初期育成 Feed

2021年1月25日 (月)

馬の飼料中のオメガ3脂肪酸について

私たちの身の回りでは、肥満のイメージから脂肪という栄養にあまり良い印象が無いかもしれません。いかなる栄養も、過ぎたるは何とかでありますが、脂肪は三大栄養素にも数えられるほど(後の二つは炭水化物とタンパク質)、動物にとって不可欠な栄養素です。脂肪は様々な種類の脂肪酸から構成されていますが、体内に蓄積しすぎると良くないとされている飽和脂肪酸と、体が正常に機能するために重要な不飽和脂肪酸に分けることができます(図1)。さらに、その不飽和脂肪酸の中でも、食べ物に含まれる量が少ないωおめが3(オメガスリー)についての話題が今回のテーマとなります。

 

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図1

脂肪酸は炭素原子が連結した骨格から構成されているが、炭素原子間に二重結合が全くなく単結合のみのものは飽和脂肪酸、一つ以上二重結合があるものは不飽和脂肪酸と呼ばれる。

オメガ3とは?

“オメガ3”は、元々ヒトの栄養分野では注目されており、最近、馬の飼養管理の現場でも注目されるようになってきました。正式な名称はオメガ3脂肪酸ですが、以下は略してオメガ3と呼ぶことにします。オメガ3は特定の脂肪酸ではなく、似通った構造や機能についてグループ化した総称です(図2)。オメガ6やオメガ9と呼ばれる脂肪酸のグループも存在し、これらも同様の規則により名づけられています。

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図2

脂肪酸のグループ名称は、炭素原子の鎖の端から数えて最初の二重結合が何番目にあるかでつけられている。オメガ3であれば、二重結合が3番目にあるということであり、この構造が同じであればその機能も似ていることになる。

 

生体内でのオメガ3の機能

オメガ3は脂肪酸グループの総称であることが分かりましたが、このグループにはα-リノレン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)およびドコサヘキサエン酸(DHA)などが含まれます。ヒトの分野では、オメガ3をしっかり摂取することにより、血中の中性脂肪や悪玉コレステロールが減少し、血液がサラサラになることが知られています。そのほかに、抗炎症作用を高める効果も知られています。また、DHAは脳を構成する神経細胞に多く存在し、脳の機能を高めると考えられています。

オメガ3は生体内の細胞膜の構成に関与しており、その存在により膜の透過能力が適切に維持されます。オメガ3の摂取により、中性脂肪の取り込みが良くなる、脳の情報伝達能力を高まる、炎症を早期に修復させるなどの効果は、細胞膜の透過性の向上によるものです。

 

オメガ3とオメガ6の関係

オメガ6はオメガ3同様に、細胞膜の構成に必要な脂肪酸です。しかし、オメガ3と6の細胞膜に及ぼす効果は真逆であり、細胞膜にオメガ6が多すぎると細胞膜は固くなります。細胞膜の透過性が高いことも重要ですが、適度に細胞の内容物を保持し壊れにくくするには適度な硬度も必要です。オメガ3とオメガ6は生体内で作ることができず、必ず食事(飼料)から採る必要のある必須脂肪酸です。このことから、オメガ3とオメガ6はバランス良く摂取する必要があります。しかし、オメガ6も必要なのに、どうしてオメガ3ばかりが注目されているのでしょうか? オメガ6は肉類に、オメガ3(EPAやDHA)は、魚類に多く含まれるため、現代人の食事の傾向をみると脂肪酸の摂取がオメガ3に比べてオメガ6に偏り勝ちになります。オメガ3とオメガ6の理想的な摂取バランスは、オメガ3:オメガ6=1:4とされていますが、このバランスをとるためにオメガ3の摂取がより推奨されています。

 

馬の飼料中のオメガ3

馬の飼料でみると、燕麦などの穀類にオメガ6は多く含まれ、放牧草などの青草や乾草にオメガ3は多く含まれます(図3)。したがって、放牧草が豊富な時期は、オメガ3の摂取不足を心配する必要は無いでしょう。しかし、十分な牧草が摂取できていない場合や、濃厚飼料の給与量が多いときはオメガ3の不足やオメガ6の摂取量に対するアンバランスが懸念されます。

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図3

不飽和脂肪酸の中で、生体内で作ることができない脂肪酸(必須脂肪酸)はオメガ3とオメガ6である。オメガ3であるα‐リノレン酸は、牧草やアマニに多く含まれ、EPAやDHAは青魚などに多く含まれる。オメガ6(リノール酸)は、燕麦やトウモロコシなどの穀類に多く含まれる。

馬が飼料から摂取するオメガ3は、ほとんどα-リノレン酸です。牧草以外には、アマニ(またはアマニ油)にも多く含まれます。生体内の機能向上に効果的に働くのは、オメガ3のなかでもEPAやDHAであり、これらは生体内でα-リノレン酸から作り変えられることにより供給されます。しかし、必ずしも、摂取したα-リノレン酸が全てEPAやDHAに変わるわけではないため、EPAやDHAを直接摂取したほうが効率的かもしれません。EPAやDHAは魚類油に多く含まれますが、草食動物は基本的に動物性の栄養を好まないことから、飼料に魚類油を加えることは嗜好性の面からみて推奨できません。魚類油が配合飼料に加えられていたり、馬用のサプリメントとして市販されていたりする場合は、嗜好性を落とさないよう、メーカーが香りづけをするなどの工夫をしているはずです。

 

