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2021年2月 1日 (月)

全国装蹄競技大会

毎年10月上旬に、宇都宮市の装蹄教育センターにおいて農林水産祭参加『全国装蹄競技大会』が開催されています。全国各地の厳しい予選を突破した装蹄師の精鋭たちによる技の祭典ですが、72回目を迎えた今年の出場選手は36名と過去最多となり、北海道地区からも6名の選手が出場を果たしました。出場選手の年齢も20歳から61歳までと幅広く、日本最大の競技会です。

審査は、『造鉄競技』『装蹄判断競技』『装蹄競技』の3種目について総合的に審査され、3位、優秀賞および最優秀賞と、各部門賞についての表彰が行われます。最初の種目である『造鉄競技』では、25分間の制限時間内に課題の蹄鉄を作製する技術を競います。今年の課題は1組の後肢用蹄鉄を作製することでしたが、この競技の上位16名のみに最後の『装蹄競技』に出場する権利が与えられることから、大会に参加する選手たちは普段の練習時間のほとんどをこの『造鉄競技』の練習に費やします。また、この競技では一つのミスが大きな減点となるため、どんなに熱心に日ごろの練習を積み重ねてきてもその成果を本番で発揮できなければ足切り対象となってしまい、キャリア数十年のベテラン装蹄師が最終種目まで進めないということも珍しくありません。

2番目の種目である『装蹄判断競技』は、主催者によって用意された1頭の馬について、立ち肢勢、歩様および疾病の有無を総合的に判断して適切な装蹄方針を組み立てることが要求される、記述式の種目です。「馬を総合的に見る目」は装蹄師の日常の仕事でも非常に重要な技術ですが、今年の厳しい予選を勝ちあがった出場選手の平均点は例年より高く、ハイレベルな争いとなりました。この種目の成績は最終的な合計得点には加算されないのですが、前述の『造鉄競技』同様に足切り的な役割を担っているために気を抜くことは許されません。と言うのも、最終種目の『装蹄競技』まで進んだ16名の選手のうち、最終的な総合順位の審査対象となれるのはこの『装蹄判断競技』の成績上位10名までに限られてしまうからです。したがって、『造鉄競技』と『装蹄競技』の合計得点は全体で一番だったにも関わらず、『装蹄判断競技』で上位10位以内に入れなかったため、総合順位の審査対象となれずに優勝を逃してしまうこともあり得るのです。

『造鉄競技』の成績上位16名で行われる最終種目の『装蹄競技』は、前肢1蹄の装蹄と課題の特殊蹄鉄1種の造鉄の双方を60分間の制限時間内に完了させ、その出来映えを競う競技です。審査は、前肢の装蹄については削蹄、装蹄用蹄鉄の造鉄および仕上げまでの一連の作業を、課題蹄鉄についてはその出来映えについて行われ、全570点満点中370点の配点と非常に大きな割合を占める種目です。したがって、選手たちが総合優勝を目指す上での一番の頑張りどころと言えるでしょう。もちろん、すべての競技に共通して機能美に秀でた製品を作ることが重要なのは当然ですが、この種目で高い評価を得るためにはコンテストならではの美しさも重要になります。競技のポイントで具体例を挙げると、削蹄における蹄叉や蹄底の削切時に凹凸を作らないことや、僅かな汚れのような部分の処理にまで細心の注意を払うということです。削蹄後も選手各自で蹄を採寸し、1本の棒状の鉄桿から採寸した蹄に合った蹄鉄を作製して装蹄するまでの一連の作業が求められます。この作業は、実は日ごろのサラブレッドの装蹄の仕事ではあまり行う機会がないため、これまでの経験だけでなく大会に向けた専用の練習も必要になります。仕上げにおいても釘節の位置、仕上がりの綺麗さや蹄鉄の適合具合などが厳正に審査されるため、些細な妥協も許されません。60分間という制限時間は意外に余裕がありそうに感じられるかもしれませんが、一連の装蹄作業と同時進行で課題の特殊蹄鉄の造鉄も行う必要があるため、かなり厳しい制限時間といえます。しかし、大会に参加する選手達は皆、制限時間をいっぱいに使ってより美しく、より精度の高い装蹄を目指して競い合うのです。

こうして丸一日を費やして開催される全国装蹄競技大会は『装蹄競技』を最後に本戦が終了しますが、競技終了後や合間を縫って本戦とは異なる内容で競う『エキシビションマッチ』や装蹄教育センター講習生による造鉄演技も行われます。また、海外の著名な装蹄師による特別演技やその外国人講師から各自が持ち込んだ蹄鉄についての審査が受けられる『ホームメイドシューコンテスト』も開催されます。近年、国内の装蹄師が海外の競技会に出場する機会も増えつつあり、このような外国人装蹄師との交流は我が国の今後の装蹄業界の発展にとっては必須といえます。

