栄養 Feed

2021年6月13日 (日)

炭水化物の摂取と食餌性疾患の関係

はじめに

体に必要な栄養素のうち、特に重要とされる炭水化物、脂肪、タンパク質は、「三大栄養素」といわれますが、今回はその中の炭水化物についての話題です。植物は太陽光線、二酸化炭素および水から炭水化物を生成し、自らの栄養として利用します。植物の水分を除いた乾物中の構成成分の7~8割は炭水化物であることから、草食動物である馬にとって、炭水化物は非常に摂取量が多い栄養素です。炭水化物はグルコースやフルクトースなどの単糖から構成される物質の総称であり、馬の飼料中にも様々な種類の炭水化物が含まれています。基本的に摂取した炭水化物は馬のエネルギーとして利用されますが、炭水化物の種類によって過剰に摂取したとき、健康に悪い影響を与える懸念があります。

飼料中の炭水化物の分類

草食動物である馬の場合、炭水化物は栄養学的に、糖質と植物繊維の2つのグループに分けられます(図1)。糖質は構造的に、単糖、単糖が2個結合した二糖類、単糖が3個以上(6個から20個以下とされており厳密には定義されていない)結合したオリゴ糖、多数の単糖が結合した多糖類のグループに分けることができます。単糖以外の複数結合したグループの糖質は、小腸内の酵素は小腸の上皮細胞にある酵素の作用により最終的に単糖に分解された後に、小腸上皮で吸収され体に取り込まれます(図2)。日常的に食物繊維という単語を目にしますが、食物繊維とは、ヒトの消化酵素で消化できない炭水化物の総称です。植物の細胞壁などを構成する植物繊維は、食物繊維に含まれます。馬の盲腸や結腸内には大量の微生物が存在し、これらの微生物が植物繊維を分解発酵することにより揮発性脂肪酸(VFA)を産生されます。産生されるVFAは、酢酸、酪酸およびプロピオン酸であり、これらの脂肪酸は消化管より吸収することができます。このように、ヒトと異なり馬は、植物繊維を微生物の分解発酵を経て、体に取り込むことができます。

1図1 馬の飼料における炭水化物の分類  

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図2 馬の消化器官における糖質(デンプン)および植物繊維の消化吸収部位

デンプン(糖質)の過剰摂取による疝痛

一般的に、濃厚飼料の多給は、疝痛などの食餌性の疾患の温床となることはよく知られており、濃厚飼料の摂取量が多くなるほど疝痛発症のリスクが高まることが報告されています(図3)。冒頭に述べた過剰摂取した場合、馬の健康に有害となる炭水化物とは糖質のことであり、濃厚飼料(穀類)には、多糖類であるデンプンが多く含まれます。通常、デンプンは小腸において膵臓から分泌されるアミラーゼという酵素により麦芽糖(二糖類)などの小さな糖質に分解され、さらに小腸上皮にある酵素によって最小の構成単位である単糖まで分解され吸収されます。ヒトの唾液中にはアミラーゼが含まれており、食事を口に入れたときからデンプンの分解が始まり、以降の消化器官における消化吸収が効率よくなります。一方、馬の唾液中にアミラーゼはほとんど含まれておらず、しかも、小腸のアミラーゼの活性(デンプンを分解する能力)は他の動物に比べ低いことが知られています。そのため、馬は、盲腸より前の消化器官におけるデンプンの消化吸収能力が高くない動物であるといえます。小腸における消化吸収の許容量以上のデンプンを摂取した場合、デンプン(もしくは酵素による分解途中の糖質)は盲腸内に流入します。盲腸および結腸(以下 大腸)内の莫大な数の微生物には、様々な種類が混在しており、通常、植物繊維を分解する微生物(セルロース分解細菌)に比べ、デンプンを分解する微生物(乳酸生成細菌)の数は多くありません。大腸に流入してきたデンプンなどの糖質が、乳酸生成細菌により分解発酵されることにより乳酸が産生され、同時に発酵性のガスが生成されます。盲腸への糖質の流入量が多くなるほど、乳酸生成細菌の数が増え、産生される乳酸および発酵性ガス量も相乗的に増加します。乳酸の増加により大腸内のpHは低下し、それに伴いセルロース分解細菌の数は減少します(表)。通常、大腸内において大腸菌やサルモネラ菌などの悪玉菌の増殖は、セルロース分解細菌により産生されるVFAによって抑制されますが、セルロース分解細菌数が減ることにより悪玉菌増殖の抑止効果は弱まります。その結果、大腸内の悪玉菌が増殖し、疝痛発症の原因となります。さらに、通常、盲腸および結腸内のpHは7(中性)をやや下回る程度ですが、乳酸による酸性化でpHが6近くまで低下し腸粘膜に炎症が発生することや、発酵性ガスの貯留が疝痛発症の原因となることがあります。

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図3 濃厚飼料の給与量と疝痛発症リスクの関係

※オッズ比:事象の起こりやすさを示す統計学的尺度で数字が大きいほど事象が起こりやすいことになる

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表 給与飼料が大腸(盲腸と結腸)中のセルロース分解と乳酸生成細菌数(/mL)に及ぼす影響

デンプン(糖質)の過剰摂取と食餌性蹄葉炎

 蹄葉炎とは、馬の蹄の角質部と蹄骨を接着している葉状層と呼ばれる組織が損壊し、角質部から蹄骨が剥がれてしまう疾病です。昔から、濃厚飼料の多給により、蹄葉炎が発症することはよく知られていますが、これもデンプンなどの糖質が大腸に大量に流入することが原因であると考えられています。大腸内のpH低下から蹄葉炎の発症に至る機序を、内毒素血症で説明する教科書は多いですが、あくまでこれは仮説として考えられています。「内毒素血症」説とは、大腸内のpH低下により、内毒素(エンドトキシン)が生成され、その内毒素が血液を介して蹄の毛細血管に移動した結果、葉状層組織が損壊されるというものです。発症の機序は明確にされていませんが、濃厚飼料の多給によるデンプンなどの糖質の大腸への多量な流入が、食餌性蹄葉炎発症のトリガーになっていることは発症試験で証明されています。

おわりに

濃厚飼料の多給に伴うデンプンをはじめとする糖質の多量摂取は、食餌性の疝痛や蹄葉炎発症の原因となります。また、食餌性の疾患が発症しなかったとしても、濃厚飼料の多給は馬の健康にとって好ましくないことは確かです。一方で、サラブレッドに必要なエネルギーを給与するためには、濃厚飼料の給与は不可欠であることも事実です。濃厚飼料の給与量が多くなればなるだけ、馬植物繊維を多く含む牧草の給与が馬の健康のためにはさらに重要になることを、しっかりと頭においていてください。

日高育成牧場 上席調査役 松井 朗

2021年6月 8日 (火)