馬にオメガ3を給与したときの効果を調べた研究

オメガ3をサプリメントとして馬に与えたとき、どのような効果がみられたかを調べた研究がいくつかあります。競走馬は強い運動を負荷した後、肺の毛細血管からの出血がみられ、その量が多いと鼻腔から出てきて“鼻出血”と診断されます。馬にDHAとEPAを給与したとき、運動後の肺出血量が少なかったことが報告されています。その他に、これらの脂肪酸を与えた時、種牡馬では精子の活性が高まったことや、繁殖牝馬では乳中のEPAおよびDHA濃度が上昇したことが報告されています。

 

馬がどのようなバランスでオメガ3とオメガ6を摂取するのが良いのかは、分かっていません。また、オメガ3を通常の飼料以外に給与すべきなのかは、紹介した研究結果のみでは結論できません。しかし、栄養価の高い牧草が適切な量で馬に給与されていれば、あえてオメガ3を補給しなくても良いのではないかと私は考えています。

 

 

日高育成牧場 主任研究役 松井 朗

2021年1月22日 (金)

GPSを用いた放牧地における親子の個体間距離測定

 ♪おうまのおやこは、なかよしこよし♪と歌われるこの童謡のタイトルは、『おうま』です(よく“おうまのおやこ”と勘違いされるようですが)。歌にうたわれるように、子馬は常に母馬に寄り添っています。同じ草食動物の牛は、子牛同士で群れをつくる習性がありますが、馬は母子間の絆が非常に強い動物です。

 

離乳は必要な儀式

動物においてエネルギーの供給には優先順位があり、優先順位は①維持→②成長→③産乳→④体脂肪→⑤繁殖(受胎や胎子の発育)の順番になっています(図1)。特に繁殖牝馬の場合、図にあるように胎子へのエネルギー供給は、授乳のための乳生産より優先順位は低くなっています。ちなみに、一番優先して供給される維持のためのエネルギーは、体温維持、心肺活動および代謝において必要であり、生命活動に必須のエネルギーです。このように、繁殖のためのエネルギー供給の優先順位が低いことから、妊娠中の繁殖牝馬にとって、長期間の授乳は胎子の健康な発育には望ましいとは言えません。また、子馬が母馬に依存している期間が長くなりすぎない方が、今後の馴致がやりやすくなるなどの利点があります。したがって、母子を健全に飼養管理するためには、適切な月齢に達したとき、離乳という儀式は不可欠となります。

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図1:エネルギー供給の優先順位

 動物においてエネルギー利用には優先順位があり、それは①維持→②成長→③産乳→④体脂肪→⑤繁殖(受胎や胎子の発育)の順である。すなわち、これから生まれる子孫よりも、すでに生まれた子孫にエネルギーが優先的にまわされることになる。

 

離乳によるストレスは子馬の健康な発育には有害

離乳により、子馬は母乳という摂取しやすい飼料を絶たれると同時に、少し大袈裟な表現ですが、母馬という精神的なよりどころを失うことになります。離乳によるストレスは、病気に対する抵抗力を弱める等のリスクの他に、食欲を減退させる場合があります。毎日あたりまえに摂取してきた母乳が無いことに加え、食欲減退も重なれば、体重の増加の停滞もしくは体重減少になることは避けられません。

時間が経過すると、子馬は母馬のいない状況を受け入れ、食欲を取り戻します。しかし、増体の停滞や体重減少の程度が大きい場合、代償(リバウンド)として急激に増体することがあります。このときの急激な増体は、発育期整形外科的疾患(DOD)を発症するリスクを高めるとされています。さらに、子馬が離乳時に感じたストレスが強すぎると、大きな“トラウマ”になり、従順さが失われ馴致しにくくなる場合があるともいわれています。これらのことから、離乳による子馬へのストレスは、極力少ないことが理想となります。

 

GPSを用いた放牧地での個体間距離測定

グローバル・ポジショニング・システム(GPS)は、最近は小型で精度の良いものが安価で手に入るようになり、民間の生産牧場でも、放牧地の運動量をGPSで把握されている方が結構いらっしゃるようです。離れたところにある2つのGPSの位置情報からGPS間の距離を測定することは可能であり、実際に世界中の多くの分野でこの測量方法は活用されています。

そこで、GPSを用いて、離乳前の親子間もしくは他個体間の放牧地における個体間距離を測定しました。放牧地において、母子間の個体間距離を5秒毎に測定し、日内で平均した結果を、成長に伴う変化として示しました(図2)。3週齢より以前の時期は、母子間の距離は約5mと、子馬はほとんど母馬から離れていないことが分かります。成長に伴い、母子間の平均個体間距離は大きくなっていき、18週齢(おおむね4月齢)以降、15mでおおむね変化がなくなります。

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図2:成長に伴う放牧地における親子の個体間距離の変化

 成長と共に母子間の距離は大きくなり、18週齢目以降、約15mでその変化が見られなくなる。

子馬の哺乳回数は、1週齢で1時間に4回、3週齢で3回、7週齢で2回と、成長に伴いその頻度は少なくなっていきます。その分、母馬から離れる時間も増えていきます。野生では、母馬が拒絶しない限り、10ヵ月齢以降も子馬が哺乳し続けていることが報告されており、18週齢を過ぎても子馬は母馬に依存し続けていると考えられます。しかし、母子間の個体間距離の成長に伴う変化から、出産直後が母子の関係の結びつきがピークにあり、経時的にその結びつきが弱くなっていく様子が観察されます。

