栄養 Feed

2021年1月25日 (月)

馬の飼料中のオメガ3脂肪酸について

私たちの身の回りでは、肥満のイメージから脂肪という栄養にあまり良い印象が無いかもしれません。いかなる栄養も、過ぎたるは何とかでありますが、脂肪は三大栄養素にも数えられるほど(後の二つは炭水化物とタンパク質)、動物にとって不可欠な栄養素です。脂肪は様々な種類の脂肪酸から構成されていますが、体内に蓄積しすぎると良くないとされている飽和脂肪酸と、体が正常に機能するために重要な不飽和脂肪酸に分けることができます(図1)。さらに、その不飽和脂肪酸の中でも、食べ物に含まれる量が少ないωおめが3(オメガスリー)についての話題が今回のテーマとなります。

 

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図1

脂肪酸は炭素原子が連結した骨格から構成されているが、炭素原子間に二重結合が全くなく単結合のみのものは飽和脂肪酸、一つ以上二重結合があるものは不飽和脂肪酸と呼ばれる。

オメガ3とは?

“オメガ3”は、元々ヒトの栄養分野では注目されており、最近、馬の飼養管理の現場でも注目されるようになってきました。正式な名称はオメガ3脂肪酸ですが、以下は略してオメガ3と呼ぶことにします。オメガ3は特定の脂肪酸ではなく、似通った構造や機能についてグループ化した総称です(図2)。オメガ6やオメガ9と呼ばれる脂肪酸のグループも存在し、これらも同様の規則により名づけられています。

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図2

脂肪酸のグループ名称は、炭素原子の鎖の端から数えて最初の二重結合が何番目にあるかでつけられている。オメガ3であれば、二重結合が3番目にあるということであり、この構造が同じであればその機能も似ていることになる。

 

生体内でのオメガ3の機能

オメガ3は脂肪酸グループの総称であることが分かりましたが、このグループにはα-リノレン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)およびドコサヘキサエン酸(DHA)などが含まれます。ヒトの分野では、オメガ3をしっかり摂取することにより、血中の中性脂肪や悪玉コレステロールが減少し、血液がサラサラになることが知られています。そのほかに、抗炎症作用を高める効果も知られています。また、DHAは脳を構成する神経細胞に多く存在し、脳の機能を高めると考えられています。

オメガ3は生体内の細胞膜の構成に関与しており、その存在により膜の透過能力が適切に維持されます。オメガ3の摂取により、中性脂肪の取り込みが良くなる、脳の情報伝達能力を高まる、炎症を早期に修復させるなどの効果は、細胞膜の透過性の向上によるものです。

 

オメガ3とオメガ6の関係

オメガ6はオメガ3同様に、細胞膜の構成に必要な脂肪酸です。しかし、オメガ3と6の細胞膜に及ぼす効果は真逆であり、細胞膜にオメガ6が多すぎると細胞膜は固くなります。細胞膜の透過性が高いことも重要ですが、適度に細胞の内容物を保持し壊れにくくするには適度な硬度も必要です。オメガ3とオメガ6は生体内で作ることができず、必ず食事(飼料)から採る必要のある必須脂肪酸です。このことから、オメガ3とオメガ6はバランス良く摂取する必要があります。しかし、オメガ6も必要なのに、どうしてオメガ3ばかりが注目されているのでしょうか? オメガ6は肉類に、オメガ3(EPAやDHA)は、魚類に多く含まれるため、現代人の食事の傾向をみると脂肪酸の摂取がオメガ3に比べてオメガ6に偏り勝ちになります。オメガ3とオメガ6の理想的な摂取バランスは、オメガ3:オメガ6=1:4とされていますが、このバランスをとるためにオメガ3の摂取がより推奨されています。

 

馬の飼料中のオメガ3

馬の飼料でみると、燕麦などの穀類にオメガ6は多く含まれ、放牧草などの青草や乾草にオメガ3は多く含まれます(図3)。したがって、放牧草が豊富な時期は、オメガ3の摂取不足を心配する必要は無いでしょう。しかし、十分な牧草が摂取できていない場合や、濃厚飼料の給与量が多いときはオメガ3の不足やオメガ6の摂取量に対するアンバランスが懸念されます。

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図3

不飽和脂肪酸の中で、生体内で作ることができない脂肪酸(必須脂肪酸)はオメガ3とオメガ6である。オメガ3であるα‐リノレン酸は、牧草やアマニに多く含まれ、EPAやDHAは青魚などに多く含まれる。オメガ6(リノール酸)は、燕麦やトウモロコシなどの穀類に多く含まれる。

馬が飼料から摂取するオメガ3は、ほとんどα-リノレン酸です。牧草以外には、アマニ(またはアマニ油)にも多く含まれます。生体内の機能向上に効果的に働くのは、オメガ3のなかでもEPAやDHAであり、これらは生体内でα-リノレン酸から作り変えられることにより供給されます。しかし、必ずしも、摂取したα-リノレン酸が全てEPAやDHAに変わるわけではないため、EPAやDHAを直接摂取したほうが効率的かもしれません。EPAやDHAは魚類油に多く含まれますが、草食動物は基本的に動物性の栄養を好まないことから、飼料に魚類油を加えることは嗜好性の面からみて推奨できません。魚類油が配合飼料に加えられていたり、馬用のサプリメントとして市販されていたりする場合は、嗜好性を落とさないよう、メーカーが香りづけをするなどの工夫をしているはずです。

 

馬にオメガ3を給与したときの効果を調べた研究

オメガ3をサプリメントとして馬に与えたとき、どのような効果がみられたかを調べた研究がいくつかあります。競走馬は強い運動を負荷した後、肺の毛細血管からの出血がみられ、その量が多いと鼻腔から出てきて“鼻出血”と診断されます。馬にDHAとEPAを給与したとき、運動後の肺出血量が少なかったことが報告されています。その他に、これらの脂肪酸を与えた時、種牡馬では精子の活性が高まったことや、繁殖牝馬では乳中のEPAおよびDHA濃度が上昇したことが報告されています。

 

馬がどのようなバランスでオメガ3とオメガ6を摂取するのが良いのかは、分かっていません。また、オメガ3を通常の飼料以外に給与すべきなのかは、紹介した研究結果のみでは結論できません。しかし、栄養価の高い牧草が適切な量で馬に給与されていれば、あえてオメガ3を補給しなくても良いのではないかと私は考えています。

 

 

日高育成牧場 主任研究役 松井 朗

事通信186:BCS(ボディコンディションスコア)

BCSとは?