蹄に影響する栄養

はじめに

 “蹄なくして馬なし”と言われるように、馬が健康でそのパフォーマンスを十分に発揮するためには、蹄が健常であることが重要であることは言うまでもありません。「蹄が健常である」とは、蹄葉炎などの蹄疾患がないということは当然ですが、蹄壁の欠けや裂けがなく、蹄が適切なペースで伸長している状態を指します。蹄の伸長には、裂蹄を発症しづらいなど蹄角質そのものの特性、遺伝的要素、運動状況、あるいは気候や飼養状況などの外的環境要因などが影響することが知られていますが、実は栄養状態も大きく影響しています。今回は、この蹄の健常性に影響する栄養についてご紹介します。

タンパク質

 蹄の角質(蹄壁や蹄叉)は、主にケラチンと呼ばれるタンパク質から構成されています。一方、生体を構成するアミノ酸には20種類がありますが、そのうちイオウ(S)の原子を含むアミノ酸は含硫アミノ酸と呼ばれます。タンパク質の一つであるケラチンは組織の硬質性に寄与していますが、その硬質性には含硫アミノ酸のイオウ同士の結合が重要な役割を担っており、特に蹄のケラチンにおいてはこの硬質性の点から含硫アミノ酸であるメチオニンやシスチンの存在が重要となります。中でも必須アミノ酸※でもあるメチオニンの摂取不足は、蹄の脆弱化や伸長鈍化の原因となります。しかし、このメチオニンは一般的な配合飼料のタンパク質源である大豆などに多く含まれていることから、配合飼料や脱脂大豆を利用していればその摂取不足を心配する必要はありません。 さらに、メチオニンは放牧草やアルファルファ乾草などにも比較的多く含まれているため、サラブレッドの生産現場で問題となることはないと考えて良いでしょう。

※ 生体内で必要量の全てを合成できないため、不足分を食餌で摂取する必要のあるアミノ酸のこと

ビオチン

 蹄のケラチン合成に必要なビオチンはビタミンB群に分類されるビタミンで、馬での必要量は明らかではないものの腸内細菌で合成されることや飼料中にも含まれていることから、大豆や青草を給与している馬では不足することはないと考えられています。しかし、外的なストレスや食餌によってビオチンを合成する腸内細菌の数や活動が影響を受け、ビオチンが十分に合成されなくなることも考えられます。ビオチンが馬の蹄に与える影響は非常に大きいため、この影響についての研究が盛んに行われているところです。

 ある研究では、サラブレッドにビオチン(15mg/日)を10ヶ月間給与すると蹄の伸長量が1.8cm増加することが報告されています(図1)。またスペイン乗馬学校繋養のリピッツァナー種牡馬にビオチン(20mg/日)を19ヶ月間給与した研究によると、削蹄時の蹄壁、蹄底、蹄叉および白線における亀裂、硬度などを4段階にスコア化(図2)すると、給与開始後の各項目でスコアの良化がみられ蹄の状態が良化したことを示唆する結果が得られたと報告されています(図3)。この蹄の状態変化が見られたのはビオチンの給与開始から11ヶ月後であったことから、ビオチンによる蹄の状態改善には長期間が必要であることも分かりました。

現在市販されているほとんどの蹄用サプリメントにはビオチンが含まれていますが、これらは他のサプリメントに比べて高価です。したがって、ビオチンを給与する際は最もその効果を得たいゴールとなる期日を設定し、それまでの繋養期間や経費を勘案した上で給与を開始するタイミングを検討する必要があるでしょう。Photo図1 ビオチン投与が蹄の伸長に及ぼす影響  

ビオチン投与開始からの蹄壁部の伸長の変化を調べた。ビオチン投与群の10カ月間の蹄の伸長は、非投与群に比べて1.8㎝大きかった。Equine Vet.J.(1992)24(6)472-474

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図2  蹄状態のスコアー化   

白線裂、蟻洞、欠損、亀裂などから蹄の状態をスコアー化し判定する  Equine vet. J. (1995) 27 (3) 175-182

Photo_3図3  ビオチン投与が蹄状態に及ぼす影響

スコアーが低いほど蹄の状態が良いことが示されており、ビオチン投与開始から9ヶ月目(2年目の1月)以降に蹄の状態が良化してきた  

亜鉛

 亜鉛は、蹄の角質化に必要なミネラルです。ある研究で、蹄の物理的硬度や酸溶液に対する溶解性を“弱”・“中”・“強”の3段階の強度で分類すると、それぞれの蹄に含まれていた亜鉛濃度は、順に115.0、119.4、および129.4ppm(mg/kg)であったことが報告されています。つまり、蹄に含まれる亜鉛濃度が高いほど蹄の硬度も高いということが分かり、亜鉛の摂取不足から蹄が脆弱になる可能性があることが分かります。

 

その他の栄養

 その他、カルシウム、リン、マグネシウム、銅およびコバルトなどのミネラルも蹄の健常性に必要な栄養です。カルシウムは蹄の構造上で重要な役割を果たしますが、このカルシウムとリンの摂取バランスが崩れると、カルシウムの吸収が阻害されてカルシウム不足に陥ることが知られています。フスマの過剰給与から蹄が脆弱になるということはよく知られていますが、これはフスマに含まれるリンの含量が高いことが根拠となったのかもしれません。しかし、飼料全体に含まれるカルシウムとリンのバランスが適正(カルシウム:リン=1.5~2:1)であれば、フスマの過剰摂取が蹄に影響を及ぼすことはありません。

おわりに

 インターネットで少し調べるだけで、蹄に良いとされるサプリメントが数多く販売されていることが分かります。もし、皆さんが繋養馬の蹄にお悩みであれば、これらのサプリメントを利用することで解決できることもあるでしょう。でもちょっと待ってください。もしかすると、単に飼葉の栄養のアンバランスが原因であるだけかもしれません。新しいサプリメントを導入する前に、ぜひ現在の飼葉について栄養計算ソフトなどで確認してみましょう。

日高育成牧場 生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

2021年2月 1日 (月)

若馬の昼夜放牧時の放牧草採食量について

サラブレッドの主要な飼料である放牧草には様々な栄養がバランスよく含まれており、草量が豊富な時期であれば濃厚飼料は必要ありません。しかし、放牧草には銅や亜鉛など馬の健康な成長に必要な一部のミネラルが不足していることから、これらの補給は不可欠です。

 

なぜ放牧草の採食量を知る必要があるのか?

 適切な栄養供給のための“栄養計算”は、もはや常識になりつつあります。しかし、飼養者が馬が摂取する全ての飼料の給与量を管理している場合はこの計算は難しくありませんが、自由採食下での放牧草の採食量を加味した栄養計算は非常に困難となります。また、放牧草で不足する栄養素はバランサーおよびサプリメント等で補給する必要がありますが、闇雲に給与すると一部の栄養素を過剰に摂取してしまう恐れがあります。この過剰摂取による他の栄養素の吸収阻害などの悪影響を避けるため、各栄養素の不足量を把握した上で飼料の給与量を決定する必要があります。したがって、馬が自由に採食する放牧草の量を知ることは重要ですが、これを調べるにはどうすればよいのでしょうか。この点について北海道大学の研究チームが昼夜放牧のサラブレッド若馬の放牧草採食量を調査した報告がありますので、その概要についてご紹介します。

 

放牧草の採食量はどのように調べたの?