装蹄競技会と聞いてピンとくる人は少ないかもしれませんが、毎年、全国各地の装蹄師が自己研鑽のために競技会に参加しており、全国大会に出場できるのは厳しい予選を勝ち抜いたほんの一握りの装蹄師のみだというこということを知っていただけると幸いです。また、今回ご紹介した全国装蹄競技大会はどなたでも観戦していただくことが可能ですので、是非一度、足をお運びいただくことをお奨めします。文章では伝わらない、選手たちの熱気も感じていただけるはずです。

 

 

【本年の競技会成績】

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JRA日高育成牧場 業務課 装蹄師 吉川 誠人

2021年1月27日 (水)

繁殖牝馬の蹄管理について

繁殖牝馬の蹄管理の必要性

競走馬や乗馬などの騎乗運動を行う馬は、跣蹄(せんてい、蹄鉄を装着しない状態)のままでは、蹄が摩滅し、その度合いが強くなると、蹄内の知覚部(神経や血管のある部位)まで達することで、痛みにより跛行を呈します。そのため、蹄鉄を装着して蹄の摩滅を防止する必要があります。一方、野生馬は、騎乗されることはありませんが、自発的な運動による蹄の摩滅量と伸びる量のバランスが釣り合っているため、削蹄も蹄鉄装着も必要ないと考えられます。

それでは、騎乗運動をしない一方で、比較的長い時間に亘って放牧されている繁殖牝馬についてはどうでしょうか?騎乗運動をしないため、基本的には摩滅量よりも伸びる量のほうが多くなることから、蹄鉄は一部の馬を除いて装着する必要性はありませんが、少なくとも伸びた蹄を削らなくてはなりません。

また、競走馬や育成馬よりも体重が重いため、蹄はその負重に耐えられず、凹湾、すなわち蹄壁が反るように変形し易い傾向にあり(※写真1)、重度の場合には裂蹄を伴う馬も見受けられます(※写真2)。さらに放牧管理中心のため地面の状態に蹄質が左右されます。たとえば泥濘(ぬかるみ)に長時間晒されることで蹄の角質が脆弱化し、白線裂等の蹄病を引き起こすこともあります。騎乗運動をしなくても、蹄病により痛みを生じた場合には、ストレスによる受胎率の低下が懸念されることに加えて、哺乳期の場合には子馬の運動量にも影響を及ぼします。以上のことから、飼養管理者は常に繁殖牝馬の蹄の状態を確認するとともに、理想は1ヶ月間隔、長くても2ヶ月間隔での定期的な削蹄が推奨されます。

1_3 ※写真1  凹湾した蹄。 

横方向に広がっている。

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※写真2    重度の裂蹄

 

繁殖牝馬の蹄管理の方法

まず、日常の蹄管理として最も重要なことは、繁殖牝馬の肢蹄をしっかり観察することです。集放牧時の歩様や放牧中の様子など、毎日観察することが異常の早期発見に繋がります。また、こまめに裏掘りを行うことで、蹄の変化を感じることができますが、そのためには、健康な蹄の状態(※写真3.4)を理解しておく必要があります。そして何より重要なのは、定期的な削蹄です。先にも述べましたが、1ヶ月間隔の削蹄が理想であり、裏掘りや目視だけでは発見できない疾病の発見にも繋がります。

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※写真3  健康な蹄(蹄壁)

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※写真4  健康な蹄(蹄底)

削蹄は、装蹄師が蹄の縦や横のバランスを考えて形状を整えながら、伸びた部分を切ったり削ったりします。そして仕上げに端蹄廻し(はずめまわし)(写真5)を行います。これは蹄が欠けたり(蹄壁欠損)、割れたり(裂蹄)するのを防ぐことが目的で、蹄壁の角を削る処置をします。また、繁殖牝馬の跣蹄に多い蟻洞、白線裂、裂蹄や蹄壁欠損にも適切に対応しなければなりません。これらは、症状が軽いうちに処置を行えば、大事に至らずに済みますが、発見が遅れると完治するまでに時間がかかってしまうばかりか、重篤化した場合には完治することも困難となります。「蹄なくして馬なし」です。まずは飼養管理者が、蹄の健康状態をしっかり把握し、装蹄師、獣医師とコミュニケーションを図り、三者で連携を取っていくことが、健康な繁殖牝馬をつくり、そして健康な子馬を生むことに繋がっていくことでしょう。

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写真5  端蹄廻し

 

日高育成牧場 専門役 竹田和正

2021年1月22日 (金)

