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2019年8月 9日 (金)

繁殖牝馬の護蹄管理

No.97(2014年3月15日号)

 馬の跛行の70%以上は蹄が原因であるといわれています。繁殖牝馬においても蹄の管理は健康維持と子馬の正常な発育確保の観点から非常に重要となります。本稿では、繁殖牝馬の護蹄に関する基本について紹介します。

蹄管理の重要性
 蹄の伸びは1ヶ月で約1cmであり、健全な成馬であれば約1年で蹄全体が更新されます。しかし、蹄は体重を支えるために地面と接したり、歩行や運動するために地面を蹴ったりすることで常に磨耗します。そのため、蹄の伸びが磨耗より大きければ蹄が伸びた分をそのまま削切することで健常な状態にできますが、磨耗が激しければ蹄鉄を装着して保護しなければなりません。削蹄を行わずに放っておくと蹄が伸びすぎて歩きにくくなるため、繁殖牝馬では放牧地での運動量が阻害され、それにともなって子馬の運動量も不足します。したがって、健康状態維持と子馬の正常な発育ためには、繁殖牝馬においても定期的な削蹄は必要です。また、蹄は水分やアルカリに弱い性質があるため、過剰な水分や糞尿は蹄角質を脆くしてしまいます。脆くなった蹄は、細菌などに侵食されやすく、蹄の変形を招く原因となります。

繁殖牝馬と競走馬、乗用馬の削蹄の違い
 繁殖牝馬は競走馬や乗用馬のように人が乗ることはありませんし、速く走ることや障害飛越等を行うこともありません。従って、蹄の磨耗に関しては競走馬や乗用馬よりも少なくなります。一方で、繁殖牝馬は体重が競走馬より重く放牧地での運動により磨耗が進むことに加え、出産を繰り返すことによる蹄への荷重変化が大きいため蹄の変形(しゃくれ状態となる凹湾(おうわん)や二枚蹄、裂蹄(れってい)など)が発生しやすいので、削蹄についての考え方も少し違ってきます。競走馬や乗用馬では運動による蹄の磨耗対策として蹄鉄を装着しますが、繁殖牝馬では放牧地の状態や放牧時間に左右される磨耗の程度を判断しながら変形を矯正する削蹄が必要となります。

繁殖牝馬への装蹄-メリットとデメリット-
 一般に蹄鉄を装着するメリットとしては、大きく3つの理由があります。
① 過剰な摩滅から蹄を保護する
② グリップ力を高める
③ 装蹄療法に用いる
 これらのうち、繁殖牝馬においては蹄の変形やそれに起因する蹄葉炎に対処するための「③装蹄療法」が最も大きな目的となります。
 一方、蹄鉄を装着することで考えられるデメリットとしては、
① 放牧地での他馬への影響
② 落鉄時の対応困難(放牧地での蹄鉄の捜索や再装着の対応等)
③ 蹄鉄の装着状況の確認や対処に技術が必要
④ 蹄底に雪が詰まり「下駄を履いた」状態となることがある(捻挫等の心配)
⑤ 経済的負担
などがあげられます。このように蹄鉄を装着するメリットとデメリットをトータルで考えあわせると、一般的には跣蹄(はだし)のほうが管理しやすいといえます。

蹄鉄を装着した方がよい場合
 一方、蹄病ならびに蹄の極端な磨耗や変形(削蹄だけでは改善できない場合や極端な鑢削をした場合)がある場合には蹄鉄を装着して改善を図ったほうがよい場合があります。とくに、蹄底が薄く挫跖(肉底に発症する内出血)を繰り返しやすい蹄や、白線裂や裂蹄などの蹄病を発症している蹄においては、蹄鉄を装着することが非常に有効であると考えられます。また、凹湾した蹄を矯正するために蹄壁を極端に鑢削してしまったことで負重に耐えられなくなった場合では、キャスト(ギプス)による装蹄(図1)も有効となります。これは、鑢削によって薄くなった蹄壁の代わりにキャストに釘付けを行う方法です。

1_6 図1 キャストによる装蹄            
蹄壁の代わりにキャストに釘付けする方法

最後に
 削蹄は蹄の角質を削切するためだけのものではありません。蹄の健康診断も兼ねており、蹄病や変形を早期に発見し対応することで悪化を防ぐことができます。従って、月に1度は装蹄師に削蹄を依頼し、蹄の状況を把握しておくことはとても大切なことであると言えます。また、軽度な蹄壁の欠損などは早期に発見すればご自分で処置することもでき、悪化を防ぐことができます。
 JBBA主催の生産者向けの削蹄講習会が年に1回開催されています(図2)ので、牧場の皆様も実際に削蹄を体験してみてはいかがですか?

2_6 図2 JBBA削蹄講習会
今年は1月15日にJRA日高育成牧場で開催され、
生産牧場から11名の参加者が受講した。

(日高育成牧場 専門役 下村英次)

2019年6月12日 (水)

進化する蹄鉄 ~新素材を用いた蹄鉄の応用~

No.84 (2013年8月15日号)

 今回は、馬の蹄を保護し、肢軸矯正にも用いられる蹄鉄とその装着方法の進化の一端を紹介したいと思います。

蹄鉄素材の歴史

 蹄鉄の歴史を紐解くと、紀元前まで遡ります。古代ギリシャ・ローマ時代のローマ人は、ヒポサンダールと呼ばれる金属製サンダルを紐で下肢部に固定し、蹄が過剰に磨滅するのを予防したそうです。しかし、紐による固定は耐久性に乏しいため、やがて蹄釘で固定する蹄鉄へと進化していきます。技術発達に遅れがあった日本では、藁沓(わらぐつ)に鉄板を打ち付けたものを戦国時代に使用していたようです。皮革や藁などでは耐久性不足だったため、世界でも日本でも耐久性に富んだ素材「鉄」を使用するという結論にたどり着いたのでしょう。安価で磨耗しにくい鉄製の蹄鉄は、現在でも多くの乗用馬の蹄鉄として使用されています。

 20世紀後半は、原動機の普及などにより農用馬や軍用馬は激減、馬の世界は競走馬や乗用馬へと移行し、生産についても量重視から質重視へと替わりました。もちろん装蹄技術に関しても向上が求められ、特に競走馬はスピードを追及する競技であることから、蹄鉄の軽量化が必須となりました。耐久性と軽量化の両立を突き詰めた結果、現代の競走馬の9割以上が装着しているアルミ製蹄鉄へと進化しました。アルミ蹄鉄の重量は、鉄製蹄鉄のおよそ3分の1程度で、大幅な軽量化と加工の容易化に成功しました。

 

蹄鉄の素材と装蹄手法の相性

 第2次世界大戦以前には、装蹄に対する軍事的要請により様々な蹄鉄素材の研究が行われました。木製やゴム製、戦後には特殊プラスチック製やウレタン製蹄鉄などが研究されています。これら特殊素材の蹄鉄は、軽量化や緩衝作用などを目的に研究された成果でしたが、広く普及することはありませんでした。その背景には、特殊素材の蹄鉄と釘付装蹄との相性の悪さが起因になっていたと考えられます。すなわち、鉄やアルミは、軟鋼で出来ている蹄釘とほぼ同程度の硬度であるため、釘頭(蹄釘の鎚で叩かれる部分)を蹄鉄へ強めに打ち込んでも入り過ぎることはありません。しかし、木や硬質プラスチックなどは蹄釘より軟質かつ割れやすいため、蹄釘を打ち込む際、強めに鎚打(つちだ)できません。また、ゴムやウレタンは割れることはありませんがとても軟質なため、釘頭の入り過ぎなどにより蹄釘の緩みが早く、落鉄や緩鉄のリスクが高い素材です。

