初期育成 Feed

2020年5月28日 (木)

当歳馬の放牧草の採食量

No.157(2016年10月15日号)

  

 発育中の若馬は、放牧により様々な恩恵を得ることができます。放牧地での自発的な運動は、基礎体力の向上、心肺機能および骨や腱の発達に有用です。また、集団で放牧することにより、母馬以外の他個体に接し、社会の一員となることは、将来、競走馬として競っていくためには重要な役割を果たしていると考えられます。

  

放牧草はウマ本来の飼料

 放牧地の牧草は、栄養がバランスよく含まれており、若馬にとって非常に優れた飼料であるといえます。馬が24時間放牧されているとき、平均で12.5時間採食することが報告されており、季節によっては、放牧草を16-17時間採食している場合もあります。このように、日中のほとんどの時間を採食に費やしていることから、ウマは”不断食の動物”と呼ばれます。ウマの胃は体のわりに非常に小さく、一度にたくさん食べることができません。したがって、少しずつの量を、途切れなく食べるのが、ウマ本来の食べ方であるといえます。

  

子馬にとっての放牧草

 生まれた直後に、子馬が栄養として摂取するのは母乳のみです。生後すぐから母馬の真似をして牧草を食べだす場合もありますが、ほとんどは栄養としては利用できていないようです。ウマが牧草の繊維成分を栄養として利用するには、盲腸および結腸内の繊維分解性の微生物が必要となります。生まれたての子馬の消化器官には、この微生物がほとんど存在しておらず、成長の過程において経口で取り込んでいくとされています。

 微生物を取り込むための顕著な行動が、母馬の糞を食べることです。食糞行動は、生後1週間くらいにみられますが、全ての子馬が実際に食糞をしているのかよく分かっていません。仮に食糞していなくても、子馬が口をつける可能性のある、牧草や敷料に糞由来の微生物が付着しているため、いずれは消化管内に繊維分解性の微生物を獲得することが可能です。

  

子馬の哺乳量

 子馬の乳の摂取量は、約2ヵ月齢から減少していきます(図1)。生後すぐの時期は、15~20分おきに哺乳しますが、この時期になると、哺乳回数は1時間に1回もしくは2回程度になっています。成長に伴う哺乳量の減少は、哺乳回数が減ることによります。子馬の成長に伴い必要となるエネルギー量は、増加していきます。2ヵ月齢以降、哺乳量が減る一方で、放牧草の採食量は増加していきます。子馬はいったいどれくらいの量の放牧草を採食しているのでしょうか?1_4図1

 

放牧草の採食量を調べる方法

 『放牧草の採食量はどうしたら分かるの?』という疑問に、少し触れておきましょう。牧草には、ウマがほとんど消化することのできないリグニンと呼ばれる繊維が含まれています。放牧草から摂取したリグニンは、消化できないため全て糞とともに排泄されます。糞中にどれだけリグニンが含まれているのかを調べると、リグニンの摂取量が分かります。

 ウマが食べている個所の牧草を中心にサンプリングし、牧草中のリグニン濃度を調べます。そして、(リグニン摂取量)÷(牧草中のリグニン濃度)を計算することで、放牧草の摂取量が推定できます(図2)。ただし、1日の放牧草の採食量を知るためには、1日に排泄する全糞を採取することが必要となります。2_3図2

 

子馬の放牧草の採食量

 図3に、放牧草の採食量を示しました。5週齢(約1ヵ月齢)までは、放牧草の乾物摂取量は0.5kg以下であり、ほとんど採食していないと言えます。乾物とは、水分を除いた固形成分のことです。例えば、放牧草の場合、季節や草種により変化はありますが、水分含量が4分の3、固形分含量が4分の1程度であり、原物の放牧草を1kg摂取したとき、乾物としては0.25kg摂取したことになります。7から10週齢までの放牧草の乾物摂取量は1kgであり、10週齢以降から採食量は増加していきます。17週齢(約3.5ヵ月齢)で放牧草の乾物摂取量は、2kgに達します。

 図3は10時間放牧したときの採食量ですが、この時期の子馬は、成馬に比べて睡眠時間が長く、昼夜放牧の場合でも採食量はあまり増えないことが予想されます。この時期の乳と放牧草から摂取するカロリー量は、必要量を満たしていますが、銅や亜鉛などの微量ミネラルは必要量を満たしていません。したがって、この時期より以前(理想としては2ヵ月齢)から、クリープフィードにより、これらのミネラルを補給する必要があります。3_3図3


 

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 松井朗)

2020年5月13日 (水)

電気牧柵を用いた放牧方法

No.148 (2016年6月1日号)

                          

  

 アイルランドなど海外の馬産国では、電気牧柵を効果的に利用した放牧方法が一般的に普及されています。わが国でも、放牧地への鹿の侵入防止用として設置されている牧場も多いのではないでしょうか。日高育成牧場では、出産後の母子の放牧地において、子馬の事故予防を目的として電気牧柵を設置していますので、本稿で概要を説明します。

   

子馬の種子骨傷害

 電気牧柵の話を始める前に、生後まもない子馬における種子骨傷害について説明します。これまで当場で実施した調査では、生後1~2ヶ月齢の子馬の近位種子骨のX線検査において、前肢で45.2%、後肢で9.5%に骨折様の陰影が認められました(図1)。これらの所見は種子骨の先端部に認められる小さなもの(図1左)から、中位の大きな離解を伴うもの(図1右)まで様々でしたが、有所見馬には跛行や腫脹などの臨床症状は見られず、発見から1ヶ月以内に消失するものがほとんどでした。発生原因は、広い放牧地で母馬に付いて激走することにあると考えられています。生後間もない子馬の種子骨は、まだ激しい運動に耐えられません。このため、いきなり広い放牧地に放された場合に、骨傷害を発生するのではないかと推察されます。

