場合があり、その原因を正しく理解できれば、それを改善することにより悪癖の馬を減らすことができるかもしれません。

 さく癖(グイッポ)は、馬が前歯を柵などの固定物に引っ掛けて頭頸部を屈曲させ、独特のうねり声を出しながら食道に空気を吸い込む悪癖です(写真)。さく癖の馬は、消化器官の障害を発症しやすいと言われてきました。しかし現在は、さく癖が胃潰瘍や疝痛の発症原因なのではなく、そのような疾病を発症しやすい飼養管理が、さく癖を発現する大きな要因になっていると考えられています。

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写真 さく癖の馬:前歯を柵などの固定物に引っ掛けて頭頸部を屈曲させ、独特のうねり声を出しながら食道に空気を吸い込む

 

 

≪濃厚飼料の過剰摂取は胃潰瘍の原因≫

 さく癖と胃潰瘍の関係の前に、濃厚飼料の摂取と胃潰瘍との関係について解説します。

 海外の調査で、胃潰瘍を発症した馬は、濃厚飼料の摂取量が多い傾向にあることが報告されています。胃潰瘍は、胃の無腺部が胃酸を多く含むpHの低い胃内容液に長時間、曝されることにより発症します。一方、唾液は採食時の咀嚼により分泌が促進されますが、アルカリ性であるため胃内のpHを上昇させ、胃粘膜が酸によって浸食されることを予防する作用があります。馬が粗飼料のみを摂取している場合、採食時間が長くなるため、唾液が胃内に流入する時間帯が多くなります。一方で、家畜として飼養管理されている馬、特にサラブレッドには1日に数回、エネルギー濃度の高い濃厚飼料が給与されますが、必要なエネルギーを短時間で獲得できるので採食に要する時間も短くなります。その結果、胃内に唾液が流入する時間帯は限定されるため、胃内のpHは低下しやすく、胃潰瘍を発症するリスクは高くなります。また、唾液の分泌量は咀嚼回数に従い増加しますが、濃厚飼料を嚥下するまでの咀嚼回数は、同量の粗飼料を摂取した場合に比べて少ないため、唾液の分泌量も少なくなります。さらに、濃厚飼料を摂取したとき、胃酸の分泌を刺激するガストリンというホルモンの血中濃度が粗飼料を摂取したときに比べて上昇するため、胃酸の分泌量が増加するとされています。このように、濃厚飼料の摂取は、粗飼料のみを摂取する場合に比べて、胃内のpHが低くなる要素が多いことが分かります(図1)。さらに、濃厚飼料の摂取量が増加するにつれ、胃内のpHを下げる要素の影響が大きくなることから、胃潰瘍発症のリスクがさらに高まることは容易に想像できます。

 

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図1 摂取飼料が胃内溶液のpHに及ぼす影響(乾草のみと濃厚飼料+乾草を給与した馬の24時間中の胃内容液のpH中央値を比較)

 

 

≪胃潰瘍とさく癖の関係≫

 海外の調査において、さく癖の馬はさく癖の無い馬に比べて胃潰瘍を発症している割合が多いことが報告されています。それでは、胃潰瘍とさく癖にどのような関係あるとされているのでしょうか? 正確には相互に関連があるのではなく、胃潰瘍が発症しやすい胃内のpH低下が、さく癖の発現と関係があるとされています。あくまでも仮説ではありますが、さく癖は胃内のpHを低下させないための適応行動であると考えられています。具体的には、胃内のpHが低下することは馬にとっては不快であり、さく癖は唾液の分泌を促して少しでもその不快感を解消しようとするための行動ではないかと推測されています。さく癖を行う馬に、自由にさく癖を許したときと、人為的に5分間さく癖を制止したときの唾液の分泌量を比較した場合、さく癖を許した馬の分泌量は変化が無かったのに対して、制止した馬の分泌量は有意に減少しました(図2)。この研究結果からは、さく癖は唾液の分泌を促す効果があることが示されています。また、さく癖の子馬に胃酸を緩衝させる効果のある制酸性サプリメントを給与したとき、さく癖の頻度が減少したことが報告されており、さく癖は胃のpH低下を抑制するための行動であるという仮説を裏付ける成績であると考えられています。

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図2 さく癖馬にさく癖を制止させたときの唾液分泌量の変化(プレの採材から5分間、さく癖を制止して唾液分泌量の変化を調査)

 

 

≪疝痛とさく癖の関係については不明≫

 さく癖により吸い込んだ空気が、食道を通過して消化器官に流入するため、“さく癖の馬は風気疝などを発症しやすい”とされていたことがありましたが、さく癖による吸気が大腸にまで達することはないようです。近年は、さく癖の馬に疝痛が多いのもまた、濃厚飼料が影響しているのではないかと推察されています。濃厚飼料を多く摂取すると、デンプン等の易消化性炭水化物が盲結腸内に流入し、腸内細菌により乳酸発酵されることで大腸内のpHが低下します。ちなみに、濃厚飼料の過剰摂取により疝痛が発症するのは、大腸内における過度な乳酸発酵が原因であると考えられています。大腸内のpHが過度に低下したとき、腸粘膜が侵され炎症(潰瘍)が発症します。腸に潰瘍が発症した馬は、歯ぎしりなどの行動を示すことがあり、これは大腸に不快感があるためであると考えられています。仮説としては、この不快感を緩和するための手段の一つがさく癖であり、さく癖の馬に疝痛が多くみられる理由ではないかと推察されています。しかし、このことを証明する情報は乏しく、さく癖と疝痛を結び付けるには更なる研究が必要なようです。

 

≪おわりに≫

 馬が行うさく癖などの悪癖は、身体や精神の健康にとって好ましくない状況にあることを伝えるためのサインとして捉えることができます。悪癖の発現を予防することは重要ですが、サインを受け取ったとき、飼養管理において改善すべき問題がないかを見直すこともまた重要であると考えています。

 

 

日高育成牧場 首席調査役 松井朗

2024年1月 9日 (火)

なぜクリープフィーディングが必要なのか?