装蹄師の養成について2

ちょうど1年前、この馬事通信で、『装蹄師になるためにはどうしたら良いのか?』についてお話させていただきました。今回はその続編ということでお話させていただきたいと思います。まず前回のお話を少し振り返ります。
現在、装蹄師になるためには、栃木県宇都宮市にある装蹄教育センターにて1年間、全寮制のもと、専門的な知識と技術を学び、装蹄師認定試験(2級認定試験)に合格して装蹄師の資格(※1)を習得する必要があります。募集定員は16名。まずはこの講習会に入講することが条件です。この認定講習会での講習内容については前回、お話させていただきましたので、今回は卒業後の進路についてお話させていただきます。
認定講習会や認定試験を無事通過し、晴れてスタートラインに立った後は、競走馬・乗馬・生産地のいずれかの世界で働くことになります。ここでは、生産地を進路に選んだ場合を例に、その仕事内容を紹介させていただきます。
装蹄師の仕事は、伸びたヒヅメを切って蹄鉄を装着することだけではありません。
生産地では主に、育成馬、繁殖牝馬、子馬の肢元のケアをすることとなります。
育成馬では馴致を開始し、調教が進んでくると肢元にも様々な変化が起きます。馬が産まれて初めて蹄鉄を装着するのも、ほとんどがこの段階です。繁殖牝馬も運動をしないからと、肢元のケアを疎かにすると、産まれてくる子馬にも大きな悪影響を与えます。繁殖牝馬は子馬を作る道具ではありませんからね・・・。子馬はヒヅメの伸びがとても早く、肢の成長も早いため、少しでもヒヅメのバランスが崩れると肢が曲がってしまう(肢軸異常)こともあります。つまり、生産地の装蹄師は、牧場の馬管理者や獣医師と連携を取りながら、これら一つ一つの問題に的確に対応しているのです。もちろん競走馬や、乗馬の装蹄師も生産地の装蹄師同様、様々な問題を解決しているのです。装蹄の仕事は奥が深いのです!!
以前もお話したとおり、この装蹄師という資格を取得しても、すぐにプロとして仕事を依頼されることは皆無です。しかし将来、多くの経験を積み、様々な馬の肢元をケアできるようになった頃には、多くの喜びを味わうことが出来るに違いありません。
いかがでしょう?装蹄教育センターで1年間、しっかり基本的な知識と技術を学び、一緒に競馬サークルを盛り上げ、強い馬づくりに参加しようじゃありませんか!
もし、少しでも興味をお持ちの方は、日本装削蹄協会のホームページを検索してみてください。ブログや公式フェイスブックで1年間の講習会の様子もわかりますし、入講に関わる情報入手や資料請求などもできます。さらに装蹄教育センターでは装蹄の一部工程や蹄鉄造りや、講習中のカリキュラム内容を体験できる『オープンキャンパス』や馬管理者・ライダーの方に、蹄の管理方法を学んでいただく『フットケアセミナー』なども行われています。
もちろん、これら以外に個人的に講習会の見学もできます。
馬が好き、競馬が好き、馬にかかわる仕事につきたい人、それ以外でも理由はなんでも構いません。ぜひ一度、体験してみませんか?? 同じ装蹄師として、夢を追う仲間が増えるのを心からお待ちしています。

          

(※1)2級認定資格を取得後4年以上経過したら1級試験の試験を、さらに1級取得後9年以上経過したら指導級の試験をそれぞれ受験できます。その昇格試験に合格すると上級の資格に昇給します。

※来年度に関しては定員に満たないため、H30年1月16日(火)に2次試験を行います。
出願受付 H29年12月17日(日)まで
受験資格 H30年4月1日の時点で満18歳以上の者

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日高育成牧場 専門役 竹田和正

前肢における著しいコンフォメーション異常が市場および競走成績等に及ぼす影響

はじめに
コンフォメーションとは、馬の外貌から判断できる骨格構造、パーツの形状や大きさ、バランス、角度等のことをいいます。コンフォメーションに異常のない馬はスムーズに走行できると考えられます。一方、オフセットニーやクラブフットなどのコンフォメーション異常(Abnormal Conformation:以下AC)は競走成績に悪影響を及ぼすと考えられており、市場では敬遠される場合があります。しかし、わが国のサラブレッドにおけるACに関する報告はなく、市場成績や競走成績に及ぼすACの影響は明らかにされていません。
今回は、サラブレッド1歳市場における馬体検査で著しいACを認めた馬について、市場成績や競走成績、競走期の運動器疾患発症率に関する調査を実施しましたのでご紹介させていただきます。


調査方法
調査対象馬は2009~2013年に開催されたサラブレッド1歳市場(セレクトセール・セレクションセール・サマーセール)の上場馬6,768頭としました。2名以上のJRA獣医師およびJRA装蹄師が馬の外貌や歩様を確認して、一般的な購買者が忌避するような、程度の著しいACを認めた馬(AC群)のみを抽出し、それ以外を対照群としました。ACの抽出項目は全て前肢におけるもので、オフセットニー、凹膝、起繋、X脚、外向、クラブフットの6項目(図1)としました。各群における市場成績(売却率および中間価格)と競走成績(3歳末までの出走率および初出走までに要した日数)を調査しました。また、最初の競走馬登録が中央競馬であった4,574頭を対象として、ACを認めた肢の競走期における浅屈腱炎、繋靭帯炎、前肢骨折、腕節構成骨々折の発症率を調査しました。

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(図1)