 所見を有した場合であっても、多くの馬に症状が認められないことから、臨床上の重要性が低い印象を受けます。しかし、場合によっては骨片が大きく離れるような重度の骨折を発症するリスクもはらんでいるため、発症リスクを低くするような飼養管理方法が求められます。1_11 図1.生後間もない子馬に認められる種子骨傷害

電気牧柵を利用した段階的な放牧

 2012~14年の3年間、当場において、広い放牧地(2ヘクタール以上)に生後10日齢以内に放した子馬の種子骨のX線検査をしたところ、中央部に陰影を認める離断骨片が大きい所見(図1右)が33%(12頭中4頭)に認められました。日高育成牧場で母子が利用可能な放牧地は、小パドック(1アール以下)を除くと、2haおよび4haの比較的広い放牧地のみであり、小パドックと大型放牧地の中間にあたる1ha以下の中型放牧地の設置が課題でした。

 そこで2015年は、2haの放牧地を電気牧柵で間仕切りすることにより、1ha以下の中型放牧地を設置し、段階的な放牧方法を実施しました。これにより、生後1週齢までは小パドック、その後1ヶ月齢までは間仕切りした中型放牧地、1ヶ月齢以降は4ha以上の広い放牧地を使用しました(図2)。この方法を用いたことにより、過去3年間で33%に認められた種子骨中央部の骨傷害が、2015年には13%(8頭中1頭)に減少しました。

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図2.電気牧柵を利用した段階的な放牧

 

電気牧柵の設置・使用方法

 具体的な電気牧柵の設置方法について説明します。馬用の放牧地の場合、視認性確保のため、ワイヤー状の細い電線ではなく、帯状の幅が広いタイプ、また、ポールは安全性を考慮したプラスチック製のものが推奨されます。馬によっては、電気牧柵に対する馴致が必要となる場合があります。最初に引き馬をしながら、電気牧柵に馬を近づけて、しっかり見せてから放牧した方がよいでしょう。もちろん、何かに驚いて急に走りだした場合には、突破されるリスクもありますので、外柵としてではなく、あくまで放牧地内部の間仕切りとしての使用に限定した方がよさそうです。なお、人畜両者に対する危険防止のため、電源については出力電流が制限される「電気柵用電源装置」の使用が法律で義務付けられていますので、ご注意ください。

3_7 図3.プラスチック製ポールと視認性の良い帯状の電線(左)と移動が容易な乾電池式の電源(右)

 

  

  (日高育成牧場・専門役 冨成 雅尚)

馬体管理ソフト「SUKOYAKA」の紹介

No.142 (2016年3月1日号)

    

JBBAから軽種馬牧場管理ソフト「SUKOYAKA」がリリースされました。

 SUKOYAKAは、軽種馬の栄養管理と馬体情報管理をサポートするソフトで、JBBA日本軽種馬協会のウエブサイトからダウンロード(無料)できます。(こちらからダウンロードできますhttp://jbba.jp/assist/sukoyaka/index.html)当ソフトは、「SUKOYAKA栄養」と「SUKOYAKA馬体」の二つで構成されています。

  

SUKOYAKA栄養

 SUKOYAKA栄養は、各馬のステージにあった養分要求量を計算し、現在与えている飼料の充足率を確認することができるソフトです。簡単に言うと、子馬であれば「今与えているエサもしくは新たに導入しようとしているエサを与えることによって、病気にならずに適切な成長ができるか」。妊娠馬であれば、「母体も健康で、健康な子馬を出産することができるかどうか」「それらのエサをどのくらい与えればよいのか」これらを判断するうえでの目安を提示してくれるものです。では、具体的な飼料設計の例を見ていきましょう。

  

例)1月の1歳馬の飼料設計

 ここでは22時間放牧の昼夜放牧をしている1歳馬(9ヶ月齢 馬体重350kg)の飼料を考えてみます。この時期、北海道では積雪があるため、放牧草からの栄養摂取は考慮しないこととします。まず、エンバクとルーサン乾草で設計してみます。この場合、SUKOYAKA栄養で計算すると、エネルギーとタンパク質は充足していることが確認できます(図1)。一方、銅や亜鉛など、子馬の健康な骨成長に影響を及ぼすミネラル類については、充足率が14~15%であり、明らかに不足していることが分かります。1_3

図1.エンバク3kgとルーサン5kgの飼料設計

  

 そこで、エンバク3kgを2kgに減らし、バランサータイプ飼料1kgに置き換えてみましょう。これにより、濃厚飼料を増やすことなく、銅や亜鉛などのミネラルも充足することができます(図2)。ただし、全項目の充足率が100%以上であれば適切かといえば、決してそうではなく、あくまで計算上の目安でしかありません。子馬の馬体成長や疾病発症に影響を及ぼす要因としては、飼料から摂取する栄養以外に、遺伝や環境(気候など)なども無視できません。あくまで算出された値を目安として、個体ごとの健康状態や発育の程度、疾病の有無などを把握しながらの飼料調整が必要となります。このため、定期的な馬体重や体高などの測定、BCS(ボディコンディショニングスコア)や疾患の有無を確認するための馬体検査などの実施が推奨されます。これらの体重測定や馬体検査で得られたデータは、その都度の飼料設計に利用できるだけではなく、継続的に複数年(複数世代)のデータを蓄積していくことで、飼養管理方法の改善にもつなげることができます。これをサポートするツールが「SUKOYAKA馬体」です。

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図2.エンバク2kg、バランサー1kg、ルーサン5kgの飼料設計

  

