初期育成 Feed

2019年12月 2日 (月)

クラブフットの対処方法

No.119(2015年3月1日号)

はじめに
 馬の発育期における蹄疾患のひとつにクラブフット(以下CF)があります。CFとは深屈腱の拘縮が原因で蹄骨が牽引されることにより、蹄尖壁が引っ張られて極度に肢軸が前方破折してしまう症例です(図1,2)。CFを放置して重篤化してしまうと競走馬として活躍することなく淘汰されてしまうこともあります。そのため、CFを発症してしまった時には早期に発見し、対処する事が非常に重要になります。今回は、CFの対処方法等について紹介いたします。

1_13 図1 重度なクラブフット

2_11 図2 クラブフットの発症機序

クラブフットの原因と症状
 CFの治療は軽症のうちに適切な処置を施すことが何よりも重要であり、そのためには早期発見がポイントとなります。しかし、早期発見をするためには正しい蹄形を理解した上で、CFの原因や症状を知らなければ判断することは困難です。まずは、CFの原因について説明したいと思います。CFは遺伝による先天性のものと生後1.5ヶ月~8ヶ月齢の子馬に発症する後天性のものがあります。後天性の原因として、栄養の不足や過多、馬体の発育異常による骨格と筋肉・腱のバランス異常、放牧地の硬さなどに起因する物理的な衝撃などが考えられています。特に注意すべきは上腕や肩などの痛みであり、これによって筋肉が緊張し関節が屈曲することにより深屈腱支持靭帯が弛緩し、蹄の形状異常を引き起こします。すなわち、支持靭帯は弛緩し短縮した状態になると再び元の長さには戻らず短い状態で固まってしまうので、深屈腱は拘縮し、CFを発症してしまいます(図2)。そのため、普段からこまめに歩様チェックを行い早期に痛みを取り除く事でCFの発症リスクを軽減することができます。

 次に症状について説明します。CF発症馬の蹄は、蹄尖壁は凹弯し、通常は蹄尖と蹄踵が等間隔である蹄輪が、蹄尖部が狭くなり、蹄踵部は広くなる不正蹄輪(蹄の年輪のような線が歪む)となります。発育期の若馬を手入れする時には、このような症状が出ていないかを十分に観察する必要があります。

クラブフットへの対応
 CFを発症してしまった時には獣医師・装蹄師と相談し、原因を取り除く必要があります。獣医師と相談し、歩様に違和感がある場合には運動を制限し鎮痛剤を使用し、痛みを取り除きます。また、筋肉の緊張が原因で発症するため、筋弛緩剤などの投与も有効です。
 装蹄療法としては、軽度な場合には蹄踵を多削し蹄の形状を整えますが、蹄踵が地面から浮いてしまっているような重度な症例では、蹄踵を多削してしまうと深屈腱の緊張が上昇し、蹄骨の牽引を助長してしまうため、蹄踵が地面に接地するまでは厚尾状のパット装着や充填剤によるヒールアップ(図3)を実施し深屈腱の緊張を緩和させる事が有効です。さらに重度な症例で装蹄療法だけでは治療が困難な場合には深屈腱支持靭帯の切除術を検討する必要があります。切除術を実施することで深屈腱の緊張が緩和され、CFの進行を抑制することができるため、競走馬として活躍するためには実施しなければならない症例もあります。

3_10 図3 充填剤(スーパーファスト)でヒールアップを実施した蹄

終わりに
 CFは競走馬としての将来を大きく左右する重要な蹄疾患です。発育期の若馬は特に蹄を注意深く観察し、その変化を早期に発見し素早く対応する事が求められます。そのため、発見した時にはすぐに獣医師・装蹄師に連絡を取り、早期に治療を行うことが最も重要です。

(日高育成牧場 業務課装蹄係 諫山太朗)

2019年11月29日 (金)

虚弱新生子馬NMSについて

No.118(2015年2月15日号)

 今年もいよいよ出産シーズンが到来しました。皆さんシーズン突入に向けて意識は切り替わっているでしょうか。分娩には不慮の事故も多いため牧場では神経を尖らせてしまいますが、後悔しないようしっかり準備をして備えたいものです。今号では前号の分娩予知に続き、生後間もない虚弱子馬について紹介いたします。

NMS?HIE?
 産まれた子馬が乳房に近づかず馬房内をグルグルと徘徊したり、壁を舐めまわしたりすることがあります。また、虚弱でなかなか立てず手厚い看護が必要な子馬もいます(図1)。この2つの症状は全く違ってみえますが、実は病態としては共通するものがあるのです。

1_12 図1 壁に頭をぶつける子馬(左)と手厚い看護を受ける子馬(右) COLOR ATLAS of Diseases and Disorders of the Foal (Siobhan Bら,2008)より

 これは獣医学的には新生子不適応症候群Neonatal Maladjustment Syndrome(以下NMS)、低酸素虚血性脳症Hypoxic Ischemic Encephalopathy(以下HIE)、周産期仮死症候群Perinatal Asphyxia Syndromeなどと呼ばれ、一般にはダミーフォール(Dummy Foals)、ライオン病(Barkers)などと呼ばれたりもします。子馬は娩出に伴って母馬の体内環境から外部環境へ体の仕組みを切り替えなければいけません。具体的には肺が空気を吸って機能し始めること、臍帯が閉じて腎臓の機能が高まること、消化管が機能すること、筋肉で体重を支えるようになることなどです。これらのスイッチの切り替えがうまくできず、外部環境に適応できない病態であるということからNMSと呼ばれます。一方、大きな問題として脳組織が低酸素により障害されることからHIEとも呼ばれます。詳細な病態が十分解明されていないこともあり、さまざまな呼び方が混在しているのですが臨床的には同じものを指します。本稿では国内でも昔から呼称されていたNMSと呼ぶことにします。

臨床上2つに分類される
 NMSは臨床上2つに分けることができます。1つは出生直後から異常を示す場合であり、もう1つは時間が経ってから異常を示す場合です。前者の場合は胎盤炎や未熟子、敗血症などのトラブル出産に併発するケースが多いと言われています。後者は出生時には問題なく起立、吸乳していたにもかかわらず、その後2日以内に発症します。時間をおいて発症する原因としては未熟子、横臥位、敗血症、貧血、肺の疾患、気道閉塞などが考えられていますが、残念ながらはっきりした原因が思い当たらないケースも多くあります。