結果
調査の結果、200頭がAC群として抽出されました。その内訳は、オフセットニー102頭(1.49%)、凹膝40頭(0.58%)、起繋16頭(0.23%)、X脚16頭(0.23%)、外向15頭(0.22%)、クラブフット11頭(0.16%)でした。市場成績に関して、サマーセールでは対照群と比較してAC群の売却率が有意に低く(グラフ1)、項目別ではオフセットニーの売却率が有意に低くなりました(グラフ2)。競走成績に関して、対照群と比較してAC群の出走率、初出走までに要した日数(グラフ3)および運動器疾患発症率(グラフ4)には有意差を認めませんでした。項目別では、クラブフットの出走率が対照群と比較して有意に低かったものの、初出走までに要した日数および運動器疾患発症率について有意な差はありませんでした。その他のAC項目については、出走率、初出走までに要した日数および運動器疾患発症率について有意な差はありませんでした。

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(グラフ1)

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(グラフ2)

4_8(グラフ3)

5_2(グラフ4)

最後に
本調査では、ACの影響をより明確にするために著しい異常のみを抽出したため、軽度の異常まで抽出した過去の報告(オフセットニー:12.9%、凹膝:4.2%、〔Love 2006〕)と比較してACの出現率が低かったものと思われます。市場成績調査の結果から、ACは馬の市場評価に負の影響を及ぼすことが示されました。しかし競走成績調査の結果をみると、対照群と比較して有意な差を認めた項目はクラブフットの出走率のみであり、他にはACの影響は認められませんでした。
これらのことから、ACが競走期の下肢部に及ぼす影響は、我々関係者が認識しているほど重大ではなく限定的であると考えられました。ただし、本調査においては抽出頭数が少なく統計学的結論が得られなかった項目も複数認められており、更なるデータ蓄積が必要であると考えられました。

馬事公苑・専門役 宮田健二(前・日高育成牧場業務課)

2020年5月28日 (木)

装蹄師の養成について

No.159(2016年11月15日号)

             

 

『装蹄師になるためには、いったいどうしたらよいのでしょうか?』

 日本で唯一、装蹄師の養成教育を行っている装蹄教育センターで、昨年まで技術指導を担当させていただいていた私、竹田和正がこの疑問にお答えします。

 結論から申しますと、公益社団法人 日本装削蹄協会が約1年間にわたり全寮制で行っている装蹄師認定講習会で専門的な学科と実技を学んだ後、装蹄師認定試験(2級認定試験)に合格して、装蹄師の資格(※1)を取得することでスタートラインに立つことになります。そのためには、まずは募集定員16名という狭き門を突破し、この認定講習会に入講する必要があるのです。

 装蹄師認定講習会が行われる装蹄教育センターは、栃木県宇都宮市にあり、設立されてから22年の間で、延べ316名の認定装蹄師を現場に輩出しています。(※2)装蹄師の「学校」と聞くと、馬の取り扱いや乗馬の経験がないとだめなのかと思うかもしれませんが、全くそのようなことはありません。認定講習会の中で、馬との接し方や騎乗、装蹄師になるために不可欠な解剖学や運動学などの学科、1本の鉄の棒から蹄鉄を作る鍛冶技術、そして、実際に馬の蹄を削ったり、蹄鉄を装着したりする装蹄技術を学ぶことができるのです。また、様々な分野の専門講師による特別講義、馬産地北海道での研修、競馬場やトレセンの見学などもカリキュラムの中に組み込まれているので、とても内容の濃い講習会となっております。

 センター卒業後は、JRA、トレーニングセンターや全国の競馬場、乗馬クラブ、生産地などで装蹄師として働くことになります。その求人は全国から装蹄教育センターに集まっており、現在、修了者の就職率は100%です! しかし昔から、「1人前の装蹄師として信頼されるまでには最低でも10年は必要だ!」と言われているように、この装蹄師認定講習会を修了し、資格を取得してもすぐにプロとして仕事の依頼をされるのは皆無と言えます。まずは見識豊かな先輩装蹄師の下で働きながら経験を積み、応用技術を蓄積する必要がありますが、その大切な基礎となる部分は装蹄教育センタースタッフが、熱意を持って指導するので十分に作ることが出来るでしょう。

 装蹄師の仕事は決して楽ではありません。しかし馬の足元を支える重要な仕事なので、とてもやりがいがあります。どうでしょう? ほんの少しでも興味が沸いたら、すぐに日本装削蹄協会のホームページ(http://sosakutei.jrao.ne.jp)を検索してみてください。そこには、歴代の講習生の1年間の講習会の様子や寮での生活などがわかる講習生のブログのコーナーもあるので、ぜひ覗いてみてください!!

 また、教育センターでは、装蹄や造鉄が体験できるオープンキャンパスやフットケアセミナーなども行われておりますし、実際に講習生の実習を見学することや現役装蹄師のお話を聞くことも可能です。最初に狭き門といいましたが、近年は、受験者数が減少傾向にあるので、まさに今が装蹄師になるチャンスといえます。

 さあ!!あとはあなた次第です。ぜひこの技術を身につけ、一緒に馬サークルを盛り上げて行こうではありませんか? 同じ装蹄師として仲間が増えるのを楽しみにしています。1_6

 

(※1)2級認定資格を取得後4年以上経過したら1級資格の試験を、さらに1級取得後9年以上経過したら指導級の試験を、それぞれ受験できます。その昇格試験に合格すると上級の資格に昇給します。

 

