栄養 Feed

2019年1月30日 (水)

良い馬は良い放牧地から

No.37 (2011年8月1日号)

 当歳から1歳にかけての適切な発育と基礎体力の養成、あるいは繁殖牝馬の年間をとおしての機能維持において、放牧の重要性は誰もが認識するところです。しかし、その基礎となる放牧地の管理方法については、残念ながら十分理解され実践されているとは言い難い状況にあるといえます。その背景には、労力と経費がかかる割には効果の確認が困難であることのほかに、草地土壌種が複雑であり、それらに基づいた馬をベースとした管理体系がわが国に存在しない、放牧地よりも採草地の管理に重点が置かれていた、ことなどが考えられます。
 こうしたなか、少し前になりますが、一昨年の11月にJBBAとJRAの共催によって実現したロジャー・アルマン先生の講演「良い馬は良い放牧地から」を振り返り、放牧地の管理を確認したいと思います。

ロジャー・アルマン先生
 ロジャー・アルマン先生は、全米26の州に加え、ドイツ、フランス、アイルランド、イギリス、日本に所在する合計400以上の牧場と草地コンサルタント契約を結ぶバイタリティあふれる先生です(写真)。JBBAが2006、07年に実施したカウンターパート養成研修においてもケンタッキーでお世話になりました。馬の放牧地にとって重要な条件は、「栄養のバランス」「嗜好性」「生産性」「安全性」であり、他の動物で重視される「効率的な体重増加」とは異なると力説されています。今回の講演では、講演の3か月前に来日した折に日高管内4牧場の簡易調査を実施し、講演時にはそれらの土壌分析結果を含む調査成績をもとに問題点や改善方法について紹介していただきました。

1_2 写真 調査時のアルマン先生

放牧地のpH改善
 アルマン先生の調査方法は、放牧地をくまなく歩きながら各所で土壌をサンプリングし、作成した放牧地マップに記録し手早く特徴を把握していきます(図1)。その後、土壌の成分分析を自分のラボで終えたのち、現状と改善方法について報告書が届けられます。アルマン先生がもっとも指導に力を注ぐのは土壌pH改善のための石灰施用です。今回調査した4牧場、4放牧地から採取した32点の土壌のpHは4.7から6.2まで分布しそれぞれに対するpH矯正に必要な石灰施用量が提示されました(図2)。

2_2 図1 左は推奨される石灰施用量(中央斜線部分がもっとも多い地区)、右図は土壌中のリン酸含量(緑部分がもっとも高く、赤部分がもっとも低い地区)を示す

3_2 図2 各牧場(A~D)の放牧地土壌pHと改善に必要な石灰施用量

以下に、アルマン先生による「石灰の有用性」を引用します。
「石灰を散布すると、土に含まれるカルシウムとマグネシウムを増やすことができます。カルシウムは草に吸収され、馬が摂取する栄養素となる。適正な量のカルシウムを摂取することは、馬に必要な丈夫な骨の発育のために重要である。また、石灰は土のpHを上昇させ、土の酸性度を下げる効果がある。馬用の放牧地については6.2から6.8の間のpHが望ましいと考えている。その範囲内のpHであれば、十分な量のカルシウムとマグネシウムが草に、そして結局は馬に供給される。土の酸性度が下がることで、微生物が有機物を消費してミネラルを分解し、窒素を固定する活動が活発になる。石灰は過剰に存在しているアルミニウムや鉄と結合し、その結果、草に供給されるリンの量が増えることになる。さらに、石灰の化学的および力学的作用、またその作用による有機物の大幅な増加は、土の物理的性質をゆっくりと着実に改善する効果がある。しかし、石灰を過剰に散布しないことも非常に重要である。土壌検査を行い、石灰が必要という結果が出ている場所においてのみ、石灰を散布するべきである。土のpHが高くなりすぎると、銅や亜鉛といった微量ミネラルが草に供給されなくなり、馬もその恩恵を受けることができなくなる。石灰は容易に土から消えないので、一度pHを上げすぎてしまうと、適正なpHに戻るまで何年もかかってしまうかもしれない。」

放牧地管理の要点
 アルマン先生による放牧地管理の要点は以下のとおりです。

1)掃除刈り:定期的に放牧地の草を刈り、適正な高さに保つことは非常に重要で、6~8インチ(約15~20cm)くらいの高さが好ましいと考えている。頻繁に刈っている草は、高く伸びることや、種を作ることよりも、密に生えて横に広がることに多くのエネルギーを使うようになるので、結果的に馬が食べられる牧草の量を増やすことにもつながる。また、短い草は柔らかく、繊維質も少なく、馬も短い草の方を好んで食べる。ただし、短く刈り過ぎると、気温が高い時には土がすぐに乾燥し、また草の成長が止まる冬には牧草の量が限られてしまう。掃除刈りは、最も効果的に雑草を抑制する方法でもある。定期的に掃除刈りを行って、成長する前に雑草の種子形成を防げば、翌年新しい雑草が生えてくるのを抑制することができる。