SUKOYAKA馬体

 SUKOYAKA馬体は、子馬や繁殖牝馬の個体情報を記録し、管理するためのソフトです。定期的に測定した馬体重を入力すると、自動的にグラフ化してくれます。また、子馬については、標準曲線と比較することもできます(図3)。標準曲線は、日高管内の30牧場の約2,400頭の子馬の馬体重データ4万点を性別・生まれ月ごとに分けた平均値をもとに作成したものです。この標準曲線と登録馬のデータを比較することで、子馬の成長度合いの確認ができます。ただし、「標準曲線はあくまで目安である」ということを念頭に置いて利用して下さい。すなわち、標準曲線を「上回ったら、飼料を減らす」「下回ったら、飼料を増やす」など機械的に利用するのではなく、あくまで、実馬を観察したうえで、BCS、体高、胸囲、管囲、疾病の有無、放牧草の状態などの情報と併せて飼養管理に活用することが合理的です。また、子馬および繁殖牝馬の様々なデータ蓄積は、生産牧場における適切な飼養管理、もしくは管理方法の改善に大きく寄与します。ビジネスの世界で使われている「PDCAサイクル」、つまりPlan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Act(改善)の4段階を繰り返すことにより業務を継続的に改善する手法は、生産牧場でも活用することができます(図4)。この場合、正しくCheck(評価)するためには、「事実の正しい認識」が重要です。つまり、「曖昧な主観的感覚」ではなく、「客観的なデータ」の検証が必要になります。SUKOYAKA馬体は、馬体重だけではなく、体高などの測尺値やBCS、出産、病気、離乳などの様々なイベント、給与飼料や病名などの必要に応じたコメントを入力し、データとして蓄積することができます。これらの蓄積データを活用することにより、過去に実施した飼養管理方法の評価「振り返り」が可能となり、適切な改善へとつながります。

 「振り返り」の具体例としては、「昨年の世代と比較して、今年の1歳馬は骨疾患が多い。昨年と今年の馬体成長やBCSに違いはあるだろうか?」「今年の1歳馬は冬期のBCS保持が困難だった。離乳期の馬体重やBCSは問題なかっただろうか?」「今年は繁殖牝馬の受胎成績が良くなかった。成績が良かった昨年の馬体重やBCSと比較してみよう」などがあげられます。

 このようなデータを活用した評価をすることで、具体的な改善策が浮かび易くなります。また、栄養指導者などの第三者に相談する場合でも、過去の蓄積データを示すことで、より適切な解決策の発見につながります。是非、軽種馬牧場管理ソフト「SUKOYAKA」をご活用ください!!

3_3 図3.SUKOYAKA馬体 馬体重グラフ

  

4_2 図4.SUKOYAKAを活用した牧場におけるPDCAサイクル

 

(日高育成牧場・専門役 冨成雅尚)

2020年2月24日 (月)

GPSを活用した放牧管理

No.136(2015年11月15日号)

放牧地における馬の行動
 放牧地にいる馬たちがどのような行動しているのか、特に夜間放牧下ではいつ寝ていつ動いているのか、どれほど動いているのか、どのような時に走るのかなど疑問は尽きません。このような馬の行動について仲間内で議論するのも楽しいものです。最近、リハビリとして半日放牧するのは昼が良いのか夜が良いのか牧場の方とお話する機会がありましたが、長く生産地で働いている方同士でも感覚が違っていて興味深いものでした。

GPSデータから分かること
 改めて説明するまでもなく、GPS(Global Positioning System、全地球測位システム)は広く一般的な言葉として浸透しています。本稿では、このGPSを用いた馬の行動調査法についてご紹介します。GPSは本来位置情報を計測するものですが、一定間隔毎に(5秒とか1分とか)記録することで、その間の移動距離や速度を計算することができます。JRA日高育成牧場ではGPS装置を用いて放牧地における馬の運動調査に取り組んできました。近年、冬期の夜間放牧に関するデータをご紹介したことがあるので、ご存知の方もいるのではないでしょうか(図1)。

1_5 図1 冬期の昼夜放牧下における運動量の推移
運動量はGPSによって計測した

 当場の研究報告などでは、放牧地内移動距離として1日○kmといったデータをお示ししていますが、実は移動距離以外にもさまざまな情報が得られます。図2は我々が使っている解析ソフトの画面です。左側のGoogleマップ上には馬が動いた軌跡が表示され、馬が放牧地のどこで過ごしているのか分かります。また、右側には走速度のグラフが表示され、走った時間帯や回数、逆に休息している時間を把握することができます。これらの情報は馬の行動を把握するために、非常に有用なツールであると思います。

2_5 図2 GPSロガーで記録された放牧地データ
Googleマップと連動して軌跡が示される(左)。また速度グラフが表示され、どの時間帯に運動・休息していたのか、またその場所も知ることができる(右)。

GPSの装着
 図3は子馬にGPSロガーを装着した様子です。機械自体は防水ではないので、小型のチャック付ビニル袋に入れ、無口の下側にビニルテープで巻き付けます。下側に装着することで、無口がズレず、生後直後の新生子馬であってもそれほど負担になっているとは感じていません。

3_5 図3 GPSロガーを装着した1歳馬

GPSデータの活用
 GPSを用いると、移動距離以外にもさまざまな情報が得られることがお分かりいただけたかと思います。このような情報は日によって違ってきますので、興味深い反面なかなか研究データとして取りまとめるのに苦心しています。一般の牧場においては、運動量をウォーキングマシンや引き馬といった運動負荷設定の目安にしたり、離乳時のストレス判定に用いたり、水槽に近づいた回数(飲水回数)をカウントしたり、また放牧地の利用域を知ることで部分的な荒廃を防ぎ均一な使用を促す工夫や部分的な草地管理(施肥や除草)に活かせるかもしれません。中規模以上の牧場においては、上述したようにスタッフ間の議論のエビデンスとして、認識を共有するための一助になるのではないかと思われます。