(※2)装蹄教育センターが設立される以前は、東京世田谷の駒場学園高等学校装蹄畜産科装蹄コース(3年間)、長期講習会(6ヶ月)、短期講習会(2週間)などがありました。

 

 

                      (JRA日高育成牧場・専門役 竹田 和正)

 

蹄充填剤の応用

No.156(2016年10月1日号)

 

蹄充填剤とは

 馬の蹄は1ヶ月に約10mm程度の生長をします。しかし、運動をすることで蹄は磨り減ります。蹄の伸びる量よりも減る量が多くなると、知覚部まで達し疼痛を伴います。そのため、蹄鉄は蹄の保護を最も大きな目的として装着します。

 一般的に蹄鉄は蹄釘(ていちょう)といわれる釘を使って装着します。しかしながら、蹄壁欠損などにより蹄釘での装着が困難になるケースが多くあります(図1左)。そのような馬の場合には、蹄充填剤が無かった頃には休養を余儀なくされ、蹄が自然と伸びるのを待っていました。

 しかし、蹄充填剤の一つであるエクイロックス(Equilox社製)が開発され、エクイロックスで蹄壁を補修し、そのエクイロックスに蹄釘を打ち込み蹄鉄を装着する技術が普及しました(図1右)。この方法により、多くの馬が休養することなく継続して運動が出来るようになりました。1_3 図1 左:蹄壁がはがれて蹄釘による蹄鉄の装着は不可能

   右:蹄充填剤エクイロックスを蹄に塗り、蹄釘にて蹄鉄を装着

 

蹄充填剤の応用

 蹄充填剤は、蹄壁の補修剤として開発されました。しかしながら、現在ではその用途は多岐にわたります。そのため、用途に合わせた様々な蹄充填剤が開発されています。そこで、蹄充填剤の使用方法について紹介していきたいと思います。

  

・蹄鉄の装着(接着蹄鉄)

 蹄鉄は基本的には蹄釘を使用し装着されますが、蹄釘を使用して装着できない場合には、蹄充填剤を使用して蹄鉄を装着します。この方法で蹄鉄を装着することを接着蹄鉄とよびます(図2)。接着蹄鉄は、蹄壁欠損によって蹄釘での蹄鉄の装着ができない蹄にかぎらず、クラブフットなどの蹄釘による蹄鉄の装着が困難な場合にも選択されます。蹄釘を使わない安全な装着方法ですが、蹄機作用を抑制することもあるため、使用する期間などには注意が必要です。2_2 図2:接着蹄鉄 蹄釘を使用せずにエクイロックスにて装着

 

・肢軸矯正

 子馬のうちに、肢軸を矯正し負担の少ない肢勢にすることは、競走馬としてトレーニングをしていく上で故障のリスクを減らす重要なことです。蹄充填剤が普及するまえは削蹄による矯正のみで対応することがほとんどでしたが、蹄充填剤を使用して、蹄に張り出しをつけることで(図3)、より大きな矯正力を発揮できるようになりました。3_2 図3:肢軸の状態にあわせて蹄に張り出しをつけて改善に努める

 

・蹄底に対する保護やサポート

 蹄充填剤の中には蹄底に充填するタイプもあります。蹄底は地面からの圧力を受けるため、エクイロックスなどの硬い蹄充填剤は使用できません。そこで、蹄底に使用できるように柔らかいエクイパックなどの蹄充填剤が開発されました。蹄底への充填は蹄底が薄く痛みがあるときに保護のために使用します。また、蹄葉炎などの蹄骨が沈み込んでくる症状があるときに地面側から支えるサポートとして使用します(図4)。この方法が普及したことにより以前よりも完治する蹄葉炎の馬が多くなりました。4_2 図4:アドバンス・クッションサポートによる蹄底の充填

 

まとめ

 蹄充填剤は用途に応じて硬さや接着力の違う様々な製品が開発されています。馬の症状にあった蹄充填剤を正しく使用することで、様々な蹄病や肢勢に対応することが可能です。また、現在も新しい蹄充填剤が開発されています。それらの特徴・性質を十分に理解して使用する事で、より多くの症例に対して、今よりも適切な処置を施せるようになるかもしれません。

(日高育成牧場 業務課装蹄係  諫山太朗)

2020年5月13日 (水)

子馬の蹄管理と異常肢勢

No.144 (2016年4月1日号)

 

 

はじめに

 出産シーズンが始まるとどんな可愛い子馬と出会えるのかとワクワクします。しかし、いざ出産が始まると肢軸異常の子馬など、私たち装蹄師を悩ませる問題児たちが出てきます。子馬の頃から健全な蹄や肢の発育を維持することは、『強い馬づくり』にとって非常に重要で、肢軸異常がある場合には、十分な運動を実施できず競走成績にも影響します。そこで今回の強い馬づくり最前線は子馬の蹄管理と子馬に多い肢勢の異常について紹介したいと思います。

 