2)石灰散布と施肥:適正な量の石灰と肥料を散布することは草の健全な成長を促進する。また、土の養分の補正に必要な正しい量を使用することによって、馬はよりバランスのとれた栄養を牧草から摂取することができるようになる。

3)播種:使用頻度が高く、嗜好性の高い草が少ない放牧地には、適切な播種が特に重要である。実際、使用頻度の高い放牧地では、ブルーグラスやライグラスなど馬が好む草は、なくなるまで食べ尽くされてしまうかもしれない。また、馬が集まりやすく、馬が歩くことによるダメージで草が失われがちな放牧地の出入り口付近やコーナー部分に播種を行うことも重要である。そのような場所は、草が生えていないと土の浸食が一層進んでしまう。

4)放牧地の回転(ローテーション):草が良く伸びている時期に、2週間ほどの短い期間でも放牧地を休ませると、草を密に保ち、雑草を防ぐうえで大変効果がある。放牧地をローテーションで使うことができない場合は、特に草が良く食べられている場所に堆肥を薄く撒くことで、より均一に草が食べられるようにすることができる。馬は短い草を好むので、他の場所に誘導されない限り、既に短く食べている場所の草をさらに食べてしまう。

5)堆肥の散布:堆肥を放牧地に撒くことは、土に含まれる有機物の量を増やすうえで非常に効果的である。有機物は乾燥している条件でも土の水分を保持する効果がある。放牧地で寄生虫が増えるのを嫌がって、堆肥を撒きたくないと考えるホースマンは昔から多いが、適正に駆虫を行っている牧場であれば、そのような心配はないはずである。

6)チェーンハロー:放牧地にチェーンハローをかけると、枯れた草や糞の塊をほぐして散らすことができる。チェーンハローをかける望ましい頻度は、放牧地における馬の密度と糞の量によって異なる。それほど利用頻度が高くない放牧地であれば、年に1度か2度のハローがけで十分なはずである。種を播く前と後にチェーンハローをかけると、種と土の間の接触が良くなる。しかし、乾燥した条件でチェーンハローをかけると、土が乾きやすくなってしまうこともある。雑草のコネズミガヤ(Nimblewill)が多く生えている放牧地は、9月と10月頃にチェーンハローをかけると種が広がってしまうので、その時期のハローがけは避けるべきである。

7)エアレーター:スパイクが付いたタイプのエアレーターは、草の根の成長を促進し、土の圧縮を防ぐ効果がある。石灰や肥料を撒く前にエアレーターをかけると、特に斜面における成分の流出を防ぎ、根に直接成分が届くようにする効果がある。

 以上が放牧地管理の基本的なポイントとなるが、どの放牧地もそれぞれ性質が異なり、必要な処置が異なることを認識しておくことが重要である。植生の種類、単位面積当たりの馬の頭数、土の質といったさまざまな要素によって、必要な管理の度合いが大きく変わってくる。参考までにアルマン先生が奨める放牧地管理の年間スケジュールを図3に示しました。

4_2 図3 各種放牧地管理の年間スケジュール

 近年、昼夜放牧の普及にともない放牧地の重要性はさらに増しています。地元の農業改良普及センターとも相談しながら、「良い馬は良い放牧地から」を実践しましょう。

(日高育成牧場 専門役  頃末憲治)
(前場長  朝井 洋)

2019年1月 7日 (月)

育成馬用オリジナル飼料の導入

No.27 (2011年3月1日号)

 近年、養分要求量を充足させた飼料給与の重要性が認識されるようになり、軽種馬の生産・育成の各牧場、東西トレーニング・センターにおいては各厩舎が独自に配合したプライベートブランド飼料を導入するケースがみられるようになってきました。日高育成牧場においても、こうした飼料の有効性を実際に検証するため、育成馬に対し後期育成用のオールインワン飼料として独自に開発した「JRAオリジナル10」を給与しています。


 自家製配合飼料の利点として、
① 飼料給与計画に基づいた適正な栄養管理を実施しやすく、また全体の栄養バランスを損なうことなく運動量の違いによる調整が可能である。
② 飼料配合のシンプル化により作業効率を高め、給餌者間での給与量や各飼料の給与配分のバラつきをなくすことができる。
③ シーズン毎の継続的な栄養管理の実施が可能となる
などがあげられます。

