装蹄技術の向上を目指して
No.46 (2011年12月15日号)
サラブレッドは、より速く走るために改良が続けられてきました。そのため、皮膚の延長である『蹄(ひづめ)』の蹄壁は薄く、蹄底は浅くなり、蹄質が脆弱化した結果、蹄壁凹湾、アンダーラン・ヒール、挫跖、白帯病、蹄葉炎、肢軸異常、クラブフット等といった様々な病気にかかりやすくなってしまったと考えられます。
こうした蹄のトラブルを予防し、改善するうえで装蹄師の技術向上は欠くことができません。今回は、その装蹄技術向上に向けた話題を紹介いたします。
全国装蹄競技大会と海外での大会
毎年10月下旬に、全国地方予選を勝ち抜いた選手達が栃木県の装蹄教育センターに集い、その年の日本一を決める「全国装蹄競技大会」が開催されています。1941年から始まったこの大会も、今年で64回目を向かえました。本競技大会は、造鉄競技、装蹄競技、装蹄判断競技の3種目により勝敗を決めますが、本年、栄えある最優秀賞(農林水産大臣賞)に選ばれたのは、北海道日高装蹄師会所属の中舘敬貴氏で、同装蹄師会所属者が全国一になるのは初めてとのこと、北海道の装蹄技術が日本のトップレベルにあることを証明した大会となりました(写真1)。
また、この大会の優勝者は、翌年の2月下旬にアメリカで開催されるAFA(米国装蹄師会)が主催する米国装蹄競技大会にも出場します。競技内容は、北米選手権と呼ばれる装蹄競技、基本造鉄競技、治療用の特殊蹄鉄を3~4種類作る造鉄競技、二人一組で行うドラフト競技、60歳以上を対象としたシニアクラス造鉄競技など様々な種目があります。この大会は、北米に限らずヨーロッパあるいは南米、アジアからも選手が集うとともに、その年のアメリカナショナルチームの選考も兼ねているため、参加選手のレベルは正に世界トップクラスといっても過言ではありません(写真2)。
一方、アジア国際装蹄競技大会は、毎年マレーシアで開催されています。この大会は、同国で競馬を主催する4つの団体が、毎年持ち回りで開催するナショナルホースショーの付帯行事として行われています。本年は、JRA装蹄職員である竹田信之、大塚尚人の両名が、日本人としては初めて同大会へ参加し、総勢43名による競合の結果、竹田職員は総合1位、大塚職員は総合2位という、日本勢ワンツーフィニッシュを達成しました(写真3)。過去に日本人が参加したことのない大会であったため、競技に関する情報は皆無に等しく、貸出される器材や会場の環境などは全て現地に行ってから確認し、競技本番中には周りの選手が行う作業内容を確認しつつ、ようやく競技の内容を理解して蹄鉄を作成するような状況でした。こうした環境のなかで獲得した両名の栄誉を称えたいと思います。
写真3:アジア装蹄競技大会風景(上:竹田選手、下:大塚選手)
海外の一流装蹄師
昨年2月、英国上級装蹄師国家資格(FWCF)という取得が極めて難しい資格を持つ装蹄師、サイモン・カーティス装蹄師(英国ニューマーケット)が来日しました。彼は、多くの馬関係の専門書籍を執筆するだけでなく、世界20カ国以上における講演、また英国で獣医大学や各種馬専門機関で講師や理事を務めるなど、世界規模で活躍する著名な装蹄師です。輝かしい経歴を持つ同氏からは、子馬における肢軸異常の矯正方法やデモンストレーション、また肢勢の見方や症例報告などの講演が行われました。この講演で彼が力説したことを以下に要約します。
子馬の成長は日々早く、肢蹄に異常を見過ごすと肢軸異常や変形蹄を発症して競走能力にも影響します。日ごろから、子馬の馬体を観察して異常がないかを確認するためには、肢軸検査で子馬の馬体をチェックしなければなりません。したがって、異常肢軸を見抜く眼、すなわち眼力を養うことは重要な技術のひとつです。肢軸検査は装削蹄を行う前には、平らな路面上で3つの検査を行います。駐立検査・歩様検査・挙肢検査を綿密に行なうことが大切です。成馬の検査(装蹄判断)を行う際は、馬の正面(前望)、後ろ(後望)、左横(左側望)から検査をしますが、子馬の検査(肢軸検査)の場合は若干異なります。馬の正面や真後ろの延長線上から見ると、正常な肢であっても捻じれているように見えてしまうので、前肢では腕間節の正面から、また後肢では蹄の正面(蹄尖の延長線から)から観察します。一般的に前肢では前方から観察しますが、後方から前肢の状態を観察することも重要となります。