症状
 NMSは脳組織が障害されることによって無目的歩行、吸乳反射の消失、異常発声、嗜眠、といった異常行動を示します。実際には、酸素欠乏だけではなくエネルギーの欠乏や血液の酸性化なども生じるため、脳だけではなく消化管や腎臓、肺といったあらゆる臓器が障害され、重症例では手厚い看病が必要となります。

治療
 軽症の場合の多くは特に何もしなくても良化しますが、重症例では早期の治療が重要となります。しかし、初期には軽症と重症の区別が困難であるため、軽症だからと決め付けずに疑わしい子馬には早期に対処することが重要です。牧場でまずできることは酸素を吸わせることです。体温を維持する機能が低いため保温も重要です。また肺や腎臓、消化器、筋肉などが障害された場合には呼吸や血圧の管理、栄養補給さらには脳浮腫や腎臓に対する治療のため獣医師による処置が必要となります。
 牧場では「乳を飲めば元気になるかもしれない」と母乳を搾乳して飲ませることがあります。母乳によるエネルギー給与が賦活剤として効果がある場合もありますが、重症例では消化管が十分に機能していないので、乳を飲ませることに固執せず、柔軟に他の対策に切り替えるべきです。早期に獣医師を呼ぶ決断をすることが救命率の向上と治療費用の抑制には重要と言われています。小規模の牧場では発生率の低い重症例を経験する機会は少なく、そのため「たぶん大丈夫だろう」と様子見してしまい初期治療が遅れてしまいがちです。では具体的にどういう状態で獣医師を呼べばいいのでしょうか?

APGERスコア
 4年前にAPGERスコアと呼ばれる子馬の評価方法が発表されました。これはAppearance(粘膜色)、Pulse(心拍数)、Grimace(反射)、Activity(筋緊張)、Respiration(呼吸数)をそれぞれ点数化し、その総計から重症、軽症、正常を判定するものです(表1)。特筆すべきは獣医師に頼らず誰でも、同じ目線で、数値化できることです。これを用いることで、重症例を経験したことがない人であっても「これはおかしい」と客観的に評価できますし、牧場でできる対処でスコアが改善しない場合には即座に獣医師を呼ぶ一助となります。
 実際スコアをつけてみると、大半が「正常」であるため、興味が薄れて投げ出してしまう方が多いようですが、万が一のために、スコア表を分娩室に常備しておくことをお奨めします。

2_10 表1 APGERスコア表。異常であれば低いスコアを示す。

 なぜNMSの多くは神経症状が一時的なのか?なぜ多くは特別な治療なしで回復するのか?なぜ多くの子馬は明らかな低酸素症状を示さずに悪化するのか?などNMSは未だに分からないことが多い疾病です。今日の獣医療をもってしても全ての子馬を救うことができるわけではありませんが、救える命を確実に救うためには、牧場現場における理解と判断が重要となります。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査  村瀬晴崇)

2019年11月13日 (水)

ローソニア感染症

No.111(2014年10月15日号)

国内での広がり
 もはや生産地の馬関係者でローソニア感染症を知らない人はいないのではないでしょうか。国内では2009年から発症が報告されており、特にここ4,5年の間に生産界に広く発症が認められるようになりました。まだ経験したことがない方にとっては対岸の火事のように思われるかもしれませんが、他人事ではなく身近な疾病という認識をもってお読みいただければ幸いです。

秋から冬の当歳に注意
 ローソニア感染症は当歳馬で離乳や寒冷といったストレスがきっかけとなって発症すると考えられているため、特にこれからの時期に警戒しなければなりません。感染しても発症しない馬もいますが、疫学調査の結果から発症馬のいる馬群ではみるみる感染が広がることが分かっています。
 日高育成牧場で発症した当歳馬は食欲廃絶、下痢を呈し、330kgあった体重が1ヶ月で290kgまで低下してしました(図1)。何頭もの子馬がみるみる削痩する様子を目の当たりにすると本疾病の恐ろしさを痛感します。一般には下痢の病気として知られていますが、発症しても下痢を示さない馬も少なくなく、初診時に感冒と間違われることもあります。微熱を呈したり元気がなかったりした際には、是非本疾病を頭の片隅に置きながら対処して下さい。

1_4 図1 当歳の発症馬。元気消失し、3週間にわたって体重が減少し続けた。

ローソニアの問題点
 原因細菌のローソニアイントラセルラリスは馬の腸粘膜細胞の中に寄生するという特徴をもつため、血液検査や糞便検査での確定診断が難しく、薬が届きにくいという点がやっかいです。また、実験室での細菌培養が難しいことから有効な抗生物質を確かめることができないため、獣医師はさまざまな治療経験を蓄積、共有して対応しています。

育成馬でも発症!
 ローソニア感染症は基本的には当歳馬の疾病ですが、1歳馬や成馬が発症することもあり、育成牧場の関係者にとっても他人事ではありません。当歳馬に比べて発症率は低いものの、発症した際には当歳馬よりも重篤化することが多いようです。当場で重篤化した1歳馬は食欲が廃絶し、2週間もの長期に渡り一日の大半を横臥した状態で過ごし、体重が100kgも落ちてしまいました(図2、3)。幸いその後は順調に調教に復帰できましたが、廃用となる例もありますので注意が必要です。

2_3 図2 1歳の発症馬。食欲は著しく低下し、横臥時間が延長した。

3_4 図3 1歳の発症馬。著しい削痩を呈した。

どこから来たの?
 ローソニア細菌の由来については、昔からブタが原因ではないかと言われていました。しかしながら、最近の国内の研究でウマから分離された細菌遺伝子がブタ由来のものとは異なることから、ブタ由来説は否定的のようです。野生動物が媒介している可能性もありますが、当然我々人間が媒介している可能性もありますので、他所の牧場へお邪魔する際にはそのような点に注意を払う必要があるでしょう。