 この研究チームは馬の糞中に排泄されるある物質に着目して、放牧草の採食量を算出しました。みなさんもよくご存知の通り、馬が摂取した牧草の繊維は大腸内の微生物によって分解されて吸収されます。しかし、“リグニン”と呼ばれる繊維については微生物が分解できず、そのまま糞中に排泄されています。したがって、放牧草から摂取するリグニン量と糞中に排泄されるリグニン量は全く同じということになります。このことから、馬が一日に排泄した全ての糞に含まれるリグニン量を調べることで、一日の放牧草の採食量を計算することができるというわけです。しかしこの方法では、馬が排泄する糞を漏れなく回収(写真1)する必要があるため、研究者が馬に24時間張り付いていなければなりません。

1_10(写真1)


 

若馬の成長に伴う放牧草採食量の変化

 調査には日高育成牧場のホームブレッドを用い、クリープフィード開始期(2ヵ月齢)、離乳直前(4ヵ月齢)、離乳直後(5ヵ月齢)、放牧地が雪で覆われる積雪期(10ヵ月齢)、騎乗調教開始前(15ヵ月齢)の各期における放牧草の採食量が調べられました。全ての試験期間を通じて昼夜放牧と濃厚飼料の給与(表)を実施し、積雪期のみ放牧地でルーサン乾草を自由に採食できるようにしています。

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 この調査で明らかとなった各試験期の放牧草の採食量(乾物量)をグラフに示しました(図)。図の下段は体重100㎏当たりの採食量(kg)です。哺乳中であるクリープフィード開始期および離乳直前の体重当たりの採食量は、それぞれ1.3%と1.4%でした。離乳直後の体重当たりの採食量は2.6%と離乳直前の約2倍となりましたが、これは離乳により絶たれた母乳を補うための増加と考えられました。また、騎乗調教開始前は2.7%であることとあわせ、草量が豊富な時期である離乳直後の採食量は、おおむね体重の2.6-2.7%程度と見積もってよいのではないかと考えています。一方で、積雪期の採食量はルーサン乾草を自由に採食できていたにもかかわらず1.3%と非常に少ない結果となりました。これはどういうことでしょう?

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(図)

なぜ積雪期の牧草採食量が少なかったか

積雪期の放牧地は冠雪によって放牧草が覆い隠されていましたが、実は馬は雪を掘り返して雪下の放牧草を食べていました(写真2)。この時期の放牧草は茶色く、栄養価が低いだけでなく美味しそうにも見えませんが、馬の食指は容易に食べられるルーサン乾草より雪下の放牧草に向いたようです。このようなルーサン乾草の嗜好性の低さ(ルーサン自体は一般的に嗜好性が高い草種とされています)が体重当たりの採食量の減少理由とも考えられますが、雪下の放牧草を食べるために時間を費やしていたであろうことも影響したかもしれません。この時期の放牧草は短くて一度に噛みちぎれる量が少ないこと、雪を掘り返す作業に時間を要することを考慮すると、単位時間当たりの採食量は極めて少なかったのではないでしょうか。生来、馬は一日のほとんどの時間を採食に費やすという行動特性から採食時間を増やす余地はないため、この単位時間当たりの採食量が極めて少なかったことが採食量の減少に大きく影響した可能性があります。したがって、積雪期にはボディーコンディションの極端な低下を防止するため、採食量の減少分を考慮して飼葉をより多く与える必要があると考えられます。

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(写真2)
 

 ご紹介した調査成績は日高育成牧場での成績であるため、どの牧場でも同じ成績になるとは言えません。また当然ながら馬の一日あたりの放牧草の採食量は、濃厚飼料の給与量や放牧時間にも影響されます。しかし少なくとも、この成績は若馬の一日当たりの放牧草の採食量を明らかにしたものであり、適切な栄養管理を行う上で一つの目安になるのではないでしょうか。

 

日高育成牧場 主任研究役 松井 朗

馬の飲水について

 動物にとっての水は、その摂取が絶たれたときの生命に及ぼす影響が大きい、つまりより短期間で生命維持を脅かす要素であるといえます。また、栄養素は比較的余裕をもって体内に蓄えることができます(例えばエネルギーなら体脂肪として)が、体水分量はおおむね一定(体成分の62-70%)に保たれており、水を余分に貯蔵することはできません。ボクシング選手にとって、減量時の水分制限は食事制限よりはるかに辛いそうです。したがって、管理する我々は馬が新鮮な水を常時摂取できるよう意識する必要があります。 

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馬が飲みたくなった時、いつでも飲めるように新鮮な水を用意して おく必要がある。

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ウォーターカップによって、馬はいつでも新鮮な水を飲むことができる。

飲水量に影響を及ぼす要因

成馬の1日の飲水量はおおむね体重100㎏当たり5リットル(体重500㎏とすると25リットル)とされていますが、気候環境、飼料、運動、成長ステージおよび個体差などに影響されることが知られています(表)。

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表 様々な環境下における馬の飲水量(NRC 2007)

 具体的には、気温や湿度が高い時などは見かけ上の発汗がなくても皮膚や気道から蒸散する水分(不感蒸泄)量が増えるため、飲水量は増加します。また、飼料の摂取量が多くなるに従って飲水量が増加することも知られています。この明確な理由は分かっていませんが、おそらく血中の総タンパク質濃度や血液の浸透圧の上昇が関係していると考えらえています。さらに、運動時の飲水量も発汗量に伴って増加しますし、泌乳期の飲水量も産乳で水分を消費することから妊娠期の1.5~2倍以上に増えるとされています。

 

飼料の成分や栄養素が飲水量に及ぼす影響

馬の飲水量は、摂取する飼料が粗飼料か濃厚飼料かによっても変化します。一般に、同じ量の飼料を摂取していても、飼料中の濃厚飼料の割合が高くなるほど飲水量は少なくなるとされていますが、この理由については次のように考えられています。馬が飼料を食べて飲み込むためには、食塊が食道を通過しやすくするために咀嚼によって唾液と混合する必要がありますが、粗飼料を飲み込むためには、濃厚飼料よりも多くの咀嚼と唾液が必要となります。この際、脳から飲水を促す指令(口渇感)は、唾液の分泌量が多いほど強くなり、結果的に飲水量が増加することになります。

 一方、栄養素の一つであるナトリウムと水分には密接な関係があり、体水分の調整にはお互いを切り離して考えることはできません。例えば、ナトリウム源である食塩を、体重1㎏あたり50㎎から100㎎(体重500㎏とすると25gから50g)に増やすと、飲水量が約1.5倍増加したことが報告されています。この理由については、生体が浸透圧を調節しようとするメカニズムによって説明がつきます。生体内では体液(細胞外液)のナトリウム濃度が高まった時、ナトリウムの濃度を元に戻そうとする機序が働きます。排尿量を減らして水分をなるべく外に出さないようにしたり、脳から飲水を指令(いわゆる喉の渇き)して体内の水分量を増加させ、高すぎるナトリウム濃度を希釈しようとする働きがこの機序にあたります。また、体内の水分が不足することによっても体液のナトリウム濃度が高くなるため、脳から口渇感の信号が出されて飲水行動がおこります。一方、ナトリウムが不足した場合はナトリウム源である塩分に対する摂取要求が発現します。飼養馬が鉱塩によってナトリウムを補うことができるのは、この生理的要求によって自発的な摂取が期待できるためです。

