初期育成 Feed

2021年1月22日 (金)

正常分娩と難産の見極め

出産シーズンの生産牧場において、子馬が無事に産まれてくることが何よりであることは言うまでもありません。しかし、人為的介助を必要としない正常分娩はおよそ9割と言われており、残りの1割は何らかの対応や処置が必要となります。

特に分娩時の胎子の異常に起因する難産に対しては、正確かつ迅速な判断が求められます。なかでも最も重要なジャッジは「病院への輸送」です。ここでいう病院とは、「二次診療施設」、すなわち全身麻酔下での整復および帝王切開が可能な病院を指します。

病院に連れていく判断、つまり「牧場現場での整復が不可能であると判断」するうえで重要なことは「正常分娩との違い」を見極めることです。

正常分娩では、①陣痛症状の発現→②破水→③足胞(羊膜に包まれた胎子の蹄)の出現→④娩出がスムーズに進みます(図1)。これに反して、①から④の進行がスムーズではなく、いずれかのポイントで停滞した場合には、何らかの異常が疑われるため、獣医師による整復や病院への輸送を考慮すべきです。

1_5 分娩に際しては、時間経過の把握も極めて重要です。

一般的には、②破水から③足胞の出現までは5分以内、②破水から④娩出までの時間は20~30分程度ですが、いずれも個体差がみられます。特に娩出までの時間は、経産馬では出産を重ねる毎に時間が短縮される傾向がみられ、5分間程度で終了する場合もある一方、初産馬は時間を要することが多いようです。

なお、破水から40分を経過しても胎子が娩出されない場合は、胎子の生死に関わる異常の可能性があります。獣医師の到着や病院への輸送時間を逆算して、できるだけ早い段階で異常兆候を把握して、正確な判断を下す必要があります。

以上のことから、正常分娩で認められる①陣痛→②破水→③足胞出現→④娩出までの進行にスムーズさを欠き、経過時間の著しい延長が認められた場合には、病院への輸送を決断するべきです。

正常分娩の進行

では、正常分娩の進行について具体的に説明します。

①陣痛症状の発現

陣痛は疼痛程度や持続時間に個体差があり、分娩の数日前から兆候が断続的に認められることや、数日間の間隔が空くことも珍しくありません。しかし、著しい疼痛や不穏な状態が、長時間にわたり持続するにも関わらず破水が認められない場合には、何らかの異常があると考えるべきです。

②破水

正常分娩と難産を見極めるうえでの重要なポイントは破水です。破水とは、胎子を包んでいる二重の膜の外側である尿膜絨毛膜の破裂にともなう尿膜水の排出です。

前述したように明瞭な陣痛症状が長時間継続しているにも関わらず破水が認められない場合、破水から5分を経過しても足胞が出現しない場合にも何らかの異常があると考えられます。なお、破水後には膣内の胎子の状態を確認します。正常であれば、触知によって蹄底を下向きに伸展した両前肢と鼻端を確認することができます(図2)。

2_5 なお、陣痛発現から破水まで、子宮内の胎子は図Ⅰから図Ⅳのように母馬の背中に対して仰向けの状態から回転しながら膣外口に向かいます(図3)。多くの場合、図Ⅳの姿勢で破水を迎えますが、まれに図Ⅱや図Ⅲの状態で破水することがあります。これらの場合、蹄底が上向きもしくは横向きの状態で触知されることがありますが、心配いりません。母馬の起立と横臥の繰り替えしや、馬房内での常歩運動により自然に正常な姿勢に至ります。

3_4 ③足胞の出現

破水から5分以内に足胞が出現します。正常な羊膜は白っぽく、滑らかで光沢があり、羊膜中の羊水は透明です。

以下の場合は異常ですので注意してください。

・破水から5分以内に足胞が認められない。

・羊膜内に胎子の蹄が認められない。

・羊膜が肥厚している。

・羊水が緑~茶色に混濁している。

・羊膜ではなく尿膜絨毛膜の赤い胎盤(レッドバック)が認められる。

④娩出

娩出の際、頻繁に寝返りを打ったり、横臥と起立を繰り返したりすることも少なくありませんが、著しい場合は何らかの異常が発生している可能性があります。

日高育成牧場 業務課長

冨成雅尚

ロドコッカス肺炎

 本稿では、昨年改訂された「子馬のロドコッカス感染症(中央畜産会出版)」より主なポイントを抜粋してご紹介いたします。なお同誌は軽種馬防疫協議会のサイトで無料ダウンロードできますので、是非ご一読ください。

発症馬と不顕性感染馬
本感染症の発生時期は毎年4月下旬から9月上旬で30~50日齢の頃に発症、50~70日齢の頃に死亡することが多いようです。諸外国においては、罹患率5~17%・致死率40~80%などと報告されていますが、日高地方においては、罹患率は5%以下、致死率は約8%と推定されています。近年でも毎年20頭前後の子馬が死亡あるいは淘汰されていることが伺えます。また、感染しても(体内に菌が入っても)ほとんど症状を示さない不顕性感染例が多いことも本感染症の大きな特徴です。

菌の感染経路
本感染症の原因菌であるロドコッカス菌は馬の飼育環境中の土壌に生息し、子馬の口や鼻から感染します(経口感染)。肺に入った菌は喉まで押し上げられ、嚥下により消化管を介して多量の菌を含む糞便が排出されます。これによって土壌や厩舎環境が汚染されるため、子馬の糞便は重要な汚染源と言えます。前述の不顕性感染子馬も糞便に多くの菌を排出します。また、厩舎内の空気中からも分離されており、土壌のみならず閉鎖環境における気道感染の可能性も示唆されています。