予防に向けて
 近年、ブタ用ワクチンの有用性についてわが国を含め世界中で調査が行われており、既に有効性を示す結果も報告されています(図4)。しかしながら、使用書には「ブタ以外には投与しないこと」と明記されているとおり、副作用を含む安全性の懸念もあり、現時点ではまだ積極的に推奨できる段階ではありませんのでご注意下さい。

4_2 図4 ブタ用ワクチンの有効性が期待される。

 近年は冬期も昼夜放牧を継続する牧場が増えてきました。昼夜放牧は心身の鍛錬が期待できる一方で、馬の観察が疎かになってしまいます。特に冬期にはその寒冷ストレスによって体力や免疫力が低下すると考えられますので、健康状態の把握がより一層重要となります。言うまでもないことですが、細やかな観察と治療に対する早期判断はローソニア感染症に限らずどの病気についても重要です。感染してしまうのはある程度仕方がないとしても、せめて発見が遅れるということはないようにしたいものです。

(日高育成牧場 生産育成研究室 主査 村瀬晴崇)

2019年11月 9日 (土)

当歳馬の肢勢変化

No.109(2014年9月15日号)

 前々回の本記事において、下肢部のコンフォメーションについて紹介しましたが、関連記事として今回は、当歳馬の肢勢の変化について紹介します。

 日高育成牧場では、生産馬「JRAホームブレッド」を対象として毎月日高育成牧場の複数の獣医師と装蹄師により、発育状況、肢勢の変化や跛行の有無などを検査しています。その検査結果から、JRAホームブレッド15頭(2013年:7頭、2014年:8頭)の2年間に渡る検査結果を基にして、当歳馬の成長に伴う肢勢の変化について紹介します。コンフォメーション異常に関する説明や写真は、前々回の記事(8月15日号)を参考にしながらお読みいただければ幸いです。

1ヶ月齢まで
 出生直後から1ヶ月齢までのコンフォメーション検査結果から、前肢については外向肢勢が6頭、X状肢勢が3頭、内向肢勢が2頭、弯膝が3頭に認められました(重複あり)。また、後肢については球節以下の内反が4頭、浮尖(写真1)が4頭、川流れ(飛節以下が左右同方向に反ったもの)が1頭に認められました。さらに四肢もしくは前後肢どちらかの起繋が10頭に認められました。これらのコンフォメーション異常の多くは、先天的あるいは母体内の体勢が影響したものと考えられます。頭数を列記するとずいぶん多く感じますが、これらはいずれも症状が軽かったので、外科的治療や装蹄療法を必要とした馬はいませんでした。産まれて間もないこの時期の子馬は、体のバランスが悪く歩様も安定しないため、正確に肢勢を判断することは難しいのですが、日々の肢勢の変化には注意を払う必要があります。

1 写真1 矢印が示す3肢が浮尖の症状を示している。蹄尖が浮き、蹄球が地面についてしまっている。

2~3ヶ月齢
 その後、2~3ヶ月齢になると放牧地での運動量が増えることで筋肉や腱が成長し、歩様もしっかりしてきます。この時期の骨や腱の発達は旺盛であり、放牧地からの物理的な過度の刺激や痛みに対する反応などの影響によっては、クラブフット(写真2)の発症が認められる時期でもあります。今回の調査では2頭がクラブフットの症状を示しました。この2頭は早期に発見できたため速やかに対処したところ、1頭は削蹄のみで、もう1頭は装蹄寮法(ヒールアップによる疼痛緩和)と運動制限を施すことで良化しました。また、先に述べた誕生から1ヶ月齢の肢勢異常について、川流れ(1頭)と浮尖(4頭)は成長とともに自然に治癒し、消失していました。また、その他の肢勢異常はこの時期に大きく変化することはありませんでした。

2 写真2 蹄冠部(矢印部分)が前方に破折し、蹄尖で立つような姿勢となっており、クラブフットの典型的な症状を示している。

4~6ヶ月齢
 この時期、各馬の肢勢に大きな変化はないものの、球節部の骨端炎を発症する馬が散見されるようになりました。これらの馬の中で、内反や外反(写真3)を起こした馬に対しては成長板にかかる圧力を均等化するなどの適切な削蹄を施したことにより、骨端炎を原因とした極度の支軸破折を起こすことはありませんでした。

3 写真3 右前の球節以下内反、左前の球節以下外反の症状を示している。

7ヶ月齢以降
 7~10ヶ月齢の検査では、軽度の後肢球節の沈下不良などはみられたものの、肢勢は殆ど変化しませんでした。

 以上の調査結果から、当歳馬の肢勢が大きく変化する時期は出生直後から3ヶ月齢までの早い段階であるように感じられます。また、発見してすぐに処置を行った多くの馬が重症化せずに改善したことから、肢勢矯正を行う時期はできるだけ早いほうがよいと言えそうです。
 肢勢異常の中には子馬が成長するにつれて自然に良化する場合があり、矯正を行う必要性を判断するのは非常に難しいと思います。この判断を行うのは生産者と獣医師、装蹄師であり、3者の経験に委ねられます。その馬の競走馬としての未来を切り拓くためには、3者の相互理解と協力が必要不可欠だと言えるのではないでしょうか。

                     (日高育成牧場 業務課 福藤 豪)

2019年10月 2日 (水)

離乳

No.108(2014年9月1日号)

 9月に入り、多くの牧場では、本年生まれた子馬たちの離乳が行われている頃ではないでしょうか。離乳は、生まれてから母馬とともに過ごしてきた子馬たちにとって、「初期育成」から「中期育成」への区切りとなる大きなイベントになります。
 今回は、離乳に関する基本の確認と、JRA日高育成牧場で実施している方法についてご紹介します。

離乳とは
 そもそも、なぜ馬は離乳する必要があるのでしょうか?
その答えは、母馬が次の出産に備えるためです。次に生まれる子馬に十分量の母乳を与えるためには、出産前に少なくとも1ヶ月の「泌乳器の休養」が必要となります。このため、野生環境におかれた馬では、出産の1~2ヶ月前になると、子馬の方から自然に哺乳しなくなり、徐々に母子が離れていきます。
サラブレッド生産における離乳の実施時期は、概ね5~6ヶ月齢というのが一般的になっていますが、牧場によっては7~8ヶ月齢と遅い場合もあるようです。一方、急速な発育などに起因するDOD(成長期整形外科疾患)の予防として、重種馬を乳母として利用している際の母乳摂取抑制あるいは母馬の飼料盗食を回避することを目的とした早期離乳も実施されています。
 通常、離乳の実施時期を考慮するうえで、「栄養面の離乳」と「精神面の離乳」の2つを念頭に置く必要があります。