 その他に飲水量を増加させる要因として、タンパク質の摂取量が多い場合が挙げられますます。タンパク質はアミノ酸に分解されますが、生体内で使い終わったアミノ酸は尿素として尿中に排出されます。尿素の排泄量が増えれば、同時に尿として排泄する水分量も増えるため、その損失を補うべく飲水量が増加します。

 

気温や水温が飲水量に及ぼす影響

 一般に、気温が下がると飲水量も低下するとされており、気温が9℃から-8℃に下がることで、飲水量が減少したとの報告があります。

 また、ある研究グループによる水温が飲水量に及ぼす影響について調べた報告がありますので、ご紹介します。気温が-20℃から5℃の環境下において、外気で冷えたバケツに水を入れて給与した群(冷水群:平均水温 1℃)と、バケツ用のヒータで温めた水を給与した群(温水群: 平均水温19℃)の飲水量を比較したところ(図 ①)、温水群は冷水群より飲水量が約1.4倍に増加しました。このことから、冷水群の馬は、本来必要であった量の水を飲んでいなかった可能性があることが分かります。つまり、冷水群は水温が低いのを嫌って飲水量が減ったものと考えられました。同様の試験を15℃から29℃の暖かい気温でも実施したところ、冷水群(人工的に冷却)と温水群の飲水量に差はみられませんでした(図 ②)。両方の試験の結果から、馬は外気温が低い時にさらに体を冷やしてしまうような冷水の摂取を避けたものと結論付けられました。

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図 気温ならびに水温が馬の飲水量に及ぼす影響

①気温 -20から5°Cの気温下で、冷水(平均水温0°C)と温水(平均水温19°C)の水の飲水量を比較した。

②気温15から29°Cの気温下で、冷水(平均水温0~1°C)と温水(平均水温23°C)の水の飲水量を比較した。 気温が低いときに水温の低い水の飲水量が少なくなった。

 

 よく、冬期間の放牧地での給水について、飲水量が少ないようだが冬場はあまり水を飲みたくないのでしょうかと相談されることがありますが、このように判断するのは早計かもしれません。前述した通り、水分の不足は脱水症の発症などの懸念に繋がりますが、馬の場合は脱水以前に便秘疝を発症しやすくなります。放牧地に冬期も水が凍らない水桶を整備するにはコストがかかりますが、最低でも馬房内では馬が十分に飲水できるよう、気を配ることが重要です。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

2021年1月27日 (水)

哺乳期子馬のクリープフィード

はじめに

 子馬が生まれて初めて摂取する食餌は母乳であると同時に、母乳は唯一の栄養源でもあります。やがて、子馬は母馬を真似て放牧草や乾草を食べるようになりますが、哺乳期の子馬の消化器官や腸内細菌は、まだ粗飼料を栄養源として利用できません。競走馬として育種改良されてきたサラブレッドの哺乳期子馬に対しては、生来供給される母乳や粗飼料以外にも必要な栄養を確実に給与することが望まれます。

 

クリープフィードとは?

 哺乳期の子馬だけが食べられる方法で与える飼葉を“クリープフィード”と呼びますが、これは飼葉の中身を示すのではなく給与の目的を示す言葉です。例えば、同じ燕麦でも子馬だけが食べられる方法で給与すれば、その燕麦はクリープフィードであると言えます。一般的なクリープフィードは、子馬だけが這ってくぐり抜けられる高さの柵や壁の向こう側に置かれることから、“這う”(creep)が語源とされています(図1)。

 

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図1 クリープフィードの語源は、英語の“這う”(creep)であると言われている。

哺乳期の子馬にクリープフィードを与える必要性

 哺乳期の子馬にクリープフィードを給与する目的は、母乳や牧草のみでは不足する栄養素を補い、子馬が離乳後の固形飼料に馴れさせることにあります。

一般に動物は、摂取するエネルギーが不足している場合に食欲を示します。したがって、哺乳期の子馬はエネルギーの需要に応じて母乳や牧草を自発的に摂取できます。しかし、動物は塩分以外のミネラルおよびビタミンの不足に対してはこの摂取欲求が無いものと考えられています。例えば、ある子馬の体内のカルシウムが不足していたとしても、特にその子馬が放牧草の中からカルシウムを多く含むクローバーを優先的に食べるようなことはありません。一方で、母乳中のミネラルやビタミン濃度は分娩後から徐々に減少しており、子馬が牧草からこれら不足するミネラルやビタミンを摂取できているかどうかは分からないということになります。ここでクリープフィードの出番となるわけですが、このクリープフィードは通常の飼葉のようにエネルギーを給与するのではなく、ミネラルやビタミンを補うことを目的として給与されます。

 

母乳および牧草からのミネラル摂取

 カルシウムとリンは、どちらも骨の発育にとって重要なミネラルですが、前述のとおり母乳中の両者の濃度は分娩後の時間経過とともに減少していきます(図2)。一方、軟骨形成に重要な亜鉛と銅の母乳中の濃度は初乳を除いて大きく変化しません。しかし、子馬の母乳摂取量は成長に伴って減少するため(図3)、子馬が摂取する両者の絶対量も徐々に減少することとなります。

これとは逆に、子馬における放牧草の摂取量は増加しますが、放牧草は優良なミネラル供給源である一方、その含量は草種、土壌および時期など様々な要因に影響されるため、安定した供給源とは言えません。銅と亜鉛の摂取不足は、骨軟骨症(OCD)など成長期における骨疾患の発症に繋がりますから、決して軽視することはできない問題です。

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図2 分娩後からの母乳中カルシウムおよびリン濃度の変化

 分娩3日~1週後をピークに母乳中カルシウムおよびリン濃度は経時的に減少する。

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図3 出生後からの子馬の哺乳量の変化

 1週齢をピークに哺乳量は子馬の成長とともに減少する。


 

養分要求量を満たすためのミネラルの給与

 養分要求量とは、馬が健康かつ最低限のパフォーマンスを維持するための栄養摂取の基準量です。全米研究評議会(NRC)が刊行した『馬養分要求量』(我々はこの冊子もNRCと呼んでいますが)には、4ヵ月齢の若馬のカルシウム、リン、亜鉛および銅の養分要求量が記載されていますが、母乳および牧草由来の摂取量と比較してみるとNRCの要求量を下回っていることがわかります(図4)。このような場合、クリープフィードからこれらのミネラルを補充してやる必要がでてくるわけです。