馬事通信「強い馬づくり最前線」第312号

 哺乳期の家畜に飼料を給与することは「クリープフィーディング」と呼ばれますが、「抜け穴」を意味するクリープ(Creep)が語源となっています。すなわち、家畜の子供だけが囲いを通り抜け飼料を食べられるようにする給餌方法がクリープフィーディングです。ちなみに、少し混乱させるかもしれませんが、クリープフィーディングにおいて給与する飼料はクリープフィードと呼ばれます。クリープフィーディングを実施する目的は、家畜種で若干異なりますが、サラブレッドにおいては、母乳や放牧草で不足する栄養の補給と離乳前から固形食に馴らすことが主な目的となります。クリープフィードは子馬だけが餌を食べるようにすると同時に、母馬の飼葉を横取りして過剰な栄養を摂取することは避けなければなりません。他の家畜では、クリープフィーディングで増体をより大きくすることを目指すので、母親の餌を盗み食いすることには寛容である場合がほとんどです。しかし、サラブレッドの場合、クリープフィーディングの実施は、栄養の摂取不足だけでなく栄養摂取の過剰やアンバランスを避けるためでもあります。栄養に起因したDOD(発育期整形外科疾患)発症には、銅などのミネラルの不足以外に、急激な増体や濃厚飼料に多く含まれるデンプン等の過剰摂取による糖代謝異常も原因となることが知られています。

 

クリープフィーディングによる不足する栄養の補給

 過去の研究で調べた当歳馬の哺乳量および放牧草採食量から、クリープフィーディングについて考えてみましょう。子馬の哺乳量は1.5ヵ月齢から2ヵ月齢にかけて、急激に減少していきます(図1)。母乳中のカルシウムおよびリン濃度もまた経時的に減少していく(図2 (a))ため、乳由来のカルシウムおよびリン摂取量は成長に伴い加速度的に減少していきます(図3 (a))。また、母乳中の亜鉛および銅濃度は初期を除き哺乳期間中にほとんど変化はみられません(図2 (b))が、哺乳量が減少するため乳由来の亜鉛の摂取量もまた成長に伴い減少していくことになります(図3 (b))。一方、放牧草の採食量は成長に伴い増加していくため、放牧草由来のミネラル摂取量は増加していきます。栄養の摂取量に対する要求量(必要量)の割合(摂取量÷要求量×100[パーセント])は、充足率と呼ばれ、充足率が100%に満たないとき、その栄養は不足していることになります。2ヵ月齢および4ヵ月齢における母乳と放牧草から摂取したカルシウム、リン、亜鉛および銅の充足率を調べると、全てのミネラルで充足率は100パーセントを下回りました(図4)。放牧草の採食量が増加しても、必要量を満たす程度のミネラルが摂取できていないことが分かります。カルシウムおよびリンは骨の重要な材料であり、亜鉛や銅は軟骨の骨化に重要な役割があることから、これらのミネラルが不足することで骨軟骨症などの骨疾患が発症することが知られています。したがって、クリープフィーディングにより、これらのミネラルを補給し充足率が100%を超えるようにする必要があります。仮に「バランサーS」という飼料を、クリープフィードに用いたとします(図5)。全てのミネラルの充足率が100パーセント以上になるようにするには、2ヶ月齢および4ヶ月齢でそれぞれ「バランサーS」を850gおよび750g給与する必要があることが分かりました(図6)。このように、サラブレッドの健康な発育のためには、おおむね2ヶ月齢からクリープフィーディングを実施し、栄養の不足がないようにする必要があります。

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図1.成長に伴う哺乳量の変化

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図2.母乳中ミネラル濃度の経時的変化

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図3.成長に伴う母乳由来のミネラル摂取量の変化

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図4.2ヶ月齢および4ヶ月齢における母乳および放牧草由来で摂取するミネラルの充足率(要求量に対する割合)

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図5.「バランサーS」のミネラル成分

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図6.2ヶ月齢および4ヶ月齢における母乳と放牧草にバランサーを加えたときのミネラルの充足率(要求量に対する割合)。2ヶ月齢 (a) には「バランサーS」を850g、4ヶ月齢(b)には750gを加えた

離乳前に固形飼料摂取の馴致

 離乳により子馬は母乳を絶たれるために、固形飼料のみから栄養を採る必要があります。もし、子馬が牧草以外の飼料を食べることに馴れていなければ、離乳後、飼桶から飼料を摂取するようになるまでしばらく時間がかかるかもしれません。また、母馬と一緒に飼料を食べていた子馬は、離乳後のしばらくは飼葉に口をつけないかもしれません。離乳は子馬にとって精神的には大きなストレスであり、一時的に増体が停滞もしくは減量することは避けられません。しかしながら、離乳前から個別に固形飼料を食べるようになっていれば、少なくとも栄養が摂取できないことによるストレスの心配はありません。離乳による精神面のストレスに加えて栄養摂取が不十分であれば、増体停滞の期間は長くなります。子馬はやがては離乳によるストレスから解放され再び増体していきますが、増体停滞の程度が大きい程、代償的に急速に増体します。増体速度の急増によりDOD発症のリスクが高まることから、離乳後の増体の停滞はなるべく軽度であることが好ましいとされています。このことから、クリープフィーディングは離乳ストレスの軽減のために、必要であるとあるとされています。

 

さいごに

 生後早い時期の下痢のことを「発情下痢」と呼びますが、この下痢と母馬の発情とは関係ありません。子馬が母馬の糞や牧草などを食べたとき、腸内環境がそれらの消化に適応しないためによる下痢であって、偶然に母馬の初回発情時期と重なる場合が多いことから「発情下痢」と呼ばれるようになったのではないでしょうか。下痢になるのは摂取する飼料に対して腸内細菌が少ないことや適応していないためと考えられますが、クリープフィーディングを実施することは腸内環境を飼料に適応させていく過程としても必要であると考えられます。 