GPSロガーの条件
 以前のGPS装置は大きく、重かったため、子馬に装着すると無口で擦れたり、放牧地で紛失したりと気軽に装着をすすめにくいものでした。しかし最近ではデータロガーといって、画面のない、ただデータを記録するだけのごく小さい装置が安価で入手できるようになりました。ネットで調べると、主にトレッキング用やドライブ用、ツーリング用にさまざまなGPSロガーが流通しており、どれを選べば良いか悩むことになります。我々が今まで試行錯誤してきた結果、馬の行動調査に必要な条件としては①バッテリーが長持ちすること(できたら24時間程度)。②小型、軽量であること。③USBで簡単にPCに取り込めることです。(実際には24時間以上駆動するという条件だけでかなり絞られます。)また、防水性や操作画面などが付帯していると良いのですが、このような性能を求めるとどうしても大型化してしまうため、小型(そして安価)であることを優先して使用しています。

 さまざまな講習会においては、当場生産馬のデータをご紹介していますが、実際には牧場によって放牧地の行動は結構違うのではないかと考えています。そもそも、放牧地でどういう行動をしていれば強い馬ができるのかについては、簡単に答えの出せない問題であり、このようなデータを不毛と感じる方もいるかもしれません。しかし、馬が放牧地でどのように過ごしているのか把握することは、ホースマンとして非常に重要なことだと思います。自分の牧場における放牧地ごとの特性、さらには他場との違いなど皆さんの経験的な感覚に科学的な視点を加えて考察するのも面白いのではないでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査 村瀬晴崇)

2020年2月15日 (土)

離乳期の子馬の管理

No.132(2015年9月15日号)

 9月に入ると多くの牧場で「離乳」、すなわち母馬と子馬の離別が行われます。JRA日高育成牧場では、本年生まれた8頭の子馬たちの離乳を8~9月にかけて段階的に行っています。当場では「母馬の間引き」および「コンパニオンホースの導入」の2つの方法を用いることで、大きな事故もなく比較的スムーズに離乳を行うことができています。これらの具体的な方法については、昨年の9月1日号本誌で紹介しましたので省略させていただきますが、今回は離乳期の子馬の飼養管理について「栄養」と「しつけ」の2つの注意点に絞ってご説明したいと思います。

離乳期の管理 ~栄養~
 離乳期の栄養管理については、母馬がいなくなった場合でも、それまで母乳から摂取していた栄養を牧草や固形飼料で代替することができるようになっていること、すなわち、一定量(1~1.5kg)のクリープフィード(子馬に与える固形飼料)を食べられるようになっていることがポイントになります。
クリープフィードを与える目的は大きく2つあります。1つ目は母乳から得られる栄養の補填です。母馬の泌乳量は出産後から徐々に低下していき、そこから摂取できるカロリーや栄養成分も同様に低下します。特にカルシウムや銅などのミネラル摂取量は、生後1ヵ月を待たずして子馬の栄養要求量を充たさなくなります(図1)。ある程度のミネラルは体内に蓄積して子馬は生まれてきますが、それらが枯渇する前にクリープフィードで補う必要があります。

1 図1.子馬が母乳から摂取するミネラルの要求量に対する割合(7週齢)

 クリープフィード給与の2つ目の目的は、離乳後の「成長停滞」を防止もしくは最小限度に抑制することです。離乳後の子馬を観察すると、少なからず体重増加が滞ります。極端な体重減少でなければ、健康への重大な影響はまずありません。しかし、体重増加が停滞した後に起こる「急成長」は、OCD(離断性骨軟骨症)などの骨疾患を発症させる要因になるとの調査報告もあるため看過できません。そこで、離乳前に一定量のクリープフィードを食べることに慣らしておき、「成長停滞」とそれに引き続いて起こる「急成長」を予防し、スムーズに成長させる工夫が必要になるのです(図2)。

2

図2 離乳後の成長曲線

スムーズな成長曲線(左)と「成長停滞」後に「急成長」が認められる成長曲線(右)。後者はOCDなどの骨疾患を発症しやすい成長と考えられています。

 なお、クリープフィードの給餌を離乳直前に開始しても、食べ慣れるまでに時間がかかるうえ、離乳ストレスによる食欲低下も念頭に置かなくてはなりません。このため、クリープフィードの開始時期は、母乳量が低下し始める2ヵ月齢が目安になります。もちろん、過剰摂取による過肥、骨端炎および胃潰瘍には十分注意する必要がありますので、給餌量を決定する際には、子馬の体重、増体量、ボディコンディションスコア、放牧地の草の状態を考慮しなければなりません。

離乳期の管理 ~しつけ~

 たとえ離乳が成功に終わったとしても、「母馬」という絶大な安心感を喪失した子馬は、少なからず精神的に不安定な状態に陥ります。このため、馬によっては離乳後に取扱いが困難になる場合もあり、これまで以上に人に対する信頼感や安心感を育む努力が必要になります。
 離乳後の子馬に対して、牧場業務のなかで実施可能なことは、集牧および放牧時の引き馬や馬房内での手入れを通して、「人間が馬のリーダーである」ということを再認識させることです。
 引き馬では、可能な限り人と馬が向き合う機会を増やす工夫が求められます。つまり、子馬の歩くスピードを人間がコントロールすることが重要になります。馬にとっては、自身のスピードをコントロールする相手がリーダーとなります。このため、集牧時や放牧時の引き馬の際には、人間が常に馬のスピードをコントロールすることを念頭に入れなくてはなりません。馬の思うままに引っ張られたり、歩かない馬を無理やり引っ張ったりするのではなく、人間の合図で前進、停止、加速、減速ができるように引き馬をします。
 例えば、複数頭で引き馬をする際に、群のままで前の馬との間隔をつめる引き馬では、馬は落ち着いて歩きます。しかし、場合によっては、引いている人ではなく、前の馬をリーダーとして認識しています。このため、当場では前の馬と「5馬身以上の間隔」を空けた引き馬をしています(図3)。前に歩かない馬や、逆に前に行きたがる馬の場合、引いている人がリーダーとなって、馬のスピードをコントロールします(図4)。これにより、人馬の関係を再構築していくのです。

