栄養 Feed

2020年5月13日 (水)

馬体管理ソフト「SUKOYAKA」の紹介

No.142 (2016年3月1日号)

    

JBBAから軽種馬牧場管理ソフト「SUKOYAKA」がリリースされました。

 SUKOYAKAは、軽種馬の栄養管理と馬体情報管理をサポートするソフトで、JBBA日本軽種馬協会のウエブサイトからダウンロード(無料)できます。(こちらからダウンロードできますhttp://jbba.jp/assist/sukoyaka/index.html)当ソフトは、「SUKOYAKA栄養」と「SUKOYAKA馬体」の二つで構成されています。

  

SUKOYAKA栄養

 SUKOYAKA栄養は、各馬のステージにあった養分要求量を計算し、現在与えている飼料の充足率を確認することができるソフトです。簡単に言うと、子馬であれば「今与えているエサもしくは新たに導入しようとしているエサを与えることによって、病気にならずに適切な成長ができるか」。妊娠馬であれば、「母体も健康で、健康な子馬を出産することができるかどうか」「それらのエサをどのくらい与えればよいのか」これらを判断するうえでの目安を提示してくれるものです。では、具体的な飼料設計の例を見ていきましょう。

  

例)1月の1歳馬の飼料設計

 ここでは22時間放牧の昼夜放牧をしている1歳馬(9ヶ月齢 馬体重350kg)の飼料を考えてみます。この時期、北海道では積雪があるため、放牧草からの栄養摂取は考慮しないこととします。まず、エンバクとルーサン乾草で設計してみます。この場合、SUKOYAKA栄養で計算すると、エネルギーとタンパク質は充足していることが確認できます(図1)。一方、銅や亜鉛など、子馬の健康な骨成長に影響を及ぼすミネラル類については、充足率が14~15%であり、明らかに不足していることが分かります。1_3

図1.エンバク3kgとルーサン5kgの飼料設計

  

 そこで、エンバク3kgを2kgに減らし、バランサータイプ飼料1kgに置き換えてみましょう。これにより、濃厚飼料を増やすことなく、銅や亜鉛などのミネラルも充足することができます(図2)。ただし、全項目の充足率が100%以上であれば適切かといえば、決してそうではなく、あくまで計算上の目安でしかありません。子馬の馬体成長や疾病発症に影響を及ぼす要因としては、飼料から摂取する栄養以外に、遺伝や環境(気候など)なども無視できません。あくまで算出された値を目安として、個体ごとの健康状態や発育の程度、疾病の有無などを把握しながらの飼料調整が必要となります。このため、定期的な馬体重や体高などの測定、BCS(ボディコンディショニングスコア)や疾患の有無を確認するための馬体検査などの実施が推奨されます。これらの体重測定や馬体検査で得られたデータは、その都度の飼料設計に利用できるだけではなく、継続的に複数年(複数世代)のデータを蓄積していくことで、飼養管理方法の改善にもつなげることができます。これをサポートするツールが「SUKOYAKA馬体」です。

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図2.エンバク2kg、バランサー1kg、ルーサン5kgの飼料設計

  

SUKOYAKA馬体

 SUKOYAKA馬体は、子馬や繁殖牝馬の個体情報を記録し、管理するためのソフトです。定期的に測定した馬体重を入力すると、自動的にグラフ化してくれます。また、子馬については、標準曲線と比較することもできます(図3)。標準曲線は、日高管内の30牧場の約2,400頭の子馬の馬体重データ4万点を性別・生まれ月ごとに分けた平均値をもとに作成したものです。この標準曲線と登録馬のデータを比較することで、子馬の成長度合いの確認ができます。ただし、「標準曲線はあくまで目安である」ということを念頭に置いて利用して下さい。すなわち、標準曲線を「上回ったら、飼料を減らす」「下回ったら、飼料を増やす」など機械的に利用するのではなく、あくまで、実馬を観察したうえで、BCS、体高、胸囲、管囲、疾病の有無、放牧草の状態などの情報と併せて飼養管理に活用することが合理的です。また、子馬および繁殖牝馬の様々なデータ蓄積は、生産牧場における適切な飼養管理、もしくは管理方法の改善に大きく寄与します。ビジネスの世界で使われている「PDCAサイクル」、つまりPlan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Act(改善)の4段階を繰り返すことにより業務を継続的に改善する手法は、生産牧場でも活用することができます(図4)。この場合、正しくCheck(評価)するためには、「事実の正しい認識」が重要です。つまり、「曖昧な主観的感覚」ではなく、「客観的なデータ」の検証が必要になります。SUKOYAKA馬体は、馬体重だけではなく、体高などの測尺値やBCS、出産、病気、離乳などの様々なイベント、給与飼料や病名などの必要に応じたコメントを入力し、データとして蓄積することができます。これらの蓄積データを活用することにより、過去に実施した飼養管理方法の評価「振り返り」が可能となり、適切な改善へとつながります。

 「振り返り」の具体例としては、「昨年の世代と比較して、今年の1歳馬は骨疾患が多い。昨年と今年の馬体成長やBCSに違いはあるだろうか?」「今年の1歳馬は冬期のBCS保持が困難だった。離乳期の馬体重やBCSは問題なかっただろうか?」「今年は繁殖牝馬の受胎成績が良くなかった。成績が良かった昨年の馬体重やBCSと比較してみよう」などがあげられます。

 このようなデータを活用した評価をすることで、具体的な改善策が浮かび易くなります。また、栄養指導者などの第三者に相談する場合でも、過去の蓄積データを示すことで、より適切な解決策の発見につながります。是非、軽種馬牧場管理ソフト「SUKOYAKA」をご活用ください!!

3_3 図3.SUKOYAKA馬体 馬体重グラフ

  

4_2 図4.SUKOYAKAを活用した牧場におけるPDCAサイクル

 

(日高育成牧場・専門役 冨成雅尚)

2020年2月21日 (金)

妊娠馬の栄養管理

No.135(2015年11月1日号)

 妊娠馬の栄養管理において考慮すべきこととして、胎子の健全な成長はもちろんのこと、子馬を無事出産するための母体の健康維持、また、次年度も交配する場合には、受胎に適した馬体管理などがあげられます。このため、飼養者には総合的かつ長期的な視野に基づいたきめ細やかな馬体管理が求められます。