母子間の距離が小さい時期よりも、距離に変化が見られなくなった18週齢以降に離乳したほうが、子馬の精神的なストレスはより少ないことが期待できます。実験を行った放牧地には8組の親子が放牧されていましたが、それぞれの子馬とその他の7頭の子馬との平均個体間距離をグラフで示しました(図3)。子馬は成長に伴い他の子馬と戯れる機会が増え、成長に伴い個体間距離は小さくなっていきます。約16週齢(おおむね3.5ヵ月齢)で、距離は約30mになり、それ以降は距離に変化がなくなります。この時期には、他個体との関係がある程度に築かれ、馬社会の一員になったいえのるかもしれません。放牧地の個体間距離からみた行動面からのみの示唆では、おおむね18週齢(4ヵ月齢)以降の離乳が、よりストレスを軽減させるのではないかと考えられます。

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図3:成長に伴う放牧地における子馬間の個体間距離の変化

 成長と共に子間の距離は小さくなり、16週齢目以降、約30mでその変化が見られなくなる。

 

 日高育成牧場生産育成研究室・主任研究役 松井朗

離乳後の当歳馬のしつけ 「3つの方法」 

離乳直後の当歳馬は、「母馬」という絶大な安心感を喪失するため、少なからず精神的に不安定な状態に陥ります。このため、馬によっては離乳後に取扱いが困難になる場合もあり、これまで以上に人に対する信頼感や安心感を育む努力が必要になります。
一方、放牧地で十分な青草を食べながら、他の馬たちと一緒に自発的な運動をすることが、この時期の子馬の健康な成長にとって必要不可欠であるため、必然的に人間と接する時間は限られます。このため、短時間で効果的な躾を実施することが求められます。
そこで今回は、離乳後の当歳に対して日高育成牧場で実施している「集放牧の時間を利用したしつけ」について、3つの方法をご紹介します。これらを毎日継続して実施することで、人馬の信頼関係を築く一助になるはずです。

間隔を離した引き馬
集放牧時、群のままで前の馬との間隔をつめる引き馬では、馬は落ち着いて歩きます。しかし、場合によっては、引いている人ではなく、前の馬をリーダーとして認識しています。このため、前の馬との間隔を空けることで、引いている人がリーダーとなり、人馬の関係を構築することができます(写真1)。前に歩かない馬や、逆に前に行きたがる馬の場合、引いている人が馬のスピードをコントロールしましょう。また、通路にビニールシートや横木などの障害物を設置し、そこを通過させることも人間の指示に従って歩くことを覚える有効な方法です(写真2)。

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写真1:前後の馬との間隔を空ける引き馬

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写真2:ビニールシート馴致

駐立・常歩展示の練習
集放牧時に放牧地と厩舎の途中で駐立・常歩展示の練習をします。重要なことは必ず1頭で実施することです。落ち着くからといって他の馬を近くに残しておくことは「全く意味がありません」。馬が寂しがったとしても、人間がリーダーとなって安心感を与えましょう。駐立および引き馬、いずれの場合であっても重要なことは「人と馬の距離感」です。特にリード(引き綱)はゆったりと保持し、決して短く保持して無理矢理抑え付けることがないように気を付けましょう(写真3)。

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写真3:駐立では「人と馬の距離感」が重要。引き綱はゆったりと保持する。

後膝のレントゲンの馴致
市場レポジトリーでは購買者から後膝のレントゲンが求められるようになりました。また、上場しない場合であっても、この部位の撮影を実施する機会は少なくありません。一方、後膝や股間にレントゲンのカセットが触れて馬が蹴り上げて、撮影者や撮影補助者が大怪我をするケースも少なくありません。このため、まだ体が小さく、力が弱い当歳のこの時期に後膝のレントゲンの馴致を実施することをおすすめします。敏感な馬については、最初はタオルパッティングから実施し、徐々にカセットに慣れさせていきましょう(写真4)。

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写真4:当歳時から後膝のレントゲン撮影に慣れさせておく

当歳馬のしつけの基本的な考え方
以上のしつけの基本的な考え方は、「人間が馬に求めていることは、危険なものでも痛みを伴うものでもないと、馬に納得させること」です。
例えば、レントゲンのカセットが股間に触れたところで、痛みを感じる馬はいません。これまで触られたことが無い部位であり、本能的に「何か痛い目に遭うのではないか」と、恐怖を感じているだけです。他の馬と離れて不安を感じるのは、自分だけ群と離れて、守ってくれる馬がおらず、痛い目に遭わされるのではないかと、恐怖を感じているだけです。このため、人間が馬に対して「カセットが股間に触れても痛くないこと」「1頭だけで残されても人間が安心感を与えてくれること」を納得させることが、人馬の信頼関係の構築に繋がります。紀元前の哲学者クセノフォンは、「馬を群衆に慣れさせるためには、群衆のいるところに連れていき、騒音や目に見えるものすべてが怖いものではないと教えることだ」と言っています。2000年以上、連綿と世界中のホースマンに受け継がれてきた馬のしつけの基本方針ですね。

日高育成牧場業務課長 冨成雅尚

前肢における著しいコンフォメーション異常が市場および競走成績等に及ぼす影響

はじめに
コンフォメーションとは、馬の外貌から判断できる骨格構造、パーツの形状や大きさ、バランス、角度等のことをいいます。コンフォメーションに異常のない馬はスムーズに走行できると考えられます。一方、オフセットニーやクラブフットなどのコンフォメーション異常(Abnormal Conformation:以下AC)は競走成績に悪影響を及ぼすと考えられており、市場では敬遠される場合があります。しかし、わが国のサラブレッドにおけるACに関する報告はなく、市場成績や競走成績に及ぼすACの影響は明らかにされていません。
今回は、サラブレッド1歳市場における馬体検査で著しいACを認めた馬について、市場成績や競走成績、競走期の運動器疾患発症率に関する調査を実施しましたのでご紹介させていただきます。