 2000年以上も前から行われている蹄釘を用いた釘付装蹄は、現在でも蹄鉄固定の主たる手法です。脱着の簡便性、安定した固定力、蹄機作用の阻害リスクの低さなど、非常に合理的な手法のため、今後も引き続き行われる装蹄手法と言えるでしょう。一方、スピード重視の競馬へと変化している現在、サラブレッドの蹄壁は徐々に薄くなっているように思われます。皮膚が薄い馬は動きも素軽いので良い馬と言えますが、蹄の蹄壁は皮膚の延長線上にあるものです。走る馬ほど蹄壁が薄くなるのも必然と言えるでしょう。そのような釘付装蹄が困難な蹄に対し、蹄壁補修材を用いた接着装蹄を適用します。また近年の生産地では、当歳馬や1歳未満馬の肢軸を積極的に矯正する傾向にあるため、蹄が小さく釘付けが極めて難しい子馬にも接着装蹄を適用します。重量がある蹄鉄は落鉄するリスクが高いため主にアルミ蹄鉄を接着しますが、落鉄しない安定した固定力を得るためには、蹄鉄と蹄踵部を強固に固定することが大切です。そこで懸念されるのが、負重時に起こる蹄壁の動き、すなわち蹄機作用への影響です。蹄は、負重による衝撃を変形することにより緩和したり、蹄壁の開張・閉鎖によるポンプ作用により蹄内の血液循環を促進します。蹄踵部を硬い蹄鉄と固定することは、蹄壁の動きを阻害して蹄機作用を抑制することが容易に想像できます。そこで、釘付装蹄との相性があまり良くなかった軟質素材の蹄鉄が最近見直されています。

 

接着装蹄用の軟質素材蹄鉄

 フロリダ州の装蹄師、カーティス・バーンズ装蹄師が考案した「ポリフレックスホースシュー」は、ウレタンの中に形状を固定するワイヤーと、磨耗予防の鋼片を蹄尖部に挿入した接着装蹄用の蹄鉄です。蹄が持つ働きを阻害せずに接着装蹄が行える器材として、競走馬用や乗用馬用、治療用、当歳馬の肢軸矯正用など様々な形態の蹄鉄が米国で市販されています。値段は割高ですが個人輸入などによって日本でも入手することが可能でしょう。また、道内の装蹄師の方々も、軟質素材を使った接着蹄鉄を実施する機会が増えているようです。硬質ゴム素材やウレタンシート、液体ウレタンゴムなど、様々な素材を入手して蹄鉄に適した素材の選定を日々行っています。

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 釘付装蹄に比べ接着装蹄は、時間もコストもかかる装蹄手法です。1頭の馬に時間をかけて接着装蹄を行うより、同じ時間で釘付装蹄を複数頭に施すほうが、装蹄師的には断然利益がでるでしょう。しかし、今の生産地に求められているのは「量より質」であり、装蹄師の方々もそのニーズに少しでも応えられるよう、日夜試行錯誤を繰り返しています。

 20世紀以上も不変だった釘付装蹄からの脱却こそが装蹄の最終進化形と考えるならば、柔軟かつ加工が容易で磨耗しないような新素材蹄鉄と、絶対に落鉄しない接着装蹄の手法が確立されれば、日本で行われる装蹄の全てが接着装蹄になるときがくるかもしれません。

 (日高育成牧場 業務課 大塚 尚人)

2019年5月29日 (水)

当歳馬の蹄管理について

No.79 (2013年6月1日号)

 健全な蹄の発育を当歳馬の時から維持することは、「強い馬づくり」の技術として、そして安定した競走馬生産を行うための重要な要素です。将来の充実した競走馬生活を実現するため、生産地の装蹄師は当歳馬特有の蹄の成長に対応した定期的な削蹄を行うとともに、異常肢勢の改善が期待できる矯正装蹄や海外の新しい技術の導入なども積極的に行っています。そこで今回は、装蹄師の視点からの当歳馬の蹄管理について紹介します。

当歳馬削蹄の基本概念
 基本的に当歳馬の削蹄は、何らかの異常などが無い限り生後1ヶ月を過ぎた頃に、初めての削蹄を行います。生まれた直後の馬の蹄は、内外が対称でバランスの整った蹄を持っています。しかし、ほとんどの馬が肩幅よりも広い駐立肢勢をとるため、不均等な負重による蹄の変形や異常な磨耗が発生します。さらに、成馬に比べて約1.5倍も速く蹄が伸びるため、蹄壁の歪曲による骨端への不均等なストレスが発生しやすくなります。そこで、定期的な削蹄を行って崩れた蹄のバランスを取り戻すことが重要です。また当歳馬は、主に蹄の長さと横方向への拡張の2方向に蹄が成長するため、蹄を広げるとともに蹄踵を後方に下げるような削蹄を施します。なぜなら、蹄踵が前方へと巻き込んでしまう弱踵蹄と、将来的には屈腱炎になりやすい蹄形である「アンダーランヒール」へと変形する可能性が生じるからです。

前方から見る肢軸異常
 出生直後から真っ直ぐな肢軸を保ちながら駐立する馬は皆無で、少なからず外方や内方に肢軸が破折しています。そのことは、肢軸に対する不均等な負荷になると考えられます。しかし、実際には多くの肢軸破折が人為的処置を施さなくても、馬体の成長に伴い改善されていきます。これには、長骨の縦方向の成長を司る骨端板が強く関わっていると考えられます。軟骨により形成される骨端板は、負重による圧力に対し2通りの反応を示します。1つは、圧力という刺激により軟骨の産生速度を上げること、もう1つが、大きすぎる圧力により軟骨産生が滞り、成長が止まるといった反応です。つまり、腕関節が外反するような肢の場合は、橈骨(とうこつ)遠位(えんい:体の中心から遠い部分)にある骨端板の外側へ強い圧力が加わるため、内側よりも外側の成長が速まることで肢軸が改善されるという仕組みです。では、全ての肢軸破折が放置していても改善されるのかと言うと、必ずしもそうではありません。極端な肢軸破折を呈して生まれた馬や過剰な運動により多大な負荷を肢蹄が受けた場合、骨端板への外傷や感染があった場合などの様々な要因が重なることで、肢軸破折が改善されないことがあります。重度の肢軸破折には外科的処置という手段もありますが、その判断は獣医師・装蹄師両者の意見を参考にすると良いでしょう。もし、外科的治療ではなく装蹄療法を選択する場合、装蹄師は骨端板にかかる圧力の均等化を目的とした削蹄を主に行いますが、矯正削蹄ができないほど蹄壁の伸びが不良な場合や削蹄だけでは矯正が不十分と判断した場合、カフ型接着蹄鉄やタブ型接着蹄鉄、蹄壁補修材などを用いた側方への張り出し処置(エクステンション)の適用を検討します。しかし、カフ型やタブ型の接着蹄鉄は蹄鞘の発育を阻害する可能性が高いため、その使用には細心の注意が必要です。一方、蹄壁補修材を用いた張り出し処置(写真1)は、蹄鞘への負担が少なく、装着後の加工が容易で低コストです。ただし、安定した接着力を得るには長時間の挙肢が必要なため、獣医師による鎮静処置を行う場合があります。