妊娠初期~中期
 妊娠期の栄養要求量を考慮する際に重要なことは、胎子の成長度合いの把握です。ただし、胎子がお腹の中にいたとしても、妊娠初期から、母馬の維持要求量を上回る飼料を与える必要はありません。図1を見ると分かるように、胎子は妊娠期間中に直線的に成長するのではありません。5ヶ月齢までの胎子は極めて小さく、7ヶ月齢であっても出生時体重の20%程度、母馬の体重の2%にも満たないほどです。すなわち、少なくとも妊娠5ヶ月齢までは、非妊娠馬に対するものと同量・同内容の飼料を与えるだけでエネルギーとタンパク質の必要量を満たすことができます(授乳中の場合にはエネルギーおよびタンパク質の要求量がいずれも大きく増加します)。米国のNRC(全米研究評議会)による飼養標準では、妊娠5ヶ月齢からのカロリーおよびタンパク質要求量の増加が示されていますが、7ヶ月齢であっても、維持量に1.2Mcalのエネルギーと100gのタンパク質が増加されるだけです(大豆粕300g程度の増加)。このため、放牧草の状態、体重やBCS(ボディコンディションスコア)を観察しながら、濃厚飼料給餌を検討する必要があります。良質な牧草が十分量生えている放牧地で管理されている場合、必要以上の濃厚飼料の給餌は、過肥や蹄疾患のリスクを高めることにも繋がります。一方、カルシウムやリンなどのミネラル、銅などの微量元素については、妊娠期間を通して必要となるため、放牧草の状態次第では要求量を考慮したうえで、サプリメントを与えて不足を補う必要があります。

1_4図1 胎子の成長曲線(Pagan 2005を引用、一部改編)
胎子は妊娠期を通して直線的に成長するのではなく(左)、妊娠後期に急激に成長する(右)。


妊娠後期
 胎子は妊娠期間の最後の3カ月間で著しく成長し、発育量は全体の60~65%に達するため、この時期はエネルギー摂取量を増加させる必要があります。妊娠後期のエネルギーおよびタンパク質の要求量(体重500~600kg)の増加率は、一般的には維持量の115%にあたる20~25Mcalおよび900~1,100gになります。しかし、分娩に備えるためのウォーキングマシンや引き馬などによる運動、出産後の授乳や交配、また、北海道の生産地においては厳しい寒さや放牧地を覆う降雪など、様々なことを考慮して給与量を決めなくてはなりません。もちろん、必要以上のエネルギー給与は過肥や蹄疾患を引き起こすため、十分な注意が必要です。このため、繁殖牝馬のBCSや馬体重、そして放牧草の状態について年間をとおして継続的に把握しながらその時期に必要な給与量を設定する必要があります(図2)。また、エネルギー要求量の増加から、濃厚飼料の給餌割合を増加させる傾向がみられますが、疝痛や胃潰瘍などの消化器疾患を予防するためには、少なくとも総飼料の半分以上の粗飼料を給餌する必要があります。このため、エネルギー源として植物油やビートパルプの併用、線維質が高い配合飼料の効果的な給餌が推奨されます。

2_4 図2 妊娠後期の給与量の決定には、様々な要素を考慮する必要がある。

 なお、生まれてくる子馬の正常な骨格形成のためには、繁殖牝馬に対する十分かつ適切なバランスのミネラルの供給が不可欠です。胎子は自身の肝臓に、銅、亜鉛、マンガン、鉄など軟骨あるいは骨代謝に関わる微量元素を蓄積し、正常な骨形成に利用しています(図3)。母乳にはこれらの微量元素が十分含まれておらず、牧草や飼料を十分に摂取・消化できない新生子馬は、体内に蓄積された微量元素を利用する他ありません。このため、これらを妊娠後期の母馬に投与することが重要となります。なお、一般的な飼料であるエンバクや乾草のみでは、ミネラルが不足するため、ミネラル含有量を増加させた配合飼料やサプリメントの供給が不可欠です。

3_4 図3 胎子へのミネラル補給
胎子は肝臓に微量元素を蓄積するため、妊娠後期の母馬へのこれらの投与が重要となる。

 以上をまとめると、妊娠馬の栄養管理においては、「妊娠ステージに合わせたエネルギーおよびタンパク質」「妊娠期間を通した適切なミネラル」の2点が要諦になります。本稿が皆様の愛馬の飼養管理に役立てば幸いです。

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年10月 2日 (水)

離乳

No.108(2014年9月1日号)

 9月に入り、多くの牧場では、本年生まれた子馬たちの離乳が行われている頃ではないでしょうか。離乳は、生まれてから母馬とともに過ごしてきた子馬たちにとって、「初期育成」から「中期育成」への区切りとなる大きなイベントになります。
 今回は、離乳に関する基本の確認と、JRA日高育成牧場で実施している方法についてご紹介します。

離乳とは
 そもそも、なぜ馬は離乳する必要があるのでしょうか?
その答えは、母馬が次の出産に備えるためです。次に生まれる子馬に十分量の母乳を与えるためには、出産前に少なくとも1ヶ月の「泌乳器の休養」が必要となります。このため、野生環境におかれた馬では、出産の1~2ヶ月前になると、子馬の方から自然に哺乳しなくなり、徐々に母子が離れていきます。
サラブレッド生産における離乳の実施時期は、概ね5~6ヶ月齢というのが一般的になっていますが、牧場によっては7~8ヶ月齢と遅い場合もあるようです。一方、急速な発育などに起因するDOD(成長期整形外科疾患)の予防として、重種馬を乳母として利用している際の母乳摂取抑制あるいは母馬の飼料盗食を回避することを目的とした早期離乳も実施されています。
 通常、離乳の実施時期を考慮するうえで、「栄養面の離乳」と「精神面の離乳」の2つを念頭に置く必要があります。

栄養面の離乳、精神面の離乳
 母馬がいなくなった場合に、それまで母乳から摂取していた栄養を牧草や固形飼料で代替することができるようになっていること、すなわち、1~1.5kgの固形飼料を食べられることが、ポイントになります。
 クリープフィードの給餌を離乳直前に開始しても、食べ慣れるまでに時間がかかるうえ、離乳ストレスによる食欲低下も念頭に置かなくてはなりません。このため、クリープフィードの開始時期は、一般的には、母乳の量が低下し始める2ヶ月齢が目安になります。もちろん、過剰摂取による過肥、骨端炎および胃潰瘍には十分注意する必要がありますので、子馬の体重、増体量、ボディコンディションスコア、放牧地の草の状態などの観察が重要になります。
 精神面からも、離乳の実施時期を考慮するポイントを得ることができます。放牧地で母馬と一定の距離があること、また、他の子馬との距離が近づいていることが、離乳後のストレス軽減を判断する指標になります(図1)。
 これら「栄養面」および「精神面」の両者が概ね達成される時期が、概ね生後3~4ヶ月ですので、必然的にこれ以降が適切な離乳時期といえるのかもしれません。
 1_3 (図1)3ヶ月齢を過ぎると、母子間距離が長くなり、子馬間距離が短くなる。

