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2020年2月19日 (水)

育成馬の体力評価法

No.134(2015年10月15日号)

 サラブレッドが競走馬になるために最初に経験するトレーニングが“育成調教”です。多くの育成牧場では育成後期の若馬にその施設・環境に応じた調教を実施し、身体の状態を確認しながら調教メニューを決定していると思います。今回は、育成馬の調教メニューを決定するための一助となる体力検査法とその評価法をご紹介します。

調教時の心拍数を用いた評価法

 測定に使用する機器は腕時計型の心拍計で(写真1)、その装着には慣れやコツはありますが何度か行えば誰でもできるようになります(写真2)。また、本機器にはGPS機能が搭載されており、屋外で使用すれば心拍数と走行速度(ハロンタイム)を同時に測定することができます。

1_3 写真1 心拍数測定に用いる機器

①GPS付き心拍計と心拍センサー ②馬用電極 ③電極を装着した専用鞍下ゼッケン ④馬の胴体に巻いて使用するベルト型電極

2_3写真2 心拍計装着方法

①馬体の電極が当たる部位をお湯で濡らし、②専用鞍下ゼッケンを用いて装鞍、③最後に腹帯に電極を挟み込み固定する ④完成図(丸部分は電極の位置)

 その評価法には2種類あり、調教中または調教後の心拍数から解析します。まず、調教中の心拍数解析法ですが、馬の心拍数と走行速度には図1のような関係があり、この関係を利用して心拍数200拍/分の時の速度“V200”を算出します。V200は馬の有酸素運動能力を反映していると報告されており、一定期間のトレーニング前後で測定すれば馬の体力変化を知ることができます(図2)。

3_3 図1 運動中の走行速度と心拍数との関係

馬の心拍数と走行速度には図のような関係があり、これを利用して心拍数200拍/分の時の速度を計算した指標が“V200”

4_2図2 屋外トラック調教時のV200の変化

JRA育成馬で1歳12月から2歳4月まで屋外トラック調教時のV200を測定したデータ。調教が強くなるに従いV200が大きくなり、馬の体力がついていることがわかる

 次に、調教後の心拍数解析法ですが、調教終了後心拍数が100拍/分を切るまでの時間(THR100)を算出します(図3)。THR100はいわゆる“息の入り”を数値化したものだと考えることができ、THR100値により調教が心肺機能へ与える負荷を評価することができます(図4)。

5 図3 調教後の回復期心拍数を用いた評価法

調教終了(速度を落とし始めた時点)から心拍数が100拍/分を切るまでの時間を計算した指標が“THR100”

6図4 坂路調教時のTHR100の変化

JRA育成馬で2歳1~3月の坂路走行時にTHR100を測定したデータ。各時期とも、THR100が200秒以下の場合は心肺機能への負荷が比較的小さく、THR100が200秒以上の場合は心肺機能への負荷が大きいと評価する

調教後の血中乳酸濃度を用いた評価法

 乳酸値は採血が必要になりますが、評価が簡便で有効な指標です。方法は、坂路など一定距離の調教を行った後に採血し、乳酸測定器を用いて乳酸濃度を測定します(写真3)。

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写真3 調教後の血中乳酸濃度測定方法

①調教後採血を行い、②ポータブル乳酸測定器を用いて、③乳酸値を測定する

 その評価法には2種類あり、一つは乳酸値による評価法です。乳酸は無酸素エネルギーを利用する強運動時に産生されるため、乳酸値だけで馬の心肺機能や筋肉への負荷を評価することができます。その基準となるのが“4mmol/L”で、有酸素運動と無酸素運動の境界だと考えられています。したがって、この4mmol/Lを基準に、調教時の馬の運動負荷を評価することができます(図5)。

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図5 坂路調教後の血中乳酸濃度を用いた評価法

JRA育成馬で2歳3月に坂路調教後の血中乳酸濃度を測定したデータ。 “4mmol/L”を基準として、乳酸値が4よりも高い場合は無酸素運動、4よりも低い場合は有酸素運動と評価する

 もう一つの評価法が、乳酸値とハロンタイムとの関係を利用して標準曲線を引く方法です(図6)。標準曲線を基準として今回の測定値がどの位置にあるか判定することで、平均的な馬よりも体力があるか、トレーニングにより体力が変化したかを評価することができます。

9_2図6 標準曲線を利用した血中乳酸濃度の評価法

多くのデータが得られると標準曲線を引くことができ、その位置関係(曲線の下にあるか上にあるか)を見ることで馬の有酸素運動能力を評価することができる

どの体力評価法を利用すればいいの?

 今回紹介した評価法には、それぞれ長所・短所があります。屋外トラック馬場ではGPS機能を用いて走行速度を測定できるため、V200の利用が有効です。しかし、屋内馬場ではGPSを用いた測定が難しく、V200の算出は容易ではありません。THR100は坂路など一定距離の調教時に有効ですが、ウォームアップや上がり運動方法が変わると値がばらつきやすく評価に注意が必要です。血中乳酸濃度は評価が単純なため、採血可能であれば利用しやすい指標です。しかし、調教後時間が経過すると体内で乳酸が代謝され値が変化するため、時間が経ってから採血すると正しい評価はできません。このように各評価法ともメリット・デメリットがあるので、調教施設・調教内容、獣医の有無などの条件に合わせて評価法を選択する必要があります。

おわりに

 育成馬の体力評価は、一般の育成者にとっては少々ハードルが高いかもしれません。しかし、トライしてみることで育成馬管理の新たな情報が得られ、より良い馬づくりを実現する可能性が広がると思います。今回は簡単な紹介しかできませんでしたが、本年12月にグリーンチャンネルで放映されている『馬学講座 ホースアカデミー』で詳しい内容を紹介していますので、ご都合がつけばそちらもご覧ください。

 (日高育成牧場 生産育成研究室長 羽田哲朗)

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