診断方法
 ロドコッカス菌は一般的な抗生物質が効きづらいため、子馬が肺炎に罹った際にはロドコッカス感染か否かを診断することが重要になります。直接、菌の存在を確かめるためには鼻腔ぬぐい液ではなく、気管洗浄液を採取しなければなりません。ただ、確定診断には時間と手間がかかるため、簡便な診断方法として血液検査による抗体価の測定や胸部エコー検査により間接的に推定することも一般的です。疫学情報も極めて重要な判断材料です。毎年発生するような高度汚染牧場やすでに何頭も発生している場合には、確定診断をするまでもなく、本症を疑った治療が選択されます。近年、JRA総研においてLAMP法を用いた診断法が報告されました。これはわずか1時間程度でロドコッカス遺伝子の有無を直接判定できます。特殊な機器を必要としないため、臨床現場における迅速診断法として期待される検査法です(写真1)。

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治療法

 ロドコッカス感染症の治療は世界的にもマクロライド系抗生物質(日本では主にアジスロマイシン)とリファンピシンの併用がゴールドスタンダードとなっています。ただ、近年海外ではこれらが効かないロドコッカス菌が報告されており、このような耐性菌による感染は予後が悪いと言われています。今のところ日本で耐性菌は確認されていませんが、常に頭の片隅に入れておかなければいけません。

予防法
飼育密度の低減、血漿製剤の投与、胸部エコー検査によるモニタリング、抗生物質の予防的投与など海外ではさまざまな予防管理法が報告されています。残念ながら、飼育密度の低減や日本では市販されていない血漿製剤の投与は現実的ではありません。胸部エコー検査は発熱するよりも早い段階で診断できることもあり有効な検査法ですが、治療を必要としない不顕性感染例まで検出されるため、手間と費用が膨れる可能性があります。抗生物質の予防的投与はコストがかかることに加えて、前述の耐性菌を生み出すリスクがあり推奨できません。ロドコッカス感染症については、昔から数多くの研究が行われているにもかかわらず、未だに有効な対処法がないというのが実情です。成書にも「残念ながら効率的な予防管理法はない」と明記されています。

さいごに
日本における致死率は近年大きく低下しました。これは獣医療の発展というよりも牧場スタッフの意識向上、特に細やかな検温による早期発見によるところが大きいと思われます。牧草作業が始まり、牧場では相変わらず忙しい時期が続くと思われますが、子馬が疾病に罹り易い時期でもありますので、引き続き十分な健康管理を心がけましょう。


日高育成牧場 生産育成研究室・主査 村瀬晴崇

2020年5月28日 (木)

当歳馬の放牧草の採食量

No.157(2016年10月15日号)

  

 発育中の若馬は、放牧により様々な恩恵を得ることができます。放牧地での自発的な運動は、基礎体力の向上、心肺機能および骨や腱の発達に有用です。また、集団で放牧することにより、母馬以外の他個体に接し、社会の一員となることは、将来、競走馬として競っていくためには重要な役割を果たしていると考えられます。

  

放牧草はウマ本来の飼料

 放牧地の牧草は、栄養がバランスよく含まれており、若馬にとって非常に優れた飼料であるといえます。馬が24時間放牧されているとき、平均で12.5時間採食することが報告されており、季節によっては、放牧草を16-17時間採食している場合もあります。このように、日中のほとんどの時間を採食に費やしていることから、ウマは”不断食の動物”と呼ばれます。ウマの胃は体のわりに非常に小さく、一度にたくさん食べることができません。したがって、少しずつの量を、途切れなく食べるのが、ウマ本来の食べ方であるといえます。

  

子馬にとっての放牧草

 生まれた直後に、子馬が栄養として摂取するのは母乳のみです。生後すぐから母馬の真似をして牧草を食べだす場合もありますが、ほとんどは栄養としては利用できていないようです。ウマが牧草の繊維成分を栄養として利用するには、盲腸および結腸内の繊維分解性の微生物が必要となります。生まれたての子馬の消化器官には、この微生物がほとんど存在しておらず、成長の過程において経口で取り込んでいくとされています。

 微生物を取り込むための顕著な行動が、母馬の糞を食べることです。食糞行動は、生後1週間くらいにみられますが、全ての子馬が実際に食糞をしているのかよく分かっていません。仮に食糞していなくても、子馬が口をつける可能性のある、牧草や敷料に糞由来の微生物が付着しているため、いずれは消化管内に繊維分解性の微生物を獲得することが可能です。

  

子馬の哺乳量

 子馬の乳の摂取量は、約2ヵ月齢から減少していきます(図1)。生後すぐの時期は、15~20分おきに哺乳しますが、この時期になると、哺乳回数は1時間に1回もしくは2回程度になっています。成長に伴う哺乳量の減少は、哺乳回数が減ることによります。子馬の成長に伴い必要となるエネルギー量は、増加していきます。2ヵ月齢以降、哺乳量が減る一方で、放牧草の採食量は増加していきます。子馬はいったいどれくらいの量の放牧草を採食しているのでしょうか?1_4図1

 

放牧草の採食量を調べる方法

 『放牧草の採食量はどうしたら分かるの?』という疑問に、少し触れておきましょう。牧草には、ウマがほとんど消化することのできないリグニンと呼ばれる繊維が含まれています。放牧草から摂取したリグニンは、消化できないため全て糞とともに排泄されます。糞中にどれだけリグニンが含まれているのかを調べると、リグニンの摂取量が分かります。

 ウマが食べている個所の牧草を中心にサンプリングし、牧草中のリグニン濃度を調べます。そして、(リグニン摂取量)÷(牧草中のリグニン濃度)を計算することで、放牧草の摂取量が推定できます(図2)。ただし、1日の放牧草の採食量を知るためには、1日に排泄する全糞を採取することが必要となります。2_3図2