「今現在、妊娠馬に与えている飼葉の量は適切か?」「調教中の育成馬に対して、今の飼料の量は足りているのだろうか?」このような疑問は、馬の飼養管理者にとっては常日頃から頭を悩ませるものです。

飼料の給与量について考える際には、その馬にとって適切なエネルギー量(カロリー)を与えているか否かが重要ポイントの一つになります。人間と同様に消費量を上回るエネルギーを与えた場合には太りますし、不足する場合には痩せていくことになります。もちろん、単なる見た目の問題だけではなく、エネルギーの過不足はその馬自身の健康状態、妊娠馬であれば胎子の成長、競走馬や調教中の育成馬であればパフォーマンスなどにも影響を及ぼします。

このため、個々の馬に応じて適切なエネルギー量を与える必要があり、それを見極めるために重要な指標の一つがボディコンディションスコア(BCS)なのです。

BCSは脂肪の付き具合を数値化したもので、「脂肪がほとんど無く、削痩している状態」の1点から、「極度の肥満」の9点までの数値を用います。例えば、馬の脂肪の付き具合を評価する場合に「太っている」「やせている」という言葉ではなく、「BCS8」「BCS3」などという数値で表します。

馬の飼養管理をするうえで、BCSを用いて馬体の状態を数値化することには有用性があります。なぜなら、同じ1頭の馬を見た場合であっても、人によって「太っている」「やせている」の判断基準が異なるためです。馬を管理する複数のスタッフ間で判断基準が異なる場合、馬の管理に統一性がなくなり、牧場内での馬体のつくりにバラつきが生じやすくなります。このため、同一の基準で脂肪の付き具合を数値化するBCSを用いることで、馬体のつくりに統一性がでてきます。また、簡単に記録に残すことができるため、振り返りのための材料としても利用できます。例えば、牧場での受胎率があまりよくなかった場合、春先のBCSなどの記録をつけておかないと、振り返るための具体的な材料がなく、改善策が立てづらくなります。毎月、継続的にBCSの記録をつけておくことで、具体的な数値を用いて振り返ることができ、その後の飼養管理を考える上での重要なヒントを得ることができます。

 

BCSの見方

馬のBCSは、馬体の6つの部位「頸(くび)」「き甲」「肩後方」「肋部」「背~腰の脊椎」「尾根」を対象としており、これらの部位を観察し、実際に触ることにより、脂肪の付き具合を確認します。あくまで、これら6部位の脂肪の蓄積のみを観察するため、人間のメタボリックシンドロームのための検査のような、腹囲の計測や腹腔内脂肪については考慮しません。

BCSを測定するためのポイントは、これら6部位の骨の構造を理解することです。やせている馬、すなわちBCSが低い馬は骨が見える、もしくは骨を容易に触ることができます。一方、太っている馬、すなわちBCSが高い馬は、骨が見えない、もしくは触ることができません。背中の場合には背骨、肋部の場合には肋骨が「見えるかどうか」を確認し、もし見えない場合であれば「触れるかどうか」を確認します。例えば、「肋骨が見えないが、容易に触ることができる」のであれば、BCS5になります(図1)。さらに、骨の周囲の脂肪の厚さや量を感触で判断します。例えば、脂肪がある程度ついているものの、厚みがそれほどない場合には弾力感をイメージする「スポンジ状」という言葉で表現されます。一方、それよりも脂肪量が多く、触ると沈み込むような感触を持つ場合には「柔軟」と表現されており、「スポンジ状」よりも高いスコアとして評価します。

なお、実際のスコアのうち、一般的なサラブレッドの生産・育成牧場で管理されている馬の多くが該当するBCS4~6の詳細については図2から図4に示しました。

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図1:肋部のBCS5(普通)。肋骨は見分けられないが触ると簡単にわかる。

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図2:BCS4(少しやせている)

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3BCS5(普通)

 

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4BCS6(少し肉付きが良い)

BCSの注意点

BCSを利用するうえで注意しなくてはいけないポイントの一つは、背中から腰にかけての脊椎周辺の観察に関するものです。この部位は馬によっては肉付きが悪く、たとえ他の部位に脂肪がついていたとしても、脊椎が見える、もしくは容易に触ることができることがあります。特に高齢馬や、馬体が薄い長距離タイプの馬に多く見られます。このような馬に対しては、背中周辺の肉付きは考慮せずに、肋部などを中心に評価した方が良いかもしれません。

なお、慣れない方がBCSを評価する場合には、複数人での実施を推奨します。一人で実施した場合、主観が入ることで正確な評価が困難になります。ファームコンサルタントや他の牧場の方など、BCSの利用経験が豊富な第三者を交えることで、より客観的で正確な評価が可能になります。

 

 

日高育成牧場 業務課長 冨成雅尚

2021年1月22日 (金)

ビートパルプの使い方

ビートパルプとは
 ビートパルプは馬の飼料として近年広く認知されてきました。軽種馬飼養標準によると、ビートパルプの可消化エネルギー含量は2.85Mcal/kgであり、燕麦や配合飼料など一般的な濃厚飼料(約3Mcal/kg)とほぼ同等でありながら、繊維含量も高いため、濃厚飼料と粗飼料両方の特徴を兼ね揃えていると言えます。そのため、燕麦などの穀類の多給を避ける目的でオイルと並んで給餌されていますが、その利用法についてしばしば質問が寄せられますので、本稿ではビートパルプの特徴と利用法について改めて整理いたします。

ふやかす?ふやかさない?
 ビートパルプは吸水性が高く、水を吸うと3倍以上に膨れるため(図1)、そのまま与えると食道内で膨張し、喉詰まりを起こす危険があると言われています。そのため水でふやかして十分に膨らましてから与えることが一般的です。一方で吸水させなくても良いという意見あり、これについては海外でもしばしば話題になるようです。筆者はビートパルプを原料に含む配合飼料で喉詰まりを繰り返す当歳馬を経験しており、ふやかすことを推奨する立場です。とは言え全ての馬が発症したわけではないので、ビートパルプそのものが危険というよりは、唾液量や食べ方(咀嚼回数や速度)なども大きく関与していると思われます。

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図1 同量のビートパルプ(左は市販の乾燥状態、右は吸水3時間後の状態)

給餌量は?
ビートパルプの給餌量は必ず「乾物重量≒吸水前の重さ」で考えて下さい。しばしば、吸水後のカサをもって「うちはこんなに与えている」と考えている方がいますが、そのカサの半分以上は水ですので、当然栄養価はありません。
そして、「ビートパルプはどの程度与えるべきか」という疑問を持つ方も多いでしょう。牧場によって与えている量はさまざまですが、繁殖牝馬に1日2~3kg与えているところもあるようです。何kgがベストかということは各牧場の飼養状況によるので一概に言えませんが、例えば1日100~200g程度では「濃厚飼料を減らす」という本来の意味からすると大した効果はないと考えられます。

