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2019年6月 5日 (水)

サラブレッドのための草地管理

No.81 (2013年7月1日号)

 1年で最も忙しい出産および交配のシーズンを終え、休む間もなく1番牧草の収穫の季節を迎えています。草食動物である馬を管理するうえで、冬期に不可欠な牧草の収穫のみならず、春から秋にかけて利用する放牧草の重要性は誰もが認識するところです。特に、当歳から1歳にかけての適切な発育と基礎体力養成のための放牧は、「強い馬づくり」には不可欠です。しかし、その基礎となる放牧地の適切な管理の実践は、労力と経費がかかる割には効果の確認が困難であるため、おろそかになりがちです。今回は適切な草地管理に関する話題に触れてみたいと思います。

良質な放牧地は良質な競走馬を生産する」

 競走馬にとっての「良質な放牧地」とは、その特殊性から、馬以外の家畜での放牧地とは異なっています。その理由は、馬を除くほとんどの家畜の場合には、最も効率良く増体させることが飼育の目的となりますが、競走馬の場合には、「アスリート」を育てることが飼育の目的であるからです(写真①)。そのため、競走馬用放牧地には以下の要件を満たす必要があります。

1 写真①:競走馬の放牧の目的は「アスリート」を育てること

栄養のバランスが良いこと

 放牧されている馬は、放牧草から摂取する栄養が大きな割合を占めるために、牧草の栄養価を可能な限り良好に保つための管理が重要となります。放牧草の栄養価は、イネ科の種類(チモシー、ペレニアルライグラス、ケンタッキーブルーグラスなど)、イネ科とマメ科の割合(マメ科率)、土壌の養分バランス(pH、リン酸、カリ、苦土など)、利用する季節、あるいは採食可能な草の高さ(草高)に影響を受けます。

嗜好性が高いこと

 馬は草食動物のなかでも、草の選り好みが激しく、特定の草を選んで食べる傾向が強い動物です。生産性の高い草は数多くありますが、嗜好性の優れたものを選択する必要があります。

生産量が確保できていること

 放牧頭数に対して、良質な牧草を十分な量供給できる生産量が放牧地には必要です。放牧頭数が過剰である場合には、草の生産性が低下し、ボディコンディションスコア(BCS)の低下、あるいは繁殖成績の低下を誘発する恐れがあります。

安全性が高いこと

 競走馬は個体の経済的価値が高いために、放牧地における不慮の事故や有毒雑草の摂取による被害を避けなければなりません。良質な放牧地は、安全な運動場所でなければならず、不慮の事故を防ぐための細心の注意が必要です。

 

草種構成が変化するのは自然の流れ?

 前述の要件を満たすように心掛けても、「草地が荒れる」、「植生が悪くなる」ことは珍しいことではありません(写真②)。草種構成が変化することは自然の流れであります。つまり、植物の側から見ると、その放牧地の環境に適応する草種が優占していくのが当然の姿であると考えるのが妥当です。しかし、軽種馬生産を考えた場合には、草種構成は変化しないことが望ましく、草地管理の目的は草種構成を安定させることにあるともいえます。

2写真②:不食過繁地の形成が草種構成の変化ともなる

 この草種構成を安定させるためには、放牧草の利用、つまり「馬の採食」および「掃除刈り」と放牧草の再生とをバランスよく繰り返すことが最も重要です。つまり、放牧と休牧を年に数回から十数回繰り返えす「輪換放牧」が推奨されます。休牧期間は生育の旺盛な春から夏にかけては2週間程度、生育が緩慢になる晩夏~秋は3~4週間程度が望ましいとされています。しかし、軽種馬の放牧では、休牧期間がない連続した放牧が一般的に行われているため、再生期間が確保されていない分を、日々の再生量(生産量)と採食量のバランスを適切に保つことにより「輪換放牧」と同様の効果が得られるよう、草の量をなるべく一定に保つように心掛ける必要があります。この再生量と採食量のバランスの維持が困難になると、牧草の密度が低くなり、雑草などの侵入が進みます。このためにも放牧地1haあたり2頭を超える過放牧は避けなければなりません。

安定的に生育することが重要

 軽種馬の放牧地では、チモシーを主体にしている例が大半ですが、近年、ペレニアルライグラス、メドウフェスク、ケンタッキーブルーグラスなどを混播する例がみられるようになりました。これらは、季節による生産量の変動が小さく、再生力も強く放牧に向いている草種とされています。このように多草種を混播にしているのは、各々の草種の特性を活かすことで、ひとつの草種の単播より、草種構成・生産量の安定化を図りやすくするためです(写真③)。

3 写真③: ケンタッキーブルーグラス、ペレニアルライグラス、チモシーの混播により、植生・生産量の安定化が促される

 「馬の飼料として望ましい草種は何か」がよく問われますが、最も重要なことは、その地域で「安定的に生育できるか」ということです。安定的な生育は、草種構成を維持することにもつながり、安定的に生産できることになります。春に旺盛に生育する草種(オーチャードグラス、チモシー)、秋にも生育が旺盛な草種(ペレニアルライグラス、メドウフェスク)、寒さに強い草種(チモシー)、密度が高く維持できる草種(ケンタッキーブルーグラス)等様々な特徴ある草種を組み合わせておくことで、草種構成の安定を図ることができます。

軽種馬用草地土壌調査事業

 「軽種馬用草地土壌調査事業」という言葉を耳にしたことがあると思いますが、これは昨年まで軽種馬育成調教センター(BTC)で実施していた事業のひとつです。この事業では、軽種馬の飼養管理の改善と良質牧草生産の促進のために、草地の牧草や土壌の成分を分析し、土壌診断に基づいた施肥設計や飼養管理に関する情報を提供しています。その他にも、草地管理に関する研修会や、前述した内容を含む「草地管理に関するガイドブック」(写真④)の発刊を行うなど「強い馬づくり」に貢献しています。なお、この事業は本年から日本軽種馬協会(JBBA)に事業主体が変更されました。軽種馬用の牧草および牧草地の土壌分析の詳細につきましては、日本軽種馬協会生産対策部【電話03(5473)7091】までお問い合わせ下さい。

4 写真④:「軽種馬用草地土壌調査事業」により発刊された草地管理に関するガイドブック

(日高育成牧場 専門役 頃末憲治)

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