 

子馬の放牧草の採食量

 図3に、放牧草の採食量を示しました。5週齢(約1ヵ月齢)までは、放牧草の乾物摂取量は0.5kg以下であり、ほとんど採食していないと言えます。乾物とは、水分を除いた固形成分のことです。例えば、放牧草の場合、季節や草種により変化はありますが、水分含量が4分の3、固形分含量が4分の1程度であり、原物の放牧草を1kg摂取したとき、乾物としては0.25kg摂取したことになります。7から10週齢までの放牧草の乾物摂取量は1kgであり、10週齢以降から採食量は増加していきます。17週齢(約3.5ヵ月齢)で放牧草の乾物摂取量は、2kgに達します。

 図3は10時間放牧したときの採食量ですが、この時期の子馬は、成馬に比べて睡眠時間が長く、昼夜放牧の場合でも採食量はあまり増えないことが予想されます。この時期の乳と放牧草から摂取するカロリー量は、必要量を満たしていますが、銅や亜鉛などの微量ミネラルは必要量を満たしていません。したがって、この時期より以前(理想としては2ヵ月齢)から、クリープフィードにより、これらのミネラルを補給する必要があります。3_3図3


 

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 松井朗)

2020年5月13日 (水)

電気牧柵を用いた放牧方法

No.148 (2016年6月1日号)

                          

  

 アイルランドなど海外の馬産国では、電気牧柵を効果的に利用した放牧方法が一般的に普及されています。わが国でも、放牧地への鹿の侵入防止用として設置されている牧場も多いのではないでしょうか。日高育成牧場では、出産後の母子の放牧地において、子馬の事故予防を目的として電気牧柵を設置していますので、本稿で概要を説明します。

   

子馬の種子骨傷害

 電気牧柵の話を始める前に、生後まもない子馬における種子骨傷害について説明します。これまで当場で実施した調査では、生後1~2ヶ月齢の子馬の近位種子骨のX線検査において、前肢で45.2%、後肢で9.5%に骨折様の陰影が認められました(図1)。これらの所見は種子骨の先端部に認められる小さなもの(図1左)から、中位の大きな離解を伴うもの(図1右)まで様々でしたが、有所見馬には跛行や腫脹などの臨床症状は見られず、発見から1ヶ月以内に消失するものがほとんどでした。発生原因は、広い放牧地で母馬に付いて激走することにあると考えられています。生後間もない子馬の種子骨は、まだ激しい運動に耐えられません。このため、いきなり広い放牧地に放された場合に、骨傷害を発生するのではないかと推察されます。

 所見を有した場合であっても、多くの馬に症状が認められないことから、臨床上の重要性が低い印象を受けます。しかし、場合によっては骨片が大きく離れるような重度の骨折を発症するリスクもはらんでいるため、発症リスクを低くするような飼養管理方法が求められます。1_11 図1.生後間もない子馬に認められる種子骨傷害

電気牧柵を利用した段階的な放牧

 2012~14年の3年間、当場において、広い放牧地(2ヘクタール以上)に生後10日齢以内に放した子馬の種子骨のX線検査をしたところ、中央部に陰影を認める離断骨片が大きい所見(図1右)が33%(12頭中4頭)に認められました。日高育成牧場で母子が利用可能な放牧地は、小パドック(1アール以下)を除くと、2haおよび4haの比較的広い放牧地のみであり、小パドックと大型放牧地の中間にあたる1ha以下の中型放牧地の設置が課題でした。

 そこで2015年は、2haの放牧地を電気牧柵で間仕切りすることにより、1ha以下の中型放牧地を設置し、段階的な放牧方法を実施しました。これにより、生後1週齢までは小パドック、その後1ヶ月齢までは間仕切りした中型放牧地、1ヶ月齢以降は4ha以上の広い放牧地を使用しました(図2)。この方法を用いたことにより、過去3年間で33%に認められた種子骨中央部の骨傷害が、2015年には13%(8頭中1頭)に減少しました。

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図2.電気牧柵を利用した段階的な放牧

 

電気牧柵の設置・使用方法

 具体的な電気牧柵の設置方法について説明します。馬用の放牧地の場合、視認性確保のため、ワイヤー状の細い電線ではなく、帯状の幅が広いタイプ、また、ポールは安全性を考慮したプラスチック製のものが推奨されます。馬によっては、電気牧柵に対する馴致が必要となる場合があります。最初に引き馬をしながら、電気牧柵に馬を近づけて、しっかり見せてから放牧した方がよいでしょう。もちろん、何かに驚いて急に走りだした場合には、突破されるリスクもありますので、外柵としてではなく、あくまで放牧地内部の間仕切りとしての使用に限定した方がよさそうです。なお、人畜両者に対する危険防止のため、電源については出力電流が制限される「電気柵用電源装置」の使用が法律で義務付けられていますので、ご注意ください。

3_7 図3.プラスチック製ポールと視認性の良い帯状の電線(左)と移動が容易な乾電池式の電源(右)

 

  

  (日高育成牧場・専門役 冨成 雅尚)

馬体管理ソフト「SUKOYAKA」の紹介

No.142 (2016年3月1日号)

    

JBBAから軽種馬牧場管理ソフト「SUKOYAKA」がリリースされました。

 SUKOYAKAは、軽種馬の栄養管理と馬体情報管理をサポートするソフトで、JBBA日本軽種馬協会のウエブサイトからダウンロード(無料)できます。(こちらからダウンロードできますhttp://jbba.jp/assist/sukoyaka/index.html)当ソフトは、「SUKOYAKA栄養」と「SUKOYAKA馬体」の二つで構成されています。

  