調査方法
調査対象馬は2009~2013年に開催されたサラブレッド1歳市場(セレクトセール・セレクションセール・サマーセール)の上場馬6,768頭としました。2名以上のJRA獣医師およびJRA装蹄師が馬の外貌や歩様を確認して、一般的な購買者が忌避するような、程度の著しいACを認めた馬(AC群)のみを抽出し、それ以外を対照群としました。ACの抽出項目は全て前肢におけるもので、オフセットニー、凹膝、起繋、X脚、外向、クラブフットの6項目(図1)としました。各群における市場成績(売却率および中間価格)と競走成績(3歳末までの出走率および初出走までに要した日数)を調査しました。また、最初の競走馬登録が中央競馬であった4,574頭を対象として、ACを認めた肢の競走期における浅屈腱炎、繋靭帯炎、前肢骨折、腕節構成骨々折の発症率を調査しました。

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(図1)

結果
調査の結果、200頭がAC群として抽出されました。その内訳は、オフセットニー102頭(1.49%)、凹膝40頭(0.58%)、起繋16頭(0.23%)、X脚16頭(0.23%)、外向15頭(0.22%)、クラブフット11頭(0.16%)でした。市場成績に関して、サマーセールでは対照群と比較してAC群の売却率が有意に低く(グラフ1)、項目別ではオフセットニーの売却率が有意に低くなりました(グラフ2)。競走成績に関して、対照群と比較してAC群の出走率、初出走までに要した日数(グラフ3)および運動器疾患発症率(グラフ4)には有意差を認めませんでした。項目別では、クラブフットの出走率が対照群と比較して有意に低かったものの、初出走までに要した日数および運動器疾患発症率について有意な差はありませんでした。その他のAC項目については、出走率、初出走までに要した日数および運動器疾患発症率について有意な差はありませんでした。

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(グラフ1)

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(グラフ2)

4_8(グラフ3)

5_2(グラフ4)

最後に
本調査では、ACの影響をより明確にするために著しい異常のみを抽出したため、軽度の異常まで抽出した過去の報告(オフセットニー:12.9%、凹膝:4.2%、〔Love 2006〕)と比較してACの出現率が低かったものと思われます。市場成績調査の結果から、ACは馬の市場評価に負の影響を及ぼすことが示されました。しかし競走成績調査の結果をみると、対照群と比較して有意な差を認めた項目はクラブフットの出走率のみであり、他にはACの影響は認められませんでした。
これらのことから、ACが競走期の下肢部に及ぼす影響は、我々関係者が認識しているほど重大ではなく限定的であると考えられました。ただし、本調査においては抽出頭数が少なく統計学的結論が得られなかった項目も複数認められており、更なるデータ蓄積が必要であると考えられました。

馬事公苑・専門役 宮田健二(前・日高育成牧場業務課)

馬の創傷(キズ)治療

馬を放牧から上げてみたら、キズだらけ・・・。この様な馬のキズは、どのように処置するのが良いのでしょうか?今回は、馬のキズを治療する際のポイントについて考えてみたいと思います。

キズを観察する
まず、キズの周囲や中の汚れを水道水でしっかりと洗い流し、出血を布やガーゼで押さえて止血をしてから、キズを良く観てみましょう。どの様なキズか観察することがキズを治す最初のポイントとなります。
キズの種類には、擦りキズ、切りキズ、裂きキズ、刺しキズなどがあります。その大きさや深さ、部位によって対処の仕方は少し異なりますが、キズが治っていく共通の過程を理解することで、キズを早く治すことができます。

キズが治る過程を知る
キズが治っていく過程は、大きく分けて4段階に分けられます(表1)。①傷害された部位からの出血が、血液凝固によって止まる。②炎症反応により、キズの中に入り込んだ異物やバイ菌、死んだ組織が除去され、同時に、組織の修復を誘導する生体反応が起こる。③失われた組織を埋める肉芽(にくが)組織が増殖する。この肉芽組織には細胞増殖に必要な毛細血管や組織の構造となるコラーゲン線維が豊富に含まれています。④肉芽組織がコラーゲン繊維の収縮により次第に縮小し瘢痕化する。

1_16 (表1) 創傷治癒過程
① 血液凝固期 血を止める →かさぶた形成
② 炎症期 異物やバイ菌、壊死組織の除去 →キズ腫れ
③ 増殖期 肉芽の増殖 →ジュクジュク滲出液
④ 成熟期 肉芽の収縮 →キズあと

一次癒合と二次癒合
異物や感染などが無く、受傷後間もないキズは、縫合することで炎症期と増殖期を短縮させ早期に治癒することが可能になります(一次癒合)。一方、異物や汚れ、感染の可能性があるキズ、組織の大きな欠損や関節部などの可動部位で縫合ができないキズは、開放創として二次癒合させることになります。キズを治すには、一次癒合でも二次癒合でも創傷治癒過程が順調に進むようにすることが重要なポイントとなります(図1)。

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(図1) 球節部の裂きキズの治癒過程
1:受傷後3日目;縫合不可なため二次癒合を期待し治療を開始。 2:受傷後21日目;欠損部は良好な肉芽組織で埋り収縮、包帯終了。 3:受傷後24日目;肉芽の上部は「かさぶた」となり中の肉芽はさらに収縮し瘢痕化。