オリジナル飼料の試作
 JRA育成馬の濃厚飼料はこれまで、軽種馬飼養標準に基づき、エネルギーやタンパク質、ビタミンやミネラル等の栄養素に過不足が生じないように、エンバク、エースレーションN0.2、脱脂大豆等を飼付け時に配合し給与してきました。しかしながら、後期育成調教における運動強度が従来に比べ増加するとともに、よりきめ細やかな馬体コンディションを維持するための飼料給与管理が要求されるようになってきました。そこで、必要栄要素が過不足なくバランスよく配合されているJRAオリジナル飼料を作成することとしました。作成の際のポイントは、「運動強度が強くなった際に見られる食欲不振や濃厚飼料多給による諸問題に対応した、嗜好性がよく繊維質を十分含んだ飼料であること」でした。
試作品の嗜好性試験を重ね、出来上がったのが「JRAオリジナル08」でした。その特色は、原材料として既存の配合飼料では使われていないビートパルプを使用したことで繊維質を十分に含んでいること、ヒマワリの種子などを入れることで脂肪含量を上げ、米油等の添加が不要となることなど必要栄要素が過不足なくバランスよく配合されていることです。
 この「JRAオリジナル08」を08年と09年購買馬の2世代の育成馬全頭に給与しました。それまでの濃厚飼料内容と比較して、総量は概ね同量でしたが「JRAオリジナル08」およびエンバクの2種類とシンプルになり、配合ムラがなく馬の状態にあわせた給与が可能となりました。しかし、調教強度が上がってくる2~3月になると、特に牝馬において精神的あるいは肉体的ストレス増によると思われる食不振が高率でみられるようになりました。

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JRAオリジナル10

嗜好性の改善
 そこで、さらに嗜好性について検討し改良することとしました。「JRAオリジナル08」の残し方は3つのタイプがあり、JRAオリジナルそのものを残す、ペレットのみを残す、ペレットを粉々にして残す、といったものでした。その中で特に後者の2つのペレットを残すタイプが多く見られました。嗜好性が低下した原因は、ペレットに栄養素(特にミネラル)を詰め込みすぎたことによって、味付けが濃くなり、苦味がでてしまったのではないかと考えられました。そこで、ペレットに含まれる主な苦味成分であるマグネシウムと亜鉛の量を問題ない範囲で減少させ、さらに成分はそのままでペレット比率を増すことによって全体の味を薄くするといった改良を加えました。それが、現在の「JRAオリジナル10」です。10年購買馬全頭に対し昨夏の入厩時より給与していますが、現在のところ非常に嗜好性が良く、ほとんど残す馬は見当たりません。調教強度が上がってくる2月以降も注意深く見守っていきたいと思います。

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4_3 JRAオリジナル10の成分表


 JRA日高育成牧場として今後は、繁殖牝馬や前期、中期育成馬用のオールインワン飼料を作成し、生産・育成界に栄養バランスの優れたオールインワン飼料を提示することで、育成技術のレベルアップに寄与することができればと考えています。


(日高育成牧場 業務課 大村 昂也)

2018年12月26日 (水)

当歳馬の冬期の管理について

No.21 (2010年11月15日号)

 厳しい冬が目前にやってきました。冬は、放牧草の消失と放牧地での運動量低下による飼養管理方法の変更が余儀なくされます。特に、成長期にある当歳にとって、この変化は大きな意味を持ちます。今回は、当歳馬の冬期の飼養管理の課題とその対策について紹介します。


冬期には維持エネルギー要求量が増大
 馬は、気温の低下に対しては、ある程度の適応力を有しているといわれています。家畜化された馬が屋外で快適に過ごせる限界温度は、‐1から‐9℃まで幅広い範囲の報告があり、また、北海道の気候に似たカナダで実施された研究では、‐15℃までは馬服やシェルターがなくても、夜間も屋外で問題なく過ごすことができると報告されています。
 馬は、氷点下を下回るような冬期の寒冷に対しては、耐寒のための維持エネルギー要求量が増加します。この増加分を乾草の採食量を増加させることによって、補うことが推奨されています。これは、乾草などに多く含まれる繊維は、微生物によって盲腸と結腸で分解され、この分解時に熱が発生し体内を温める効果があるからです。気温が0℃から5℃ずつ低下するごとに、1kgの乾草の増給が必要であるとされています。
 帯広畜産大学で実施された研究では、気温の低下に対して、北海道和種や半血種では安静時の代謝量を増加させずに、皮下脂肪を蓄えることによって適応するのに対して、サラブレッド種は皮下脂肪が少なく、安静時の代謝量を増加させることによって適応すると報告されています。つまり、耐寒のための維持エネルギー要求量の増加を補うために、OCDなどの発症を誘発する恐れのある濃厚飼料を過剰給与するのではなく、良質な乾草などの粗飼料を給与することが非常に重要になると考えられます。

