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2021年7月29日 (木)

筋タンパク質の合成促進のための運動後のタンパク質摂取   ~ヒトの研究からの知見~

はじめに

 「若い頃に比べて筋肉痛になるのが遅れてくる」と感じておられる方は、いらっしゃいませんか。強い強度の運動負荷により筋線維は傷つきますが、運動後に傷ついた筋線維は修復されます。筋肉痛には、筋線維が傷ついたときに感じるものと、傷ついた筋線維が修復される際に生じるものがあるそうです。実は高齢になると筋肉痛が遅れてくるという感覚は、若い頃ほど筋線維に大きなダメージを与える運動負荷ができていないため、初段の筋線維が傷つく際の痛みはなく、筋線維修復の際の痛みのみを感じるので、「筋肉痛が遅れている」と感じているそうです。

 筋線維はタンパク質からつくられていますが、運動と休養を繰り返すことで、筋タンパク質は分解と合成を繰り返すことになります。筋タンパク質の分解が合成を少しずつ上回っていくことで筋肉が肥大することになり、これを「超回復」といいます。アスリートがウエイトトレーニングを練習に取り入れるのは、より強く大きい筋肉を「超回復」により獲得するためです。

運動後のタンパク質摂取は筋タンパク質の合成を促進

 成長ホルモンなどのホルモンが筋細胞に作用することで、筋タンパク質が合成されますが、運動直後は運動の物理刺激によって、ホルモンに対する筋細胞の感度が上昇し、筋タンパク質がより合成されやすい状態になります。筋細胞のホルモンに対する感度を感受性といいますが、この感受性は運動終了から120分後まで持続するとされ、この時間帯は「ゴールデンタイム」と呼ばれます。タンパク質(アミノ酸)は筋タンパク質の材料であるのと同時に、BCAAとして知られているバリン、ロイシン、イソロイシンは、筋タンパク質の合成を促進する作用があり、「ゴールデンタイム」にタンパク質やBCAAを摂取することにより、筋タンパク質の合成がより促進されることが知られています。

 馬事通信168号の「運動後の栄養摂取のタイミング」において、馬においても運動後の「ゴールデンタイム」にタンパク質を摂取することで、筋タンパク質の合成速度が高まることを解説しましたが、近年、この情報はかなり普及しており、競走馬や育成馬のみならず乗馬にも、運動後のタンパク質給与が実践されているようです。ヒトの分野では、筋タンパク質合成をより促進するタンパク質の種類について研究されており、今回はその情報について紹介します。

大豆タンパクと乳タンパクの比較

 ヒトの試験において、レジスタンス運動(筋肉に抵抗負荷を繰り返しかける運動)後に大豆由来のタンパク質(大豆タンパク)と乳由来のタンパク質(乳タンパク)を摂取したときの、筋タンパク質の合成速度が比較されました(図1)。大豆タンパクと乳タンパクは、どちらも必須アミノ酸(必要量が体内で合成できないため必ず食事から摂取する必要のあるアミノ酸)と同じく必須アミノ酸のグループに属するBCAAが多く含まれており、この試験では両タンパクに含まれるアミノ酸に差はありませんでした。しかし、大豆タンパクに比べて乳タンパクを摂取したとき、筋タンパク質の合成速度は大きくなりました。この結果の理由は明確にはされていませんが、研究者らは、レジスタンス運動後に大豆タンパクおよび乳タンパク摂取は筋タンパク合成を促進にはどちらも効果があるが、その効果は乳タンパクのほうがより高いことは確かであると述べています。

乳中のタンパク質であるホエーとカゼインの比較

 乳中のタンパク質は、ホエー(乳清)とカゼインいう2種類に分けることができます。私たちの日常でホエーとカゼインを個別に目にすることはほとんどありませんが、乳からチーズがつくられる工程において、チーズの原料となる沈殿物に含まれるタンパク質がカゼインであり、沈殿物以外の上澄み液の部分に含まれるのがホエーです。身近なところでは、ヨーグルトに上澄み液が溜まることがありますが、この部分に含まれるのがホエーです。ヒトの試験において、運動後にホエーとカゼインを摂取したときの筋タンパク質の合成速度が比較されています(図2)。ホエーは摂取後の早いタイミングで筋タンパク質合成が増加した一方で、カゼインを摂取したときは、それより遅れて筋タンパク質の合成が増加しました。しかし、より長時間でみると、ホエーとカゼイン摂取による筋タンパク質合成の促進効果は同じでした。ホエー摂取後の血中必須アミノ酸濃度は、急激に上昇し、その後に急降下しましたが、カゼインの摂取後は緩やかに上昇し、他のグループに比べて高値を長時間維持しました(図3)。そのため、ホエーとカゼイン摂取で筋タンパク質の合成速度が増加するタイミングが異なったと考えられています。この試験において、カゼインとホエー摂取による筋タンパク質合成速度は、長時間みると変わりませんでしたが、私は「ゴールデンタイム」に血中アミノ酸濃度が高くなるホエーのほうがベターではないのかと考えています。

運動前のタンパク質摂取について

 馬の講習会等で運動後のタンパク質摂取の効果の話のときに、「運動前にタンパク質を摂取した方が効果的なのでは?」ということがよく質問されます。ヒトの方では、消化吸収の時間を考えて運動前にタンパク質を摂取することを推奨しているコーチもいらっしゃると聞いたことがあります。ヒトの方でも運動の前か後かで物議はあるようですが、現在のところ運動後のほうが筋タンパク質の合成速度の促進効果は高いという意見が優勢なようです(図4)。その理由についての考察も様々であり、運動前にタンパク質を摂取した場合、運動中の血中アミノ酸が潤沢になることで、アミノ酸がエネルギーの原料として積極的に利用されるため、運動後の筋タンパク質合成のために動員されるアミノ酸が希薄になるとの意見もあります。また、運動前後のどちらが筋タンパク質合成に有利かという議論の他に、一般的に運動前の食事にデメリットがあると考えられています。喫食すると生理的には血液を消化器官に集めようと働く一方で、運動時は血液を運動筋に積極的に送り込もうとするため、運動前の食事時間によっては、体に矛盾した血液循環を促すことになってしまいます。したがって、現時点では、筋タンパク質の合成を促進するためのタンパク質給与のタイミングとしては、運動後を推奨したいと考えています。

今回の内容をまとめますと

① 運動後に、大豆由来のタンパク質より乳由来のものが筋タンパク質の合成にはより効果がある

② 試験では乳タンパク質であるカゼインとホエーを運動後に摂取したとき、筋タンパク質合成の効果は同等であったが、理論的には取り込みが早いホエーのほうがより効果的と考える

③ 筋タンパク質の合成促進のためのタンパク質の摂取タイミングとしては、現時点では運動前より運動後が推奨できる

 これらの内容はいずれもヒトのアスリートに関する話題ですが、馬においても同様の効果が得られる可能性はあります。今後、馬においてこれらの課題について、我々もしくは海外を含めた他の研究者が検証し結果が得られた際には、皆様にいち早くお伝えしたいと思います。

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日高育成牧場 上席調査役 松井 朗

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