乾草採食量や食べ方への影響は?
 前述の通り、ビートパルプは吸水して膨れるため、大量に与えると乾草採食量が減るのではないかという疑問が生じます。そこで当場において、放牧をせず乾草を食べ放題にした繁殖牝馬で検証実験を行いました。「燕麦2kg×2回」「ビートパルプ2kg×2回」「燕麦もビートパルプもなし」の3群の採食量を比較したところ、どの馬もビートパルプ4kgを完食し、また乾草を含めた乾物採食量は3群とも同程度でした(図2)。つまり、カサの多いビートパルプでも乾草採食量に影響はないと言えます。一方、採食時間には大きな違いが認められました。燕麦は4kgの採食に63分かかったのに対して、ビートパルプ4kgでは115分を要しました。一般的に飼い葉はゆっくり食べることが好ましいため、急いで食べてしまう馬に対してビートパルプを給与することは疝痛や胃潰瘍の予防として有効かもしれません。この点については検証していませんので、さらなる調査が必要です。

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図2 飼料なし、燕麦4kg、ビートパルプ4kgを給餌した際の乾物採食量

日高育成牧場生産育成研究室 村瀬晴崇

競走馬の初出走体重

中央競馬の北海道開催も始まり、2歳馬たちが競馬にデビューしています。国内で行われる競馬では、一般の競馬ファンの方々を対象として、出走時の体重が必ず公表されます。競走馬の体重の軽重そのものが、競走能力に優劣をつけるものではありませんが、ファンの方々は、以前の出走時体重との比較から、馬のコンディションを判定し、馬券推理の参考にされているのではないでしょうか。その意味において、比較する対象のない初出走時の体重には、その馬のコンディションを知るための情報は含まれていないといえます。
 サラブレッドの成長期間は、5歳秋頃までであるといわれています。したがって、競走馬がデビューする2歳もしくは3歳時は、まだ成長の途中にあります。つまり、初出走時の体重は成長途中の体重であるといえます。今回、この初出走時の体重を様々な角度から検証してみたいと思います。

初出走時の体重とそれ以降の出走時の体重
 1985年から2014年の間に生まれた中央競馬所属の競走馬126,183頭について調べると、初出走時の平均体重は、牡473kg・牝439kgでした。一方、年齢別に出走時体重の平均をみると、2歳から5歳時にかけては、年齢が増えるとともに出走時体重が増加していること、そして5歳以降はほぼ変化していないことがわかります(図1)。この2歳から5歳にかけての体重の増加は “成長分”といえるのではないでしょうか。

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図1:年齢ごとの平均出走時体重の変化
1985年から2014年に生まれた中央競馬所属の競走馬について、年齢ごとの出走時体重の平均値を性別に示した。5歳までは年齢が増えるごとに出走時体重の増加がみられたが、5歳以降は、牡・牝ともに変化はほとんどみられなかった

生年度別の初出走時体重の変化
 近年、“競走馬は大きくなっているだろうか?”という、話題をたまに聞きます。1985年から2014年生まれの初出走時体重の平均を、年度ごとにグラフで示しました(図2)。牡・牝ともに、1989年から2000年代前半にかけて、初出走時体重には増加の傾向がみられ、1989年頃に比較すると約10kgの増加が認められます。そして、その後はほぼ同じ程度の体重で推移しているのがわかります。一方、育成後期のトレーニング量増加や競馬番組の変化などもあり、初出走時の月齢は年々低下していることがわかります。(図3)。この傾向は特に2000年代になって顕著になっているようです。これらのことは、初出走時の年齢は若年齢化しているのにもかかわらず、初出走時体重は増加していることを示しており、競走馬は近年大型化しているのではないかといえそうです。

2_12図2 出生年度における初出走体重の変化
 牡(上図)と牝(下図)の両者において、1989年から2000年代前半にかけて、その年の産駒の初出走時体重は右肩上がりに上昇する傾向がみられた。1989年生まれと1999年生まれの初出走時体重の平均を比較すると、牡・牝ともに約10kgの増加がみられた。

3_9 図3 出生年度における初出走時の月齢の変化

出生時体重が初出走体重に与える影響
 “三つ子の魂百まで”とは、幼い頃の性質は、大人になっても変わらないことを意味する故事ですが、馬の体重についても同じことがいえるでしょうか。日高育成牧場で生産されたホームブレッドの出生時体重と初出走時の体重との関係を調べました(図4)。両者の関係は科学的には “相関関係がある”といえますが、出生時の体重が将来の競走馬時期の体重を決定してしまうといえるほど、その関連性が強いともいえません。出生時の体重には、両親からの遺伝だけでなく、母馬の産次や出産時期の気候などの環境要因、あるいは妊娠期間なども影響すると考えられます。さらに、出生してから競走馬になるまでの期間の飼養環境ならびに飼養管理も競走馬時期の体重にもたらす影響は少なくないともいえるでしょう。

4_6 図4 出生時体重と初出走体重の関係
 出生時体重と初出走体重の相関関係を調べたところ、両者には有意な相関がみられた(p < 0.01)。

最後に
まだまだ、今回の解析だけでは、初出走時の体重についていえることは多くありません。育成期の発育をグラフで描くことでイメージすると、到達点が初出走時といってもよいかもしれません。初出走体重というものを理解することは、育成期の若馬の理想的な発育を知る一助になるのではないかと考えています。

日高育成牧場生産育成研究室 主任研究役 松井 朗

運動後の栄養摂取のタイミング

皆さんは、『アスリートの栄養』という言葉から何を連想されますか? 運動能力が高まるような特別な栄養を連想される方もいらっしゃるかもしれません。昔のアニメーションで、主人公であるポパイという名のひ弱な青年が、ほうれん草の缶詰を食べると、たちまち筋肉隆々になり、悪党をやっつけるという痛快活劇がありました。もし、そのような夢の食べ物があれば、一度は口にしてみたいものです。

ミサイル・ニュートリション(栄養)
もちろん、現実の世界に”ポパイのほうれん草”は存在しません。アスリートといえども、必要となる栄養の種類は、基本的に私たちと変わりありません。ただし、ある栄養の摂取方法がアスリートのパフォーマンス向上に有効であり、実際に取り入れられています。この栄養処方は、日本の著名な運動生理学者であるS先生により、『ミサイル・ニュートリション(栄養)』と名付けられています(図1)。運動後のあるタイミングで食事することで、運動によってもたらされる機能向上の効果を、栄養が相乗的にさらに高めてくれるというものです。理想のタイミングで、摂取した栄養をピンポイントで組織に送り届けるイメージから、”ミサイル”という言葉が選ばれたそうです。

1_8(図1)