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側方から見る肢軸異常
 屈腱性の肢軸破折は馬の側望から観察できる肢軸異常で、その中でも、浮尖(ふせん)、浮踵(ふしょう)、起繋(きけい・たちつなぎ)などは出生直後の馬によく見られます(写真2)。浮尖は、屈腱の弛緩などにより蹄尖が浮き上がる症状で、成長が遅い馬や繋部の傾斜が緩い馬の後肢によく見られます。軽度なものは、通常の放牧によって筋力や腱が強化されることで改善しますが、蹄球が接地するほど弛緩している症例では、蹄球を保護するために後方への張り出し部を設けた蹄鉄の装着などが必要です。一方、起繋や浮踵は浮尖と異なり、主に屈腱の拘縮が原因で起こると考えられています。屈腱拘縮が生後早期に認められた場合は、獣医師によるオキシテトラサイクリン(抗生剤の一種)の大量投与が有効です。これは、カルシウム緩衝作用による筋の弛緩効果を利用し、屈腱筋に繋がる屈腱の緊張を緩和するものです。ただし、前肢が起繋で後肢が浮尖を呈する馬の場合、前肢の趾軸は改善されますが後肢の屈腱が過剰に弛緩してしまうので注意が必要です。また、軽度な起繋の場合では、段階的な蹄踵の削切を行います。蹄踵削切後に蹄踵が接地しているか、また歩様の違和感の有無を確認しながら繋部の前方破折を改善します。蹄踵がまったく接地しない極端な症例や、生後3ヶ月以降も趾軸が起きてくるような後天性の異常には、屈腱の緊張を緩和するような処置が必要です。そのような症例の蹄は、蹄尖部が負重の偏りによって磨耗し、蹄踵部は負重による圧力が少ないため過剰に成長します。よって、蹄尖部を保護しつつ、蹄踵部を削切しても屈腱の緊張が高まらないような、くさび状の蹄鉄を装着することが有効になるでしょう。また、装蹄療法と同時に、飼料の減量や変更、運動制限などの、保護的処置による屈腱の拘縮を緩和してから、次の治療を行うと良いでしょう。しかし、それら処置に全く反応を示さない症例には、遠位支持靭帯の切断術を検討します。生後10ヶ月齢以前の馬には大変有効な手術で、矯正装蹄を併せて行うことにより著しい趾軸の回復が期待できるでしょう。

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 当歳馬の蹄管理には、毎日の手入れや収放牧時の歩様の確認など、日常のちょっとした観察が重要です。適切な知識による飼養管理と、異常の早期発見・早期改善を行うことで、サラブレッドの持つ走能力を十分発揮出来るようになることでしょう。

(日高育成牧場 業務課  大塚 尚人)

2019年4月15日 (月)

運動器疾患に対する装削蹄方針について

No.66 (2012年11月1日号)

はじめに
 蹄は、肢勢や歩様などの異常を変形することで表す受動的な器官であると同時に、その形態の善し悪しが様々な運動器疾患を引き起こす一要因にもなる器官とされています。そこで今回は、競走馬に見られる運動器疾患の中でも、比較的蹄管理との関係が深いとされているいくつかの疾患について紹介したいと思います。

屈腱炎
 多くの名馬たちが引退へと追い込まれた運動器疾患「屈腱炎」は、蹄の形態と強い関連性があると考えられています。特に、異常蹄形である「ロングトゥ・アンダーランヒール(図1)」は、屈腱炎発症肢に多い蹄形との報告があるように 屈腱炎発症の一要因として考えられています。過剰に長い蹄尖壁(ロングトゥ)は、蹄の反回時に生じる屈腱への負荷を増大させます。また前方へ移動した蹄踵(アンダーランヒール)は、蹄尖を浮き上がらせるような力を増大させると考えられます。そこで、前方へ張り出した蹄尖壁を定期的に削り取ることで反回負荷の軽減を図ったり、前方へ伸び過ぎた蹄踵を除去したりします。それでも直しきれない場合は、蹄角度を起こす厚尾蹄鉄(先端から末端にかけて厚みが増す蹄鉄)や、蹄尖が浮き上がる力を抑制するエッグバー蹄鉄(末端部が繋がったタマゴ状の蹄鉄)を装着し、蹄角度の改善や力学的ストレスの緩和を図ります(図2)。ただし、どちらの蹄鉄も蹄踵部にかかる負荷が増大することにより蹄踵壁が潰れてしまうため、長期間の使用は極力避けた方が良いでしょう。

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図1 ロングトゥ・アンダーランヒール

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図2 厚尾状エッグバー蹄鉄

球節炎
 球節部に腫脹、帯熱、屈曲痛などが生じる球節炎と蹄の形態にも関連性があると考えられています。不同蹄(左右の蹄の大きさや角度が異なる蹄)に発症する各運動器疾患について調査したところ、蹄が大きい肢において球節炎が多く発症することが分かりました。蹄が大きいということは蹄の横幅(横径)が長いため、横幅が短い小さな蹄に比べて地面の凹凸をより多く拾うことになります(図3)。球関節はその構造上、可動範囲が前後2方向に限られているため、凹凸を踏んだ際に生じる蹄が傾くような横方向の動きは、球関節へのイレギュラーなストレスになるでしょう。そのことは、球節炎のみならず球節軟腫や繋靭帯の捻挫(過伸展)などを引き起こす要因になってしまうかもしれません。蹄側壁が凹湾し、横幅が長くなっているような蹄は、しっかりと鑢削して適度な横幅を維持しましょう。もし跣蹄において横幅が長い場合は、4ポイントトリム(内外側の蹄尖・蹄踵負面4点のみに負重を促す削蹄技法)を行うことにより横幅の短縮が図れます。

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図3 横幅が長いと凹凸を拾いやすい

内側管骨瘤
 第2中手骨と第3中手骨の間に異常な骨増生が起こる運動器疾患で、成長期にある競走馬や若馬に多く見られます。軽度なものであれば骨増生がある程度納まった時点で跛行は消失しますが、腕関節に近い部位にできる骨瘤は靭帯や腱を傷つける恐れもあります。発症の原因としては、骨格が不成熟な時期に行う強い調教、交突(蹄が対側の肢蹄に衝突すること)や硬い地表による衝撃、蹄の変形による内外バランスの欠如、極端な外向肢勢や広踏肢勢、またオフセットニー(図4)などの異常肢勢が挙げられます。装蹄視点からの対処法としては、蹄鉄と蹄の間に空隙を設けたりパッドを挿入したりすることで、衝撃の緩和を図るといった装蹄療法がありますが、蹄に直接伝わる衝撃は緩和出来ても、関節や骨に加わる負重は変化しませんので、ほとんど効果は期待できません。肢軸の状態を十分に考慮した上で、蹄内外バランスの調整を定期的に行うことのほうが大切と言えるでしょう。

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図4 オフセットニー

おわりに
 ここまで紹介した運動器疾患の発症すべてに共通する要因として「蹄の変形」が挙げられます。蹄の形態は、遺伝、肢勢、飼料、運動、敷料、年齢、気候など様々な影響により日々変化することから、日常の蹄管理を怠った状態で蹄のバランスを保つことは不可能と言えるでしょう。特に、骨や靭帯あるいは腱などが柔軟で、蹄角質の成長が活発な若馬は、わずかな期間で蹄が変形してしまいます。しかし、成馬に比べればバランスの矯正も比較的容易に行え、各部位の骨端板(骨細胞の増殖により骨が伸びる軟骨部)が閉じる前では、ある程度の肢勢矯正も期待できることから、蹄が変形しやすい異常肢勢にならないよう早い時期から対処し、将来的な運動器疾患の予防へと繋げていきましょう。

(日高育成牧場業務課 工藤有馬・大塚尚人)

2019年4月12日 (金)

蹄血管造影について

No.65 (2012年10月15日号)

 今回は、蹄病の詳細な診断や治療方針を決定するうえで有用な診断技術である蹄血管造影法について紹介します。

蹄血管造影とは
 挫跖(ざせき:蹄底におこる打撲のようなもの)や裂蹄(れってい:蹄壁にひびが生じること)、蟻洞(ぎどう:蹄壁に空洞が生じること、本紙7月1日号記事参照)など蹄の病気は競走馬のみならず、繁殖牝馬や育成馬において比較的よく起こりますが、強固な蹄壁に囲まれていることから蹄内部の病状を正確に把握することは困難です。蹄血管造影法とは、蹄内部の血管に造影剤を注入してX線検査を行うことで、蹄内部の血流状態を検査する方法です。近年、蹄血管造影法は臨床の現場で応用されるようになり、得られた結果を参考に獣医師と装蹄師が協力して治療にあたるケースが多く見られるようになりました。