栄養面の離乳、精神面の離乳
 母馬がいなくなった場合に、それまで母乳から摂取していた栄養を牧草や固形飼料で代替することができるようになっていること、すなわち、1~1.5kgの固形飼料を食べられることが、ポイントになります。
 クリープフィードの給餌を離乳直前に開始しても、食べ慣れるまでに時間がかかるうえ、離乳ストレスによる食欲低下も念頭に置かなくてはなりません。このため、クリープフィードの開始時期は、一般的には、母乳の量が低下し始める2ヶ月齢が目安になります。もちろん、過剰摂取による過肥、骨端炎および胃潰瘍には十分注意する必要がありますので、子馬の体重、増体量、ボディコンディションスコア、放牧地の草の状態などの観察が重要になります。
 精神面からも、離乳の実施時期を考慮するポイントを得ることができます。放牧地で母馬と一定の距離があること、また、他の子馬との距離が近づいていることが、離乳後のストレス軽減を判断する指標になります(図1)。
 これら「栄養面」および「精神面」の両者が概ね達成される時期が、概ね生後3~4ヶ月ですので、必然的にこれ以降が適切な離乳時期といえるのかもしれません。
 1_3 (図1)3ヶ月齢を過ぎると、母子間距離が長くなり、子馬間距離が短くなる。

リスク回避の方法
 離乳を実施するうえで、考慮しなくてはならないリスクには「成長停滞」「悪癖の発現」「疾患発症(ローソニア感染症など)」「事故」などがあげられます。これらのリスクをゼロにすることはできませんが、予防策として、「離乳前に固形飼料を一定量食べさせておくこと」「ストレスを可能な限り抑制すること」を念頭におくことにより、リスクを最小限に抑制できます。
 このため、時期や環境に注意を払う必要があります。著しい暑さ、激しい降雨、アブなどの吸血昆虫などのストレス要因を回避することに加え、栄養豊富な青草が生い茂っている時期に実施することも重要です。また、隣接する放牧地に他の馬がいる場合には、母馬を探し求める子馬が柵を飛越するリスクがあるため、牧柵および周辺環境を含めた放牧地の選択や、離乳後における数時間程度の監視も重要です。
 昨年、日高育成牧場で実施した離乳方法は以下のとおりです。
 最初に、同じ放牧地で管理している7組の母子のうち2頭を離乳するとともに、穏やかな性格の牝馬(当該年の出産なし)をコンパニオンとして導入し(図2)、その後、2~3週間かけて段階的に2、3頭ずつ離乳していき、最終的に子馬7頭とコンパニオンの計8頭の群で管理しました(図3)。

2_3 (図2)最初の離乳時に、穏やかな性格の牝馬(子無し)をコンパニオンとして導入

3_3 (図3)子馬7頭とコンパニオンの8頭の群で管理

 この方法の利点は、同じ群の多くの馬が落ち着いていることです。離乳直後は、放牧地を走り回りますが、周りの馬が落ちついているため、われに帰って、群の中に溶け込みます。離乳後、数時間の監視をしていますが、大きな事故につながるような行動はありませんでした。どのような方法であっても、母馬がいなくなった子馬のストレスを完全に回避することは困難ですが、このような段階的な離乳により、可能な限りストレスを緩和することができると思います。

4_3 (図4)コンパニオンとして導入した繁殖牝馬を中心に落ち着いた様子をみせる離乳直後の当歳馬たち

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年9月12日 (木)

離乳までの子馬の栄養管理

No.103(2014年6月15日号)

 「母乳の出が悪く、子馬に人工乳を与えたいが、どのくらいの量を与えればよいのだろうか?」「子馬に母馬と同じエサを食べさせてもよいのだろうか?」生後間もない子馬を育てるなかで、このような疑問をお持ちになる方は少なくないのではないでしょうか?出生後の子馬を元気で健康に育てるための「適切」な栄養管理は欠かせませんが、持って生まれた馬体に加え、栄養摂取能、血統的資質、そして母乳の産生量などの様々な要因が成長に関与するため、「適切」を見極めることは容易ではありません。そこで、今回は出生直後から離乳までの子馬の栄養管理についての基礎的な話題について紹介しますので、子馬を健康に育てるための参考にしていただければ幸いです。

2ヶ月齢までの栄養
 生後2ヶ月齢までは、基本的には母乳からの栄養が中心となります。出産直後の子馬が必要とする母乳の量は体重の約10%(50kgの子馬であればおよそ5リットル)ですが、生後10日には体重の25~30%(70kgの子馬であればおよそ17~21リットル)にまで達します。そして、5週間を過ぎると体重の17~20%になります(100kgの子馬であればおよそ17~20リットル)。
 子馬が十分量の母乳を摂取しているかどうか確認することは、適切な成長のために重要です。このため、子馬の哺乳行動や乳房の腫脹(図1)の確認はもちろんのこと、定期的に計測する体重および体高の値は極めて有用な指標になります(図2)。この時期の子馬が十分量の母乳を摂取している場合、1日あたりの体重増は1~2kg、体高の伸びは0.3~0.4cmになります。
 母馬の死亡や母乳不足など、何らかの理由で人工乳を与えなくてはならない場合、上記の摂取量や増体量が参考になります。この時期の子馬の哺乳回数は、1時間あたり約3回であり、比較的頻繁ですが、人間が与える場合は、生後1週間であれば1~2時間に1回、2週齢以降は4~6時間に1回で良いと思われます。なお、バケツからの摂取が可能になったら、馬房にミルク用の飼桶を設置して自由摂取させることもできます(図3)。また、体重の増加量など子馬の状態に応じて、早めに少量のクリープフィードを与えても良いでしょう。