SUKOYAKA栄養

 SUKOYAKA栄養は、各馬のステージにあった養分要求量を計算し、現在与えている飼料の充足率を確認することができるソフトです。簡単に言うと、子馬であれば「今与えているエサもしくは新たに導入しようとしているエサを与えることによって、病気にならずに適切な成長ができるか」。妊娠馬であれば、「母体も健康で、健康な子馬を出産することができるかどうか」「それらのエサをどのくらい与えればよいのか」これらを判断するうえでの目安を提示してくれるものです。では、具体的な飼料設計の例を見ていきましょう。

  

例)1月の1歳馬の飼料設計

 ここでは22時間放牧の昼夜放牧をしている1歳馬(9ヶ月齢 馬体重350kg)の飼料を考えてみます。この時期、北海道では積雪があるため、放牧草からの栄養摂取は考慮しないこととします。まず、エンバクとルーサン乾草で設計してみます。この場合、SUKOYAKA栄養で計算すると、エネルギーとタンパク質は充足していることが確認できます(図1)。一方、銅や亜鉛など、子馬の健康な骨成長に影響を及ぼすミネラル類については、充足率が14~15%であり、明らかに不足していることが分かります。1_3

図1.エンバク3kgとルーサン5kgの飼料設計

  

 そこで、エンバク3kgを2kgに減らし、バランサータイプ飼料1kgに置き換えてみましょう。これにより、濃厚飼料を増やすことなく、銅や亜鉛などのミネラルも充足することができます(図2)。ただし、全項目の充足率が100%以上であれば適切かといえば、決してそうではなく、あくまで計算上の目安でしかありません。子馬の馬体成長や疾病発症に影響を及ぼす要因としては、飼料から摂取する栄養以外に、遺伝や環境(気候など)なども無視できません。あくまで算出された値を目安として、個体ごとの健康状態や発育の程度、疾病の有無などを把握しながらの飼料調整が必要となります。このため、定期的な馬体重や体高などの測定、BCS(ボディコンディショニングスコア)や疾患の有無を確認するための馬体検査などの実施が推奨されます。これらの体重測定や馬体検査で得られたデータは、その都度の飼料設計に利用できるだけではなく、継続的に複数年(複数世代)のデータを蓄積していくことで、飼養管理方法の改善にもつなげることができます。これをサポートするツールが「SUKOYAKA馬体」です。

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図2.エンバク2kg、バランサー1kg、ルーサン5kgの飼料設計

  

SUKOYAKA馬体

 SUKOYAKA馬体は、子馬や繁殖牝馬の個体情報を記録し、管理するためのソフトです。定期的に測定した馬体重を入力すると、自動的にグラフ化してくれます。また、子馬については、標準曲線と比較することもできます(図3)。標準曲線は、日高管内の30牧場の約2,400頭の子馬の馬体重データ4万点を性別・生まれ月ごとに分けた平均値をもとに作成したものです。この標準曲線と登録馬のデータを比較することで、子馬の成長度合いの確認ができます。ただし、「標準曲線はあくまで目安である」ということを念頭に置いて利用して下さい。すなわち、標準曲線を「上回ったら、飼料を減らす」「下回ったら、飼料を増やす」など機械的に利用するのではなく、あくまで、実馬を観察したうえで、BCS、体高、胸囲、管囲、疾病の有無、放牧草の状態などの情報と併せて飼養管理に活用することが合理的です。また、子馬および繁殖牝馬の様々なデータ蓄積は、生産牧場における適切な飼養管理、もしくは管理方法の改善に大きく寄与します。ビジネスの世界で使われている「PDCAサイクル」、つまりPlan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Act(改善)の4段階を繰り返すことにより業務を継続的に改善する手法は、生産牧場でも活用することができます(図4)。この場合、正しくCheck(評価)するためには、「事実の正しい認識」が重要です。つまり、「曖昧な主観的感覚」ではなく、「客観的なデータ」の検証が必要になります。SUKOYAKA馬体は、馬体重だけではなく、体高などの測尺値やBCS、出産、病気、離乳などの様々なイベント、給与飼料や病名などの必要に応じたコメントを入力し、データとして蓄積することができます。これらの蓄積データを活用することにより、過去に実施した飼養管理方法の評価「振り返り」が可能となり、適切な改善へとつながります。

 「振り返り」の具体例としては、「昨年の世代と比較して、今年の1歳馬は骨疾患が多い。昨年と今年の馬体成長やBCSに違いはあるだろうか?」「今年の1歳馬は冬期のBCS保持が困難だった。離乳期の馬体重やBCSは問題なかっただろうか?」「今年は繁殖牝馬の受胎成績が良くなかった。成績が良かった昨年の馬体重やBCSと比較してみよう」などがあげられます。

 このようなデータを活用した評価をすることで、具体的な改善策が浮かび易くなります。また、栄養指導者などの第三者に相談する場合でも、過去の蓄積データを示すことで、より適切な解決策の発見につながります。是非、軽種馬牧場管理ソフト「SUKOYAKA」をご活用ください!!

