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2021年7月28日 (水)

若馬の昼夜放牧時の放牧草採食量(その2) ~放牧草からの栄養摂取〜

はじめに

 放牧は優れた飼養管理方法であり、成長中の若馬にとって様々な恩恵があります。放牧中の自発的運動により、基礎体力の向上が期待できるとともに、運動による物理的刺激が、骨、筋肉および腱の発達を促進します。また、同世代の若馬やその母親との集団放牧の中で、他個体との戯れや時には威嚇されるなどの交流は、精神的な成長にとって必要な刺激であると考えられます。さらに、放牧地に生える放牧草は、若馬の成長のための重要な栄養源となります。

 放牧草には若馬の成長に必要な栄養が豊富に含まれる一方で、一部の栄養の含量が少ないことが知られています。そのため、放牧草を十分採食していても、これらの栄養は他の飼料により補う必要があります。また、逆に放牧草に多く含まれているため、飼料からさらに多く摂取させることが好ましくない栄養もあります。馬にとって適切に施肥管理された放牧地の放牧草は、母乳に次いで栄養バランスのとれた天然の飼料ですが、決して完全無欠な飼料ではありません。

 馬事通信226号 「強い馬づくり最前線」“若馬の昼夜放牧時の放牧草採食量”の記事において、離乳前から騎乗調教開始前までの、放牧草採食量について解説しました。今回は、この成績を応用し、放牧草から摂取する栄養の過不足や、それに伴う飼料給与の必要性を、栄養計算をしながら検証していきたいと思います。

放牧草に豊富に含まれる栄養

 放牧草中の栄養含量(専門的には養分含量)は、草種、施肥、土壌、放牧密度、季節など様々な要因によって変化するため、今回は、栄養計算ソフト『SUKOYAKA』から、多くのサンプルの平均である「放牧草(日高平均10年)JBBA」の成分値を引用しました。放牧草中のタンパク質、リジン、マンガンおよびビタミンEの含量を燕麦と比較したとき、放牧草にはこれらの栄養が多く含まれていることが分かります(図1)。配合飼料は、栄養の過不足が無いよう人為的に設計されていますが、放牧草の栄養含量はその配合飼料にも劣りません。その他、カルシウム、リンおよびマグネシウムなど主要なミネラルやビタミンA(ビタミンAの前身であるβカロチンとして)も放牧草には多く含まれています。

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図1放牧草、燕麦および配合飼料(市販の既製品)の栄養含有量

放牧草に含まれる量が少ない栄養

 銅や亜鉛は、若馬の成長や骨の発達に重要な役割をするミネラルであり、特に銅の不足は、離断性骨軟骨症(OCD)発症の原因となることがよく知られています。放牧草はこの銅および亜鉛の含量が、他の飼料に比べて少ないことが知られています。過去に報告された哺乳量と、前述の放牧草の採食量から、クリープフィード開始期(以下 CF開始期)(2ヵ月齢)、離乳直前(4ヵ月齢)、離乳直後(5ヵ月齢)および騎乗調教開始前(15ヵ月齢)におけるエネルギー摂取量を算出し、各成長ステージにおける必要量に対する充足率を調べました(図2)。

2図2 放牧草ならびに母乳からのエネルギー摂取量の各成長ステージにおける充足率

 

 充足率とは、必要量に対する摂取量のパーセント割合であり、充足率が100%を超えると、摂取量が必要量を満たしていることになります。各期のエネルギー充足率は、いずれも100%を超えており、必要なエネルギーは、放牧草と母乳から摂取できていたことが分かります。しかし、放牧草と母乳からの銅の充足率は、いずれの成長ステージも50%以下であり、明らかに銅が不足することが分かります(図3)。3図3 放牧草並びに母乳からの銅摂取量の各成長ステージにおける充足率

 この不足を補うためには、サプリメントや配合飼料の給与が必要となります。日高育成牧場で利用しているバランサータイプの配合飼料(以下の配合飼料の表記はこれを指します)を、図4の左表に示した量で給与したとき、CF開始期以外の成長ステージの銅の充足率は100%以上になりました(図4)。

4 図4 配合飼料を給与したときの銅摂取量の各成長ステージにおける充足率

 

 ここでは、銅の充足率だけを確認しましたが、実際は、他の栄養も充足できているのかを調べる必要があります。そこで次に、他の栄養の充足率も確認しながら、放牧草由来で不足する栄養を補えるよう飼料の給与量を決定してみましょう。

クリープフィードの給与量の算出

 他の時期同様にCF開始期においても、銅の摂取量は不足しているため、飼料により銅を補う必要があります。詳細は省略しますが、計算の結果、先の配合飼料を350g以上給与すると、銅の充足率が100%以上になることが分かりました。さらに、配合飼料を350g給与することにより、他のミネラルについても充足率は100%を超えることが確認できました(図5)。

5図5 配合飼料を350g給与したときのCF※開始期におけるミネラルの充足率

 しかし、これで全ての栄養が充足できたとするのは間違いであり、実は、配合飼料を350g給与しても、タンパク質の充足率は100%を僅かに下回ってしまいました(図6)。計算の結果、タンパク質の必要量を充足させるためには、配合飼料を440g以上給与する必要があることが分かりました。計算で導かれたため、配合飼料の給与量が440gと細かい数字になりましたが、実務的には、クリープフィードを開始するときの配合飼料の給与量は、500g弱でよいというのが結論となります。この給与量は、あくまでも日高育成牧場が利用している配合飼料について算出したもので、全ての飼料に当てはまるものでないことを付け加えておきます。6図6 配合飼料を350g給与したときの各成長ステージにおけるタンパク質の充足率

放牧草由来のタンパク質

 放牧草には、タンパク質が非常に多く含まれており、離乳直後や騎乗調教開始前のタンパク質の充足率は、放牧草のみで200%以上になりました(図6)。馬において、タンパク質の過剰摂取による健康への影響は明らかにはなっていませんが、放牧草の採食量が多い時期に高タンパク質の飼料により、さらに余剰のタンパク質を給与することは推奨できません。バランサータイプの飼料は、放牧草で不足する栄養を補って“バランス”をとることを目的として設計されています。したがって、離乳前など放牧草の採食量が少ない時期は、高タンパク質のバランサーでもよいですが、放牧草の採食量が多い時期は、タンパク質含量を控えたバランサーを選択することが理想であると考えています。

おわりに

 今回解説したCF開始期、離乳直前、離乳直後および騎乗調教開始前は、おおむね6月から9月の期間にあたり、放牧密度が高くなく、適正な草地管理がされていれば、放牧草から(離乳前であれば母乳からも)必要なエネルギーが摂取できるため、馬体を見ただけで栄養の不足に気づくことはできません。しかし、将来、競走馬となる若馬にとって、放牧草だけで必要な栄養を全て満たすことができないということは、理解しておいていただきたいと思います。

日高育成牧場 上席調査役 松井 朗

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