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2020年2月21日 (金)

妊娠馬の栄養管理

No.135(2015年11月1日号)

 妊娠馬の栄養管理において考慮すべきこととして、胎子の健全な成長はもちろんのこと、子馬を無事出産するための母体の健康維持、また、次年度も交配する場合には、受胎に適した馬体管理などがあげられます。このため、飼養者には総合的かつ長期的な視野に基づいたきめ細やかな馬体管理が求められます。

妊娠初期~中期
 妊娠期の栄養要求量を考慮する際に重要なことは、胎子の成長度合いの把握です。ただし、胎子がお腹の中にいたとしても、妊娠初期から、母馬の維持要求量を上回る飼料を与える必要はありません。図1を見ると分かるように、胎子は妊娠期間中に直線的に成長するのではありません。5ヶ月齢までの胎子は極めて小さく、7ヶ月齢であっても出生時体重の20%程度、母馬の体重の2%にも満たないほどです。すなわち、少なくとも妊娠5ヶ月齢までは、非妊娠馬に対するものと同量・同内容の飼料を与えるだけでエネルギーとタンパク質の必要量を満たすことができます(授乳中の場合にはエネルギーおよびタンパク質の要求量がいずれも大きく増加します)。米国のNRC(全米研究評議会)による飼養標準では、妊娠5ヶ月齢からのカロリーおよびタンパク質要求量の増加が示されていますが、7ヶ月齢であっても、維持量に1.2Mcalのエネルギーと100gのタンパク質が増加されるだけです(大豆粕300g程度の増加)。このため、放牧草の状態、体重やBCS(ボディコンディションスコア)を観察しながら、濃厚飼料給餌を検討する必要があります。良質な牧草が十分量生えている放牧地で管理されている場合、必要以上の濃厚飼料の給餌は、過肥や蹄疾患のリスクを高めることにも繋がります。一方、カルシウムやリンなどのミネラル、銅などの微量元素については、妊娠期間を通して必要となるため、放牧草の状態次第では要求量を考慮したうえで、サプリメントを与えて不足を補う必要があります。

1_4図1 胎子の成長曲線(Pagan 2005を引用、一部改編)
胎子は妊娠期を通して直線的に成長するのではなく(左)、妊娠後期に急激に成長する(右)。


妊娠後期
 胎子は妊娠期間の最後の3カ月間で著しく成長し、発育量は全体の60~65%に達するため、この時期はエネルギー摂取量を増加させる必要があります。妊娠後期のエネルギーおよびタンパク質の要求量(体重500~600kg)の増加率は、一般的には維持量の115%にあたる20~25Mcalおよび900~1,100gになります。しかし、分娩に備えるためのウォーキングマシンや引き馬などによる運動、出産後の授乳や交配、また、北海道の生産地においては厳しい寒さや放牧地を覆う降雪など、様々なことを考慮して給与量を決めなくてはなりません。もちろん、必要以上のエネルギー給与は過肥や蹄疾患を引き起こすため、十分な注意が必要です。このため、繁殖牝馬のBCSや馬体重、そして放牧草の状態について年間をとおして継続的に把握しながらその時期に必要な給与量を設定する必要があります(図2)。また、エネルギー要求量の増加から、濃厚飼料の給餌割合を増加させる傾向がみられますが、疝痛や胃潰瘍などの消化器疾患を予防するためには、少なくとも総飼料の半分以上の粗飼料を給餌する必要があります。このため、エネルギー源として植物油やビートパルプの併用、線維質が高い配合飼料の効果的な給餌が推奨されます。

2_4 図2 妊娠後期の給与量の決定には、様々な要素を考慮する必要がある。

 なお、生まれてくる子馬の正常な骨格形成のためには、繁殖牝馬に対する十分かつ適切なバランスのミネラルの供給が不可欠です。胎子は自身の肝臓に、銅、亜鉛、マンガン、鉄など軟骨あるいは骨代謝に関わる微量元素を蓄積し、正常な骨形成に利用しています(図3)。母乳にはこれらの微量元素が十分含まれておらず、牧草や飼料を十分に摂取・消化できない新生子馬は、体内に蓄積された微量元素を利用する他ありません。このため、これらを妊娠後期の母馬に投与することが重要となります。なお、一般的な飼料であるエンバクや乾草のみでは、ミネラルが不足するため、ミネラル含有量を増加させた配合飼料やサプリメントの供給が不可欠です。

3_4 図3 胎子へのミネラル補給
胎子は肝臓に微量元素を蓄積するため、妊娠後期の母馬へのこれらの投与が重要となる。

 以上をまとめると、妊娠馬の栄養管理においては、「妊娠ステージに合わせたエネルギーおよびタンパク質」「妊娠期間を通した適切なミネラル」の2点が要諦になります。本稿が皆様の愛馬の飼養管理に役立てば幸いです。

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

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