3 図3 前後の馬との間隔を空けた引き馬

4 図4 馬自身のスピードをコントロールする相手がリーダー

おわりに
 離乳前後の時期は、成長やストレスに伴う様々な疾患や悪癖が我々の頭を悩ませることが少なくありません。今回ご紹介した方法で全て解決できるわけではありませんが、1つのヒントとしてご活用いただければと思います。皆様の愛馬の健康な成長のために、今回の拙稿がお役に立てば幸いです。

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2020年1月 3日 (金)

繁殖牝馬と子馬の蹄管理

No.130(2015年8月15日号)

はじめに
 繁殖牝馬や子馬は放牧地で管理される時間が長く、仲間とともに良質な青草を探して歩き回るため、子馬は肢蹄が健全であれば運動量が増えて基礎体力が向上します。しかし、下肢部、特に蹄に疾患があり歩行を嫌う場合には、運動量が減少して健全な馬体の成長が妨げられてしまいます。そのため、日頃から蹄を注意深く観察し、触れることにより、蹄病の発症を早期に発見し、悪化を防止することが重要です。そこで今回は繁殖牝馬と子馬の蹄管理のうち、日常心がけるべき基本について紹介したいと思います。

日常の管理
 蹄に汚物や糞尿(アンモニア、酸やアルカリ)、泥土が詰まった不潔な状態で放置すると、蹄質が悪化し、蹄叉腐爛などの蹄病の発症誘因となり、跛行の原因となることがあります。常に清潔な状態に保つためには、こまめな裏堀りが重要です(図1)。裏掘りの際には、蹄壁に触れることにより蹄の異常サインである帯熱を感知できます。また、子馬には蹄を軽く叩いて音を出し、衝撃を与えることでその後に実施する装削蹄の馴致となります。

1_4 図1 裏堀り

蹄油の利用
 冬季は蹄が乾燥して硬くなることにより、蹄機作用(体重負荷による蹄の変形によって着地時の衝撃を緩和したり蹄内部の血液循環を助ける生理作用)が妨げられ、蹄踵の狭窄や裂蹄などが発症しやすくなります。また、手入れに湯を使用すると必要以上に蹄の水分を蒸発させることから、蹄洗後は直ちに蹄油を塗布して乾燥を防止する必要があります。逆に夏季は、蹄の過度な湿潤により蹄質が軟化し、蹄叉腐爛や蹄壁欠損を発症しやすくなります。蹄油は、過剰な蹄の水分発散(乾燥)や湿潤を防止することを目的として蹄壁や蹄底に塗布します。その他、成長基点である蹄冠に、蹄クリームや単軟膏などを刷り込むことも蹄を保護するうえで有効です。

定期的な削蹄
 子馬の蹄は柔らかく成長が早いため、異常摩滅などにより、蹄形が変形してしまうと歩様、肢勢、蹄形に大きな影響を与えます。そのため、定期的な装削蹄が不可欠です。子馬も繁殖牝馬と同様に、3~4 週間隔で装削蹄を実施しますが、状態によっては時期を早める場合もあります。日頃から蹄を注意深く観察し、不正摩滅や蹄形異常の早期発見に努めることが重要です。日高育成牧場では出生時から離乳まで、装蹄師および獣医師が毎日、肢勢および歩様をチェックしています。また、過度の摩滅や蹄壁欠損が生じた場合は、成長期の軟らかい角質への負担を軽減させるため、充填剤の使用や蹄の生長を阻害しないためにポリウレタン製蹄鉄(図2)を用いて保護します。

2_4 図2 ポリウレタン製蹄鉄

牧場でもできる蹄管理
 蹄の縁が尖っていると蹄壁欠損や裂蹄を起こしやすくなります。そのため、端蹄廻し(はづめまわし)を実施し蹄壁欠損などを予防します。端蹄廻しとは、蹄壁の厚さ2 分の1 を目安として、ヤスリで外縁を削り、蹄壁に対して45度の丸みをつけます(図3)。軽度の蹄壁欠損を発見した時は、欠損部の拡大を防ぐために、蹄用のヤスリを常備して欠損部のヤスリがけを行いましょう。

3_4 図3 端蹄廻し

最後に
 健全な馬を育てるには装蹄師による定期的な装削蹄だけでは限度があり、牧場での日常の蹄管理が必要不可欠です。また、蹄の異常など発見した場合は速やかに担当の獣医師または装蹄師に相談しましょう。

(日高育成牧場 業務課 山口 智史)

2019年12月30日 (月)

引き馬‐子馬から競走馬まで

No.129(2015年8月1日号)

 さて、最大頭数が上場されるサマーセールを8月下旬に控え、セリシーズンも佳境を迎えます。生産地においても、子馬を馬主の皆様にお見せする機会も多いのではないでしょうか。展示やセリで馬をよく見せるためにも、また、セリ後にスムーズに騎乗馴致に移行するためにも『引き馬』は非常に重要な技術です。今回は、JRA日高育成牧場で実施している方法を参考に、子馬から競走馬までの『引き馬』の考え方についてご紹介します。

当歳
1) 出生翌日(当日)
 日高育成牧場では、生後から母子を1人で引く方法を採用しています(写真1)。左手で母馬を保持し、子馬の左側に立って右手で軽く肩を保持して歩きます。生後直後の子馬は自ら前進することを知らないため、もう1名の補助者が後方からサポートして前進を促します。人が母子の間に位置することで『信頼関係を構築』し、また、人が子馬の肩の左側に立つ『人馬の位置関係』を教えます。横にいる保持者の指示に反応しない場合、後方から押されるというプレッシャーを意識させます。2~3日で馬は理解しますので、後方からのサポートは不要となります。