首席調査役 松井朗

2023年10月17日 (火)

スプリングフラッシュ

馬事通信「強い馬づくり最前線」第306号

 北海道でも春を迎えて暖かくなり、青々とした放牧地が増えてきました。今回は春に発生する牧草の急生長「スプリングフラッシュ」についてご紹介いたします。

 

スプリングフラッシュとは

 春になり牧草が急激に生育する状態を「スプリングフラッシュ」と呼んでいます。チモシーやオーチャードグラスなどの寒地型牧草は春の長日条件で出穂、開花するためスプリングフラッシュが顕著にみられます。スプリングフラッシュは日中の最高気温が10~15℃、夜間の気温が4℃以上の日が数日続いた時期に起こりやすく、北海道では4月下旬から5月にかけて起こりやすいと考えられます。気象庁の季節予報によると、本年は例年より早い気温上昇が見込まれているため、本年のスプリングフラッシュが起こる時期は少し早まるかもしれません。

 一般的に採草地におけるスプリングフラッシュは収量の面で歓迎できますが、放牧地においては、過度に生長した牧草の嗜好性が低くなるなどの理由により好ましくないと考えられます。そのため、牛の場合においては、スプリングフラッシュの前に放牧強度を高める(放牧地面積あたりの頭数を増やす)ことや、短期輪換放牧(放牧地を区切り、ある程度の期間で順繰りに放牧していくこと)といった対策が講じられています。一方、馬の場合においては、牛と異なり放牧地が運動の場としての役割も兼ねることから、ある程度の放牧地の面積が必要であるため、スプリングフラッシュが起こる前の施肥は避けて6月上旬に行うことや、掃除刈り(写真1)頻度の増加といった対策が推奨されます。

 

スプリングフラッシュが馬に及ぼす影響

 放牧地のスプリングフラッシュは牧草の過度の生長以外に、馬の健康に悪影響を及ぼす可能性があるとされています。スプリングフラッシュ時期の牧草は自身の生長のため、非構造性炭水化物(以下NSC)と呼ばれる糖分(デンプンやフルクタン)を多く蓄えています。このNSCを過剰に摂取することによって糖代謝異常となり、高インスリン血症由来の蹄葉炎を発症する可能性があることが知られています。2000年に行われたアメリカ農務省の調査によると、蹄葉炎発症馬の50%以上が草量豊富な草地への放牧または濃厚飼料の多量摂取によるものであると報告されており、食餌量や内容が蹄葉炎の発症に大きく関与していると言えます。

 春に放牧される馬は採食量の増加と牧草中NSC含有率の上昇によってNSC摂取量が非常に多くなる場合があります。アメリカで8 万頭の馬(用途・種問わず、除ポニー)を対象に行われた蹄葉炎に関する調査では、蹄葉炎の発症は冬と比較して春および夏に多いことが示されました(図1)。つまり、スプリングフラッシュが起こる時期にNSCを多量に摂取することによって蹄葉炎を発症した可能性が示唆されているということになります。

 なかでも、肥満あるいは高齢馬は蹄葉炎などの糖代謝疾患発症のリスクが高いことが懸念されます。日高育成牧場においても、昨年6月にボディコンディションスコア(BCS)が 7と肥満であった8歳の繁殖牝馬が蹄葉炎を発症しました。このような高リスク馬に対して、スプリングフラッシュに伴う牧草中のNSC含量が高い時期の糖代謝疾患発症リスクを軽減するためには、放牧制限が最も有効です。この理由は、牧草中のNSCは季節変動のみならず日内変動が大きく、これは日射量が光合成による糖の産生量に影響を及ぼすためです。つまり、牧草中のNSCは午前3時から10時の間に低くなることから、NSCの過剰摂取を予防するためには、この時間帯に放牧することが推奨されます。

 

おわりに

 今回はスプリングフラッシュとその影響についてご紹介いたしました。青々とした牧草はとても良好な栄養源ですが、時として悪影響を及ぼす場合もあります。過度に警戒する必要はありませんが、肥満あるいは高齢など糖代謝疾患の懸念がある馬の管理の際に参考としていただければ幸いです。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 根岸菜都子

1_7 写真1. 掃除刈り前(左)および掃除刈り後(右)の放牧地

  

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図1. 季節ごとの蹄葉炎発症馬の割合:冬と比較して春および夏の発症が多い(Kane AJ et al. 2000より改変)

2022年12月 6日 (火)

強い馬づくりのための生産育成技術講座資料 ①若馬の昼夜放牧における放牧草の採食量

12月6日(火)17時開始オンラインセミナー資料

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2022年9月30日 (金)

牧草分析について

自家牧草の成分分析

 暑さが和らぎ、「天高く馬肥ゆる秋」の季節がやってきました。夏から秋に収穫した乾草は放牧地が雪に覆われる厳冬期に給与する大切な粗飼料となるため、良質な乾草の収穫が望まれます。乾草の見た目によってその質をある程度は判断できますが、正確な評価をするためには牧草分析を行うことが推奨されます。

 表1はアメリカ産輸入乾草および日胆産乾草の主な栄養価を示しています。これらの値が乾草の質を判断するひとつの目安になります。今回は日高育成牧場のデータを参考に、成分分析値の読み方をご紹介いたします。

 2018~2020年に日高育成牧場で収穫した乾草(33サンプル)のタンパク質含有率の平均値は11.9(±3.3)%であり、一般的な目標値である9.0%を超えていました。表1に示したように日胆産乾草のタンパク質含有率は9.6%であることから、この地域における平均以上の質の乾草であり、同じくアメリカ産チモシー乾草は1番草が10.3%、2番草が12.8%であることから、輸入乾草と比較しても同程度の質の乾草を収穫できているといえます。