リスク回避の方法
 離乳を実施するうえで、考慮しなくてはならないリスクには「成長停滞」「悪癖の発現」「疾患発症(ローソニア感染症など)」「事故」などがあげられます。これらのリスクをゼロにすることはできませんが、予防策として、「離乳前に固形飼料を一定量食べさせておくこと」「ストレスを可能な限り抑制すること」を念頭におくことにより、リスクを最小限に抑制できます。
 このため、時期や環境に注意を払う必要があります。著しい暑さ、激しい降雨、アブなどの吸血昆虫などのストレス要因を回避することに加え、栄養豊富な青草が生い茂っている時期に実施することも重要です。また、隣接する放牧地に他の馬がいる場合には、母馬を探し求める子馬が柵を飛越するリスクがあるため、牧柵および周辺環境を含めた放牧地の選択や、離乳後における数時間程度の監視も重要です。
 昨年、日高育成牧場で実施した離乳方法は以下のとおりです。
 最初に、同じ放牧地で管理している7組の母子のうち2頭を離乳するとともに、穏やかな性格の牝馬(当該年の出産なし)をコンパニオンとして導入し(図2)、その後、2~3週間かけて段階的に2、3頭ずつ離乳していき、最終的に子馬7頭とコンパニオンの計8頭の群で管理しました(図3)。

2_3 (図2)最初の離乳時に、穏やかな性格の牝馬(子無し)をコンパニオンとして導入

3_3 (図3)子馬7頭とコンパニオンの8頭の群で管理

 この方法の利点は、同じ群の多くの馬が落ち着いていることです。離乳直後は、放牧地を走り回りますが、周りの馬が落ちついているため、われに帰って、群の中に溶け込みます。離乳後、数時間の監視をしていますが、大きな事故につながるような行動はありませんでした。どのような方法であっても、母馬がいなくなった子馬のストレスを完全に回避することは困難ですが、このような段階的な離乳により、可能な限りストレスを緩和することができると思います。

4_3 (図4)コンパニオンとして導入した繁殖牝馬を中心に落ち着いた様子をみせる離乳直後の当歳馬たち

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年9月12日 (木)

離乳までの子馬の栄養管理

No.103(2014年6月15日号)

 「母乳の出が悪く、子馬に人工乳を与えたいが、どのくらいの量を与えればよいのだろうか?」「子馬に母馬と同じエサを食べさせてもよいのだろうか?」生後間もない子馬を育てるなかで、このような疑問をお持ちになる方は少なくないのではないでしょうか?出生後の子馬を元気で健康に育てるための「適切」な栄養管理は欠かせませんが、持って生まれた馬体に加え、栄養摂取能、血統的資質、そして母乳の産生量などの様々な要因が成長に関与するため、「適切」を見極めることは容易ではありません。そこで、今回は出生直後から離乳までの子馬の栄養管理についての基礎的な話題について紹介しますので、子馬を健康に育てるための参考にしていただければ幸いです。

2ヶ月齢までの栄養
 生後2ヶ月齢までは、基本的には母乳からの栄養が中心となります。出産直後の子馬が必要とする母乳の量は体重の約10%(50kgの子馬であればおよそ5リットル)ですが、生後10日には体重の25~30%(70kgの子馬であればおよそ17~21リットル)にまで達します。そして、5週間を過ぎると体重の17~20%になります(100kgの子馬であればおよそ17~20リットル)。
 子馬が十分量の母乳を摂取しているかどうか確認することは、適切な成長のために重要です。このため、子馬の哺乳行動や乳房の腫脹(図1)の確認はもちろんのこと、定期的に計測する体重および体高の値は極めて有用な指標になります(図2)。この時期の子馬が十分量の母乳を摂取している場合、1日あたりの体重増は1~2kg、体高の伸びは0.3~0.4cmになります。
 母馬の死亡や母乳不足など、何らかの理由で人工乳を与えなくてはならない場合、上記の摂取量や増体量が参考になります。この時期の子馬の哺乳回数は、1時間あたり約3回であり、比較的頻繁ですが、人間が与える場合は、生後1週間であれば1~2時間に1回、2週齢以降は4~6時間に1回で良いと思われます。なお、バケツからの摂取が可能になったら、馬房にミルク用の飼桶を設置して自由摂取させることもできます(図3)。また、体重の増加量など子馬の状態に応じて、早めに少量のクリープフィードを与えても良いでしょう。

1_2 図1.哺乳されないため、腫脹した乳房

2 図2.体重や体高の測定は、適切な成長を見極める重要な指標となる

3 図3.ミルクの摂取は、馬房に設置した飼桶からも可能

2ヶ月齢以降の栄養「クリープフィード」
 2ヶ月齢以降になると、泌乳量は徐々に減少していき、子馬の栄養要求量を満たすことができなくなります(図4)。このため、不足する栄養を補うための固形飼料、すなわちクリープフィードの給餌を開始します。クリープフィードに必要な栄養成分としては、タンパク質含量が少なくとも16%以上で、必要なアミノ酸やカルシウム、リン、銅、亜鉛およびマンガンなどのミネラルがバランス良く含まれている飼料が理想的といえます。
 クリープフィードを与えることにより、「当歳に食べさせることを覚えさせる」ことは、極めて重要です。特に北海道においては、秋の離乳時に増体が停滞した場合には、つづく冬季にも成長が期待できないため、翌春まで成長不良の状態が継続することになります。このため、初夏に開催される1歳市場への上場を視野に入れている場合には、厳冬期の成長停滞を可能な限り抑制するためにも、十分量のクリープフィードを与えることは重要といえます。

母馬の飼料摂取の是非
 母馬の飼料を子馬に与えることの是非が問題になることがあります。もちろん、上記の栄養成分を満たすような飼料であれば、子馬に与えても問題ありません。しかし、与える量については、考慮する必要があります。一般的には、体重の0.5~0.75%、もしくは月齢×0.5kgなどと言われていますが、個々の子馬の馬体や栄養摂取能、さらには哺乳量や放牧地の草の状態など様々な要因があるため、馬体重や月齢により一律の給餌量を決めることは現実的ではありません。このため、やはり定期的な体重測定や馬体観察に基づいた、増体日量やボディコンディションスコア(BCS)を参考とした給餌量の決定が推奨されます。増体日量は生後3ヶ月までは1.1~1.3kg、その後は月齢とともに減少していき、離乳期の6ヶ月齢ではおよそ0.8kgが標準値と考えられています。また、BCSは9段階の5、すなわち「背中央が平らで、肋骨は見分けられないが触れるとわかる。尾根周囲の脂肪はスポンジ状。き甲は丸みを帯びるように見える。肩はなめらかに馬体へ移行する」が目安になります。
 成長期の子馬に濃厚飼料を過剰に与えることのリスクは小さくありません。子馬に対する濃厚飼料、特にエンバクなどのデンプンの多給が、骨端炎やOCDに代表される成長期外科疾患や胃潰瘍の発症に影響を及ぼす可能性があるからです。このため、たとえ母馬に与えている飼料が適切な栄養成分を含んでいる場合であっても、摂取量のコントロールを考慮した場合、やはり母馬と子馬に与える飼料は、それぞれ個別に用意した方が良いと思われます。
J RA日高育成牧場では、生後2ヶ月を目安にクリープフィードを子馬用のホースフィーダーで与えており、盗食できないように母親の飼い桶にフェンスを設置しています(図5)。クリープフィードは、離乳前にはしっかり食べられるように時間をかけてゆっくり増やしていきます。