1_3 写真1 四肢の関節はまだ弱い

2) 生後2ヶ月まで
 概ね生後2ヶ月までは、子馬の保持にはリード(引き綱)を使用せずに、『頚もしくは肩の外側に手をかける』方法を用います(写真2)。リードを使用しない理由は、前に歩かない子馬を無理に引っ張ったり、子馬が前進を拒んだりした場合、虚弱な子馬の頸部に対するダメージが危惧されるためです。

2_3 写真2 左手は母馬のスピードを調整

 この時期は、『子馬自身のバランスで歩くこと』および『人の指示に従って歩くこと』を教えます。最初は、子馬が自ら歩き出すように、音声による合図や右手で肋や腰を軽くパットして合図を送る等のプレッシャー、すなわち『オン』を与えて前進を促します(写真3)。前進を開始したら、その瞬間にプレッシャーの解除、すなわち『オフ』を与えることによって、子馬が自身のバランスで活発に歩く行動を促します(写真4)。

3_3 写真3 右手でパットし前進を促す

4_3 写真4 再び右手を軽く肩に添える

3) 生後2ヶ月~離乳まで
 子馬がある程度成長する2ヵ月齢を目安にリードを装着します(写真5)。リードは、緊急時に解除できるよう、1本のロープを鼻革の下部で折り返して使用します(写真6)。リードを用いる場合も、使用していないときと同様に子馬の肩の横に立ち、リードを引っ張らないよう、子馬を動かすことが大切です。

5 写真5 子馬のリードはゆとりを持って保持

4) 離乳後
 この時期から当歳の大きさに合わせたチフニーへの馴致も開始します。チフニーは作用が強いため、装着していてもリードはゆったりと保持します。また、日常の収・放牧時はもちろん、削蹄や治療などの保定の際はチフニーを装着します。併せて、馬房内で1本のタイロープを用いて、馬が落ち着くよう、壁に向かって後ろ向きに繋いで、手入れができるように教えます(写真7)。

6 写真6 リードの折り返し方

7 写真7 後ろ向きに繋がれることを教える

5) 展示
 展示の際の引き馬は、検査者からまっすぐに10mほど遠ざかり、右回転(写真8)して検査者に戻ります。右回転で実施する理由は、馬を制御しながら、検査者に回転時の運歩を見やすくするためです。馬の重心を後躯にのせ、頭を少し高く保持して後肢旋回の要領で行うと容易です。また、廊下などの狭い場所で回転する際は、人が馬との間に入ることにより、無用な受傷を防止します。

8 写真8 右回りでの回転

1歳~2歳(競走馬)
1) 洗い場での張り馬
 トレーニングセンターでは、馬を張って管理することが多いため、その馴致として、洗い場では張り馬での手入れを行っています。この際、馬を張る環には、あらかじめ切れてもいい紐から取った張り綱を装着しておきます(写真9)。このことにより、張り綱とリード(引き綱)を区別し、通常の引き馬は1本のリードで実施することができます。

9 写真9 1本リードで管理するための工夫

2) 1本リードでの引き馬
 チフニー(写真10)は、下部の環にリードを1本装着することで、ハミを下顎に対して均等に作用させる構造になっています。つまり、地上にいる者が馬を制御するためのハミです。

10 写真10 チフニーは1本リードで使用する構造

3) 二人引き
 競馬場のパドックで二人引きをしている姿をよくみかけます。引く者が一人から二人に増えたからといって、一馬力の馬を力で制御できるものではありません。馬が本気で暴れた場合、どちらかが手を離さなければいけない状態に陥るのは明らかです。元気のよい馬、力のある馬を制御するためには、チフニーやチェーンシャンクなどの道具を使用するほうが効果的です。また、馬に対してリーダーが誰であるかを明確に示すことも重要です。以上のことから、引き馬は一人で実施することが原則です(写真11)。

11 写真11 英ドンカスター競馬場で引き馬を行う筆者

 一方、パドックで左手前の引き馬を行う場合、引く者の反対側に観客などの物見の原因があり、しばしば馬が急に内側の切れ込んでくることがあります。このような状態を回避するためには、馬を安心させる必要があります。このことを目的として、補助者が頸部などに触れながら、馬の右側を歩くことは有効です。この際、必要に応じて右側の手綱部分を軽く保持することもあります。

最後に
 人馬の信頼関係を構築するための正しい引き馬は、基本的な躾の積み重ねによって成立します。したがって、競走馬がその持てる能力を発揮するためにも、子馬のときから競走期にいたるまで、一貫した考え方のもと、『引き馬』を実施したいものです。

(日高育成牧場 副場長 石丸 睦樹)

2019年12月 4日 (水)

子馬に認められる近位種子骨のX線所見について

No.120(2015年3月15日号)

近位種子骨とは
 馬の近位種子骨(以下、種子骨)は、四肢球節の後ろに2個ずつ存在する小さな骨です。関節の一部を構成することで、球節の滑らかな動きに重要な役割を果たしています(図1)。馬は走行時、球節を自身の体重で大きく沈下させ、屈腱の伸縮力を利用することで推進力を得ています。種子骨は、この球節の沈下に耐えるため、繋靭帯をはじめとする周囲の腱靭帯と強固に結び付き、運動時に大きなストレスを受けている組織といえます。

1_14 図1 馬の前肢骨格標本
種子骨は、四肢球節の後ろ側にそれぞれ内外1対存在する。

子馬の種子骨における骨折様所見
 生後1~2ヶ月齢の子馬の種子骨をX線検査で確認すると、しばしば骨折様の陰影が認められることが判ってきました(図2)。これまでに、4牧場で生後8週齢までの幼駒42頭の種子骨についてX線検査を実施した結果、前肢は45.2%(19頭)、後肢は9.5%(4頭)の子馬に種子骨の骨折様所見が認められました。これらの骨折様所見は、種子骨の先端部に見られる小さなものから、中位の大きな離解を伴うものまで様々でしたが、有所見馬には、跛行や腫脹などの臨床症状は見られず、発見から1ヶ月以内に消失する所見が殆どでした。