冬期の当歳馬の成長
 日高地方の当歳~1歳馬の12月~2月までの増体量は、その前後と比較して、停滞することが分かっています(図1)。日高育成牧場と宮崎育成牧場における1歳~2歳にかけての冬期の発育の比較において、日高では当歳馬と同様に発育の停滞が認められますが、温暖な宮崎では認められません。しかし、競走馬になってからの体重に差異は認められないことから、日高地方における厳冬期の一時的な発育の停滞は、長期的には問題となることはないと考えられます。すなわち、冬期における発育の停滞は、生理的なものであり、むしろ、この冬期の停滞を改善しようとする濃厚飼料の過剰なエネルギー給与は、OCDなどの発症を誘発する可能性があるので注意が必要といえます。また、冬期の発育の停滞以上に、青草が生え始める春期になってからの、成長のリバウンド(代償的成長)が大きくなりすぎないような注意も必要です。

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図1.生まれ月別の子馬の増体曲線


冬期の当歳馬への乾草の給与
 前述のとおり、冬期の当歳馬への給餌は、穀類主体の濃厚飼料よりも牧草のような繊維質が豊富な粗飼料の給餌が非常に重要です。当然、良質な乾草の給与は不可欠であり、さらにミネラルバランスを考慮すると、チモシーなどのイネ科の乾草に加え、マメ科のルーサンも給与することが推奨されます。一方、冬期には、低水分ラップサイレージの給餌も可能となります。冬期の昼夜放牧時に、ラップサイレージとロール乾草とを2つ並べて設置し、どちらを好んで食するかを試したところ、圧倒的にラップサイレージを好んで食べました(写真1)。また、ラップサイレージとロール乾草を交代で、どちらかを1ロールずつ設置したところ、ラップサイレージでは1ロールが5日間で食べ尽されたのに対して、ロール乾草は食べ尽されるのに7日間を要し、ラップサイレージを給餌することによって、採食量は約1.5倍に増加しました。しかしながら、ラップサイレージは、ヒートダメージ(発酵過程で空気と接触することにより好気発酵、品温上昇がすすみ、その結果、品質が低下する現象)や、下痢や呼吸器症状を引き起こす可能性もあるので、注意が必要です。

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写真1 同時期に設置したラップサイレージ(左)とロール乾草(右)。
圧倒的にラップサイレージが好まれる。

ビートパルプの給餌
 ビートパルプは、甜菜から砂糖を抽出したあとに残る副産物です。非常に消化の良い、高繊維質、低炭水化物飼料であり、さらに単位重量あたりで比較すると、エンバクと同程度の可消化エネルギーを含有するため「スーパー繊維飼料」と呼ばれています。また、馬の嗜好性は良く、カルシウムやマグネシウム含量は比較的高くタンパク含量も乾草と同程度であるが、リンやビタミン類は低くなっています。そのために、耐寒のための維持エネルギー量要求量の増加を補うための飼料として強く推奨されます。ただし、乾燥したままで摂取させると胃内で膨張するため、安全を考慮し半日前から水分を含ませておいて給与しなければなりません。


冬期の運動について
 日高地方では、冬期には、放牧地の地面が雪で覆われさらに凍結するために、十分な運動ができなくなります。そのために、この冬期間に、どのようにして運動をさせるか、という点が課題となっています。
 厳冬期に昼夜放牧を実施した時の放牧地での移動距離は、日中が2.5km、夜間が4.5km、合計7kmであり、夏~秋期と比較して半分程度に減少しました。しかし、自発的な運動を促すために、放牧地の隅にルーサン乾草を1日に2回置くことによって、移動距離は10 kmにまで増えることが観察されました(写真2)。
 一方、ウォーキングマシンの使用も、冬期に運動を課するには、非常に有効な方法であり、6km/hで1時間実施することによって、6kmもの常歩運動を課することができます。しかし、半日かけて移動する距離を1時間で強制的に運動させるべきなのか、また、成長過程にある当歳馬にとって、ウォーキングマシンでの強制運動は問題がないのか、などの課題も残っています。

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写真2 放牧地の隅にルーサン乾草を置くと、馬はルーサンを探して放牧地を歩き回ります。

最後に
 今後も、「強い馬づくり」に役立つように、これらの日高地方における冬期の管理の課題について、さらに調査・研究を行っていきたいと思っています。

(日高育成牧場 専門役 頃末 憲治)

2018年12月11日 (火)

離乳に向けて

No.15 (2010年8月15日号)

