繁殖牝馬の肥満と予防
No.101(2014年5月15日号)
繁殖牝馬の肥満
繁殖牝馬の適切な栄養管理は、受胎率の向上、長期間にわたる繁殖生活、そして何より健康な子馬を産み育てるためには欠かすことができません。草食動物の馬にとって、良質な草地での放牧管理を中心とした飼養管理が最適であることに異論はないと思いますが、その場合であっても、問題となるのが「繁殖牝馬の肥満」です。アスリートではない繁殖牝馬の身体を極端にフィットさせる必要はありませんが、一方で極度に脂肪が蓄積する肥満症になった場合、蹄葉炎や発情周期異常などのリスクが高まることが知られています。このようなリスクを有する肥満症は、内分泌異常が原因の1つと考えられており、「馬メタボリック・シンドローム」と呼ばれています。
馬メタボリック・シンドローム
馬メタボリック・シンドローム(Equine Metabolic Syndrome以下EMS)は「遺伝」と「飼養環境」の2つの要因が複合することにより発症すると考えられています。すなわち、特定の遺伝子を持った馬が、青草が豊富に生い茂った放牧地で飼われている、もしくは濃厚飼料を多給されているなど、栄養過多の管理が施された場合に発症しやすくなります。欧米では、このような素因を有した馬のことを「イージー・キーパー」(少量もしくは栄養価が低い牧草や飼料でも体重維持が容易な馬)と呼んでいます。野生環境の痩せた土地においても、生存してきた特定の馬の遺伝子が、今も一部の馬に残っているものと考えられています。EMSの発症年齢は5~15 歳であり、高齢馬にはあまり認められず、外見上は肥満体型、もしくは頸などにおける部分的な脂肪蓄積(図1)などを認める場合が多いようです。なお、過肥の馬のすべてがEMSというわけではありません。
EMSの危険性
ヒトのいわゆる「メタボリック・シンドローム」は、心臓病、脳卒中もしくは糖尿病のリスクを高めますが、EMSは蹄葉炎のリスクを高めることで知られています。EMSを発症した馬は、「インスリン抵抗性」と呼ばれる血糖を筋肉などに取り込むインスリンの働きが弱い、すなわちインスリンが効きにくい体質になっているといえます。このような状態に陥った場合、「蹄の角化細胞への糖の取り込み不足」や「蹄内部の血流阻害」が生じて、蹄葉炎が引き起こされると考えられています。
また、繁殖牝馬にとって問題となるのは、発情周期の異常です。ある研究によると、インスリン抵抗性を有した牝馬は、正常な牝馬と比較して、黄体期が長く、発情から次の発情までの周期が長いことが確認されており、正常な交配にも影響を及ぼすおそれがあります。
予防法と治療法
予防法は、飼養管理法の改善が中心になります。穀類や糖蜜などを含んだ濃厚飼料の不必要な多給を避けることはもちろん、ミネラルバランス、特に細胞内におけるインスリンの機能を低下させるマグネシウム欠乏に留意することなどが提唱されています。
放牧地管理としては、放牧草に含まれる「フラクタン」と呼ばれる糖の摂取をいかに減らすかが鍵になります。フラクタンは、インスリン抵抗性に関連性が深く、秋から冬、そして春先にかけて放牧草の中に多く蓄積するなどの季節性変化がある一方で、夏の午後や夜間冷え込んだ秋の早朝にも多く蓄積するなどの日内変動もあるようです。このため、放牧時間の設定が重要となりそうです。また、窒素欠乏にある草地で生育した牧草はフラクタン濃度が高いことがわかっています。したがって、窒素を含む適切な施肥は牧草中のフラクタン濃度の上昇を抑制する効果があると考えられています。
もちろん、可能であればウォーキングマシンやランジングを利用した運動負荷も適切な体重を維持するうえで効果的です。また、体重やボディコンディショニングスコアの計測などの定期的な馬体のモニタリングを行うことは、大きな手助けになると思います(図2)。
図2 定期的な体重とBCSの測定は肥満予防の第一歩
(日高育成牧場では繁殖牝馬の体重は週1回、BCSは月1回測定しています)
すでにEMSになってしまった場合の治療法として、蹄葉炎を発症している場合には、装蹄療法や消炎鎮痛剤の投与による疼痛管理、そして、砂パドックなどを利用した放牧制限や粗飼料による低カロリー給餌が中心となります。乾草を与える場合には、糖分(のうちの水溶性成分)を除去するために一定時間、水に浸漬することも良いかもしれません(図3)。
さいごに
放牧草の栄養状態の季節的な変化、さらには遺伝による個体差など種々の要因により、繁殖牝馬の馬体を年間を通して適切に推移させることは容易ではありませんが、今回お伝えしたことが少しでも多くの繁殖牝馬の健康にお役に立てば幸いです。
(日高育成牧場 専門役 冨成 雅尚)
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