Photo_12表1

繊維(NDFADF)の評価

 草食動物である馬にとって繊維は非常に重要です。これまでの評価では粗繊維含有率として繊維全体の値が使われてきましたが、近年ではNDFやADF含有率が用いられています。NDFは中性デタージェント繊維の略で、細胞壁を構成する物質のうち、ヘミセルロース、セルロース、リグニンが含まれます。ADFは酸性デタージェント繊維の略で、NDFからヘミセルロースの値を引いたものです(図1)。リグニンは不消化成分ですが、ヘミセルロースは50%程度、セルロースは40%程度が馬の大腸の微生物によって分解後、消化吸収されてエネルギーとして使用されます。

Photo_7 図1

 一般的にNDF含有率は40~50%で良質とされ、65%以上となると嗜好性や採食量が低下するといわれています。ADF含有率は30~35%であれば良質と判断され、消化や栄養素利用率が良好とされています。ADF含有率が45%以上となると、総合的に栄養価が低いといわれますが、このような値になる乾草はほとんどありません。このように、NDFやADF含有率は乾草の品質評価に使用できます。

 図2は2018~2022年に日高育成牧場で収穫した乾草のNDFおよびADF含有率を散布図で示したものです。良質とされるNDF含有率:40~50%、ADF含有率:30~35%の基準を両方とも満たした乾草はありませんでしたが、ADF含有率が30~35%となる乾草は10サンプル(全体の30.1%)あり、日高育成牧場で収穫した乾草の中ではこれらのものが良質であると考えられました。

 

Photo_9 図2

 NDF含有率に注目すると、65%以上となる乾草は16サンプル(全体の48.5%)ありました。一般的にNDFやADF含有率が高くなる原因は、収穫時期が遅れた結果と考えられます。表2は2020年に収穫された乾草のNDFおよびADF含有率と収穫日の関係を示しています。この結果から天候などの理由により収穫が遅れた乾草のNDFおよびADF含有率が高くなっていることがお分かりいただけると思います。一方、2番草であっても適切な時期に収穫を行えば、ある程度の質の乾草が得られることも分かります。

1番草と2番草

 一般的に1番草は2番草よりも栄養価が高いとされており、1番草の方が高値で販売されています。そのため、生産者のみなさんの間でも1番草を選択される方が多いかと思います。しかしながら、近年、乗馬の世界では葉が多く柔らかい2番草の方が好まれる傾向があります。昨年開催された東京五輪の馬術競技においても、乾草3種(チモシー1番草・2番草、ルーサン)の中でチモシー2番草の受注が最も多く、1番草の2倍の受注量だったそうです。

 実際、1番草と2番草でどのような違いがあるのか、2020年に日高育成牧場内4箇所の採草地で収穫した乾草の成分比較を実施しました(表3)。その結果、2番草はタンパク質含有率が高く、先述したNDFおよびADF含有率が低い結果となり、2番草の方が良質な乾草といえることが明らかとなりました。なお、このときの1番草は天候などの理由から収穫が遅れ、出穂後に収穫したことが質の低下の要因のひとつと考えられたことから、これまで多くの文献でも指摘されてきたとおり、できる限り出穂前に収穫することが重要だと考えられます。

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終わりに

 適切な飼養管理を行うためには、今回ご紹介したように牧草分析を行って、科学的に乾草の質を評価することが推奨されます。その結果を元にして、より良い牧草を収穫するための対策を考える必要があります。例えば、採草地に明らかに雑草が増え、牧草分析の結果からも質が低下していることが示唆される場合には、草地更新を検討する必要があるかもしれません。また、牧草分析と一緒に土壌分析も行い、土壌の状態を正確に把握して適切な施肥管理を行うことが牧草の質の改善にも繋がります。牧草分析の結果を活用し、適切な飼養管理に繋げていただければ幸いです。

参考資料(QRコード参照)

サラブレッドのための草地管理ガイドブック(公益社団法人 日本軽種馬協会)

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愛馬のカイバあれこれ(JRAファシリティーズ株式会社)※一部を下記サイトで確認できます

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JRA日高育成牧場 生産育成研究室 根岸菜都子

2022年7月22日 (金)

発酵牧草の給与について

 今回は、馬における発酵牧草の利用についての話題ですが、読者の皆様には“発酵牧草”より“サイレージ”のほうが馴染みあると思います。しかし、正確にはサイレージは発酵牧草のひとつに分類されます。

はじめに

 国内で馬に給与される粗飼料は、放牧草を除き、ほとんどは乾草です。古来より乾草は、草が生えない時期や場所での貯蔵牧草としてつくられてきました。牧草の貯蔵中にカビや微生物が増殖すると腐敗、栄養低下および嗜好性低下の原因となりますが、乾草は水分が少ないことでこれらの有害物の増加や活動を防ぐことができます。しかし、世界中には天候不順や多湿により乾草づくりに不向きな地域があり、そのような地方では、乾草の代わりに発酵牧草がつくられるようになりました。発酵牧草では、牧草養分を発酵させる菌の活動に適当な水分が不可欠なため、乾草ほど天日乾燥させる必要がありません。発酵牧草では発酵により生成される有機酸の作用により、有害物の増殖を防ぎ、牧草の鮮度や栄養価を長期間維持することが可能となっています。

発酵牧草の区分(サイレージとヘイレージ)

 発酵牧草は、サイレージ以外に、“ヘイレージ”と分類される区分があります。情報源によりその区分の基準は多少異なりますが、発酵牧草は水分含量が15%以上であり、さらに水分含量が50%以上のものがサイレージ、50%未満であればヘイレージと区分されます。水分含量が15%未満の牧草が、乾草ということになります。しかし、生産現場においてサイレージとヘイレージをつくり分ける理念がないことから、この区分にはあまり意味がないと考えています。生産現場ではフィルム包装されたロール牧草は、総じて“ラップ乾草”(写真)と呼ばれることが多いですが、正確には水分含量に応じて“ラップサイレージ”、“ラップヘイレージ”、“ラップ乾草”と呼び分けなければなりません。しかし、この区分も意味がないので、本文中では“ラップ牧草”で統一させていただきます。