日本と欧米との離乳に対する考え方の違い
 この紙面をご覧の皆様方は、日高地方の晩夏から早秋の風物詩といえば“子馬の離乳”を想像されるものと思われます。離乳は悲しい離別の儀式と捉えられ、離乳直後の子馬が母馬を呼ぶ「いななき」を耳にすると、胸を締め付けられる思いになります。実際、離乳後には明らかにストレスを受けているように見えることも少なくなく、食欲が落ち、体重が減ることもあります。そのため無事に離乳が行われることを願い、「大安」の日を選んで行う牧場も少なくありません。
 一方、欧米では日本ほど離乳を特別なものとは考えていません。広大な敷地面積を有する欧米の牧場では、子馬と母馬を完全に隔離することが可能であり、24時間放牧などを実施しているために、母馬を想うストレスを最小限に止められることが、その一因となっているのかもしれません。また、それ以外にも文化の相違、すなわち人の親子を例にとっても、1歳の幼児でさえ母親と別々の寝室で寝ることが珍しくはない欧米と、5歳頃までは添い寝を続ける日本との意識の相違でもあるようにも思われます。


離乳の方法
 離乳の方法として、以前は母馬の飼育環境は変更せずに、子馬を離れた厩舎に移動させることが主流であったようですが、この方法では離乳直後に子馬の体重が大きく減少し、離乳後1週間程度は体重が回復しないということも少なくありませんでした。
 近年は、子馬のストレスを最小限にとどめることを目的として、子馬の飼育環境は変更せずに、母馬を移動させる牧場も増えてきています。すなわち、複数組(一般的には5~6組)の親子の群れから同時に全ての母馬を引き離すことはせずに、半数ずつの母馬を1~2週間間隔で2度に分けて引き離す「間引き方法」が普及してきました。この場合には、他の子馬に対しても寛容である気性の穏やかな母馬を残すことによって、先に母馬から離れた子馬が安心して群れの中で過ごすことができるようになります。また、離乳後は、昼夜放牧の実施や1つの馬房に仲の良い子馬を2頭で収容し、子馬が馬房で1頭になる時間を可能な限り少なくすることで、離乳によるストレスが軽減されます。
 母馬と別れることは、子馬にとって非常に不安であることは間違いありません。しかし、群れで行動する馬という動物の性質を考えた場合には、離乳後すぐに群れの中で安心して過ごさせることが最も重要なポイントになると考えられます。


離乳の時期
 離乳の時期については、「精神面」と「肉体面」の両方を考慮する必要があります。すなわち、「母馬から精神的に独立できる時期」および「母乳からの栄養供給に頼らずに成長することができる時期」を理解しなければなりません。
 複数組の親子それぞれにGPSを装着し、親子間および子馬同士間の距離を調査した結果、親子間の距離は週齢とともに徐々に広がり、反対に、子馬同士の距離は週齢とともに徐々に近づき、それぞれの距離はおよそ15~16週齢で一定になることが明らかとなっています。この調査結果から「精神的な離乳」は、16週齢以降と推測されました。一方、「肉体的な離乳」は離乳後の発育に必要な1~1.5kgの飼料を摂取できる4ヶ月齢以降と考えられています。このように「精神的な離乳」と「肉体的な離乳」の両方を考えた場合には、離乳の時期は早くても4ヶ月齢以降と考えるべきではないかと思われます。

まとめ
 離乳は「早からず、遅からず」が理想ですが、当歳セールへの上場時には、セリ前に離乳を終えておく場合もあり、また1歳セール後にならなければ馬房が空かないために、秋以降となってしまう場合もあり、各牧場の事情によって異なっているのが現状です。
 一般的な離乳の条件は、体重が220㎏以上、最低でも1kgの飼料の摂取が可能であることが目安となっており、これらを考えると離乳は5~6ヶ月齢が適期であると考えられます。さらに、7月中旬から8月中旬までの気温が高く、吸血昆虫が多い時期の離乳は、ストレスが多いために、避けた方が良いかもしれません。

(日高育成牧場 専門役 頃末 憲治)

離乳時期の目安
① 5~6ヶ月齢
② 体重220kg以上
③ 1~1.5㎏の飼料摂取


離乳による子馬へのストレス回避のために
① 子馬の飼育環境は変更せず、放牧群の母馬を約2週間間隔で2回に分けて間引く
② 馬房で1頭になる時間を可能な限り少なくする⇒ 昼夜放牧の実施や2頭を同一馬房に収容
③ 7月中旬から8月中旬までの気温が高く、吸血昆虫が多い時期の離乳は避ける

Fig1 残った母馬(右端)を取り囲む離乳直後の子馬達

2018年11月18日 (日)

子馬のクラブフット発症状況

No.9 (2010年5月15日号)