1_2 図1.哺乳されないため、腫脹した乳房

2 図2.体重や体高の測定は、適切な成長を見極める重要な指標となる

3 図3.ミルクの摂取は、馬房に設置した飼桶からも可能

2ヶ月齢以降の栄養「クリープフィード」
 2ヶ月齢以降になると、泌乳量は徐々に減少していき、子馬の栄養要求量を満たすことができなくなります(図4)。このため、不足する栄養を補うための固形飼料、すなわちクリープフィードの給餌を開始します。クリープフィードに必要な栄養成分としては、タンパク質含量が少なくとも16%以上で、必要なアミノ酸やカルシウム、リン、銅、亜鉛およびマンガンなどのミネラルがバランス良く含まれている飼料が理想的といえます。
 クリープフィードを与えることにより、「当歳に食べさせることを覚えさせる」ことは、極めて重要です。特に北海道においては、秋の離乳時に増体が停滞した場合には、つづく冬季にも成長が期待できないため、翌春まで成長不良の状態が継続することになります。このため、初夏に開催される1歳市場への上場を視野に入れている場合には、厳冬期の成長停滞を可能な限り抑制するためにも、十分量のクリープフィードを与えることは重要といえます。

母馬の飼料摂取の是非
 母馬の飼料を子馬に与えることの是非が問題になることがあります。もちろん、上記の栄養成分を満たすような飼料であれば、子馬に与えても問題ありません。しかし、与える量については、考慮する必要があります。一般的には、体重の0.5~0.75%、もしくは月齢×0.5kgなどと言われていますが、個々の子馬の馬体や栄養摂取能、さらには哺乳量や放牧地の草の状態など様々な要因があるため、馬体重や月齢により一律の給餌量を決めることは現実的ではありません。このため、やはり定期的な体重測定や馬体観察に基づいた、増体日量やボディコンディションスコア(BCS)を参考とした給餌量の決定が推奨されます。増体日量は生後3ヶ月までは1.1~1.3kg、その後は月齢とともに減少していき、離乳期の6ヶ月齢ではおよそ0.8kgが標準値と考えられています。また、BCSは9段階の5、すなわち「背中央が平らで、肋骨は見分けられないが触れるとわかる。尾根周囲の脂肪はスポンジ状。き甲は丸みを帯びるように見える。肩はなめらかに馬体へ移行する」が目安になります。
 成長期の子馬に濃厚飼料を過剰に与えることのリスクは小さくありません。子馬に対する濃厚飼料、特にエンバクなどのデンプンの多給が、骨端炎やOCDに代表される成長期外科疾患や胃潰瘍の発症に影響を及ぼす可能性があるからです。このため、たとえ母馬に与えている飼料が適切な栄養成分を含んでいる場合であっても、摂取量のコントロールを考慮した場合、やはり母馬と子馬に与える飼料は、それぞれ個別に用意した方が良いと思われます。
J RA日高育成牧場では、生後2ヶ月を目安にクリープフィードを子馬用のホースフィーダーで与えており、盗食できないように母親の飼い桶にフェンスを設置しています(図5)。クリープフィードは、離乳前にはしっかり食べられるように時間をかけてゆっくり増やしていきます。

4 図4.子馬のエネルギー要求量の推移

5 図5.子馬用のクリープフィーダーと母馬の飼料を食べさせないためのフェンス

さいごに
 子馬の成長度合いや疾患発生は、放牧環境や血統を含めた個体差などによる影響も無視できないため、子馬に適切な栄養を与えた場合であっても、リスクをゼロにすることはできません。一方で、デンプンの過剰給餌をした場合であっても、健康に育つ子馬がいることもまた事実です。馬づくりにおいては、絶対的な正解は存在しませんが、可能なかぎり最適な飼養管理法を選択するとともに、繋養馬に対する詳細かつ継続的な観察を行うことで、つねにベストの方法を模索していきたいと思います。

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年8月 5日 (月)

子馬の感染症予防

No.95(2014年2月15日号)

子馬は感染症にかかりやすい
 生まれたばかりの子馬は、成馬と比較して感染症にかかる可能性が高く、生後30日以内の子馬の8%、すなわち12頭に1頭が何らかの感染症にかかるといわれています。また、出産後10日以内に死亡した子馬のうち4頭に1頭は、感染症によるものといわれています(図1)。

1_4 図1 生後間もない子馬は感染症にかかりやすい

 子馬が感染症にかかりやすい理由は、免疫機能すなわち、体内に侵入してきた病原体に対する防御機能が未発達であるためです。子馬の防御機能において、大きな役割を担っているのは抗体です(図2)。しかし、生まれてきたばかりの子馬が抗体を自らの体内で作る能力は極めて低く、その多くが体内で作られるようになるまでには、早くても生後2ヶ月、種類によっては1歳になるまで待たなくてはなりません。

2_3 図2 抗体の役割

初乳の重要性
 このため、子馬は母馬からの抗体を受け取ることにより、病原体から身を守ります。人間の場合、抗体の受け渡しは、赤ちゃんがお腹の中にいるときに胎盤を通して行われます。しかし、馬の場合、胎盤を通した抗体の受け渡しができないため、母馬は初乳の中に抗体を多く含ませることによって、子馬への受け渡しをしているのです(図3)。つまり、出産直後に初乳を飲ませることは、極めて重要なのです。なお、子馬が腸から抗体を吸収する能力は、出産後に徐々に低下していき、22時間後には50分の1になります。このため、遅くても12時間以内の摂取が推奨されています。

3_2 図3 初乳による抗体の受渡し

良質な初乳の準備
 以上のことから、子馬に対して確実に初乳を飲ませることが、子馬の感染症予防の第一歩といえます。しかし、子馬に与える初乳は抗体を豊富に含んだ良質なものでなくてはいけません。このため、分娩前の母馬に対しては、馬ロタウイルス、インフルエンザ、破傷風などのワクチン接種に加え、子馬が生まれ育つ環境である馬房や放牧地などへの早めの導入により、様々な細菌やウィルスなどの病原体に対する抗体を母馬の体内に準備しておくことも重要です。