3_3 図3.SUKOYAKA馬体 馬体重グラフ

  

4_2 図4.SUKOYAKAを活用した牧場におけるPDCAサイクル

 

(日高育成牧場・専門役 冨成雅尚)

2020年2月24日 (月)

GPSを活用した放牧管理

No.136(2015年11月15日号)

放牧地における馬の行動
 放牧地にいる馬たちがどのような行動しているのか、特に夜間放牧下ではいつ寝ていつ動いているのか、どれほど動いているのか、どのような時に走るのかなど疑問は尽きません。このような馬の行動について仲間内で議論するのも楽しいものです。最近、リハビリとして半日放牧するのは昼が良いのか夜が良いのか牧場の方とお話する機会がありましたが、長く生産地で働いている方同士でも感覚が違っていて興味深いものでした。

GPSデータから分かること
 改めて説明するまでもなく、GPS(Global Positioning System、全地球測位システム)は広く一般的な言葉として浸透しています。本稿では、このGPSを用いた馬の行動調査法についてご紹介します。GPSは本来位置情報を計測するものですが、一定間隔毎に(5秒とか1分とか)記録することで、その間の移動距離や速度を計算することができます。JRA日高育成牧場ではGPS装置を用いて放牧地における馬の運動調査に取り組んできました。近年、冬期の夜間放牧に関するデータをご紹介したことがあるので、ご存知の方もいるのではないでしょうか(図1)。

1_5 図1 冬期の昼夜放牧下における運動量の推移
運動量はGPSによって計測した

 当場の研究報告などでは、放牧地内移動距離として1日○kmといったデータをお示ししていますが、実は移動距離以外にもさまざまな情報が得られます。図2は我々が使っている解析ソフトの画面です。左側のGoogleマップ上には馬が動いた軌跡が表示され、馬が放牧地のどこで過ごしているのか分かります。また、右側には走速度のグラフが表示され、走った時間帯や回数、逆に休息している時間を把握することができます。これらの情報は馬の行動を把握するために、非常に有用なツールであると思います。

2_5 図2 GPSロガーで記録された放牧地データ
Googleマップと連動して軌跡が示される(左)。また速度グラフが表示され、どの時間帯に運動・休息していたのか、またその場所も知ることができる(右)。

GPSの装着
 図3は子馬にGPSロガーを装着した様子です。機械自体は防水ではないので、小型のチャック付ビニル袋に入れ、無口の下側にビニルテープで巻き付けます。下側に装着することで、無口がズレず、生後直後の新生子馬であってもそれほど負担になっているとは感じていません。

3_5 図3 GPSロガーを装着した1歳馬

GPSデータの活用
 GPSを用いると、移動距離以外にもさまざまな情報が得られることがお分かりいただけたかと思います。このような情報は日によって違ってきますので、興味深い反面なかなか研究データとして取りまとめるのに苦心しています。一般の牧場においては、運動量をウォーキングマシンや引き馬といった運動負荷設定の目安にしたり、離乳時のストレス判定に用いたり、水槽に近づいた回数(飲水回数)をカウントしたり、また放牧地の利用域を知ることで部分的な荒廃を防ぎ均一な使用を促す工夫や部分的な草地管理(施肥や除草)に活かせるかもしれません。中規模以上の牧場においては、上述したようにスタッフ間の議論のエビデンスとして、認識を共有するための一助になるのではないかと思われます。

GPSロガーの条件
 以前のGPS装置は大きく、重かったため、子馬に装着すると無口で擦れたり、放牧地で紛失したりと気軽に装着をすすめにくいものでした。しかし最近ではデータロガーといって、画面のない、ただデータを記録するだけのごく小さい装置が安価で入手できるようになりました。ネットで調べると、主にトレッキング用やドライブ用、ツーリング用にさまざまなGPSロガーが流通しており、どれを選べば良いか悩むことになります。我々が今まで試行錯誤してきた結果、馬の行動調査に必要な条件としては①バッテリーが長持ちすること(できたら24時間程度)。②小型、軽量であること。③USBで簡単にPCに取り込めることです。(実際には24時間以上駆動するという条件だけでかなり絞られます。)また、防水性や操作画面などが付帯していると良いのですが、このような性能を求めるとどうしても大型化してしまうため、小型(そして安価)であることを優先して使用しています。

 さまざまな講習会においては、当場生産馬のデータをご紹介していますが、実際には牧場によって放牧地の行動は結構違うのではないかと考えています。そもそも、放牧地でどういう行動をしていれば強い馬ができるのかについては、簡単に答えの出せない問題であり、このようなデータを不毛と感じる方もいるかもしれません。しかし、馬が放牧地でどのように過ごしているのか把握することは、ホースマンとして非常に重要なことだと思います。自分の牧場における放牧地ごとの特性、さらには他場との違いなど皆さんの経験的な感覚に科学的な視点を加えて考察するのも面白いのではないでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査 村瀬晴崇)

2020年2月15日 (土)

離乳期の子馬の管理

No.132(2015年9月15日号)

 9月に入ると多くの牧場で「離乳」、すなわち母馬と子馬の離別が行われます。JRA日高育成牧場では、本年生まれた8頭の子馬たちの離乳を8~9月にかけて段階的に行っています。当場では「母馬の間引き」および「コンパニオンホースの導入」の2つの方法を用いることで、大きな事故もなく比較的スムーズに離乳を行うことができています。これらの具体的な方法については、昨年の9月1日号本誌で紹介しましたので省略させていただきますが、今回は離乳期の子馬の飼養管理について「栄養」と「しつけ」の2つの注意点に絞ってご説明したいと思います。

離乳期の管理 ~栄養~
 離乳期の栄養管理については、母馬がいなくなった場合でも、それまで母乳から摂取していた栄養を牧草や固形飼料で代替することができるようになっていること、すなわち、一定量(1~1.5kg)のクリープフィード(子馬に与える固形飼料)を食べられるようになっていることがポイントになります。
クリープフィードを与える目的は大きく2つあります。1つ目は母乳から得られる栄養の補填です。母馬の泌乳量は出産後から徐々に低下していき、そこから摂取できるカロリーや栄養成分も同様に低下します。特にカルシウムや銅などのミネラル摂取量は、生後1ヵ月を待たずして子馬の栄養要求量を充たさなくなります(図1)。ある程度のミネラルは体内に蓄積して子馬は生まれてきますが、それらが枯渇する前にクリープフィードで補う必要があります。

1 図1.子馬が母乳から摂取するミネラルの要求量に対する割合(7週齢)