 近年、バランサーと呼ばれる飼料が多くの牧場で利用されるようになってきました。バランサーは、炭水化物や脂肪などのエネルギーの基質を供給するのではなく、アミノ酸、ビタミンおよびミネラルを高濃度に含んだ飼料です。例えば、図4で示す4ヵ月齢の若馬におけるカルシウム、リン、銅および亜鉛の要求量に対する不足については、表1のバランサー500gを給与することにより解消できます(図5)。これらのミネラルの要求量は2ヵ月齢頃から母乳および牧草からのみの摂取では不足するため、この時期からクリープフィードを開始することが推奨されます。

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図4  4ヵ月齢(哺乳期)子馬のミネラル要求量と摂取量の比較

    NRC(2007年版)における4ヵ月齢子馬のa)カルシウム、b)リン、c)亜鉛およびd) 銅の要求量と母乳および放牧草由来の各ミネラル摂取量を比較したところ、全てのミネラルにおいて摂取量が要求量を下回っていた。

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図5  4ヵ月齢(哺乳期)子馬にクリープフィードを給与したときのミネラル要求量と摂取量の比較

 4ヵ月齢子馬にクリープフィードとして表1のバランサーXを500g給与したところ、a)カルシウム、b)リン、c)亜鉛およびd) 銅の摂取量は要求量を概ね満たした。

さいごに

 クリープフィードには、離乳後を見据えて予め固形飼料に馴らしておくという目的もありますが、子馬によってはなかなかクリープフィードを食べてくれないこともあります。このような場合は、手で少量ずつ子馬の口に運んでやったり、母馬と同じ飼葉桶から一緒に食べさせる方法が効果的です。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

競走馬の体重に影響を及ぼす潜在的な要因 ~親馬からの影響~

現在に比べて数十年前の競走馬市場では、洋の東西を問わず、大きい馬がより好まれる傾向がありました。馬を大きく育てるため、若馬に過剰に飼料を給与する生産牧場もあったようです。しかし、過剰な栄養摂取は馬を過肥にするだけであり、骨発育と不均衡な増体重は、成長期特有の骨疾患(DOD)発症のリスクを高めます。 現在は、技術普及の成果もあり、ほとんどの生産馬牧場で、若馬の馬格や成長に合わせた栄養管理がおこなわれていると感じています。

 

馬の大きさは競走成績に影響するの?

 ところで、馬の大きさは競走成績に全く関係がないのでしょうか? 一般的に競走馬は、ほとんど余分な脂肪が体についていない状態に調整されて競馬に出走します。したがって、競馬の出走時体重は、馬の大きさとおおむね比例していると考えて良いでしょう。

1983年から2014年生まれの中央競馬所属馬約13万頭を、性別に出走時体重(生涯平均)が大きい順に5グループに分割し、各グループの獲得総賞金を比較しました。牡牝とも出走時体重が上位20%のグループの獲得賞金が最も大きく、このように多くの頭数の平均でみたとき、競走馬は大きいほど競走成績はよいといえます。

例えば、歴史的な名馬であるディープインパクトやアメリカのシービスケットなどはご存知のように小さな競走馬でした。彼らは、小さな馬体にパワーのある筋肉、心肺機能を持ち、大袈裟に言い換えれば、軽自動車の車体にF1のエンジンを積んだような馬だったのかもしれません。しかし、全ての競走馬を平均してみれば、筋肉、心臓および肺の大きさも馬格に応じたサイズであると考えることができます。 性別にみれば競走馬が背負う斤量の生涯平均はほとんど同じであり、馬格の大きい馬ほど、エンジンの馬力に対して相対的に軽い荷物を運ぶことになります。このことが大きい馬(出走時体重が大きい馬)の獲得賞金が、小さい馬を上回った理由であろうと推察できます。

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図1 出走時体重を大きい順に5グループに分割したときの総獲得賞金

1983年から2014年の期間に生まれた競走馬を、性別に出走時体重が大きい順から5つの均等数のグループになるよう分けて、それぞれのグループの獲得総賞金を比較した。

グループは以下のように分けた。

group ①・・・体重が大きい順の上位20%

group ②・・・上位20%より体重が下回り上位40%まで

group ③・・・上位40%より体重が下回り上位60%まで

group ④・・・上位60%より体重が下回り上位80%まで

group ⑤・・・体重が小さい順の下位20%

 

馬の大きさ(出走時体重)に影響する様々な要因

 繁殖牝馬の要因や種牡馬が、産駒の初出走時体重に及ぼす影響について調べました。サラブレッドの2から3歳の初出走時期は成長の過程にあるため、初出走時の月齢が体重に影響しないような統計的な処理をおこない解析しました。

 1990年から2012年の期間において出産履歴があるサラブレッド繁殖牝馬の全産駒の初出走時の体重に及ぼす、繁殖牝馬の産次、出産年齢、現役時の出走時体重、種牡馬の影響について調べました(図2)。統計解析の結果、初出走時体重には、繁殖牝馬の産次、出産年齢、現役時の出走時体重、種牡馬の全てが影響していることが分かりました。

 

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図2 繁殖牝馬の産次、出産年齢、現役時の出走時体重、種牡馬が産駒の初出走時体重に及ぼす要因を統計にて解析した

繁殖牝馬の産次が初出走体重に及ぼす影響

初出走時体重に影響があった親の様々な潜在的素因のうち、繁殖牝馬の産次の影響について詳しくみてみます。初産から7産目までと8産目以上の8つのグループに分け初出走体重を比較したとき、牡牝とも初産の産駒が最も小さいことが分かりました(図3)。牛など他の家畜において、出生時の体重が、成時の体重に影響することが知られており、サラブレッドにおいても出走時の体重が小さい馬は、出生時の体重も小さかったことが予想されます。初産の場合、子宮の拡張がしにくいことや、初産の馬は胎盤の重量が小さいことが知られており、胎子期の胎盤からの栄養補給が少ないことが、出生体重からその後の出走時体重にまで影響したのかもしれません。

 初産から5産目にかけて産駒の初出走時体重が増加していき、牡は5産目の産駒の初出走時体重が、7産目の産駒以外に比べて有意に大きく、牝は5産目産駒が初産、2産目、3産目、7産目、8産目以上の産駒に比べて大きいことがわかりました。

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図3 繁殖牝馬の産次とその産駒の初出走体重の関係

初産から7産目までと8産目以上の8つのグループに分け初出走体重を比較したとき、牡牝とも初産の産駒が最も小さかった。牡は5産目の産駒の初出走時体重が、7産目の産駒以外に比べて有意に大きく、牝は5産目産駒が初産、2産目、3産目、7産目、8産目以上の産駒に比べて大きかった。

 

おわりに

 出走時体重をすなわち馬の大きさとすると、馬の大きさには、繁殖牝馬の産次など様々な潜在的な要因に影響されることが分かります。その馬が本来の成長をするためには、適正な栄養供給は不可欠ですが、過度の栄養を与えても馬は大きくなりません。馬の大きさが競走成績に影響する可能性を前述しましたが、これは長期間の莫大な頭数を平均してみたときの傾向でしかありません。1頭のサラブレッドが持つ可能性は、体重計やメジャーで測ることはできないことを付け加えておきます。

 

 

   

日高育成牧場 主任研究役 松井 朗 

2021年1月25日 (月)