2写真 ラップ牧草

生産現場における発酵牧草(ラップ牧草)の利用

 国内の生産現場において、給餌する粗飼料は乾草が主体ですが、一部の牧場では、ラップ牧草がつくられています。現在、ラップ牧草を利用している牧場数についての正確な情報はありませんが、一時に比べてその利用件数は少なくなった印象があります。また、利用している牧場でも、天候により十分に牧草を乾かせないため、非常手段としてラップ牧草をつくることがほとんどのようです。

 日高地方では、その年の牧草収穫期における天候不順により、刈り倒しの遅れや、乾燥に日数を要することで、良質な乾草が収穫できないことがあります。良質な牧草を馬に供給するためには、時にはラップ牧草による収穫も視野にいれるべきですが、積極的には利用されていません。このように生産現場で発酵牧草が、普及しない理由には、馬用飼料としての有用性や健康に無害であるかの情報不足もあるのではないかと考えています。

 いずし(北海度の郷土料理で野菜とともに魚を乳酸発酵させた食品)のような発酵食品は、かつては保存のためのものでしたが、冷蔵庫などが普及した現在でも需要があるのは、味覚の嗜好や健康面での期待があるためです。ヒトの発酵食品のように、発酵牧草は馬の飼料として保存性以外に何か利点があるのでしょうか?

発酵牧草と乾草の栄養および嗜好性の違い

 発酵牧草と乾草に含まれる栄養には、何か違いがあるのでしょうか? 発酵牧草の水分含量が高いことは確かですが、タンパク質をはじめとする栄養成分には、ほとんど差はありません(表)。発酵牧草に含まれる易消化性炭水物(糖など)や植物繊維の一部は、微生物によって分解されていることでやや少なくなっていることや、その微生物の発酵によって乳酸などの有機酸が多くなっています。しかし、これらの発酵による成分変化は、腸内細菌によるものと比較して微量であり、最終的な栄養の取り込みでみると、発酵牧草と乾草の栄養価はほとんど同じであるといえます。

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 発酵牧草と乾草では栄養面の差はほとんどないようですが、その嗜好性が高いことは知られています。海外の研究で、乾草、ヘイレージ(高水分と低水分)およびサイレージに対する馬の嗜好行動が報告されています。草種や収穫期による嗜好性の差がないようそれぞれの試験牧草は、チモシーが主体の同一の採草地から収穫したものです。馬がそれぞれの牧草を同時に食べられるようにしたとき、サイレージは完食された回数が最も多くなりました(図 ①)。また、臭いをかぐ、もしくは、短時間採食した後、他の牧草を食べるために移動した回数は、サイレージが0回で、一度サイレージを食べ始めた馬は、満足して食べ続けることがわかります(図 ②)。さらに、サイレージから食べ始める回数が最も多く(図 ③)、その特有の香りに馬は誘われるのかもしれません。この試験の結果、サイレージの次に、水分含量が高いヘイレージ、水分含量が低いヘイレージの順に、馬の嗜好性が高いことが分かりました。このように発酵牧草の嗜好性が高くなる要因のひとつとして、水分含量の影響が考えられます。

ラップ牧草におけるカビの発生

 ラップ牧草において、度々カビの発生が問題とされることがあります。ラップ牧草に限らず、あらゆる飼料においてカビが発生することが好ましくないのは当然ですが、特にカビが生産するカビ毒(マイコトキシン)は、その種類によって蕁麻疹、消化器障害および繁殖障害などの原因となることが知られています。

 通常、発酵牧草では嫌気性菌により乳酸などの有機酸が生成されることによってpHが低下し、カビの生育が抑制されます。ラップ牧草はフィルムを巻いて空気を遮断しますが、ラップ内に空気が入ると嫌気性菌の活動が弱まり、pHが低下せず、カビが生育しやすくなります。また、酸素の存在によって好気性の微生物の活動が活発になり、栄養価の損耗や腐敗の原因となります。そのため、フィルムで厳重に包装し、ラップ牧草内に空気が入らないようすることが重要となります。また、嫌気性菌による発酵は水分が多いほうが活発であるため、包装する牧草の水分含量が高い方が、貯蔵中にカビが発生しにくくなります。しかし逆に、ラップ牧草を開包した後は、水分含量が高い方が、カビが発生しやすく腐敗しやすくなります。馬産では酪農などに比べて繋養頭数が少なく、開包後のラップ牧草の消費に時間がかかり、牧草を劣化させやすいこともラップ牧草が不評となる原因のひとつのようです。

おわりに

 天候不順などによって良質な乾草が収穫できなかった場合、栄養価が保証された貯蔵牧草を収穫するには発酵牧草(ラップ牧草)は有用です。しかし、栄養価と衛生を維持するためには、ラップ牧草の収穫時に水分含量をはじめとし適切な調整が不可欠です。発酵牧草の調整が不適切な場合、乾草よりも嗜好性が劣る場合があるとされています。

 現状において、馬のためのラップ牧草の調整方法については、まだまだ情報が不足していると考えています。残念ながら、日高育成牧場でもラップ牧草は収穫していませんが、機会があれば、大学等の研究機関や普及機関と協力し、ラップ牧草の適正な収穫・調整技術について情報収集し、皆様にお伝えできればと考えています。

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日高育成牧場 松井 朗

2021年8月31日 (火)

母乳中の栄養成分について

はじめに

 生後まもない子馬にとって母乳は唯一の餌であり、そこに含まれる栄養が健康な成長にとって不可欠であることは言うまでもありません。母乳が子供にとって重要な栄養源であることは全ての哺乳動物において共通ですが、動物種により母乳に含まれる栄養成分は少し異なります。今回は、馬の母乳中の栄養についてお話しします。

 