筋肉の超回復
運動を負荷することによって、筋肉のタンパク質(筋タンパク質)は壊されます。壊れた筋タンパク質は、その後、時間をかけて修復(合成)されていきます。筋タンパク質が壊れた量より合成される量が多ければ、運動前に比べて筋肉が肥大することになります。このような一連の筋肥大の事を、『超回復』といいます(図2)。筋力の維持のためは、日々トレーニングを継続するべきですが、筋肉の修復が十分済んでいないうちに次の運動が負荷されると、筋肉量は減少していき、パフォーマンスにとってはマイナスになります。『超回復』を期待するうえでも、運動後の筋タンパク質の修復は速やかであることが望まれます。

2_7(図2)

筋タンパク質合成のゴールデンタイム
運動の直後は、運動の物理的刺激により、筋肉のホルモンに対する感受性が非常に高まります。成長ホルモンは、筋タンパク質の合成を高めてくれるホルモンです。運動中からその直後にかけて、成長ホルモンの分泌が活発になります。筋肉にとって、ホルモンに対する感受性が高まり、筋タンパク質の合成を亢進するホルモン分泌が高まる運動直後は、壊れた組織の修復に格好の時間帯となります。この時間帯は、筋タンパク質の修復にとって”ゴールデンタイム”であり、これは運動の直後から約2時間後まで続くとされています(図3)。

3_5(図3)

運動後の栄養摂取による筋タンパク質合成促進の効果
ゴールデンタイムに栄養を摂取することで、壊れた筋タンパク質の修復が促進されることが知られています。その栄養の一つは、筋タンパク質の材料となる分岐鎖アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)です。分岐鎖アミノ酸の略称はBCAAであり、こちらの名前の方が馴染みがあるかもしれません。もう一つの栄養は炭水化物です。私たちの食生活では、砂糖やご飯であり、馬の飼料では、燕麦などの穀類がこれにあたります。穀類に含まれる炭水化物は、主にデンプンと呼ばれるものです。馬の小腸内で、デンプンは糖に分解され吸収されるため、急速に血糖値が上昇します。血糖値が上がると、すい臓からインスリンと呼ばれるホルモンが分泌されます。このインスリンは、血液中の糖を組織に取り込ませ、血糖値を下げる役割をします。それ以外に、インスリンは成長ホルモンと同様に、筋タンパク質の合成を促進する働きがあります。このように、ゴールデンタイムに、筋タンパク質の材料であるBCAAと合成促進効果のあるインスリンの分泌量を高めることで、速やかな筋タンパク質の修復が期待できます。
 
競走馬へのミサイル・ニュートリションの効果
このような栄養処方は競走馬にも効果があるのでしょうか? サラブレッド成馬を馬用トレッドミル上で追切りに近い強度で運動させた後、4種類の栄養溶剤を投与し、大腿部の筋タンパク質の合成速度を調べました。用いた栄養溶剤は、①生理食塩水(対照)、②10%アミノ酸(BCAAを主体としたもの)、③10%グルコース、④10%のアミノ酸と10%グルコースの混合液の4種類いでり、それぞれ頸静脈から補液しました。その結果、10%のアミノ酸と10%グルコースの混合液を投与した時、最も筋タンパク質の合成速度が高くなりました(図4)。このことから、サラブレッドの場合も、運動後にアミノ酸(BCAA)とグルコース(血糖値が上昇する炭水化物)を摂取させることで、筋タンパク質の修復が早まることが期待できることが分かりました。

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(図4)

試験では栄養溶剤を用いましたが、この実験で投与されたアミノ酸およびグルコースの量は、脱脂大豆0.5kgと燕麦0.5kgに含まれる量と同等となります。これらの飼料でなくても、市販のスィートフィードなどの配合飼料1kgで、この量のアミノ酸とグルコースの給与は可能でしょう。調教後、あわてて飼料を食べさせなくても、クーリングダウンを十分おこなって、厩舎に戻ってから与えてもゴールデンタイムには間に合うと思われます。

日高育成牧場 生産育成研究室
主任研究役 松井 朗

運動前の栄養給与のタイミング

“腹が減っては戦ができぬ”ということわざがあります。前回の連載では、運動後の栄養給与のタイミングについて解説しましたので、今回は運動前の給与タイミングについて考えてみたいと思います。

デンプンと植物繊維の消化吸収
本題に入る前に、飼料の消化について簡単に説明します。ウマの飼料は、乾草や放牧草などの粗飼料と燕麦やフスマなどの濃厚飼料の2種類に大きく分けることができます。どちらの飼料も、ウマにとってはエネルギーの供給源ですが、その基となる物質が違います。粗飼料のエネルギーの基となる主な物質は植物繊維であるのに対し、濃厚飼料の場合は主なエネルギー源となる物質はデンプンです。
食餌が通過する消化管の順序を大雑把に並べると、胃→小腸→大腸となります(図1)。胃は、胃酸によって食塊を物理的に細かく砕き、後に続く消化器官で消化しやすくするのが主な役割です。胃から小腸に入った植物繊維は、小腸では消化吸収されず、そのまま大腸に入っていきます。1_9(図1)



ウマの大腸(盲腸と結腸)には、植物繊維を分解するバクテリアが多数存在し、バクテリアによる分解後に生成された脂肪酸が、大腸において吸収されます。一方、デンプンの場合、小腸においてアミラーゼと呼ばれる酵素で分解され、糖(グルコース)として小腸で吸収されます。大腸で脂肪酸が吸収されても血中のグルコース濃度はあまり変化しませんが、小腸で糖が吸収されると血中のグルコース濃度が高くなります。血中のグルコース濃度は一般には血糖値と言われています。

運動前の血中インスリン濃度が上昇することの影響
飼料を摂取し、血中グルコース濃度が上昇すると、それを抑えるために、すい臓からインスリンと呼ばれるホルモンが分泌されます。インスリンは筋肉や肝臓などの組織に、“糖を取り込みなさい”と指示し、組織がそれに答えて糖を取り込むため、血中グルコース濃度は減少します。組織に取り込まれたグルコースはグリコーゲンとして貯蔵されます。すなわち、インスリンはグルコースを使うよりも蓄えようとする方向に作用します。本来、運動の最中は、グルコースはエネルギー源として積極的に使いたいのですが、分泌されたインスリンがそれと真逆の作用をするため、エネルギー源として効果的に利用できません。特に、脳の唯一のエネルギー源は血液中のグルコースなので、運動中に血中グルコース濃度が低下すると、中枢性の疲労(疲労感)になりやすくなります。このような理由により、かつて(・・・)は、私たちが運動する直前に血中グルコース濃度が上昇するような食事は避けるべきとされてきました。
ウマにおいても、運動直前に血中グルコース濃度が上昇する飼料を摂取すべきでないという意見もあります。海外の研究で、運動の3時間前に濃厚飼料を摂取したときに、運動中に血中グルコース濃度が著しく低下したことが報告されています(図2)。2_8(図2)