どのような時に使用するか
 蹄血管造影法は、①蹄葉炎における血流障害の状態を調べる、②角壁腫や膿瘍など血管を圧迫する物質の確認、③蟻洞などで蹄壁が欠損した際の血管損傷程度の確認と診断、等に用いられますが、最も一般的なのは①の蹄葉炎の場合です。従来の蹄葉炎のX線検査では、蹄骨の変位(ローテーション)を調べることしかできません。そのため、初期症状の発見や予後の判断が難しいという問題があります。しかし、蹄血管造影法では、蹄骨のローテーションが起こっていない段階での血流障害を発見できる可能性があります。また、蹄骨がローテーションした場合でも、蹄内部の血流状態を知ることで、より正確な予後診断ができるようになります。

造影画像
 図1は蹄内の血管の走行を示したもので、図2は正常な馬の蹄血管造影画像です。大小多数の血管が蹄全体を網目状に分布している様子がわかります。一方、循環障害がある場合は、造影剤を注入しても血管が見えなくなります。また、蹄葉炎の馬では、蹄骨背面の血管(蹄壁真皮層)が造影されないことがあります。この領域での循環障害は葉状層(ようじょうそう:蹄壁の内側にあり、蹄骨の位置を保つのに重要な役割を果たしている)の血流不足を引き起こすため、蹄骨のローテーションの原因になると考えられています。さらに重度の症例になると、蹄壁真皮層だけでなく、蹄冠部や蹄底領域の血流にも障害を認めることがあります(図3)。そのような場合は蹄骨のローテーションが進行し続ける可能性が高く、予後は悪くなります。

1_11 図1 蹄内の血管走行

2_11 図2 正常馬の蹄血管造影画像
多数の血管が蹄全体に網目状に分布している。

3_8 図3 蹄葉炎馬の蹄血管造影画像
蹄壁真皮層だけでなく、蹄冠部や蹄底領域の血流にも障害が認められる。 

最後に
 このように、蹄血管造影法では通常のX線画像ではわからない蹄内部の循環障害部位を特定することができます。その結果、より正確な蹄病の診断が可能となり、また、特定された障害部位に対する積極的な処置や装蹄療法の実施も可能となります。現在、蹄血管造影は主に蹄葉炎のウマに対して行われていますが、蹄が原因と考えられる慢性的な跛行についても、有用な情報が得られる可能性があります。

(日高育成牧場 業務課 中井健司)

2019年3月27日 (水)

蹄疾患「蹄壁剥離症」について

No.58 (2012年7月1日号)

蹄壁剥離症とは
 蹄壁内部に空洞が生じる蹄疾患を、生産地においては「砂のぼり」と呼び、トレセンなどでは「蟻洞」(ぎどう)と呼びます。どちらも同じ蹄疾患に思われがちですが、空洞が発生する部位に違いがあります。前者の砂のぼりは、蹄壁中層と呼ばれる、蹄の外側に位置した角質のみに発生する空洞で、蹄壁は脆弱化するものの跛行には至りません。一方、後者の蟻洞は、蹄壁中層と葉状層または蹄壁中層と白線の結合が分離する疾患です。空洞が蹄壁中層と白線の分離程度で止まっている場合は跛行しませんが、葉状層まで空洞が達すると跛行を呈することがあります(図1、2)。この2種類の蹄疾患を、実際の定義に則って区別することは困難と言えるでしょう。そこで近年は、この両疾患をまとめて「蹄壁剥離症」と呼ぶようになってきました。

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蟻洞の分類
 跛行の原因にもなる蹄壁剥離症のひとつである蟻洞は、その治療に長い時間を要することから、重要な蹄疾患と位置づけて、様々な調査・研究が行われてきました。そして最近では、蟻洞の病態から3タイプに分類できることが分かっています。

① 単純型蟻洞
 比較的長い亀裂のような空洞が、蹄壁中層と白線ならび葉状層の間に生じる蟻洞です。蹄負面を見ると、蹄壁中層と白線の結合部に亀裂を観察することができますが、蹄鉄を装着していると発見が遅れてしまう蟻洞です。

② 白線裂型蟻洞
 白線裂と蟻洞、混同しやすい疾患ですが、厳密な定義は異なります。白線裂とは、蹄壁中層と蹄底の間が分離した疾患であるため、葉状層に達しない白線のみの欠損は、蟻洞ではありません。つまり白線裂型蟻洞とは、白線裂を中心とした空洞が、蹄壁中層と葉状層の間にまで拡大したものを指します。跣蹄(せんてい:蹄鉄を装着していないハダシの蹄)馬などに多く見られるタイプの蟻洞です。

③ 蹄葉炎型蟻洞
 名前の通り、慢性蹄葉炎などに続発する蟻洞です。蹄骨と葉状層の隙間を埋めるように発生する「ラメラーウェッジ(贅生角質:ぜいせいかくしつ)」と蹄壁中層の間に空洞が生じます。ラメラーウェッジは、蹄負面の肥厚した白線のように確認できますが、慢性蹄葉炎特有の凹湾した蹄尖壁を鑢削することにより、その存在を確認することもできます。また、最近の調査により、蟻洞の発生には角質分解細菌が関与していることが解っていますが、蹄葉炎型蟻洞には特定の真菌が強く関与していることも、この蟻洞の特徴です。

予防と治療
 蹄負面から進行する蟻洞は、蹄鉄の装着により初期病変の発見が難しく、気付いた時には重症化している例も少なくありません。したがって、蟻洞を発症しないように予防することが大切です。競走馬における蟻洞の発生部位を調べてみると、70%以上が蹄尖部に発生することが解っています。蹄が反回する時、蹄尖部には蹄壁を引き剥がすような力が加わるため、少しでも反回負荷を軽減するような装蹄、例えば一文字鉄頭蹄鉄(蹄鉄先端部を直線状に成形した蹄鉄)やセットバック装蹄法(蹄鉄を後方に下げて装着する装蹄)の適用、上湾(蹄鉄先端を反回方向へ反り上げるもの)の設置などが発症の予防に有効です。また、蹄負面の加熱焼烙処置が白線部の病変に有効との報告もあるため、冷装法時には、蹄負面を簡易ガスバーナーなどで加熱すると良いでしょう。跣蹄馬では、削蹄時に白線の状態を確認し、深度が深い白線裂がある場合には、装鉄することで病変の進行を抑制します。ただし、蹄鉄が蹄より前方へ飛び出るような装蹄を行うと、状態が悪化することもあるので注意が必要です。
 もしも蟻洞を発症してしまったら、分離した角質を除去して病変部を外気に露出させることが重要です(図3)。蹄葉炎型蟻洞に対しては、病変部に抗真菌薬を塗布することで進行を抑えます。それ以外のタイプ、すなわち角質分解細菌が関わる蟻洞には、パコマなどの消毒薬が有効となりますが、知覚部まで達するような症例に高濃度の消毒薬を使用する場合、強い刺激により痛みを伴う可能性があるため、獣医師や装蹄師による判断が必要です。

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蟻洞の発症は予測できる?
 先にも記したように、蟻洞の発生は蹄尖部に集中していますが、特に蹄尖中央部にある「縫際点」と呼ばれる部位に、深度が深い蟻洞が発生します。この縫際点の形成に関係があると考えられているのが、蹄骨先端の窪み「床縁切痕」です(図4)。この床縁切痕の大きさと縫際点における白線裂型蟻洞の関連性について、当場の育成馬を対象に調査したところ、床縁切痕が深くえぐれている蹄は、蟻洞になりやすいことが解りました。つまり、レントゲン撮影により床縁切痕の大きさを確認することが、発症のリスクを予測するのに有効と言えるでしょう。

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終わりに
 蹄負面にある白線や縫際点の状態を、普段の管理の中で正確に確認することは難しく、ましてや蹄鉄を装着した蹄に至っては、ほぼ不可能と言っても過言ではありません。よって、蟻洞の予防対策は装蹄師任せになりがちですが、清潔な馬房環境を維持することや、こまめなウラホリ・洗蹄により日頃から蹄を清潔に保つことも、発症を予防するために必要と言えるでしょう。