飼養管理が馬の胃潰瘍発症にもたらす影響

はじめに

免許証のない人(車を運転しない人)に比べて、免許証の保持者のほうが胃潰瘍を発症している割合が多いそうです。私たちは、自覚のないストレスでも簡単に胃潰瘍を発症しているのかもしれません。胃潰瘍を発症する競走馬が多いことから、ストレスが原因であるかのような記事もみられますが、馬にストレスが原因となる胃潰瘍があるのかどうかはよく分かっていません。人は胃内のピロリ菌が胃粘膜を傷つけ、そこが胃酸に侵されることによって胃潰瘍が発症することがよく知られています。馬の胃内にはピロリ菌がいませんが、胃潰瘍を発症している馬が非常に多いことが知られています。

 

馬の胃潰瘍

馬の胃は、構造的に有腺部と無腺部の二つの部位に区別することができます(図1)。胃の下部3分の2を占める有腺部には、塩化水素、ペプシン(酵素)、重炭酸塩と粘液を分泌する腺があり、その表面の粘膜は酸に浸食されない構造になっています。一方、胃の上部3分の1を占める無腺部の粘膜は強い酸により浸食されます。この無腺部の粘膜が胃酸(塩化水素など)に侵され、炎症をおこすことにより胃潰瘍が発症します。有腺部と無腺部は大弯部ヒダ状縁(タイワンブヒダジョウエン)といわれる組織により仕切られていますが、胃潰瘍はこの境界部位に沿った無腺部側に多く発症します。

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競走馬など強い運動が負荷されている馬や子馬は、胃潰瘍が発症しやすいとされています。競走馬の場合、強い運動により胃内部が攪拌され、無腺部が胃酸に晒されることによって発症する場合が多いとされています。一方、子馬の胃潰瘍の発症は、濃厚飼料の過剰摂取に起因するとされています。胃内において、濃厚飼料由来の炭水化物(主にデンプン)が微生物によって発酵されることにより揮発性脂肪酸が生成されます。多量に揮発性脂肪酸が生成された場合、無腺部の粘膜の保護作用が弱まり、胃酸に侵されやすくなると考えられています。

胃潰瘍が発症しても臨床症状を示さない場合も多いようですが、成馬の場合、食欲の減退、体重減少、被毛の劣化、虚脱、歯ぎしりなどの症状を示すとされています。子馬の場合、上記の他に、下痢、哺乳欲減退、流涎症(涎の多量流出)などの症状が知られています。

 

舎飼いと胃潰瘍の関係

唾液はアルカリ性であり、食塊と一緒に胃内に入ることにより胃酸を緩衝(酸を弱める)します。馬が一日中野外にいるとき、24時間中14~16時間は草を食べ続けます。これは、馬本来の自然な行動であり、馬は“不断食の動物”とも言われます。一日中草を食べ続けるということは、胃の中にも常に唾液が入り続けていることになります(図2)。

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馬が家畜として飼養管理されている場合、燕麦など高カロリーの飼料が給与されるため、常に草を食べ続けなくても、必要なカロリーを摂取することが可能となります。その一方で、食べている時間が短くなるということは、唾液によって胃酸が緩衝されない時間帯も多くなってしまします。そのため、放牧を中心に管理されている馬に比べて、舎飼い時間の長い馬は、胃潰瘍を発症しやすくなります。飼養管理において、胃潰瘍の発症リスクをなるべく減らすためには、採食時により多く咀嚼させ、多くの唾液を分泌させることが望ましいと考えられています。同じ量の乾草を摂取する場合でも、切草よりも長いままの乾草のほうが飲み込むまでに、より多く咀嚼する必要があります。この点において、馬房において、長いままの乾草を馬に与えることが推奨されます。

タンパク質も胃酸に対して緩衝的に働くとされており、その給与が推奨されています。穀類は胃内の微生物によって揮発性脂肪酸を発生させ、胃粘膜の保護作用を弱らすことが懸念されることから、タンパク質が多く含まれたアルファルファの給与を推奨する報告がいくつかあります。

日高育成牧場・主任研究役 松井 朗

活性酸素と抗酸化物質(ビタミンE)

はじめに

健康のために適度な運動は欠かせませんが、いかなる運動も健康に有用かと問われると、そうではありません。例えば、トップクラスのアスリートが日々おこなうトレーニングにより、体は鍛えられますが、けっして彼らが健康な状態にあるとはいえません。世界の舞台で活躍するようなアスリートは、一般人に比べて短命であるという少しショッキングな調査報告もされています。アスリートのストイックな鍛錬は、生体にとって少なからず有害な影響をもたらします。

 

活性酸素とは?

 酸素分子は、2個の電子が隣り合った“電子対”という物質が原子の周りに付着した構造をしています(図1)。この電子対は電子がペア―になっている状態では安定していますが、1個の電子が離れてしまうと、酸素分子が非常に不安定な状態になり、活性酸素と呼ばれる異なる性質の物質に変わってしまいます。活性酸素は、例えば、生体内の細胞膜を構成する脂質の電子を奪い、安定な状態に戻ろうとします。その脂質は細胞膜の強度を保つ役割していますが、電子を奪われる(酸化される)ことにより本来の機能を失い、細胞膜は壊れやすくなります。

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図1 活性酸素

酸素分子は酸素原子が2個と、そこに電子が対になった電子対が7個付いた構造となっている。電子は対になった状態では安定しており、酸素分子自体も安定している。しかし、電子対から電子が一つ離れると不対電子となり、これによって酸素分子が不安定な活性酸素に変化する。

活性酸素により生体内の物質が酸化される様は、“活性酸素による体のサビ”と比喩することができます。このように活性酸素は生体内の組織を酸化させ、それらの健常な機能を奪ってしまいます。運動の負荷が大きいほど細胞は多くの酸素を必要とするため、体内に取り込まれる酸素の量も多くなります。活性酸素の源となる酸素が多く体内に入ってくれば、当然、活性酸素の発生量も多くなり、体もサビやすくなるわけです。過剰に活性酸素が生成され過ぎるのを防ぐため、活性酸素を無害化させる酵素も体内で作られますが、高強度の運動をおこなう場合、活性酸素の生成は酵素の作用を上回ってしまいます。

 

活性酸素から体の酸化を守ってくれる抗酸化物質

 生体内で分泌される酵素以外に、飼料やサプリメントから摂取できるビタミンE・ビタミンC・アスタキサンチン・コエンザイムQ10・リコピン・セレン・銅・亜鉛も活性酸素に対して抗酸化能力があります。

強い運動負荷時において、馬は体重100kg当たり200mgのビタミンEが必要とされています。競走馬や高強度の運動が負荷される後期育成馬にみられるタイイングアップ症候群(スクミ)は、筋細胞膜が活性酸素に酸化されることが発症の要因の一つになっています。ビタミンEの給与量が必要量を下回る場合、スクミ発症のリスクは高まると考えられますが、必要量以上のビタミンEの補給がその予防に効果があるのかはよく分かっていません。

 