『闘争と逃走』を司るホルモンと血中グルコースの関係
私たちが、運動前に燕麦を給与し、追切りや競馬と同じくらいの強度の運動を負荷する実験を行った時、海外の報告(図2)にあるような血中グルコース濃度の極端な低下はみられませんでした(図3)。その理由は以下のように考えられます。高強度運動を負荷した時、カテコールアミンと呼ばれるホルモンが分泌されます。カテコールアミンとは総称であり、その中でもアドレナリンおよびノルアドレナリンが運動に関連して分泌量が増加します。アドレナリンおよびノルアドレナリンは、『闘争と逃走』を司る物質とも呼ばれています(図4)。アドレナリンおよびノルアドレナリンは、恐怖、緊張や怒りの状況で分泌され、神経に作用します。この作用により心臓の働きや呼吸が活性化され、運動(戦うか逃げるかどちらの行動をとるにしても)の継続が可能となります。これらのホルモンには、心肺機能の活性化以外に、グルコースの集合体であるグリコーゲンを元の形態(グルコース)に分解して、エネルギーとして使えるようにする働きもあります。インスリンはグリコーゲンを合成し、血中のグルコースを減少させますが、アドレナリンおよびノルアドレナリンは、これと相反する作用があるわけです。競馬程度の高強度運動において分泌されるアドレナリンおよびノルアドレナリンは、インスリンの作用をいくらか相殺すると考えられます。図3の試験結果程度の、運動中の血中グルコース濃度の低下は、パフォーマンスへの影響は無いであろうと考えています。
ヒトの運動生理学分野でも、”運動前にインスリンの分泌を促進するような食事を摂取すべきではない”という考えは、過去のものになりつつあります。むしろ、絶食して運動することのほうが、問題であるとされているようです。

3_6(図3)

4_4(図4)

おわりに
競馬の前に飼料を摂取するということは、消化管内容物を増やすことにもなり、競走馬にとって本当に利益があるかどうかはよくわかりません。しかし、普段の調教であれば、運動の3~4時間前に飼料を摂取することに大きな不利益はなく、筋肉や肝臓のグリコーゲンを温存しやすいことから、コンディション維持には良いかもしれません。

日高育成牧場 生産育成研究室
主任研究役 松井朗

2020年5月28日 (木)

当歳馬の放牧草の採食量

No.157(2016年10月15日号)

  

 発育中の若馬は、放牧により様々な恩恵を得ることができます。放牧地での自発的な運動は、基礎体力の向上、心肺機能および骨や腱の発達に有用です。また、集団で放牧することにより、母馬以外の他個体に接し、社会の一員となることは、将来、競走馬として競っていくためには重要な役割を果たしていると考えられます。

  

放牧草はウマ本来の飼料

 放牧地の牧草は、栄養がバランスよく含まれており、若馬にとって非常に優れた飼料であるといえます。馬が24時間放牧されているとき、平均で12.5時間採食することが報告されており、季節によっては、放牧草を16-17時間採食している場合もあります。このように、日中のほとんどの時間を採食に費やしていることから、ウマは”不断食の動物”と呼ばれます。ウマの胃は体のわりに非常に小さく、一度にたくさん食べることができません。したがって、少しずつの量を、途切れなく食べるのが、ウマ本来の食べ方であるといえます。

  

子馬にとっての放牧草

 生まれた直後に、子馬が栄養として摂取するのは母乳のみです。生後すぐから母馬の真似をして牧草を食べだす場合もありますが、ほとんどは栄養としては利用できていないようです。ウマが牧草の繊維成分を栄養として利用するには、盲腸および結腸内の繊維分解性の微生物が必要となります。生まれたての子馬の消化器官には、この微生物がほとんど存在しておらず、成長の過程において経口で取り込んでいくとされています。

 微生物を取り込むための顕著な行動が、母馬の糞を食べることです。食糞行動は、生後1週間くらいにみられますが、全ての子馬が実際に食糞をしているのかよく分かっていません。仮に食糞していなくても、子馬が口をつける可能性のある、牧草や敷料に糞由来の微生物が付着しているため、いずれは消化管内に繊維分解性の微生物を獲得することが可能です。

  

子馬の哺乳量

 子馬の乳の摂取量は、約2ヵ月齢から減少していきます(図1)。生後すぐの時期は、15~20分おきに哺乳しますが、この時期になると、哺乳回数は1時間に1回もしくは2回程度になっています。成長に伴う哺乳量の減少は、哺乳回数が減ることによります。子馬の成長に伴い必要となるエネルギー量は、増加していきます。2ヵ月齢以降、哺乳量が減る一方で、放牧草の採食量は増加していきます。子馬はいったいどれくらいの量の放牧草を採食しているのでしょうか?1_4図1

 

放牧草の採食量を調べる方法

 『放牧草の採食量はどうしたら分かるの?』という疑問に、少し触れておきましょう。牧草には、ウマがほとんど消化することのできないリグニンと呼ばれる繊維が含まれています。放牧草から摂取したリグニンは、消化できないため全て糞とともに排泄されます。糞中にどれだけリグニンが含まれているのかを調べると、リグニンの摂取量が分かります。

 ウマが食べている個所の牧草を中心にサンプリングし、牧草中のリグニン濃度を調べます。そして、(リグニン摂取量)÷(牧草中のリグニン濃度)を計算することで、放牧草の摂取量が推定できます(図2)。ただし、1日の放牧草の採食量を知るためには、1日に排泄する全糞を採取することが必要となります。2_3図2

 

子馬の放牧草の採食量

 図3に、放牧草の採食量を示しました。5週齢(約1ヵ月齢)までは、放牧草の乾物摂取量は0.5kg以下であり、ほとんど採食していないと言えます。乾物とは、水分を除いた固形成分のことです。例えば、放牧草の場合、季節や草種により変化はありますが、水分含量が4分の3、固形分含量が4分の1程度であり、原物の放牧草を1kg摂取したとき、乾物としては0.25kg摂取したことになります。7から10週齢までの放牧草の乾物摂取量は1kgであり、10週齢以降から採食量は増加していきます。17週齢(約3.5ヵ月齢)で放牧草の乾物摂取量は、2kgに達します。

 図3は10時間放牧したときの採食量ですが、この時期の子馬は、成馬に比べて睡眠時間が長く、昼夜放牧の場合でも採食量はあまり増えないことが予想されます。この時期の乳と放牧草から摂取するカロリー量は、必要量を満たしていますが、銅や亜鉛などの微量ミネラルは必要量を満たしていません。したがって、この時期より以前(理想としては2ヵ月齢)から、クリープフィードにより、これらのミネラルを補給する必要があります。3_3図3


 

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 松井朗)

2020年5月14日 (木)

競走馬のエサとトレーニングⅡ(タンパク質)

No.151 (2016年7月15日号)