 クリープフィード給与の2つ目の目的は、離乳後の「成長停滞」を防止もしくは最小限度に抑制することです。離乳後の子馬を観察すると、少なからず体重増加が滞ります。極端な体重減少でなければ、健康への重大な影響はまずありません。しかし、体重増加が停滞した後に起こる「急成長」は、OCD(離断性骨軟骨症)などの骨疾患を発症させる要因になるとの調査報告もあるため看過できません。そこで、離乳前に一定量のクリープフィードを食べることに慣らしておき、「成長停滞」とそれに引き続いて起こる「急成長」を予防し、スムーズに成長させる工夫が必要になるのです(図2)。

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図2 離乳後の成長曲線

スムーズな成長曲線(左)と「成長停滞」後に「急成長」が認められる成長曲線(右)。後者はOCDなどの骨疾患を発症しやすい成長と考えられています。

 なお、クリープフィードの給餌を離乳直前に開始しても、食べ慣れるまでに時間がかかるうえ、離乳ストレスによる食欲低下も念頭に置かなくてはなりません。このため、クリープフィードの開始時期は、母乳量が低下し始める2ヵ月齢が目安になります。もちろん、過剰摂取による過肥、骨端炎および胃潰瘍には十分注意する必要がありますので、給餌量を決定する際には、子馬の体重、増体量、ボディコンディションスコア、放牧地の草の状態を考慮しなければなりません。

離乳期の管理 ~しつけ~

 たとえ離乳が成功に終わったとしても、「母馬」という絶大な安心感を喪失した子馬は、少なからず精神的に不安定な状態に陥ります。このため、馬によっては離乳後に取扱いが困難になる場合もあり、これまで以上に人に対する信頼感や安心感を育む努力が必要になります。
 離乳後の子馬に対して、牧場業務のなかで実施可能なことは、集牧および放牧時の引き馬や馬房内での手入れを通して、「人間が馬のリーダーである」ということを再認識させることです。
 引き馬では、可能な限り人と馬が向き合う機会を増やす工夫が求められます。つまり、子馬の歩くスピードを人間がコントロールすることが重要になります。馬にとっては、自身のスピードをコントロールする相手がリーダーとなります。このため、集牧時や放牧時の引き馬の際には、人間が常に馬のスピードをコントロールすることを念頭に入れなくてはなりません。馬の思うままに引っ張られたり、歩かない馬を無理やり引っ張ったりするのではなく、人間の合図で前進、停止、加速、減速ができるように引き馬をします。
 例えば、複数頭で引き馬をする際に、群のままで前の馬との間隔をつめる引き馬では、馬は落ち着いて歩きます。しかし、場合によっては、引いている人ではなく、前の馬をリーダーとして認識しています。このため、当場では前の馬と「5馬身以上の間隔」を空けた引き馬をしています(図3)。前に歩かない馬や、逆に前に行きたがる馬の場合、引いている人がリーダーとなって、馬のスピードをコントロールします(図4)。これにより、人馬の関係を再構築していくのです。

3 図3 前後の馬との間隔を空けた引き馬

4 図4 馬自身のスピードをコントロールする相手がリーダー

おわりに
 離乳前後の時期は、成長やストレスに伴う様々な疾患や悪癖が我々の頭を悩ませることが少なくありません。今回ご紹介した方法で全て解決できるわけではありませんが、1つのヒントとしてご活用いただければと思います。皆様の愛馬の健康な成長のために、今回の拙稿がお役に立てば幸いです。

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2020年1月 3日 (金)

繁殖牝馬と子馬の蹄管理

No.130(2015年8月15日号)

はじめに
 繁殖牝馬や子馬は放牧地で管理される時間が長く、仲間とともに良質な青草を探して歩き回るため、子馬は肢蹄が健全であれば運動量が増えて基礎体力が向上します。しかし、下肢部、特に蹄に疾患があり歩行を嫌う場合には、運動量が減少して健全な馬体の成長が妨げられてしまいます。そのため、日頃から蹄を注意深く観察し、触れることにより、蹄病の発症を早期に発見し、悪化を防止することが重要です。そこで今回は繁殖牝馬と子馬の蹄管理のうち、日常心がけるべき基本について紹介したいと思います。

日常の管理
 蹄に汚物や糞尿(アンモニア、酸やアルカリ)、泥土が詰まった不潔な状態で放置すると、蹄質が悪化し、蹄叉腐爛などの蹄病の発症誘因となり、跛行の原因となることがあります。常に清潔な状態に保つためには、こまめな裏堀りが重要です(図1)。裏掘りの際には、蹄壁に触れることにより蹄の異常サインである帯熱を感知できます。また、子馬には蹄を軽く叩いて音を出し、衝撃を与えることでその後に実施する装削蹄の馴致となります。

1_4 図1 裏堀り

蹄油の利用
 冬季は蹄が乾燥して硬くなることにより、蹄機作用(体重負荷による蹄の変形によって着地時の衝撃を緩和したり蹄内部の血液循環を助ける生理作用)が妨げられ、蹄踵の狭窄や裂蹄などが発症しやすくなります。また、手入れに湯を使用すると必要以上に蹄の水分を蒸発させることから、蹄洗後は直ちに蹄油を塗布して乾燥を防止する必要があります。逆に夏季は、蹄の過度な湿潤により蹄質が軟化し、蹄叉腐爛や蹄壁欠損を発症しやすくなります。蹄油は、過剰な蹄の水分発散(乾燥)や湿潤を防止することを目的として蹄壁や蹄底に塗布します。その他、成長基点である蹄冠に、蹄クリームや単軟膏などを刷り込むことも蹄を保護するうえで有効です。