(日高育成牧場業務課 大塚尚人)

2019年2月22日 (金)

装蹄技術の向上を目指して

No.46 (2011年12月15日号)

 サラブレッドは、より速く走るために改良が続けられてきました。そのため、皮膚の延長である『蹄(ひづめ)』の蹄壁は薄く、蹄底は浅くなり、蹄質が脆弱化した結果、蹄壁凹湾、アンダーラン・ヒール、挫跖、白帯病、蹄葉炎、肢軸異常、クラブフット等といった様々な病気にかかりやすくなってしまったと考えられます。
 こうした蹄のトラブルを予防し、改善するうえで装蹄師の技術向上は欠くことができません。今回は、その装蹄技術向上に向けた話題を紹介いたします。

全国装蹄競技大会と海外での大会
 毎年10月下旬に、全国地方予選を勝ち抜いた選手達が栃木県の装蹄教育センターに集い、その年の日本一を決める「全国装蹄競技大会」が開催されています。1941年から始まったこの大会も、今年で64回目を向かえました。本競技大会は、造鉄競技、装蹄競技、装蹄判断競技の3種目により勝敗を決めますが、本年、栄えある最優秀賞(農林水産大臣賞)に選ばれたのは、北海道日高装蹄師会所属の中舘敬貴氏で、同装蹄師会所属者が全国一になるのは初めてとのこと、北海道の装蹄技術が日本のトップレベルにあることを証明した大会となりました(写真1)。

1 写真1:全国装蹄競技大会での中館選手

 また、この大会の優勝者は、翌年の2月下旬にアメリカで開催されるAFA(米国装蹄師会)が主催する米国装蹄競技大会にも出場します。競技内容は、北米選手権と呼ばれる装蹄競技、基本造鉄競技、治療用の特殊蹄鉄を3~4種類作る造鉄競技、二人一組で行うドラフト競技、60歳以上を対象としたシニアクラス造鉄競技など様々な種目があります。この大会は、北米に限らずヨーロッパあるいは南米、アジアからも選手が集うとともに、その年のアメリカナショナルチームの選考も兼ねているため、参加選手のレベルは正に世界トップクラスといっても過言ではありません(写真2)。

2 写真2:米国装蹄競技大会風景(ケンタッキー州)

 一方、アジア国際装蹄競技大会は、毎年マレーシアで開催されています。この大会は、同国で競馬を主催する4つの団体が、毎年持ち回りで開催するナショナルホースショーの付帯行事として行われています。本年は、JRA装蹄職員である竹田信之、大塚尚人の両名が、日本人としては初めて同大会へ参加し、総勢43名による競合の結果、竹田職員は総合1位、大塚職員は総合2位という、日本勢ワンツーフィニッシュを達成しました(写真3)。過去に日本人が参加したことのない大会であったため、競技に関する情報は皆無に等しく、貸出される器材や会場の環境などは全て現地に行ってから確認し、競技本番中には周りの選手が行う作業内容を確認しつつ、ようやく競技の内容を理解して蹄鉄を作成するような状況でした。こうした環境のなかで獲得した両名の栄誉を称えたいと思います。

3 写真3:アジア装蹄競技大会風景(上:竹田選手、下:大塚選手)

4 写真4:指動脈の確認

海外の一流装蹄師
 昨年2月、英国上級装蹄師国家資格(FWCF)という取得が極めて難しい資格を持つ装蹄師、サイモン・カーティス装蹄師(英国ニューマーケット)が来日しました。彼は、多くの馬関係の専門書籍を執筆するだけでなく、世界20カ国以上における講演、また英国で獣医大学や各種馬専門機関で講師や理事を務めるなど、世界規模で活躍する著名な装蹄師です。輝かしい経歴を持つ同氏からは、子馬における肢軸異常の矯正方法やデモンストレーション、また肢勢の見方や症例報告などの講演が行われました。この講演で彼が力説したことを以下に要約します。

 子馬の成長は日々早く、肢蹄に異常を見過ごすと肢軸異常や変形蹄を発症して競走能力にも影響します。日ごろから、子馬の馬体を観察して異常がないかを確認するためには、肢軸検査で子馬の馬体をチェックしなければなりません。したがって、異常肢軸を見抜く眼、すなわち眼力を養うことは重要な技術のひとつです。肢軸検査は装削蹄を行う前には、平らな路面上で3つの検査を行います。駐立検査・歩様検査・挙肢検査を綿密に行なうことが大切です。成馬の検査(装蹄判断)を行う際は、馬の正面(前望)、後ろ(後望)、左横(左側望)から検査をしますが、子馬の検査(肢軸検査)の場合は若干異なります。馬の正面や真後ろの延長線上から見ると、正常な肢であっても捻じれているように見えてしまうので、前肢では腕間節の正面から、また後肢では蹄の正面(蹄尖の延長線から)から観察します。一般的に前肢では前方から観察しますが、後方から前肢の状態を観察することも重要となります。

(1) 駐立検査:姿勢および肢軸を見る検査
(2) 歩様検査:歩き方を見る検査
(3) 挙肢検査:蹄の内外バランスを見る検査

 子馬の肢軸異常には、大きく分けて3種類あります。肢軸旋回・オフセットニー・内・外方肢軸旋回、これらは、単独で発生するのではなく、ひとつの関節に複合している場合や一本の肢の複数の関節に見られることもあります。ひとつの異常に対して矯正を行うと別の部位に異常を生みだしてしまう場合もあるので、より慎重な対応が必要です。

(1) 肢軸旋回:肢の一部または全体が旋回しているもので、肢全体的が外側に旋回しているのが多数を占めています。また、75%程は成長に伴って自然に正常な範囲にまで回復すると言われています。
(2) オフセットニー:橈骨と管骨の骨中心軸が、腕関節部を挟んでまっすぐでないもの(軸ズレ)で、多くの場合は管骨中心軸が外側にズレています。
(3) 内・外方肢軸旋回:前肢では腕関節や球節、後肢では飛節や球節おいて関節を中心に、上部と下部の骨の中心軸が内外いずれかに屈曲(破折)するものです。

 肢軸矯正の時期は、関節を構成する骨の成長板の活動期と重なり、球節では3ヵ月齢まで、腕関節では12ヵ月齢までですが、できるだけ早い時期(6ヵ月齢)の方が高い効果が得られると言われています。肢軸異常の治療法には、『張り出し処置法(エクステンション)』が行われ、この処置法には、ダルマシューズのようなカフタイプ(蹄にはめ込む)の蹄鉄を使用していましたが、蹄を締め付け、蹄の成長を阻害する恐れあるので、現在は、アルカリ樹脂やポリマーウレタン製の充填剤が使用されています。

 子馬の蹄の成長速度は、1ヶ月間におよそ、当歳では15㎜、1歳では12㎜、2歳以上では9㎜伸びます。しかし、当歳馬の蹄角質は柔らかいので、蹄に加わる体重圧のバランスが崩れると直ぐに蹄形に歪みが発生します。そのため、生まれた直後から体重が四肢蹄に均等に分担されるように、また、ひとつの蹄でもバランスよく負重するように気を配る必要があります。子馬の初回の削蹄は、4週齢から始めてその後は4週間毎に行います。サイモン・カーティス装蹄師は、経験的に、削蹄周期が不規則な牧場に比べ、4週間毎に定期的に削蹄している牧場では、肢蹄トラブルの発生が少ないと報告していました。ただし、何らかの問題が発生した症例では、矯正のため2週間毎に削蹄を行うことが大切です。