 

 タンパク質の英語であるプロテイン(Protein)は、 “第一のもの”という意味のギリシャ語の“プロテアス”を語源としています。19世紀にある著名な科学者が、生物の基本構成物質であり重要な栄養であるとの考えから、プロテインと命名したそうです。

 

タンパク質と筋肉

 タンパク質は、生体の血、肉および骨などの構成要素であり、まさに生命を形づくるために重要な栄養素です。特に、アスリートにとっては筋肉の構成材料として重要です。プロテインの補助食品やサプリメントの広告は、私たちにタンパク質を多く摂取すれば筋肉量も増えるかのような誤解を与えているかもしれません。タンパク質は、筋肉の材料ですが、必要以上に摂取したタンパク質は、炭水化物の場合と同様に脂肪として体内に蓄積されます。

 筋肉増量のためには、運動負荷による物理的刺激や、タンパク質の合成を促進する作用(同化作用)のあるホルモンの分泌や酵素が必要となります。特に、成長ホルモンやIGF-1(インスリン様成長ホルモン)は運動負荷により分泌量が増え、筋タンパク質の合成を促進することが知られています。また、インスリンは血中のグルコース取込に作用するホルモンとして知られていますが、タンパク質の合成や筋肉の材料となるアミノ酸の筋肉内への取込を促進する作用もあります。

 

ニュートリション・タイミング

 筋肉は24時間活動していますが、運動に伴う筋肉の代謝の変化から、3つのステージに分けることができます(図1)。 “ニュートリション・タイミング”と言われ、3つのタイミングに分けられます。それぞれのタイミングで適切な栄養源が適切な量利用されることで、良好なパフォーマンスを得ることができます。

 運動中、筋肉はエネルギーを利用し収縮および弛緩しますが、そのエネルギーは筋肉内のグリコーゲンが代謝されたり、筋タンパク質の一部が分解されたりすることによって生成されます。この筋肉組織が代謝される時間帯は、“エネルギー・タイミング”と言われます。運動後は、運動による物理的な刺激によって筋肉の感受性が高まり、インスリンなどの同化作用のあるホルモンの影響を受けやすい状態になります。この時間帯は、“アナボリック(=同化)・タイミング”と言われ、そのときの運動強度により変化しますが、おおむね運動後120分まで継続するとされています。その後、運動によって消費された筋グリコーゲンや、分解された筋タンパク質が回復する時間帯である“グロース・タイミング”となります。

 これらの時間帯の中で、“アナボリック・タイミング”のとき、食餌から筋タンパク質の材料であるタンパク質(アミノ酸)を摂取すると、筋タンパク質の合成速度を早める効果があることが知られています。人間のアスリートにおいては、よく取り入れられている栄養処方であり、運動により分解した筋タンパク質の修復を早めるだけでなく、筋肥大の効果も狙っています(図2)このタイミングで炭水化物も同時に摂取することにより、インスリンの分泌量も増加します。この結果、インスリンの同化作用により、さらに効率的な筋タンパク質の早期修復が期待できます。1_4図1:運動に伴う筋肉代謝の3つのステージ(ニュートリション・タイミング)

2_3 図2:アスリートに取り入れられている筋肉を早期に修復させるための栄養処方



 

馬における運動後の栄養処方が筋タンパク質合成に及ぼす影響

 ヒトや実験動物において、運動後のタンパク質や炭水化物摂取が、筋タンパク質の合成を促進することが、試験で確かめられています。はたして、競走馬においても、運動後の栄養給与が筋タンパク質の合成速度に影響をもたらすのでしょうか? 

 サラブレッドにおいて、運動後のタンパク質(アミノ酸)および炭水化物給与が筋タンパク質の合成速度におよぼす影響について調べた試験結果について紹介します。大腿部筋の筋タンパク質合成速度を、アミノ酸の安定同位体(自然界にほとんど存在しない水素の安定同位体で標識したアミノ酸(L-[ring-2H5]-フェニルアラニン))を標識として測定しました。 運動後の栄養の供給を飼料給与でおこなうと消化吸収に個体差等の影響があるため、栄養の供給は頸静脈からの点滴により実施しました。投与する試験溶剤は、対照として生理食塩水、10%ブドウ糖、10%アミノ酸、5%ブドウ糖+アミノ酸および10%ブドウ糖+アミノ酸の4種類を用い、運動直後から120分後まで2.2ml/kg/hrの速度で持続投与しました(図3)。

 運動75-120分後において、10%ブドウ糖+アミノ酸を投与したときが他の試験溶剤に比べて、筋タンパク質の合成速度が高くなりました。このように、競走馬においても運動後120分以内に、タンパク質ならびに炭水化物を摂取することにより、筋タンパク質が早期に修復することが期待できるようです。ちなみに、この試験において投与したアミノ酸や炭水化物の量は、飼料で換算すると、おおむね燕麦0.5kg(0.5枡)と脱脂大豆0.5kg(0.6枡)になります(図4)。また、燕麦と脱脂大豆を個別に用意しなくても、一般的な配合飼料には十分量のタンパク質が含まれることから、現在使っている配合飼料を運動後に1.0~1.5㎏与えることで十分です。3 図3:運動後のアミノ酸および炭水化物投与が馬の大腿部筋タンパク質合成速度に及ぼす影響

4 図4:飼料による運動後のアミノ酸および炭水化物投与の例

 

 (日高育成牧場 研究役 松井 朗)

 

競走馬のエサとトレーニングⅠ(炭水化物と脂肪2)

No.150 (2016年7月1日号)

 

  

 

摂取飼料の違いが運動中の炭水化物および脂肪がエネルギー源として利用される割合に影響するのか? 

 前号掲載の内容を予備知識として、本題に入りたいと思います。競走馬が穀類を主体とした飼料または植物油や植物繊維を主体とした飼料を摂取したとき、運動中のエネルギー源として利用される炭水化物と脂肪の割合に影響を及ぼすのでしょうか? ヒトの場合では、自転車で時速30km程度の軽い運動を行ったときには、普段から脂肪の摂取量が多いヒトの方が運動中の脂肪の利用割合が高かったことなど、炭水化物と脂肪の摂取割合の違いが運動中のエネルギー利用割合に影響することが知られています。しかし、草食動物であるウマにおいて、雑食動物である人間のように給与飼料内容の違いにより運動中の炭水化物および脂肪のエネルギー利用割合に影響があるのでしょうか? また、時速70㎞以上で走破する競輪に近い全力疾走の競馬の場合でも、時速30kmの自転車走と同じようなエネルギー利用割合になるでしょうか?