湿潤療法の応用
通常、キズは血液凝固期に「かさぶた」が作られ、その表面が覆われます。キズは、この「かさぶた」に守られ炎症期・増殖期を経て修復されます。しかし、大きなキズでは「かさぶた」が剥がれたり、出血や腫脹を繰り返したりして、良好な肉芽組織が増殖できず、キズの治りが遅れてしまうことがあります。そこで、新しいキズ治療の概念である「湿潤療法」の馬への応用を試みました。この湿潤療法とは、「かさぶた」の代わりに被覆材を用いてキズを覆ってしまうことで、キズの治癒環境を整え、より早い治癒を期待するものです。図2には、代表的な医療用の被覆材を示しました。人医療では、被覆材の種類はキズからの滲出液の量によって使い分けられます。しかし、馬ではキズからの滲出液の量が人とは比較にならないほど多く、また皮膚は毛で覆われているため、これらの被覆材をキズの上に直接貼り付ける方法は現実的ではありません。そこで、被覆材をコットンバンテージの方にスリット状に貼り間接的に巻き付ける方法を考案し(図3)、試したところ、滲出液のコントロールが上手くいき、適度な湿潤環境が保たれ、キズの治りも早くなることが確かめられました(図4)。

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(図3) 馬への湿潤療法の応用
A:コットンバンテージなどの包帯にポリウレタンフィルム被覆材(OPSITE FLEXIFIX 5cm)をスリット状に貼り、患部に巻き付ける。B:余分な滲出液は吸い取られ、適度な湿潤環境が保たれる。初期の頃は、毎日交換する必要があるが、状態をみながら交換期間を延ばすこともできる。ポリウレタンフィルム被覆材は安価なのも利点(3円/cm程度)。

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(図4) 管骨背面に作成した皮膚欠損創に対する湿潤療法の効果
A上段:メロリンガーゼ包帯使用。
B下段:ポリウレタンフィルム被覆材(OPSITE FLEXIFIX)貼り付け包帯使用。
左列:キズ作成3日目。右列:キズ作成14日目。
ポリウレタンフィルム被覆材をコットンバンテージにスリット状に貼り付けた包帯は、巻き替え時にキズを傷つけることもなく、良好な肉芽形成が期待でき、治癒も早いことが確かめられた。

最後に
馬の臨床現場では、感染や外部からの物理的刺激が多く、炎症期や増殖期がだらだらと持続し、不整肉芽が増殖する慢性創になってしまうキズがしばしば見受けられます。特に下肢部の皮下に筋組織の無い部位や関節部のキズは、治りが遅いキズと言えます。キズから飛び出した不整肉芽はキズの治りを遅らせてしまいます(図5)。キズの修復過程を見極めながら、上手く組織欠損部に肉芽を導いてあげることがキズを治す最大のコツと云えます。たかがキズと侮ると取り返しの付かないことにも成り兼ねません。信頼のおける獣医師に相談しながら、キズの早期治癒を目指しましょう。

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(図5) 飛節下部(1)および後肢の球節上部(2)の不整肉芽隆

生産育成研究室 研究役・佐藤文夫

ローソニア感染症(馬増殖性腸症)について

 今回は2009年に国内で初めて発症馬が確認されて以来、すさまじい速さで生産地に広がっているローソニア感染症の原因・症状・診断と治療・予防対策についてご紹介させていただきます。

原因
 ローソニア感染症は、Lawsonia intracellularis (Li)が腸の粘膜細胞に寄生し、粘膜を著しく肥厚(増殖)させることから、増殖性腸症と呼ばれています。Liに感染した馬の多くは症状を示さない不顕性感染ですが、発症しない場合でも大量の菌が糞中に排出されます。Liは、糞と一緒に排出されてから2週間程度は生き続けます。その間に他の馬が口から菌を摂取してしまうと、新たな感染馬となってしまいます。感染馬が糞中に菌を排出する期間は非常に長く、半年以上に亘ることもあります。症状を全く示さない馬が長く菌を排出し、また発症馬の潜伏期間も2~3週間と長いため、Liの侵入を防ぐのは容易なことではありません。

症状
 ローソニア感染症は、当歳馬の離乳時期や寒さが厳しくなる冬など、ストレスにより免疫力が低下する時期に多く発症します。症状は、下痢や疝痛、発熱など様々ですが、最も特徴的且つ厄介なのは、低タンパク血症です。低タンパク血症は、Liに寄生された腸の粘膜細胞が病的に増殖するため、タンパク質などの栄養を腸で吸収できなくなることにより引き起こされます。食物を摂取しても栄養が吸収できないため発症馬の体重は著しく減少し(図1)、重篤なものでは死亡することもあります。

診断と治療
診断には、低タンパク血症がカギとなります。発熱や下痢、疝痛等の症状がある馬で、血液中のタンパク質量が極端に減少している馬はローソニア感染症が強く疑われます。重篤化してしまったものでは、腹部超音波検査で通常の倍近くまで肥厚した小腸が観察されることもありますが、そこまで症状が進行してしまった場合は治療が長びくことが予想されます。治療は、抗生物質(オキシテトラサイクリンやドキシサイクリン)が効果的ですが、治療が遅れると回復に長い時間を要するため、早期診断と早期治療が非常に重要です。

予防対策
Liは、パコマ(250倍希釈液)や、ビルコン(100倍希釈液)などの消毒薬を使用することで消毒できます。しかし、最近実施された疫学調査では、発症馬と同居していた馬の60%以上、多い所では100%の馬が感染していました。不顕性感染が多いことを考慮すると、発症馬が確認された時には既にLiが畜舎に蔓延している可能性が高いと言えます。そのため、発症馬を一時的に隔離しても効果は期待できません。そこで最近注目されているのは、豚用ワクチン(図2)の投与です。ワクチン30mlを口もしくは肛門から、30日間隔で2回投与します。あくまでも豚用のワクチンではありますが、一定の効果は期待できるようです。しかし、感染が確認されてから慌ててワクチンを投与しても効果はありません。ストレスが増える時期を予測して、予め投与しておく必要があります。
最後に、どんな病気に対しても言えることですが、予防対策は日々の健康観察を確実に行ことが大切です。体温や飼食い、便の状態などに異常を認めたら、できるだけ早く獣医師に相談することをお勧めします。感染してしまうのはある程度仕方がありませんが、早期に発見して適切な治療をすれば、重症化することは少ないようです。一年で最も気温が下がるこれからの時期には特に注意してください。