定期的な削蹄
 子馬の蹄は柔らかく成長が早いため、異常摩滅などにより、蹄形が変形してしまうと歩様、肢勢、蹄形に大きな影響を与えます。そのため、定期的な装削蹄が不可欠です。子馬も繁殖牝馬と同様に、3~4 週間隔で装削蹄を実施しますが、状態によっては時期を早める場合もあります。日頃から蹄を注意深く観察し、不正摩滅や蹄形異常の早期発見に努めることが重要です。日高育成牧場では出生時から離乳まで、装蹄師および獣医師が毎日、肢勢および歩様をチェックしています。また、過度の摩滅や蹄壁欠損が生じた場合は、成長期の軟らかい角質への負担を軽減させるため、充填剤の使用や蹄の生長を阻害しないためにポリウレタン製蹄鉄(図2)を用いて保護します。

2_4 図2 ポリウレタン製蹄鉄

牧場でもできる蹄管理
 蹄の縁が尖っていると蹄壁欠損や裂蹄を起こしやすくなります。そのため、端蹄廻し(はづめまわし)を実施し蹄壁欠損などを予防します。端蹄廻しとは、蹄壁の厚さ2 分の1 を目安として、ヤスリで外縁を削り、蹄壁に対して45度の丸みをつけます(図3)。軽度の蹄壁欠損を発見した時は、欠損部の拡大を防ぐために、蹄用のヤスリを常備して欠損部のヤスリがけを行いましょう。

3_4 図3 端蹄廻し

最後に
 健全な馬を育てるには装蹄師による定期的な装削蹄だけでは限度があり、牧場での日常の蹄管理が必要不可欠です。また、蹄の異常など発見した場合は速やかに担当の獣医師または装蹄師に相談しましょう。

(日高育成牧場 業務課 山口 智史)

2019年12月30日 (月)

引き馬‐子馬から競走馬まで

No.129(2015年8月1日号)

 さて、最大頭数が上場されるサマーセールを8月下旬に控え、セリシーズンも佳境を迎えます。生産地においても、子馬を馬主の皆様にお見せする機会も多いのではないでしょうか。展示やセリで馬をよく見せるためにも、また、セリ後にスムーズに騎乗馴致に移行するためにも『引き馬』は非常に重要な技術です。今回は、JRA日高育成牧場で実施している方法を参考に、子馬から競走馬までの『引き馬』の考え方についてご紹介します。

当歳
1) 出生翌日(当日)
 日高育成牧場では、生後から母子を1人で引く方法を採用しています(写真1)。左手で母馬を保持し、子馬の左側に立って右手で軽く肩を保持して歩きます。生後直後の子馬は自ら前進することを知らないため、もう1名の補助者が後方からサポートして前進を促します。人が母子の間に位置することで『信頼関係を構築』し、また、人が子馬の肩の左側に立つ『人馬の位置関係』を教えます。横にいる保持者の指示に反応しない場合、後方から押されるというプレッシャーを意識させます。2~3日で馬は理解しますので、後方からのサポートは不要となります。

1_3 写真1 四肢の関節はまだ弱い

2) 生後2ヶ月まで
 概ね生後2ヶ月までは、子馬の保持にはリード(引き綱)を使用せずに、『頚もしくは肩の外側に手をかける』方法を用います(写真2)。リードを使用しない理由は、前に歩かない子馬を無理に引っ張ったり、子馬が前進を拒んだりした場合、虚弱な子馬の頸部に対するダメージが危惧されるためです。

2_3 写真2 左手は母馬のスピードを調整

 この時期は、『子馬自身のバランスで歩くこと』および『人の指示に従って歩くこと』を教えます。最初は、子馬が自ら歩き出すように、音声による合図や右手で肋や腰を軽くパットして合図を送る等のプレッシャー、すなわち『オン』を与えて前進を促します(写真3)。前進を開始したら、その瞬間にプレッシャーの解除、すなわち『オフ』を与えることによって、子馬が自身のバランスで活発に歩く行動を促します(写真4)。

3_3 写真3 右手でパットし前進を促す

4_3 写真4 再び右手を軽く肩に添える

3) 生後2ヶ月~離乳まで
 子馬がある程度成長する2ヵ月齢を目安にリードを装着します(写真5)。リードは、緊急時に解除できるよう、1本のロープを鼻革の下部で折り返して使用します(写真6)。リードを用いる場合も、使用していないときと同様に子馬の肩の横に立ち、リードを引っ張らないよう、子馬を動かすことが大切です。

5 写真5 子馬のリードはゆとりを持って保持

4) 離乳後
 この時期から当歳の大きさに合わせたチフニーへの馴致も開始します。チフニーは作用が強いため、装着していてもリードはゆったりと保持します。また、日常の収・放牧時はもちろん、削蹄や治療などの保定の際はチフニーを装着します。併せて、馬房内で1本のタイロープを用いて、馬が落ち着くよう、壁に向かって後ろ向きに繋いで、手入れができるように教えます(写真7)。

6 写真6 リードの折り返し方

7 写真7 後ろ向きに繋がれることを教える

5) 展示
 展示の際の引き馬は、検査者からまっすぐに10mほど遠ざかり、右回転(写真8)して検査者に戻ります。右回転で実施する理由は、馬を制御しながら、検査者に回転時の運歩を見やすくするためです。馬の重心を後躯にのせ、頭を少し高く保持して後肢旋回の要領で行うと容易です。また、廊下などの狭い場所で回転する際は、人が馬との間に入ることにより、無用な受傷を防止します。

8 写真8 右回りでの回転

1歳~2歳(競走馬)
1) 洗い場での張り馬
 トレーニングセンターでは、馬を張って管理することが多いため、その馴致として、洗い場では張り馬での手入れを行っています。この際、馬を張る環には、あらかじめ切れてもいい紐から取った張り綱を装着しておきます(写真9)。このことにより、張り綱とリード(引き綱)を区別し、通常の引き馬は1本のリードで実施することができます。

