炭水化物の摂取と食餌性疾患の関係
はじめに
体に必要な栄養素のうち、特に重要とされる炭水化物、脂肪、タンパク質は、「三大栄養素」といわれますが、今回はその中の炭水化物についての話題です。植物は太陽光線、二酸化炭素および水から炭水化物を生成し、自らの栄養として利用します。植物の水分を除いた乾物中の構成成分の7~8割は炭水化物であることから、草食動物である馬にとって、炭水化物は非常に摂取量が多い栄養素です。炭水化物はグルコースやフルクトースなどの単糖から構成される物質の総称であり、馬の飼料中にも様々な種類の炭水化物が含まれています。基本的に摂取した炭水化物は馬のエネルギーとして利用されますが、炭水化物の種類によって過剰に摂取したとき、健康に悪い影響を与える懸念があります。
飼料中の炭水化物の分類
草食動物である馬の場合、炭水化物は栄養学的に、糖質と植物繊維の2つのグループに分けられます(図1)。糖質は構造的に、単糖、単糖が2個結合した二糖類、単糖が3個以上(6個から20個以下とされており厳密には定義されていない)結合したオリゴ糖、多数の単糖が結合した多糖類のグループに分けることができます。単糖以外の複数結合したグループの糖質は、小腸内の酵素は小腸の上皮細胞にある酵素の作用により最終的に単糖に分解された後に、小腸上皮で吸収され体に取り込まれます(図2)。日常的に食物繊維という単語を目にしますが、食物繊維とは、ヒトの消化酵素で消化できない炭水化物の総称です。植物の細胞壁などを構成する植物繊維は、食物繊維に含まれます。馬の盲腸や結腸内には大量の微生物が存在し、これらの微生物が植物繊維を分解発酵することにより揮発性脂肪酸(VFA)を産生されます。産生されるVFAは、酢酸、酪酸およびプロピオン酸であり、これらの脂肪酸は消化管より吸収することができます。このように、ヒトと異なり馬は、植物繊維を微生物の分解発酵を経て、体に取り込むことができます。
図2 馬の消化器官における糖質(デンプン)および植物繊維の消化吸収部位
デンプン(糖質)の過剰摂取による疝痛
一般的に、濃厚飼料の多給は、疝痛などの食餌性の疾患の温床となることはよく知られており、濃厚飼料の摂取量が多くなるほど疝痛発症のリスクが高まることが報告されています(図3)。冒頭に述べた過剰摂取した場合、馬の健康に有害となる炭水化物とは糖質のことであり、濃厚飼料(穀類)には、多糖類であるデンプンが多く含まれます。通常、デンプンは小腸において膵臓から分泌されるアミラーゼという酵素により麦芽糖(二糖類)などの小さな糖質に分解され、さらに小腸上皮にある酵素によって最小の構成単位である単糖まで分解され吸収されます。ヒトの唾液中にはアミラーゼが含まれており、食事を口に入れたときからデンプンの分解が始まり、以降の消化器官における消化吸収が効率よくなります。一方、馬の唾液中にアミラーゼはほとんど含まれておらず、しかも、小腸のアミラーゼの活性(デンプンを分解する能力)は他の動物に比べ低いことが知られています。そのため、馬は、盲腸より前の消化器官におけるデンプンの消化吸収能力が高くない動物であるといえます。小腸における消化吸収の許容量以上のデンプンを摂取した場合、デンプン(もしくは酵素による分解途中の糖質)は盲腸内に流入します。盲腸および結腸(以下 大腸)内の莫大な数の微生物には、様々な種類が混在しており、通常、植物繊維を分解する微生物(セルロース分解細菌)に比べ、デンプンを分解する微生物(乳酸生成細菌)の数は多くありません。大腸に流入してきたデンプンなどの糖質が、乳酸生成細菌により分解発酵されることにより乳酸が産生され、同時に発酵性のガスが生成されます。盲腸への糖質の流入量が多くなるほど、乳酸生成細菌の数が増え、産生される乳酸および発酵性ガス量も相乗的に増加します。乳酸の増加により大腸内のpHは低下し、それに伴いセルロース分解細菌の数は減少します(表)。通常、大腸内において大腸菌やサルモネラ菌などの悪玉菌の増殖は、セルロース分解細菌により産生されるVFAによって抑制されますが、セルロース分解細菌数が減ることにより悪玉菌増殖の抑止効果は弱まります。その結果、大腸内の悪玉菌が増殖し、疝痛発症の原因となります。さらに、通常、盲腸および結腸内のpHは7(中性)をやや下回る程度ですが、乳酸による酸性化でpHが6近くまで低下し腸粘膜に炎症が発生することや、発酵性ガスの貯留が疝痛発症の原因となることがあります。
図3 濃厚飼料の給与量と疝痛発症リスクの関係
※オッズ比:事象の起こりやすさを示す統計学的尺度で数字が大きいほど事象が起こりやすいことになる
表 給与飼料が大腸(盲腸と結腸)中のセルロース分解と乳酸生成細菌数(/mL)に及ぼす影響
デンプン(糖質)の過剰摂取と食餌性蹄葉炎
蹄葉炎とは、馬の蹄の角質部と蹄骨を接着している葉状層と呼ばれる組織が損壊し、角質部から蹄骨が剥がれてしまう疾病です。昔から、濃厚飼料の多給により、蹄葉炎が発症することはよく知られていますが、これもデンプンなどの糖質が大腸に大量に流入することが原因であると考えられています。大腸内のpH低下から蹄葉炎の発症に至る機序を、内毒素血症で説明する教科書は多いですが、あくまでこれは仮説として考えられています。「内毒素血症」説とは、大腸内のpH低下により、内毒素(エンドトキシン)が生成され、その内毒素が血液を介して蹄の毛細血管に移動した結果、葉状層組織が損壊されるというものです。発症の機序は明確にされていませんが、濃厚飼料の多給によるデンプンなどの糖質の大腸への多量な流入が、食餌性蹄葉炎発症のトリガーになっていることは発症試験で証明されています。
おわりに
濃厚飼料の多給に伴うデンプンをはじめとする糖質の多量摂取は、食餌性の疝痛や蹄葉炎発症の原因となります。また、食餌性の疾患が発症しなかったとしても、濃厚飼料の多給は馬の健康にとって好ましくないことは確かです。一方で、サラブレッドに必要なエネルギーを給与するためには、濃厚飼料の給与は不可欠であることも事実です。濃厚飼料の給与量が多くなればなるだけ、馬植物繊維を多く含む牧草の給与が馬の健康のためにはさらに重要になることを、しっかりと頭においていてください。
日高育成牧場 上席調査役 松井 朗
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