運動器疾患に対する装削蹄方針について
No.66 (2012年11月1日号)
はじめに
蹄は、肢勢や歩様などの異常を変形することで表す受動的な器官であると同時に、その形態の善し悪しが様々な運動器疾患を引き起こす一要因にもなる器官とされています。そこで今回は、競走馬に見られる運動器疾患の中でも、比較的蹄管理との関係が深いとされているいくつかの疾患について紹介したいと思います。
屈腱炎
多くの名馬たちが引退へと追い込まれた運動器疾患「屈腱炎」は、蹄の形態と強い関連性があると考えられています。特に、異常蹄形である「ロングトゥ・アンダーランヒール(図1)」は、屈腱炎発症肢に多い蹄形との報告があるように 屈腱炎発症の一要因として考えられています。過剰に長い蹄尖壁(ロングトゥ)は、蹄の反回時に生じる屈腱への負荷を増大させます。また前方へ移動した蹄踵(アンダーランヒール)は、蹄尖を浮き上がらせるような力を増大させると考えられます。そこで、前方へ張り出した蹄尖壁を定期的に削り取ることで反回負荷の軽減を図ったり、前方へ伸び過ぎた蹄踵を除去したりします。それでも直しきれない場合は、蹄角度を起こす厚尾蹄鉄(先端から末端にかけて厚みが増す蹄鉄)や、蹄尖が浮き上がる力を抑制するエッグバー蹄鉄(末端部が繋がったタマゴ状の蹄鉄)を装着し、蹄角度の改善や力学的ストレスの緩和を図ります(図2)。ただし、どちらの蹄鉄も蹄踵部にかかる負荷が増大することにより蹄踵壁が潰れてしまうため、長期間の使用は極力避けた方が良いでしょう。
図1 ロングトゥ・アンダーランヒール
図2 厚尾状エッグバー蹄鉄
球節炎
球節部に腫脹、帯熱、屈曲痛などが生じる球節炎と蹄の形態にも関連性があると考えられています。不同蹄(左右の蹄の大きさや角度が異なる蹄)に発症する各運動器疾患について調査したところ、蹄が大きい肢において球節炎が多く発症することが分かりました。蹄が大きいということは蹄の横幅(横径)が長いため、横幅が短い小さな蹄に比べて地面の凹凸をより多く拾うことになります(図3)。球関節はその構造上、可動範囲が前後2方向に限られているため、凹凸を踏んだ際に生じる蹄が傾くような横方向の動きは、球関節へのイレギュラーなストレスになるでしょう。そのことは、球節炎のみならず球節軟腫や繋靭帯の捻挫(過伸展)などを引き起こす要因になってしまうかもしれません。蹄側壁が凹湾し、横幅が長くなっているような蹄は、しっかりと鑢削して適度な横幅を維持しましょう。もし跣蹄において横幅が長い場合は、4ポイントトリム(内外側の蹄尖・蹄踵負面4点のみに負重を促す削蹄技法)を行うことにより横幅の短縮が図れます。
図3 横幅が長いと凹凸を拾いやすい
内側管骨瘤
第2中手骨と第3中手骨の間に異常な骨増生が起こる運動器疾患で、成長期にある競走馬や若馬に多く見られます。軽度なものであれば骨増生がある程度納まった時点で跛行は消失しますが、腕関節に近い部位にできる骨瘤は靭帯や腱を傷つける恐れもあります。発症の原因としては、骨格が不成熟な時期に行う強い調教、交突(蹄が対側の肢蹄に衝突すること)や硬い地表による衝撃、蹄の変形による内外バランスの欠如、極端な外向肢勢や広踏肢勢、またオフセットニー(図4)などの異常肢勢が挙げられます。装蹄視点からの対処法としては、蹄鉄と蹄の間に空隙を設けたりパッドを挿入したりすることで、衝撃の緩和を図るといった装蹄療法がありますが、蹄に直接伝わる衝撃は緩和出来ても、関節や骨に加わる負重は変化しませんので、ほとんど効果は期待できません。肢軸の状態を十分に考慮した上で、蹄内外バランスの調整を定期的に行うことのほうが大切と言えるでしょう。
図4 オフセットニー
おわりに
ここまで紹介した運動器疾患の発症すべてに共通する要因として「蹄の変形」が挙げられます。蹄の形態は、遺伝、肢勢、飼料、運動、敷料、年齢、気候など様々な影響により日々変化することから、日常の蹄管理を怠った状態で蹄のバランスを保つことは不可能と言えるでしょう。特に、骨や靭帯あるいは腱などが柔軟で、蹄角質の成長が活発な若馬は、わずかな期間で蹄が変形してしまいます。しかし、成馬に比べればバランスの矯正も比較的容易に行え、各部位の骨端板(骨細胞の増殖により骨が伸びる軟骨部)が閉じる前では、ある程度の肢勢矯正も期待できることから、蹄が変形しやすい異常肢勢にならないよう早い時期から対処し、将来的な運動器疾患の予防へと繋げていきましょう。
(日高育成牧場業務課 工藤有馬・大塚尚人)
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