2_12 図2 子馬における種子骨の骨折様X線検査所見
臨床症状は見られず、X線検査で初めて所見に気づくことが多い。

レポジトリーで認められる種子骨の異常所見の原因!?
 1歳サラブレッド市場で公開される四肢X線医療情報(レポジトリー)で認められる異常所見の中に、種子骨の陳旧性骨片や伸張などがあります(図3)。種子骨に骨片が認められた馬は、認められなかった馬に比較して初出走時期が遅れるとの報告もあり、調教開始後に何らかの影響を及ぼす可能性がある所見として知られています。このような種子骨の異常所見の原因の1つが、子馬の時期に発生する種子骨の骨折様所見であると考えられます。子馬の骨折様所見の中には、陳旧性の骨片として遺残する例や、所見の消失後に内外種子骨の大きさが異なってしまう例もあるからです。

3_11 図3 市場レポジトリー資料における球節部X線画像
左:正常な種子骨の例 
中:種子骨先端部に陳旧性の骨折片が認められる症例
右:内外の種子骨の大きさが異なる症例

予防法はあるか?
 子馬の種子骨に見られる骨折様所見の発生原因は、広い放牧地で母馬に付いて激走することにあると考えられています。生後間もない子馬の種子骨は、まだ激しい運動に耐えられません。馬の種子骨は、妊娠最後の1ヶ月頃に形成され始め、誕生後も大きく成長していきます。そのため、子馬の種子骨は、上下方向の大きなストレスに弱く、骨折様所見が発生したり、時には完全に破綻してしまうことがあります(図4)。この時期の子馬にとって襲歩のような激しい運動は必要ではありません。予防には、放牧地を段階的に大きな場所に変更するなど、母馬の息抜きをしながら放牧管理を行う工夫が必要であると思われます。

4_8 最後に
 子馬に認められた種子骨の骨折様所見の多くは、無症状でX線検査をしない限り判りませんでした。所見が確認された子馬のほとんどは、無処置で放牧を継続しながらでも最終的に所見が消失することから、気にする必要のない成長過程の現象の1つと言われることもあります。しかし、重篤化してしまう例が稀にもあること、レポジトリーにおける種子骨の異常所見の原因となることが調査を進める中で分かってきています。大事な生産馬を無事に競走馬にする過程のリスクの1つとして、生後間もない子馬の放牧管理について、もう一度考えてみる必要があります。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

2019年12月 2日 (月)

クラブフットの対処方法

No.119(2015年3月1日号)

はじめに
 馬の発育期における蹄疾患のひとつにクラブフット(以下CF)があります。CFとは深屈腱の拘縮が原因で蹄骨が牽引されることにより、蹄尖壁が引っ張られて極度に肢軸が前方破折してしまう症例です(図1,2)。CFを放置して重篤化してしまうと競走馬として活躍することなく淘汰されてしまうこともあります。そのため、CFを発症してしまった時には早期に発見し、対処する事が非常に重要になります。今回は、CFの対処方法等について紹介いたします。

1_13 図1 重度なクラブフット

2_11 図2 クラブフットの発症機序

クラブフットの原因と症状
 CFの治療は軽症のうちに適切な処置を施すことが何よりも重要であり、そのためには早期発見がポイントとなります。しかし、早期発見をするためには正しい蹄形を理解した上で、CFの原因や症状を知らなければ判断することは困難です。まずは、CFの原因について説明したいと思います。CFは遺伝による先天性のものと生後1.5ヶ月~8ヶ月齢の子馬に発症する後天性のものがあります。後天性の原因として、栄養の不足や過多、馬体の発育異常による骨格と筋肉・腱のバランス異常、放牧地の硬さなどに起因する物理的な衝撃などが考えられています。特に注意すべきは上腕や肩などの痛みであり、これによって筋肉が緊張し関節が屈曲することにより深屈腱支持靭帯が弛緩し、蹄の形状異常を引き起こします。すなわち、支持靭帯は弛緩し短縮した状態になると再び元の長さには戻らず短い状態で固まってしまうので、深屈腱は拘縮し、CFを発症してしまいます(図2)。そのため、普段からこまめに歩様チェックを行い早期に痛みを取り除く事でCFの発症リスクを軽減することができます。

 次に症状について説明します。CF発症馬の蹄は、蹄尖壁は凹弯し、通常は蹄尖と蹄踵が等間隔である蹄輪が、蹄尖部が狭くなり、蹄踵部は広くなる不正蹄輪(蹄の年輪のような線が歪む)となります。発育期の若馬を手入れする時には、このような症状が出ていないかを十分に観察する必要があります。

クラブフットへの対応
 CFを発症してしまった時には獣医師・装蹄師と相談し、原因を取り除く必要があります。獣医師と相談し、歩様に違和感がある場合には運動を制限し鎮痛剤を使用し、痛みを取り除きます。また、筋肉の緊張が原因で発症するため、筋弛緩剤などの投与も有効です。
 装蹄療法としては、軽度な場合には蹄踵を多削し蹄の形状を整えますが、蹄踵が地面から浮いてしまっているような重度な症例では、蹄踵を多削してしまうと深屈腱の緊張が上昇し、蹄骨の牽引を助長してしまうため、蹄踵が地面に接地するまでは厚尾状のパット装着や充填剤によるヒールアップ(図3)を実施し深屈腱の緊張を緩和させる事が有効です。さらに重度な症例で装蹄療法だけでは治療が困難な場合には深屈腱支持靭帯の切除術を検討する必要があります。切除術を実施することで深屈腱の緊張が緩和され、CFの進行を抑制することができるため、競走馬として活躍するためには実施しなければならない症例もあります。