4 図4.子馬のエネルギー要求量の推移

5 図5.子馬用のクリープフィーダーと母馬の飼料を食べさせないためのフェンス

さいごに
 子馬の成長度合いや疾患発生は、放牧環境や血統を含めた個体差などによる影響も無視できないため、子馬に適切な栄養を与えた場合であっても、リスクをゼロにすることはできません。一方で、デンプンの過剰給餌をした場合であっても、健康に育つ子馬がいることもまた事実です。馬づくりにおいては、絶対的な正解は存在しませんが、可能なかぎり最適な飼養管理法を選択するとともに、繋養馬に対する詳細かつ継続的な観察を行うことで、つねにベストの方法を模索していきたいと思います。

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年8月19日 (月)

繁殖牝馬の肥満と予防

No.101(2014年5月15日号)

繁殖牝馬の肥満

 繁殖牝馬の適切な栄養管理は、受胎率の向上、長期間にわたる繁殖生活、そして何より健康な子馬を産み育てるためには欠かすことができません。草食動物の馬にとって、良質な草地での放牧管理を中心とした飼養管理が最適であることに異論はないと思いますが、その場合であっても、問題となるのが「繁殖牝馬の肥満」です。アスリートではない繁殖牝馬の身体を極端にフィットさせる必要はありませんが、一方で極度に脂肪が蓄積する肥満症になった場合、蹄葉炎や発情周期異常などのリスクが高まることが知られています。このようなリスクを有する肥満症は、内分泌異常が原因の1つと考えられており、「馬メタボリック・シンドローム」と呼ばれています。

 馬メタボリック・シンドローム

 馬メタボリック・シンドローム(Equine Metabolic Syndrome以下EMS)は「遺伝」と「飼養環境」の2つの要因が複合することにより発症すると考えられています。すなわち、特定の遺伝子を持った馬が、青草が豊富に生い茂った放牧地で飼われている、もしくは濃厚飼料を多給されているなど、栄養過多の管理が施された場合に発症しやすくなります。欧米では、このような素因を有した馬のことを「イージー・キーパー」(少量もしくは栄養価が低い牧草や飼料でも体重維持が容易な馬)と呼んでいます。野生環境の痩せた土地においても、生存してきた特定の馬の遺伝子が、今も一部の馬に残っているものと考えられています。EMSの発症年齢は5~15 歳であり、高齢馬にはあまり認められず、外見上は肥満体型、もしくは頸などにおける部分的な脂肪蓄積(図1)などを認める場合が多いようです。なお、過肥の馬のすべてがEMSというわけではありません。

1_3 図1 頸部の脂肪蓄積はクレスティ・ネックと呼ばれる

EMSの危険性

 ヒトのいわゆる「メタボリック・シンドローム」は、心臓病、脳卒中もしくは糖尿病のリスクを高めますが、EMSは蹄葉炎のリスクを高めることで知られています。EMSを発症した馬は、「インスリン抵抗性」と呼ばれる血糖を筋肉などに取り込むインスリンの働きが弱い、すなわちインスリンが効きにくい体質になっているといえます。このような状態に陥った場合、「蹄の角化細胞への糖の取り込み不足」や「蹄内部の血流阻害」が生じて、蹄葉炎が引き起こされると考えられています。

 また、繁殖牝馬にとって問題となるのは、発情周期の異常です。ある研究によると、インスリン抵抗性を有した牝馬は、正常な牝馬と比較して、黄体期が長く、発情から次の発情までの周期が長いことが確認されており、正常な交配にも影響を及ぼすおそれがあります。

予防法と治療法

 予防法は、飼養管理法の改善が中心になります。穀類や糖蜜などを含んだ濃厚飼料の不必要な多給を避けることはもちろん、ミネラルバランス、特に細胞内におけるインスリンの機能を低下させるマグネシウム欠乏に留意することなどが提唱されています。

 放牧地管理としては、放牧草に含まれる「フラクタン」と呼ばれる糖の摂取をいかに減らすかが鍵になります。フラクタンは、インスリン抵抗性に関連性が深く、秋から冬、そして春先にかけて放牧草の中に多く蓄積するなどの季節性変化がある一方で、夏の午後や夜間冷え込んだ秋の早朝にも多く蓄積するなどの日内変動もあるようです。このため、放牧時間の設定が重要となりそうです。また、窒素欠乏にある草地で生育した牧草はフラクタン濃度が高いことがわかっています。したがって、窒素を含む適切な施肥は牧草中のフラクタン濃度の上昇を抑制する効果があると考えられています。

 もちろん、可能であればウォーキングマシンやランジングを利用した運動負荷も適切な体重を維持するうえで効果的です。また、体重やボディコンディショニングスコアの計測などの定期的な馬体のモニタリングを行うことは、大きな手助けになると思います(図2)。

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図2 定期的な体重とBCSの測定は肥満予防の第一歩

(日高育成牧場では繁殖牝馬の体重は週1回、BCSは月1回測定しています)

 すでにEMSになってしまった場合の治療法として、蹄葉炎を発症している場合には、装蹄療法や消炎鎮痛剤の投与による疼痛管理、そして、砂パドックなどを利用した放牧制限や粗飼料による低カロリー給餌が中心となります。乾草を与える場合には、糖分(のうちの水溶性成分)を除去するために一定時間、水に浸漬することも良いかもしれません(図3)。

3_2  図3 浸漬による乾草からの糖分除去

さいごに

 放牧草の栄養状態の季節的な変化、さらには遺伝による個体差など種々の要因により、繁殖牝馬の馬体を年間を通して適切に推移させることは容易ではありませんが、今回お伝えしたことが少しでも多くの繁殖牝馬の健康にお役に立てば幸いです。

 (日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)

2019年6月19日 (水)

バランサー?それともコンプリート?