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馬の母乳中の炭水化物・脂質・タンパク質

 馬の乳中の炭水化物、脂質およびタンパク質含量について、牛およびヒトの乳と比較します(表1)。乳中に含まれる炭水化物のほとんどは乳糖ですが、馬の母乳中の乳糖含量は5~6%であり、牛より多くヒトより少なく、一方で、脂質含量は2~3%であり、牛やヒトに比べて低いことが知られています。馬の母乳中のタンパク質含量は、1.7~2.2%であり、ヒトより多く牛より少なくなっています。母乳中のタンパク質含量は、生まれてからの成長速度が早い哺乳動物ほど多いことが知られています(図1)。タンパク質はエネルギーの基質であると同時に、筋肉や骨などの基となる物質ですから、成長が早いほどタンパク質の需要が高まることからこの関係は当然であるといえます。馬の成長速度は早い印象がありますが、実際は他の哺乳動物に比べると早くはありません。肉食動物に捕食されやすい動物ほど早く成長するよう進化してきた一方で、出生時すでに体が大きく、速く走ることのできる馬や、危険から逃げる知恵のあるヒトは、進化の過程において早い成長は必要なかったのかもしれません。

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 海外の指導書等において、馬が母乳を飲めなくなったときに、通常の牛乳でなく市販の低脂肪乳にグラニュー糖などを加えて給与することで牛乳を代用乳として利用することは可能であるように記載されていることがあります。しかし、牛乳と馬の母乳ではタンパク質含量が異なると同時に、タンパク質の種類にも違いがみられます。乳中のタンパク質は、ホエー(乳清)タンパク(以下 ホエー)とカゼインタンパク(以下 カゼイン)の2種類に分けることができ、乳からチーズがつくられる過程において、チーズの原料である沈殿物に含まれるタンパク質がカゼインで、上澄み液に含まれるのがホエーです。ホエーは、カゼインに比べ消化吸収されやすいのですが、牛乳中のホエーはタンパク質全体の20%以下であるのに対して、馬の乳中のホエーはタンパク質の約40%を占めます。すなわち、子馬は、牛乳に比べ母乳のタンパク質を速やかに消化吸収できることになります。このことから、牛乳の糖や脂質の含量を馬の乳と同様に調整しても、牛乳を代用乳として子馬に給与することは好ましくないと考えられます。

 

初乳の栄養

 ヒトとは異なり馬は、胎子期に胎盤を介して免疫を獲得できないため、子馬は初乳から免疫グロブリン(IgG)などの抗体を獲得する必要があります。そのため、初乳は抗体を獲得するための媒体として注目されがちですが、栄養の供給源としても非常に重要です。子馬は胎子期に胎盤から供給された糖(グルコース)により、出生後もしばらくは血糖値を維持することができます。しかし、哺乳を未経験の子馬が、口をすぼめて空中で乳を吸う仕草をすることがありますが、この行動は血糖値の低下による空腹感に起因するものとされています。すなわち、子馬は出生後の早い時間より栄養を欲しており、初乳こそがその供給源となります。

 通常の母乳中の固形分含量は11-12%であるのに対し、初乳には25%以上の固形分が含まれます。また、初乳中にはタンパク質が約20%も含まれており、その量は分娩後1週間で5分の1以下に減少します。初乳の脂肪含量は約1.5~3%ですが、泌乳期の経過に伴い約1~2%に減少します。一方、初乳中の乳糖は約1.5~4%程度ですが、分娩後1週間で約6-7%に上昇します。 子馬が2~15日齢頃によくみられる下痢症状は、母馬の初回発情時期と重なることから俗に“発情下痢”と呼ばれることがありますが、実際は子馬の下痢と母馬の発情に因果関係はありません。かつては、発情下痢は母乳中の乳糖の増加によるものではないかと考えられていましたが、馬の乳糖分解酵素の活性は出生直後がピークであり、ヒトの乳糖不耐症のような乳糖の分解が不十分なことによる下痢ではないようです。近年では、食糞や口から乳以外の飼料や雑菌を取り込むことで腸内細菌層が変化したことにより下痢を発症するのではないかと考えられています。さらに、初乳中にはミネラルやビタミンについても、通常の母乳に比べ多く含まれることが知られています(表2)。このように、初乳に含まれる栄養の濃度が高いことにより、母乳を吸う力が弱い生まれたての子馬が、効率よく栄養を摂取できるようになっています。

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母乳の成分改善のための研究

 泌乳中や妊娠中の母馬への給与栄養により、母乳中の成分を改善する試みがいくつかの研究で行われています。母馬に濃厚飼料もしくは粗飼料を多給したときの乳中の脂肪酸を比較したとき、粗飼料多給の母馬の乳中リノレン酸濃度が高くなったことが報告されています。子馬では濃厚飼料の摂取により胃潰瘍が発症する可能性が指摘されていますが、ヒトではリノレン酸には胃粘膜を保護し胃潰瘍発症の予防効予防効果があることが知られています。そのため、研究者らは母馬への粗飼料の給与量を増やすことで、母乳中のリノレン酸含量を増加させることは、子馬の胃潰瘍予防に有効かもしれないと考察しています。

 母馬へのビタミンEの補給により乳中のビタミンE濃度が増加し、さらには母乳を介して子馬の血中ビタミンE濃度が上昇したことが報告されています。さらには、ビタミンEが細胞の抗体産生を刺激することで、乳中のIgGが増加したことが報告されています(図2)。

 

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おわりに

 母乳により子馬に適切に栄養が供給されることを期待するためには、まずは妊娠中から泌乳期間の母馬に適切な栄養の給与を心掛ける必要があります。そのためには、母馬のボディコンディションスコアをつけながら飼料の給与量を調整することが有効ではないかと考えています。

日高育成牧場 上席調査役 松井 朗

2021年8月30日 (月)

JRA日高育成牧場における草地管理について

 サラブレッド生産牧場では、繁殖シーズンが終わるとすぐに、掃除刈りや草地更新といった草地管理が本格化する時期となります。JRA日高育成牧場でも、放牧地や採草地の管理を本格的に始めていることころです。今回は生産牧場で一般的に行っている草地管理について、簡単に解説していきたいと思います。