 デンプンを主体に給与したウマと、油(脂肪)と植物繊維を主体に給与したウマで、運動時に脂肪がどれぐらいの割合でエネルギー源として利用されているかについて実験を行いました。炭水化物も脂肪も体内の組織で使われるだけでなく、組織から血液中に出てくることもあります。そこで、安定同位体で標識した脂肪を食べさせて、組織への脂肪の取込速度を調べました(図1)。組織への脂肪の取込速度は、おおむね脂肪がエネルギー源として利用される程度を表しています。

 グラフの縦軸は組織への脂肪の取り込み速度、横軸は時間経過を示しています。横軸に、赤字で“W・T・C・G”とあるのは、英語のウォーク(Walk:常歩)・トロット(Trot:速歩)・キャンター(Canter:駈歩)・ギャロップ(Gallop:襲歩)を意味し、全体の運動内容は図に示すとおりです。運動前の“-60、-45・・・”は、運動開始を0分として、運動何分前であるかをマイナスで示しています。-60は運動開始60分前を表します。“高デンプン”飼料のグループには、トウモロコシのデンプンを主体とした配合飼料を約1ヵ月間、毎日4㎏給与しました。グラフでは黄色の○で示しています。“高脂肪・繊維”飼料のグループには、植物油や植物繊維が豊富なビートパルプを主体とした配合飼料を同様に給与しました。グラフではピンク色の○で示しました。

 運動前においては、高デンプン飼料を与えたウマと高脂肪・繊維飼料を与えたウマの間で、脂肪のエネルギー利用に差はありませんでした。運動中をみてみると、速歩(T)においては高脂肪・繊維飼料給与グループの脂肪の利用割合は高くなりましたが、よりスピードの速い駈歩(C)や襲歩(G)においては飼料間の差はありませんでした。どちらの飼料グループにおいても、運動中よりも運動後の方が脂肪の利用割合は大きくなりますが、飼料間の差はありませんでした。

 今回はお示ししませんが、炭水化物(グルコース)の運動中の利用割合にも飼料間に違いはありませんでした。速歩のような遅いスピードでは、脂肪(もしくは脂肪源)を多く摂取していたウマで、脂肪の利用割合は高まるようですが、それより速いスピードのときは、給与飼料中の炭水化物と脂肪の量は運動中の両者のエネルギー利用割合に影響しないようです。1_3(図1) 高デンプン飼料もしくは高脂肪・繊維飼料を摂取した馬の運動前・中・後の脂肪の取込速度変化

 

有酸素性エネルギー供給と無酸素性エネルギー供給

 運動するためのエネルギーの生成には、筋肉内のアデノシン三リン酸(ATP)という物質が必要なのですが、ATPの蓄えはあまり多くありません。そこで、運動を持続するためには、常にATPを再合成していかなければなりません。ATPの合成方法にはいくつかの種類があり、炭水化物もしくは脂肪を材料とし(少ないがタンパク質も一部使われる)、酸素を利用するATPの合成過程は「有酸素性エネルギー生成」とよばれます(図2)。一方、酸素を必用としないATPの合成過程もあり、このときは「無酸素性エネルギー生成」とよびます。無酸素性エネルギーの生成過程では、脂肪は使われず、材料は炭水化物(筋肉中のグリコーゲン)のみです。無酸素性エネルギー生成は有酸素性エネルギー生成に比べてATPの合成量は少ないですが、すばやく供給できるため、運動強度が強くなるにしたがって、エネルギー需要のうち無酸素性に生成されるエネルギーが占める割合は高くなります。

 軽い運動のときは、炭水化物または脂肪の普段の摂取量は、有酸素性のエネルギー生成を炭水化物あるいは脂肪のどちらに依存するかということに影響を与えるようです。しかし、競馬のような強い運動が負荷されたときは、エネルギー生成は、炭水化物を材料とした無酸素性のエネルギー生成にかたよります。そのため、先の試験において、炭水化物または脂肪の摂取量の違いが、強い運動負荷時の脂肪のエネルギー利用割合に影響しなかったのであろうと考えています。

 それでは、競走馬には炭水化物を多量に給与すべきなのでしょうか? 競走馬もアスリートなので、ある程度は炭水化物を重点的に摂取すべきです。しかし、炭水化物を過剰に摂取しても意味は無く、どこかのCMのセリフのように「今でしょ」というときに必要なものであり、そのために適正なタイミングが摂取することが重要です。このことに関する解説は、また別の機会に紹介したいと思います。2_2(図2) 有酸素性および無酸素性のエネルギー生成過程


   

(日高育成牧場 研究役 松井 朗)

競走馬のエサとトレーニングⅠ(炭水化物と脂肪)

No.149 (2016年6月15日号)

 

               

 

 ♪どうしてお腹が鳴るのかな?♪と童謡にもありますが、この腹が鳴る現象、腹鳴(はらなり)は、“食事を摂ってください”という体の合図であるともいえます。食物に含まれる様々な栄養はどれも重要であり欠くことはできませんが、量だけでみれば、ほとんどエネルギーを摂るために食べているといえます。エネルギーは、体温を維持する、心臓や内臓を動かす、体を動かすなどのあらゆる生命活動に使われます。腹鳴は、血糖値が低下したとき胃の動きが活発になり、胃内のガスが押し出されるときに出る音とされています。恥ずかしいときもある腹鳴ですが、体内のエネルギーが切れないようにする警告音だと考えれば、羞恥心も減るかも?しれませんね。

 エネルギー源として使われる物質は主に炭水化物と脂肪です。時速60km以上で走る競走馬は非常に多くのエネルギーを摂る必要がありますが、エネルギーの素となる炭水化物や脂肪の理想的な摂取量はあるのでしょうか?

 

ウマの炭水化物と脂肪摂取

 この話題について考えるために、まず、草食動物であるウマの炭水化物と脂肪の摂取と利用について知る必要があります。ヒトの場合、そもそも脂肪はある程度摂取しており、脂肪の摂取が推奨される場合はほとんどありません。ヒトの食事中の脂肪は15~30%であり、それに対して、一般的なウマの飼料、牧草や燕麦に含まれる脂肪は3~4%程度で、ヒトの場合よりはるかに低くなっています。つまり、ウマはエネルギーの大半を脂肪ではなく炭水化物から摂取していることになります。

 それでは、摂取した炭水化物は、そのまま炭水化物としてエネルギーの材料になるのでしょうか? 炭水化物を摂取したからといって、体内でも炭水化物として利用されるとは限りません。体内で脂肪に変換され、その後にエネルギー生成の材料として使われることがあります。炭水化物はある特定の物質の名称ではなく、“グルコース(ブドウ糖)”同士が多数繫がって構成されている物質の総称です。そして、その繫がりの強さの違いによって、炭水化物は「糖類」と「食物繊維」というグループに大きく分けられます。ちなみに、糖類はグルコースの繋がりが弱く、食物繊維の方が強く繋がっています(図1)。この繋がりの強さの違いが糖類と食物繊維の消化吸収のされやすさに影響します。

