馬の創傷(キズ)治療
馬を放牧から上げてみたら、キズだらけ・・・。この様な馬のキズは、どのように処置するのが良いのでしょうか?今回は、馬のキズを治療する際のポイントについて考えてみたいと思います。
キズを観察する
まず、キズの周囲や中の汚れを水道水でしっかりと洗い流し、出血を布やガーゼで押さえて止血をしてから、キズを良く観てみましょう。どの様なキズか観察することがキズを治す最初のポイントとなります。
キズの種類には、擦りキズ、切りキズ、裂きキズ、刺しキズなどがあります。その大きさや深さ、部位によって対処の仕方は少し異なりますが、キズが治っていく共通の過程を理解することで、キズを早く治すことができます。
キズが治る過程を知る
キズが治っていく過程は、大きく分けて4段階に分けられます(表1)。①傷害された部位からの出血が、血液凝固によって止まる。②炎症反応により、キズの中に入り込んだ異物やバイ菌、死んだ組織が除去され、同時に、組織の修復を誘導する生体反応が起こる。③失われた組織を埋める肉芽(にくが)組織が増殖する。この肉芽組織には細胞増殖に必要な毛細血管や組織の構造となるコラーゲン線維が豊富に含まれています。④肉芽組織がコラーゲン繊維の収縮により次第に縮小し瘢痕化する。
(表1) 創傷治癒過程
① 血液凝固期 血を止める →かさぶた形成
② 炎症期 異物やバイ菌、壊死組織の除去 →キズ腫れ
③ 増殖期 肉芽の増殖 →ジュクジュク滲出液
④ 成熟期 肉芽の収縮 →キズあと
一次癒合と二次癒合
異物や感染などが無く、受傷後間もないキズは、縫合することで炎症期と増殖期を短縮させ早期に治癒することが可能になります(一次癒合)。一方、異物や汚れ、感染の可能性があるキズ、組織の大きな欠損や関節部などの可動部位で縫合ができないキズは、開放創として二次癒合させることになります。キズを治すには、一次癒合でも二次癒合でも創傷治癒過程が順調に進むようにすることが重要なポイントとなります(図1)。
(図1) 球節部の裂きキズの治癒過程
1:受傷後3日目;縫合不可なため二次癒合を期待し治療を開始。 2:受傷後21日目;欠損部は良好な肉芽組織で埋り収縮、包帯終了。 3:受傷後24日目;肉芽の上部は「かさぶた」となり中の肉芽はさらに収縮し瘢痕化。
湿潤療法の応用
通常、キズは血液凝固期に「かさぶた」が作られ、その表面が覆われます。キズは、この「かさぶた」に守られ炎症期・増殖期を経て修復されます。しかし、大きなキズでは「かさぶた」が剥がれたり、出血や腫脹を繰り返したりして、良好な肉芽組織が増殖できず、キズの治りが遅れてしまうことがあります。そこで、新しいキズ治療の概念である「湿潤療法」の馬への応用を試みました。この湿潤療法とは、「かさぶた」の代わりに被覆材を用いてキズを覆ってしまうことで、キズの治癒環境を整え、より早い治癒を期待するものです。図2には、代表的な医療用の被覆材を示しました。人医療では、被覆材の種類はキズからの滲出液の量によって使い分けられます。しかし、馬ではキズからの滲出液の量が人とは比較にならないほど多く、また皮膚は毛で覆われているため、これらの被覆材をキズの上に直接貼り付ける方法は現実的ではありません。そこで、被覆材をコットンバンテージの方にスリット状に貼り間接的に巻き付ける方法を考案し(図3)、試したところ、滲出液のコントロールが上手くいき、適度な湿潤環境が保たれ、キズの治りも早くなることが確かめられました(図4)。
(図3) 馬への湿潤療法の応用
A:コットンバンテージなどの包帯にポリウレタンフィルム被覆材(OPSITE FLEXIFIX 5cm)をスリット状に貼り、患部に巻き付ける。B:余分な滲出液は吸い取られ、適度な湿潤環境が保たれる。初期の頃は、毎日交換する必要があるが、状態をみながら交換期間を延ばすこともできる。ポリウレタンフィルム被覆材は安価なのも利点(3円/cm程度)。
(図4) 管骨背面に作成した皮膚欠損創に対する湿潤療法の効果
A上段:メロリンガーゼ包帯使用。
B下段:ポリウレタンフィルム被覆材(OPSITE FLEXIFIX)貼り付け包帯使用。
左列:キズ作成3日目。右列:キズ作成14日目。
ポリウレタンフィルム被覆材をコットンバンテージにスリット状に貼り付けた包帯は、巻き替え時にキズを傷つけることもなく、良好な肉芽形成が期待でき、治癒も早いことが確かめられた。
最後に
馬の臨床現場では、感染や外部からの物理的刺激が多く、炎症期や増殖期がだらだらと持続し、不整肉芽が増殖する慢性創になってしまうキズがしばしば見受けられます。特に下肢部の皮下に筋組織の無い部位や関節部のキズは、治りが遅いキズと言えます。キズから飛び出した不整肉芽はキズの治りを遅らせてしまいます(図5)。キズの修復過程を見極めながら、上手く組織欠損部に肉芽を導いてあげることがキズを治す最大のコツと云えます。たかがキズと侮ると取り返しの付かないことにも成り兼ねません。信頼のおける獣医師に相談しながら、キズの早期治癒を目指しましょう。
(図5) 飛節下部(1)および後肢の球節上部(2)の不整肉芽隆
生産育成研究室 研究役・佐藤文夫
コメント