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2019年3月27日 (水)

蹄疾患「蹄壁剥離症」について

No.58 (2012年7月1日号)

蹄壁剥離症とは
 蹄壁内部に空洞が生じる蹄疾患を、生産地においては「砂のぼり」と呼び、トレセンなどでは「蟻洞」(ぎどう)と呼びます。どちらも同じ蹄疾患に思われがちですが、空洞が発生する部位に違いがあります。前者の砂のぼりは、蹄壁中層と呼ばれる、蹄の外側に位置した角質のみに発生する空洞で、蹄壁は脆弱化するものの跛行には至りません。一方、後者の蟻洞は、蹄壁中層と葉状層または蹄壁中層と白線の結合が分離する疾患です。空洞が蹄壁中層と白線の分離程度で止まっている場合は跛行しませんが、葉状層まで空洞が達すると跛行を呈することがあります(図1、2)。この2種類の蹄疾患を、実際の定義に則って区別することは困難と言えるでしょう。そこで近年は、この両疾患をまとめて「蹄壁剥離症」と呼ぶようになってきました。

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蟻洞の分類
 跛行の原因にもなる蹄壁剥離症のひとつである蟻洞は、その治療に長い時間を要することから、重要な蹄疾患と位置づけて、様々な調査・研究が行われてきました。そして最近では、蟻洞の病態から3タイプに分類できることが分かっています。

① 単純型蟻洞
 比較的長い亀裂のような空洞が、蹄壁中層と白線ならび葉状層の間に生じる蟻洞です。蹄負面を見ると、蹄壁中層と白線の結合部に亀裂を観察することができますが、蹄鉄を装着していると発見が遅れてしまう蟻洞です。

② 白線裂型蟻洞
 白線裂と蟻洞、混同しやすい疾患ですが、厳密な定義は異なります。白線裂とは、蹄壁中層と蹄底の間が分離した疾患であるため、葉状層に達しない白線のみの欠損は、蟻洞ではありません。つまり白線裂型蟻洞とは、白線裂を中心とした空洞が、蹄壁中層と葉状層の間にまで拡大したものを指します。跣蹄(せんてい:蹄鉄を装着していないハダシの蹄)馬などに多く見られるタイプの蟻洞です。

③ 蹄葉炎型蟻洞
 名前の通り、慢性蹄葉炎などに続発する蟻洞です。蹄骨と葉状層の隙間を埋めるように発生する「ラメラーウェッジ(贅生角質:ぜいせいかくしつ)」と蹄壁中層の間に空洞が生じます。ラメラーウェッジは、蹄負面の肥厚した白線のように確認できますが、慢性蹄葉炎特有の凹湾した蹄尖壁を鑢削することにより、その存在を確認することもできます。また、最近の調査により、蟻洞の発生には角質分解細菌が関与していることが解っていますが、蹄葉炎型蟻洞には特定の真菌が強く関与していることも、この蟻洞の特徴です。

予防と治療
 蹄負面から進行する蟻洞は、蹄鉄の装着により初期病変の発見が難しく、気付いた時には重症化している例も少なくありません。したがって、蟻洞を発症しないように予防することが大切です。競走馬における蟻洞の発生部位を調べてみると、70%以上が蹄尖部に発生することが解っています。蹄が反回する時、蹄尖部には蹄壁を引き剥がすような力が加わるため、少しでも反回負荷を軽減するような装蹄、例えば一文字鉄頭蹄鉄(蹄鉄先端部を直線状に成形した蹄鉄)やセットバック装蹄法(蹄鉄を後方に下げて装着する装蹄)の適用、上湾(蹄鉄先端を反回方向へ反り上げるもの)の設置などが発症の予防に有効です。また、蹄負面の加熱焼烙処置が白線部の病変に有効との報告もあるため、冷装法時には、蹄負面を簡易ガスバーナーなどで加熱すると良いでしょう。跣蹄馬では、削蹄時に白線の状態を確認し、深度が深い白線裂がある場合には、装鉄することで病変の進行を抑制します。ただし、蹄鉄が蹄より前方へ飛び出るような装蹄を行うと、状態が悪化することもあるので注意が必要です。
 もしも蟻洞を発症してしまったら、分離した角質を除去して病変部を外気に露出させることが重要です(図3)。蹄葉炎型蟻洞に対しては、病変部に抗真菌薬を塗布することで進行を抑えます。それ以外のタイプ、すなわち角質分解細菌が関わる蟻洞には、パコマなどの消毒薬が有効となりますが、知覚部まで達するような症例に高濃度の消毒薬を使用する場合、強い刺激により痛みを伴う可能性があるため、獣医師や装蹄師による判断が必要です。

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蟻洞の発症は予測できる?
 先にも記したように、蟻洞の発生は蹄尖部に集中していますが、特に蹄尖中央部にある「縫際点」と呼ばれる部位に、深度が深い蟻洞が発生します。この縫際点の形成に関係があると考えられているのが、蹄骨先端の窪み「床縁切痕」です(図4)。この床縁切痕の大きさと縫際点における白線裂型蟻洞の関連性について、当場の育成馬を対象に調査したところ、床縁切痕が深くえぐれている蹄は、蟻洞になりやすいことが解りました。つまり、レントゲン撮影により床縁切痕の大きさを確認することが、発症のリスクを予測するのに有効と言えるでしょう。

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終わりに
 蹄負面にある白線や縫際点の状態を、普段の管理の中で正確に確認することは難しく、ましてや蹄鉄を装着した蹄に至っては、ほぼ不可能と言っても過言ではありません。よって、蟻洞の予防対策は装蹄師任せになりがちですが、清潔な馬房環境を維持することや、こまめなウラホリ・洗蹄により日頃から蹄を清潔に保つことも、発症を予防するために必要と言えるでしょう。

(日高育成牧場業務課 大塚尚人)

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