 ウマが食べている飼料の中で、糖類のグループに入る代表的なものは、燕麦などの穀類に多く含まれるデンプンです。一方、食物繊維のグループの代表的なものは、牧草などの粗飼料に含まれるセルロース(植物繊維の主成分)という物質です。デンプンは、ウマの小腸内で酵素(アミラーゼなど)の作用により、小さな単位であるグルコースやフルクトース(果糖)に分解され吸収されます(図2)。一方、セルロースは小腸では消化吸収されず、盲腸や結腸内の数百億ともされる数のバクテリアや原虫によって発酵され揮発性脂肪酸に変換された後、吸収されます。

 生成される揮発性脂肪酸は、酢酸・酪酸・プロピオン酸です。脂肪酸とは脂肪を構成する最小単位の物質なので、炭水化物であるセルロースは最終的に脂肪に変えられたことになります。穀類は炭水化物としてエネルギーの源を供給しますが、牧草の場合は、脂肪として含まれている量以上に、結果として脂肪を供給することになります。牧草を主体に摂取するということは、穀類を摂取する場合と比較すると、エネルギー源としてより多くの脂肪を摂取しているといえます。1_2 (図1)糖類と食物繊維におけるグルコースの結合 

2 (図2)炭水化物(デンプンおよびセルロース)の消化器官における消化・吸収

 

摂取飼料の違いが運動中の炭水化物および脂肪がエネルギー源として利用される割合に影響するのか? 

 ここまでの内容を予備知識として、本題に入りたいと思います。競走馬が穀類を主体とした飼料または植物油や植物繊維を主体とした飼料を摂取したとき、運動中のエネルギー源として利用される炭水化物と脂肪の割合に影響を及ぼすのでしょうか? ヒトの場合では、自転車で時速30km程度の軽い運動を行ったときには、普段から脂肪の摂取量が多いヒトの方が運動中の脂肪の利用割合が高かったことなど、炭水化物と脂肪の摂取割合の違いが運動中のエネルギー利用割合に影響することが知られています。しかし、草食動物であるウマにおいて、雑食動物である人間のように給与飼料内容の違いにより運動中の炭水化物および脂肪のエネルギー利用割合に影響があるのでしょうか? また、時速70㎞以上で走破する競輪に近い全力疾走の競馬の場合でも、時速30kmの自転車走と同じようなエネルギー利用割合になるでしょうか?

 デンプンを主体に給与したウマと、油(脂肪)と植物繊維を主体に給与したウマで、運動時に脂肪がどれぐらいの割合でエネルギー源として利用されているかについて実験を行いました。炭水化物も脂肪も体内の組織で使われるだけでなく、組織から血液中に出てくることもあります。そこで、安定同位体で標識した脂肪を食べさせて、組織への脂肪の取込速度を調べました(図3)。組織への脂肪の取込速度は、おおむね脂肪がエネルギー源として利用される程度を表しています。グラフの縦軸は組織への脂肪の取り込み速度、横軸は時間経過を示しています。横軸に、赤字で“W・T・C・G”とあるのは、英語のウォーク(Walk:常歩)・トロット(Trot:速歩)・キャンター(Canter:駈歩)・ギャロップ(Gallop:襲歩)を意味し、全体の運動内容は図に示すとおりです。運動前の“-60、-45・・・”は、運動開始を0分として、運動何分前であるかをマイナスで示しています。-60は運動開始60分前を表します。“高デンプン”飼料のグループには、トウモロコシのデンプンを主体とした配合飼料を約1ヵ月間、毎日4㎏給与しました。グラフでは黄色の○で示しています。“高脂肪・繊維”飼料のグループには、植物油や植物繊維が豊富なビートパルプを主体とした配合飼料を同様に給与しました。グラフではピンク色の○で示しました。運動前においては、高デンプン飼料を与えたウマと高脂肪・繊維飼料を与えたウマの間で、脂肪のエネルギー利用に差はありませんでした。運動中をみてみると、速歩(T)においては高脂肪・繊維飼料給与グループの脂肪の利用割合は高くなりましたが、よりスピードの速い駈歩(C)や襲歩(G)においては飼料間の差はありませんでした。どちらの飼料グループにおいても、運動中よりも運動後の方が脂肪の利用割合は大きくなりますが、飼料間の差はありませんでした。

 今回はお示ししませんが、炭水化物(グルコース)の運動中の利用割合にも飼料間に違いはありませんでした。速歩のような遅いスピードでは、脂肪(もしくは脂肪源)を多く摂取していたウマで、脂肪の利用割合は高まるようですが、それより速いスピードのときは、給与飼料中の炭水化物と脂肪の量は運動中の両者のエネルギー利用割合に影響しないようです。

 

有酸素性エネルギー供給と無酸素性エネルギー供給

 運動するためのエネルギーの生成には、筋肉内のアデノシン三リン酸(ATP)という物質が必要なのですが、ATPの蓄えはあまり多くありません。そこで、運動を持続するためには、常にATPを再合成していかなければなりません。ATPの合成方法にはいくつかの種類があり、炭水化物もしくは脂肪を材料とし(少ないがタンパク質も一部使われる)、酸素を利用するATPの合成過程は「有酸素性エネルギー生成」とよばれます(図4)。一方、酸素を必用としないATPの合成過程もあり、このときは「無酸素性エネルギー生成」とよびます。無酸素性エネルギーの生成過程では、脂肪は使われず、材料は炭水化物(筋肉中のグリコーゲン)のみです。無酸素性エネルギー生成は有酸素性エネルギー生成に比べてATPの合成量は少ないですが、すばやく供給できるため、運動強度が強くなるにしたがって、エネルギー需要のうち無酸素性に生成されるエネルギーが占める割合は高くなります。

 軽い運動のときは、炭水化物または脂肪の普段の摂取量は、有酸素性のエネルギー生成を炭水化物あるいは脂肪のどちらに依存するかということに影響を与えるようです。しかし、競馬のような強い運動が負荷されたときは、エネルギー生成は、炭水化物を材料とした無酸素性のエネルギー生成にかたよります。そのため、先の試験において、炭水化物または脂肪の摂取量の違いが、強い運動負荷時の脂肪のエネルギー利用割合に影響しなかったのであろうと考えています。

 それでは、競走馬には炭水化物を多量に給与すべきなのでしょうか? 競走馬もアスリートなので、ある程度は炭水化物を重点的に摂取すべきです。しかし、炭水化物を過剰に摂取しても意味は無く、どこかのCMのセリフのように「今でしょ」というときに必要なものであり、そのために適正なタイミングが摂取することが重要です。このことに関する解説は、また別の機会に紹介したいと思います。

 

 

(日高育成牧場 研究役 松井 朗)