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2019年4月17日 (水)

競走馬の休養

No.67 (2012年11月15日号)

 競馬サークル内で、「競走馬の休養」というときは、大きく2つのタイプの休養に分けられます。すなわち、1)骨折などの疾病による休養、そして2)いわゆる馬体調整のための休養です。

疾病などによる休養
 骨折などの重篤な運動器疾病を発症した場合は、その病気を完全に治癒させることが必要であるため、必然的に馬房内の完全休養となります。この際に、馬房内休養が長期間におよべば(5~6週間以上)、トレーニングによってせっかく高まった呼吸循環機能は、トレーニング開始前のレベル近くまで低下してしまいます。これに対し、少なくとも常歩による運動を行なうことが出来る場合には、呼吸循環系機能への影響は完全休養ほどには大きくはないものと考えられます。
 一方、一過性の発熱や蕁麻疹などの内科的疾患で1~数日間のトレーニングの休止が必要とされる場合では、トレーニング休止そのものが呼吸循環機能におよぼす影響はそれほど大きくはないと考えられます。しかしながら、トレーニング休止の影響は、その馬がトレーニングのどのステージにあるかによって大きく異なります。騎乗馴致後のトレーニング初期やその後のトレーニングの中期にある育成馬では、それほど大きな影響はないかもしれませんが、すでに競走馬として競馬への臨戦態勢にある場合には、ある程度の影響が考えられます。これは、トレーニング効果におよぼす影響というよりは、むしろコンディショニングに大きくかかわってくる問題でもあります。

馬体調整のための休養
 レースの直後にレースからの疲労回復を目的として、何日かを休養に当てることはあっても、競走馬が疾病以外の理由でトレーニング自体を休止することは稀です。競馬サークル内では、春の競馬シーズンを終了してから秋競馬まで調整することなどを休養と称することがありますが、この場合の休養は現実的にはトレーニングの休止とはいえません。
 トレーニングセンターに在厩している競走馬の放牧期間と在厩期間を調査した結果によると、近年では、放牧期間は30~90日間の馬の割合が高かったことがわかっています。また、厩舎事情もあってか、トレセン在厩期間の短い馬は放牧期間も短く、在厩期間の長い馬は放牧期間も長い傾向にありました。トレーニングセンター周辺の牧場においては、短期間の放牧が多い傾向にあり、これらの施設でトレーニングする馬のトレーニング強度は高い傾向がありあました。
 近年、育成トレーニング施設が充実してきたこともあり、いわゆる放牧休養という場合でも、実質的には強度の低い運動(速歩や駈歩)を継続していることが多いようです。ウォーキングマシーンを利用することで十分な常歩を負荷することができれば、サラブレッドのフィットネスを維持することに大きく役立つものと思われます。ウォーキングマシーンは近年普及が進み、育成トレーニング施設では必須の施設のひとつとなっており、日常的なトレーニングにおいて、ウォーミングアップあるいはクーリングダウンの補助手段として頻繁に用いられています(図1)。また、いわゆる馬体調整の一環で休養に入った競走馬でも、ウォーキングマシーンを利用して、時速7kmほどのいわゆるバイタルウォークの範疇となるスピードの速い常歩を十分に負荷している例が多いようです。

1_13 図1:近年普及の目立つウォーキングマシーン。ウォーミングアップやクーリングダウンにも用いられるほか、休養中の基礎運動の一環としても利用されている。

休養と呼吸循環機能に関する研究
 JRA競走馬総合研究所では、休養中の運動強度の違いが呼吸循環機能におよぼす影響を調べるために、3種類の休養形態を設定して、その影響を調べました。休養の方法は、1)駈歩休養群(トレッドミル上での70%VO2max強度の駈歩3分:ハロン18~20秒くらいの駈歩と考えてよい)、2)常歩休養群(ウォーキングマシーンでの時速6~7kmの常歩1時間)、3)完全休養群(馬房内で休養し、運動は行なわない)、の3群です。
 実験には21頭のサラブレッドを用いました。トレッドミル上で18週間にわたってトレーニングを負荷し、トレーニング終了時にトレッドミル運動負荷試験により最大酸素摂取量(VO2max)をはじめとする呼吸循環機能の指標を測定しました。その後、7頭ずつ上記の3群に分け、それぞれの条件下で12週間の休養を行ない、休養により呼吸循環機能がどのように変化するかを観察しました。18週間のトレーニングを行なうことで、持久力の最もよい指標であるVO2maxはトレーニング前と比較して大きく増加しました。また、パフォーマンスを表すと考えられる疲労困憊に要する走行時間は長くなりました。
トレーニング終了時のVO2maxを100%として、12週間の休養によりどれだけ変化しているかをみてみると、馬房内休養群では平均14.1%の減少が認められたのに対し、常歩休養群では平均12.7%、駈歩休養群では平均9.7%の減少が観察されました。また、疲労困憊に要する走行時間も休養によってすべての群で減少していましたが、その減少率は駈歩休養群が最も少なかったことがわかりました(図2)。

2_13図2:トレーニング終了時の数値を100%としたときの休養12週間後の割合。Aの最大酸素摂取量は、3種類の休養群でいずれも減少しており、その程度は、完全休養群>常歩休養群>駈歩休養群であった。一方、Bの疲労困憊に要する走行時間は、3群とも減少しているが、駈歩休養群では比較的維持されているのがわかる。


 当たり前のようですが、完全休養群に比べ、何らかの運動を継続していた方が、VO2maxの減少率が少ないことが分かります。VO2maxは酸素運搬系機能の総合的な指標です。そこで、VO2maxに影響をおよぼす因子の変化を少し詳しくみてみると、心臓の1回の拍動で送り出される血液量(1回拍出量)は、完全休養群で約20%減少していたのに対し、常歩休養群では約10%の減少にとどまり、この減少の程度は駈歩休養群とほぼ同じくらいでした。その他の呼吸循環系機能の指標についても、変化の様相は各群で必ずしも同じではなく、各休養群間で少しずつ違っていました。
 骨格筋のエネルギー代謝において重要な乳酸代謝に関する指標をみてみると、乳酸利用に関連するタンパク質であるMCT1は、駈歩休養群では比較的よく維持されていました。一方、激しい運動により筋細胞内に大量に産生された乳酸を細胞外に放出するタンパク質であるMCT4は駈歩休養群でも低下していました。MCT4は言ってみれば、無酸素性のエネルギー供給に関係するタンパク質であるので、これに関する機能を維持するには強い運動が必要であるということだと思われます。一方、MCT1は有酸素性のエネルギー供給に関係するタンパク質ですので、この機能が維持されていることは、重要な所見と思われます。
 休養により呼吸循環系機能は低下しますが、当然のことながら、その低下の程度は、完全休養群がもっとも高く、次いで常歩休養群、駈歩休養群の順でした。これは、もちろん予想どおりのことですが、体力の指標の中には常歩休養によってもかなり維持されているものもあったことは注目できる現象でした。これらの知見は、休養後の再トレーニングを考える上で重要な知見であると考えられます。

(日高育成牧場 副場長 平賀 敦)

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