No.87(2013年10月1日号)

 一昔前まで、馬のエサと言えば「エンバクとフスマにカルシウムの粉末」という構成が一般的でしたが、近年は研究開発が進み、多様な馬用配合飼料が市販されています。あまりに多くの飼料が流通しているため、それぞれの違いが分からなくなってしまっていないでしょうか?細かい違いや宣伝文句に振り回されていないでしょうか?複数の飼料会社との付き合いを大切にするあまり、無意味に配合飼料を併給していませんか?今回は配合飼料の基本的なタイプとその使い方についてご紹介します。

配合飼料のコンセプト
 まず、念頭においていただきたいのが、それぞれの配合飼料には飼料会社が設計したコンセプトがあるということです。それは給与対象馬が、繁殖牝馬、子馬、競走馬という分類のみならず、放牧環境か厩舎環境か、配合飼料を多く与えたいのか、抑えたいのかといった要因も関連します。
 本日紹介するタイプとは、大きく「バランサー」と「コンプリート」の2つです。日本語に翻訳すると「バランスが良い」「完全」という言葉はいずれも耳触りの良い言葉ですので、一見すると「どういう飼料か分からない」のも無理はありません。しかしながら、これらは前述の設計コンセプトが異なるため、当然給餌の仕方が異なります(図)。この2タイプの違いは「エネルギー」「タンパク質・ミネラル」に対する給与方法の違いによるものです。エネルギーは勿論ですが、タンパク質・ミネラルも馬の飼料成分としてとても重要です。特に成長期・競走期・妊娠期の馬には不足しないよう注意が必要です。

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 コンプリート型とは、穀類にタンパク質・ミネラル分のペレットを加えて構成されているものが一般的です(写真1)。この飼料を規定量与えることで、必要なエネルギーとタンパク質・ミネラル(ビタミンを含む)を同時に満たします。基本的にはこの飼料だけ与えていれば良いということからオールインワンとも言われています。推奨される量は製品によってさまざまですが、4~6kgが一般的です。エネルギー量が多くなるため、牧草を自由採食できない厩舎飼育環境に適していると言えます。

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 一方、バランサー型とは、近年生産地で広く普及している飼料で、タンパク質・ミネラル(ビタミンを含む)含有率が高いペレットで構成されており、少量の給餌(概ね1kg)でこれらの要求量を満たせるというものです(写真2)。サプリメント型と呼ばれる飼料も同様のタイプの飼料です。しかし、これだけではエネルギー量が不足するためエンバクを追加して調整します。エネルギー量を抑えられるため、牧草から多くのエネルギーを摂取している放牧環境に適していると言えます。

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 また、これらの中間的な特性の飼料も市販されていますので、自分の牧場で扱っている飼料がどのようなものか分からない方は、今一度確認してみて下さい。

誤った給餌方法
 よくある誤った給餌例をご紹介します。「コンプリート型を与えているが、コスト削減のため推奨量の半分しか与えず、その分エンバクを足す」とタンパク質・ミネラル分が不足してしまいます。また、「バランサーを給餌しながら、以前から慣例的に与えていたミネラル添加剤も与える」のは無駄なコストをかけていることになります。

配合飼料の適切な選択
 日本人は勤勉な性格からか、飼料を複雑にしたがり、それを美徳とする傾向があるのかもしれません。しかし、飼料はシンプルな方が作業や在庫管理が楽ですし、誤りも少なく、修正も楽であることは間違いありません。
 これらの飼料はどちらが良い悪いという問題ではなく、飼養環境に応じた「選択」と「与え方」が重要になります。特に放牧飼養下では牧草の種類や草高、密度の違いに起因する成分バランスを考慮する必要があります。エネルギー量については、馬の体型(ボディコンディションスコア)をみて調整することができますが、タンパク質やミネラルに関しては一見して判断することはできません。しかしながら、このような目に見えない要素が胎子期、成長期に重要です。自牧場の牧草成分が知りたいという方は牧草成分分析事業をご活用下さい。本事業は今年から窓口がBTCからJBBAに移りましたが、事業内容はこれまでとほぼ同様です。詳細についてはお近くの窓口へお尋ね下さい。
 最後になりますが、飼料は規定量を与えていれば良いというものではありません。信頼できる栄養の専門家の意見を参考に、現場においては日々の観察から馬ごとの特徴、変化を把握し、細やかな修正ができるよう、経験・スキルを身につけることが重要です。

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬 晴崇

2019年6月14日 (金)

栄養管理コンサルタントの実際

No.85 (2013年9月1日号)

軽種馬生産界におけるコンサルタント
 「コンサルタント」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「コンサルタント」とは企業経営や管理技術などについて指導、助言をすることにより、顧客が抱える問題を解決する方策を示してくれる専門家のことを指します。「経営コンサルタント」「ビジネスコンサルタント」「ITコンサルタント」などさまざまな業種で広く認知されています。軽種馬生産においても「栄養管理コンサルタント」が存在しますが、日本においてはまだそれほど一般的にはなってはいません。
 コンサルタントの内容はその専門家によって、また契約によってさまざまですが、最も重要なのは「発育状況と栄養状態(BCS・体重・体高・歩様・蹄や肢軸など)」「栄養補給(飼料の選択と栄養バランス、放牧地の評価)」についての指導です。コンサルタントに馴染みのない方にとっては、一生懸命育てた馬を気安く他人に評価されることを快く思わないかもしれません。しかし、自己流の解釈と方法に陥りがちな軽種馬生産において、深い知識と広い視野を持つ専門家の意見を得ることは非常に重要です。またコンサルタントに馬を見せること自体が日常業務における目標になるといったメリットもあります。その他の指導項目として「放牧地の土壌、牧草成分分析と管理方法」「繁殖成績(受胎率・種付け回数)向上のための対策」「問題点に対するディスカッション」などが挙げられます。
 実際にコンサルタントを受けている牧場の声を聞くと「客観的な評価を得ること」や「コンディションの安定化」「飼養管理に対する理解」さらには「スタッフのスキル向上」「スタッフ間の認識の統一」といった点に大きなメリットを感じているようです。

国内のコンサルタント活動
 牧場コンサルタントというと、外国人をイメージされる方もいると思いますが、平成17年から21年にかけてJBBAによる軽種馬経営高度化指導研修で日本人コンサルタントを養成する事業が行われました。これはKER(Kentucky Equine Research)の代表者Pagan博士とそのスタッフを定期的に日高に招聘し、実際に生産牧場の巡回指導を通じて、海外飼養管理技術を習得し、国内の技術指導者(カウンターパート)を養成するものです。KERはアメリカの飼料会社であり、研究所であり、コンサルタント業務も行っている有名な企業です。この事業によって獣医師や飼料会社関係者など7名のカウンターパートと3名のカウンターパート補佐が養成されました。
 この時のモデル牧場における主な改善点は、サプリメントの利用や栄養バランスの改善を伴う「飼料配合のシンプル化」、コンプリート型飼料とサプリメント型飼料の混同を適正とすることによる「飼料特性に基づく給与」、「昼夜放牧の励行」、「分娩前後の繁殖牝馬のBCSの適正化」、「適切な蹄管理」、「セール上場予定馬の準備」、「当歳馬へのクリープフィーディング」など多岐に渡ります。そして彼らが常に口にしていたのは「More exercise, more feeds!(もっと運動を、もっと飼料(栄養)を!)」でした。
 実際に指導を受けた牧場からは「受胎率や産駒の発育が向上した」という目に見える結果の他に、「客観的な評価を知ることができた」「牧場スタッフの意識が変わった」「普段抱いていた飼養管理上の疑問が解決できた」「蹄管理の重要性が認識できた」「独自の方法を見直すことができた」といった前向きなコメントが寄せられました。
 この事業で直接指導を受けた牧場は限られたものではありますが、養成されたカウンターパートらの活動が、わが国における「ボディコンディションスコア」「分娩前後の繁殖牝馬の栄養補給」「運動の重要性」「昼夜放牧」などの普及に一役かったと考えられます。
 養成されたカウンターパートらは、現在ファームコンサルタントとして、飼料会社のサービスの一環として、また診療業務の傍らとしてコンサルタントを継続しています。
 コンサルタントに興味はあるけど、誰に頼めば良いのか分からないという牧場は多いと思われます。JBBAでは国内でのコンサルタントをさらに普及させるべく、事業を継続することになりました。現在、効果的な普及方法について検討を重ねているところではありますが、今後も事業を活用いただければ幸いです。詳細な事業案内につきましてはJBBAニュース8月号を参照下さい。