重要な日々の蹄チェック
 普段から馬体を支え、地面から伝わる衝撃にも耐える蹄は、組織的にも構造的にも高性能な緩衝作用を持つ、とても丈夫な器官です。しかし、蹄に何らかのトラブルを抱え、満足に運動も行えないような馬も散見されます。痛みに対する耐性が強い蹄は、僅かな痛みぐらいでは跛行も違和感も見せないため、その症状は気づかれないまま放置され、積もりに積もったストレスは、やがて大きなトラブルとなって蹄を蝕みます。したがって、症状が現れる頃には相当なダメージが蓄積されており、長期間の治療を要することになります。蹄疾患を予防するには、日頃から健康な蹄の状態を把握することが大切で、そのためには日常の手入れの際の蹄のチェック(素手で蹄温度を診てみる、指動脈を確認する(写真4)、ウラホリで蹄底を打診してみる)をしましょう。また蹄鉄を装着している場合は、蹄鉄を外さないと分からないこともあるので、装削蹄の際に装蹄師とコミュニケーションをとり、その馬の蹄状態をしっかり把握しましょう。早期発見、早期治療、病魔は小さいうちに対処をすれば完治も早いでしょう。軽度の蹄疾患であれば装蹄師だけでも十分に対処できますが、重度な時は装蹄師の装蹄療法だけでは対処できない場合があります。獣医師+装蹄師+牧場関係者、三者が一丸となって治療に向き合うことが、早期治癒への近道となるでしょう。

(日高育成牧場 専門役 川端 勝人)

2019年2月15日 (金)

子馬の発育と屈腱および繋靭帯の成長について

No.43 (2011年11月1日号)

 日高地方では晩夏から早秋の風物詩ともなっている「離乳」の時期も終わりを迎えています。離乳直後の子馬が母馬を呼ぶ「いななき」を耳にすると、胸を締め付けられる思いになりますが、数日後には子馬同士が楽しくじゃれあう姿を見ることができます。その一人前になった姿を見ていると、出生直後には弱々しく映った子馬の成長を実感することができるのではないでしょうか?それもそのはずで、健康な子馬の出生時の体重は50~60kgですが、6ヶ月齢頃には約250kgにまで増加します。このように、生まれてから一般的に離乳が行われる6ヶ月齢までの子馬の成長速度は、それ以降と比較すると著しく速いために、骨、腱、靭帯および筋肉の成長のバランスが崩れることによって、発育期整形外科的疾患(DOD:Developmental Orthopaedic Disease)に代表される疾患が誘発されることも珍しくありません。特に3ヶ月齢頃までの肢勢の変化は著しく、この時期にはクラブフットや球節部骨端炎など下肢部の疾患の発症が多く認められます。さらに、この時期には繋が起ちやすく、この「繋の起ち」が経験的にクラブフットをはじめとする下肢部疾患に先立つ症状とも考えられています。
 今回は、当歳馬に認められる「繋の起ち」に着目し、日高育成牧場で実施している調査データを基に屈腱および繋靭帯の成長について触れてみたいと思います。


子馬の体重と体高の成長
 本題に入る前に、子馬の成長について少し触れてみたいと思います。前述のように子馬の成長速度は速く、成馬の体重を500kgと仮定すると、出生時には成馬の体重の約10%でしかないのに、わずか半年間で成馬の体重の約50%にまで急成長します。一方、子馬の出生時の体高は約100cmで、6ヶ月齢頃には約135cmに達します。成馬の体高を160cmと仮定すると、出生時に既に63%に達しており、6ヶ月齢時には84%にまで達します。この体重と体高の成長速度の相違(図1)は、骨の発達は胎子期にあたる出生3ヶ月前から盛んであるのに対して、筋肉の発達は生後2ヶ月齢以降から盛んになるという報告(図2)に一致しているように思われます。この各組織における発達時期の相違が様々な運動器疾患を誘発する原因である可能性も否定できません。

1_3図1.当歳馬の体高と体重の推移

2_3 図2.骨と筋肉の発達の盛んな時期の相違に関するグラフ

当歳馬の屈腱および繋靭帯の成長
 日高育成牧場ではJRAホームブレッド(生産馬)を用いて、生後翌日から屈腱部エコー検査を定期的に実施し、屈腱および繋靭帯の成長に関する調査を行っています。成馬では浅屈腱と繋靭帯の横断面積はほぼ同程度なのですが、当場での調査の結果、5ヶ月齢までは繋靭帯の方が浅屈腱より横断面積が大きく、特に2ヶ月齢までは1.3倍程度も大きいこと、一方、7ヶ月以降は浅屈腱の方が繋靭帯より横断面積が大きくなることが明らかとなりました(図3)。このように腱や靭帯の成長速度は異なっており、子馬と成馬の腱および靭帯の横断面積の比率は同じではないことが分かりました(図4)。

3 図3.当歳馬の屈腱および繋靭帯横断面積の変化

4図4.生後1日齢(左)と成馬(右)の屈腱部エコー検査画像の比較。生後1日齢では成馬と比較して繋靭帯(赤の破線)が浅屈腱(黒の破線)より大きいのが特徴です。

球節の機能
 「繋の起ち」に関係する球節の機能について触れてみます。「形態は機能に従う」という言葉があります。つまり形をよく観察すれば、その働きが解るという意味ですが、馬の体にもその言葉が当てはまる構造が少なくありません。馬の肢を横から見ると球節から蹄までが地面に対して45°程度の角度がついていること、また球節の後ろにある種子骨が2個存在していることは、まさに「形態は機能に従う」という言葉が当てはまります。馬は肉食動物から逃げることで生き残ってきた進化の歴史が示すとおり、ストライドを伸ばすために中指だけを長くし、一本指で走るという特異な骨格を獲得してきました。そのなかで、全力疾走した際に1本の肢にかかる1トンともいわれている衝撃を吸収するクッションの役割を担うために球節には角度がついていると考えられています。また、球節の後方にある種子骨は、球節の過度な沈下を防ぐ役割を果たしている腱や靭帯が球節後方を通過する際に生じる摩擦を緩和する働き、および種子骨が圧力の低い方向に僅かに移動することによって、球節の沈下時に生じる衝撃を直接腱や靭帯に伝えることなく、その衝撃を軽減する働きがあります。また、球節の形状が示すように、馬は速く走るために関節の内外への自由度を犠牲にして、前後方向の屈伸動作による衝撃を吸収させるように進化してきました。しかし、予期せぬ左右方向の衝撃を少しでも緩和するために種子骨は内外に2個並んで存在しています。このように球節の形状および種子骨の数には進化のための理由が存在しています。
 球節の角度を保ち、さらに過伸展を防ぐ構造は「懸垂器官(Suspensory Apparatus)」と呼ばれており、主に繋靭帯、近位種子骨(球節の後方にある種子骨)および種子骨靭帯により構成され、浅屈腱と深屈腱もその働きの一端を担っています。これらの腱や靭帯が「ハンモック」のように球節の角度を維持しています。