移行免疫不全症
 移行免疫不全症とは、母馬からの抗体の受取り不足、すなわち、子馬の体内における抗体の量が不十分な状態を表しており、子馬の感染リスクが高まることが知られています。移行免疫不全症の原因の1つは、初乳内における抗体の不足にあります。分娩前の漏乳や母馬の加齢により、分娩直後であっても初乳中の抗体濃度が低い場合があります。この場合、確実に哺乳した場合であっても、子馬の血中の抗体濃度は低い値となります。このため、子馬が哺乳する前に初乳の抗体濃度を計測することが重要となります。この時点で濃度が低い場合には、母馬の初乳を飲む前に、子馬に良質な保存初乳を投与します。
 また、NMS(Neonatal maladjustment syndrome子馬の適応障害症候群)と呼ばれる出産後の低酸素脳症などの様々な原因により、分娩から時間が経過しても子馬が十分量の初乳を飲んでいない場合もあります。
 移行免疫不全症は、子馬の血液に含まれる抗体の1つであるIgGの濃度により診断します。初乳を正常に飲んだ子馬の血中IgG濃度は、通常は800mg/dl以上ですが、移行免疫不全症の場合、400mg/dl以下となります。この診断は生後8時間以降から実施可能であり、IgG濃度が400mg/dl以下の場合には、保存初乳の経口投与、もしくは血漿輸液による治療を実施します。
 出産シーズンはすでに始まっていますが、感染症を可能な限り予防し、元気で健康な子馬を育てましょう!

4_2 図4 子馬の感染症予防のまとめ

(日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

2019年5月29日 (水)

当歳馬の蹄管理について

No.79 (2013年6月1日号)

 健全な蹄の発育を当歳馬の時から維持することは、「強い馬づくり」の技術として、そして安定した競走馬生産を行うための重要な要素です。将来の充実した競走馬生活を実現するため、生産地の装蹄師は当歳馬特有の蹄の成長に対応した定期的な削蹄を行うとともに、異常肢勢の改善が期待できる矯正装蹄や海外の新しい技術の導入なども積極的に行っています。そこで今回は、装蹄師の視点からの当歳馬の蹄管理について紹介します。

当歳馬削蹄の基本概念
 基本的に当歳馬の削蹄は、何らかの異常などが無い限り生後1ヶ月を過ぎた頃に、初めての削蹄を行います。生まれた直後の馬の蹄は、内外が対称でバランスの整った蹄を持っています。しかし、ほとんどの馬が肩幅よりも広い駐立肢勢をとるため、不均等な負重による蹄の変形や異常な磨耗が発生します。さらに、成馬に比べて約1.5倍も速く蹄が伸びるため、蹄壁の歪曲による骨端への不均等なストレスが発生しやすくなります。そこで、定期的な削蹄を行って崩れた蹄のバランスを取り戻すことが重要です。また当歳馬は、主に蹄の長さと横方向への拡張の2方向に蹄が成長するため、蹄を広げるとともに蹄踵を後方に下げるような削蹄を施します。なぜなら、蹄踵が前方へと巻き込んでしまう弱踵蹄と、将来的には屈腱炎になりやすい蹄形である「アンダーランヒール」へと変形する可能性が生じるからです。

前方から見る肢軸異常
 出生直後から真っ直ぐな肢軸を保ちながら駐立する馬は皆無で、少なからず外方や内方に肢軸が破折しています。そのことは、肢軸に対する不均等な負荷になると考えられます。しかし、実際には多くの肢軸破折が人為的処置を施さなくても、馬体の成長に伴い改善されていきます。これには、長骨の縦方向の成長を司る骨端板が強く関わっていると考えられます。軟骨により形成される骨端板は、負重による圧力に対し2通りの反応を示します。1つは、圧力という刺激により軟骨の産生速度を上げること、もう1つが、大きすぎる圧力により軟骨産生が滞り、成長が止まるといった反応です。つまり、腕関節が外反するような肢の場合は、橈骨(とうこつ)遠位(えんい:体の中心から遠い部分)にある骨端板の外側へ強い圧力が加わるため、内側よりも外側の成長が速まることで肢軸が改善されるという仕組みです。では、全ての肢軸破折が放置していても改善されるのかと言うと、必ずしもそうではありません。極端な肢軸破折を呈して生まれた馬や過剰な運動により多大な負荷を肢蹄が受けた場合、骨端板への外傷や感染があった場合などの様々な要因が重なることで、肢軸破折が改善されないことがあります。重度の肢軸破折には外科的処置という手段もありますが、その判断は獣医師・装蹄師両者の意見を参考にすると良いでしょう。もし、外科的治療ではなく装蹄療法を選択する場合、装蹄師は骨端板にかかる圧力の均等化を目的とした削蹄を主に行いますが、矯正削蹄ができないほど蹄壁の伸びが不良な場合や削蹄だけでは矯正が不十分と判断した場合、カフ型接着蹄鉄やタブ型接着蹄鉄、蹄壁補修材などを用いた側方への張り出し処置(エクステンション)の適用を検討します。しかし、カフ型やタブ型の接着蹄鉄は蹄鞘の発育を阻害する可能性が高いため、その使用には細心の注意が必要です。一方、蹄壁補修材を用いた張り出し処置(写真1)は、蹄鞘への負担が少なく、装着後の加工が容易で低コストです。ただし、安定した接着力を得るには長時間の挙肢が必要なため、獣医師による鎮静処置を行う場合があります。