(1) 駐立検査:姿勢および肢軸を見る検査
(2) 歩様検査:歩き方を見る検査
(3) 挙肢検査:蹄の内外バランスを見る検査
子馬の肢軸異常には、大きく分けて3種類あります。肢軸旋回・オフセットニー・内・外方肢軸旋回、これらは、単独で発生するのではなく、ひとつの関節に複合している場合や一本の肢の複数の関節に見られることもあります。ひとつの異常に対して矯正を行うと別の部位に異常を生みだしてしまう場合もあるので、より慎重な対応が必要です。
(1) 肢軸旋回:肢の一部または全体が旋回しているもので、肢全体的が外側に旋回しているのが多数を占めています。また、75%程は成長に伴って自然に正常な範囲にまで回復すると言われています。
(2) オフセットニー:橈骨と管骨の骨中心軸が、腕関節部を挟んでまっすぐでないもの(軸ズレ)で、多くの場合は管骨中心軸が外側にズレています。
(3) 内・外方肢軸旋回:前肢では腕関節や球節、後肢では飛節や球節おいて関節を中心に、上部と下部の骨の中心軸が内外いずれかに屈曲(破折)するものです。
肢軸矯正の時期は、関節を構成する骨の成長板の活動期と重なり、球節では3ヵ月齢まで、腕関節では12ヵ月齢までですが、できるだけ早い時期(6ヵ月齢)の方が高い効果が得られると言われています。肢軸異常の治療法には、『張り出し処置法(エクステンション)』が行われ、この処置法には、ダルマシューズのようなカフタイプ(蹄にはめ込む)の蹄鉄を使用していましたが、蹄を締め付け、蹄の成長を阻害する恐れあるので、現在は、アルカリ樹脂やポリマーウレタン製の充填剤が使用されています。
子馬の蹄の成長速度は、1ヶ月間におよそ、当歳では15㎜、1歳では12㎜、2歳以上では9㎜伸びます。しかし、当歳馬の蹄角質は柔らかいので、蹄に加わる体重圧のバランスが崩れると直ぐに蹄形に歪みが発生します。そのため、生まれた直後から体重が四肢蹄に均等に分担されるように、また、ひとつの蹄でもバランスよく負重するように気を配る必要があります。子馬の初回の削蹄は、4週齢から始めてその後は4週間毎に行います。サイモン・カーティス装蹄師は、経験的に、削蹄周期が不規則な牧場に比べ、4週間毎に定期的に削蹄している牧場では、肢蹄トラブルの発生が少ないと報告していました。ただし、何らかの問題が発生した症例では、矯正のため2週間毎に削蹄を行うことが大切です。
重要な日々の蹄チェック
普段から馬体を支え、地面から伝わる衝撃にも耐える蹄は、組織的にも構造的にも高性能な緩衝作用を持つ、とても丈夫な器官です。しかし、蹄に何らかのトラブルを抱え、満足に運動も行えないような馬も散見されます。痛みに対する耐性が強い蹄は、僅かな痛みぐらいでは跛行も違和感も見せないため、その症状は気づかれないまま放置され、積もりに積もったストレスは、やがて大きなトラブルとなって蹄を蝕みます。したがって、症状が現れる頃には相当なダメージが蓄積されており、長期間の治療を要することになります。蹄疾患を予防するには、日頃から健康な蹄の状態を把握することが大切で、そのためには日常の手入れの際の蹄のチェック(素手で蹄温度を診てみる、指動脈を確認する(写真4)、ウラホリで蹄底を打診してみる)をしましょう。また蹄鉄を装着している場合は、蹄鉄を外さないと分からないこともあるので、装削蹄の際に装蹄師とコミュニケーションをとり、その馬の蹄状態をしっかり把握しましょう。早期発見、早期治療、病魔は小さいうちに対処をすれば完治も早いでしょう。軽度の蹄疾患であれば装蹄師だけでも十分に対処できますが、重度な時は装蹄師の装蹄療法だけでは対処できない場合があります。獣医師+装蹄師+牧場関係者、三者が一丸となって治療に向き合うことが、早期治癒への近道となるでしょう。
(日高育成牧場 専門役 川端 勝人)
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