1 図1:1歳の発症馬。2週間程で体重が100kg減少し、回復に3ヶ月を要した。

2 図2:市販されている豚用ワクチン。

(文責 日高育成牧場 業務課 宮田健二)

若馬の昼夜放牧管理について:その1

はじめに
サラブレッドは約2世紀に渡る歴史の中で、速く走るための育種改良が行われてきました。したがって、血統的に優れた馬の子孫は走る確率は高く、競走馬の生産において交配理論が重要であるのは否めない事実です。一方、国内の生産現場においては、イギリスやアイルランド、フランス、アメリカ、カナダなどの競馬先進国から競走馬の生産・育成技術を導入し、飼養管理技術の向上を図ることで、競走馬の質が大きく向上してきました。この飼養管理技術の向上による競走馬の資質の向上とは、サラブレッドが本来持っている遺伝的な潜在能力を環境要因により上手く引き出した結果であると云っても過言ではありません。競走馬の生産において、誕生から競走馬としてデビューするまでの育成期における飼養管理や馴致、調教などの重要性が益々見直されるようになってきているのが現状です。
そこで今回は、育成期の若馬の健全な発育に最も重要である放牧管理の中で、最近、多くの牧場で行われるようになってきた昼夜放牧について検討して行きたいと思います。

放牧の重要性
競走馬の一生の中で、最も馬体の成長が著しい時期は、誕生からブレーキングの行われる1歳の秋までの初期から中期育成の時期となります。この時期の若馬にとって大事なことは、大きく分けて、ブレーキングや調教(後期育成)に繋がる「基本的な馴致」と「健康な体づくり」となります。ここでは「健康な体づくり」について話を進めていきたいと思います。
若馬の「健康な体づくり」とは、具体的に云うと、腱靭帯・骨・筋肉・心肺機能・神経、内分泌・免疫などの健全な発育を促すこととなります。この健全な発育に欠かすことのできない要因の1つが放牧となるのです。サラブレッドの子馬は、早ければ生まれた翌日から母親と伴に放牧が開始されます。放牧時に行う自発的な運動は筋肉や骨、心肺機能の発育にとって重要な役割を果たすことが知られています。また、放牧地に生えている牧草は発育に重要な栄養素を提供してくれる飼料であり、天気の良い日には寝たりリラックスしたりできる休息場所でもあるのです。さらに、同年代の若馬と同じ放牧地に放牧されることにより、競走馬として必要不可欠な群れへの順応性の確立にも役立つと思われます(写真1)。

 

1_2 写真1 放牧地は「運動」、「栄養補給」、「休息」、「社会性」を提供してくれる場所となる


放牧の馬体に及ぼす効果
骨の発育にはカルシウムを多く摂取するだけでは十分ではありません。適度な運動をすることにより骨芽細胞が活発化し、骨形成のための効率良いカルシウムの利用が行なわれます。若馬において放牧時間が長い程、骨密度が増加するとの報告もあります(図1)。さらに、実験的に当歳馬に毎日トレッドミルによる常歩運動を加えると、小パドックで1日4時間のみ放牧されている馬に比べて腱の発育が早かったことが報告されています(図2)。これらのことから、放牧による運動は若馬の骨や腱の健全な発育にとって不可欠だと考えられます。
 

2_2 図1 放牧が骨密度に及ぼす影響 (Bell R. A. et al. 2001 改変)

3 図2 子馬における浅屈腱横断面積の変化 (Kasashima et al. 2002 改変) 

昼夜放牧
国内の生産地では、生後3ヶ月齢を過ぎると、母馬と一緒に昼夜放牧を行う子馬の姿が認められるようになります。放牧中の移動距離をGPSで測定すると、2ヶ月齢までの昼放牧を行っている期間は1日平均8kmであるのに対して、3ヵ月齢以降に昼夜放牧を開始すると、その移動距離は2倍以上に増加している様子が観察されました(図3)。また、1歳馬の昼夜放牧中の食草行動に関する報告では、16時から0時までの食草行動比率は82.7%と高く、夕方から夜間にかけての食草が活発なことが窺えます。群れの中で草原の草を1日中食べながら生活しているのが馬という動物の本来の姿であるとすると、放牧地にいることは馬にとって健康的であると思われます。成長期の若馬にとっても、運動と栄養、精神面や社会性の獲得など様々な観点から昼夜放牧の有効性が注目されているのです。

4(図3)昼夜放牧時の移動距離 


JRA日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤文夫

若馬の昼夜放牧管理について:その2

 前回は放牧の重要性や放牧が馬体に及ぼす影響について、簡単に解説し、現在広く普及してきた昼夜放牧の特性について解説しました。今回は、さらに昼夜放牧について解説することにします。

 