子馬の蹄管理

 子馬の蹄は柔らかく成長が早いため、異常摩滅などにより、蹄形が変形してしまうと歩様、肢勢、蹄形は大きな影響を受けます。そのため、定期的な装削蹄が不可欠です。子馬は、3~4 週間隔で装削蹄を実施しますが、状態によっては時期を早める場合もあります。また、削蹄などの蹄管理は、馬が生きていく限り継続されるものであるため、子馬に恐怖心を与えないよう慎重に実施します。

 

子馬の異常肢勢

 子馬の肢勢は発育、負重、歩様など、様々な要因によって変化します。異常肢勢は成長とともに治癒する場合もありますが、重度の異常肢勢を矯正することなく放置した場合は、運動器疾患の発症要因になることもあります。このため、日頃から蹄を注意深く観察し、異常肢勢や蹄形異常を早期発見することが重要です。また、異常が認められた場合は、早めに対処することが必要です。

 

【X脚】

 X脚は、左右の腕節の間隔が肩幅より狭く、それ以下が広いもの(図1)で、軽度の場合は自然に治ることもありますが、重度な場合は症状が長期化し、成馬になっても異常肢勢が残存することがあります。対処としては、削蹄による矯正ですが、削蹄のみによる矯正が困難な場合は、充填剤などを使用して蹄の内側に張り出しを付けるなど、腕節に均等に力がかかるようにサポートします。1_6  図1 X脚

 

【弯膝】

 生後間もない子馬の多くは弯膝(図2)で、後天性の場合は筋肉痛や疲労が原因といわれています。軽度な場合は、通常の放牧管理による筋力強化によっても改善されます。また、弯膝の特徴として蹄の前半部への体重負担が大きくなるため、蹄が不均等に生長するということもあります。そのため蹄のバランスを頻繁に整えることも大切です。2_4 図2 弯膝

 

【クラブフット】

 クラブフットの原因は、深屈腱の拘縮や腱と骨の成長速度のアンバランスと言われていますが、いまだ発症機序は明らかにされておらず、予防法も確立されていません。発症時期は生後3~6ヶ月の間が最も多く、その進行はきわめて速いのが特徴です。矯正削蹄や充填剤を使用(図3)して、深屈腱の緊張を緩和する事により、ある程度の進行は抑制できますが、処置が遅れ重度なクラブフットになると、成馬になってからでは蹄形の完全治癒は望めません。そのため、異常を早期に発見し重度になる前に処置を実施する事が重要です。3_4 図3 クラブフットの充填剤使用

 

さいごに

 肢勢異常の中には子馬が成長するにつれて自然に良化する場合があり、矯正を行う必要性を判断するのは非常に難しい事です。この判断を行うのは生産者と獣医師、装蹄師です。この3者の協力で肢軸、蹄の異常を早めに対処することにより、競走馬としての明るい未来を護る事ができます。

 

    

 

(日高育成牧場 業務課 山口 智史)

2020年1月 3日 (金)

繁殖牝馬と子馬の蹄管理

No.130(2015年8月15日号)

はじめに
 繁殖牝馬や子馬は放牧地で管理される時間が長く、仲間とともに良質な青草を探して歩き回るため、子馬は肢蹄が健全であれば運動量が増えて基礎体力が向上します。しかし、下肢部、特に蹄に疾患があり歩行を嫌う場合には、運動量が減少して健全な馬体の成長が妨げられてしまいます。そのため、日頃から蹄を注意深く観察し、触れることにより、蹄病の発症を早期に発見し、悪化を防止することが重要です。そこで今回は繁殖牝馬と子馬の蹄管理のうち、日常心がけるべき基本について紹介したいと思います。

日常の管理
 蹄に汚物や糞尿(アンモニア、酸やアルカリ)、泥土が詰まった不潔な状態で放置すると、蹄質が悪化し、蹄叉腐爛などの蹄病の発症誘因となり、跛行の原因となることがあります。常に清潔な状態に保つためには、こまめな裏堀りが重要です(図1)。裏掘りの際には、蹄壁に触れることにより蹄の異常サインである帯熱を感知できます。また、子馬には蹄を軽く叩いて音を出し、衝撃を与えることでその後に実施する装削蹄の馴致となります。

1_4 図1 裏堀り

蹄油の利用
 冬季は蹄が乾燥して硬くなることにより、蹄機作用(体重負荷による蹄の変形によって着地時の衝撃を緩和したり蹄内部の血液循環を助ける生理作用)が妨げられ、蹄踵の狭窄や裂蹄などが発症しやすくなります。また、手入れに湯を使用すると必要以上に蹄の水分を蒸発させることから、蹄洗後は直ちに蹄油を塗布して乾燥を防止する必要があります。逆に夏季は、蹄の過度な湿潤により蹄質が軟化し、蹄叉腐爛や蹄壁欠損を発症しやすくなります。蹄油は、過剰な蹄の水分発散(乾燥)や湿潤を防止することを目的として蹄壁や蹄底に塗布します。その他、成長基点である蹄冠に、蹄クリームや単軟膏などを刷り込むことも蹄を保護するうえで有効です。