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側方から見る肢軸異常
 屈腱性の肢軸破折は馬の側望から観察できる肢軸異常で、その中でも、浮尖(ふせん)、浮踵(ふしょう)、起繋(きけい・たちつなぎ)などは出生直後の馬によく見られます(写真2)。浮尖は、屈腱の弛緩などにより蹄尖が浮き上がる症状で、成長が遅い馬や繋部の傾斜が緩い馬の後肢によく見られます。軽度なものは、通常の放牧によって筋力や腱が強化されることで改善しますが、蹄球が接地するほど弛緩している症例では、蹄球を保護するために後方への張り出し部を設けた蹄鉄の装着などが必要です。一方、起繋や浮踵は浮尖と異なり、主に屈腱の拘縮が原因で起こると考えられています。屈腱拘縮が生後早期に認められた場合は、獣医師によるオキシテトラサイクリン(抗生剤の一種)の大量投与が有効です。これは、カルシウム緩衝作用による筋の弛緩効果を利用し、屈腱筋に繋がる屈腱の緊張を緩和するものです。ただし、前肢が起繋で後肢が浮尖を呈する馬の場合、前肢の趾軸は改善されますが後肢の屈腱が過剰に弛緩してしまうので注意が必要です。また、軽度な起繋の場合では、段階的な蹄踵の削切を行います。蹄踵削切後に蹄踵が接地しているか、また歩様の違和感の有無を確認しながら繋部の前方破折を改善します。蹄踵がまったく接地しない極端な症例や、生後3ヶ月以降も趾軸が起きてくるような後天性の異常には、屈腱の緊張を緩和するような処置が必要です。そのような症例の蹄は、蹄尖部が負重の偏りによって磨耗し、蹄踵部は負重による圧力が少ないため過剰に成長します。よって、蹄尖部を保護しつつ、蹄踵部を削切しても屈腱の緊張が高まらないような、くさび状の蹄鉄を装着することが有効になるでしょう。また、装蹄療法と同時に、飼料の減量や変更、運動制限などの、保護的処置による屈腱の拘縮を緩和してから、次の治療を行うと良いでしょう。しかし、それら処置に全く反応を示さない症例には、遠位支持靭帯の切断術を検討します。生後10ヶ月齢以前の馬には大変有効な手術で、矯正装蹄を併せて行うことにより著しい趾軸の回復が期待できるでしょう。

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 当歳馬の蹄管理には、毎日の手入れや収放牧時の歩様の確認など、日常のちょっとした観察が重要です。適切な知識による飼養管理と、異常の早期発見・早期改善を行うことで、サラブレッドの持つ走能力を十分発揮出来るようになることでしょう。

(日高育成牧場 業務課  大塚 尚人)

2019年4月24日 (水)

非分娩馬(空胎馬)を乳母として利用する方法

No.70 (2013年1月1・15日合併号)

はじめに
 軽種馬の生産をしていると分娩事故によって母馬が死亡したり、母馬が育子を放棄したりする場面に遭遇するかもしれません。10頭未満の生産規模である日高育成牧場でも育子拒否を経験しています。その際には人工哺乳か乳母の導入か判断しなくてはなりません。諸外国では大手牧場が輸血用の供血馬(ユニバーサルドナー)と乳母を兼ねて繋養し、自場での使用のみならず周辺牧場へレンタルしたりもします。一方、国内では、重種あるいは中半血種の乳母をレンタルすることが多いようです。乳母の導入は、子馬の健やかな発育のためには非常に利点が大きい反面、レンタル費用が高額であるというデメリットがあります。一方、乳母を導入せずに人工哺乳のみでも成長させることができます。この方法はコストを抑えられる反面、昼夜を問わない頻回授乳のための労働負担、またヒトに慣れ過ぎるといったデメリットが考えられます。このように、乳母と人工哺乳は一長一短であると言えます。今回は新たな選択肢として、その年に出産していない非分娩馬(空胎馬)を乳母として利用する画期的な方法をご紹介します。

育子拒否
 サラブレッド種の育子拒否率は1%未満と言われていますが、海外の教科書にはfoal rejectionという項目が設けられているように、決して珍しい問題ではないようです。
犬では経膣分娩に比べ、帝王切開で育子拒否率が高いことが知られています。出産の際に産道は時間をかけて徐々に広がりますが、この「産みの痛み」に伴って分泌されるオキシトシンというホルモンが母性の惹起に重要と言われています。実際、軽種馬において前肢の牽引による介助分娩を控えることにより、育子拒否率が低下したという報告もあります。このような点からも、盲目的に子馬の肢を牽引せず、問題がなければ「自然分娩」を見守ることが推奨されます。
育子拒否は大きく以下の3つに大別されます。①子馬を容認しない、②授乳を拒絶する、③子馬を攻撃する。また、育子拒否は初産で多いことが知られています。日高育成牧場で経験した例も初産でした。当場の例では、出産直後には特に問題なく授乳を許容していましたが、徐々に授乳を拒むようになりました。これは初産のために乳量が不足しているにも関わらず子馬が執拗に吸飲することが、苦痛あるいは疼痛の原因になったものと考えられました。この育子拒否に際し、空胎馬に泌乳を誘発して乳母として導入するという新たな手法を試み、成功しました。その手法は以下のとおりです。

泌乳誘発の方法
 黄体ホルモン製剤、エストラジオール製剤、PGF2α製剤、プロラクチン分泌を促進するドパミン作動薬を継続投与し、翌日から搾乳刺激を与えます。図1に示すとおり、乳量は経時的に増加しました。馬によって異なりますが、早ければ投与開始から概ね1週間で乳母として導入できるだけの乳量が得られます。また、この手法にはその馬自身の卵巣が活動している必要があるため、1月や2月といった時期に泌乳誘発処置を実施するためには、ライトコントロールによって卵巣活動を促す必要があります。

1 図1 泌乳誘発の投薬方法と搾乳量

乳母付け
 乳母付けとは実際子馬と乳母を対面させ、実子として容認させることです。一般的には乳母の臭いをつけたり実子の臭いをつけたりする、メントールのような軟膏を乳母馬の鼻に塗って嗅覚を麻痺させる、数日間馬房に張り続ける、子馬を空腹にする、分娩時の刺激を擬似的に与える子宮頚管刺激法などが提案されています。しかし、乳母付けの成功を左右する最大の要因は乳母の性格です。温厚で母性に満ちており、さらに乳量が期待できる馬を選択することが重要です。我々は6日間を要しましたが、放牧地において他の繁殖牝馬から子馬を守ったことが決め手となり、以後完全な母性が芽生えました(図2)。非分娩馬の場合は、実際に出産を経験していないため、一般の乳母よりも導入が困難であり、馬の選択がより重要です。