掃除刈り

 サラブレッドの放牧地では頻繁に採食される場所の草高は低くなり、採食されない場所は過繁茂(不食過繁地)となる傾向が他の家畜よりも強いことが知られています。特に、日本の生産牧場では放牧地面積が狭いことから、休牧期間のない連続放牧が行われて、草の多い場所と少ない場所の偏りがより顕著となります。そこで、不食過繁地を縮小して可食面積を増やすためにも、定期的な掃除刈りを行う必要があります。

 掃除刈りの際の草高は15cm程度が適当とされています。この草高を維持することで、草地が硬くなることを抑制できることが知られています。サラブレッドにとっての放牧地は、採食場所としてだけでなく、運動場所としての役割も担っていますが、硬い土壌が肢蹄障害を引き起こす可能性が示唆されています。そこで、放牧地の草量を維持することで、土壌表層に強固なルートマット(牧草根や地下茎が厚く集積した層)を形成させ、放牧地にクッション性を持たせることが、肢蹄障害を防ぐことにつながると考えられます。

 また、15cm程度での掃除刈りは雑草の侵入を防ぐ効果も期待できます。北海道の草地で一般的な草種であるチモシーは茎頂(生長点)よりも高い場所で刈り取られても、すぐさま再生する特徴があります。一方で、茎頂よりも低い部分で刈り取られると、その茎は再生不可能となります。その場合には新たな茎が発生することになりますが、7~10日程度の日数を要するので、その間に雑草が侵入する可能性があります。以上のことから、草高を15cm程度で刈り取ると、茎頂が残りチモシーが維持されることになります。このように、適切な掃除刈りを行うことには、様々な効果があります。

草地更新

 同じ草地を連続で使用することによる土壌成分の枯渇、牧草の栄養価低下、雑草の侵入などが問題となった場合には、草地更新を検討する必要があります。更新の客観的な判断材料として、JRA日高育成牧場では公益社団法人日本軽種馬協会(JBBA)が行っている事業を活用して、更新を予定している草地の土壌分析を行っています。(図1)。この分析結果は、草地更新時に使う肥料や土地改良資材の使用量を決定するために必要な情報にもなります。また、草地に関する基礎的な情報(土壌の種類、広さ、牧草の種類など)を再確認するという意味でも有益です。

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図1 草地更新前に実施した土壌分析結果

 土壌分析を行って草地の状況を把握した後、いよいよ草地更新を行っていくことになります。一般的な草地更新(完全更新法)の流れをまとめると、表1の通りです。現在JRA日高育成牧場で行っている方法では、8月中旬から作業を開始しています。まずは、対象となる草地の雑草を含む牧草を除くために(1)除草剤を散布します。その後、枯れた草を埋没させるために(3)耕起を行い、この状態で冬を越すことになります。

 翌春の土壌凍結がなくなった4月下旬頃に、土壌の状態を改善するための(4)土壌改良資材を散布(土壌分析結果に基づいた量)し、そして土地を整えるための(5)砕土・混和・鎮圧を行います。その後、埋没種子(土壌に残っていた種)から発芽した雑草を処理するために、再び除草剤を撒きます。JRA日高育成牧場では、雑草の生育が盛んとなる5月頃と播種前の8月頃の2回にわたって除草剤処理を行っています。そして、9月頃までに(7)施肥・播種・鎮圧を行うことで、ようやく草地更新作業が終了となります。このように、草地更新は1年間をかけて行う根気のいる作業となります。

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表1 草地更新(完全更新法)の流れ

 更新した後は、草地の管理方法について再検討することも非常に大切になります。そもそも、放牧地が荒れた原因を究明しないことには、再び荒れてしまう可能性が高いと考えられます。その原因としては、放牧地の利用状況が悪い(放牧頭数が多い、放牧時間が長いなど)、肥料の施肥量や施肥時期が不適当、掃除刈りの実施方法が不適当(実施頻度が少ない、刈り取りの高さが短いなど)が考えられます。これらに対して適切な管理方法をすることで、草地が良い状態に維持されるだけでなく、草地更新にかかる費用も抑えることが可能になると思われます(図2)。

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図2 草地更新の要点

終わりに

 日本の牧場においては、放牧地の広さの問題もあって更新時の代替放牧地の確保が難しく、今回ご紹介した完全更新法による草地更新はなかなか困難であるかもしれません。そのような場合には、簡易更新法を実施してみても良いのかもしれません(詳細はサラブレッドのための草地管理ガイドブック【JBBA発行】をご参照ください)。今回の記事をきっかけに、いま一度草地管理について考えていただくことになれば幸いです。

日高育成牧場 業務課 岩本洋平

2021年7月29日 (木)

筋タンパク質の合成促進のための運動後のタンパク質摂取   ~ヒトの研究からの知見~

はじめに

 「若い頃に比べて筋肉痛になるのが遅れてくる」と感じておられる方は、いらっしゃいませんか。強い強度の運動負荷により筋線維は傷つきますが、運動後に傷ついた筋線維は修復されます。筋肉痛には、筋線維が傷ついたときに感じるものと、傷ついた筋線維が修復される際に生じるものがあるそうです。実は高齢になると筋肉痛が遅れてくるという感覚は、若い頃ほど筋線維に大きなダメージを与える運動負荷ができていないため、初段の筋線維が傷つく際の痛みはなく、筋線維修復の際の痛みのみを感じるので、「筋肉痛が遅れている」と感じているそうです。

 筋線維はタンパク質からつくられていますが、運動と休養を繰り返すことで、筋タンパク質は分解と合成を繰り返すことになります。筋タンパク質の分解が合成を少しずつ上回っていくことで筋肉が肥大することになり、これを「超回復」といいます。アスリートがウエイトトレーニングを練習に取り入れるのは、より強く大きい筋肉を「超回復」により獲得するためです。