クラブフットとは?
 まず、クラブフットについておさらいをしておきましょう。子馬の球節や肩に何らかの持続的な痛みが発生すると、周辺の筋肉が緊張することにより深屈腱支持靭帯が収縮し、やがては深屈腱が拘縮すると考えられています(図1)。これにより、二次的な症状として独特の蹄形異常(クラブフット)となり、生後1.5~8ヵ月齢の子馬に発症します。クラブフットは、軽度から重度の症例まで4段階に分類され(図2)、軽度の状態で早期発見、適度な処置が施されない場合にはさらに進行し、市場価値を低め、運動能力を減退させます。

 数年前に実施した日高地区で生産された当歳馬1000頭以上の実態調査結果によると、クラブフット発症率は16%であり、そのうちの69%がグレード2以上のクラブフットを発症していました。この結果は、グレード1のような軽度の段階で見逃されていたケースが非常に多いことも示しています。また、18%の牧場で、牧場内発症率が30%を超えており、飼養環境や飼養管理方法にも発症率との関連性がうかがわれました。そこで、どのような子馬にクラブフットが発症しているのか、についてあらためて詳細な調査を行ないました。

Fig1

Fig2

生まれ月との関係
 2008、2009年に生まれた当歳馬を出生直後から離乳ころまで調査したところ、クラブフット発症率は、1・2月生まれに多く、次いで3月生まれ、4・5月生まれの順に発症率は低下していました(図3)。なお、ここでの調査で認められたクラブフットのほとんどはグレード1であり、症状を認めた段階で適切な装蹄療法が施されたため、重度なクラブフットに進行する症例はありませんでした。
さて、なぜ早生まれの子馬に発症率が高かったのでしょう?冬の凍結した硬い放牧地が子馬の前肢に異常な刺激を与えた、凍結した放牧地が運動を妨げ腱の正常な伸縮が阻害された、あるいは、冬に抑制された発育が春以降に急速になるなど体重や体高のアンバランス(骨の縦方向の発育と腱の発達のアンバランスも含む)な成長となる、などが要因として考えられます。

Fig3_2 図3)生れ月による軽度クラブフットの発症率(%)

発育の要因
 急速な発育は、クラブフットをはじめ、さまざまな運動器疾患の発症要因として指摘されています。かつて、日高地区の牧場で実施した骨端症の実態調査では、飼料中の銅や亜鉛の不足に加え、体重の重い子馬や急速な体重増加を示す子馬に発症しやすい、という結果が得られました。日高育成牧場で生産した子馬のうち、軽度のクラブフット(グレード1)を発症した子馬は、体高の増加速度が発症しなかった子馬に比べ、速かったという成績が得られています。例数が少ないので、今後の検討課題となりますが、何らかの原因で体高(長骨の伸び)が腱の発達速度を上回り、腱の緊張を強めるという仮説を裏付けるものと考えられます。したがってクラブフットの場合、必ずしも肉付きのいい子馬が発症しやすい、とは限らないようです。むしろ、繋ぎが起ち気味の子馬に対し体重負荷を大きめにかけることによって腱を適度に伸張させる効果があるかもしれません。

放牧地の硬さ
 先に述べたように、放牧地の硬さも重要な要因と考えられます。特殊な道具を使って、放牧地の表層部とその15cm下の部分の硬度を測定すると、クラブフット発症率が高かった牧場の放牧地では、表層より15cm下の部分の硬度が高い傾向があったという成績を得ました。硬い放牧地は、子馬の前肢に過度の刺激を与え、脚部の疼痛や骨端症から腱拘縮に発展させるのかもしれません。放牧地の硬度を矯正することは簡単なことではありませんが、エアレーターなどで土壌の通気性を改善したり、堆肥などの有機質を投入して表土と撹拌するなどにより効果が期待されます。また、放牧地の裸地をなくし放牧草の密度を高く維持することによって、放牧地のクッション性を高めることも重要と考えられます。

重度のクラブフット発症を避けるために
 述べてきたように、クラブフットは遺伝を含めさまざまな要因が複雑に関連しあって発症するため、軽度のクラブフットまで根絶することは、ほぼ不可能と思われます。また、軽度のものであれば運動機能を妨げるものではないと考えられます。しかし、軽視するあまり、適切な処置を施さずに放置することにより症状を進行させてしまうことは避けなければなりません。早期発見に努め、装蹄師や獣医師に相談した上で、適切な装削蹄療法や薬物療法、運動制限などによって症状を改善させることが何より重要です。

(日高育成牧場 生産育成研究室  室長: 蘆原 永敏
日本軽種馬協会 静内種馬場:田中 弘祐
日高育成牧場 場長:朝井 洋)

2018年11月17日 (土)

哺乳期子馬への栄養補給

No.8 (2010年5月1日号)