当歳馬の「繋の起ち」
 前述の調査において、特に2ヶ月齢までは成馬と異なり、繋靭帯の方が浅屈腱より横断面積が1.3倍程度も大きいという結果は、成馬と異なり球節後面をサポートする懸垂器官としての繋靭帯の役割が成馬のそれよりも大きいことを意味しているように推測されます。また、出生時には成馬の体重の約10%であること、および筋肉の発達は生後2ヶ月齢以降から盛んになるという報告(図2)からも、新生子は体重を軽量化するために筋肉を発達させず、さらに未発達な筋肉を補うために、強靭な結合組織で構成され、体重負荷という張力によって伸展および収縮するエネルギー効率の良い靭帯が担う役割を成馬よりも高めていることが推察されます。これらのことから、新生子は球節の動きを機能させるために、エネルギー効率に優れている繋靭帯が担う役割を成馬よりも高めているように思われます。3ヶ月齢までの子馬に種子骨々折が多く認められるという報告があるのも、繋靭帯と結合している種子骨にもストレスがかかりやすいためであると考えられます。
 それではなぜ「繋の起ち」が起こるのでしょうか?新生子が初めて起立した時には、初めて重力という負荷を支えるために、ほとんどが球節の過伸展した「繋がゆるい(ねている)」状態ですが、体重の負荷が繋靭帯にかかることによって、球節を牽引するように機能し始め、球節の過伸展を防ぎます。その後、繋靭帯は子馬の体重を支えるには十分すぎるほどの牽引力を獲得するために、「繋が起つ」状態へとなっていくのでしょう。「繋が起つ」状態に先立って、軽度の腕膝(腕節がカブッた状態)が認められることも少なくありませんが、おそらくこの状態は体重を支える負荷によって腱や靭帯の緊張が増加している状態であり、その後に「繋が起つ」状態へと向かっていくことが多いように思われます。自然界では「繋が臥している」状態では疾走することはできないので、球節を機能させるために繋靭帯が担う役割を高め、効率的に体重を支え、外敵から身を守るために疾走できるように進化してきた結果、4ヶ月齢頃までは「繋が起つ」状態になりやすいのではないかと推察されます。一方、体重が200kgを超える頃から「繋の起ち」が徐々に治まるようにも見受けられますが、これは体重の増加によって、重力と繋靭帯の強度とのバランスが適切な状態に近づいているためだと考えられます。また、「繋が起ち」やすい4ヶ月齢頃までは、ちょうど管骨遠位(球節部)の骨端板が成長する時期、すなわち球節部の骨端炎が起こりやすい時期と一致しているという点に着目し、「形態は機能に従う」という言葉を当てはめてみると、子馬は自ら成長するために、生理的に「繋を起てて」、骨端板にストレスがかからないようにしているのではないかとさえ考えられます(図5)。一方、「繋を起てる」ことによって蹄尖への体重を支える負荷が高まってしまい、蹄尖部が虚血状態に陥りやすくなる結果、この時期にはクラブフットも発症しやすいのではないかとも考えられます。これらの推測は、「自然現象には必ず理由が存在する」という前提にたったものです。筋肉の発達が盛んになる前の2~3ヶ月齢までの子馬は、体重こそ軽いものの骨や靭帯にかかる負担は成馬以上であると考えられるので、この時期の子馬の肢勢の変化や歩様の違和には注意を払わなければなりません。

5 図5.1ヶ月齢と6ヶ月齢時のX線画像による繋ぎの角度の比較。骨端板が成長している1ヶ月齢では「繋ぎが起ち」、骨端板が閉鎖した6ヶ月齢では「繋の起ち」が治まっています。

(日高育成牧場 専門役  頃末 憲治)








2019年1月23日 (水)

子馬の発育期整形外科疾患(DOD)

No.35 (2011年7月1日号)

成長期の骨や腱などにみられる病気
 サラブレッドが最も成長する時期は、誕生してから離乳するまでの期間です。健康な子馬の誕生時の体重は50~60kgですが、離乳が行われる6ヶ月齢頃には約250kgにまで増加します。成馬になったときの体重を仮に500kgとすると、出生時には成馬の体重の10%程度でしかないのに、わずか半年間で成馬の体重の50%にまで急成長することになるのです。このような急激な成長をみせるサラブレッドの子馬の骨や腱などに、この時期に特有の疾患を引き起こすことがあり、このような疾患を総じて発育期整形外科的疾患(DOD:Developmental Orthopaedic Disease)と呼んでいます。

DODには、どんな疾患があるの?
 DODの代表的な疾患には、離断性骨軟骨症(OCD)、骨軟骨症(骨嚢胞)、骨端炎、肢軸異常、ウォブラー症候群などがあります。これらの疾病の発症要因は、まだ十分に特定されていない部分も多いが、一般的に考えられているものとして遺伝的要因、急速な成長やバランスの悪い給餌(栄養)、解剖学的な構造特性、運動の過不足、放牧地の硬さなどが挙げられます。一方、近年の研究では、遺伝との関連が強く、競走能力向上のための遺伝的選抜はDOD発症率の低下と相反するものであるため、DOD発症率は増加傾向にあるばかりでなく、撲滅することは不可能であるとさえ考えられています。したがって、飼養管理方法を適切なものとし、発症した場合は軽度のうちに適切な処置を施すことが重要と考えられています。ここでは、DODの代表的な疾患である「骨端炎」と「離断性骨軟骨症」、さらに生産者を悩ますことの多い肢軸異常の中から「クラブフット」について、その病態と発生要因、対策などについて紹介します。

骨端炎
 子馬の骨のレントゲン写真をみると、骨の両端部分には隙間が写っているのが分かります(図1)。この隙間が骨端板と呼ばれる部分で、まさに骨が成長している場所になります。この骨端板は軟骨からできているため、ストレスに弱く、過度の負荷がかかると炎症が起きてしまいます。骨端板は馬の成長に伴い、肢の下の部分から閉鎖していきますが、生後2~4ヵ月齢の子馬が最も影響を受けやすいのが管骨遠位(球節の上)の骨端板になります。この部分の骨端板に炎症が生じると、球節はスクエア(四角)状になり、歩様も硬くなり、繋が起ってきてしまいます。次第に腱の拘縮が起こると、後述するクラブフット発症の要因になるとも考えられています。有効な治療法としては抗炎症剤の投与がありますが、根本的には痛みの原因となる要因を考え、取り除くことが重要になります。また、体重増加が大きい子馬に発症しやすいことが認められているため、母馬の飼料を食べていないかどうか、あるいは放牧地の硬さや放牧時間などをもう一度、見直してみる必要があります(図2)。

1_7 図1 球節の骨端板の位置(左写真:矢印)と骨端炎発症馬のスクエア状の球節(右写真)。
レントゲンで透けて見える骨端板は骨が盛んに成長している大事な部分であり、ストレスに弱い部分でもある。

2_5 図2 母馬について走り回る子馬
活発な母馬について走り回る子馬の運動量は母馬以上になり、骨端板に炎症を起こすこともある。

離断性骨軟骨症(OCD:Osteochondrosis Dissecans)
 OCDは関節軟骨の発育過程の異常で壊死した骨軟骨片が剥離するために生じる病変です。飛節や膝関節や肩甲関節、球節はこの疾患の好発部位となります(図3)。飛節部のOCDは軟腫や跛行の原因となることもあります。しかし、臨床症状がない場合は手術の必要はなく、大きな骨片は関節鏡手術により除去することで予後は良好です。大抵の馬は、その成長過程のある時期に、一つあるいは複数のOCDを持っている可能性があり、多くの場合は競走能力には影響がないといわれています。飼養者はOCDの存在部位や大きさ、調教や競走において問題につながる可能性があるのかどうかなどの情報を予め知っておくことが重要であると思われます。

3_3 図3 飛節関節内の脛骨中間稜に認めたOCD症例

12カ月齢の定期レントゲン検査で発見したOCD病変をCTスキャン検査で3次元解析すると、小さな骨片が関節内に遊離しかけている様子が確認できる。

クラブフット
 クラブフットとは、後天的に深屈腱が拘縮することによって蹄関節が屈曲した状態で、外見上ゴルフクラブのように見えることから、このような名称で呼ばれている肢軸異常の1つです。生後3ヶ月齢ころの子馬に多く発症し、特徴的な肢軸の前方破折、蹄冠部の膨隆、蹄尖部の凹湾、蹄輪幅の増大や正常蹄との蹄角度の差などの症状により4段階にグレード分けされています(図4)。

4_2 図4 クラブフットのグレード(Dr. Reddenの分類から)
グレード1…蹄角度は、正常な対側肢よりも3~5度高い。蹄冠部の特徴的な膨隆は冠骨と蹄骨の間の部分的な脱臼に起因する。
グレード2…蹄角度は、正常な対側肢よりも5~8度高い。蹄踵部に幅の広い蹄輪幅を認める。通常の削蹄により蹄踵が接地しなくなる。
グレード3…蹄尖部の凹湾。蹄輪幅は蹄踵部で2倍。レントゲン画像上、蹄骨辺縁のリッピングが認められる。
グレード4…蹄壁は重度に凹湾し、蹄角度は80度以上となる。蹄冠の位置は踵や蹄尖と同じとなり、蹄底の膨隆を認められる。レントゲン画像上、蹄骨は石灰化の進行により円形に変形し、ローテーションも起こる。


