活性酸素と抗酸化物質(ビタミンE)
はじめに
健康のために適度な運動は欠かせませんが、いかなる運動も健康に有用かと問われると、そうではありません。例えば、トップクラスのアスリートが日々おこなうトレーニングにより、体は鍛えられますが、けっして彼らが健康な状態にあるとはいえません。世界の舞台で活躍するようなアスリートは、一般人に比べて短命であるという少しショッキングな調査報告もされています。アスリートのストイックな鍛錬は、生体にとって少なからず有害な影響をもたらします。
活性酸素とは?
酸素分子は、2個の電子が隣り合った“電子対”という物質が原子の周りに付着した構造をしています(図1)。この電子対は電子がペア―になっている状態では安定していますが、1個の電子が離れてしまうと、酸素分子が非常に不安定な状態になり、活性酸素と呼ばれる異なる性質の物質に変わってしまいます。活性酸素は、例えば、生体内の細胞膜を構成する脂質の電子を奪い、安定な状態に戻ろうとします。その脂質は細胞膜の強度を保つ役割していますが、電子を奪われる(酸化される)ことにより本来の機能を失い、細胞膜は壊れやすくなります。
図1 活性酸素
酸素分子は酸素原子が2個と、そこに電子が対になった電子対が7個付いた構造となっている。電子は対になった状態では安定しており、酸素分子自体も安定している。しかし、電子対から電子が一つ離れると不対電子となり、これによって酸素分子が不安定な活性酸素に変化する。
活性酸素により生体内の物質が酸化される様は、“活性酸素による体のサビ”と比喩することができます。このように活性酸素は生体内の組織を酸化させ、それらの健常な機能を奪ってしまいます。運動の負荷が大きいほど細胞は多くの酸素を必要とするため、体内に取り込まれる酸素の量も多くなります。活性酸素の源となる酸素が多く体内に入ってくれば、当然、活性酸素の発生量も多くなり、体もサビやすくなるわけです。過剰に活性酸素が生成され過ぎるのを防ぐため、活性酸素を無害化させる酵素も体内で作られますが、高強度の運動をおこなう場合、活性酸素の生成は酵素の作用を上回ってしまいます。
活性酸素から体の酸化を守ってくれる抗酸化物質
生体内で分泌される酵素以外に、飼料やサプリメントから摂取できるビタミンE・ビタミンC・アスタキサンチン・コエンザイムQ10・リコピン・セレン・銅・亜鉛も活性酸素に対して抗酸化能力があります。
強い運動負荷時において、馬は体重100kg当たり200mgのビタミンEが必要とされています。競走馬や高強度の運動が負荷される後期育成馬にみられるタイイングアップ症候群(スクミ)は、筋細胞膜が活性酸素に酸化されることが発症の要因の一つになっています。ビタミンEの給与量が必要量を下回る場合、スクミ発症のリスクは高まると考えられますが、必要量以上のビタミンEの補給がその予防に効果があるのかはよく分かっていません。
ビタミンEの補給とDNA酸化の予防
活性酸素は、細胞膜以外にDNAを酸化し、DNAの持つ情報を変化させてしますことがあります。変異されたDNA情報を持った細胞が増殖していくと生物の健康は損なわれてしまいます。ガン化細胞の増殖などはその顕著な例ですが、そのように間違った細胞の増殖を極力抑えるため、生命における防御システムとして変異した細胞が自殺する『アポ―トーシス』という現象がみられます。このアポトーシスの発生量で、活性酸素によってDNAがどの程度酸化されかを推測することができます。エンデュランス競技の3週前より、馬にビタミンEを体重100kg当たり約1,000mg給与したとき、ビタミンEを補給していない馬(対照群)に比べて、競技開始から定めたポイントで細胞中のアポトーシス発生割合は明らかに少なくなっていました(図2)。この結果は、活性酸素の有害性がビタミンEによって消されたことで、DNAの酸化が少なかったことによると考えられています。この量は必要量の5倍にもなりますが、これだけのビタミンEを運動中の馬に給与すべきなのかについては明言を避けたいと考えています。対照群の馬に給与されていたビタミンEが約30mg(体重100kg当たり)と必要量より大幅に少なかったこともありますが、アポトーシス発生に現れる運動中のDNAの酸化は、避けるべき現象なのか、それとも鍛えられる過程においては必要なプロセスなのかを一概に判断できないためです。今回は、ビタミンEという物質が、生体内の酸化ストレスに極めて大きな影響があることを紹介するに留めておきたいと思います。
図2 ビタミンEの補給が運動時の細胞内アポトーシス発生に及ぼす影響
緑色で示したビタミンEを常時補給されている馬のエンデュランス競技中の白血球細胞内におけるDNA酸化の指標となるアポトーシスの発生割合は、緑色のビタミンE非投与馬(対照群)に比べて明らかに多かった。
おわりに
活性酸素が体をサビさせる有害な物質であることは間違いありません。運動などの外的な環境変化によって過剰に発生する活性酸素に対して、生体組織の防衛のため、生体は抗酸化酵素の活性を高めるなど生理的に適応していくとされています。もう一歩踏み込んで考えると、運動によって活性酸素が多量に発生することは避けられませんが、体内で生成する酵素で無害化できるように適応していくことも、トレーニングのひとつであるというとらえ方もできるのではないでしょうか。近年、ヒトの抗酸化作用のサプリメントの多用が、活性酸素に対する本来の無害化能力を弱め、将来的に健康を害する危険があるという報告がなされています。強い運動が負荷されるサラブレッドについても、適材適所での抗酸化物質を補給する有用性は否定できませんが、いたずらにサプリメントのみに頼らず、活性酸素に抗い適応させていくという観点も同時に必要なのかもしれないと私は考えています。
Oxidative Medicine and Cellular Longevity Volume 2012
C.A. Williams et. al.
日高育成牧場生産育成研究室 主任研究役 松井 朗
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