厳冬期の昼夜放牧管理

馬産地である日高地方の12月から4月の最低気温は氷点下となり、放牧地は氷と雪で覆われます(写真3)。この厳冬期に昼夜放牧を行った時の当歳子馬の放牧地における移動距離は、最低気温の低下とともに減少し、日長時間の増加と気温の上昇とともに増加する様子が確認されます(図3)。また、この時期の体重増加は停滞し、4月以降に急激に増加する(リバウンド)現象が認めらます(図5)。一般にサラブレッドは、1歳の春に起こる春季発動に合わせて、性ホルモンや成長ホルモンの分泌が盛んになり、増体量が増える現象が認められます。しかし、厳冬期に停滞した状態からの急激なリバウンドは発育期整形外科的疾患(DOD)の発症要因となるため、望ましいものではありません。厳冬期における昼夜放牧管理については、適切な運動量と栄養状態を確保しながら、緩やかな成長を促す放牧管理方法の検討が必要になるのです。

 

1_3 写真3 厳冬期の放牧風景

雪に覆われた放牧地では、風除けや餌場からあまり動かないことも多い。

2_3 図4 当歳子馬の昼夜(22時間)放牧における移動距離と気温、日長時間との関係

昼夜放牧により運動量の増加が認められる。

3_2 図5 昼夜放牧実施子馬の成長曲線(体重)

厳冬期に増体が停滞し、4月以降のリバウンドが認められる。

 

 

昼夜放牧のメリットとデメリット

昼夜放牧のメリットとデメリットについて、思い付くものを表1に挙げてみました。

メリットについては、前述の運動量の増加に伴う成長の促進の他に、馬房滞在時間の短縮による寝藁代や人件費の経費削減なども考えられます。実際に、寝藁の交換は1週に一度程度で良くなるため、その使用量は節約され、空いた時間を馬の馴致や放牧地の管理に充てることが可能となります。一方でデメリットも幾つか存在します。特に夜間は目が行き届かないため、事故やケガを起こす可能性が増加します。1日一度は馬房に収牧し、飼付を行い、個体のチェックをする必要がありますが、短い馬房の滞在時間では一度に栄養要求量を十分摂取させることができないため、放牧地で飼付けするなどの飼料管理方法の工夫が必要になります。さらに、初めて昼夜放牧を実施する場合には、広い放牧地(2ha以上)の確保や牧柵、ヒート式水飲み場、雨風を防げるシェルターなどの整備が必要となります。放牧地は疲弊し荒廃するため、草地管理も重要な課題となります。


4_2 表1 昼夜放牧のメリット・デメリット

最後に

競走馬を生産する上で、どのような馬づくりを目標とするかは牧場により様々です。例えば、オーナーブリーダーとして自分で競馬に走らせ、賞金を稼ぐような走る馬をつくるのか、マーケットブリーダーとしてリスクを少しでも回避する方法を取りながら、市場で高く売れる馬をつくるのか、その経営方針によって飼養管理方法は大きく異なってきます。しかし、何れにしても若馬の飼養管理においては、丈夫で健康な体づくりは重要な要素となります。丈夫な体を作る上で、放牧は欠かせない要素となりますが、日本の気候風土に特有の放牧管理については、まだまだ改良の余地がある部分です。若馬の飼養管理方法の改良が、サラブレッドの持つ優れた競走能力を益々引き出す要因であることは間違いありません。

 

JRA日高育成牧場 生産育成研究室

研究役 佐藤文夫

正常分娩と難産の見極め

出産シーズンの生産牧場において、子馬が無事に産まれてくることが何よりであることは言うまでもありません。しかし、人為的介助を必要としない正常分娩はおよそ9割と言われており、残りの1割は何らかの対応や処置が必要となります。

特に分娩時の胎子の異常に起因する難産に対しては、正確かつ迅速な判断が求められます。なかでも最も重要なジャッジは「病院への輸送」です。ここでいう病院とは、「二次診療施設」、すなわち全身麻酔下での整復および帝王切開が可能な病院を指します。

病院に連れていく判断、つまり「牧場現場での整復が不可能であると判断」するうえで重要なことは「正常分娩との違い」を見極めることです。

正常分娩では、①陣痛症状の発現→②破水→③足胞(羊膜に包まれた胎子の蹄)の出現→④娩出がスムーズに進みます(図1)。これに反して、①から④の進行がスムーズではなく、いずれかのポイントで停滞した場合には、何らかの異常が疑われるため、獣医師による整復や病院への輸送を考慮すべきです。

1_5 分娩に際しては、時間経過の把握も極めて重要です。

一般的には、②破水から③足胞の出現までは5分以内、②破水から④娩出までの時間は20~30分程度ですが、いずれも個体差がみられます。特に娩出までの時間は、経産馬では出産を重ねる毎に時間が短縮される傾向がみられ、5分間程度で終了する場合もある一方、初産馬は時間を要することが多いようです。

なお、破水から40分を経過しても胎子が娩出されない場合は、胎子の生死に関わる異常の可能性があります。獣医師の到着や病院への輸送時間を逆算して、できるだけ早い段階で異常兆候を把握して、正確な判断を下す必要があります。

以上のことから、正常分娩で認められる①陣痛→②破水→③足胞出現→④娩出までの進行にスムーズさを欠き、経過時間の著しい延長が認められた場合には、病院への輸送を決断するべきです。

正常分娩の進行

では、正常分娩の進行について具体的に説明します。

①陣痛症状の発現

陣痛は疼痛程度や持続時間に個体差があり、分娩の数日前から兆候が断続的に認められることや、数日間の間隔が空くことも珍しくありません。しかし、著しい疼痛や不穏な状態が、長時間にわたり持続するにも関わらず破水が認められない場合には、何らかの異常があると考えるべきです。