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(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬 晴崇)

2019年6月 7日 (金)

放牧草の採食量と問題点

No.82 (2013年7月15日号)

はじめに
 今春は例年に比べて気温の上がりにくい気候でしたが、皆さんはいつ頃から昼夜放牧を開始されたでしょうか?放牧時間の延長に伴って牧草の採食量が増えるため、放牧時間や放牧地の植生によっては飼い葉を調整する必要があります。この時に多くの方が、「そういえば、馬は放牧地でどれだけの草を食べているのだろう?」と疑問を持たれているのではないでしょうか。また、「放牧草だけでも問題ないのではないだろうか?」と思う方もいるでしょう。今回は、昼夜放牧時の放牧草摂取量増加に伴う問題点とその対策について紹介します。

昼夜放牧のメリットと採食量
 欧米で古くから行われていた昼夜放牧は、日本においては近年広く行われるようになりました。昼夜放牧を行うことにより運動の促進、十分な青草の摂取、馬同士の社会性の構築といった利点が望めます。確かに、昼間のみの短時間放牧(換言すると馬房内で長時間を過ごす)という管理方法は、本来馬にとっては不自然な環境であり、生理的な欲求(常に草を採食、群での生活)を阻害する上に、将来アスリートになる幼少期に1日の半分もの時間を馬房に閉じ込めていていいものなのか?といった疑問の声も聞こえます。また、近年では冬季にも昼夜放牧を行う牧場があることからも、強い馬づくりのためにいかに「昼夜放牧」が期待されているか伺えます。
 過去のJRAの研究では、植生が良好な放牧地で昼夜放牧された1歳馬は昼放牧群の約2倍である9~10kg(乾物:水分0%としたときの換算値)の放牧草を採食しました。青草の水分含量を80%とすると、青草を45~50kgも摂取している計算になります。軽種馬飼養標準では放牧地の草量に応じて、草量が十分な場合9~10kg(昼間放牧時5kg)、やや不足している放牧地7~8kg(同3~4kg)、不足した放牧地3~4kg(同1~2kg)と3区分で採食量を示しています。

昼夜放牧の注意点(採食のコントロール~過肥の防止)
 昼夜放牧には多くのメリットがある一方で、飼養管理上気をつけなければならない点もあります。草量が多い草地では肥満になりやすく、成長期の子馬にも妊娠を控えた繁殖牝馬にも好ましくありません。栄養状態の把握は毎日接しているからと言って漫然と行っていると気づかないものです。そのため、体重やボディコンディションスコアを定期的に記録して客観的に評価することが重要です。過肥傾向にある牧場では、頻回の掃除刈り(15cm程度維持)、放牧地のマメ科率の低減、放牧時間の調整、運動負荷などの対策を講じる必要があります。

放牧草からのミネラル摂取量
 放牧地は運動場であると同時に栄養供給の場でもあります。とくにミネラルについては興味があっても、あまりにも種類が多く挫折した方も多いのではないでしょうか。しかしながら、ミネラルはウマの飼養管理においては子馬や胎子の健やかな成長、DODの発症率に関係することが知られており、子馬の適切な発育・発達にとって非常に重要な栄養素です。
 表1は日高地区の牧草成分の平均値です。草量が十分な放牧地であれば牧草だけで要求量以上のエネルギーを摂取可能ですが、残念ながら一部のミネラルにおいては発育期の子馬の要求量を満たせません。本稿では特に重要であるカルシウム(Ca)とリン(P)、銅(Cu)と亜鉛(Zn)に注目してお話しいたします。
 CaとPは筋骨格の発達に必要不可欠なミネラルです。両者は体内に吸収する過程で拮抗関係があり、効率よく吸収するために飼料中のCa/P比が1.5~2であることが推奨されています。エンバクやフスマといった穀類はPの割合が高いことから、馬の飼い葉には伝統的に「炭カル」「ビタカル」と言われるようなカルシウム添加剤が加えられていました。一方、放牧草中心の飼養環境下では放牧草中のCa/P比に留意する必要があります。2008年の日高地区の調査によると、放牧草の平均Ca/P比は1.07と低く(イネ科牧草の目標値は1.3程度)、このような草地で放牧されている馬には補正を行う必要があります。その対策として、カルシウム剤を給与することの他に、牧草にCa比率の高いマメ科牧草を混播すること、雑草を除去すること(雑草にはカルシウム吸収を阻害するシュウ酸含量が高い)、Caが豊富なルーサン(アルファルファ)乾草を給与することなどが挙げられます。
 CuとZnは生体におけるさまざまな代謝反応に関与しており、その重要性については近年再認識されています。ケンタッキー馬研究所Kentucky Equine Researchの推奨する1日要求量は離乳子馬(6ヶ月齢、246kg)でCu 168mg、Zn 504mgと、NRC(2007)要求量の54.9mg、219.7mgと比較しても非常に高値です。適切な摂取比率はZn:Cu=3:1~4:1が推奨されています。とくにCuは放牧草中の含量が低く、放牧環境下では十分量を摂取しにくいことから、微量元素の補給にはまず銅の給餌量を確認し亜鉛とのバランスを補正するように心がけましょう。

1_2 図1. 日高地区の放牧草の成分値(乾物あたり、2008年平均値)

土壌の酸度矯正
 牧草中のミネラル含量については地域や土壌、草種によって異なりますが、管理方法によっても大きく影響を受けます。その草地管理で何より優先すべきは土壌酸度(pH)です。土壌pHを6.0~6.5程度にすることで、根からの土壌中ミネラル分の活発な吸収が促されます。また、土壌pHの低下は近年問題になっているマメ科率の上昇にもつながります。日高の草地土壌は5未満から7程度まで広く分布していますが、多くは6.0以下であるため、主に石灰資材を用いてpHを上げる管理が重要になります(図2)。