運動後のタンパク質摂取は筋タンパク質の合成を促進

 成長ホルモンなどのホルモンが筋細胞に作用することで、筋タンパク質が合成されますが、運動直後は運動の物理刺激によって、ホルモンに対する筋細胞の感度が上昇し、筋タンパク質がより合成されやすい状態になります。筋細胞のホルモンに対する感度を感受性といいますが、この感受性は運動終了から120分後まで持続するとされ、この時間帯は「ゴールデンタイム」と呼ばれます。タンパク質(アミノ酸)は筋タンパク質の材料であるのと同時に、BCAAとして知られているバリン、ロイシン、イソロイシンは、筋タンパク質の合成を促進する作用があり、「ゴールデンタイム」にタンパク質やBCAAを摂取することにより、筋タンパク質の合成がより促進されることが知られています。

 馬事通信168号の「運動後の栄養摂取のタイミング」において、馬においても運動後の「ゴールデンタイム」にタンパク質を摂取することで、筋タンパク質の合成速度が高まることを解説しましたが、近年、この情報はかなり普及しており、競走馬や育成馬のみならず乗馬にも、運動後のタンパク質給与が実践されているようです。ヒトの分野では、筋タンパク質合成をより促進するタンパク質の種類について研究されており、今回はその情報について紹介します。

大豆タンパクと乳タンパクの比較

 ヒトの試験において、レジスタンス運動(筋肉に抵抗負荷を繰り返しかける運動)後に大豆由来のタンパク質(大豆タンパク)と乳由来のタンパク質(乳タンパク)を摂取したときの、筋タンパク質の合成速度が比較されました(図1)。大豆タンパクと乳タンパクは、どちらも必須アミノ酸(必要量が体内で合成できないため必ず食事から摂取する必要のあるアミノ酸)と同じく必須アミノ酸のグループに属するBCAAが多く含まれており、この試験では両タンパクに含まれるアミノ酸に差はありませんでした。しかし、大豆タンパクに比べて乳タンパクを摂取したとき、筋タンパク質の合成速度は大きくなりました。この結果の理由は明確にはされていませんが、研究者らは、レジスタンス運動後に大豆タンパクおよび乳タンパク摂取は筋タンパク合成を促進にはどちらも効果があるが、その効果は乳タンパクのほうがより高いことは確かであると述べています。

乳中のタンパク質であるホエーとカゼインの比較

 乳中のタンパク質は、ホエー(乳清)とカゼインいう2種類に分けることができます。私たちの日常でホエーとカゼインを個別に目にすることはほとんどありませんが、乳からチーズがつくられる工程において、チーズの原料となる沈殿物に含まれるタンパク質がカゼインであり、沈殿物以外の上澄み液の部分に含まれるのがホエーです。身近なところでは、ヨーグルトに上澄み液が溜まることがありますが、この部分に含まれるのがホエーです。ヒトの試験において、運動後にホエーとカゼインを摂取したときの筋タンパク質の合成速度が比較されています(図2)。ホエーは摂取後の早いタイミングで筋タンパク質合成が増加した一方で、カゼインを摂取したときは、それより遅れて筋タンパク質の合成が増加しました。しかし、より長時間でみると、ホエーとカゼイン摂取による筋タンパク質合成の促進効果は同じでした。ホエー摂取後の血中必須アミノ酸濃度は、急激に上昇し、その後に急降下しましたが、カゼインの摂取後は緩やかに上昇し、他のグループに比べて高値を長時間維持しました(図3)。そのため、ホエーとカゼイン摂取で筋タンパク質の合成速度が増加するタイミングが異なったと考えられています。この試験において、カゼインとホエー摂取による筋タンパク質合成速度は、長時間みると変わりませんでしたが、私は「ゴールデンタイム」に血中アミノ酸濃度が高くなるホエーのほうがベターではないのかと考えています。

運動前のタンパク質摂取について

 馬の講習会等で運動後のタンパク質摂取の効果の話のときに、「運動前にタンパク質を摂取した方が効果的なのでは?」ということがよく質問されます。ヒトの方では、消化吸収の時間を考えて運動前にタンパク質を摂取することを推奨しているコーチもいらっしゃると聞いたことがあります。ヒトの方でも運動の前か後かで物議はあるようですが、現在のところ運動後のほうが筋タンパク質の合成速度の促進効果は高いという意見が優勢なようです(図4)。その理由についての考察も様々であり、運動前にタンパク質を摂取した場合、運動中の血中アミノ酸が潤沢になることで、アミノ酸がエネルギーの原料として積極的に利用されるため、運動後の筋タンパク質合成のために動員されるアミノ酸が希薄になるとの意見もあります。また、運動前後のどちらが筋タンパク質合成に有利かという議論の他に、一般的に運動前の食事にデメリットがあると考えられています。喫食すると生理的には血液を消化器官に集めようと働く一方で、運動時は血液を運動筋に積極的に送り込もうとするため、運動前の食事時間によっては、体に矛盾した血液循環を促すことになってしまいます。したがって、現時点では、筋タンパク質の合成を促進するためのタンパク質給与のタイミングとしては、運動後を推奨したいと考えています。

今回の内容をまとめますと

① 運動後に、大豆由来のタンパク質より乳由来のものが筋タンパク質の合成にはより効果がある

② 試験では乳タンパク質であるカゼインとホエーを運動後に摂取したとき、筋タンパク質合成の効果は同等であったが、理論的には取り込みが早いホエーのほうがより効果的と考える

③ 筋タンパク質の合成促進のためのタンパク質の摂取タイミングとしては、現時点では運動前より運動後が推奨できる

 これらの内容はいずれもヒトのアスリートに関する話題ですが、馬においても同様の効果が得られる可能性はあります。今後、馬においてこれらの課題について、我々もしくは海外を含めた他の研究者が検証し結果が得られた際には、皆様にいち早くお伝えしたいと思います。

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日高育成牧場 上席調査役 松井 朗