子馬はどのくらい母乳を飲んでいるか
 雪も消え、放牧地の緑も少しずつ濃さを増し、春先に生まれた子馬たちが元気に放牧地を駆け回る姿を目にするようになりました。子馬は、母馬から母乳を飲み、気持ちよさそうに放牧地に横たわったかと思うと、また起きて他の子馬と遊び、思い出したかのように母乳を飲みます。そこで、気になるのが、「果たして子馬に必要な栄養素は母乳だけで満たされているのだろうか?」という疑問です。子馬は、1週齢ころまでは1日あたり平均で19kgもの母乳を飲みますが、10週齢では13kg、17週齢では11kgと週齢を重ねるにしたがい、その摂取量はなだらかに減少していきます(図)。ちなみに、母乳を摂取する1日あたりの回数は、1週齢ころでは90回近くにもなりますが、10週齢、17週齢では約40回程度にまで低下します。
 この間、子馬は約100kg近くも体重が増加し、それにともなってあらゆる栄養素の要求量は増加しますが、母乳摂取量の低下に加え、母乳に含まれる栄養素の濃度は低下していくため、発育が進むにつれて養分要求量と摂取量との差は開いていくのです。

子馬には子馬用の飼料を給与する
 子馬は、発育するにつれて放牧草の摂取量も増えてきますが、乾物(水分を差し引いた固形物)で1kgに達するのは、生後2ヵ月を過ぎたころからです。したがって、哺乳期の子馬にとって放牧草は、栄養源にはなるが依存度はさほど大きくはない、といえます。これは、子馬の消化管がまだ多量の繊維質を消化できる能力を備えていないことによるものです。では、母乳だけでは不足する養分を子馬はどのように摂取しようとするのでしょうか?母馬の飼槽に頭を突っ込んでいる子馬をよく見かけますが、あの行動こそ、母乳とわずかしか食べられない牧草だけでは不足する養分を補おうとしている生命維持本能ともいえる姿なのです。そこで、「あとは母馬の飼料を子馬の分だけ増やせばよし、これで万事解決!」ではないのです。母馬が分娩後に必要とする栄養素は、エネルギーや産乳に必要なタンパク質、カルシウムなどで、子馬にもそれらの栄養素は必要なのですが、そのバランスは大きく異なります。子馬が母馬の飼料を好きなだけ食べると、アンバランスな栄養摂取になってしまうのです。とくに、丈夫な骨づくりに重要な役割りを果たすミネラルに不足が生じます。

どんな飼料をどのくらい与えるか
 子馬の正常な骨発育に重要なミネラルとして、骨を形成するカルシウムとリンに加え、軟骨形成やさまざまな重要な酵素の原料となる銅と亜鉛があります。銅や亜鉛などの微量元素は、生れ落ちたばかりの子馬の肝臓に蓄えられていますが、通常は生後2ヵ月もするとそれらは消費され尽くしてしまいます(新生子馬の肝臓にできるだけ多くのミネラルを蓄えるため、妊娠末期の母馬の飼料内容も重要となります)。したがって、子馬への栄養補給も生後2ヵ月を目処に開始する必要があります。この時期の子馬が食べられる量はあまり多くありません。1日あたり、2ヵ月齢で0-1kg、3ヵ月齢で0.5-1.5kg、4ヵ月齢で1-2kg、5ヵ月齢で1.5-2.5kg、離乳前後で2-3kg程度です。ミネラルやタンパク質の含有率が高い子馬専用の飼料(サプリメント型、バランサー型)をエンバクと併用するのであれば、これを少量から与え始め、離乳までに1日あたり500gから1kgとなるよう少しずつ増加させ、一方エンバクは、3-4ヵ月齢ころからエネルギー補給のために少量ずつ子馬専用飼料に追加していきます。サプリメント型に比べ、タンパク質やミネラル含有率が若干低い飼料(コンプリート型、オールインワン型)であれば、それのみを規定量給与し、エンバクの併給は必要ありません。

どのようにして与えるか
 原則は、「子馬には母馬の飼料を食べさせない」「母馬には子馬の飼料を食べさせない」すなわち、「子馬には子馬の飼料をきちんと食べさせる」ことです。これを達成することは意外に工夫が必要です。各牧場の厩舎構造が異なるので、定まった方法はありませんが、母馬の飼い槽を高く吊るす、子馬が落ち着いて食べられるように子馬が食べているときは母馬を繋いでおく、子馬だけが廊下や隣の空き馬房に出られるようにしてそこで食べさせる(クリープフィーディング)、などです。放牧地内にも、子馬だけが出入りできるスペースを作れば昼夜放牧の際にも利用できます。「強い馬づくり」のために、皆さんも工夫してみてはいかがですか。

(日高育成牧場 場長 朝井 洋)

Fig 図) 子馬の母乳摂取量(1日あたりkg)は発育が進むにしたがって低下する

2018年11月15日 (木)