2_2 図2. 土壌pHと改善のための石灰投入量

水溶性炭水化物
 近年、世界的に注目されている問題の一つにフラクタンに代表される水溶性炭水化物(WSC)が挙げられます。WSCは馬では消化酵素の分泌が十分ではないため、多量に摂取すると大腸に未消化のままオーバーフローし、濃厚飼料と同じように大腸内で腸内細菌の異常発酵を招き、その結果pHバランスを崩すことで、蹄葉炎に代表されるさまざまな代謝疾患のリスクを高めます。WSCは乾草よりも青草で高く、青草では草丈の高い部分で高く、タンポポやオオバコ、アザミといった雑草(図3)には高く含まれます。日光の照射により合成されるため、日中に上昇、夜間に低下し、ストレス環境下(乾燥、低温、窒素不足など)ではさらに合成が促進されます。また、春と秋に高いという季節変化があることが知られています。
 このような点から、草量が豊かな草地で放牧されている過肥傾向の馬では牧草が急激に発育する春や秋には掃除刈りにより草高を抑える、日中の放牧を控えるといった工夫が必要となります。

3_2 図3. 放牧地の主な雑草

まとめ
 「強い馬づくり」のため昼夜放牧の有用性が広く認識されていますが、決して放牧だけしていれば良いというものではありません。そこで摂取エネルギーだけではなく放牧草から摂取する栄養素まで幅広く意識し、きめ細かい管理をすることで、心身の健全な発育ひいては順調な育成期を迎えるための土台作りができるものと考えます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬 晴崇)

2019年6月 5日 (水)

サラブレッドのための草地管理

No.81 (2013年7月1日号)

 1年で最も忙しい出産および交配のシーズンを終え、休む間もなく1番牧草の収穫の季節を迎えています。草食動物である馬を管理するうえで、冬期に不可欠な牧草の収穫のみならず、春から秋にかけて利用する放牧草の重要性は誰もが認識するところです。特に、当歳から1歳にかけての適切な発育と基礎体力養成のための放牧は、「強い馬づくり」には不可欠です。しかし、その基礎となる放牧地の適切な管理の実践は、労力と経費がかかる割には効果の確認が困難であるため、おろそかになりがちです。今回は適切な草地管理に関する話題に触れてみたいと思います。

良質な放牧地は良質な競走馬を生産する」

 競走馬にとっての「良質な放牧地」とは、その特殊性から、馬以外の家畜での放牧地とは異なっています。その理由は、馬を除くほとんどの家畜の場合には、最も効率良く増体させることが飼育の目的となりますが、競走馬の場合には、「アスリート」を育てることが飼育の目的であるからです(写真①)。そのため、競走馬用放牧地には以下の要件を満たす必要があります。

1 写真①:競走馬の放牧の目的は「アスリート」を育てること

栄養のバランスが良いこと

 放牧されている馬は、放牧草から摂取する栄養が大きな割合を占めるために、牧草の栄養価を可能な限り良好に保つための管理が重要となります。放牧草の栄養価は、イネ科の種類(チモシー、ペレニアルライグラス、ケンタッキーブルーグラスなど)、イネ科とマメ科の割合(マメ科率)、土壌の養分バランス(pH、リン酸、カリ、苦土など)、利用する季節、あるいは採食可能な草の高さ(草高)に影響を受けます。

嗜好性が高いこと

 馬は草食動物のなかでも、草の選り好みが激しく、特定の草を選んで食べる傾向が強い動物です。生産性の高い草は数多くありますが、嗜好性の優れたものを選択する必要があります。

生産量が確保できていること

 放牧頭数に対して、良質な牧草を十分な量供給できる生産量が放牧地には必要です。放牧頭数が過剰である場合には、草の生産性が低下し、ボディコンディションスコア(BCS)の低下、あるいは繁殖成績の低下を誘発する恐れがあります。

安全性が高いこと

 競走馬は個体の経済的価値が高いために、放牧地における不慮の事故や有毒雑草の摂取による被害を避けなければなりません。良質な放牧地は、安全な運動場所でなければならず、不慮の事故を防ぐための細心の注意が必要です。

 

草種構成が変化するのは自然の流れ?

 前述の要件を満たすように心掛けても、「草地が荒れる」、「植生が悪くなる」ことは珍しいことではありません(写真②)。草種構成が変化することは自然の流れであります。つまり、植物の側から見ると、その放牧地の環境に適応する草種が優占していくのが当然の姿であると考えるのが妥当です。しかし、軽種馬生産を考えた場合には、草種構成は変化しないことが望ましく、草地管理の目的は草種構成を安定させることにあるともいえます。

2写真②:不食過繁地の形成が草種構成の変化ともなる

 この草種構成を安定させるためには、放牧草の利用、つまり「馬の採食」および「掃除刈り」と放牧草の再生とをバランスよく繰り返すことが最も重要です。つまり、放牧と休牧を年に数回から十数回繰り返えす「輪換放牧」が推奨されます。休牧期間は生育の旺盛な春から夏にかけては2週間程度、生育が緩慢になる晩夏~秋は3~4週間程度が望ましいとされています。しかし、軽種馬の放牧では、休牧期間がない連続した放牧が一般的に行われているため、再生期間が確保されていない分を、日々の再生量(生産量)と採食量のバランスを適切に保つことにより「輪換放牧」と同様の効果が得られるよう、草の量をなるべく一定に保つように心掛ける必要があります。この再生量と採食量のバランスの維持が困難になると、牧草の密度が低くなり、雑草などの侵入が進みます。このためにも放牧地1haあたり2頭を超える過放牧は避けなければなりません。

安定的に生育することが重要

 軽種馬の放牧地では、チモシーを主体にしている例が大半ですが、近年、ペレニアルライグラス、メドウフェスク、ケンタッキーブルーグラスなどを混播する例がみられるようになりました。これらは、季節による生産量の変動が小さく、再生力も強く放牧に向いている草種とされています。このように多草種を混播にしているのは、各々の草種の特性を活かすことで、ひとつの草種の単播より、草種構成・生産量の安定化を図りやすくするためです(写真③)。

3 写真③: ケンタッキーブルーグラス、ペレニアルライグラス、チモシーの混播により、植生・生産量の安定化が促される

 「馬の飼料として望ましい草種は何か」がよく問われますが、最も重要なことは、その地域で「安定的に生育できるか」ということです。安定的な生育は、草種構成を維持することにもつながり、安定的に生産できることになります。春に旺盛に生育する草種(オーチャードグラス、チモシー)、秋にも生育が旺盛な草種(ペレニアルライグラス、メドウフェスク)、寒さに強い草種(チモシー)、密度が高く維持できる草種(ケンタッキーブルーグラス)等様々な特徴ある草種を組み合わせておくことで、草種構成の安定を図ることができます。