9 写真9 1本リードで管理するための工夫

2) 1本リードでの引き馬
 チフニー(写真10)は、下部の環にリードを1本装着することで、ハミを下顎に対して均等に作用させる構造になっています。つまり、地上にいる者が馬を制御するためのハミです。

10 写真10 チフニーは1本リードで使用する構造

3) 二人引き
 競馬場のパドックで二人引きをしている姿をよくみかけます。引く者が一人から二人に増えたからといって、一馬力の馬を力で制御できるものではありません。馬が本気で暴れた場合、どちらかが手を離さなければいけない状態に陥るのは明らかです。元気のよい馬、力のある馬を制御するためには、チフニーやチェーンシャンクなどの道具を使用するほうが効果的です。また、馬に対してリーダーが誰であるかを明確に示すことも重要です。以上のことから、引き馬は一人で実施することが原則です(写真11)。

11 写真11 英ドンカスター競馬場で引き馬を行う筆者

 一方、パドックで左手前の引き馬を行う場合、引く者の反対側に観客などの物見の原因があり、しばしば馬が急に内側の切れ込んでくることがあります。このような状態を回避するためには、馬を安心させる必要があります。このことを目的として、補助者が頸部などに触れながら、馬の右側を歩くことは有効です。この際、必要に応じて右側の手綱部分を軽く保持することもあります。

最後に
 人馬の信頼関係を構築するための正しい引き馬は、基本的な躾の積み重ねによって成立します。したがって、競走馬がその持てる能力を発揮するためにも、子馬のときから競走期にいたるまで、一貫した考え方のもと、『引き馬』を実施したいものです。

(日高育成牧場 副場長 石丸 睦樹)

2019年12月 4日 (水)

子馬に認められる近位種子骨のX線所見について

No.120(2015年3月15日号)

近位種子骨とは
 馬の近位種子骨(以下、種子骨)は、四肢球節の後ろに2個ずつ存在する小さな骨です。関節の一部を構成することで、球節の滑らかな動きに重要な役割を果たしています(図1)。馬は走行時、球節を自身の体重で大きく沈下させ、屈腱の伸縮力を利用することで推進力を得ています。種子骨は、この球節の沈下に耐えるため、繋靭帯をはじめとする周囲の腱靭帯と強固に結び付き、運動時に大きなストレスを受けている組織といえます。

1_14 図1 馬の前肢骨格標本
種子骨は、四肢球節の後ろ側にそれぞれ内外1対存在する。

子馬の種子骨における骨折様所見
 生後1~2ヶ月齢の子馬の種子骨をX線検査で確認すると、しばしば骨折様の陰影が認められることが判ってきました(図2)。これまでに、4牧場で生後8週齢までの幼駒42頭の種子骨についてX線検査を実施した結果、前肢は45.2%(19頭)、後肢は9.5%(4頭)の子馬に種子骨の骨折様所見が認められました。これらの骨折様所見は、種子骨の先端部に見られる小さなものから、中位の大きな離解を伴うものまで様々でしたが、有所見馬には、跛行や腫脹などの臨床症状は見られず、発見から1ヶ月以内に消失する所見が殆どでした。

2_12 図2 子馬における種子骨の骨折様X線検査所見
臨床症状は見られず、X線検査で初めて所見に気づくことが多い。

レポジトリーで認められる種子骨の異常所見の原因!?
 1歳サラブレッド市場で公開される四肢X線医療情報(レポジトリー)で認められる異常所見の中に、種子骨の陳旧性骨片や伸張などがあります(図3)。種子骨に骨片が認められた馬は、認められなかった馬に比較して初出走時期が遅れるとの報告もあり、調教開始後に何らかの影響を及ぼす可能性がある所見として知られています。このような種子骨の異常所見の原因の1つが、子馬の時期に発生する種子骨の骨折様所見であると考えられます。子馬の骨折様所見の中には、陳旧性の骨片として遺残する例や、所見の消失後に内外種子骨の大きさが異なってしまう例もあるからです。

3_11 図3 市場レポジトリー資料における球節部X線画像
左:正常な種子骨の例 
中:種子骨先端部に陳旧性の骨折片が認められる症例
右:内外の種子骨の大きさが異なる症例

予防法はあるか?
 子馬の種子骨に見られる骨折様所見の発生原因は、広い放牧地で母馬に付いて激走することにあると考えられています。生後間もない子馬の種子骨は、まだ激しい運動に耐えられません。馬の種子骨は、妊娠最後の1ヶ月頃に形成され始め、誕生後も大きく成長していきます。そのため、子馬の種子骨は、上下方向の大きなストレスに弱く、骨折様所見が発生したり、時には完全に破綻してしまうことがあります(図4)。この時期の子馬にとって襲歩のような激しい運動は必要ではありません。予防には、放牧地を段階的に大きな場所に変更するなど、母馬の息抜きをしながら放牧管理を行う工夫が必要であると思われます。

4_8 最後に
 子馬に認められた種子骨の骨折様所見の多くは、無症状でX線検査をしない限り判りませんでした。所見が確認された子馬のほとんどは、無処置で放牧を継続しながらでも最終的に所見が消失することから、気にする必要のない成長過程の現象の1つと言われることもあります。しかし、重篤化してしまう例が稀にもあること、レポジトリーにおける種子骨の異常所見の原因となることが調査を進める中で分かってきています。大事な生産馬を無事に競走馬にする過程のリスクの1つとして、生後間もない子馬の放牧管理について、もう一度考えてみる必要があります。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)