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図2 放牧地で他馬から守ることで、完全に母性が定着

ホルモン処置後の受胎
 ホルモン処置終了後から卵胞が成長し、概ね1週間で排卵しました。さらに排卵前の交配によって受胎することも確認できました。非分娩馬を乳母として活用しながら、その馬自身もそのシーズンに受胎することが可能であることから、実際の牧場現場においても、十分応用可能であると考えられます。また、導入された子馬はその後順調に発育しました。ホルモン処置と聞くと、生体に悪影響があるのではないかと想像する方もいるかもしれませんが、この処置は分娩前後の母馬のホルモン動態を模倣しているだけであり、不自然な状態ではありません。

まとめ
 今回ご紹介した非分娩馬に泌乳を誘発して乳母として利用する方法は、高額な乳母のレンタルに対して安価である点、自分の牧場の空胎馬を利用できる点、乳母として利用しながら交配できる点などのメリットがあります(図3)。育子放棄を受けた子馬を育てる際の新たな選択肢として検討してみてはいかがでしょうか。興味がある方は、直接日高育成牧場もしくは担当の獣医師に相談してください。

3 図3 各手法の長所と短所

(日高育成牧場 生産育成研究室  村瀬晴崇)

2019年4月15日 (月)

運動器疾患に対する装削蹄方針について

No.66 (2012年11月1日号)

はじめに
 蹄は、肢勢や歩様などの異常を変形することで表す受動的な器官であると同時に、その形態の善し悪しが様々な運動器疾患を引き起こす一要因にもなる器官とされています。そこで今回は、競走馬に見られる運動器疾患の中でも、比較的蹄管理との関係が深いとされているいくつかの疾患について紹介したいと思います。

屈腱炎
 多くの名馬たちが引退へと追い込まれた運動器疾患「屈腱炎」は、蹄の形態と強い関連性があると考えられています。特に、異常蹄形である「ロングトゥ・アンダーランヒール(図1)」は、屈腱炎発症肢に多い蹄形との報告があるように 屈腱炎発症の一要因として考えられています。過剰に長い蹄尖壁(ロングトゥ)は、蹄の反回時に生じる屈腱への負荷を増大させます。また前方へ移動した蹄踵(アンダーランヒール)は、蹄尖を浮き上がらせるような力を増大させると考えられます。そこで、前方へ張り出した蹄尖壁を定期的に削り取ることで反回負荷の軽減を図ったり、前方へ伸び過ぎた蹄踵を除去したりします。それでも直しきれない場合は、蹄角度を起こす厚尾蹄鉄(先端から末端にかけて厚みが増す蹄鉄)や、蹄尖が浮き上がる力を抑制するエッグバー蹄鉄(末端部が繋がったタマゴ状の蹄鉄)を装着し、蹄角度の改善や力学的ストレスの緩和を図ります(図2)。ただし、どちらの蹄鉄も蹄踵部にかかる負荷が増大することにより蹄踵壁が潰れてしまうため、長期間の使用は極力避けた方が良いでしょう。

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図1 ロングトゥ・アンダーランヒール

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図2 厚尾状エッグバー蹄鉄

球節炎
 球節部に腫脹、帯熱、屈曲痛などが生じる球節炎と蹄の形態にも関連性があると考えられています。不同蹄(左右の蹄の大きさや角度が異なる蹄)に発症する各運動器疾患について調査したところ、蹄が大きい肢において球節炎が多く発症することが分かりました。蹄が大きいということは蹄の横幅(横径)が長いため、横幅が短い小さな蹄に比べて地面の凹凸をより多く拾うことになります(図3)。球関節はその構造上、可動範囲が前後2方向に限られているため、凹凸を踏んだ際に生じる蹄が傾くような横方向の動きは、球関節へのイレギュラーなストレスになるでしょう。そのことは、球節炎のみならず球節軟腫や繋靭帯の捻挫(過伸展)などを引き起こす要因になってしまうかもしれません。蹄側壁が凹湾し、横幅が長くなっているような蹄は、しっかりと鑢削して適度な横幅を維持しましょう。もし跣蹄において横幅が長い場合は、4ポイントトリム(内外側の蹄尖・蹄踵負面4点のみに負重を促す削蹄技法)を行うことにより横幅の短縮が図れます。

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図3 横幅が長いと凹凸を拾いやすい

内側管骨瘤
 第2中手骨と第3中手骨の間に異常な骨増生が起こる運動器疾患で、成長期にある競走馬や若馬に多く見られます。軽度なものであれば骨増生がある程度納まった時点で跛行は消失しますが、腕関節に近い部位にできる骨瘤は靭帯や腱を傷つける恐れもあります。発症の原因としては、骨格が不成熟な時期に行う強い調教、交突(蹄が対側の肢蹄に衝突すること)や硬い地表による衝撃、蹄の変形による内外バランスの欠如、極端な外向肢勢や広踏肢勢、またオフセットニー(図4)などの異常肢勢が挙げられます。装蹄視点からの対処法としては、蹄鉄と蹄の間に空隙を設けたりパッドを挿入したりすることで、衝撃の緩和を図るといった装蹄療法がありますが、蹄に直接伝わる衝撃は緩和出来ても、関節や骨に加わる負重は変化しませんので、ほとんど効果は期待できません。肢軸の状態を十分に考慮した上で、蹄内外バランスの調整を定期的に行うことのほうが大切と言えるでしょう。

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図4 オフセットニー

おわりに
 ここまで紹介した運動器疾患の発症すべてに共通する要因として「蹄の変形」が挙げられます。蹄の形態は、遺伝、肢勢、飼料、運動、敷料、年齢、気候など様々な影響により日々変化することから、日常の蹄管理を怠った状態で蹄のバランスを保つことは不可能と言えるでしょう。特に、骨や靭帯あるいは腱などが柔軟で、蹄角質の成長が活発な若馬は、わずかな期間で蹄が変形してしまいます。しかし、成馬に比べればバランスの矯正も比較的容易に行え、各部位の骨端板(骨細胞の増殖により骨が伸びる軟骨部)が閉じる前では、ある程度の肢勢矯正も期待できることから、蹄が変形しやすい異常肢勢にならないよう早い時期から対処し、将来的な運動器疾患の予防へと繋げていきましょう。

(日高育成牧場業務課 工藤有馬・大塚尚人)