軽種馬用草地土壌調査事業

 「軽種馬用草地土壌調査事業」という言葉を耳にしたことがあると思いますが、これは昨年まで軽種馬育成調教センター(BTC)で実施していた事業のひとつです。この事業では、軽種馬の飼養管理の改善と良質牧草生産の促進のために、草地の牧草や土壌の成分を分析し、土壌診断に基づいた施肥設計や飼養管理に関する情報を提供しています。その他にも、草地管理に関する研修会や、前述した内容を含む「草地管理に関するガイドブック」(写真④)の発刊を行うなど「強い馬づくり」に貢献しています。なお、この事業は本年から日本軽種馬協会(JBBA)に事業主体が変更されました。軽種馬用の牧草および牧草地の土壌分析の詳細につきましては、日本軽種馬協会生産対策部【電話03(5473)7091】までお問い合わせ下さい。

4 写真④:「軽種馬用草地土壌調査事業」により発刊された草地管理に関するガイドブック

(日高育成牧場 専門役 頃末憲治)

2019年2月 1日 (金)

草地土壌と牧草分析のすすめ

No.38 (2011年8月15日号)

 1番牧草の収穫も終わり、2番牧草や草地更新の準備、暑さや放牧圧により疲弊した放牧地の維持管理などが気になる季節になりました。前回の記事では、アメリカの草地コンサルタントであるロジャー・アルマン先生の講演内容を紹介しましたが、今回はBTCで行なっている牧草と草地土壌の分析事業における成績をもとに、適切な草地管理を施すために必要な土と草の成分に関する話題を紹介いたします。

土壌の性質を知る
 日高山脈の西側に位置する日高地区には、海洋下で堆積した土壌が隆起した洪積土、河川により浸食・堆積した沖積土、過去に堆積した火山灰に由来する火山性土、湿地帯由来の泥炭土など多種多様な土壌が分布しています。なかでも、火山性土は日高管内草地面積の70%、黒ボク土は同じく58%を占めています。しかし、同じ火山性土に属する土壌であっても、日高中~東部地区に多く分布する黒ボク土と日高西部~胆振地区に多く分布する粗粒火山性土ではその性質も異なります(表1)。馬に適した牧草を生産するための施肥管理を行う前に、まず草地の土台となっている土壌の性質を知る必要があります。

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優先すべき土壌改良のポイント
 前回の記事でも紹介したとおり、馬に適した草地は「バランスのとれた栄養の供給地」であって、単に「効率的な体重増加を可能にする」ところであってはなりません。このことを突きつめると、ミネラルバランスがとれた嗜好性の良い牧草を供給する草地こそ馬に適した草地といえます。こうした牧草生産を目的とした草地土壌の改良において、根による土壌中ミネラルの活発な吸収を実現するために、土壌酸度(pH)を6.5前後(先週紹介したアルマン先生は6.2~6.8を奨めている)とすることがまず重要です。酸性土壌を適正なpHに矯正するためには石灰資材を施用しますが、土壌の種類や成分によって施用量が異なることがあるので、定期的な土壌成分検査とそれに基づいた施肥診断が奨められます。これによって、土壌改良の効果も確認することができます。
 日高の草地土壌pHは、図1に示すとおり、5未満から7程度まで広く分布しています。ミネラルバランスが良好な牧草生産のために、まずは土壌pHを適正に維持することが重要です。

2_3 図1 放牧地土壌pHの度数分布(1996年~2010年に分析された4318点の土壌サンプル分析成績より:縦軸はサンプル度数)

放牧草のミネラルバランス
 運動量とともに、放牧草採食量が増加する昼夜放牧の実施率が近年増加しているようです。放牧草のミネラルバランスがアンバランスなものであればあるほど、昼夜放牧によって摂取するミネラルが不適切なものとなってしまいます。ミネラルバランスの重要な指標のひとつに、カルシウム・リン比(牧草中にカルシウムがリンの何倍含まれているかを示す値:イネ科牧草の目標値は1.3程度だが、馬の飼料全体ではカルシウムはリンの1.5~2倍程度必要)があります。この値は、草種や草地管理方法にも影響を受けますが、季節によっても大きく変動することが示されています。1998年から2009年に分析された1200点以上の放牧草のカルシウム・リン比を採材月ごとに平均して比較すると、5月から6月にかけて大きく上昇しますが、最大値でようやく1.5に達している程度です(図2)。こうした変動の様子は、個々の放牧地で異なるので、それぞれの放牧地の特性を把握し、厩舎内でカルシウムの補給に心がけるなど飼養管理に反映させる必要があります。

3_3 図2 放牧草のカルシウム・リン比(Ca/P)の季節変動

ケンタッキーブルーグラス主体の放牧地
 ケンタッキーブルーグラスは地下茎で増殖し地表にマット層を形成するため、蹄傷にもよく耐え馬の肢蹄にも優しい放牧地向きの草種です。一方、初期生育が緩慢で、根が定着し放牧利用できるまで掃除刈りの回数を多く必要とするなど造成には手間のかかる草種でもあります。また、施肥管理においては、日高地区で一般的なチモシーに比べ施肥量を多く必要とします。とくに窒素は植生を決定する重要な成分で、チモシー主体の放牧地で推奨される肥料中の窒素:リン酸:カリの標準年間施用量(kg/10a)が6:5:5であるのに対し、ケンタッキーブルーグラスでは10:8:8となります。これらを、年間3~4回に分けて、春は少な目に、暑さや放牧圧で疲弊する夏以降には重点的に施すことがよいとされています。より適切な施肥とするためには、土壌分析に基づいた施肥設計が望まれます。

輸入牧草の栄養価
 放牧地面積を拡大するために採草地を放牧地として利用する場合や採草地を持たない育成場では輸入牧草等に頼らざるを得ないケースも見受けられます。しかし、色合いや嗜好性が良いからといって、ミネラルバランスも良好であるとは限りません。輸入牧草の栄養価について調査した成績(表2)によると、チモシー乾草では、日高地区生産のものに比べタンパク質で低く、カルシウムなどのミネラル含有率は同程度であり、必ずしも輸入チモシー乾草のミネラルバランスなどの栄養価は高くないといえます。一方、輸入アルファルファ乾草は、タンパク質やカルシウムが高いマメ科牧草の特質をよく示し、銅や亜鉛もチモシー乾草より明らかに高いことが確認されています。したがって、牧草を含めた飼料中のミネラルバランスの改善には輸入アルファルファ乾草の利用は有効であると考えられます。なお、輸入牧草には様々な等級が設定されていますが、これらと栄養価との関連は明確ではありませんでした。

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 皆さんも、良い土、良い草から丈夫で強い馬をつくるために、土壌と牧草の成分分析を活用されてはいかがでしょう。BTCで実施している分析事業については、BTC日高事業所あるいは農業改良普及センターにお問い合わせください。

(日高育成牧場 専門役  頃末憲治)
(現馬事部 生産育成対策室 主査  土屋 武)