繁殖牝馬の分娩前の栄養管理

No.2 (2010年2月1日号) 

はじめに
 新年を迎え、そろそろ生産牧場関係者にとって、気をもむ季節がやってきたのではないでしょうか?「欠点が無く、すばらしい」子馬が誕生することを誰もが夢見つつ、一方では不安を抱えながら、繋養馬の管理をされていることと思います。ちょうど繁殖牝馬の多くが妊娠後期(分娩予定日までの3ヶ月間)を迎えている頃でもありますので、今回は繁殖牝馬の妊娠後期の栄養管理上注意すべきことについて紹介したいと思います。

適正なボディコンディション維持
 ボディコンディションスコア(BCS)は馬のコンディション(脂肪のつき具合)を指数化したもので、9段階のスコアがあります。近年の報告からBCSと繁殖機能(あるいは成績)とは密接な関係があることが明らかとなっています。すなわち、良好なBCSにある繁殖牝馬は、性ホルモンのサイクルも良好で受胎率も良いが、BCSが低い繁殖牝馬では芳しくない繁殖成績しか得ることはできません。授乳前期(分娩後3ヶ月間)にBCSが5.0(普通)以下となってしまった場合、適正なBCSに上昇させるのは、なかなか困難です。分娩後は、分娩前と比べてBCSは0.5程度低下するので、妊娠後期の時期から繁殖牝馬のBCSは最低でも5.5以上、理想的には6.0(少し肉付きが良い)程度になるよう馬体をコントロールすることが望まれます。

エネルギー摂取
 胎子は妊娠後期3カ月で急激に成長します。このため、時を同じくして、繁殖牝馬の栄養要求量は増えることになります。このとき可消化エネルギー(DE)の要求量は25Mcal(体重640kgの繁殖牝馬の場合)となり、この時期の1歳馬のDE要求量より40~50%増加します。DE要求量の増大から、濃厚飼料給与割合が高くなりがちですが、消化器疾患(疝痛や胃潰瘍等)発症リスク軽減のためには、少なくとも粗飼料給与量は総飼料給与量の半分以上となることを心がける必要があります。また、近年の研究から、易消化性炭水化物を多く含む穀類(エンバク等)の多給による弊害(インスリン感受性の低下等)が指摘されているため、エネルギー源としてその他の飼料原料(植物油やビートパルプ)を併用したり、繊維質が高い配合飼料を効果的に使用したりすることが推奨されます。加えて、植物油や繊維質(粗飼料やビートパルプ等)主体の飼料を給与した場合、穀類主体と比較し、乳中のリノール酸が高まることが報告されています。リノール酸は子馬の胃潰瘍発症リスクの低減や受動免疫を高めると考えられています。

ミネラルの補給
 妊娠後期はエネルギー給与ばかりに意識を捉われるのではなく、胎子の正常な骨格形成を主眼とした繁殖牝馬の飼養管理を心がける必要があります。この時期は骨を形成するカルシウムばかりでなく、銅、亜鉛、マンガンなど軟骨・骨代謝に関わる微量元素の重要性が高まります。銅の摂取不足は高齢馬の分娩時子宮動脈破裂の一因になりうるとの報告もあります。また、セレンはビタミンEとともに、筋肉の正常性維持や免疫に関わる微量元素であり、子馬の白筋症予防のためにも補給は必要です。さらに、近年の研究からセレンの摂取不足は、初乳中免疫グロブリン量や胎盤機能の低下を引き起こすことが明らかとなりました。すなわち、妊娠後期の繁殖牝馬のセレン不足は、結果として、虚弱な体質の子馬の誕生につながるといえます。一般的な飼料原料(エンバク、粗飼料等)だけではミネラルは不足してしまいますので、ミネラルが強化された配合飼料あるいはサプリメントの給与が必要です。

日高育成牧場における実践例
 日高育成牧場では毎週の体重ならびにBCS測定をして、ボディコンディションのチェックを行ったうえ、個体に合わせた飼料給与表をもとに栄養管理を行っています(群管理ではなく個体管理)。良質な粗飼料給与を主体として、ミネラル・ビタミンが適正に調整されている配合飼料を用いながら、シンプルな飼料給与設計をしています。分娩前は胎子が大きくなるにつれて、腸管が圧迫され、飼料摂取量が低下することがあります。この場合、植物油をうまく使いながら、トータルのDE摂取量は維持しつつ、穀類給与量を減らすことで対応しています。また、適正なBCSの維持、運動不足解消のために、ウォーキングマシーンを使ってストレスとならない程度の保護運動(時速4km、20分間)を実施しています。

(文責 井上喜信)

Bcs6図1)繁殖牝馬の理想的なBCS(=6.0)

Fig2_4 図2)胎子は分娩前3か月で急速に成長する