3_10 図3 充填剤(スーパーファスト)でヒールアップを実施した蹄

終わりに
 CFは競走馬としての将来を大きく左右する重要な蹄疾患です。発育期の若馬は特に蹄を注意深く観察し、その変化を早期に発見し素早く対応する事が求められます。そのため、発見した時にはすぐに獣医師・装蹄師に連絡を取り、早期に治療を行うことが最も重要です。

(日高育成牧場 業務課装蹄係 諫山太朗)

2019年11月29日 (金)

虚弱新生子馬NMSについて

No.118(2015年2月15日号)

 今年もいよいよ出産シーズンが到来しました。皆さんシーズン突入に向けて意識は切り替わっているでしょうか。分娩には不慮の事故も多いため牧場では神経を尖らせてしまいますが、後悔しないようしっかり準備をして備えたいものです。今号では前号の分娩予知に続き、生後間もない虚弱子馬について紹介いたします。

NMS?HIE?
 産まれた子馬が乳房に近づかず馬房内をグルグルと徘徊したり、壁を舐めまわしたりすることがあります。また、虚弱でなかなか立てず手厚い看護が必要な子馬もいます(図1)。この2つの症状は全く違ってみえますが、実は病態としては共通するものがあるのです。

1_12 図1 壁に頭をぶつける子馬(左)と手厚い看護を受ける子馬(右) COLOR ATLAS of Diseases and Disorders of the Foal (Siobhan Bら,2008)より

 これは獣医学的には新生子不適応症候群Neonatal Maladjustment Syndrome(以下NMS)、低酸素虚血性脳症Hypoxic Ischemic Encephalopathy(以下HIE)、周産期仮死症候群Perinatal Asphyxia Syndromeなどと呼ばれ、一般にはダミーフォール(Dummy Foals)、ライオン病(Barkers)などと呼ばれたりもします。子馬は娩出に伴って母馬の体内環境から外部環境へ体の仕組みを切り替えなければいけません。具体的には肺が空気を吸って機能し始めること、臍帯が閉じて腎臓の機能が高まること、消化管が機能すること、筋肉で体重を支えるようになることなどです。これらのスイッチの切り替えがうまくできず、外部環境に適応できない病態であるということからNMSと呼ばれます。一方、大きな問題として脳組織が低酸素により障害されることからHIEとも呼ばれます。詳細な病態が十分解明されていないこともあり、さまざまな呼び方が混在しているのですが臨床的には同じものを指します。本稿では国内でも昔から呼称されていたNMSと呼ぶことにします。

臨床上2つに分類される
 NMSは臨床上2つに分けることができます。1つは出生直後から異常を示す場合であり、もう1つは時間が経ってから異常を示す場合です。前者の場合は胎盤炎や未熟子、敗血症などのトラブル出産に併発するケースが多いと言われています。後者は出生時には問題なく起立、吸乳していたにもかかわらず、その後2日以内に発症します。時間をおいて発症する原因としては未熟子、横臥位、敗血症、貧血、肺の疾患、気道閉塞などが考えられていますが、残念ながらはっきりした原因が思い当たらないケースも多くあります。

症状
 NMSは脳組織が障害されることによって無目的歩行、吸乳反射の消失、異常発声、嗜眠、といった異常行動を示します。実際には、酸素欠乏だけではなくエネルギーの欠乏や血液の酸性化なども生じるため、脳だけではなく消化管や腎臓、肺といったあらゆる臓器が障害され、重症例では手厚い看病が必要となります。

治療
 軽症の場合の多くは特に何もしなくても良化しますが、重症例では早期の治療が重要となります。しかし、初期には軽症と重症の区別が困難であるため、軽症だからと決め付けずに疑わしい子馬には早期に対処することが重要です。牧場でまずできることは酸素を吸わせることです。体温を維持する機能が低いため保温も重要です。また肺や腎臓、消化器、筋肉などが障害された場合には呼吸や血圧の管理、栄養補給さらには脳浮腫や腎臓に対する治療のため獣医師による処置が必要となります。
 牧場では「乳を飲めば元気になるかもしれない」と母乳を搾乳して飲ませることがあります。母乳によるエネルギー給与が賦活剤として効果がある場合もありますが、重症例では消化管が十分に機能していないので、乳を飲ませることに固執せず、柔軟に他の対策に切り替えるべきです。早期に獣医師を呼ぶ決断をすることが救命率の向上と治療費用の抑制には重要と言われています。小規模の牧場では発生率の低い重症例を経験する機会は少なく、そのため「たぶん大丈夫だろう」と様子見してしまい初期治療が遅れてしまいがちです。では具体的にどういう状態で獣医師を呼べばいいのでしょうか?

APGERスコア
 4年前にAPGERスコアと呼ばれる子馬の評価方法が発表されました。これはAppearance(粘膜色)、Pulse(心拍数)、Grimace(反射)、Activity(筋緊張)、Respiration(呼吸数)をそれぞれ点数化し、その総計から重症、軽症、正常を判定するものです(表1)。特筆すべきは獣医師に頼らず誰でも、同じ目線で、数値化できることです。これを用いることで、重症例を経験したことがない人であっても「これはおかしい」と客観的に評価できますし、牧場でできる対処でスコアが改善しない場合には即座に獣医師を呼ぶ一助となります。
 実際スコアをつけてみると、大半が「正常」であるため、興味が薄れて投げ出してしまう方が多いようですが、万が一のために、スコア表を分娩室に常備しておくことをお奨めします。

2_10 表1 APGERスコア表。異常であれば低いスコアを示す。

 なぜNMSの多くは神経症状が一時的なのか?なぜ多くは特別な治療なしで回復するのか?なぜ多くの子馬は明らかな低酸素症状を示さずに悪化するのか?などNMSは未だに分からないことが多い疾病です。今日の獣医療をもってしても全ての子馬を救うことができるわけではありませんが、救える命を確実に救うためには、牧場現場における理解と判断が重要となります。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査  村瀬晴崇)