ビタミンEの補給とDNA酸化の予防

活性酸素は、細胞膜以外にDNAを酸化し、DNAの持つ情報を変化させてしますことがあります。変異されたDNA情報を持った細胞が増殖していくと生物の健康は損なわれてしまいます。ガン化細胞の増殖などはその顕著な例ですが、そのように間違った細胞の増殖を極力抑えるため、生命における防御システムとして変異した細胞が自殺する『アポ―トーシス』という現象がみられます。このアポトーシスの発生量で、活性酸素によってDNAがどの程度酸化されかを推測することができます。エンデュランス競技の3週前より、馬にビタミンEを体重100kg当たり約1,000mg給与したとき、ビタミンEを補給していない馬(対照群)に比べて、競技開始から定めたポイントで細胞中のアポトーシス発生割合は明らかに少なくなっていました(図2)。この結果は、活性酸素の有害性がビタミンEによって消されたことで、DNAの酸化が少なかったことによると考えられています。この量は必要量の5倍にもなりますが、これだけのビタミンEを運動中の馬に給与すべきなのかについては明言を避けたいと考えています。対照群の馬に給与されていたビタミンEが約30mg(体重100kg当たり)と必要量より大幅に少なかったこともありますが、アポトーシス発生に現れる運動中のDNAの酸化は、避けるべき現象なのか、それとも鍛えられる過程においては必要なプロセスなのかを一概に判断できないためです。今回は、ビタミンEという物質が、生体内の酸化ストレスに極めて大きな影響があることを紹介するに留めておきたいと思います。

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図2 ビタミンEの補給が運動時の細胞内アポトーシス発生に及ぼす影響

緑色で示したビタミンEを常時補給されている馬のエンデュランス競技中の白血球細胞内におけるDNA酸化の指標となるアポトーシスの発生割合は、緑色のビタミンE非投与馬(対照群)に比べて明らかに多かった。

 

おわりに

活性酸素が体をサビさせる有害な物質であることは間違いありません。運動などの外的な環境変化によって過剰に発生する活性酸素に対して、生体組織の防衛のため、生体は抗酸化酵素の活性を高めるなど生理的に適応していくとされています。もう一歩踏み込んで考えると、運動によって活性酸素が多量に発生することは避けられませんが、体内で生成する酵素で無害化できるように適応していくことも、トレーニングのひとつであるというとらえ方もできるのではないでしょうか。近年、ヒトの抗酸化作用のサプリメントの多用が、活性酸素に対する本来の無害化能力を弱め、将来的に健康を害する危険があるという報告がなされています。強い運動が負荷されるサラブレッドについても、適材適所での抗酸化物質を補給する有用性は否定できませんが、いたずらにサプリメントのみに頼らず、活性酸素に抗い適応させていくという観点も同時に必要なのかもしれないと私は考えています。

 

 Oxidative Medicine and Cellular Longevity Volume 2012

C.A. Williams et. al.

 

 日高育成牧場生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

馬の飼料中のオメガ3脂肪酸について

私たちの身の回りでは、肥満のイメージから脂肪という栄養にあまり良い印象が無いかもしれません。いかなる栄養も、過ぎたるは何とかでありますが、脂肪は三大栄養素にも数えられるほど(後の二つは炭水化物とタンパク質)、動物にとって不可欠な栄養素です。脂肪は様々な種類の脂肪酸から構成されていますが、体内に蓄積しすぎると良くないとされている飽和脂肪酸と、体が正常に機能するために重要な不飽和脂肪酸に分けることができます(図1)。さらに、その不飽和脂肪酸の中でも、食べ物に含まれる量が少ないωおめが3(オメガスリー)についての話題が今回のテーマとなります。

 

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図1

脂肪酸は炭素原子が連結した骨格から構成されているが、炭素原子間に二重結合が全くなく単結合のみのものは飽和脂肪酸、一つ以上二重結合があるものは不飽和脂肪酸と呼ばれる。

オメガ3とは?

“オメガ3”は、元々ヒトの栄養分野では注目されており、最近、馬の飼養管理の現場でも注目されるようになってきました。正式な名称はオメガ3脂肪酸ですが、以下は略してオメガ3と呼ぶことにします。オメガ3は特定の脂肪酸ではなく、似通った構造や機能についてグループ化した総称です(図2)。オメガ6やオメガ9と呼ばれる脂肪酸のグループも存在し、これらも同様の規則により名づけられています。

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図2

脂肪酸のグループ名称は、炭素原子の鎖の端から数えて最初の二重結合が何番目にあるかでつけられている。オメガ3であれば、二重結合が3番目にあるということであり、この構造が同じであればその機能も似ていることになる。

 

生体内でのオメガ3の機能

オメガ3は脂肪酸グループの総称であることが分かりましたが、このグループにはα-リノレン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)およびドコサヘキサエン酸(DHA)などが含まれます。ヒトの分野では、オメガ3をしっかり摂取することにより、血中の中性脂肪や悪玉コレステロールが減少し、血液がサラサラになることが知られています。そのほかに、抗炎症作用を高める効果も知られています。また、DHAは脳を構成する神経細胞に多く存在し、脳の機能を高めると考えられています。

オメガ3は生体内の細胞膜の構成に関与しており、その存在により膜の透過能力が適切に維持されます。オメガ3の摂取により、中性脂肪の取り込みが良くなる、脳の情報伝達能力を高まる、炎症を早期に修復させるなどの効果は、細胞膜の透過性の向上によるものです。

 

オメガ3とオメガ6の関係

オメガ6はオメガ3同様に、細胞膜の構成に必要な脂肪酸です。しかし、オメガ3と6の細胞膜に及ぼす効果は真逆であり、細胞膜にオメガ6が多すぎると細胞膜は固くなります。細胞膜の透過性が高いことも重要ですが、適度に細胞の内容物を保持し壊れにくくするには適度な硬度も必要です。オメガ3とオメガ6は生体内で作ることができず、必ず食事(飼料)から採る必要のある必須脂肪酸です。このことから、オメガ3とオメガ6はバランス良く摂取する必要があります。しかし、オメガ6も必要なのに、どうしてオメガ3ばかりが注目されているのでしょうか? オメガ6は肉類に、オメガ3(EPAやDHA)は、魚類に多く含まれるため、現代人の食事の傾向をみると脂肪酸の摂取がオメガ3に比べてオメガ6に偏り勝ちになります。オメガ3とオメガ6の理想的な摂取バランスは、オメガ3:オメガ6=1:4とされていますが、このバランスをとるためにオメガ3の摂取がより推奨されています。

 

馬の飼料中のオメガ3

馬の飼料でみると、燕麦などの穀類にオメガ6は多く含まれ、放牧草などの青草や乾草にオメガ3は多く含まれます(図3)。したがって、放牧草が豊富な時期は、オメガ3の摂取不足を心配する必要は無いでしょう。しかし、十分な牧草が摂取できていない場合や、濃厚飼料の給与量が多いときはオメガ3の不足やオメガ6の摂取量に対するアンバランスが懸念されます。