定期的な削蹄
 子馬の蹄は柔らかく成長が早いため、異常摩滅などにより、蹄形が変形してしまうと歩様、肢勢、蹄形に大きな影響を与えます。そのため、定期的な装削蹄が不可欠です。子馬も繁殖牝馬と同様に、3~4 週間隔で装削蹄を実施しますが、状態によっては時期を早める場合もあります。日頃から蹄を注意深く観察し、不正摩滅や蹄形異常の早期発見に努めることが重要です。日高育成牧場では出生時から離乳まで、装蹄師および獣医師が毎日、肢勢および歩様をチェックしています。また、過度の摩滅や蹄壁欠損が生じた場合は、成長期の軟らかい角質への負担を軽減させるため、充填剤の使用や蹄の生長を阻害しないためにポリウレタン製蹄鉄(図2)を用いて保護します。

2_4 図2 ポリウレタン製蹄鉄

牧場でもできる蹄管理
 蹄の縁が尖っていると蹄壁欠損や裂蹄を起こしやすくなります。そのため、端蹄廻し(はづめまわし)を実施し蹄壁欠損などを予防します。端蹄廻しとは、蹄壁の厚さ2 分の1 を目安として、ヤスリで外縁を削り、蹄壁に対して45度の丸みをつけます(図3)。軽度の蹄壁欠損を発見した時は、欠損部の拡大を防ぐために、蹄用のヤスリを常備して欠損部のヤスリがけを行いましょう。

3_4 図3 端蹄廻し

最後に
 健全な馬を育てるには装蹄師による定期的な装削蹄だけでは限度があり、牧場での日常の蹄管理が必要不可欠です。また、蹄の異常など発見した場合は速やかに担当の獣医師または装蹄師に相談しましょう。

(日高育成牧場 業務課 山口 智史)

2019年12月16日 (月)

米国装蹄競技大会に参加して

No.125(2015年6月1日号)

装蹄競技大会とは
 皆様は装蹄師に技術の高さを競う大会があるのをご存知でしょうか?日本では昭和16年から年に1回のペースで全国装蹄競技大会(最優秀選手には農林水産大臣賞が授与される)が開催されており、全国各地での予選を勝ち抜いた30名程が装蹄の技術を競います。そこで優勝すると、翌年米国で行われる世界規模の装蹄競技大会に派遣されます。私は昨年度の67回大会で優勝し、今年の2月に行われた米国の装蹄競技大会に参加しましたので、そこで経験したことを紹介したいと思います。

米国の装蹄学校
 大会に先立ち、昨年度に来日され日本の装蹄師に米国流の造鉄方法を指導して頂いたChris Gregory氏が指導をしているハートランド装蹄学校(図1)という装蹄師の学校で、他の生徒達と一緒に練習をする時間をいただきました。この学校では、年齢・装蹄経験を問わずたくさんの生徒が在籍しており、1から装蹄の勉強をしたい人やこれまでも装蹄師として仕事をしていて、更なるレベルアップを希望している人など多くが指導を受けています。また、それぞれのレベルに合わせて授業のコースも分かれています。日本の装蹄業界の場合には、なかなか仕事を始めた後に学校に通って勉強をやり直すのは難しいですが、このような機会があることは非常に有益だと感じました。

1_6 図1 米国の装蹄学校 
様々な年齢の生徒が実習してスキルアップに励む

米国の装蹄競技大会
 ハートランド装蹄学校で練習をしたのち、いよいよ装蹄競技大会です。今回の大会には86名のエントリーがありました(図2)。競技内容は基本的な蹄鉄を作る競技や装蹄療法に使用する特殊な蹄鉄を作る競技、馬車馬用の大きな蹄鉄を作る競技など様々です。日本では、蹄鉄を作る競技は大体の大きさを合わせた左右対称の蹄鉄を作ります。鑢を掛けて蹄鉄の角を落とす作業は、蹄鉄を作る時点ではありません。しかし、米国では蹄鉄が出来た時には実際に馬に装着できる状態でなくてはいけません。そのため、鉄尾(テツビ)と呼ばれるヒールの部分を丸く作り、安全のために蹄鉄の角を落とします。また、鉄唇(テッシン)と呼ばれるズレ防止も作らなくてはなりません(図3)。米国の大会では蹄鉄作りの上位20位に入らなければ実際に装蹄することはできません。しかしながら、私は残念ながら予選で敗退となりました。反省点として蹄鉄の見た目ではなく、安全性や機能性にしっかりと重点を置いて競技に臨むべきであったと感じています。予選の翌日は上位20名による装蹄競技(図4)が行われました。残念ながら参加できなかった私ですが世界最高峰の技術をみて大いに勉強になりました。またいつの日かリベンジをしたいと思います。

2_5 図2 米国装蹄競技大会の様子 
選手各自が炉を持ち込み、広いフロアーで同時に競技する

3_4 図3 左が米国 右が日本の標準蹄鉄 
米国の蹄鉄はそのまま装着できるように鉄尾などが処理されている

4_3 図4 上位20名による装蹄競技
馬繋場などはなくゴムマットの上で装蹄する

最後に
 今回の米国研修を通して感じたことは、蹄鉄の形状や造鉄方法・装蹄方法など日本と米国では違いが多々ありますが、馬に対していかに安全で快適な装蹄が出来るのかが一番重要であるということを再確認しました。私が今回体験したような高度な技術が日本で普及して装蹄業界全体がレベルアップできれば嬉しく思います。

