« 最近の妊娠超音波(エコー)検査 | メイン | 蹄疾患「蹄壁剥離症」について »

2019年3月25日 (月)

レポジトリーの普及と今後の課題

No.57 (2012年6月15日号)

レポジトリーとは
 レポジトリーとは、販売申込者から提出されたセリ上場馬の「四肢レントゲン像」や「咽喉頭部内視鏡像」などの医療情報を、予め購買者に公開するシステムです。国内の市場では2006年のセレクトセール1歳市場からレポジトリーが行われるようになり、今までに徐々に普及してきました(図1)。

1_2図1 セリにおけるレポジトリールームの様子(2012トレーニングセール 札幌)
上場者から提出された四肢レントゲン像、咽喉頭部内視鏡動画の閲覧ができる。

 このレポジトリーは、購買者・販売申込者・主催者の3者にメリットがあるものです。すなわち、購買者はレポジトリー資料を血統的背景や外貌上の特徴に加味して購買判断の一助とすることで、安心、納得して取引を行うことができるメリットがあります。一方、販売申込者は上場馬の状態を予め開示することで、疾病のリスクを知らせたり、品質を保証したりできるため、上場馬の価値を高めるとともに売買に関するトラブルの発生を未然に防止することができます。これにより、セリ場で同じ説明や検査を繰り返す必要もなくなり、人だけでなく馬の負担も減らすことができます。また、主催者にとっても、売買に関するトラブルの防止は、市場の信頼性を高めるメリットがあります。

レポジトリー所見と競走能力
 四肢レントゲン像では、関節のOCD(離断性骨軟骨症)や骨嚢胞、あるいは陳旧性の骨折や手術跡などの所見を確認することができます。各々の所見の発生状況や将来的に運動能力に及ぼす影響について、JRAを含め海外でも様々な調査研究が行われています。それらの調査研究によると、多くの臨床症状を伴わないレントゲン所見は、そのまま調教を行っても運動能力に問題はなく、臨床症状を呈する所見もあらかじめ適切な外科手術などの処置を施すことで、競走馬として活躍することが可能であることが報告されています。国内においても市場の主催者を中心にレポジトリーにおけるレントゲン所見の発生率などが調査され、上場馬を購買する際の判断基準が提示されるようになってきました。一方、咽喉頭部の内視鏡動画では、喘鳴症の原因となる喉頭片麻痺やDDSP(軟口蓋背方変位)、喉頭蓋の異常などの所見を認めることがあります。しかし、レポジトリーにおける咽喉頭部内視鏡所見の判断基準については、まだ、あまりよく調べられていないのが現状です。

喉頭片麻痺
 一般に「ノド鳴り」や「喘鳴症」と呼ばれている喉頭片麻痺の病態になると、吸気時に披裂軟骨が完全に開かず気道が狭くなるため、運動中にヒューヒューという異常呼吸音を発します。このような状態では、気道の吸気の流れが阻害されるため、プアパフォーマンスの原因となります。喉頭片麻痺は表1のように、その症状によりグレード分けされています。JRA育成馬を用いた調査では、若馬の14%以上がグレードⅠ以上の所見を有していること、グレードⅡまでは競走成績に影響を及ぼさないことが明らかになっています。一方、グレードⅢ以上の有所見馬になると、喘鳴症を発症することが多くなることから、麻痺して動かない披裂軟骨を固定する喉頭形成術が適応されます。喘鳴症の程度は安静時の内視鏡検査のみでは判らないことが多く、手術実施の確定診断にはトレッドミル走行時の内視鏡検査が有効な確定法となります。

表1 喉頭片麻痺(LH)グレード

2_3

鎮静処置の咽喉頭部内視鏡所見に与える影響
 1歳サラブレッド若馬のレポジトリー検査では、生まれて初めて鼻腔に内視鏡カメラを挿入される場合も多く、検査時に激しく抵抗したり興奮したりすることがあります。このような馬には、薬物による鎮静処置を施してからレポジトリー検査を実施しなければならない場合もあります。鎮静処置により人馬の安全を確保した上で、正確な診断を下すことはとても重要です。しかし経験的に、咽喉頭部内視鏡検査では、鎮静処置により左右披裂軟骨の非同調性や咽頭虚脱の発症が起こり易くなる傾向があることが知られています(図2)。デンマークのグループの調査では、鎮静処置により健常な馬の披裂軟骨の開き具合が低下することが報告されています。低いグレードの喉頭片麻痺所見は、走行中の喘鳴音などの臨床症状を示さない限り、競走能力に影響がないことも分かっていますが、競走馬になってからの変化を危惧して、購買者から敬遠されてしまう原因になる可能性があります。このような鎮静処置誘発性の病態については、本来の状態を表していない可能性があるため、今後レポジトリーがさらに普及するためにも、さらなる調査と対策が求められます。

3_2図2 鎮静処置下の咽喉頭部内視鏡像
鎮静処置により喉頭片麻痺グレードが変化することもある。

最後に
 購買者はレポジトリーを利用して上場馬の現状を知り、購入を判断する一助とします。そのため、販売申込者が提出するレポジトリー資料は診断価値のある画像や動画でなくてはなりません。また、撮影手技の不備や診断基準の相違は、購買者の購入判断を見誤らせ、馬の価値に影響を及ぼす原因となります。信頼性の高いレポジトリーを普及していくことが、国内のサラブレッド生産と市場の活発化につながると思われます。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

コメント

この記事へのコメントは終了しました。