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図3

不飽和脂肪酸の中で、生体内で作ることができない脂肪酸(必須脂肪酸)はオメガ3とオメガ6である。オメガ3であるα‐リノレン酸は、牧草やアマニに多く含まれ、EPAやDHAは青魚などに多く含まれる。オメガ6(リノール酸)は、燕麦やトウモロコシなどの穀類に多く含まれる。

馬が飼料から摂取するオメガ3は、ほとんどα-リノレン酸です。牧草以外には、アマニ(またはアマニ油)にも多く含まれます。生体内の機能向上に効果的に働くのは、オメガ3のなかでもEPAやDHAであり、これらは生体内でα-リノレン酸から作り変えられることにより供給されます。しかし、必ずしも、摂取したα-リノレン酸が全てEPAやDHAに変わるわけではないため、EPAやDHAを直接摂取したほうが効率的かもしれません。EPAやDHAは魚類油に多く含まれますが、草食動物は基本的に動物性の栄養を好まないことから、飼料に魚類油を加えることは嗜好性の面からみて推奨できません。魚類油が配合飼料に加えられていたり、馬用のサプリメントとして市販されていたりする場合は、嗜好性を落とさないよう、メーカーが香りづけをするなどの工夫をしているはずです。

 

馬にオメガ3を給与したときの効果を調べた研究

オメガ3をサプリメントとして馬に与えたとき、どのような効果がみられたかを調べた研究がいくつかあります。競走馬は強い運動を負荷した後、肺の毛細血管からの出血がみられ、その量が多いと鼻腔から出てきて“鼻出血”と診断されます。馬にDHAとEPAを給与したとき、運動後の肺出血量が少なかったことが報告されています。その他に、これらの脂肪酸を与えた時、種牡馬では精子の活性が高まったことや、繁殖牝馬では乳中のEPAおよびDHA濃度が上昇したことが報告されています。

 

馬がどのようなバランスでオメガ3とオメガ6を摂取するのが良いのかは、分かっていません。また、オメガ3を通常の飼料以外に給与すべきなのかは、紹介した研究結果のみでは結論できません。しかし、栄養価の高い牧草が適切な量で馬に給与されていれば、あえてオメガ3を補給しなくても良いのではないかと私は考えています。

 

 

日高育成牧場 主任研究役 松井 朗

事通信186:BCS(ボディコンディションスコア)

BCSとは?

「今現在、妊娠馬に与えている飼葉の量は適切か?」「調教中の育成馬に対して、今の飼料の量は足りているのだろうか?」このような疑問は、馬の飼養管理者にとっては常日頃から頭を悩ませるものです。

飼料の給与量について考える際には、その馬にとって適切なエネルギー量(カロリー)を与えているか否かが重要ポイントの一つになります。人間と同様に消費量を上回るエネルギーを与えた場合には太りますし、不足する場合には痩せていくことになります。もちろん、単なる見た目の問題だけではなく、エネルギーの過不足はその馬自身の健康状態、妊娠馬であれば胎子の成長、競走馬や調教中の育成馬であればパフォーマンスなどにも影響を及ぼします。

このため、個々の馬に応じて適切なエネルギー量を与える必要があり、それを見極めるために重要な指標の一つがボディコンディションスコア(BCS)なのです。

BCSは脂肪の付き具合を数値化したもので、「脂肪がほとんど無く、削痩している状態」の1点から、「極度の肥満」の9点までの数値を用います。例えば、馬の脂肪の付き具合を評価する場合に「太っている」「やせている」という言葉ではなく、「BCS8」「BCS3」などという数値で表します。

馬の飼養管理をするうえで、BCSを用いて馬体の状態を数値化することには有用性があります。なぜなら、同じ1頭の馬を見た場合であっても、人によって「太っている」「やせている」の判断基準が異なるためです。馬を管理する複数のスタッフ間で判断基準が異なる場合、馬の管理に統一性がなくなり、牧場内での馬体のつくりにバラつきが生じやすくなります。このため、同一の基準で脂肪の付き具合を数値化するBCSを用いることで、馬体のつくりに統一性がでてきます。また、簡単に記録に残すことができるため、振り返りのための材料としても利用できます。例えば、牧場での受胎率があまりよくなかった場合、春先のBCSなどの記録をつけておかないと、振り返るための具体的な材料がなく、改善策が立てづらくなります。毎月、継続的にBCSの記録をつけておくことで、具体的な数値を用いて振り返ることができ、その後の飼養管理を考える上での重要なヒントを得ることができます。

 

BCSの見方

馬のBCSは、馬体の6つの部位「頸(くび)」「き甲」「肩後方」「肋部」「背~腰の脊椎」「尾根」を対象としており、これらの部位を観察し、実際に触ることにより、脂肪の付き具合を確認します。あくまで、これら6部位の脂肪の蓄積のみを観察するため、人間のメタボリックシンドロームのための検査のような、腹囲の計測や腹腔内脂肪については考慮しません。

BCSを測定するためのポイントは、これら6部位の骨の構造を理解することです。やせている馬、すなわちBCSが低い馬は骨が見える、もしくは骨を容易に触ることができます。一方、太っている馬、すなわちBCSが高い馬は、骨が見えない、もしくは触ることができません。背中の場合には背骨、肋部の場合には肋骨が「見えるかどうか」を確認し、もし見えない場合であれば「触れるかどうか」を確認します。例えば、「肋骨が見えないが、容易に触ることができる」のであれば、BCS5になります(図1)。さらに、骨の周囲の脂肪の厚さや量を感触で判断します。例えば、脂肪がある程度ついているものの、厚みがそれほどない場合には弾力感をイメージする「スポンジ状」という言葉で表現されます。一方、それよりも脂肪量が多く、触ると沈み込むような感触を持つ場合には「柔軟」と表現されており、「スポンジ状」よりも高いスコアとして評価します。

なお、実際のスコアのうち、一般的なサラブレッドの生産・育成牧場で管理されている馬の多くが該当するBCS4~6の詳細については図2から図4に示しました。

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図1:肋部のBCS5(普通)。肋骨は見分けられないが触ると簡単にわかる。

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図2:BCS4(少しやせている)

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3BCS5(普通)

 

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4BCS6(少し肉付きが良い)

BCSの注意点

BCSを利用するうえで注意しなくてはいけないポイントの一つは、背中から腰にかけての脊椎周辺の観察に関するものです。この部位は馬によっては肉付きが悪く、たとえ他の部位に脂肪がついていたとしても、脊椎が見える、もしくは容易に触ることができることがあります。特に高齢馬や、馬体が薄い長距離タイプの馬に多く見られます。このような馬に対しては、背中周辺の肉付きは考慮せずに、肋部などを中心に評価した方が良いかもしれません。

なお、慣れない方がBCSを評価する場合には、複数人での実施を推奨します。一人で実施した場合、主観が入ることで正確な評価が困難になります。ファームコンサルタントや他の牧場の方など、BCSの利用経験が豊富な第三者を交えることで、より客観的で正確な評価が可能になります。

 

 

日高育成牧場 業務課長 冨成雅尚