(日高育成牧場 業務課装蹄係  諫山太朗)

2019年12月 6日 (金)

競走馬の装蹄について

No.121(2015年4月1日号)

 競走馬の護蹄や装蹄の重要性は、馬に携わる人であれば誰でもご存知のことだと思います。一方、近年は育成後期の運動量も強くなり、現役競走馬に近い蹄管理が求められるようになってきました。そこで今回は競走馬の装蹄や蹄疾患について解説したいと思います。

蹄の管理について
 一般に成馬の蹄は1ヶ月で約1cm伸び、約1年で全体が更新されます。しかし、蹄は体重を支えたり、地面を蹴ったりすることで常に磨耗するため、走行スピードが速く運動量も多い競走馬では蹄の磨耗が著しく、装蹄により保護する必要があります。また、蹄鉄を装着することでグリップ力を高めたり、蹄を治療(装蹄療法)することも可能となります。

装蹄の歴史について
 装蹄には約2000年の歴史があり、蹄鉄もそれぞれの時代において進化してきました。始めは、蹄を保護する目的で藁沓(わらぐつ)を履かせて管理していましたが、耐久性不足の問題からその後鉄製のサンダル状の物へ移行し、その後鉄製の蹄鉄を釘付けによって固定する方法へ進化していきます。それから競馬だけで使用する競走蹄鉄への打ち替えを行うようになりますが、人馬の安全確保や蹄壁欠損と言われる釘付けによる蹄壁の損傷が問題となり調教も競馬でも使用可能な兼用蹄鉄の開発が急がれました。そして昭和56年から、アルミニウム合金製で3週間の耐久性があり重さ約100グラムの兼用蹄鉄が使用されるようになっています。
 一方、乗用馬での装蹄は競走馬とは異なる歴史を歩んできました。なぜなら、装蹄に求められる目的が異なり、乗用馬では耐久性に加え滑らないことが最も重要なポイントとなるからです。乗用馬では蹄鉄に特に規制はないので、多くは鉄製の蹄鉄を装着し競技によってはクランポンと呼ばれるスパイク(図1)を使用することもあります。

1_2 図1 クランポン付き蹄鉄

競走馬に多く認められる蹄疾患
 競走馬はスピードが増すことによって骨折や屈腱炎などの運動器疾患や挫跖や裂蹄などの蹄疾患を発症する確率が増加します。その中で競走馬に特に多く見られる蹄疾患として弱踵蹄と呼ばれるものがあります。蹄踵部と言われる蹄の後半部が健常な蹄踵部(図2)に比べて酷く潰れたものです(図3)。側望でも健常蹄と弱踵蹄では明らかな違いが見られます(図4、5)。蹄尖壁が長くなり蹄踵壁の角度が低くなっています。走行時、1トンとも言われる衝撃を受ける蹄踵が潰れると蹄内の柔らかい組織が損傷を受けて慢性的な疼痛にさらされ、跛行することが多く見受けられます。弱踵蹄の原因として考えられるのは運動量の増加、坂路調教のような蹄後半部に多く負重が掛かることや改装遅延による過長蹄と言われる蹄が伸びすぎた状態になることなどです。さらに、左右で蹄の角度や大きさが異なる不同蹄は、蹄が大きく蹄角度が低い蹄で発症が多く認められます。弱踵蹄には多くのリスクがあり、屈腱炎は最も重要なリスクのひとつです。弱踵蹄の低い蹄踵が蹄の反回に悪影響を及ぼすことが屈腱炎の発症率を増加させると考えられます。

2 図2 健常蹄

3 図3 蹄踵が潰れた弱踵蹄

4 図4 健常蹄(側望)

5 図5 弱踵蹄(側望)

  次に注意を要するのはナビキュラー病です。この病気は、弱踵蹄の状態で馬を運動させ続けることにより不自然で過剰な力が「とう骨」の屈腱面とそれに相対している深屈腱の表面を損傷させることにより発症する病気です(図6)。一度弱踵蹄になると特殊な装蹄機材であるバーウェッジ(図7)やヒールリフト(図8)などを使用して蹄角度を起こして正常な肢軸に修整しなくてはなりません。しかし蹄形や肢軸を正常に戻すにはかなりの時間を要するため、とても厄介な蹄疾患であると言えます。

6 図6 ナビキュラー病の発症部位(線で囲んだ骨が「とう骨」)

7 図7 ㇻバーウェッジ

8 図8 ヒールリフト

最後に
 装削蹄は蹄の角質を削切し、蹄鉄を取り替えるだけではありません。蹄の健康診断も兼ねており、蹄病や変形を早期に発見し対応することで悪化を防ぎ、早期の回復が可能となります。従って、月に1度は装蹄師に削蹄を依頼し、蹄の状況を把握しておくことはとても大切なことであると言えます。

(日高育成牧場 専門役 下村英次)