②破水

正常分娩と難産を見極めるうえでの重要なポイントは破水です。破水とは、胎子を包んでいる二重の膜の外側である尿膜絨毛膜の破裂にともなう尿膜水の排出です。

前述したように明瞭な陣痛症状が長時間継続しているにも関わらず破水が認められない場合、破水から5分を経過しても足胞が出現しない場合にも何らかの異常があると考えられます。なお、破水後には膣内の胎子の状態を確認します。正常であれば、触知によって蹄底を下向きに伸展した両前肢と鼻端を確認することができます(図2)。

2_5 なお、陣痛発現から破水まで、子宮内の胎子は図Ⅰから図Ⅳのように母馬の背中に対して仰向けの状態から回転しながら膣外口に向かいます(図3)。多くの場合、図Ⅳの姿勢で破水を迎えますが、まれに図Ⅱや図Ⅲの状態で破水することがあります。これらの場合、蹄底が上向きもしくは横向きの状態で触知されることがありますが、心配いりません。母馬の起立と横臥の繰り替えしや、馬房内での常歩運動により自然に正常な姿勢に至ります。

3_4 ③足胞の出現

破水から5分以内に足胞が出現します。正常な羊膜は白っぽく、滑らかで光沢があり、羊膜中の羊水は透明です。

以下の場合は異常ですので注意してください。

・破水から5分以内に足胞が認められない。

・羊膜内に胎子の蹄が認められない。

・羊膜が肥厚している。

・羊水が緑~茶色に混濁している。

・羊膜ではなく尿膜絨毛膜の赤い胎盤(レッドバック)が認められる。

④娩出

娩出の際、頻繁に寝返りを打ったり、横臥と起立を繰り返したりすることも少なくありませんが、著しい場合は何らかの異常が発生している可能性があります。

日高育成牧場 業務課長

冨成雅尚

ロドコッカス肺炎

 本稿では、昨年改訂された「子馬のロドコッカス感染症(中央畜産会出版)」より主なポイントを抜粋してご紹介いたします。なお同誌は軽種馬防疫協議会のサイトで無料ダウンロードできますので、是非ご一読ください。

発症馬と不顕性感染馬
本感染症の発生時期は毎年4月下旬から9月上旬で30~50日齢の頃に発症、50~70日齢の頃に死亡することが多いようです。諸外国においては、罹患率5~17%・致死率40~80%などと報告されていますが、日高地方においては、罹患率は5%以下、致死率は約8%と推定されています。近年でも毎年20頭前後の子馬が死亡あるいは淘汰されていることが伺えます。また、感染しても(体内に菌が入っても)ほとんど症状を示さない不顕性感染例が多いことも本感染症の大きな特徴です。

菌の感染経路
本感染症の原因菌であるロドコッカス菌は馬の飼育環境中の土壌に生息し、子馬の口や鼻から感染します(経口感染)。肺に入った菌は喉まで押し上げられ、嚥下により消化管を介して多量の菌を含む糞便が排出されます。これによって土壌や厩舎環境が汚染されるため、子馬の糞便は重要な汚染源と言えます。前述の不顕性感染子馬も糞便に多くの菌を排出します。また、厩舎内の空気中からも分離されており、土壌のみならず閉鎖環境における気道感染の可能性も示唆されています。

診断方法
 ロドコッカス菌は一般的な抗生物質が効きづらいため、子馬が肺炎に罹った際にはロドコッカス感染か否かを診断することが重要になります。直接、菌の存在を確かめるためには鼻腔ぬぐい液ではなく、気管洗浄液を採取しなければなりません。ただ、確定診断には時間と手間がかかるため、簡便な診断方法として血液検査による抗体価の測定や胸部エコー検査により間接的に推定することも一般的です。疫学情報も極めて重要な判断材料です。毎年発生するような高度汚染牧場やすでに何頭も発生している場合には、確定診断をするまでもなく、本症を疑った治療が選択されます。近年、JRA総研においてLAMP法を用いた診断法が報告されました。これはわずか1時間程度でロドコッカス遺伝子の有無を直接判定できます。特殊な機器を必要としないため、臨床現場における迅速診断法として期待される検査法です(写真1)。

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治療法

 ロドコッカス感染症の治療は世界的にもマクロライド系抗生物質(日本では主にアジスロマイシン)とリファンピシンの併用がゴールドスタンダードとなっています。ただ、近年海外ではこれらが効かないロドコッカス菌が報告されており、このような耐性菌による感染は予後が悪いと言われています。今のところ日本で耐性菌は確認されていませんが、常に頭の片隅に入れておかなければいけません。

予防法
飼育密度の低減、血漿製剤の投与、胸部エコー検査によるモニタリング、抗生物質の予防的投与など海外ではさまざまな予防管理法が報告されています。残念ながら、飼育密度の低減や日本では市販されていない血漿製剤の投与は現実的ではありません。胸部エコー検査は発熱するよりも早い段階で診断できることもあり有効な検査法ですが、治療を必要としない不顕性感染例まで検出されるため、手間と費用が膨れる可能性があります。抗生物質の予防的投与はコストがかかることに加えて、前述の耐性菌を生み出すリスクがあり推奨できません。ロドコッカス感染症については、昔から数多くの研究が行われているにもかかわらず、未だに有効な対処法がないというのが実情です。成書にも「残念ながら効率的な予防管理法はない」と明記されています。

さいごに
日本における致死率は近年大きく低下しました。これは獣医療の発展というよりも牧場スタッフの意識向上、特に細やかな検温による早期発見によるところが大きいと思われます。牧草作業が始まり、牧場では相変わらず忙しい時期が続くと思われますが、子馬が疾病に罹り易い時期でもありますので、引き続き十分な健康管理を心がけましょう。


日高育成牧場 生産育成研究室・主査 村瀬晴崇