 原因としては「疼痛」が挙げられています。子馬は骨や筋肉が未発達なため、上腕、肩部、球節あるいは蹄などに痛みがあると、これを和らげるために筋肉を緊張させます。特に球節の骨端炎や蹄内部に疼痛がある場合、負重を避けるために関節を屈曲させ、その結果、深屈腱支持靭帯が弛緩します。この状態が一定期間続くと、深屈腱支持靭帯の伸展する機能が低下し、廃用萎縮の状態となり、疼痛が消失しても深屈腱支持靭帯の拘縮が残り、クラブフットを発症すると考えられています。
 一方で、必ずしも疼痛を伴わずにクラブフットを発症することもあることから、疼痛以外の原因もいくつか考えられます。たとえば、採食姿勢もそのひとつです。子馬の四肢は首の長さに比較して長いため、放牧地で牧草を食べる時には、極端に大きく前肢を前後に開く姿勢をとる様子が頻繁に認められます(図5)。この時、後ろに引いた蹄の重心は前方に移動することから、蹄尖部は加重により蹄がつぶれ、蹄踵部は加重が軽減することにより蹄が伸びやすくなり、これが蹄壁角度の増加を助長すると考えられます。どちらの肢を前に出すかは子馬ごとに癖があることが調査の結果分かってきました。1日の大半を放牧地で過ごす子馬の採草姿勢とクラブフット発症との関連性が解明されつつあります。

5 図5 子馬の採食姿勢
子馬の四肢は首の長さに比較して長いため、前後に大きく開いて採食する。どちらの肢を前に出すかは馬によって癖があり、常に後ろに引かれている蹄の重心は前方に移動し、蹄角度が増加する一要因になると考えられる。

軽種馬生産・育成技術の向上を目指して
 現在、JRA 日高育成牧場では、軽種馬生産や育成管理技術の向上を目指して、軽種馬生産者、獣医師、装蹄師、栄養管理者が情報交換しながらDODや肢勢異常に関する調査研究に取り組んでいます。これらから得られる成績は研修会などの場で紹介していきたいと思います。


(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2018年12月27日 (木)

育成後期における蹄管理

No.22 (2010年12月1日号)

始めに
 蹄壁が薄い若馬の蹄は、体型、肢勢、歩様、運動、地質、日常の蹄管理など様々な要因により、蹄質は硬化あるいは軟化し、場合によっては蹄が脆弱化するなど、成馬の蹄に比べ環境による影響が反映されやすいとされています。一方、このことは、この時期の変形蹄であれば的確な矯正を行うことにより、良好な蹄形に改善できる可能性が高いとも考えられます。当歳時ほどではないものの、育成期にある若馬も細かに蹄質が変化するため、その変化に対応した削蹄修正を迅速に行い、馬体に伴った蹄の健全な成長を図り、安定した肢勢を維持することで蹄の異常な変形は予防され、結果的にその馬の価値あるいは能力は一段と向上すると言えるのではないでしょうか。

蹄管理の重要性
 1歳馬の蹄成長量は、月平均12mmで、成馬の9mmと比べても成長速度が速いことが分かっています。また、この期間は馬体の成長や調教に伴って、蹄角度はやや減少するものの、蹄下面の面積や蹄壁の長さは増加していきます(図1)。蹄成長の盛んなこの時期に、蹄への負荷が増加する調教が行われるため、定期的な蹄の検査や細かな蹄管理を怠ると、蹄壁の過剰摩滅や蹄が内向する仮性内向蹄、あるいは様々な疾病と深い関わりが示唆される変形蹄「ロングトゥアンダーランヒール」になるリスクが高くなると考えられます。

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図1 育成期における蹄鞘の変化と体重の推移

ロングトゥアンダーランヒール(以下LU)
 LUとは、外見上蹄尖壁は前方に伸びすぎ、蹄踵壁が潰れた蹄の状態(図2)の名称です。競走馬でも一般的に見られる変形蹄のひとつで、その発生原因は肢勢の欠陥、調教・競走時の蹄踵への過剰負荷、遺伝的な欠陥、蹄の過剰な水分含有など様々な要因が考えられています。そしてLUがファクターの1つとなる疾患には、挫踵(蹄踵壁と蹄支の間あたりに発生する挫跖の一種)、蹄血斑、白線裂、蹄側・蹄踵部裂蹄、ナビキュラー病(蹄内部の緩衝作用を持った軟部組織の病気)などの蹄疾患、あるいは反回ストレスの増加や球節の過剰沈下に伴う腱・靭帯組織の損傷などが挙げられます。LU蹄を良好なバランスに戻すためには、まず凹湾している蹄尖壁を十分に鑢削し、次に潰れてしまった蹄踵部を削切して、蹄踵部に健全で真直ぐな角細管(蹄壁の強靭性を保つ角質組織)の成長を促すことが重要となります。この削蹄により、蹄の負重中心軸は後方へと移動するため、負重バランスの適正化が図れます。ただし注意することとして、思い切った蹄尖壁の鑢削を行った際は、蹄角質硬化剤などを塗布して蹄の堅牢性を保つように心掛けます。

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図2 ロングトゥーアンダーランヒール(LU)


 また他の削蹄手法として、ケンタッキー州のリック・レドン獣医学博士によって普及された4ポイント・トリムも、LUに適した削蹄手法の一つです。この手法は、蹄負面の内・外側と蹄尖部分を多めに削り、削り残った内・外蹄尖部と内・外蹄踵部の4点が接地するように配慮する削蹄で、蹄反回時の支点を後方へ移行するとともに、蹄角度と繋角度を揃えることを目的とします。結果、力学的に効率の良い蹄反回が可能となり、反回時に蹄骨にかかる力学的ストレスが緩和されるとともに、蹄負面が減少した分を蹄底・蹄叉にて負重することで、蹄壁の成長を妨げる障害を取り除くことができると考えられています。

育成期における装蹄
 近年、蹄鉄を初装着するタイミングは、世界的に見ると遅くなる傾向にあり、トレーニングセールの数週間前に初めて装蹄を行うパターンが最も多いとされています。少し極端な例を挙げると、競走馬になっても蹄の状態が良ければ、前肢は跣蹄で管理する厩舎が豪州、米国、英国などで増加しているそうです。一方、日本では、ほぼ全ての競走馬が調教、レースともに蹄鉄を装着して行われています。JRA日高育成牧場の育成馬においては、平均気温の低下により蹄の成長量が減少するものの、トレーニングセールに向けた調教が強まる明け2歳時ぐらいから、過剰な蹄の摩滅予防と肢蹄の保護を目的とし、四肢に蹄鉄を装着します。しかし、例外もあります。例えば、削蹄のみではLUの矯正が期待できない場合などに、蹄鉄の装着を検討します。現在市販されている蹄鉄には、反回ポイントの後方移動を目的とした様々なアルミ製蹄鉄(図3)があるため、蹄負面の成長が悪く十分な削蹄ができない場合などは、そのような蹄鉄を装着します。また、正常な蹄であっても蹄の成長量と調教による蹄の摩滅量が吊りあわない場合や異常歩様による偏った摩滅を防止する場合(図4)、また裂蹄・蹄壁欠損などの蹄疾患を発症した蹄などにも、早期に蹄鉄を装着します。

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図3 ワールドレーシングプレート(サラブレッド社製)

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図4 蹄尖壁の過剰摩滅蹄

終わりに
 変化に富む育成期の蹄を的確に管理することは、後の蹄形成に対して非常に重要であり、その馬の生涯のキャリアを高めることに繋がると考えられます。常日頃から蹄を観察する中で、違和感や不均衡が生じた際には速やかに装蹄師に依頼し、修正あるいは補強などにより蹄が本来持つバランスを取り戻すことが、護蹄管理、肢蹄保護の観点から大切なのではないでしょうか。

(日高育成牧場 専門役 粠田洋平、業務課 大塚尚人)